第2話−1


「みんな〜、島が見えてきましたですネ〜!」
 クルーザーの甲板からケイトの元気のいい声が聞こえてくる。
 一泊した南国のリゾート地からクルーザーで移動する事、小一時間。キャビンで談笑していたあたしたちは目的地に近づいた事を知り、我先にと外へと飛び出し、船の行く先に視線を巡らせた。
「松永先生、あそこに行くんですか!?」
 あたしたちの本来の目的地――船の進行方向にある、まだ小さな緑色の輪郭しか見えない小島を指差し、明日香と共にキャビンから出ずにワイングラスを揺らしている松永先生にそう尋ねた。
「ええ、そうよ」
 返ってきたのは簡単な肯定の返事だけ。それでも聞いたあたしは顔がほころぶのを抑えられず、すぐさま甲板にとって返してケイトや美由紀さんのいる船の舳先(へさき)へと駆け出して行った。
 ―――元は小さな無人島だったところを改装した南国ホテル。今から向かうあたしたち以外には従業員しかいない常夏の楽園。……エメラルドブルーの海上を奔るクルーザーの上で潮風に肌を撫でられながら、あたしの胸は到着する前から昂ぶってしまっている。
「あそこかぁ……あそこに行くんだ!」
 膨らむ想いを抑えきれず、声になる。
 美由紀さんも、そしてケイトも、あたしの隣りで長い髪をなびかせながら、あの島で始まるバカンスに心を躍らせている表情で前を見つめていた。ただ、
 ――明日香……なんか体調悪そうだったけど、大丈夫かな……
 あたしの胸には、昨日の晩から調子を崩して少し苦しそうにしていた明日香の事が、一抹の不安になって引っかかっていた。
 キャビンではあたしやみんなに合わせて楽しそうにしていたけれど、時折苦しそうに顔を歪めたり、虚ろな表情を浮かべることもあったり、一人で潮風に当たったりと、いつもとどうも様子がおかしい。あたしのように島へ到着するのが待ち遠しいという雰囲気でもないけれど、体調の事を訊いても笑顔で「なんでもない」と答えられては、それ以上何も言うこともできない。今もまた、一人で松永先生とキャビンに残って休んでいるし……出発前はあんなに旅行を待ちわびていた明日香とは思えない様子だった。
 ――でも、松永先生もある意味お医者さんなんだし……ここは任せておいた方がいいのかな……
 一時的に女の子になっているだけのあたしには分からない苦しみがあるのは十分承知している。……いわゆる「あの日」だ。始まってしまったのなら、それこそあたしではどうしようもない。下手に心配しすぎると右アッパーを食らうのが落ちだ。
「たくやちゃん、島についたらすぐにケイトと泳ぎましょうネ♪ ケイトの水着姿でノーサツしちゃいますですネ♪」
「だったら今の内に着替えてよっか。そしたら到着したら海に直行できるし」
「美由紀ちゃん、グッドアイディーアですネ♪ 早速服を脱いじゃいますですネ♪」
「ちょ、ケイト! 操縦席に船長さんに見られちゃうってキャビンに戻って着替えなさいって!」
 ……ま、あたしまで暗い顔をしてたらせっかくの卒業旅行が台無しになりそうだ。そうなったら美由紀さんやケイトにも申し訳ない。
 明日香の事は松永先生に任せるしかない。その代わり、張り切ってリゾートを満喫する事を心に誓うと、
「――ちょっと待って。水着が破けたあたしはどうすんのよ!?」
 と叫びながら、一足先にキャビンへもどって行った美由紀さんたちを笑顔で追いかけて行った―――



二日目



 松永先生に飛行機代まで出してもらって招待された南国の無人島に建つリゾートホテル……最初は一体どんなおんぼろホテルに招かれるのかと心配ではあったけれど、マグロのトローリングも出来そうな大型のクルーザーが島を半周もすれば、不安は吹っ飛び、その分だけ期待と興奮が込み上げてくる。
 飛行場のあった本島から向かってきている最中には分からなかったけれど、目的地の島は両端が砂浜を取り囲むように大きくせり出すような形をしていた。三日月……と言うよりはクロワッサンの方がイメージ的には近いだろうか。
 クルーザーが岩場になっている島の端を通りすぎると、大きくくぼんだ島の端から端まで、全てビーチになっている。桟橋はそのビーチの隅。島端が牛の角のように突き出ていてビーチ全体が大きな入り江になっているせいか、砂浜周辺の波は比較的穏やかなようで船の揺れもそう大きくない。
 もっとも、あたしたちをここまで連れてきてくれたのは十人ぐらい乗り込んでどんチャン騒ぎしていても太平洋横断すら朝飯前でやってのけそうな大型クルーザーだ。台風直撃の大嵐にでも遭遇しない限りは、十分快適な船旅を約束してくれるのだけれど。
 そのクルーザーが桟橋に着桟する。―――さすがに明日香や美由紀さんたちと一緒に堂々と着替える度胸を持ち合わせていない。あたしは一人甲板に立ち、ビーチの中央から少し桟橋よりに立つ南国テイストのホテルや、その背後にちょっとしたジャングルのようにうっそうと生い茂る木々や船の航路からビーチを覆い隠す島の中央の小山を見つめながら、今更ながらに遠く南国にやって来た実感を噛み締めてしまう。
 ………と、そんなあたしの背後から、
「キャッホ〜〜ですネ!」
「海だ! ビーチだ! リゾートだァ! さぁ、早速泳ぐわよ!」
 ――こ、こらこらこらこらこらァ! ケイトも美由紀さんも、自分の荷物も運んで無いのに海に直行しないでよォ!
 キャビンでビキニへ着替えたケイトと美由紀さんは、まだ係留もすんでいないクルーザーの甲板から海へとダイブ。あたしが止める間もなく、浮き輪やシュノーケル片手に緑色の海へと飛び込んでしまう。
「ちょっとォ〜! 二人とも戻ってこ〜い! あたし一人に荷物運びさせるつもりなのー!?」
 ――あううぅ〜……あの二人、もうあんなに遠くまで……
 仮にも水泳部のケイトと、演劇には体力を使うからと体をキッチリ鍛えている美由紀さんだ。何かに取り憑かれたかのようなスピードで泳ぎ、見る見るうちにクルーザーから離れていく。線上からいくら声を張り上げても、今の二人にはこれっぽっちも聞こえないだろう。
「ったく……しょうがない。二人の荷物も運ばなきゃね……」
 いっそ放っておけばいいんだろうけれど、そんなことが出来ない自分の性格が恨めしい。……けどあの二人、結構な量の荷物を持ってきてたよね。旅行用の大型スーツケースで……あの中全部が服とかだって言うんだから、女の子は恐いんだよ……なに? 洗濯しないの? 一体何着持って来てるって言うのよ……けど、男で(?)はあたし一人なわけなんだし……
 さっきまでは眩しいばかりに輝いていた太陽が、今から荷物運びをするのかと思うと一気に暑すぎて恨めしく思えてくるから不思議だ。Tシャツにメンパンとラフな格好していても、今からホテルと桟橋を最低三往復はしなきゃならないのかと思うと……
「タクヤ、どうかしましたカ?」
 どうやって荷物を運ぼうか、ちょっぴり絶望に打ちひしがれていると、少しアクセントに特徴のある日本語と共にあたしの肩に手が置かれる。誰かと思って振り返ると、このクルーザーを操縦していた外人男性がすぐそばにまで近づいていた。
「あ、え〜っと……キャプテンって呼んだ方がいいのかな?」
「タクヤのおスきなように呼んでくださイ。それよりモ、なにかコマった顔してましたヨ。ミーでよければ話してみてくださイ。お助けしますヨ?」
「それが……友達二人が自分の荷物も持たずに海に飛び込んじゃって。おっきな荷物だから、どうやって運んであげようかなって考えてたところで……」
 ――む〜…どうも外人さんと話すのは緊張する。昨日は散々な目にあったばっかりだし……ダメダメダメ、外人さん皆が皆、巨根でスケベって訳じゃないんだから。変に疑ったりしたらキャプテンさんに申し訳が……
 本島をクルーザーで出発する前に自己紹介を受けた船長さんだけれど、思いのほか、若い。見た目はだいたい三十手前ぐらいだけれど、流暢な日本語と気さくな接し方をしてくるので、あたしたち全員、悪い印象は抱いていない。むしろ、結構甘いマスクをしているし、シャツを押し上げるしなやかな筋肉や日にやけてボサボサになった髪を無造作に紐で縛っていたりと、「海の男」を感じさせる雰囲気はむしろ好印象だ。……そういえば格好も、シャツにボロボロのジーンズと、あたしとそれなりに似てたりして、こうして一対一になってしまうとついつい意識しすぎて緊張してしまう。
「オーケーオーケー。そう言うことならノープロブレム。ミユキとケイトの荷物を運べばいいんだネ?」
「え……い、いいんですか?」
「モチロン。ここはホテルで、タクヤたちはゲスト(お客)。ゲストのご要望にこたえる為にミーは体をキタえてるんだかラ」
 そう言ってポーズをとると、シャツに包まれた上半身の筋肉がぐっと盛り上がり、今にも服が破れてしまいそうになる。かと言って嫌な思い出しか無い体育教師の寺田先生のような筋肉ダルマ系ではなく、体のバランスが取れてるから格好もいい。……ああ、あたしも男の時にこういう筋肉が欲しいなァ……
「困った事があったらミーやスタッフに何でも言ってくレ。イツでもドコでもベッドの上でも、タクヤのお願いならなんだって聞いてあげるヨ」
「……ベッドの上? え? や、それってちょっと、い、いきなりそう言うお誘い!?」
「オウ、ソーリー! 今のは聞かなかった事にしてくれないカ。そうじゃないとミーがオーナーに怒られちまウ」
 それは…なあ…あたしもいきなりベッドがどうと勝手だけで過敏に反応しちゃったけど……だけどこの親切な人を、わざわざホテルのオーナーにしかりつけさせるような真似をしたいとも思わない。でも、あたしの中でこの人の得点は急降下だね……
「あ、あたしは気にして無いから。ただ驚いただけで……」
「サンキュー! アイしてるよ、タクヤァ!」
 ――感謝の仕方が大げさだって。……ま、外人さんのオーバーリアクションをいちいち咎めてたら日が暮れそうだ。早く荷物を運んで、あたしも海に行こう。……と、その前に、
「ねえ、この島にお医者さんっている? あたしの友達の一人が調子悪そうなんだけど……」
「イシャってドクター? 調子が悪いのはあのキュートなアスカだろウ? だったらオーナーに頼むといイ。カノジョはそこらの医者より優れたドクターだからサ」
「ふ〜ん……で、そのオーナーさんはどこにいるの? やっぱりあっちのホテルに?」
 明日香を心配してそう訊ねると、「なに言ってんの?」と言う表情を浮かべ、キャプテンはキャビンの方を親指で差した。するとちょうどそのタイミングで、あたしたちのいる右舷からは影になっているキャビンの出入り口から松永先生が姿を現した。
「松永先生、明日香の様子は?」
「オーナー、ちょうどよかった。タクヤの話を聞いてあげてくださイ!」
 ―――は? オーナーさん……どこにいるの?
 キャプテンとあたしの視線は同じ方向を向いている。……が、そこには松永先生一人しかいない。―――と、言うことは、だ。
「二人とも心配しなくていいわよ。ちょっと飛行機での疲れが出ただけよ。栄養剤も飲んで体力も戻ったし、今は中で水着に着替えてるから」
「あの、松永先生、今なにかとんでもない事を聞かされたような気がするんですけれど……オーナーってなに?」
「オーナーは所有者と言う意味よ。受験勉強で覚えなかった?」
「そりゃ覚えましたけど……だから、そう言う意味じゃなくて!」
「おかしいわね。その言葉に他に意味ってあったかしら?」
 ―――ま…松永先生ェェェ! そうやって無理やり話を逸らそうとするのやめてくださいよォ〜!
 もっとも、とぼけた本人もわかってやっている。あたしがウ〜ア〜!と頭を抱えると楽しそうに含み笑いを漏らす。
「進学するのなら、これからは少し落ち着きを持った方がいいわ。じゃないと工藤君あたりに何度も女の子にさせられるかもね」
「な、何で弘二の名前がここで出てくるんですか。このバカンスの間は一度たりとも思い出したくなかったのに。――それよりもですねェ!」
「だからそう慌てないの。別に否定してるわけじゃないんだから。……けど、女性の秘密を聞き出そうとするのにその態度はマイナス点よ」
 そう言い、右手の人差し指に軽く口付けした松永先生は、すれ違いざまにその指をあたしの唇に押し付ける。
 関節キス!?……と、思わず動揺したのは、まあ、あたしの修行が足りないのだろう。あたしが慌てふためいて甲板の手すりから身を乗り出すと、既に一足先に船を下りた松永先生がこちらへ振り返って手を振っているところだった。
「………しまった、やられた!」
 結局松永先生の口からオーナーが一体どう意味か語られる事はなかった。………けど、あの人ならこんなところに別荘の一つや二つ、持ってても不思議に見えないのが不思議だし……
「学園に三年間もいたのに、結局松永先生の正体は依然として謎のままか……」
「たくやは相手が美人だとすぐに鼻の下を伸ばしちゃうものね。そんなんじゃ誰のことも分からないわよ、この浮気もの」
 離れていく先生の背中を見つめて地団太を踏んでいると、キャビンに残っていた最後の一人である明日香が姿を現す。既に海に飛び込んだ美由紀さんやケイトと同様に、明日香もまた水着に着替えており、昨日はじっくり見ることも出来なかった肩紐の無いベアトップワンピース姿でジト〜ッとあたしの事を見つめていた。
「え〜っと……体調はもういいの?」
「ええ、おかげさまで。たくやが私以外の人と喋ってる間に、すっかりよくなっちゃいました。どうもありがとうございます」
 ――あう〜…明日香の態度が冷たい上に言葉遣いがとげとげしい……
「ほんと……もっとしっかりしてくれてたらこんな目に……」
「ほえ? 何か言った?」
「……なんでもない。ほら、たくやも水着に着替えて早く来なさいよね。先に泳いでるから!」
 そういえば、明日香も運動神経は抜群だ。何故かあたしと視線を合わさないように会話を打ち切ると、甲板の上で助走をつけ、桟橋のある右舷とは逆の左舷から海へと飛び込んでしまう。
「あ、明日香っ!? さっきまで体調悪かったのになにいきなり飛び込んでんのよ!?」
 慌てて右舷へ走り寄るけれど、明日香の姿はあっという間に船から離れていた。見とれそうなほど綺麗なフォームのクロールで穏やかな波を掻き分け、はるか先で競泳の如く泳いでいる美由紀さんたちの方へと泳いで向かっていった。
「タクヤ、ダイジョウブだヨ。アレだけ泳げればどこも調子は悪く無いサ」
「そうなんだけど……あたしの心臓には悪いわよ」
 いっそ苦しそうに胸を押さえてあたしにすがり付いてくれたらな〜……と、まあ、なかなか弱みを見せたがらない明日香相手じゃ絶対ありえなさそうなシチュエーションを想像してしまい、乾いた笑いが込み上げる。
「しっかり者の明日香にはあたしの心配なんか必要ないか……それじゃすみませんけど、荷物を運ぶの手伝ってくださいね。あたしも頑張りますから」
「オッケー。それじゃあ……まずは片付けようカ」
 千兆三と共にキャビンへ足を踏み入れ、思わず絶句する。船に運び入れたときにはしっかり閉じていたはずの旅行カバンの口が空いており、ソファーやテーブルの上には所狭しとシャツや下着が散乱していた。
 ……三人とも、荷物運べとか言うんなら、まずは脱いだ服ぐらい片付けときなさいよね。
 明日香も美由紀さんもケイトも、あたしに見られる事をなんとも思ってないのだろうか……急いで水着に着替えた幼馴染や同級生の事を考えながら、あたしは天井を見上げてからガックリと肩を落とした。



「―――え? あたしたちが止まるの、あっちのホテルじゃないの?」
 船長さんはやはり見たとおり力があり、明日香、美由紀さん、ケイトの三人分の荷物をいとも軽々と担ぎ上げていた。結局自分の着替えの詰まったバッグだけを持って船長さんの後へ付いて行くと、ホテルの前をあっさり素通りし、島の逆端にあるもう一つの桟橋のほうへと向かう。そちら側の桟橋は大きく海に突き出ており、四つの海上コテージがそこに軒を連ねていた。
「オレはこっちに案内するように言われてるヨ。他にゲストもいないんだし、ホテルのがいいのならそっちに荷物を運ぶけド?」
「ああ、別にいいんです。ただ気になっただけだから」
 松永先生はホテルのほうに入っていったのを遠目で確認していたので、あたしたちもそちらに泊まるのだと思いこんでいただけだ。タダでこんなところまで招待された身ともなれば、泊まる部屋で文句を言えるはずも無い。
 それに海上コテージも悪いとは思えない。砂浜を横断して近づいてみると、一人に一つあてがわれるとは思えないほど大きく、立派な造りをしている。床のすぐ下が海と言う場所に興味を引かれながら桟橋を渡り、あたし用だと言うコテージの中に入ってみると、
「んぬおっ!?」
 ダブルベッドが二つ、テーブルにソファー、キッチンにワインセラー、トイレにシャワーにエアコンも完備と言う、とても一人で泊まるためとは思えないどデカい部屋に度肝を抜かれてしまう。
「ほ…本当にここに泊まっていいの?」
 昨日泊まったホテルもスゴいと思ったけれど、この部屋はさらに上を行っている。……もしかしたら、あたしんちよりもこのコテージ一部屋の方が広い上に高価なんじゃないだろうか……
「………シャンプーや石鹸、お土産に持って帰ろうかな?」
 いやいや、何をけち臭い事を言ってるんだ、あたしは。せっかく松永先生のお誘いを受けてここまで来たんだから、贅沢でリッチな気分を満喫しようじゃないか。そうだ、そうだよ、持つべき者はお金持ちの保健医の先生なのだった〜♪………はっ! な、なんか錯乱してませんか、あたしってば!?
 ともあれ……今は水着に着替える方が先決だ。驚いたりはしゃいだりするのは、みんながこっちに来てからでも遅くは無い。
「………上はシャツでもいいかな」
 この旅行の為に新しく買ったばかりの水着だったけれど、昨日出会ったナンパ男に引きちぎられてしまっている。ケイトに誘われて水泳部に入っていたときの競泳水着も、残念ながら持ってきていない。……しかたなく、今着ているシャツの裾を絞ってヘソが出る位置で縛り、下だけ水着を履こうとメンパンのチャックを下ろして下着後とズリ下ろした。
「ヘイ、タクヤ! ミンナが早く来いって呼んでるゼ!」
 バタン、とコテージの扉が開き、他のみんなの荷物を運び終えた船長さんが中へ入ってくる。―――が、あたしは今、その方向にお尻を向けてズボンもパンツも脱ぎ下ろしてしまっていた。
「―――――――――ッッッ!?」
 特大の悲鳴が込み上げるけれど、あまりに大きすぎて喉につっかえる。
「ホウ……いいラインをしていると思っていたけど、想像以上だナ」
 お尻も、そしてアソコも、前かがみになっていたおかげで船長さんの目には何もかもが丸見えだ。シャツを着ていたから胸は見えていないといっても、胸よりアソコを見られる方が、何と言うかその……は、ハズかしいに決まってるし……
「あッ……あ、あの!」
 震えて上手く動かない指に辛うじて下着だけを引っ掛けて、再びお尻を包み隠す。それからさび付いたロボットのようにぎこちない動きで振り返ると、あたしは辛うじてわずかばかりの声を絞り出す。
「ソーリーソーリー。ミーとした事が、ノックを忘れてタ」
「そ……そう言う話じゃ、な――――――いッ!!!」
「ココは防音がシッカリしてるから、外からだと声が聞こえないんだヨ。ホテルからはインターホンで連絡が取れるんだけどネ」
「だ、だ、だから、あたしが言いたいのは!」
 混乱して困惑して顔を真っ赤にして、「さっさと出て行って!」と伝えないのに伝わらない。身振り手振りを交えてワーキャーワーキャー叫んでいると、やっとあたしの言いたいことが分かってくれたらしい。船長さんはポンと手を打ってからビシッと親指を立て、
「安心していいゼ。想像以上に魅力的だったからオレのディックもエレクトしちまったヨ!」
「いいから出てけ―――――――――!!!」
 あたしはカバンを白人男の顔面に投げつけていた。


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