Dルートその1
「では美由紀さん、そのお手軽ダイエットって言うのを教えてください♪」
「オッケー。その代わり、明日から演劇部の練習にも参加してよね♪」
「うっ……やっぱり、それですか……あれって結構キツいんですよね……」
「別にいいじゃない。運動もできて効果倍増でしょ?」
「はぁ……分かりました。それでどんなダイエットをするんですか?」
「マッサージよ。美容エステ」
「え…エステっ!? 美由紀さんがあたしにしてくれるんですか!」
「違う違う。私の叔母さんが隣街でお店出してるから、そこで全身マッサージをしてもらうの。一日でお肌
すべすべよ。コンクール前により綺麗になってもらうって言う意味もあるけどね」
「で、でも、あたしそんなところに通うお金なんか……」
「大丈夫。ただでいいわよ。よかったら友達もつれてきなさいって言われてるし。私も時々行ってるんだけど、
スゴく気持ちよくなれるわよ。病み付きになっちゃうぐらいに…ね♪」
「――と、言われたんだけど……」
あれから毎日演劇の練習に付き合わされて、舞台の上で暴走した美由紀さんにとても口では言えないような
事をされ続けて、やっと来てくれた日曜日。
隣街まで電車で来て、駅で美由紀さんと落ち合うはずだったんだけど用事が出来たとかで、前日に貰ったお店
までへの地図を片手にあたしは見知らぬ場所に立っていた。
「ここはいったいどこでしょう……」
今回は美由紀さんの叔母さんに会うわけだし、失礼にならないようにワンピースを着て、ある程度はおめかし
をしている。そんなあたしの姿を道行く男の人が振りかえって眺めながら横を通りすぎていく。ナンパも何組
かきたけど、それに対応する気力さえなく、ぽつんと人通りの中に立ち尽くしていた。
ちゃんと地図通りに歩いてきたはずがお店は見当たらず、あちらこちらと歩き回っている内に自分が何処にいる
かも分からなくなって、最初の駅に戻る事さえ出来なくなっていた。
まさか…この歳で迷子だなんて……
女性らしく手首の内側につけた時計に目をやると、すでに約束していた時間を1時間も過ぎている。
どうしよう……こんな事ならお店の名前とか電話番号とかをちゃんと聞いておけばよかった…………しかたない。
道を尋ねよう。
もう恥ずかしいだのなんだのと言っている暇は無いと判断したあたしは、見とを通りすぎていく人達に声をかける
ことを決意した!!……って、そこまで気合をいれなくてもいいか。で、誰に声をかけようか……
周りを見ると、道の端の方であたしの方を見ながら何やら囁きあっている男三人組。形態電話片手に大きな声を
出しているおじさん、スーツをビシッと着こなしたキャリアウーマン風なお姉さん……よし、この人にしよっと。
男に声をかけたらナンパされるかも、と思ったあたしは無難に女の人に道を聞くことにした。
「あの〜…すみません」
「えっ? なにか用かしら?」
よかった、なんだか優しそうな人だ……
「道を聞きたいんですけど……この辺りにマッサージのお店ってありませんか?」
「ま、マッサージ!? あなた、あのお店に行くの!?」
な…なんだか驚かれてるけど……なんだかイヤな予感が……
あたしの言葉に少し取り乱した女の人だけど、まるで品定めでもするかのようにあたしの身体を上から下まで
見まわした後、何か一人で納得してしまったように数回うなずいた。
「まぁ…あなたなら気に入られると思うけど……」
「あの…一体なんの事でしょう……」
「あ、ごめんなさい。マッサージのお店よね。私、場所を知ってるから案内してあげましょうか?」
「本当ですか!? お願いします、もう時間過ぎちゃってるんで助かります♪」
「そう…じゃあ、ついてきて。ほんとにすぐそこだから」
「ここ…ですか?」
「ええ。じゃあ私はこれで」
親切にもお店の前まで案内してくれた女の人は、あたしに手を振りながら今来た廊下を歩いていき、エレベーター
に乗って下に降りていった。それを見送ってからあたしは再びお店だと言われる場所の扉に向き直った。
さっきの場所から五分ほど横道に入ってついたこの場所、なんとあたしが住んでいるのとは大違いの豪華なマンシ
ョンの最上階である。入り口も厳重で、マンションの住人の許可が無いと自動ドアが開かなかったりで、女の人が
いなかったらここまでこれなかったと思う……というか……
首を左右に巡らせると、結構廊下は長いのに、ドアはここ一つだけ。入る時に郵便受けとかを見たけど、他の階に
は数軒の名前があったのに……ここって一軒だけ? ワンフロアが一つの部屋だとしたら…もしかして、美由紀さん
の叔母さんって、ものすごくお金持ち……
なんだか自分がここにいるのが場違いのような気がして、妙にそわそわと身体を揺すってしまう。いくら深呼吸して
も緊張してしまって呼び鈴を押す事が出来ずに、すっと扉の前で立ったままになっていた。
ど…どうしよう……あたし…とんでもないところに来ちゃったかも……
ガチャ
「きゃあ!!」
もうこのまま逃げ出しちゃおうかと思い始めた頃、いきなり扉が開き、驚いてその場に尻餅をついた。
「相原さん、いらっしゃい。よく来てくれましたね…おや? どうかなさいましたか?」
「い…いいいいえ、ななななんでもあああああありません」
扉から顔を覗かせた髪の長い女の人に声をかけられて、あたしはどもりながら首を左右に何度も振った。
「あ、僕がいきなり扉をあけたから驚かれたんですね。すみません、もうちょっとゆっくり開けるべきでした」
「は…はぁ……」
この人が先生なのだろうか、松永先生のように方からはおるのではなく、シャツのような白衣を着ている女性は、
丹精に整った顔に優しい笑みを浮かべながらあたしに右手を伸ばし、それを掴むと結構力強く引っ張り上げて
くれた。
へぇ……綺麗な人だなぁ……
引き上げてくれた拍子に息が掛かるほど近くで顔を見上げると、中性的な顔があたしをやさしく見下ろしていた。
まず目に付くのは首の後ろで束ねている長い黒髪。頭頂近くには天使の輪のように光を反射して白く輝くほど
美しい髪をしている。身体の方は胸やお尻はそれほど大きくは無いけれど、あまり余分なお肉のついていない
スマートな身体とあたしより10cmは高い身長は髪の毛を含めて、全体的にスラッとした印象を与える。
「お怪我は無いようですね。それではどうぞ中へお入りください」
「あ…あの……ここってマッサージのお店ですよね?」
相手が白衣を着ているからって、こんな家賃の高そうなマンションの最上階全部を使ってるお店って言うのが
どうも引っかかって、あたしを室内に導こうとする先生に思わず尋ねてしまった。
「ええ、そうですよ。こんな分かりにくい場所にあるものですから、さぞ迷われた事でしょうね。僕のお店は一応
会員制という事になっていまして、入会されてはじめてこられる方は紹介者と来られる事になっているんです。
あ、あなたを紹介してくださった方が来れない事は電話で連絡を受けていますよ。心配なさらずにどうぞ」
「―――はい……」
う〜ん……なにか違う答えを言われたような気がするけど…ま、いいか。ようやくついたんだし、これ以上時間
をかけちゃ迷惑になっちゃうもんね。
「おじゃましま〜す」
実のところ、部屋の中がどうなっているのか、という事も気になっていたあたしは、先生に案内されるままに、
玄関で靴を脱いで、あたしの家とは比べ物にならないほど立派なマンションの中に足を踏み入れた……
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