Aルートその1
「明日香、ここは一つ、お願いね」
「いいわよ。絶対にたくやをダイエットさせてあげるからね」
「たのもしいな〜〜♪ それじゃあお手柔らかに」
「なに言ってるのよ」
「……え?」
「わかってるの? 事はあんたの命が掛かってるのよ? それなのにのんびりなんてしてられないわ!」
「あ…あの〜〜……もしもし?」
「いい、明日の朝からビシバシしごいてあげるから今日は準備して早く寝るのよ」
「あした? しかも朝から!?」
「おばさんにも私から話しておくから。いい、わかったわね!?」
「……………はい(もしかして…一番キツいんじゃないだろうか……)」
「さ、それじゃあ早速学校に行きましょうか」
「ちょっと待ったぁ!! 今なんて行った? 「学校に行く」って……こんな時間から!?」
翌日の早朝、いつもの起床時間より二時間も早く起こされたあたしは、明日香に強制的に服を脱がされて
運動しやすそうなジャージを着こませられると、朝食も食べさせてもらえずに外に連れ出され、いきなり
めちゃくちゃな事を言われてしまった。
「だからいいのよ。今からちょっと遠回りして走っていっても、たくやの足でも十分間に合うでしょ?」
「は…走るぅ!? 学校まで? 一体何キロあると思ってるのよ!!」
「だから私もこうやって付き合ってあげてるじゃない」
「じゃあ、その自転車は何よ!? 一人だけずるい!!」
あたしの隣で、さも当然と言う顔をしているジャージ姿の明日香の横には籠に二人分のカバンを放りこまれた
自転車が待機している。
「ダイエットするのはたくやでしょ? だったら私まで走る必要は無いもの。そんな事より早く行くわよ。途中
で休憩は入れてあげるから、ほら」
「うわぁ〜〜ん、明日香の鬼〜〜〜〜!!」
「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……」
「ふぅ〜〜〜、何とか間に合ったわね」
「つ…ついた……はぁぁ〜〜〜……」
全身汗だくで、ジャージの下のシャツがぐしょ濡れになった状態で校門を通り過ぎたあたしは、登校してくる
学生達の真ん中で人目もはばからずに地面に崩れ落ちていった。
「何してるのよ、見っとも無いから早く立ちなさい」
「だ…だって……もう身体が……ほへ〜〜……」
「もう…時間が無いんだから早くしてよ」
あたしは酸欠と脱水症状一歩手前で朦朧とする頭を無理やり持ち上げて校門のところにある時計台を見てみると………
予鈴まで五分を既に切っていた。
「あたし……次の時間は……保健室で…寝てるから……せんせに…そう言っといて……」
「ダメよ。次の時間は体育じゃない。たくや、出席日数が一番ヤバそうな授業でしょ」
「うっ……」
そういえば……今日は体育……寺田先生の授業か……休ませて…もらえないな……
「早くしないとグラウンド走らされるわよ。それじゃ私は女子更衣室にこのまま行くから。カバンは持って
いっといてあげるからね」
「は…はぁぁ……」
そしてあたしは……結局予鈴が鳴るまでそこから動けずに、授業に遅刻してさらに走らされる羽目になった
のである……
「し…死ぬ……もうダメ……」
「相原くん、完璧にダウンね。明日香と喧嘩でもしたの?」
「学校中の噂だぜ。明日香ちゃんが情けない恋人を鍛え上げるためにスパルタしてるって」
「由美子……大介………い…言いたい放題ね……」
体育の後の着替えやら教室移動やらで、ろくに休む事も出来ずにいつの間にか昼休み。
今に達するまでに、授業中寝ようとしても身体の疲れと空腹感で眠る事も出来ず、かといって教科書を開いて
授業を聞くほどの体力も残っておらず、結局何も出来ないあたしは動かない身体を机に上に突っ伏して、
生まれてこの方味わった事の無い疲労感から半死半生を体験し続けていた。
「そんなに疲れてるんなら保健室で寝てれば? 硬い机の上で寝てるよりはましでしょ?」
「そりゃまぁ……そうだけど……」
かといって、この状態なら何処にいっても眠れるはずが無く、それ以前に保健室に行くまでの体力さえ残って
いそうに無い。その上、保健室には松永先生がいるからあんまり近づきたくないし………だったら教室で死ん
でるほうが出席扱いしてもらえるから得というものだ。
さわ……
ん?……なんだかお尻が……
むにゅむにゅ……むにゅむにゅ…さわさわ……
「う〜ん……柔らかく、それでいても見ごたえのあるこの手応え…たまりませんな〜〜」
「だ…大介ぇ〜〜……」
「身体が動かないんなら触っても殴られないだろ? それにしてもこんなに触っても反応しないんだな」
ムニュムニュもみもみサワサワぐりぐりスリスリ
「やっ…大介…何処触って…んんっ……」
スカートの上から押し当てられている大介の手が、ここぞとばかりのあたしのお尻を責めたてる。椅子との間
に捻じ込むように侵入して変形しているお尻のお肉を揉みしだいたかと思うと、そのまま割れ目に移動して、
上下に擦りながら秘穴の周りを押し込んでくる。
「いや〜〜、一度触ってみたかったんだよね、たくやちゃんのお尻♪」
「やめて…やだ……んくぅ……」
重く、だるい身体が指が動きを見せるたびにわずかによじれる。椅子に押し付けたお尻を微妙にくねらせ、
ざわざわと身体を登ってくる快感から逃れようとするけど、それでも大介の手は貼りついたかのようにあたし
のヒップについてきて、やがては椅子とお尻の間に挟みこまれていたスカートを引き抜き、急に空気に触れて
緊張したお尻の柔肉に触れようと――
「だ…ダメ……」
「それにしても、ダイエットに成功するとこのお尻や胸が小さくなるんだよな〜〜、だったら、今のうちにもっと
触っておく――」
「こら大介、なにやってるの!!」
ろくに抵抗も出来ずにただ身をすくめていただけのあたしは、手にお弁当箱を抱えて現れた明日香の怒声に
何とか助けられた。
「あ…いや、これは、たくやちゃんがどれだけ動けないかを調べてるだけで、決してスケベな気持ちで触ってた
わけじゃないんだよ、うん」
「……そうなの、由美子?」
「う〜ん……つい相原くんの感じちゃってる顔に見入ってたけど、あれは絶対にスケベ心丸出しで触ってたわよ」
「あ、俺、ちょっと用事が会ったんだ。それじゃたくやちゃん、お大事に〜〜」
………おもいっきり逃げたわね……でも、解放されたから、それでいいか……
「たくやっ!!」
な、なにっ? 今度はあたし!?
大介の逃げた方向を鋭いまなざしでにらんでいた明日香は、急に身体の方向を変えてそのままあたしを睨み
付けてきた。
「あ・ん・た・は……なんで抵抗もせずに触られっぱなしになってるのよ!!」
「だ…だって……身体…重たいし……」
「使ったのは足でしょう!! だったら手を使えばいいじゃない!!」
「………遅刻のバツで腕立て50回させられた……」
「言い訳しない!!」
しくしくしく……言い訳じゃないのに……だって、寺田先生があたしの目の前に座って胸の先端が地面につく
かどうかジッと見てるんだもん……サボれないし、恥ずかしいし……ひどい目に会ったのはあたしなのに〜〜〜!!
「まったく……今度からちゃんとだめだって言うのよ、いいわね!」
「おーおー。さっすが相原くんの世話女房。完全にお尻の下にしいてるわね〜〜」
「由美子も見てたんなら止めなさいよ」
「だって、相原くんの感じてる顔ってかわいいんだもん。それに他人のあの顔ってめったに見れるもんじゃないし」
「あんたねぇ……」
由美子の言葉に明日香は右拳を握り締めてプルプルと震わせる。これはかなり頭にきてるな……これ以上は
触らぬ明日香にたたり無し。もうちょっと寝てよ―――あれ?
あたしが明日香から視線を逸らして再び机に突っ伏そうとした時、ふと明日香の左手に握られたものに目が
行ってしまった。
「明日香……それ……」
「え? あぁ、これ? たくやのお弁当に決まってっるじゃない」
………あ…明日香があたしにお弁当!!?
「ほんと!? ほんとに明日香が作ってくれたの!?」
その言葉を聞いた瞬間、あたしは身体が疲れて動けない事も忘れて慌てて身を起こした。
「だって仕方ないじゃない。あの時間にあわせておばさんにお弁当作ってもらうのも気が引けるし。だから私が
作ったのよ。中身は簡単なものだけどね」
「明日香ありがと〜〜♪ 学食に行くのも億劫だったのよね〜〜♪」
そう言って喜ぶあたしの体勢は、起きあがったのはいいけど、それを維持してられなくて、背もたれに身を
預けてだら〜んとしてるんだけど……感謝してる姿勢って言うのにはちょっと……
「もうちょっとシャキッとしなさいよね……はい、容器は後で取りに来るから」
「あれ? 明日香は一緒に食べないの?」
明日香の手に握られ、そしてあたしの目の前に置かれたお弁当箱は一つだけで、これがあたしの分だとすると
明日香の分は?
「自分の分は時間が無かったから……でも、気にしなくていいからね。ちゃんと食べないと身体が持たないん
だから」
手ぶらになった明日香は少し赤くなった顔をあたしから隠すようにきびすを返すと、教室から出ていってしま
った。たぶん学食に行ったんだと思う。
ひょっとして照れてたのかな? でも、あたしの方も……
「ねぇねぇ、それが明日香の手作り弁当なんでしょ? 早く開けて、中を見せてよ」
「ひゅーひゅー、お熱いね〜〜。たくやちゃんが女の子になっちゃっても二人の愛は変わらないってか?」
「あぁん、こんな事なら私もお弁当を作ってくればよかった〜〜」
「相原! 女同士なんて不純だぞ!! だから明日香ちゃんを俺にくれ〜〜!!」
さっきのあたしと明日香のやり取りが聞こえていた由美子によって広められた噂はあっという間に教室中に
知れ渡り、あたしの机の周りには教室に残っていた連中が全員集まってきてしまった。当然というかなんと
いうか、その中には大介も混じっていたりする……
うううううぅぅぅ……由美子め……なんで言いふらすかな……こんなにみんな集まってきてるし……この
視線の中であたしはお弁当を食べなきゃ行けないの?……はぁ………
いっそのことこの場から逃げ出して、食堂や屋上で食べるって言うのも一つの手だけど、身体は重たいし、
何よりこの連中ならあたしを捕まえるか、ついてくるか、最悪、あたしを取り押さえて明日香のお弁当を
強奪するヤツもいるかもしれない……………仕方ないか…それだけは絶対にイヤだし……他人に食べられる
ぐらいなら多少恥ずかしくてもあたしが!!
あたしはまったく信頼の置けないクラスメートの視線が集まる中、意を決して、お弁当の包みを開き、お弁当
箱ではなくプラスチック製の容器を密封している蓋を開けた。
「「「「「おおおぉぉぉ〜〜〜!!!」」」」」
クラス中にどよめきが走る!そして見えてくるのは白いご飯――――あれ?
「ねぇねぇ相原くん、このお弁当って……」
ちゃっかり最前列に陣取っていた由美子がお弁当の中を覗きこむなり、あたしに理解できなかった事柄を聞いて
くる。あたしだって理解できてないけど……
我先にと明日香作のお弁当の中身を見ようとしていたクラスメートも、徐々に言葉を失っていく。
だって……お弁当の中には………白いご飯の変わりに、白い豆腐が一丁入っているだけ………冷奴にしては
お醤油も薬味も何にも無し。当然おかずも無し。卵焼きもノリもハンバーグも焼きジャケもから揚げもミート
ボールも何にも無し。
………さみしい……
そう、このお弁当はとてつもなく寂しかった……
「お? メモがついてるぞ。なになに……」
「こら大介、勝手に読んじゃダメ!!」
お弁当箱の包みに入っていた二つ折りの紙を目ざとく見つけた大介があたしの静止の声も聞かずにさっと引き
抜き、クラスのみんながいる中で読み始めた!!
『ダイエットの基本は食事にあり。これから三食、全部お豆腐だけだからね――明日香』
「え………?」
三食……と…豆腐だけ?……そ…そんな………確か明日香は栄養取れみたいな事言ってなかったっけ?
ぽん
不意にあたしの肩に手が置かれる。
「相原くん……元気出してね。きっと明日香だって機嫌を直してくれるって」
「へ?」
いつの間にやら俯いていた顔をハッと上げると、由美子が哀れみの表情を浮かべてあたしの方を見ている。
「明日香は怒ってるみたいだけど、いっつも相原くんの心配してるんだから……だから早まったりしちゃダメ
だから。じゃ」
そう言って席から離れて行く由美子を皮きりに、興味を無くした連中が次々と字分の元いた場所へと戻って
いった。
………さみしい……
さっき思ったことをもう一度小さくつぶやく。
お弁当の中身も……面白くないと去っていくみんなも……ものすごく冷たい……しくしくしく……
くぅぅ〜〜〜
「ううううう……こんな時でもお腹が鳴ってしまう自分が恨めしい……」
飢えに負けた……
最後にぽつんと残されたあたしは、寂しさに押しつぶされそうになりながらも、少し温くなった豆腐をちまちま
と箸ですくって食べはじめた……
せめて……お醤油が欲しい………
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