第1話
「お待たせいたしました。当店自慢のジャンボフルーツパフェDXでございます」
「うわぁ……これが………」
そう言ってミニスカートで胸が強調されたデザインの制服を堂々と着ているウエイトレスさんがあたしの目の前
にフルーツや生クリームやアイスクリームが花びらを模しててんこ盛りにされたガラスの器が、ででん!!、と
ばかりに置いていった。
「これが…これが夢にまで見たフルーツパフェ……」
夢にまで見た極上デザートの登場にあたしは手を胸の前で組み合わせ、瞳をきらきらさせて世にも美しい一品を
眺め続けた。
「では、いっただっきま〜〜す♪」
待ちに待ったこの瞬間♪
あたしはひんやり冷たいスプーンを手に取ると、今にも器から零れ落ちそうな生クリームをひとさじすくって、
あ〜んと大きく開けた口の中に――
ぱくっ♪
「う〜〜ん、おいし〜〜♪お口の中で溶けていく〜〜♪女になれて幸せ〜〜♪」
男の時だったらフルーツパフェなんて恥ずかしくて絶対に頼めないもんね♪
「まったく……何をやってるんだか……」
「はぁ……本当ですね……お金足りるかなぁ……しくしく……」
満面の笑みを浮かべながら口とパフェの間にスプーンを往復させているあたしの側には、呆れ顔をした明日香と
財布を覗き込んでいる千里が座っていた。
ここは学校の帰り道にある喫茶店の一角。とある事情であたしは千里から奢ってもらえる事になって――
「ねぇねぇ相原くん。頼んじゃってからなんだけど、本当に河原さんの奢りでいいの?」
「いいのいいの。今回は千里が全部悪いんだから気にしなくっていいわよ」
「わ〜〜い♪だから舞子はおねーさまが大好きなんですぅ〜〜♪いっただっきま〜〜す♪」
渋る千里を明日香といっしょに引っ立てながら下駄箱に到着したところで偶然であった美由紀さんと、校門を
出たところで偶然出会った舞子ちゃんにもご同席してもらってます。当然二人の分も明日香の分も千里の奢りで、
テーブルの上には(明日香も含めた三人に)遠慮無く注文された10個以上の色とりどりのケーキが所狭しと
並んでいる。
「楽しい事はみんないっしょでないと。ね〜〜、千里」
「ううう……先輩……半分は出してもらえませんか?……このままじゃ今月の研究費用が……」
「研究費用?だったら千里もバイトすれば?自分で汗水流して稼いだお金だったら無駄使いなんてできないでしょ。はむ」
「すみませ〜〜ん、ほんの出来心だったんですぅ〜〜、決して、決して先輩に貢がせていたとかそんな事では〜〜(泣)」
う〜ん、いっつもえらそうな千里が泣きながら謝ってくるなんて……優越感を感じちゃう♪
「だから奢ってくれたらチャラにしてあげるって言ってるじゃない」
「あう〜〜〜、先輩の鬼〜〜!!」
「どこがよ。イヤなら今まで使い込んだ分のお金、今すぐ全額返してちょうだい」
「………分かりました…分かりましたよ……しくしくしく……」
最近、千里はあたしを男に戻す薬を作らずに、妙な機械をたくさん作っていた。部費なんて千里が入学してすぐに
無くなっちゃったし、どこからそんなお金を……と思って追求したところ、なんと!!こともあろうに!!あたし
が男に戻るための研究費用にと一生懸命アルバイトを掛け持ちしてまで千里に渡していたお金を……お金を……
千里のせいであたしが女になっちゃってから既に1ヶ月以上経っている。その間のほとんど毎日のアルバイト代
なんだから10万円は超えている。それを湯水のように使ってくれちゃったのを奢り一回で許してあげようって
言うんだから、感謝して欲しいぐらいよ、まったく。本当なら一週間ぐらい続けて奢ってもらわないと。
こんな会話をしている間もスプーンは黙々と動き続け、メロンや桃、サクランボに名前もよく知らないフルーツが
どんどんあたしの口の中に消えていく。その一つ一つに舌鼓を打ちながら、忙しくスプーンを動かし続ける。
「あぁ……甘いもの食べてる時って、しあわせ……」
「それにしてもさぁ、たくや」
「もぐもぐ…んくっ、ん?なに、明日香」
「あんた最近太ったんじゃない?」
たくやちゃんのドキドキダイエット♪
〜あたしのお味は何カロリー?〜
明日香の放ったその一言を聞いた瞬間、今まさに表面が少し溶けはじめているアイスクリームを乗せたスプーン
を運ぼうとしていた手の動きをぴたりと止めてしまった。
「な…何言ってるのよ、明日香ってば。あたしが太るなんて、そんな事あるわけ無いじゃないの」
何を隠そう、あたしは子供の頃(当然男の子)、背を大きくしたい、ムキムキになりたいっていっぱいご飯を食べた
けど、身長は見ての通り、筋肉なんてこれっぽっちもつかなかった。
その代わりにいくら食べても太ったと言う事は無く、おかげで子供の頃からもやしっ子……うう…あの頃はいじめ
られてて、そのたびに明日香にかばってもらってたなぁ……だから早く大きくなりたかったのに……
その辺りの事は明日香だって知っているはずなのに、どうして今ごろそんな事を言うんだろう?
「でもさぁ……近頃のたくやって甘いものばっかり食べてるでしょ?」
「それは……女になっちゃったせいなのかどうかは知らないけど、甘いものばっかり食べたくなっちゃうんだもん」
甘いものは別腹って言う言葉の意味が女になってよくわかったし。朝昼夜の食事も量が増えたのに、なぜかデザート
だけはお腹の中に入っちゃうし。う〜ん…女体の神秘ね〜〜
「それに運動もしてないでしょ?体育の授業だって休みがちだし」
「だって女になっても男子といっしょに授業してるのよ。寺田の奴が「途中で男子から女子になっても単位の振替は
せんからな〜〜」って言うし。明日香だって猛暑の中でサッカーなんかやらされたら絶対に倒れるって」
そう、あのスケベ筋肉達磨のせいで何度男子に身体を触られながら保健室に運ばれた事か……さらにその後、
松永先生に全身を隅々まで検査されて……こっちの方が運動になってる気がする……
「それはそうかもしれないけど……」
「それにアルバイトで身体は十分動かしてるから大丈夫よ。ね〜〜、千里………千里?」
ちょっと嫌味をこめて千里のほうに顔を向けると、財布を覗き込んでいるかと思いきや、何やら難しい顔をして
考え込んでいた。
「あ〜〜、千里ちゃん、眉間にしわ寄せてる〜〜。そんなに考えてばっかりいるとシワシワのおばあちゃんになっ
ちゃうんだよ〜〜」
「なりません。それより永田さんこそもう少し頭を使わなければ脳細胞が壊死してアルツハイマーになってボケボケ
になってしまいますよ」
「む〜〜、舞子はボケボケじゃないもん。千里ちゃんのイジワル、ぷんぷん!」
この二人、性格的には正反対で今もこうやって口喧嘩なんかもしているけど、結構馬が合ってるのよね……
ま、 同学年だし、化学オタクの千里には天然系の舞子ちゃんが相性いいのかな?……二人ともあたしの身体
に興味がある(?)点では一緒だけど………
「それで。千里ちゃんは一体何を考えてたのかな?」
そう言うと、美由紀さんはケーキのお皿を取って、優雅な動作で一口。
う〜ん、様になってる。さすが演劇命の美由紀さん。絶対に映画の女優さんになりきって身につけたんだろうね、
あれって。
「………あんまり「ちゃん」付けの子供扱いはやめてもらいたいですね。あなたとは2歳しか違わないんですから」
お、今度は結構敵意剥き出しね。この二人は価値観が違うとは言っても、背が低くて胸の小さい千里にとっては、
美由紀さんはコンプレックスの対象だもんね。あからさまに嫌っているって訳でもないけどね。
そんなふうに舞子ちゃんと美由紀さんの言葉で不機嫌になっていた千里だけど、いきなり真剣な顔になると、
真っ直ぐあたしの方に顔を向けた。
な…なんだかイヤな予感………
「先輩、少し考えてみたのですがあまり現状の体型を崩すのは好ましくありませんね」
「ど…どう言う意味よ、それって……もぐもぐ……」
「いくら頭の悪い先輩でも、太っている方は別として、普通は女性の方が男性よりも脂肪が多い事は知っていますね?」
「それぐらい…ぱくぱく…知ってるわよ…ぱくぱく……」
「話している時ぐらい、食べるのやめなさい」
「あ〜〜、あたしのパフェが〜〜!ひどいよ明日香〜〜!!」
「後で返してあげるから子供みたいにわめかないの!」
「……あの〜〜、続きを話してもいいでしょうか?」
「いいわよ。どうぞどうぞ」
「うう……早く食べないとアイスクリームが溶けちゃうのに……」
「こほん、それでは……」
あたしと明日香の漫才のような掛け合いにあきれたのか、一つ咳をついてから千里は喋り出した。
千里が余計な事を言い出すから……後でもう一個頼んでやる。甘いものの恨みは恐ろしいんだから……
「結論から言いますと、太ると元に戻れない可能性があります」
「………え?」
「ちょ…ちょっと待ってよ。それってたくやが男に戻れないって事!?」
千里が何を言っているのか理解できず一瞬固まってしまったあたしの代わりに、明日香が大きな声を上げながら
勢いよく席から立ち上がった。
なんだかあたしたち目立ってない?喫茶店の中にいるお客さん達がこっちを見てひそひそ話してるんだけど……
制服姿の女子高生五人が店内で何度も大声上げてりゃ、そりゃ注目もされるわよね……
で、
「ちょっと千里、あたしが太ったらなんで男に戻れないのよ!?」
「たくや、ちょっと反応遅いわよ……」
「いえ、まだはっきりとはしていませんが……先輩が男だった時は痩せ型で身体に脂肪はそれほどついていません
でした。しかし、女性になった先輩は、あまり言いたくありませんが、胸やお尻に脂肪がたっぷりとついています」
よっぽどあたしの大きな胸がうらやましいのね……言いたくなければ言わなきゃいいのに。
「もともと存在しなかった脂肪がどこから作られたのか?恐らくは女性として余分な筋肉や必要の無くなった男性器
を体内で酵素により分解し、先輩の遺伝子を女性とした場合の設計図に基づいて女性らしい体型を作り上げるため
に必要な部位で脂肪に再生成するものと推測されます」
「あの……おチ○チンは必要だったんですけど……」
バキッ!!
「変な茶々を入れないの。あんたにとっては重大な事なんだから」
「痛いよ、明日香……後頭部はやめてよ……」
「うるさい!あんたは男に戻りたくないの!!」
いきなり後頭部に明日香の黄金の右をくらって頭が痛いのに、そんな襟を掴んでかっくんかっくんなんて……頭が
痛い〜〜!
「舞子はおねーさまがおねーさまのままでも全然構いませ〜〜ん♪」
「私も今度のコンクールまで相原くんには女の子のままでいてもらいたいんだけど」
みんな自分勝手だ〜〜!あたしは…あたしは………まぁ…あとちょっとぐらいなら女の身体のままでも……
「……たくや…あんた今何か変な事考えなかった?」
「いえいえいえいえ、何も考えてません!絶対に考えてませんって!!」
なんで考えてる事が分かるのよ〜〜!!
「あの〜〜…お取り込み中すいませんが、男には戻れると思いますよ」
あたしの煮え切らない態度にお怒りモードになられている明日香に、千里は恐る恐る声をかけた。
「ただ、先輩が太った状態で男に戻ると、元の体型に戻れない可能性があるという話ですから」
「元の体型に戻れない?千里、それってどう言う意味よ!?」
あたしは襟首を掴む明日香の手を振り払うと、言葉を濁す千里へと詰め寄った。
「その通りの意味です。女性時についた脂肪は男性に戻った時にそのまま残るか、それ以外のものに変化する可能性が
あります。それが筋肉か、骨か、はたまた別のものか……脂肪のままならお腹がぽっこり出てしまいますし、部分的
に不必要な筋肉が増加しますと身体のバランスを崩してしまう可能性もあります。そのようなさまざまな可能性を
考えますと、先輩には現状の体型を維持する事をお勧めします」
「それってつまり……」
「甘いものはやめて、ダイエットしろって言う事ね」
「そう言う事になります」
その言葉に、あたしは愕然とするより他は無かった。
そんな……女になって唯一の楽しみが………それじゃあ、これから一体何を楽しみに生きればいいのよ〜〜!!
さらに加えてダイエット!?あたし運動苦手なのに〜〜!!甘いものを絶食して、動き回ったりなんかしたら、
絶対に倒れちゃうよ〜〜!!
まさに幸少ない人生に絶望してどん底まで落ちこんでしまったあたしに救いの手を差し伸べてくれたのは――
「相原くん、ダイエットだったら簡単にできるのを知ってるわよ。別に運動なんてしなくてもいいやつをね」
「え……美由紀さん、ほんと!?それって別に食べてもいいの!?」
「まぁ……食べ過ぎなければいいんじゃない?急に絶食なんかしたら身体を壊して失敗するのが落ちなんだし」
「あぁ……ありがとう美由紀さん♪やっぱり持つべきものは――」
「その代わり、今度のコンクールには一緒に出てよね。4人だけじゃ人数足らなくって」
う……また美由紀さんと一緒に演劇部で練習するのか……練習量もさる事ながら、ひな子先生、竹刀片手に指導
するもんなぁ……でも、太っちゃうとあたしの身の危険みたいだし……
「それじゃ美由紀さん、よろし――」
「待ってください。舞子も簡単なダイエット知ってますぅ〜〜」
「え?ま…舞子ちゃんも!?」
「はい♪と〜〜っても簡単です〜〜♪だから舞子と一緒にダイエットしましょ、おねーさま♪」
「そ…そうは言っても……」
舞子ちゃんには悪いけど、何かイヤな予感がするなぁ……でも断ったりしたら……
チラッと視線を横に向けると、店内のお客さんどころかウエイトレスさえあたしたちの方を見つめていた。ここで
舞子ちゃんが泣いたりしたら……もう二度とこのお店に出入りできなくなるかも……この辺りで一番ケーキの美味
しいお店なのに〜〜!
それだけは避けなきゃいけない。たとえ舞子ちゃんの誘いを受ける事にリスクがあっても……まだ食べてないケーキ
がたくさんあるんだから!!
でもやっぱり怖いなぁ……ここは美由紀さんのと両方試してみると言う事で――
「なに言ってるのよ。たくやは私がダイエットさせてみせるわ!!」
あ…明日香、急になに言い出すの!?
なにやら眉を吊り上げた明日香が拳を握り締めている。ひょっとして……美由紀さんたちに対抗意識を燃やしてる
とか!?………ま、違うだろうけど。
でも明日香っていくら食べても太らないとか言ってたような気がするんだけど……学園で一・二を争う美少女な
だけに、やっぱりあたしの知らないところでたゆまぬ努力をしているのかな?
「ふっふっふっ………先輩、そんなダイエットなんて不要ですよ」
なっ、今度は千里!?
「こんな事もあろうかと、かねてより開発していたダイエットマシーンがあるのです!!これさえあれば立った一日
で余計な脂肪は全て無くなってしまいますよ、はっはっはっ!」
「わかった!わかったから椅子の上に立たないで!!これ以上騒いだら……あ、すいませんすいません、すぐに椅子
からおろしますから」
お店の人に白い目で見られている中、あたしは慌てて千里の小さな身体を抱えて椅子から引き摺り下ろした。
「せ、先輩、どこを触ってるんですか!?いくら自分の胸が大きいからって白昼堂々人の胸を触るなんて破廉恥な!!」
「いいから少し黙って!でないとお店を追い出されちゃうわよ!!まだケーキだって食べ終わってないんだから」
なんで自分の研究成果の時はこんなに見境が無くなるかなぁ。でも………一日でダイエットか……だけど千里の
作ったモノが成功したのってあったっけ?それを考えると、一番リスクが大きいな……
「それで相原くん」
あたしが何とか千里を座らせると、タイミングを計ったかのように美由紀さんが話し掛けてきた。
「誰と一緒にダイエットをするの?」
「うっ、い…今決めなきゃダメなんですか?」
困った……できれば舞子ちゃんと千里のは避けたいけど……どうしよう?
「当然私と一緒よね、たくや」
「大天才の私に任せておけば、何ら心配はありません。お任せ下さい!」
「舞子はおねーさまと一緒にダイエットがんばるです〜〜♪」
「私のダイエットが一番効果的だと思うけど、どうする?」
いっせいにあたしに詰め寄ってくる四人の美少女。
ううううう……いったい…いったいどうすればいいのよ〜〜〜〜〜!!!
A)やっぱり後が怖いし……一緒にいても安心できるから明日香よね♪
B)一日でダイエットできるんなら楽なものよね。どうせあたしのお金で作ったんだろうから、千里、お願い
C)ダイエットに付き合ってくれるって言ってるし、よろしくね、舞子ちゃん♪
D)あたしよりナイスボディーの美由紀さんが進めてくれてるんだもん。これっきゃないでしょ
続く