第十一章「賢者」49
―――ふぇ〜ん、やっぱり全裸で外を歩くのは恥ずかしいよぉ……!
幾ら雪が降り積もった村の中とは言え、暖炉にくべる薪を取りに建物の外へ出る人もいるし、工事の作業員のような格好をした人たちが出歩いていたりする。
想像以上に多い人の行き来を避けるように、建物の影から影へと移動し、物陰に息を潜めては人の気配が遠ざかるのを待つ。せめて薄布一枚でも羽織れていれば恥ずかしさも幾分和らぐのかもしれないけれど、肉体から抜き出された魂に魔力が集まっただけの仮初めの身体では、服を着るどころか物に触れることさえままならない。地面に分厚く積もった雪の上を歩いても足跡一つ付かず、実際には歩く自分をイメージして行きたい方向に“飛んで”いるのだ。
―――いっそ屋根の上にまで飛べたらいいんだけど……
歩いて移動するイメージは出来ても、浮遊の魔法さえ使えないあたしには“浮かび上がる”イメージがなかなか出来ない。仕方なくこそこそと移動を繰り返していると、あたしはあることに気づく。
―――どこに向かおうとしてるんだっけ?
村を離れてから一番気になっていたのは、やはりあたしの家だ……が、その家は明日香の家の隣。最初は闇雲に外へ飛び出してしまったので、もうずいぶん遠く離れてしまっている。今から戻ろうとすれば、やはり人目を避けるような移動で緊張を強いられなければならない。
―――だいたい三十分ほどで身体に戻れるとか言ったって、裸のあたしには時間なんてわからないってば!
けれどあのままあの場にとどまり続ければ、留美先生の根も葉もないデマと、それを信じるおばさんとの誤解とで、あたしの精神がズタズタにされていた。
―――どうもあの二人、息がピタリと合ってるのよね……
そもそも村の入り口へおばさんがやってきたのは、突然現れたあたしたちの魔力を感じたからだ。だけど、留美先生はまるでおばさんが来るのがわかっているかのように、その場で待ち続けていた。
―――もしかして知り合いなのかな……でも、年齢はおばさんのほうが上に見えるけど……
海龍王と言った一つ目のドラゴンの話では、留美先生は百年前にその海龍王と戦っている。もしそれが事実だとすれば、二人の年齢関係は逆転するのだけど、そもそも百歳以上の人があそこまで若々しいとは考えられない。
でも、年齢のことを置いておけば、世界有数の魔法使いの村であるアイハラン村なのだから、留美先生ほどの魔道師なら訪れたことがあってもおかしくないだろう。だとすると、そのあたりに二人の関係があるのかもしれないけれど、
―――そんなこと、今のあたしの恥ずかしさに何の関係もないし……
走るたびに、全身と同じようにうっすらと透けた乳房の膨らみは重さなどないはずなのに、実際の肉体にあるふくらみの動きをトレースでもしているかのようにプルンプルンと震えている。服や下着の束縛から解放された女性特有の膨らみはここまで弾むものなのか……さすがに裸で全力疾走など経験したことはない。まさに未知の体験だ。
―――女の子って大変よね……
まあ、この言葉は絶対に綾乃ちゃんあたりに言ってはならない。聞かれてはならない。ある水準以上の女性にしか解らない深刻な悩みだからだ。
―――ともかく、どこか誰にも見つからない安全な場所に避難しなくちゃ。このままじゃ風邪引きそうだし。
寒さを感じないので、本当に風邪を引くかどうかは不明ではあるものの、真っ白い雪に囲まれた屋外にいるのは見ているだけで実体のない肌に鳥肌が立つ。二の腕を手の平で擦り、たわわな胸が揺れすぎて移動の妨げにならないように抱え込むと、あたしは物陰から首を伸ばして周囲の様子を伺い、
「何かがおるウゥッッッ!!!」
『ひアあああああああっ!!?』
人が来そうもない建物の裏手のはずなのに、防寒着を着た老人がL時に曲がった針金を両手に持ち、あたしの目の前に立っていた。
「感じる、感じるぞ、ワシの精霊様レーダーがここに何かがいると告げておる!」
―――へ、変なレーダーで人の居所を探り当てるんじゃないわよォ!!!
とっさに胸と股間を両手で隠すものの、幸いなことにあたしの姿は本当に人には見えていないらしい……が、老人があたしのいるほうとは逆を向くと、平行にもたれた二本の針金には変化がなく、あたしのいる方を向くと、
「ほ〜れ、パカッと!」
―――い、言い方がなんか如何わしい!
けれど、老人の喋り方はともかく針金があたしに反応したかのように左右に開いたのは確かだ。そしてその反応をたどるようにあたしに一歩、また一歩と近づいてきて、開閉を繰り返す針金を近づけてくる。
『ひッ……はァあン!』
あたしの身体は今、誰にも触られないのだけれど、それが裏目に出る。老人の突き出した針金は胸の膨らみを覆う腕をすり抜けたかと思うと、腕の下で硬く緊縮していた乳首から電気が駆け巡るような衝撃が全身を駆け巡ってしまう。
―――な、なんで針金が当たっただけで……当たるはずがないのに……ん、んはアァ!!!
このおじいさんのことは知っている。確か現在では姿を見せなくなったって言う精霊の探索や研究を行っていたはずだ。けれどずいぶんと年を召していて、針金を持つ手はプルプルと小刻みに痙攣していて……その振動が全て、針金を突き立てられているあたしの乳首へと伝わってきてしまう。
『あ……んゥ! んんんぅ〜……!』
「ほう、ここか? このあたりがええのんか!?」
あたしの存在をすっかり精霊と信じ込んでいるのか、おじいさんは針金を前後に動かし、反応の良い部分を探ろうとする。けれどそのたびに、あたしは胸の中へと付きたてられる細くて冷たい針金の先端にたわわな膨らみを内側からこね回され、快感神経を直接刺激されてしまう。
―――だ、ダメェ……これ…オッパイを犯されてるみたい……んあっ、そ、そこはぁ……!
逃げたくても後ろには壁。胸に針金を挿されていても左右に動けばすり抜けられるはずなのに、こういうときだけは強くイメージで来てしまうあたしの頭はそれを拒否。まるで針金を締め付けるかのように串刺しにされた乳首を硬く尖らせてしまっていた。
―――はぁ…はぁ……そんなに…胸に顔を近づけないで……
乳房を隠していた腕に力が入らなくなると、入れ替わるように鼻息荒いおじいさんの顔が乳房に接近してくる。興奮して荒くなった鼻息が何も感じないはずのふくらみには異様なほどにくすぐったく、背筋をピクンッと震わせた直後には、胸の谷間にその鼻先を押し込まれてしまう。
『んんゥ〜〜〜………!』
針金を乳首につきたてられていると感じてるのも、左右から腕に圧迫されて密着した双乳の谷間におじいさんの鼻が触れていると感じてるのも、全てあたしが強くイメージしてしまっているせいだ。それなのに、頭を振り、何も感じていないとどれほど強く念じても、針金の最初の一刺しで刺激を感じてしまったあたしには厳格の快感からはどう足掻いても抜け出せない。
―――感じてないって思っても……感じちゃうことを何度も経験させられたから……
だとすると、このまま針金で胸をいじられ続けたら最後には達してしまうのだろうか……そんな恐怖に襲われると、ますます胸は針金を締め付けてしまい、あたしは誰にも聞かれることのない声を高く高く震わせてしまう。
『ダメ……そんなに激しく動かされたら、やめ……てェ………!』
どれほどあたしの胸が張り詰めようとも、精霊を探して動き回る針金を押しとどめる力はない。おじいさんが手を引くと、あたしの豊満な乳房は釣鐘のように引き伸ばされ、それが限界に達すると快感神経をヤスリで刺激されたかのような強烈な摩擦感を生みながら、実体のない乳首から針金が引き抜かれてしまう。
『んいィ〜〜〜〜〜〜〜〜………!!!』
針金が抜けた途端に、あたしの脊髄に強烈な快感が駆け巡る。まるで毒蛇に媚毒の牙を突き立てられていたみたいに熱く火照った乳房が重たげに弾み、乳房の奥に残された針金の感触が鈍い疼きになって暴れ狂う官能のさらに高ぶらせる。
―――も…もう………許して…ェ……こんな…の……もう耐えられない……
霊体だからこそ味わえる、身体の内側から直接神経を刺激される快感。もし肉体があれば、今頃は全身から汗を噴き出し、ヴァギナからも濃厚な愛液を迸らせていただろう。
辛うじてオルガズムに達することは免れたものの、あたしは背後の壁に背中を押し付け、膝をがくがくと震わせていた。そして力尽きるようにその場にへたり込み、雪の上に座り込むと、
「むむむ、逃げようとしても、そうはいかんぞい!」
おじいさんは腹這いになって腕を突き出し、力なく投げ出されたあたしの足の間へと針金を突き出してきた。
―――って、ちょ、そ、そこなの今度は!?
針金が向いているのはあたしの下腹部。しかも恥丘に向けてピンポイントで前進中だ。
逃げなきゃ……そう思っても、先ほどの乳房への快感は、まるで細かい火花みたいに頭の中で飛び散っている。絵の前に迫る危機に対して仮初の身体は思うように動かない。
「逃がしはせん……長年追い求めた精霊目、幾ら隠れよとも、このワシの探査棒に掛かれば……!」
その時、針金が不意に強く反応する。一度左右に開いたかと思うと、加速をつけ、勢いよく先端を交差させる。………そしてその交差したポイントは、ちょうどあたしのクリトリスのあるところだ。
『んあァああああああああああぁ―――――――――――――!!!』
左右の針金で同時にクリトリスを串刺しにされ、あたしはヴァギナを緊縮させながら全身を悶えさせた。こんなことをされて耐えていられるはずがない。あたしはひとたまりもなく昇りつめてしまうと、愛液を噴出するように膣壁を痙攣させながら、壁に頭をぶつけるように全身を引き絞り、背中を反り返らせた。
すると、
―――のわぁアアアアアアアアア!?
何も考えられなくなっていたことが功を奏したのか、あたしの頭は壁をすり抜け、上半身だけが建物の中へと入ってしまう。
―――し、しめた、このまま建物の中へ入っちゃえば、おじいさんから逃げられる!
下半身はどくっ…どくっ…と大きく脈打ち、クリトリスに集まった性感を内側から擦りたてられる刺激に打ち震えているけれど、アクメを迎えてしまったことはあたしにとってはラッキーだった……と、仰向けになったあたしの眼前にあるものを見るまでは、そう思えていた。
「あ、あ、そんな……激しすぎます……わ、わたし、おかしくなるゥ……!」
「先生の、おマ○コ、おマ○コ、うあ……これが、これがSEXなんだね……!」
目の前にいたのは、あたしも勉強を教えてもらっていた学校の先生だ。メガネをかけていて髪が長く、独身なのが不思議なぐらいの美人なんだけれど……その美人教師は壁に手を突いてお尻を突き出し、背後から年端もいかない少年にヴァギナを突き立てられていた。
―――み…見てはいけないものを目撃しちゃってますか?
教師と教え子の禁断の愛……しかも年の差だってある。けれど少年は自分より一回り以上も年上の美女の腰をしっかりと抱え込み、前後に腰を揺すり立てていた。
「そ…そこ……こすられ……い、いひィ、ショタチ○ポ、童貞のショタチ○ポが、私のおマ○コに入ってりゅう〜……♪ いいわ、す…すごくきもちいいよぉ……もっと、もっとずぶずぶ、私のおマ○コかき回して欲しいのぉ〜〜〜♪」
「ダメだよ、先生のおマ○コ、気持ちよすぎて、ボク、出ちゃう、おしっこが出ちゃうゥ〜〜〜!」
「違うわ、それ、ザーメンよ、ザーメンミルクって言うのぉ♪ それをね、女の人のおマ○コの中で出したら、すっごく気持ちいいの、だから全部、私のおマ○コに受け止めさせてェ〜〜〜!!!」
―――こんなの見せられながら……や、あたしも、あたしも止まんなくなっちゃうよォ〜〜〜!!!
あたしのお腹を分断する位置にある壁の向こうでは、おじいさんによるクリトリスいじりはまだ続いている。顔に学校の先生の股間から飛び散る愛液の飛沫を浴びながら、透き通った身体をくねらせ、舌を突き出しながら絶叫を迸らせてしまう。
―――や、あァ、こ、こんなの、スゴい……クリトリスを犯されながら…見ちゃってる、い…一緒に、イっちゃいそう、どうしよう、あたし、ひ、ひぃぃぃいいいいいいいいいいっ!!!
「出して、中に、せーえきドピュドピュしてェ! 産んだげる、赤ちゃんいっぱい産んであげるから、おマ○コ突きながら、出して、私の子宮にザーメン出してェ〜〜〜!!!」
「出る、出ちゃうゥ! 先生のおマ○コに、ああ、吸い取られちゃうゥ〜〜〜!!!」
三人の絶頂はほぼ同時……あたしの背中が床から跳ね上がった途端に、男の子は動きを止め、先生の膣の奥深くに精液を解き放っていた。
―――んっ……いい…な……あんな可愛い子の…精液……ザーメン………
クリトリスで昇りつめさせられた直後に、ヒクヒクと蠢くヴァギナをそのままにして針金は引き抜かれていた。イかされた……けれど何かが物足りない。その足りないものの正体が先生と男の子のつながりあった場所から滴ってくると、あたしはその白い雫をうらやましそうに見つめながら大きく息を吐いてしまう。
『―――こんなところでずいぶんと面白い格好をしているな。探したぞ』
『ふにゃああああああああああああああっ!? る、る、る、留美先生!?』
『む……壁から下半身だけ出して遊んでいる露出狂に何故そこまで驚かなければならないんだ?』
いきなり現れた留美先生だけれど、その登場の仕方はあまり心臓によろしくない。壁から顔だけ突き出しているのは新手のモンスターかとも思うけれど、その位置は童貞少年の精液を受け止めた快感を反芻している美人教師のちょうど目の前、壁についた両腕の間だ。
『………おや、取り込み中だったか。まあ、今の私たちは幽霊同然だから見せないだろうし大丈夫だ。それよりもたくや、あまり時間がないからこのまま引きずっていくぞ』
『引きずってって……きゃあ!? ひ、人の足首もって何するつもり……って、本当に引っ張らないでェ〜〜〜!!!』
壁の向こう側で足首を引っ張られたかと思うと、あたしの上半身は教師と教え子の情事が行われていた部屋の壁から引っこ抜かれる。
『留美先生、ストップ、やだ、人のいる方向に進まないでェ〜〜〜!!!』
『だから何度も他の人間には見えないといってるだろうが。恥ずかしがるな、さっきまであんなに開脚していたくせに』
『違うんです、あれは、あれは誤解ですってば、だから足をとめてあたしの話を聞いて―――――――――!!!』
けれど幾ら懇願しても、留美先生は足を止めようとしない。そのまま村の通りに出て、工事関係者らしい人が行き来する中を恥らうこともなく、あたしを引きずりながら進んでいく。
『うわあぁ〜〜〜ん!!! いっそ殺せェ〜〜〜、これ以上恥辱を味わうなら死んだほうがマシだァアアアアアアアアアッ!!!』
雪の上を引きずられながらも、両手は必死に股間と胸とを隠そうとする。けれど霊体とは言え裸のままで男の人とすれ違うたびに羞恥心は否応なく刺激されるのはどうしようもない。
『死にたいなら別にかまわんぞ。このまま魂と肉体が離れ続けていれば、そのうち自然と死ねるだろうから』
その留美先生の言葉を聞いて、あたしは思わず泣き叫ぶのをやめていた。
『そ、それ本当ですか?』
『肉体から近ければ魂もそれなりに安定するだろうが、南部域と西部域では距離がありすぎる。だからこれから帰るんだが……本当に放っていって欲しいのか?』
『め、めめめ滅相もございません!』
さすがに恥ずかしいのよりも、このまま男に戻れずに死んでしまう方がイヤだ。―――が、あたしの言葉を了承と受け取ったのか、留美先生はあたしの足を離すことのないまま人の多い方へ多い方へと向かっていく。
『うわ〜〜〜ん、死ぬのはヤだけど、こんな辱めも同じくらいイヤだァ〜〜〜〜〜〜!!!』
あたしと留美先生の周囲に人が増えると、全裸であることと片足を引っ張られて引きずられていること、さっきまで感じていて乳首やクリトリスが勃ったままであることなど次から次に意識させられてしまう。留美先生のように霊体だからと割り切ってしまうことも出来ず、少しでも見られる面積を少なくしようと肩を竦めて身体を小さくしていると、
『到着したぞ』
そう言って留美先生が足を止める。
けれど、やっと停まってくれた……と安堵するまもなく
『面倒だからこのまま行くからな』
『え? ちょ? すぐに立つからタンマタンマタンマ――――――ッ!!!』
一時停止していただけの留美先生は足はそのまま前へと進む。身を起こそうとしていたあたしは不意打ち気味に再び引きずられ始めながら、一体どこが目的地なんだろうかと考えた直後、
『――――――――――――――――――――――――――!!?』
いきなり、あたしの身体は水の中へと飛び込んでいた。
―――もしかして留美先生が向かってたのって……村はずれの湖!?
仰向けになっていたため、いきなりで驚いたけれど、水面に手を伸ばしても届かないほど深い水辺と言えば、アイハラン村では村はずれの湖しかない。
―――それに、あたしは村の祭りで勇者役をやらされたのも……この場所……
水の中に入ると、さすがに留美先生もあたしの足を離した。霊体の身体は水中でも呼吸に困ることもなく、喋ることにも不自由はしなさそうだけれど、留美先生は口を開くことなく先へ――湖の中央へと向かっていく。
―――ここに何かあるって言うの?
湖の水は澄んでいて、曇り空で太陽の光が弱くても、浅い場所でならそう見通しが悪いと言うこともない。
けれど中央付近、特に湖上に神殿のあった位置は急激に深くなっている上、強い水流が渦巻いており、村のどんな泳ぎ自慢が挑戦しても、どんな氷や水の魔法を駆使しても、誰も湖底に到達できたものはいないという話だ。今いる位置からでも、まるで闇が口を開いているかのような不気味な光景を見ることが出来る。
―――そう言えば、あの時壊れた神殿はどうなってるんだろ?
上を見上げると、魔王の書を封印していた水上神殿のあった位置と湖岸とを結ぶように何本もの材木が組まれて橋が作られていた。しかし神殿のあるべき位置には何もない。やはりあたしが襲われた時の騒動で崩れてしまったようだ。
―――でも……あたしが女になった原因って、結局なんだったんだろう……
神殿が残っていれば、女性化の原因とはいかなくても何か手がかりぐらいあったかもしれない。佐野やギルドマスターからは“エクスチェンジャー”と呼ばれる存在になったその理由……それさえわかれば、男に戻る手立ても判明するかもしれないと言う淡い希望も、これでなくなってしまったわけだ。
『たくや、何をしている。こっちだ』
水面を見上げていたあたしは留美先生に呼ばれ、慌てて手で水を掻いて後を追う。
霊体では水を掻くことなど出来なくても、湖底を歩くよりも泳ぐほうがイメージ的にずっと速い。すぐに中央付近の窪(くぼ)みの手前で待ってくれていた留美先生に追いついた。
『これから窪みの下に向かう。お前を一人でついてこさせたら、変にイメージを持ちすぎて水流に飲まれそうだしな』
口では皮肉を言っているけれど、留美先生の口元には微笑が浮かぶ。その意味を頭が考え始める前に、留美先生はあたしの手を握り、窪みの淵から暗闇へと身を躍らせる。
『う…わ……』
激しく、そして複雑に絡み合いながら、湖底から水面にふけて噴き上げる水流。身体の中を通り抜けていく水の流れに少々驚きながらも、温もりを感じる留美先生の手に引かれて下へ下へと降りていくと、
『あの光……なに?』
暗闇の中にポツンと輝く小さな光。周囲の壁が迫り、徐々に最深部に近づいていることを無意識に感じながらも、あたしの目はその光に向けられたまま動くことはない。
『あれがお前の探していたものだよ、たくや。……そして、手に入れなければいけないものでもある』
『どういう……ことですか?』
意味深な留美先生の言葉に聞き返すものの、心のどこかでは答えてくれないのだろうと言う諦めが最初からあった。
しかし、
『あれがお前を女に……いや、“エクスチェンジャー”にした原因だ』
思いがけず答えは返ってきて、しかもその言葉はあまりに衝撃に満ちていた。
『留美先生、あたしがもともと男だって知ってたんですか……?』
『さて…な。昔話は趣味じゃないからな、機会があればそのうち教えてやるさ』
『………………』
口ぶりから察するに、綾乃ちゃんに聞いたのではないらしい。以前からあたしが女に変化したことを知っていたのか……その疑問を解こうとしているうちに、あたしたちはゆっくりと最深部に到達する。
『これは……』
湖底に積み重なった瓦礫の山。所々に覗く原形を保ったものを見れば、それが水上神殿の壁や柱であることはすぐに知れた。
そしてあたしの意識を捉えて離さなかった光……それは瓦礫の山の頂点に突き刺さった一本の剣だった。
―――あれは……祭りの時に持たされてた、お飾りの長剣……の、はず…よね?
柄の飾りには見覚えがある。祭りの勇者役を押し付けられてから、あれを手に明日香に何日も剣術の練習を強いられたのだ。間違いないはずだと思う。
その長剣から放たれる光は弱々しく、今にも消え去りそうだ。けれど、普通の剣は光ったりしない。魔法の剣だとしても、持ち主もいないのに勝手に光ったりはしないものだ。
―――ただの剣じゃなかったの?……そして、あの剣があたしが女になった原因……!?
不意に右手の甲が疼く。
そう言えばあたしが目覚めたばかりの魔王の書に襲われた時、誤ってあの剣で自分の手を切ってしまったことを思い出す。南部域の森の中で目が覚めたときには傷なんて跡形もなく、今まですっかり忘れていたけれど、どうして今になって無くなった傷が疼き、傷を負ったことを思い出すのだろうか……
『一つ、教えてやろうか』
剣を見上げたまま立ち尽くしていたあたしの腰に、留美先生の手が回される。そのまま地面を蹴ると、あたしたちの身体は重力から解き放たれたかのように浮かび上がり、瓦礫に突き刺さった長剣の前へと降り立つ。
『この剣の名は、エクスチェンジャー=フィメリオン。神代の時代から現代に残る雌雄一対の剣の片割れ……神剣と言ってもいいだろう』
『神剣……エクスチェンジャー……フィメリオン……』
目の前にある剣の柄を見つめ、呆然としたまま留美先生の言葉に耳を傾ける。
『そう。そしてたくや、お前はこの剣に見初められ、この剣により傷を負うことで、その身を、魂を、男から女へと変えられた』
『じゃあ……本当にこの剣が?』
問う言葉に力がない。自分でも身体が震えているのが分かっている。ずっと探し続け、追い求めてきた女になった原因が、いきなり目の前に突きつけられたのだから。
『たくや、手にとれ。お前にはこの剣を持つ資格がある』
『資格なんて言われても……』
『いや、この剣の所有者はすでにお前だ。お前を女へと転生させた時点でな』
『…………………』
どう答えていいかわからない。
きっと、あたしが捜し求めてきたのはこの剣で間違いないはずだ。この剣があれば、元の身体に戻る事だって出来るはず。
『…………………』
留美先生に背中を押され、あたしは剣に……エクスチェンジャー=フィメリオンと言う名の神剣に右手を恐る恐る伸ばしていく。
まぶたを伏せ、細く長く、胸の奥から息を搾り出す。それからしっかりと目の前の剣を見据えると、
『ふざけるな――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!!』
右手を引き、その反動で蹴り足を加速させる明日香直伝のハイキックが、フィメリオンの柄にドゲシッと決まる。
瓦礫に突き刺さっているだけなのに、それでも折れない曲がらない頑丈で傍迷惑な神剣を、あたしは続けざまにゲシゲシゲシゲシと右足の裏で蹴り付けた。
『た、たくや、何をする!? それは神剣だぞ、わかっているのか!?』
『そんなの関係ない! この剣のせいであたしは……あたしは……うわあああああぁ〜〜〜ん、あたしの人生を滅茶苦茶にしやがってェェェ!!! 女にされたせいであたしがどれだけ悲惨な目に遭ってきたと思ってんのよォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!』
ゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシ。
何が神剣だ。何が権利だ所有者だ。そんな欲しくもない物のためにあたしは女の身体にされてしまい、故郷から遠く離され、強姦され、娼館で身体を売り、何度も命の危険に晒されてきたあたしの怒りは、一体どこへぶつけろと言うのだ。
『どこかに手ごろな石がないかな。叩き折って圧し折って、鉄くずに変えて金物屋さんに叩き売ってやる!』
『たくや……それは本気で言っているのか……?』
『あったりまえに決まってるじゃないですか! コノ恨ミ晴ラサデオクベキカ―――!!!』
どうにも霊体の身体でのキックではダメージを与えられないようだ。かと言って石を拾い上げようにも、指が素通りして何も持てない。
―――くそゥ、あたしの胸で煮えたぎるこの怒り、どうやってぶつけてやればいいのよ!?
にくったらしくも、あたしの人生を変えた剣は偉そうに光っている。せめて何とか一矢報いなければ死んでも死に切れない……なんてやっていると、あたしの背後から音がする。
それは留美先生が肩を落とし、吐息する音だ。
怒りで我を忘れていたあたしも、それを聞くとピタリと動きをとめ、振り返る動作もなぜか恐る恐る怯えたものになってしまう。
『お前は……その剣の価値をまるでわかっていないようだな』
『え……いや……あの……』
『神剣とは聖剣と比べてもまるで格が違う。その名の通り、まさに神が振るうに値する剣であると言うのに……それなのにお前は………!』
声が震えている……俯き、あたしからは前髪で表情を隠した留美先生は、手の平で口元を抑え、むき出しの肩を小さく震わせていた。
下手にこれ以上の刺激を加えるとマズい……湖の底なのに背筋に冷や汗を掻く霊体の身体の不思議さを今になって実感しながらも、あたしは数歩後退さり、なかなか折れなかったフィメリオンの陰に身を隠す。
『せ、先生、落ち着きましょう。落ち着いてまずお話しましょうよ、ね? ね?』
『……………』
『そう言えば元の身体に戻る時間はそろそろ何じゃないんですか? そのためにここまで来たんなら、出来るだけ速やかに安全に……』
『……………ッ』
『いや、ちょっと待った。今、あたしの身体って全身骨折してましたよね? そんな時に戻ったら……いやぁあああっ! あの、一週間ぐらい身体にもどらなくていい方法ってありませんか!? 何も戻らないって言ってるわけじゃないんですし、身体の痛みがなくなってから戻るほうがいいじゃないですか! 死ぬほど痛いんですよ、あれ!?』
『ッ……、ッ………!』
マズい……非常にマズい。下手に動けば、間違いなく留美先生の攻撃魔法で吹っ飛ばされる。そんな直感に怯えながら、必死にもどりたくないと訴えていると、ついに留美先生が顔を上げ、口を塞いでいた手をどける。
『ア〜〜〜〜〜っはっはっはっはっは! こ、この世の中に神剣を足蹴にする人間がいるなんて思わなかったぞ!』
『………あの、留美先生?』
『知らずに蹴るならまだしも、説明を受けて理解してからハイキックか! そう言えば魔王の書もこき下ろしていたな。神と魔王の両方にそんな態度を取れるなんて、バカか大物のどちらかしかないぞ、たくや!』
突然の留美先生の爆笑にどう反応していいか判らない……が、吹っ飛ばされることはなさそうなので、たわわな胸をホッと撫で下ろす。
『ああ、こんなに笑ったのは、いつ以来だ。心地良い、お前といるとトラブルと想定外が続いて退屈にならないのがいい!』
『え〜と……あたし的には無事平穏に、何事もない平和な暮らしのほうが合ってるんですけど……』
『無理だ、諦めろ』
そこまではっきり断言されると、あたしの将来に対して一抹じゃすまない不安が沸き起こってくるけれど、そんな気分の暗さを留美先生の快活とも言える笑いが吹き飛ばす。
『いいじゃないか。トラブルのない人生なんて退屈なだけだ。何でも知っているから退屈だ。何でも解るから退屈だ。ドタバタでゴチャゴチャでハプニング。たくや、お前には退屈な人生よりも、そういう生き方がよく似合っている』
『ふぇ〜ん、やだやだやだ、もうトラブルなんてコリゴリだァ〜〜〜〜〜!!!』
『そうはいかんさ。なにしろ、お前の運命はまだここで終わらない』
逃げようとするあたしの首根っこを留美先生が掴む。そしてネコのように摘み上げられると、フィメリオンの前に座らされ、無理やり剣の柄を握らされてしまう。
『お前はまだ死ぬ運命にない。いや、運命が死ぬことを望んではいない。だから今は戻るぞ。私たちがいるべき場所へと………』
『そ、それは出来れば一ヵ月後ぐらいに!!!』
『さっきよりも伸びているぞ……だがもう遅い。諦めるんだな』
留美先生の右手があたしの頭の上に乗る。そして左手が剣の柄尻に置かれると、暗い湖底の風景が徐々にほつれるかのように、白い輝きに満ち溢れていく。
『この場所はアイハラン村でもっとも魔力の強い場所だ。その地にて魔王は封じられており、神剣は錆を砥がれ、己の認めた主が辿り着く日を待ち続けてきた』
次第に視界を埋め尽くした光は、あたしも留美先生もその中へ飲み込まれていく。
南部域から西部域のアイハラン村にまでレイ=ラインを通ってやって来たというのなら、あたしが溶け込もうとしているこの白い輝きこそが、大陸中を駆け巡る魔力の流れに他ならない。あたしの魂は、仮初の身体を形作っていた魔力と共に、もう一度魔力の流れに乗り、留美先生の言う“運命”に導かれて、慌しいハプニングに満ちた旅を続ける肉体へと戻るのだろう。
―――あたしは……
あたしの人生に怒るべきなのか。
あたしの人生を嘆くべきなのか。
それとも留美先生の言うように……喜ぶべきなのか。
今はまだ、あたしの手の中にはフィメリオンと呼ばれた神剣がある。それはあたしの魂がまだ剣の下にある証拠だ。
―――あたしは……
無意識に剣を握る手には力が込もる。
刀身はいまだ瓦礫の中。いずれはこの剣を手にし、その輝きを太陽の下で目の当たりにする日が訪れるのだろうか……そんなことを考えているうちに、あたしの手は魔力の流れに分解されて溶け、神剣の感触から遠ざかっていく。
―――あたしは……
生まれ故郷の地にて、あたしには迷いが生まれ、けれどそれを晴らすことも出来ないまま、あたしの魂が、意思が、爆発的に量を増した光の流れに飲み込まれていく。
確かに一度、あたしはこの手に握り締めた。
ならば、もう一度そこに辿り着く。
いつの日か、この迷いにしっかりとけりをつけるために―――
「いっ…たぁアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
“夢”から覚めた途端、全身から激痛が一斉に沸き起こる。叫べば叫ぶほどに体中が軋みを上げ、その発狂しろと言わんばかりの激痛が更なる叫びをノドの奥から搾り出す。
もしあと五分もこのまま放置されていれば、気を失うことさえ出来ないほどの痛みの中で見事に悶絶死していただろう。そんな運命から救ってくれたのは、横から差し出された留美先生の手の平だった。
「よくもまあ、魔王相手にこんなにボロボロになるまで無茶が出来たものだな。感心するぞ」
「る…留美センセェ〜……」
「安心しろ。魔法で全部と言うわけにはいかんが、応急処置は施してやるから死ぬことはないさ」
癒しの光の灯る手の平がジャケットの前を開き、特に重症な左半身に触れると、あたしの身体は反射的にビクンと震える。
―――か…過敏になってるからかなぁ……
もう体力も魔力も精神力も見事なほどに空っぽだ。そんなところに留美先生の魔法で怪我を癒されながら魔力を流し込まれると、和らぐ痛みの代わりにムズムズとしたこそばゆい感覚が広がり、身悶えしそうになってしまう。
「くぅぅぅ〜〜〜……!」
普段、怪我の治りはいいほうなのだけど、それも魔力が体中を循環していなければ意味がない。あたしは深呼吸をして意識を整えると、留美先生から流れ込んでくる魔力を血管や経絡の流れに乗せて全身に行き渡らせる。
「先生……ここ、どこですか……?」
まだ痛みは治まっていないものの、それでも会話を出来るほどの余裕は出来た。あたしは額に浮いた脂汗の気持ち悪さに眉をしかめながら、視線をめぐらせて辺りを見回すけれど……どうも大空洞とは別の場所らしい。
汗が浮いているのは痛みによるだけのものではない。あたしの身体には、わずかに傾いた太陽から日差しが降り注いでいる。もしエロ本らと戦った大空洞の中にいたのであれば、魔力剣や海龍王の出現で壁が崩壊しまくっていても、天井ぐらいは残っていて日差しを防いでいてくれるはずだ。
ところが、
「場所は移動していない。ここは大空洞……のあった場所だ」
「………ホント?」
「何も嘘をつく必要はないさ。ほら、そろそろ身体ぐらいは起こせるだろう。自分の目で見てみろ」
「いっ、いた、いタタタタ……もうちょっとゆっくり…アダダダダッ……!」
「面倒くさいヤツだな」
留美先生にブツブツ言われながらもやさしく抱き起こしてもらうと、目の前には奇妙なほどに丸い入り江が広がっていた。広さはかなりあるものの周囲は津波のように反り返った崖に囲まれていて、円と言うよりも球に近いこの空間に海に面した一方からだけは海水が流れ込んできている。
―――あ〜…何が起きたか、大体想像がついちゃった……
ここがエロ本と戦った大空洞だと言うのなら、こうも景色が一変した理由は一つしか考えられない。留美先生の魔法の暴走した結果だ。
―――こんな危険な魔法をぶっつけ本番で使う? あたし、この人にだけは絶対逆らわないでおこう……
物分りのよさそうな美人に見えて、その訳のわからない奇行の数々に、今回あたしは振り回されっぱなしだ。そもそもあたしは綾乃ちゃんさえ見つけられればよかったのだし、後は出来るだけ速やかにこの村を脱出するだけ……なのだけれど、
「そう言えば綾乃ちゃんはどこ行っ…タァアァァァ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「このバカが。まだ完治したわけでもないのに、大声で叫べば痛みがぶり返すことぐらいわからないのか?」
「あ、綾乃、ちゃんは……ど、どこ…にィ………!」
「だから喋るな。重傷人は重傷らしく黙って寝ていろ。綾乃は私が目を覚ました時から姿がない。無事であることは確かだから、おそらく村に助けを呼びに言ったのだろう」
「そ…ですか……」
無事であると留美先生が言うのなら、その通りなのだろう。あたしもエロ本たちにやられた傷以外はないようだし、仮に魔法の暴走の威力に巻き込まれていたのなら欠片も残ってはいなかっただろうし。
「ふ〜……それにしても、これでやっと解決ですよね……」
るみせんせいの腕に背中を支えられながら、安堵のため息をつく。
思えば、昨日この村に到着したばかりなのに、その倍以上の時間が経過しているように思える。
マーマンに襲われ、留美先生に襲われ、綾乃ちゃんを探しにくれば寺田との戦闘になり、最後はどこかに消えていたエロ本の復活だ。そして黒幕であるエロ本を倒したのだから、これ以上の騒動がおきるはずがない。これで無事、一件落着というところ……のはずなんだけど、留美先生はコツンとあたしの頭を叩いた。
「まだマーメイドたちを助けていない。マーマンたちが漁村を襲った原因でもあるのだから、これをどうにかしないと問題は丸ごと残されたままになるぞ」
「そう…ですよね……てかそれ、あたしとは何の係わり合いもないのにぃ〜……」
依頼を受けたわけじゃないので、どんなにボロボロになっても一銭の得にもならない。なのにこれからさらわれたマーメイドのことまで解決しなくちゃならないなんて……正直言って、もう無理です。
「マーメイドのことは乗りかかった船だし、私が何とかしよう。だが……たくや、嫌な予感がしないか?」
「嫌な…予感?」
「静か過ぎる……もう一波乱ぐらいあるかも知れんぞ」
「それは―――」
何が起こるのかと問おうとすると、不意に男の人が姿を見せる。留美先生の大魔法は瓦礫も残さず天井や壁を抉っていたらしく、大空洞につながってい二本の洞窟の出口もそのまま残っていた。そこから顔を覗かせてあたしと留美先生の姿に目を留めた男性は、一度頭を引っ込め、少し間を置いてから数人一緒に洞窟から飛び出してくる。
―――な、なに? 助けに来てくれたんじゃないの?
男の人たちは手に銛や長い木の棒を持ち、身動きの取れないあたしや、そんなあたしを支えてくれている留美先生を遠巻きに取り囲む。そして洞窟からはさらに人が飛び出し、囲みに厚さを持たせていく。
「お前たち、漁村のものだな? 恩人に対して礼ではなく武器を向けるとは、一体どういう了見だ?」
屈強な男たちが三十人か四十人はいるだろうか。座っているあたしには全てを見渡すことが出来ないものの、留美先生の言葉にも返事をしない男たちの間にあるのは、
―――緊張と……怒り?
もしかして大空洞を吹き飛ばしたことに怒っているんじゃ……と言う不安に駆られるものの、男の人たちが何も言わないのが、むしろ怖い。理由のわからない殺意に対してどう反応していいのか、攻撃されれば反撃していいのかも解らずに重い空気が周囲に圧し掛かっていると、
「そいつらだ!」
誰かが叫ぶ。
「そいつらがマーマンを村に引き寄せた!!!」
「そいつらはドサクサにまぎれてこの村の金を奪おうとした泥棒だ!!!」
「村の“聖域”を滅茶苦茶に壊しやがって……ゆるさねェ!!!」
―――ちょ……ちょっと待ってよ!? なんで? なんであたしたちが悪者にされてるの!?
どちらかと言うと、この村で密かに悪巧みをしていた寺田やエロ本を退治したあたしたちは正義側だと思うんだけど、企みが密かだったために、それを知る人はまったくいない。
そして大空洞を綺麗さっぱり吹き飛ばして入り江に形を変えてしまったのもあたしたち……と言うか留美先生だ。あたしがしたには、せいぜい海側の壁を吹き飛ばした程度だけれど、やっぱり同罪と言うことになるのだろうか?
「留美先生、もしかしてこれって……」
「まあ……誤解があるようだが、だからと言って問答無用で吹き飛ばすわけにも行かないしな……」
「じゃあ……もしかして大ピンチ?」
シャツを切り裂かれてむき出しになっている胸を隠すようにジャケットの前をあわせながらも、背中には嫌な冷や汗がタップリにじみ出ていた。
その直後、男たちの中から複数の男が同時に叫ぶ。
『そいつらを殺せェ!!!』
第十一章「賢者」50へ