その11「女医さんの秘密・・・」
翌日、姫子は会社の昼休みを利用して、江楠田市中央病院に、瞳のお見舞いに出かけていた。
自分が直接手を下したわけではないのだが、結果的に入院するような状況に追い込んでしまった事に、
責任を感じていたのである。
瞳は、重度の過労と診断され、数日間の安静を余儀なくされていた。
「あら・・・来てくれたの? あなたも変な娘ね、私はあなたの敵だったのよ」
まだ疲労が色濃く残る顔に、無理やり笑みを浮かべながら、瞳は言う。
暴走した羞姫の仮面に、赤い縄状の触手で徹底的に犯され、悶え死に寸前まで嬲られたのである。
「そんな! ・・・アタシの方こそ、御免なさい。仮面の制御がちゃんと出来ていたら、こんなに酷い目に
遭わせずに済んだのに・・・」
ちょっと泣きそうな表情でそう言う姫子に。
「自業自得ってやつよ・・・あなたを酷い目に遭わせようとしたから、逆にもっと酷い目に遭った・・・
はっきり言って、生きていただけ幸運だったと思ってるわ。もう、戦わなくてもいいんだし・・・仮面の
呪縛から、開放されたのよ、私・・・」
やつれた表情で、少し憂いを感じさせてそう言う瞳の様子は、儚げな美女萌えの男どもなら、卒倒しそうな
美しさだった。
「催眠術が使えなくなっちゃったのは残念だけど、これからは真面目にやっていくわ。だからあなたも気に
しないで頑張りなさい」
優しい口調で、瞳にそう言われた姫子は、堪え切れずに泣いてしまう。
瞳の部屋でしばらく泣いた後、気を落ち着けた姫子は、職場に戻るために病院の出口に向かって歩いていた。
「あなた、綾釣さんのお知り合いの方?」
いきなり呼び止められた姫子は、声がした方に振り向いていた。凛とした、という表現がぴったりな、白衣の
女性が立っていた。年齢は二十代後半だろうか、やや細面で、すらりと背が高く、短めにカットした髪をアップ
にまとめている・・・。
「私、この病院の副院長を勤めている、菊花 堀江と申します。綾釣さんの事で、ちょっと質問があるんだけど、
いいかしら?」
やや低めの落ち着いた声で、菊花と名乗った女医は言った。
「えっ!? ・・・アタシ、別に知り合いって訳でもないんですけど、何か?」
「あの人の症状の事で、ちょっと気になった事があって・・・旦那さんにも尋ねたんだけど、心当たり無いって
言うし・・・ここじゃ何だから、喫茶室で話しましょ」
彼女はそう言うと、背を向けてさっさと歩き始めた。姫子は断るタイミングも与えられず、仕方無くついて行く。
「・・・結論から言うとね、綾釣さんの過労の原因は、荒淫よ」
テーブルに着くなり、菊花医師は、とんでもない一言を口にしていた。
「えっ!? ・・・って・・・」
「言葉の意味は判るわよね?」
絶句し、硬直している姫子に尋ねた菊花医師は、姫子が頷いたのを確認し、言葉を続ける。
「最初は、どこかでレイプされたのかと思って、検査してみたんだけど、精液は検出されなかったわ。旦那さんの
話だと、昨日の晩は、別々の部屋で寝たそうよ。結婚したまだ一年足らずなのにね・・・って、これは余計な
おせっかいかな・・・で、あなたに質問」
優雅な手つきで紅茶のカップを口元に運んでいた菊花医師は、そう言って視線を姫子に向ける。わずかにブルーが
かって見える漆黒の瞳に見つめられ、姫子は少しドキドキしてしまう。
「はい?」
「発見した時の状況を詳しく教えて」
「いや・・・だから・・・その・・・うちの前に倒れていたんですよ、それだけです」
ちょっと口ごもりながら、姫子は警察に話したのと同じ説明をする。
まさか、淫魔に犯されたなんて言っても、絶対に信じてくれないだろうし、下手をすると、姫子も、ちょっと
壊れているとみなされて入院させられてしまうかもしれない。
「そう? ・・・変なのよねぇ・・・あれほど消耗するまでセックスすると、膣内の粘膜組織に裂傷ができるはず
なのに、それも無いし、薬物反応も無し・・・はっきり言って、人間業とは思えないわ」
菊花医師は、そう言って、意味ありげな視線を姫子に送ってきた。
姫子は、全てを見透かされているんじゃないかという不安を抱いてしまう。
「ひょっとしたら、あなたと一晩中レズプレイした結果じゃないかって思ったんだけど、そうでも無さそうね・・・
ありがとう、変な質問しちゃってごめんなさいね」
ふわりと視線を和らげ、菊花医師は、一方的に質問を打ち切っていた。
「はい・・・失礼します」
姫子はそそくさと、喫茶室から立ち去った。
その背を見送る菊花医師の唇には、妖艶な笑みが浮かんでいた。
「只今帰りましたぁ♪」
姫子は、お土産に買ったケーキの箱を手に下げ、グローバルビデオジャーナルのオフィスに戻って来た。
「おっ! お帰り。どうだった、例の保母さんは?」
大型ビデオカメラ用の、ごつい三脚の手入れをしていた一文字が訪ねて来た。
「過労だって・・・数日安静にしてれば、大丈夫らしいですよ・・・あ、これ、お土産のケーキ、おやつの時間に
食べましょう」
「おおっ! グランパティシェのケーキじゃないかぁ! 姫ちゃん、時給安いんだから、あんまり気を使わなくて
いいのに・・・」
そう言う一文字の背後に、いつの間にか、おやっさんこと、社長の立花が立っていた。「悪かったなぁ・・・
姫ちゃんに安い時給しか払えなくて・・・何ならおまえさんの給料少し削って、姫ちゃんの時給に上乗せしようか?」
「うわぁっ! おやっさん!いつの間に!?」
「ふん。背後に立たれるまで気がつかないようじゃぁ、一流のビデオジャーナリストになれないぞ・・・さあ、
さっさと取材に行って来い」
本気とも冗談ともつかない口調でそう言うと、一文字を追い出すようにして取材に行かせた立花は、ちょっと
真面目な顔になって姫子に話し掛けてきた。
「なあ、姫ちゃん、最近、妙な噂を聞くんだが・・・夢の中で、化け物に襲われて、翌朝、異様に消耗してしまって
いる女の子が増えてるらしいんだよ。入院する娘も何人か出ているらしい。あの保母さんも、ひょっとしたらその
被害者じゃないのかな?」
「えっ!? ・・・そ、そうかも・・・」
迂闊に答えて、墓穴を掘ってはいけないので、姫子はあいまいな言葉でお茶を濁す。
「それに、この前、滝が話してた都市伝説・・・ブロードバンドの空きチャンネルで、録画不能の特撮ポルノが
流れてるってやつ、昨日、俺、偶然見ちゃったんだよ!」
「えええええええええっ!! おやっさんのエッチぃ!!」
一瞬で真っ赤になって叫び、両手で顔を覆ってしまう姫子だった。
「エッチって! そっ、そういうのじゃなくってだなぁ! その・・・ポルノ番組の中に、昨日、姫ちゃんが見つけた
保母さんそっくりな人が出演してたんだよ!」
「・・・ううぅ・・・」
姫子は両手で顔を覆ったまま、指の間から、異様にぎらついた目で立花をにらむ。
はっきり言って、少し怖い。
少し圧倒されかけた立花は、一瞬、沈黙した後、言葉を続ける。
「・・・いつもは、CGで合成されたらしい化け物と、仮面を被った色っぽい女の子しか出てこないらしいんだが、
昨日の晩のは、なんだか凄い展開で、最後の方になって、女の子の一人が仮面を脱いで、素顔を見せたんだよ!」
姫子は黙って聞いていた。
(うううう・・・また、あの恥ずかしいシーンが放送されちゃったよぉ・・・おやっさんにまで見られちゃったよぉ・・・
倒れそうなぐらい恥ずかしいよぉ・・・)
強烈な恥ずかしさで、頭がくらくらしている。
(昔の貴婦人が、恥ずかしさやショックで卒倒するっていうのもわかるなぁ・・・)
なんて、思ってしまう姫子であった。
「で・・・結論なんだが・・・あれは、どこかの違法ポルノ会社の、AV撮影データが流出しているんじゃないかなぁ?
だから、コピーも出来ないし、流れているチャンネルも、その日によって違うんだろう。江楠田市のブロードバンド
放送の空きチャンネルは、何万ってあるからね」
「・・・だから?」
姫子は、まだ何か言いたそうな立花の言葉を遮っていた。
「え?」
「だからぁ! 何でアタシにそんな恥ずかしい話聞かせるんですかぁ!? こう見えても、まだ十代後半の夢見る美少女
なんですよっ!」
「うっ! ・・・夢見る美少女だったのか・・・いや、だからね、この前取材に行ったSMクラブの人達なら、何か
そういう裏情報知ってるんじゃないかな、って思ったんだよ」「それならそうと言って下さいよぉ! 要は、麗子
さんのお店への取材でしょ?」
自分の事がばれたのではないのに安心した姫子は、一瞬で立ち直っていた。
「麗子さん? ・・・ああ、あの店の女王様の事か。うん。ああいう業界は、裏との繋がりもあるからね、噂話でも
いいから、取材してみてくれないか?」
「・・・まあ、いいですけど・・・もしかしたら、危険じゃないんですか? やぶへびになって、怖いお兄さんとか
出てきたら・・・」
「だから、ちょっとでも危険を感じたら、連絡してくれ! 腕力だけなら、うちの男性社員三人組はけっこう強いぞぉ!
・・・あ、それから、危険手当も出すからさぁ」
結局、立花に押し切られる形で、姫子は取材をOKしていた。
「・・・ふうん・・・で、取材に来たの? 変に取材すると、やぶへびになるかもよ」
姫子の説明を聞いた麗子は、優雅な態度を崩さずに言う。
「うん。アタシもそう思うんだけど・・・一応、形だけ、ね、協力して」
「まあ、知らない仲でもないし・・・」
ここで姫子の耳元に唇を寄せ。
「同じ仮面ファイターだし、ね・・・それに、偽情報流しておいた方が、私達の戦いを見た奴らに納得させられる
かもね・・・放送されるのを阻止できないみたいだから、フィクションだと思わせておいた方がいいでしょう」
意外と落ち着いた口調で言う。
「ううう・・・恥ずかしいよぉ・・・」
真っ赤になってうつむく姫子に。
「そうよねぇ、あなたって、責められてばかりだから・・・」
まるで他人事みたいな玲子の言葉がかけられる。
「自分でもやっといて、よく言うよ!」
じと目になって言う姫子。
「まあ、それは置いといて・・・で、どうするの? 形ばかりの取材していく?」
話がまずい方向に行きそうだったので、さっさと話題をずらす麗子。この辺は大人の女のしたたかさがあった。
「うん。・・・とりあえず、インタビューだけでも・・・」
結局、それなりのインタビューを収録し、姫子は帰社していた。
「あ、姫ちゃんおかえり〜、病院のお医者さんから電話があったよ〜」
副社長の由美子が、相変わらずのホンワカ口調で言う。
「えっ? まさか、瞳さんの容態が急変したとか?」
ちょっと焦る姫子に。
「いや、そうじゃなくってぇ・・・取材して欲しいんだって、女の子の連続衰弱事件の事で、話したい事がある
からって・・・」
「む・・・何だろう? 他の会社をさしおいて、どうしてうちに連絡してきたのかな?」 ちょっと警戒して
しまう姫子であった。
確かに、グローバルビデオジャーナル社は、この手の会社の中では小さな部類に入る。 ブロードバンド
ニュースの質も、量も、遥かに大きい会社がいくつでもあるのだ。
「まあ、そんな些細な事はいいじゃないか、先方の指名なんだから、ありがたく取材させてもらおう」
立花の鶴の一声で、姫子はさっき帰ってきたばかりの病院にUターンしていた。
「あら、早かったのね。じゃあ、早速お話を始めましょうか」
病院の談話室で待っていた菊花医師は、相変わらずのマイペースで話を始めていた。
「まず、最近数多く発生している淫夢絡みの異常衰弱事件。これははっきり言って、人間の仕業じゃないわ」
いきなり核心に迫る発言に、姫子は表情を強張らせる。
「ずばり、これは宇宙人の陰謀よ!」
「はぁ!?」
いきなり話が電波系の方に飛んだので、姫子は裏返った声を出していた。
「・・・って言ったら、あなたは安心したでしょうね? やられ上手な仮面ファイターさん」
菊花医師は、姫子の瞳を真っ直ぐに見つめながら言う。
「えっ! 何であなたが・・・まさか、あなたも?」
「うふふっ。昨日の晩、操妃だったかしら? あの仮面ファイターを倒した技は凄かったわね。今までやられて
ばかりだったあなたが、一体どうしたのかしら?」
やはり全てを見透かされていたらしい。
「あれは・・・その・・・アクシデントで・・・」
言葉に詰まりながら言う姫子に。
「ふうん。アクシデント・・・凄いアクシデントね。で、いきなりだけど交換条件。操妃から奪ったエクスタシー
スフィア、一つくれない? どうせ持ってても無駄なものでしょ? くれたら、わたしはあなたとは戦わない。
どう? 魅力的な条件だと思うけど」
菊花医師の持ちかけた条件は、姫子にとっては確かに魅力的なものである。
確かにエクスタシースフィアは、持っていても意味が無いし、姫子も他の仮面ファイターと戦うのは嫌だった。
「確かに魅力的だけど・・・はいそうですかって即決する事は出来ないわ」
そういう姫子に。
「意外と用心深いのね。それじゃあ、淫夢界で待ち合わせしましょう」
菊花医師の言葉に、姫子は黙って頷いていた。
そして、夜。
羞姫に変身した姫子は、淫夢界で敵を探していた。
「カメさん、敵の姿が見えないんだけど・・・」
『そうだね。むっ! あっちの方に、敵の気配がっ!』
「あっちってどっち? 頭の中であっちって言われてもわかんないよぉ!」
『とりあえず右向いて・・・そのまま前進!』
カメのナビゲーションに従い、そちらに向かった羞姫は、薄闇の中で戦う二つの人影を発見していた。
一つは、馬の顔を持ち、股間からは、まさに『馬並み』のものをそそり立たせた淫魔。そして、もう一人は、
黄色い仮面を被った仮面ファイターだった。
黄色い仮面以外は、物凄い食い込みを見せる黄色いヒモパンと、肘まである同色の手袋、膝まであるブーツと
いうスタイルである。
小振りながらも形のいいおっぱいが丸見えだった。
黄色い仮面ファイターは、ピストル型の注射器を手にしていた。
引き金を引くたびに、かなりの速度で、得体の知れない薬液が発射される。
「ぶひひひひひーん」
馬そのものの声でいなないた馬男は、左右にステップして薬液をかわし、間合いを詰めていく。
「甘いわっ! ファイナルエクスタシー!」
叫んだ黄色いファイターの手の中に、どこからともなく巨大な筒状のものが飛来して来た。
「えええっ! あれは、注射器!?」
それは、直径三十センチ以上、長さは二メートルを超える、超巨大な注射器の形をしていた。
『いや、アレはエネマーシリンジ。要するに、浣腸器だよ』
カメが冷静に訂正する。
「かんちょお! あんなでかいのが?」
羞姫が声を裏がえらせて叫んでいる間に、黄色い仮面ファイターは。
「むんっ!」
と、腰を落として巨大浣腸器を構えていた。
浣腸器の先端に、黄色い光が灯り、黄色い仮面ファイターの周囲を、いななきながらぐるぐる走り回っている
馬男のお知りのあたりにも、黄色い光の点が現れた。
「ロックオン完了! ジャイアントエネマー、シュートっ!!」
そう言うと同時に、ピストンが内部の薬液を押し出し始めた。
しかし、先端からは何も出てこない。
「ぶひひひひひーん!!」
何を考えているのか、ひたすら走り回っていた馬男が、尻と腹を押えて苦悶し始めた。『これはっ! 空間を
転送させて薬液を注入してるのかっ!』
しっかりカメが解説してくれる。
「ひひひひひおおおおおーん!」
叫んだ馬の身体が、注入された大量の薬液で弾け飛び、光の粒子になって散っていく。「・・・あれが・・・
四人目の仮面ファイター・・・」
あまりにも凄まじい攻撃に、引きつった声で羞姫はつぶやいていた。
つづく
その12へ