第十一章「賢者」50
「「「やつらを殺せェ!!!」」」
視界を塞ぐ人垣の向こうから数人の男が同時に叫ぶと、男たちは手にした銛や木の棒を構えて緊張を漲らせる。
―――ヤバい状況だよね、これって。こっちからは下手に手出しできないし……
もし今、あたしが防衛目的であろうとも契約モンスターたちを呼び出した時点で、完璧に悪者の烙印を押されてしまうだろう。あたしが許可しない限り人に危害を加えることのないモンスターたちでも、その見た目だけでも普通の人々には十分すぎるほどに恐怖の対象だ。そんなモンスターたちが姿を見せた時点でどんな混乱が起きるか想像がつかず、逆に無用な刺激を与えるだけになる可能性のほうが高い。そうなるともう、平和的に話し合いで解決するのは難しくなるだろう。
となれば、半死半生の重傷を負っているあたしが頼れるのは留美先生だけだ。村人たちの緊張は、マーマンとの戦闘で留美先生の魔法攻撃を何度も目にしているからこそ。下手に手を出せば、今度は自分たちが標的ではないのかと考えて二の足を踏んでいるのだ。
―――いや……それだけじゃないかな。
確かに村人たちの顔には怒りと緊張とがあるけれど、その緊張は恐れと言うよりも、むしろ人を殺そうとしていることへの忌避感ではないかと思えてくる。どんなに屈強な身体をしていても、普段は戦士でも傭兵でもなく、海で魚を取る漁師と言う一般人だ。手にした銛も人を殺すための武器ではなく魚を取るための道具であり、決して戦い慣れているという訳ではない。
(留美先生、下手に手出ししちゃダメですよ?)
(それはわかっている。こちらから手出しはしないが……このまま硬直状態が続けば、いずれ緊張に耐えられずに襲い掛かってくるぞ?)
(こういう時に取るべき手段は昔から決まってますよ)
(………なるほど。三十六計逃げるが勝ち。押すのがダメなら引いてみろと言うことか)
あたしと留美先生の間で話はまとまった。相手が人殺しをためらうような人たちであるのなら、十分この手は通じるはずだ。
―――ただ、問題は……
先ほどから、なかなか突きかかろうとしない最前列の人たちを煽るように、後方からあたしたちを殺せと連呼している人たちがいる。それほどまでにこの村ではあたしたちが憎まれているのかとも思う一方で、少々血の気が足りなくなっているあたしの頭がその声をどこかで聞き覚えがあるといっているのだけど……どうにも思い出せない。
―――とにかく今は、この窮地を脱することだけを考えなきゃ……
留美先生の腕から身体を離すと、途端に足元がふらつく。
回復魔法をかけてもらっても癒しきれないダメージに、足らない血。寺田との戦いで挽肉寸前になった左腕には包帯を巻いているものの、白い布地は血を吸って赤黒く変色しており、重力魔法で地面に叩きつけられた際には肌や服に無数の切り傷が作られている。
それでも気力を振り絞って前に一歩踏み出すと、その一歩の距離だけ銛の先端が後退さる。男の人たちのあたしを見る目にも、美人に向ける好色の感情など微塵もない。簡単に殺されてしまいそうなあたしへと向けられる感情は、逆に怯えに近いものがある。
「みなさん……」
口を開く。ただそれだけなのに、突きつけられた切っ先は揺れ惑う。
前へと突き出すには勇気も勢いも足らず、さりとて後ろへも引き戻せない。怒りと怯えが心の天秤の両方に乗せられて均衡を保っているが故の状況だ。
もしあたしが攻撃の意思を見せれば、怒りを高ぶらせながら、そして困惑を深めながら、男の人たちはあたしの身体を串刺しにするだろう。
かと言って逃げる意思を覗かせれば、怯えが減少し、勢いづいた村人たちに容赦なく追い立てられてしまう。
何とかするには、極端にある二つの感情のバランスの取れている今しかない。そして攻撃もせず、逃亡もせずに“何とかする”手段を、あたしはこの一つしか思いつけなかった。
「どうも……申し訳ありませんでした」
動かせない左腕を右手で押さえながら、あたしは身体が軋まないようにゆっくりと頭を下げる。
「あたしたちがこの村に来てしまったことで起きてしまった騒動については謝罪します。この場所も、故意ではなかったとは言え、ここまで破壊してしまったことにはお詫びのしようもありません」
頭を上げず、視線を上げず、ただただ謝罪の言葉を紡いでいく。
この謝罪の言葉に本当に意味があるのかはわからない。けれど、無防備な姿を目の前でさらけ出しているあたしに向けて、誰一人として銛を突き出そうとしてこないことだけは確かだ。
「このまま村に滞在することでご不快に思われるようでしたら、あたしはすぐにでも出て行きます。ですから……」
見逃して欲しい……いや、追い出して欲しい。あたしが逃げるのではなく、これ以上危害を加えられることなく村人たちの手で村を追い出される事こそが、何の遺恨も残さずに安全にこの村を出る方法だ。
もっとも、そこまで考えて頭を下げたわけではない。ただ怒り出そうとする人に機先を制して頭を下げて謝っておけば、ほんの少しでも怒りが和らぐのではないかと考えただけの話。まるで子供の考えだ。
けれど、その幼稚な考えは想像以上に効果を生んでいる。村をマーマンに襲われた怒りの矛先を余所者のあたしへと向けていただけの人たちは、困惑を深め、隣にいる人とどうするのかと小声で囁き合っている。
戦う以外の選択肢が提案された以上、無抵抗のあたしを殺して寝覚めが悪くなりたくない人は追い出すほうの選択肢を選ぶかもしれない。まだそれは可能性でしかないけれど、戦うか逃げるかの二択だけの状況に比べれば何倍もマシだと言える。
それにもし戦うことになったら、あたしの後ろには留美先生もいる。罪もない村人との戦いにどれだけ協力してくれるか分からない……いや、なんとなくまとめて吹っ飛ばして一件落着にされかねないのだけれど、マーマンの襲撃の際に一緒に戦った人なら留美先生を敵に回すと危険だと気づいているはず。だからこそ、無防備に前へ出たあたしに対しても、攻撃を思いとどまったりしたのだろう。
時間が経つほどに男の人たちの間で交わされる言葉は増えていく。危険を承知で怒りを吐き出すのか、それとも怒りを飲み込んであたしたちを追い出すにとどめるのか、それを決めるのは、
「みんな、騙されるな。これはその女の罠だ!」
そう……後方からあたしのことを殺せと煽っていた男たちの存在に掛かっている。
「そもそもこいつのせいで村は荒れたんだ。マーマンだってこの女が呼んだに違いないんだ!」
「殺しちまおうぜ。逃がしたって他のところで同じことするに決まってる!」
「村の“聖域”をここまで壊しやがったんだ。その怒りを忘れたのかよ、お前らは!?」
好き勝手言ってくれる。
確かにこの場所を壊してしまったことには、事件に余計な首を突っ込むことになってしまったあたしにも責任の一端はあるかもしれない。けれどマーマンの一件にはあたしは何の関係もない。
でももし、ここで反論をして印象を悪くしてしまうと、安全に村から追い出されると言う可能性が消えてしまいかねない。だからと言って、このままマーマンを呼び寄せた罪まで背負わされるわけにもいかない。
「あの……!」
せめてマーメイドが大量に拐かされている事だけでも伝えようと口を開く。それを何とかしない限りは、マーマンがまた襲ってこないとも限らないと。
でも、
「犯人は村長だ!」
留美先生があたしの前に出ながらそう断言するほうが早かった。
「村長はマーメイドを人類・亜人類の敵対種でもないのに乱獲している。その数はまさにこの近辺根こそぎと言ってもいい。そのために繁殖活動を行えなくなったマーマンたちはマーメイドの奪取、そして人間の女性を新たな繁殖の依り代とするために村を襲撃したのだ。これは種族の維持としてはやむをえない行動だ。確かに被害が出たかもしれないが、その罪を問うならまずは村長の罪を問いただすべきではないか!?」
確かにあたしも村長は怪しいと思っていた。でもどう考えたって、今回の黒幕はこの場所で戦った魔王のエロ本だ。そのエロ本も留美先生の魔法で跡形もなく消し去られている今、その罪を村長になすり付けようとしているのだろうけれど、幾らなんでも村人たちの感情を逆撫でし過ぎだ。
「ふざけんなァ!」
「俺らの村長は出来た人だ。それがマーマンを呼んだだぁ!?」
「恩人だからって言っていいことと悪いことがあるぞ!」
留美先生の言葉を聞いた途端に、男の人たちは声を荒げ、戸惑い気味だった銛の切っ先にもあたしたちへ突き立てんとばかりに力が漲り始める。
けれど留美先生は怯むことなく、
「では聞こう。何故、昨日この村に来たばかりの私やたくやが犯人呼ばわりされるのだ?」
「だって怪しいじゃないか、マーマンの襲ってきた前の日に来てるなんて!」
「それは思い込みだ。人を犯人呼ばわりしたければ、心象ではなく物理的証拠を用意しろ!」
「きっと騒動に乗じて金品を漁るつもりだったんだ!」
「私の貯金全残高は6億5536万ゴールド(約655億)だ。この村の全財産あわせたところで足元にも及ばん!」
「なんでこんな洞窟の奥にいたんだよ!?」
「私たちの仲間が村長の後を追って、この洞窟の中に足を踏み入れた。それを追いかけての事だ。だから逆に問う。貴様たちの長は村の危機にここで何をしていた!?」
「お、俺たちの避難場所をさがして……」
「ならば最初からここに誘導しているはずだ! だが、そうはしなかった。なぜか? この村で最も魔力の集まるこの場所こそが、マーメードたちを捕らえておくのに好都合な“牢獄”だったからではないのか!? 」
村人から矢継ぎ早に投げつけられる言葉に対し、留美先生はすぐさま反論を返す。その迫力は、すぐ傍にいたあたしが思わず子供時代の怖い先生を思い出してたじろいでしまうほどだ。
でも、
「みんな、そいつの言葉に耳を貸すんじゃない。全部嘘っぱちだ!」
そう言われてしまうと実も蓋もない。信頼を得ていない留美先生が幾ら正論や推論を述べても、村人たちの心を動かすのは難しいと言わざるを得ない。しかも犯人としているのが村人たちの指導者である村長だ。迷う表情を見せている人がいないわけではないけれど、武器を引かせるまでには至らない。
―――誰か一人でもいい。あたし達のことを信頼して、説得を手伝ってくれる村の人がいてくれれば……
今もまだ留美先生と村人との言い合いは続いている。あたしたちを逃がさない包囲の中から上がる声に、留美先生は村長の信頼性のなさを強調して反論しているけれど、時間稼ぎにしかならないだろう。
―――でも、留美先生が前に出てくれなかったら……
もう少しで無事に村を出してもらえそうな雰囲気になりかかっていたのを邪魔された時点で、満足に動くことも出来ないあたしが攻撃を受ける可能性は高くなっていた。村人全員でなくても誰か一人が銛を突き出されただけで、避けることも出来ずにあたしの身体は刺し貫かれていたはずだ。
どうするか……ことここに至ると、いまさら頭を下げたり懇願するだけでは、留美先生の言葉で煽られた村人たちの感情をなだめることは出来ないだろう。それはつまり、村人たちが留美先生に吹っ飛ばされる時間が刻一刻と近づいていることを意味しているのだけれど、今のあたしに出来ることは、村人たちから視線を逸らさずに深呼吸を繰り返し、わずかな魔力を体中に循環させて回復に努めることだけだ。
―――戦闘が避けられなかったら、問題は綾乃ちゃん……こんな時にどこに行ってるのよ。せめて傍にいてくれたら心配せずに済むのに……
気を失っていたあたしを置いて姿を消したのだから、何か重要な用事でもあったのかも知れない。今はあたしたちのように襲われたりつかまったりしていないことを祈るのみだけれど、
………あれは何?
取り囲む男の人たちの一部の様子がおかしい。なにやら海のほうを見て不信がっているようだ。
それに釣られるように、あたしも視線を横に、なぜか急に波の音が騒がしくなったように思える海へと顔を向ける。すると、
「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!」
あたしたちの頭上を、強大な雷が突き抜ける。
轟音を響かせる電撃は余波で波を蹴散らし、留美先生と村人の不毛な言い合いの言葉すらかき消してしまう。優に十秒を超える否妻がようやく収まった頃には、周囲には空気の焼けたオゾン集が充満し、留美先生を除いて誰もが耳を押さえてうずくまっていた。
―――これほどの電撃が放てるのは……
もしあたしたちのいる場所に打ち込まれていれば、肉も骨も欠片一つ残さず吹き飛ばしそうな電撃は、プラズマタートルの最大放電でもかないはしない。そんなものを放てる存在は……気を失う前に目にしたばかりだ。否が応でもすぐに思いつく
―――海龍王!? それに、あの背中に乗ってるのは……綾乃ちゃん!?
ミノタウロスなど屈強なモンスターを一掃した“雷眼”。その威力を肌に痛いほどの轟音で改めて実感したばかりのあたしは、ゆっくりと入り江に近づいてくる巨大なドラゴンの背中の上に綾乃ちゃんの姿を見つけていた。
「か、海龍王さん、幾らなんでも滅茶苦茶ですよォ〜〜〜!」
『なんだ? 言われたとおり、誰も傷つけずに争いを止めたのです。むしろここは私を褒め称えるべきではありませんか、人間の娘よ』
「だからっていきなり過ぎます。もし心臓が止まっちゃったらどうするんですか!?」
『死ぬだけです。運が悪かったと思って諦めるとよい』
「運じゃなくて海龍王さんが悪いんです。反省してくださいよ…はう〜……」
綾乃ちゃんは半泣きだけれど……以前乗ったことのある“船”と同じぐらい巨大なドラゴンと普通に話している光景は、異様ではあるものの微笑ましくもある。
ところが村人側はそうも言っていられない。巨大なモンスターが超が三つか四つはつきそうなほど強力な電撃を自分たちに向けて放ったのだ。顔が青ざめている人もいれば腰を抜かしている人もいる。確かに、あの雷は傷つけることなく戦意を完全に圧し折っていた。
「まったく、無防備な私たちを置いてどこに言っていたのだ? それならそれで書置きの一つでも残してから行け」
『文句があるのであれば、この小娘に言え。私は頼まれたから背に乗せ、村まで往復してやっただけだ』
こんな巨大な生物を前にしても恐れる様子も見せない留美先生。……だけれど、今ごろ漁村のほうではパニックの極みだろう。凶悪な見かけとは裏腹に知性もあるようだし、海龍王が大暴れしたとは思えないけれど、見上げなければならない位置にある目のない顔を見ただけで、勝手に騒ぎは起こってしまうだろう。
もっとも、今この場では先に放たれた“雷眼”のおかげで村人たちはパニックを起こす気力や思考力を根こそぎ奪われており、襟元を海龍王に甘噛みされてあたしたちの前へと降ろされる綾乃ちゃんを見ても何一つ反応が帰ってくることはなかった。
「海龍王さん、次はあの方を」
『わかっている』
綾乃ちゃんが“あの方”と呼ぶのは誰だろうかと思っていると、海龍王が背中から別の人の服を咥えて持ち上げる。
「まったく……なぜ私がこんなことに付き合わなくてはいけないのですか」
それは黒いマントをまとった少女だった。背丈は綾乃ちゃんと同じか低いぐらいだけれど、可愛らしいと言う言葉はあまりそぐわない。日差しのキツい南部域ではすぐに暑さで倒れてしまいそうな黒一色の格好は何かしらの意志の強さを感じさせ、むしろ威圧的なぐらいに鋭い視線であたしのことを睨みつけていた。
―――な、なんかあたしとは相性悪そうだな……
それはともかくとして、黒衣の少女の観察を終えたあたしの目は、次にその少女に抱きかかえられている人物に向けられる。
………おばあさん?
綾乃ちゃんを下ろした時以上にゆっくり慎重に海龍王は黒衣の少女と老婆を下ろす。先に降り立っていた綾乃ちゃんは二人を下で待ち受け、老婆の足が地面に付くと倒れないようにと身体に腕を回す。
それからすぐに、
「きさまりゃ……一体何をしとりゅんじゃ、むりゃ(村)の恩人に〜〜〜!!!!!」
おばあさんはいきなり杖を振り上げ、先端でバシバシと地面を叩きながら男たちの方に詰め寄り始めた。
「長老、落ち着いてください。お体に触ります!」
「ええい、黙っていりゃりぇりゅと思うのきゃ!? こんバカチンどもぐぁ〜〜!!!!!」
顔には深いシワが数え切れない刻まれていて、かなりの高齢であることは見て取れるものの、そんな年齢など感じさせない勢いでおばあさんはへたり込み、怒鳴り声で金縛りに掛かった男の人たちを杖で叩いて回る。袖から覗く枯れ枝のような細い腕で振り回す杖で叩かれても決して痛いわけではないだろうけれど、まるで叱られた子供のように誰もが肩を竦めて身を縮こまらせていた。
「あのおばあさん、村で一番お年を召した長老さんだそうです。何でも百歳を超えてらっしゃる……はずなんですけど」
「そうなんだ……あと百年ぐらい元気そうだよね、あの様子じゃ」
「……ですね」
百歳と言うだけで驚きだけれど、その驚きがかすれるほどに暴れっぷりがものすごい。それでも年齢は年齢。まるで台風のように暴れまわっていたものの、すぐに肩で息をするようになる。
「大丈夫ですか?」
そう言って手を伸ばし、細くなった老婆の身体を支えたのは留美先生だった。
「お元気なのはよろしいが、もう少しご自愛したほうがいいのでは? 貴女にとっては孫や曾孫も同然の若者たちも、無理をされるたびに心配なさるでしょうし」
「………………お……おおっ! 五条しゃま、本当に五条しゃまなのでしゅか!?」
留美先生の顔を見た途端、お婆さんは驚きで目を見開き、すがりつくように留美先生の手を握り締める。
「おお……おお、おお、おおっ! 覚えておりましゅ、はっきり覚えておりましゅぞ! あの時ワシはまだ少女じゃったが、暴れ狂うヌシ様を倒し、村を救ってくださった貴女様の顔は一度として忘れたことはありましぇんぞォ!」
「なんと……あの時のことを覚えている人がまだいたとは驚きだ」
「そりぇはこちりゃの言葉ですじゃ。五条様はあの頃のまま……百年前と変わらずお美しいお姿のままで、この婆、年甲斐もなくおどりょ(驚)いてしまいましたじょ!」
百年前……もしかしなくても、このお婆さんが語っているのは留美先生と海龍王さんが戦ったときの話だ。そのあたりの話はあたしの一度耳にしたから、改めて驚きはしつつも事実を受け入れていられるけれど、感激でむせび泣くお婆さんの言葉を同じように聞いているはずの村の男の人たちは一様に困惑の表情を浮かべていた。
「あにょ時は海に身を投げた我が姉をなぎぇき(嘆き)悲しんだ海龍王しゃまが封印さりぇ、それがずっとここりょ(こころ)残りで死ぬに死ねずにおりましたが、村の危機に際して五条しゃまと、しょして海龍王しゃまがこうして揃って姿を現してくださりゅとは何たりゅ行幸……しかもワシ、海龍王しゃまの背中にまで乗りぇたんじゃ。もういつ死んでもいい――――――!!!」
「死なれるのは困る。出来ればこれからも長生きをして、よりよくなっていくこの村を見ていてもらわなくては」
「ええ、ええ、かまいませんとも。五条しゃが死ぬにゃと言うにゃら百でも二百でも長生きしましゅとも――――――!!!」
今から二百はどう考えても無理だろう……そう心の中で考えたあたしの方を見ることもなく、顔を上げたおばあさんは表情を引き締めて村の男の人たちへと向き直る。そして手にした杖の先端で地面を強く突き、硬い音を周囲に鳴り響かせる。
「まったく……大事にならなんだかりゃよかったもにょにょ、お前たち、誰を捕まえようとしていたのかしっておりゅのか!? あっこのちっこい娘二人が医者を求めてワシのとこりょへ来なんだら、貴様ら全員あの世行きじゃったんじゃぞ!?」
「長老、ですがマーマンを呼び寄せたのはその女どもだってのは確かな話らしくって……」
「ええい、だまりゃっしゃい!!!」
再び、杖で地面を突く音が鳴り響くと、反論しかけた男性は短く悲鳴を上げて身を竦めた。
「だきゃら貴様りゃはバカチンじゃと言うとりゅんじゃ! いいか、耳のあにゃ(穴)をかっぽじってよ〜く聞きぇ。このお方はな―――」
そう言えば、あたしも留美先生が何者かと言うことはまったく知らない。ものすごい実力を持った魔法使いであることは確かでも、百年前に海龍王さんと戦ったりなど、その正体にはわけの分からないことだらけだ。
だから、おばあさんの言葉を聞いてこの場で一番驚いたのは、まず間違いなくあたしだろう。
「この五条しゃまはのォ、留美=五条しゃまはのォ……魔法ギルドの長、“ギルドマスター”さまなんじゃぞおおおおお!?」
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