第十一章-番外・娼館設立編 1-1


「よーし、それじゃ木材の切り出し始めるよー!」
 タンクトップにニッカと言ういでたちのあたしが号令をかけると、呼び出しておいたモンスターたちが腕を振り上げ気合を入れる。
 名前もない小さな漁村に娼館を作る計画はまだ始まったばかり。マーメイドたちが住むことになる娼館の建物すらない状況だ。
 四十七人ものマーメイドは今、村の宿屋に滞在している。だからといっていつまでも宿屋にいるわけにも行かないので少しでも早く建物だけでも作ってしまいたいのだけれど、その建築工事は街から建設ギルドの人たちが来なければ始められない。
 留美先生に色々指導をしてもらえる三ヶ月間、代わりに娼館長と言う立場を任せられたわけだけれど、マーメイドたちを放ってボケッとしておくのも後味が悪い。そんな訳で、「召喚モンスターたちの効率的運用の特訓」と言う名目で建築資材の確保や準備を行うことにしたのだ。
「まずはジェルとゴブハンマー、よーい!」
『ハンマ――――――!』
 ゴブハンマーが鎧を脱ぎ、ウッドゴーレムの姿を露わにすると、パカッと開いた口の中に周囲の森の中で見つけてきた種を放り込む。
「続いてジェル、ゴブハンマーと合体!」
 種を飲み込んだゴブハンマーの頭の上に、地面からぴょんと跳ねたジェルが飛び乗る。すると魔力の塊であるゼリースライムはゴブハンマーの表皮へと吸収されていく。
「召喚、ナインヘッド!」
『ハァァァンマァァァアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
 ジェルが村中からもらった残飯を消化して蓄えた魔力が、ゴブハンマーを一気に膨張させる。
 頭が、四肢が、そして肩や腰から生まれた新たな頭部が伸び上がり、あたしよりも背の低かったウッドゴーレムは瞬く間に九つの頭を持つウッド=ヒドラへと変貌する。
 大きさだけで言えば海龍王にすら匹敵する木と水の魔力を持つナインヘッド=ヒドラは、九つの頭をそのまま真横に伸ばすと、
『ハンマ〜〜〜』
 胴体部分から、ポコッとゴブハンマー本体が外れた。
「おつかれ〜。うんうん、いい感じじゃない。これで森まで木材を切り出しにいかなくてもいいわね♪」
 まっすぐ真横に伸びた首は建材にはもってこいだ。もともとゴブハンマー本体は吸水性のある木材がベースになっているけれど、事前に種を食べさせておけば、ジェルとのあわせ技で幾らでも必要な木材を用意できる。もっとも合体に必要な魔力をジェルが蓄えるのに時間がかかるので、一日一回が限度だろう。
 そして次は木材の切り出しだ。これは元々長柄の斧を武器にしているオークや、村で借りてきた手斧を四本の腕にそれぞれ持ったシワンスクナが担当する。さすがに力自慢の二人だけし、うちのオークはトラップ作りの名手で手先もかなり器用だ。スクナの方も大の大人でも抱えきれない太さの丸太を軽々と持ち上げるし、四本の腕も巧みに使って順調に切り出し作業をこなしている。
 鎧を着なおしたゴブハンマーを含めたゴブリンアーマーズも、ノコギリを手に材木を切断したり、あたしの指示に従って現場の中をちょこまかと走り回る。
 プラズマタートルは主に木材の運搬。蜜蜘蛛が吐き出す丈夫な糸で木材を固定し、連携して運搬作業に当たっている。
 ジェルは次の木材調達に備え、あたしの頭の上で魔力の充填中。日差しがキツい南部域でもひんやり詰めたいゼリースライムが頭の上にいると、それだけで快適に過ごせるだけに一石二鳥だ。
 あと、さすがに今回は出番はないバルーンは綾乃ちゃんの傍で護衛として待機している。口を開いて触手を出さない限りは見た目が完全に玉だから、村人からもそんなに警戒されないのだ。それにバルーンの意識はあたしの意識とつながっているので、村のほうに何かあればすぐに綾乃ちゃん→バルーン→あたしと伝わるようになっている。
「う〜ん……あたしたち、もしかして大工やっても食べていけるかもしれない」
 まあモンスターが建設現場にいれば他の人が怖がって仕事にならないのでできっこないのだけれど、現場監督としては自分のモンスターたちの戦闘以外での活躍に喜びを感じずにはいられなかった。
「この分なら、ギルドの人が来る前に必要な木材はだいたい用意できそうね」
 あとは石材か……留美先生から渡された設計図や完成予想図を見ると、ただっぴろい聖域跡地を活用した豪華な建物になっている。貴族など身分の高い人を対象とした高級娼館にしたいらしいけど、
「無理、絶対一ヶ月じゃ完成しないって」
 50人近いマーメイドが共同生活をするだけあって、大きさだけでもちょっとした神殿ぐらいはある。一ヶ月と言う予定期間内に工事が終わるとは、素人目で見ても実現不可能にしか思えない。
「………留美先生なら魔法で何とかしそうだけどね」
 けどまあ、そっちの心配をするのはあたしの仕事じゃないし、あたしはあたしでやれる範囲で仕事をこなすだけだ。ちょうど、距離を測っていたポチ三兄弟がこちらに走り寄り、あたしの目に戻ってくるまでに二人がぽんっと消えて一人に戻ったところだ。
「わんわんわん♪」
「ちゃんと長さを計れたの? えらいえらい♪」
 小さな子供と背丈の代わらないポチに手を引かれて向かったのは、聖域を取り囲む岩壁の一角。
 元々洞窟だった“聖域”が魔法の暴走で天井を吹き飛ばされただけあって、周囲を取り囲む岩壁は少々見栄えが悪い。そして、建物を建てる際に土地は広い方がいいし、建築資材として石も必要である。
 となればやることは一つ。あたしはポチが地面に付けた印の上に立つと、腰に差していたショートソードを引き抜き、細く長くゆっくりと息を吐き出しながら刀身へ魔力を流し込んでいく。
 ―――戦闘中じゃないから急がなくてもいいんだし……剣を破壊しないギリギリを見極めて……!
 そして刀身に魔力が満ちると、今度は大きく息を吸い、
「はっ!」
 肺から一気に空気を吐き出しながら、剣を下から上にまっすぐ振り上げる。
「………よし、次行ってみよっか」
 岩壁に剣が届く距離ではないけれど、手応えはあった。
 放たれた不可視の斬撃は、ちゃんと上端まで縦に岩壁を切り裂いている。どのぐらいの深さまで切込みが入ったのかまでは正確にはわからないけれど、後で岩壁の上から同様に切込みを入れれば、あっという間に石材の切り出しも終わりだ。
 それにしても今の手応えはよかった。自分の魔力同士を相殺して強力すぎる威力を削るのではなく、先ほどの魔力剣は必要な威力を繰り出すのに必要な魔力だけを使えた感じだ。魔力のロスも少なく、剣に魔力放出による歪みや傷みが生じた感じもしなかった。
「今の手応えを忘れないうちに、ちゃっちゃと終わらせちゃおっか♪」
 旅の最中では威力のありすぎる魔力剣の練習なんて出来はしない。漁村に三ヶ月間滞在することになったけれど、落ち着いて腰を据えて、いい練習が出来そうだ。
 ところが、
「ここは私の寝所だったと言うのに、好き勝手に切り刻んでくれていますね」
 感触を確かめながら魔力剣を放っていると、不意に声を掛けられる。振り返ると、そこには眉をしかめて難しそうな顔をした希代香さんが立っていた。
「器物破損で損害賠償を請求すればいくらぐらいもらえるかしら。何しろここは魔力の噴出孔。人間にとってもモンスターにとっても大切な場所なのに、それを吹き飛ばすは切り刻むは……!」
「ふ、吹っ飛ばしたのはあたしのせいじゃないのに!?」
「師匠の責任は弟子の責任です。留美があなたの師匠になった時点で、あなたにも責任は負わされていますから」
「あたしお金なんか持ってないですよ!?」
「別にお金で払えとは言ってません。あなたがその身を捧げれば……」
「あたしの身体で払えって……き、希代香さんて同性愛者!?」
「どうしてそうなるんですか!? 命です命、生贄になって死んでお詫びしなさいと言っているんです!」
「なーんだ、そんなことですか。てっきりどこかに売り払われてイヤらしいことされたり、希代香さんの性奴隷にされるんじゃないかと思っちゃったじゃないですか。………って、い、命ですかァ―――――――――!?」
「………あなた、色々と残念な子なのですね」
 なんだか酷いことを言われているようだけれど、男に戻る前に死ぬのはごめんだ。いや、男に戻れたら死んでもいいとは言わないけれど、巨大なドラゴンにバリバリムシャムシャゴックンされて跡形も残らないのは勘弁願いたい。
 ―――かと言って、海龍王モードになられたら絶対に勝てないし……生贄や供物にされる前に逃げ出した方がいいのかもしれない。
 留美先生との約束を破ってしまうけど、自分の命には代えられない。とりあえず今は希代香さんとの話を切り抜け、宿に戻って綾乃ちゃんを説得して荷物を纏めて逃げ出す算段を……と頭の中で計画を練り始めていると、
「まあ、マーメイドたちの新しい住処を作ってくれると言うんだから、それで生贄の代わりと言うことにしておきましょうか」
「ほ、ホントですか? あたしを油断させておいて、いきなりガブーなんてことには……」
「お望みならそうしても構いませんよ?」
「いや、御免被(こうむ)りますけど……」
「そもそも、人間や亜人を食べたりなんてしませんよ。何かの拍子に誰かの魂をまた吸収してしまうかもしれませんしね。私も、さすがにあなたと一つになるのには抵抗が……」
「あうう……な、何かあたしの事を誤解してませんか?」
「あれだけのマーメイドを辱めておいて?」
「しかたなかったんや―――! あたしの意思でやめさせてもらえなかったし、てか、最後のほうは全然まったくこれっぽっちも覚えてないし!」
「あれだけの事をしておいて覚えてないなんて……やっぱり男って鬼畜の外道ね」
「精魂魔と全部尽き果ててたあたしからすると、それでも精液搾り取りに来たマーメイドたちが淫魔に見えましたよ……」
「その件も、彼女たちに歌声を取り戻してくれた事で大目に見ましょう。ええ、もし男だったら股間のものを切り落として魚の餌にするところですけど、切り取るものがありませんしね」
 ―――う、うわ、背筋に冷たい汗が……今だけは女でよかったって思うなァ……
「それよりも留美です。あの人はどこにいるんですか?」
「留美先生なら村の方で新しい村長さんたちと話し合いをしてると思います。作るのが娼館ですしね、色々と偏見とかもありますし」
「………あなたは偏見を持っていないみたいな言い方をするのね」
「あ、あたしはほら、なんと言いますか……」
「まったく……私が人間だった頃とは、ずいぶんと娼婦に対する認識も変わったものね……」
 聞いた話では、希代香さんが海に身を投げて死んだのは百年ほど前。確か娼婦の地位の確立や人身売買などを禁じるルーツを作った娼館ギルドが発足したのも、そのあたりのはずだ。だとすると、希代香さんの中では未だに娼婦は「身体を売る下賎な女」と言うイメージが定着してしまっているのかもしれない。
 ―――実際、娼婦を嫌ってる人も多いしね。
 女性に貞操を求める人には、当然の事ながら娼婦と言う職業の受けは悪い。一職業として定着しているとは言え、自分の恋人や奥さんが他の男に抱かれているのは我慢ならないだろう。
 その一方で、レベルの高い娼婦ともなると相手をするお客が身分の高い人が増えるだけあって、綺麗なだけではなく知識や教養も必要とされる。中には一国の王様に対して「ノー」と拒否できる人もいるぐらいだ。
 だから、美人ぞろいのマーメイドたちが人間社会に溶け込む上では、ある一面だけを見ればなかなかの適職だとも思う。娼館ギルドに登録すれば地位と権利が保障されるし、娼婦と言うシステムによって、今回起こった拉致監禁および人身売買と言った人間社会の悪意からも保護されるわけだし。
 ―――だからと言って、あたし自身が娼婦をするのも、娼館長をさせられたりするのとはまた別問題なんだけどさ……
「こんなところで、あなたと話をしていても埒があきません。この計画、南海を統べる海龍王としては未だ認めたわけではありませんからね。留美を問いただし、場合によっては一戦交えてでもマーメイドたちを守らなくては」
 そんな事されたら、間違いなく漁村が焦土と化しそうなんですけど……どう聞いてもかなり本気な希代香さんの発言に冷たい汗が背中を伝う。こうなったら巻き込まれる前に早期に退散した方が良さそうではあるのだけれど……肌のざわつく感触と共に、あたしの肩に後ろからポンと手を置かれる。
「逃げるのは構わないが、その前にたくやにはひと働きしてもらうからな」
 結局否応無しに巻き込まれるのか……いきなり空間転移してきた留美先生と、その留美先生に鋭い眼差しを向けた希代香さんの間に挟まれ、あたしは自分の運命にトホホと涙した……


 −*−


「娼館などと言う如何わしい施設は受け入れられない……と言うのが、村の人間の多数意見だ」
 今まで魚を獲って、貧しくも平穏に暮らしてきた村人にとっては、近所にいきなり大きな娼館が出来ると言うのは、やはりそう簡単には受け入れられなかったのだろう。あたしだって、故郷のアイハラン村に娼館が出来るとなったら、どちらかと言うと反対に回るかもしれない。
「マーメイドたちの娼館をメインにした観光事業、貴族や資産家向けの高級別荘地、冒険者ギルドの誘致による治安の向上などなど、色々とプレゼンしてみたのだが、いまいち反応に乏しくてな。穏健派が「よく解らない」と言って反対ばかりするのだ」
 ―――いや、たぶん留美先生のことだから、難しい話ばかりだったんでしょ、それって……
「だがまあ、周辺の開発計画は長期に渡って行っていくものだし、説得する時間はまだ十分にある。だが娼館の設立に関しては今すぐにでも始めなければいけないのだ」
「はあ……それで、あたしにいったい何をしろと?」
「なに、たくやにとってはずいぶんと簡単なことだ。今までやってきたことを、ちょっとしてみせればいいのだからな」
「それって……エッチなことですよね、絶対に……!」
 こんな時どんな表情をすればいいのやら……いつか捨てようと思いつつも、生来の貧乏性からなかなか捨てられずに背負い袋の中に入れていた娼婦仕事用のドレス。ルビーのネックレスが胸元を彩り、慣れないヒールを履いて人前に立たされていた。
 泣きだしたいやら、叫びたいやら、様々な感情を懸命に押し殺して接客用に笑みを浮かべる。目の前にいるのは、村長が捕まっていなくなったために、新たに選び出された村長さんと長老のおばあさん、それに有力者らしい男の人が十人ほどだ。
「こちらが娼館を預かっていただくことになるルーミット殿。彼女は若いながらも経験豊富で実力も確か。急な話ではありましたが、決して不測のある女性ではありません」
 横に立つ留美先生と小声で会話を交わし終えると、胸元のルビーに留美先生が急ぎ刻んだ認識阻害の魔法により“冒険者”ではなく“娼婦”として紹介されると、あたしは礼に則った作法でうやうやしく頭を下げる。
「ただいまご紹介に預かりましたルーミットです。この度はマーメイドたちの危難に際し、わずかながらでもお力になれればと思い、臨時ではありますが娼館長就任への要請をお受けいたしました。まだ若輩の身ではありますが、どうか皆様、よろしくお願いいたします」
 認めたくはないものの、あたしほどの美人が着飾るだけでも男性に対しては効果抜群だ。スカートを軽く摘んだお辞儀から顔を上げれば、娼館建設に反対していた人たちの顔でさえ、こちらの魅力に引き込まれて綻(ほころ)んでいる。外部との交流がこれまであまり無かったこともあり、あたし程度の経験しかない娼婦にも耐性を持ち合わせていないのだ。
 ―――ま、基本的に娼館は人の多く集まる場所に作られるしね。いきなり娼婦と引き合わせられたら顔が緩むのは仕方ないかな?
 みんな、海の男だけあって体力はありそうだから、当然精力の方もかなりのものだろう。普段は奥様相手に向けられているそれが、“身体を売る職業”をしているあたしに向けられているのかと思うと、少し引いてしまいそうになる。――とは言え、マーメイドたちのためにもここで引くわけにはいかない。せめて男らしく“責任”ぐらいは取らなければと言う決意が、あたしをこの場に踏みとどまらせている。
 ―――とは言え、この後のことを考えると……
 外は夜。こんな時間に、ただ紹介するためだけに呼ばれたわけではない。なにせ、夜は娼婦の時間でもあるのだから。
 「娼婦なんて、ただ交(まぐ)わうだけで金を取る商売ではないか」との意見に、「娼婦と言うものを理解するには、実際体験した方が早い」―――留美先生はそう述べたそうだ。確かに、娼婦と言うものに悪いイメージを持っている村人を説得するのなら、百万言を費やすより、実際に一度体験してもらった方が早いと言うのはあたしも納得できる。
 ただ、その……“体験”してもらうと言うことは、言い換えれば、あたしが“抱かれる”と言うことでもある。つい先日、銛やらなにやら突きつけられた相手と……と考えると、肌を重ねることに普段以上の抵抗もあり、代わりにやってもらえる人がいるなら全財産を差し出してでも代わってもらいたい気分になってしまっている。
 ―――しくしくしく……留美先生が本気出したら、街まで空間転移して娼婦を一人二人連れてくることぐらい簡単にやれるくせに……
 そもそも娼館の建設や運営の許可を得るために、もう何度も街にある娼館ギルドの支部にまで赴いているはず。なのに、どうしてあたしよりも適任の人を連れてきてくれないんだろう……と、恨み節を連ねるのもここまで。
 留美先生に色々教わる代わりに三ヶ月、娼婦として村に滞在することを選んだのは、他ならぬこのあたし自身だ。いまさら嘆いたところで始まらないし、
 ―――あたしが頑張れば、マーメイドたちのためになるんだもんね。
 お金のためではなく、誰か他の人のためだから頑張れる……だから渋々ながらも了承した話だ。だったらだったで、精一杯頑張らなければ何の結果も生み出せはしない。
 だから今は気合を入れよう。マーメイドたちのため、そして自分自身のためにも。
「今宵は皆様に娼婦とはどういうものかを知っていただきたいと思います。ご満足させられますよう努めさせていただきますので、なにとぞよろしくお願いいたします……」


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