第1話


「―――到着ぅぅぅ!!」
 飛行機内での長い滞在時間から解放されたあたしは飛行場を飛び出すと、照りつける日差しの下で勢いよく腕を振り上げた。
「たくやちゃん、待ってくださいですネ。ケイトはまだおネムですネ」
「それに目的地はここじゃないのよ。まだ飛行機と船を乗り継がなきゃいけないんだから、少しは落ち着きなさい」
「だってさぁ――」
 追っ付けやってきたケイトと明日香も、そうは言うけど嬉しそうな表情は隠しきれていない。いやいや、ただ泳ぎに来ただけだって言うのに、遠い異国の地を踏みしめていると、
「ねえねえ。次の飛行機に乗るまで時間あるんでしょ? だったらみんなで泳ぎに行かない?」
 ついはしゃぎすぎてしまって、どこにあるかも分からないマリンブルーの海めがけて今にも走り出したい気分になってしまう。
「もう……言っても聞かないんだから」
 そりゃそうです。今のあたしはかなり解放的ですから。もしここで外人男がナンパしてきても、「海に連れてってあげる」といわれたらほいほい付いて行っちゃうぞ♪
 何しろ機内の窓から見下ろした海は見たこともないほどのエメラルド色。それだけでも感動ものだと言うのに、目の前に広がる熱帯特有の植物や照り輝く青空のまぶしさにテンション上がりっぱなしです、はい。
 とは言っても、あたしたちの目的地にはまだ到着していなかったりする。既に赤道直下辺りにまでは飛んできている気がしないでもないけれど、ここからまたしても狭い機内に押し込められて空を飛ばなきゃいけない。高所恐怖症でも閉所恐怖症でもないけれど、ちょっとぐらい観光したり遊んだりしてもいいじゃないかぁ……男はあたし一人だから、色々気を使っちゃってるんだぞ?
 そんなあたしたちの横を、同じ飛行機に乗っていた乗客たちが通り過ぎ、飛行場前のタクシーやバスへ次々と乗り込んでは道の向こうへと消えて行く。この島も観光地としてはかなり有名で、今の時期はあたしたちと同じく卒業旅行と言う名目で女子大生やらカップルやらが多く訪れていた。
「いいなぁ……無理して遠くに行かなくても、もうここでバカンス楽しんだって、あたしは構わないのに……」
「松永先生のセッティングだものね。行き先も詳しくは聞いてないし……もしかしたら私たち、四人ともどこかに売り飛ばされたりして」
 ひ…ひえぇぇぇ……明日香、松永先生に色々された事を根に持ってる……けど、それを冗談だと言いきれない松永先生にも問題があるんだけど。
「けどここまで来たら、どんなに時間がかかってもあと数時間ってところでしょ。今日中は無理でも明日になればいくらでも遊べるんだし、別に―――」
「もしかしたら、この島で泳げるかもしれないわよ?」
 およ? 少し遅れて飛行場から出てきた美由紀さん、なにやら情報をゲットした様子ですけど……
「美由紀ちゃん、ナニを知ってるですカ? ケイトにも教えて欲しいですネ」
「そんなに焦らないの。もうすぐ先生から説明があると思うわよ」
 う〜む、こういうところで「先生」とか「説明」とか言われると一気に修学旅行みたいな気分になる……けど、何があったのかは確かに気になるところだけど…教えてくれないだろうな。
 そうこうしている内に松永先生がやってきた。サングラスをかけてる姿はいつも以上に大人の魅力があると言うか、見ようによってはちょっと恐い気もするけど……
「みんな、ごめんなさい。エンジントラブルらしくって、今日はもう飛行機は飛ばないそうなの」
 え? それじゃあ……
「出発は明日。さっきホテルに予約を入れておいたから、みんなビーチで人泳ぎしてきなさい。ね♪」
「―――――!!」
 あたし達は揃って喜びの声を上げた。
 そうなれば早速、海だ水着で砂浜だ! 大型のリムジンバスへ喜び勇んで乗り込んだあたし達は、旅行前に新調したどの水着を着て行くかを話し合いながら、急遽一泊する事になったホテルへ向けて走り出した―――



『たくや、水着切るのにどれだけ時間かけてるのよ〜〜!』
「うあぁぁぁ!! ごめん、ちょっと待って。もうすぐなんとか…って、うわぁ!」
 な、なんかビキニってつけにくくない? 首の後ろを結ぼうとしても見えないから上手く行かないし、背中の紐も…っと、これで………あう、またダメだぁ……
 さすが松永先生と言うか、到着したのはすぐ目の前がビーチの一流ホテルだった。その大きさと風格は、今度の春に大学生になろうかと言う身分のあたしたちにはさすがに不似合い。それでも松永先生に付いてチェックインを済ませると、あたしたち四人にあてがわれた部屋で早速水着に着替え、南国の海へレッツゴー……になる予定ではあったんだけれど……あたしって不器用なのか、ビキニの紐が上手く結べなかったり……
 と言うのも、あたしが着替えているのは狭いトイレの中だったりするから…と言い訳を一応しておきたい。
 見た目的には仲良し女の子四人組だけど、それでもあたしは一応男だ。そりゃまあ、明日香だけじゃなく美由紀さんやケイトとも口に出したが最後、恋人兼幼馴染の明日香によって血の雨を降らされることになりそうな関係を結びはしましたけれど、だからって三人の前で堂々と着替える度胸はあたしにはない。逆に、三人の裸を見せられて興奮したらと思うと、気恥ずかしくなってしまい、ここに逃げ込んじゃったのだ。
 せめてワンピースの水着にしてれば……けど、もうすぐ男に戻れるギリギリの時になっても、この胸は成長してるしなぁ……試着したけどかなりキツかったし、店員さんも絶対ビキニだって言い張ってたし……
 その点ではあたしも納得しているけれど、つけやすさとなるとまた別問題。肘を壁に、膝を洋便器にこつこつぶつけながらの悪戦苦闘はいくらやっても結果を出せず、結果として今日一日しかないこの島での貴重な時間を浪費する事になってしまっていた。
『早くしないと先に行くわよ。もう……そんなに着にくいなら、つけるの手伝ってあげようか?』
「だ、大丈夫。本当にすぐだから。すぐ…すぐぅぅぅ〜〜〜!!!」
 ああ、今はこの大きな胸が憎い! 男の時と同様ってのも寂しいけど、せめて明日香ぐらいのサイズなら……
『………たくや、今なにか変な事を考えなかった? 急にムカッて来たんだけど』
「なに言ってるのよ。そんなの考えてるわけないじゃない」
 うわあ、この幼馴染はエスパーですか? あたしの思考パターン、すっかり読まれ捲くりです。
 そんな心の動揺も得てしまうと、結べる紐もますます結べなくなってしまう。紐の先端が指先から逃げ、それを追いかければカップから胸が零れ落ちてしまう。そんな繰り返しに「あら?」とか「はりゃ?」とか掛け声かけていると、不意に扉の外からため息が聞こえ、
『先にビーチに行ってるからね』
 と、無慈悲な通告を言い渡された。ううう……そりゃ手伝ってもらえるものなら手伝って欲しいけど……明日香に手伝ってもらうと、絶対に胸のことでちくちくいじめられるからなぁ……
 けど、これ以上みんなを待たせるのも悪いし、しかたないか……と思っていると、
『じゃあ明日香とケイトは先に行ってて。私が相原君を連れて後から追いかけるから』
 美由紀さんのそう言う声が聞こえてきた。それと同時に、ちょっぴり悔しそうな明日香の声も。
『………わかった。一応ホテルの近くにはいるから。ケイト、行きましょう』
『ハ〜〜イ、ですネ♪ はやくイルカさんと遊びますですネ♪』
 イルカ? ここの海ってイルカがいるの?……いや、寒くなりそうな駄洒落が思い浮かばなかったわけじゃないけど、それを言う勇気があたしには……
 そうして明日香達がいなくなると、美由紀さんはトイレのドアをノックしてきた。
『―――――二人は行ったわよ。さ、私が手伝うんなら問題ないでしょ。トイレの鍵を開けて』
 確かに。このままじゃいつまでたってもビーチに向かえそうにないし、美由紀さんはあたしより胸が大きいし……二人っきりなら恥ずかしさもそれほどない、かな?
 そう考えたあたしは、一旦ビキニのトップを胸へ押し付ける。それから服の散らばった床の上で慎重に体をひねりながら、片手をトイレのロックへと伸ばした―――



ストーリー分岐
A)たくや・美由紀ルート
B)明日香・ケイトルート
C)松永先生ルート