第二話「羞恥のマリオネット。」
舞台上では、次のマジックの準備が進められます。ショーの主役である女性を中央に立たせ、
マジシャンは右手後方のやや離れた所に位置します。すると、客席からため息や感嘆の声が聞
こえてきました。舞台の端にいるときにはわからなかった女性の美しさが、スポットライトの
中に立つ事によって明らかとなったからです。すらりとした下顎、線の通った鼻だち。緊張し
ているのでしょうか、少し憂いを含んだ黒い瞳。腰まで伸びた、つややかな黒髪も女性の魅力
を引き立てています。全体的にややあどけない感じがしますが、他人を惹きつけるには十分の
美貌です。そして、マジシャンの黒崎は客席に礼をした後、ショーを開始しました。
「それでは、神崎さん、私の言う通りに動いて下さい」
「まずは右手を上に挙げて」
右手を挙げ、首を回し、両手を胸の前で交差させて、と少女は魔術師の言葉通りに動きます。
しかし、
「あれ? 手が挙がっていませんよ?」
マジシャンの言う通り、彼女の腕は胸の前に置かれたままでした。指示されたのは両手を挙
げてバンザイをする、ただそれだけの事なのにです。
「あ、あの……。腕が、動かないん……です」
彼女は搾り出すようにそう囁きます。
「腕が動かないのですか? だったらこれならどうです?」
黒崎は自らの右手の人差し指を上に倒します。すると、少女の両腕が上に挙がり、ちゃんと
バンザイの格好をとりました。さらに、魔術師が指を下に向けると今度は少女の両腕が下がり、
気を付けの姿勢をとります。そして、両腕を回し、前に突き出し、左右に広げる、と彼女はま
るで魔術師の意のままに動いているかのようです。
「みなさんご覧頂けたでしょうか? これぞ我が魔術、『生ける操り人形』です」
「どうぞ、その華麗な舞いをしばらくご観賞下さい!」
マジシャンはそう言うと、激しく少女を動かします。バレリーナのように大きく回転し、今
度は体操選手のように、空中回転をします。舞姫のように優雅に踊ったかとおもえば、今度は
アクション俳優さながらの殺陣を演じます。定石通りに、糸などで吊るしていない事を示すた
めに輪の中をくぐらせたりもしてみせます。最初はやらせでは、と疑っていた観客も、目の前
の華奢な少女では到底できないような動きを目の当たりにすれば信じざるを得ないようです。
しかも、彼女が身に着けているのはフレアスカート。長さは膝丈ほどと、今の流行りからす
れば決して短い物ではないのでしょうが、これほどの激しい動きをしてはめくれないほうがお
かしいでしょう。彼女が大きくジャンプするたび、空中で回転するたびにスカートは舞い上が
り、タイツなどを着けていない彼女の太ももと、白い下着をさらけだしました。
「それでは、次のポーズ!」
魔術師の号令と共に彼女がとったポーズは指先倒立。可憐な少女が右手の人差し指一本で倒
立するのは驚愕の光景でしょう。しかし、観客が視線を最も集めているのは彼女の腰まわりの
ようです。まあ、こういう姿勢をとれば当然の事なのですが、彼女のスカートは全てめくれ上
がってしまっています。今までは一瞬の露出にすぎなかった少女のショーツがあますとこなく
さらけだされており、観客達はそれをじっと見つめているのです。無駄な飾りなどなく、あく
まで機能のみを追及したような白いパンツ。かわいらしさなど微塵もないその下着は、それを
他人の目に晒す事など少女が考えたこともないからでしょう。
「や、やだ……」
少女が恥じらいの言葉を口にしますが、それは舞台にいる我々にやっと聞こえるほどのもの。
客席には到底聞こえるものではなかったでしょう。少女の気持ちなど知るよしもない観客達は
食い入るように彼女の下着を見つめています。少女は恥ずかしさに震えますが、無情にもショ
ーは進行していきます。
しばらく少女をそのままの姿勢で静止させた後、マジシャンは再び彼女を直立不動の姿勢へ
と戻します。少女は大きく肩で息をしており、かなり疲れた様子。しかし、その顔が赤く紅潮
しているのは、激しく動き回ったからという理由だけではなさそうです。少女は意を決したよ
うに口を開き、なにかを訴えようとしますが、それを見計らったように黒崎が客席に向けて礼
をすると、割れんばかりの拍手が場内を包み込みました。
少女はしゃべる機会を完全に逸し、口をつぐみます。しかし、本来ならばこんな不当な扱い
を受ければもっと毅然とした態度で、強く抗議して当然のところなのですが。彼女は結構気が
弱いのでしょうか。それとも周りに流されやすいタイプなのか。どちらにしてもその後少女の
口から抗議の言葉が発せられることはありませんでした。
「それでは、次のマジックをお目に掛けます」
少女の気持ちをよそに、マジシャンは次のショーの開始を宣言しました。
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