「真夜中の図書室」作品
パラダイス・ハネムーン 第3回
(3) ビュッフェ式のたっぷりした朝食である。 フルーツが豊富だ。 バナナ、メロン、西瓜、パイナップル… 当地特産のヌレマンゴ。 ドリアンがないのは残念だ。 ヌレマンゴというのは、ぬれなっとうともマンゴとも関連はない。 形がマンゴに似ているので、そう呼ばれている。 ニューマラネシア独特の甘味の強い、香りの高い果物である。 ただ、果肉がやわらかく、傷みが早いので、外国に輸出することができないのである。 そういうわけで、万疋屋にも、さかのフルーツパーラーにも置いてないのだ。 買いに行っても、無駄だよん。 消化を助ける作用があるので、食後のデザートとして申し分ない。 さらに、もうひとつ優れた効き目を発揮することがある。 それは女性の性器を潤わせる、というものだ。 (そんなこと、とっくにお見通しだよ、なんて言わないでね) 夕べの食後にも添えられていたので、紗里奈のあそこも充分潤っていたのだが、ハンスのやつがぶち壊しにし たのである。悪党なのである。 午前中はプールサイドで過ごすことにして、午後はどうしよう。 スタッフに相談する。 午後1時にイレマラを出発する、インブー寺院を見学するツアーがある。 参加することにした。 巨漢で知られるスモ族が住むハメマラの村から、川を小1時間遡ったジャングルの中にある寺院で、歴史的建 造物であるだけでなく、現在もスモ族の信仰の場所になっている聖地だという。 スモ族はほとんど裸族といっていいくらいだ。 男も女も腰に褌状のものを着けているだけなのだが、ごく最近になって、日本の某商社が売り込みに成功した おかげで、女がブラジャーを着けるようになったのだという。 日本の商社は、どんな辺鄙な場所にも、世界の果てまで出かけていくのだなあ、とただ呆れるばかりである。 そういうわけで、聖地に行くのも、水着でよい。 それどころか、極小ビキニなど着ていこうものなら、スモ族の一員と思われて、神様のご利益も一段と増そう というものである。 足元だけは、ジャングルの中を歩くので、それなりの用意をする。 といっても、何か特別の装備をするわけではない。スニーカーをはくだけである。 ジャングルに行くので、虫除けスプレーは必須である。 持っていかないと、ひどい目にあうのである。 吸血蝿とか、吸血虻とか、いちばん恐ろしいのは、人の脳みそを吸う脳天蚊である。 脳天蚊というのは…面倒なのでやめておく。 こんなところでウンチクを傾けても、嫌われるだけである。 スモ族の人たちには、もちろん虫除けスプレーなどない。 それでは、どうやってこれらの毒虫から身を守っているかというと、なんと、ヌレマンゴなのだ! ヌレマンゴの効用はすでに記したが、女性の性欲中枢を刺激して性器を潤す作用という、文明人も喜ぶ効用の ほかに、ヌレマンゴを常食することで、これらの毒虫を撃退する香りが汗となって出るのだ。 壮太も紗里奈も、食事のたびにヌレマンゴを食べているので、虫除けスプレーはいらないのである。 ニューマラネシアに旅行する際は、熱帯の果物が嫌いな人も、ぜひヌレマンゴだけは食してほしい。 美味しいだけではない。 害虫をあなたのからだに寄せ付けないのである。 害虫を撃退するからといって、いやな匂いがする、というのではまったくない。 あなたの体臭が、ヤナコーワとか、ルーチョンキみたいになるわけではない。 むしろ、あなたのからだが発するあのいやな汗臭さが、ヌレマンゴの芳香によって中和され、どんなに汗びっ しょりになっても、至近距離にいる人に対しても、オェ、という気分にさせることはないのである。 壮太と紗里奈は、昼食前にブティックで買っておいた、サウスパシフィック・イレマラ・リゾートのロゴ入り シャツやサンバイザー、ミネラルウォーターなど用意して、桟橋に集合する。 ハメマラ村までは、ボートで行く。 このリゾートは、どこに行くにもボートを使うしかないのである。 ハメマラ村でボートを降りた。 巨漢揃いのスモ族が漕ぐ数艘の小船に乗り換えて、川を遡る。 川の両岸にはジャングルが迫っていて、美しい熱帯の鳥が頭上を飛ぶ姿を見かけたり、人間たちが近づいて危 険が迫ったことを仲間に知らせるスカンク猿のブヒブヒなく声が聞こえる。 スモ族は、スカンク猿を蛋白源にしている。 筆者は、その肉をどうしても食べることができなかった。 バーベキューの材料に使われていたのだが、臭いがきつくて、口元に運ぶ前に嘔吐感に襲われたからである。 ゲロを吐いて、ヒンシュクをかった。 突然、右岸に船着場が現れる。 船を下りる。 一行は、スモ族のガイドに導かれて、切り開かれた道をさらに奥へと進む。 スモ族の聖地に通じる道だけあって、道らしい形になっている。 ジャングルの中なので、植物の生育がよく、道などすぐに消えてしまいそうなものだが、それなりに手が入れ られているのだろう。スモ族の信仰が篤いことがわかるというものだ。 まもなく、目の前にジャングルを切り開いて造営された壮大なインブー寺院の伽藍が現れる。 みな、息を呑んだ。 エジプトやインカの文明に比べると規模ははるかに小さいものの、巨大な石をつんで作られた、壮麗な伽藍は、 見るものすべてを感動させたのである。 ジャングルの中に忽然と姿をあらわした石造寺院はアンコールワットを思わせる。 ひと目見たときは、これは世界遺産のひとつにくわえるべきであろう、と筆者は思った。 まあ、無理だろう… 世界道徳会議とか、全米純潔同盟とか、きっと大反対するグループが現れるだろう。 中央には、高さが20mほどあろうか、巨大な石の塔が天をつく勢いで屹立しており、それはひと目で男根と わかる形状をしている。 その反りかたの美しさ、亀頭の逞しい張り具合、男の中にひそむ野獣性を天空に向けて解き放つかのような、 歓喜の頂点にあって、今にも射精しそうな、見るものの心を激しく動かさずにはおかないものである。 「これを見て濡れない女はひとりもいなかった」 パリ大学文化人類学教授ジャン=ポール・オナニは、著書『欲情する熱帯』の一節に記している。 実際、教授の調査に同行した女子大学院生7名は、全員がこの聖域でオナニと性交し、帰国後オナニそっくり の子を産んでいる。 さて、中央の巨大な男根の左右にはドーム型をした、北国の「かまくら」を連想させる建物があり、これは睾 丸と思われる。それぞれが入り口を持ち、そこから内部に入れるようになっている。 ジャングルの中に古代スモ族の手によって築かれ、守られてきたこの広大な空間だけは、シンと静まり返って いて、神秘的で、いかにも聖域にふさわしい場所である。 「ココハ シンセイナ バショデス。キヲツケテ コウドウ シテクダサイ」 左側のキンタマ、もとい寺院の建物に入る。 インブー寺院の特徴だが、壁には隙間なくレリーフが刻まれていて、外側の壁には神に対する信仰や、信仰心 の薄いものに下される罰などが刻まれている。 最も興味をそそるのが、内側の壁に刻まれたものだ。 それは、生きることの喜びを描いたものである。 とりわけ、男女の性のいとなみをえがいたものは、石に刻まれたものとは思えない、他に類を見ない精巧なも ので、これを見るためだけにヨーロッパからはるばるやってくる研究者も多いのである。 オナニの著書がきっかけになったことは言うまでもない。 くれぐれも公衆便所の落書きなんかと混同しないでもらいたい。 筆者も、このすばらしいレリーフ群をデジタルカメラに収めてきてはあるのだが、なんとか金儲けに使えない かと、あれこれ知恵を絞っているところなのだ。これは、内緒のことなのだが… 壮太と紗里奈は、この面での知識がゼロ、わけもわからずに参加したのだが、したがって、写るのですよ、な どというふざけた名前の使い捨てカメラを持ってきてしまったので、光量不足で、1枚も撮れないのである。 欧米人の参加者たちは、しきりにシャッターを切り、ビデオカメラを回す。 男と女がさまざまな体位で交わっている様子、女の喜悦の表情が生々しい。 昨夜、アンドレとモニクが暗がりでとっていた体位のものもある。 昨夜、筆者が中田麗奈とした…し、失礼 女性器が克明に掘り込まれていて、思わずさすりたくなる。 男根は、体の大きさに比べると不自然に大きい。 「オマエタチ スモ族ノ ぺにすハ コンナニ デカイノカ?」 ハンスが露骨な質問をする。 「オマエタチ スモ族ノ まんこハ コンナニ ヒロガルノカ?」 ガイドは不快な表情をあらわにし、否定した。 寺院の内部を見学したあと、中央の広場で休憩を取る。 保冷箱に入れてイレマラから運んできたサンドイッチとバナナとヌレマンゴ、ミネラルウォーターを食す。 インブー教は、飲酒を禁止していないが、ここは神聖な場所である。飲酒は忌避される。 事前に注意を受けていたのに、ハンスはウイスキーを持参していた。 まるで挑発するように、ガイドの目の前でグビリと飲んだ。 ガイドが怒りに頬を染めて、激しい口調で咎めると、ハンスは、てめー、やる気か、といった目つきで睨みつ けながら立ち上がる。 すると、ポーターとしてついてきていた巨漢のスモ族の男たちが、からだつきからは想像もできない素早さで 駆け寄ってきて、ハンスの攻撃を受けて立つ構えを見せた。 チ、と舌打ちをすると、ハンスはウイスキーのボトルをバッグの中にしまいこんだ。 右のキンタマ、もとい、寺院の建物に入る。 そこには、いくつもブロンズ像が安置されていた。 内部の暗さに目が慣れるまでは、まるで仏教寺院の仏像のように見えたが、目が慣れてくると、それらは男女 がからまりあい、つながっている姿を彫ったものであった。 左側に寺院はレリーフで、立体感に乏しかったが、ここのものは実にリアルで生々しく、目の前でやって見せ ているような錯覚に陥るほどである。動かないけどね。 ハンスは、卑猥な笑い声を上げながら、ブロンズ像の女性器や男性器を撫でまわす。 出発の時刻が迫る。 寺院の外に出てみると、空が暗くなっており、雷の音が次第に近づいてきて、やがてスコールが始まった。 一寸先も見えないほどの激しい雨が降り始めた。 バケツで水をひっくり返したような、という言葉がぴったりの激しい雨である。 傘など何の役にも立たない。 持ち歩いても無駄で、荷物になるだけである。 雨の中を駆け出すのもやめておいたほうがよい。 足をとられて転ぶだけでなく、下手をすると溺れ死ぬことにもなりかねない。 近くの建物に入って、雨がやむのを待つしかないのである。 船着場までの道が川のようになって、通れそうにない。 一行は慌てて寺院の内部に駆け込んだ。 1時間もすれば雨が上がり、青空が広がるのは明らかなのだ。 集合時間を決めて、それまで自由行動をとることになった。 壮太と紗里奈は、右のキンタマに引き返して、薄明かりの中で交わっている男女のブロンズ像を眺めた。 学習しておくのもよいだろう。 体位のバリエーションは、中には筋をたがえそうなのもあるのだが、大いに参考になるだろう。 集合時間を過ぎたころ、ようやく雨が上がった。 道はぬかるんでいるものの、水の流れがせせらぎほどになった。 どうやら船着場に戻れそうな様子だ。 ハンスとモニクの姿がない。 ポーターのひとりが、寺院の裏手に向かうのをみた、という。 アンドレとアンネは、そちらに向かって急ぐ。 建物の裏手から、ハンスとアンドレが激しく言い争う声がして、アンネに追われるようにして、パンティを手 にしたモニクが現れる。 アンドレが激しく罵るのを、ハンスは鼻先でせせら笑うようにしてにらみ返す。 業を煮やしたアンドレがハンスに殴りかかり、逆に泥水の中に殴り倒されてしまう。 男たちが止めに入る。 ハンスは、問題ばかり起こす人物だ。 アンドレは、唇が切れて、出血していた。 船着場に、小船はなかった。流されたようだ。 ハンスが、おまえらの責任だ、といってスモ族のガイドを責める。 スウェーデン人夫婦が止めに入って、治まった。 われわれの帰りが遅くなったら、ハメマラの村から探しにくるだろう、とガイドが言う。 ここで待っていよう、と誰かがいうと、ガイドが、水辺は危険だ、と教えた。 サオカミワニや、アナナメヘビ、タマヌキウオ、マンコヤドカリなどが襲ってくる、という。 仕方がないので、寺院まで引き返し、救助がくるのを待つことになった。 ジャングルは夜の闇に包まれる。 ポーターが見つけてきた蝋燭の明かりだけが、ぼんやりと周囲に光を投げている。 午後10時を回っている。 空腹に襲われるが、夕食まで用意していない。 保冷箱に残っていたヌレマンゴを分けあう。 「コンナモノ、クエルカ!」 ハンスは、ヌレマンゴが嫌いなようだ。 確かに香りが強いし、舌触りもねっとりぬめぬめしているので、口に合わないという人がいても仕方がないこ とではある。 うまそうにヌレマンゴを食べている者たちに嫌悪のまなざしを向けるハンスの吐息は酒臭かった。 一行は思い思いの場所で寺院の壁に寄りかかるようにして座っていたが、睡魔に襲われる。ひとり、またひと りと寝息を立て始める。 壮太も壁に寄りかかり、紗里奈を抱きかかえるようにしていたが、いつのまにか眠り込んでいた。 紗里奈は、不快な臭いを発する人のけはいをすぐそばに感じて目を覚ました。 しかし、何も見えない。 真っ暗闇だ。ポーターたちも眠り込んでしまい、蝋燭が消えてしまったのだ。 ハァッ、ハァッ 獣のような吐息を紗里奈に吐きかけながら、その生き物は、紗里奈の性器をなでまわす。 (…あの指だ…ハンスの…) 紗里奈は、恐ろしさのあまり声が出ない。 (…壮ちゃん、助けて…) すぐ隣にいる壮太に知らせようと手を動かそうとしても、まったく身動きができない。 金縛りにあったようになっている。 (…助けて…壮ちゃん…) 男の指が、紗里奈の淫裂を乱暴にこじ開け、撫でまわす。 クチュ…クチュ…クチュ… (いやあ…いやあ…) 紗里奈は両足を必死で閉じようとするが、毛むくじゃらの男の腕を跳ね返す力が出ない。 指先が蜜の壷に進入する。 (だめぇ…だめぇ…いやぁ…) 男は、十分に潤っていることを確かめると、パンティを毟り取った。 紗里奈の両膝を開いてそのあいだに入り込む。 上体を起こして、パンツを下ろし、いきり立ったペニスを引き出して紗里奈に挿入しようとした刹那、 ギェェェェーッ! この世のものとも思えぬ、断末魔を思わせる叫びが寺院のなかに響き渡った。 その悲鳴は石壁が作る広大な空間に反響した。 ギェィェィェィェィェィェィ 眠りに落ちていたすべてのものが目を覚まし、ポーターが慌てて蝋燭に火をともしたとき、みなが目にしたも のは、紗里奈の足もとでパンツを下ろして尻と性器を剥き出しにしたハンスの、その剥きだしたやわらかい肉 の部分に、無数の吸血蝿や吸血虻が襲いかかり、ペニスには脳天蚊が群がっているという、この世のものとも 思えぬ、身の毛のよだつ、キンタマの縮み上がる光景であった。 ヌレマンゴが嫌いなハンスは、顔や手足に防虫スプレーを塗ってはいたが、紗里奈を襲うために剥き出しにし た部分には、何も塗っていなかったのである。 グゥゥェェェェェーッ! アンネがハンスのバッグから防虫スプレーを取り出し、尻に群がってハンスの生き血を吸いつづけている蝿と 虻の群れに吹き付けると、ばたばたと床に落ちて、死骸の山ができる。 アンネは、一瞬躊躇した後、蚊がたかって真っ黒に見えるペニスにも吹き付けた。 翌朝になって、救助隊がきた。 ハンスは、貧血を起こしていた。 壮太たちは、ハンスを運ぶための担架をこしらえなければならなかった。 イレマラ・リゾートに戻れたのは、昼前のことであった。 ハンスはコメオラの病院に運ばれた。 紗里奈は、まだ処女である。進む