第一話「選ばれた少女」
今回の舞台は、劇場風だった前回のものとは異なり、ステージの前に半円形のものが張り出
したショーやイベント用のもののようです。その半円の中心に立つ者が、周りからよく眺めら
れるような造りになっているのです。確かに、彼のショーにはこのような舞台の方が合うかも
しれませんね。そして、座席はそのほとんどが埋まっています。どうやらリピーターもかなり
いるようです。
突き出た円の正面、ステージの中央の最前列の席に黒崎は案内してくれました。どうやら今
回は客席での観覧のようですね。それにしても、このような特等席をわざわざ空けておいたな
んて。彼はこちらが来るのを予想していたのでしょうか?
「おっと。もうショーが始まるので、これは回収させて頂きますね」
黒崎はそう言って、席に置いてあった白い紙を手にしました。
「ああ、これですか?」
「これはちょっとしたアンケートですよ」
「もう時間もないので、持って行かせてもらいますよ」
なるほど。他の観客には開演前の時間を利用して記入してもらっていたみたいです。アンケ
ート、答えてみたくも思いますが、ギリギリに来たこちらが悪いのですし仕方ありませんね。
黒崎はそのままステージ-へと上がります。魔術師が前口上を述べ、ステージ中央で礼をす
ると、大きな拍手がそれに応えます。そして、マジシャンはショーの開始を宣言しました。
「それでは、黒埼マジックショー。どうぞ、最後までゆっくりとお楽しみ下さい」
まず彼は、シルクハットの中に何も入っていない事を確認させ、その上で中から一本の矢を
取り出しました。その術に会場が湧きます。どうやら、今回も無難なマジックから始めるよう
ですね。彼はその矢を、あろうことか客席へと投げ入れました。本物の矢とは違い、先が丸い
ゴム状になっている物だとはいえ、当ればそれなりに痛いでしょう。進行方向に位置する男性
は、思わず身をよじります。しかし、その必要はないようでした。何故なら矢の軌道が上方へ
と逸れたからです。
「お客様方、驚かせてしまい申し訳ありません」
「お詫びに、どうぞこの矢の舞をお楽しみ下さいませ」
上空へと逸れた矢はそのまま空中飛行を続けます。まるで自らの意思を持つかのように自由
気ままに飛び回るその姿に、観客達は魅了されます。ところが、再びその矢が客席に向かって
飛び込んで来ました。それも、こちらに向かってです。いえ、どうやら一つ後ろに座っている
女性を狙っている様子。しかも、今回は方向を変える素振りも見せません。目の前まで迫った
矢を、驚いた事にその若い女性は素早く右手で掴み取りました。
「ちょっと、危ないじゃない!」
その女性は魔術師に食ってかかります。まあ、当然の行動でしょう。しかし、黒崎は少しも
動じた様子を見せません。
「これは失礼。直前でお止めするつもりだったのですが、その前に捕まえてしまうとはお見事。
素晴らしい反射神経です」
黒崎が感嘆の声を出します。
「これは、私からのプレゼントです」
「どうかお嬢さま、これで許してやって下さいまし」
そう言って彼が指を鳴らすと、少女の掴んでいる矢が一瞬でバラの花束へと変化しました。
「これを?」
技の素晴らしさに魅了されたのか、少女はうっとりとした表情で真紅のバラを見つめていま
す。どうやら、機嫌は直ったようですね。
「さて、私の矢をみごと受け取りましたお嬢さま。申し訳ございませんが、次のマジックのお
手伝いをして頂けますか?」
なるほど、そういうことですか。どうやらこれは、ショーのヒロインを選ぶための余興だっ
たようですね。
「やったじゃない。めぐみ、行ってきなよ」
「もう、人ごとだと思って」
そう言う少女自身も、まんざらではないようです。友人にせっつかれ、参加を承諾しました。
「それでは、舞台の方へお越し下さい」
文字通り白羽の矢を立てられた少女は、隣の友人に荷物を預け笑顔で壇上へと上がります。
黒崎は一体、彼女にどんな事をするつもりなのでしょうか?
ショーの幕は、今再び開けられたのです。
第二話へ