第十一章「賢者」40
それは拒絶する意思を魔力によって具現化した形。
それは女の身体で初めて犯された夜に発現した力の形。
ショートソードに代わって圧縮した魔力を放つ左腕から次々と血が噴き出してくる。籠手をつけていても内側からのダメージは防ぎようがない。けれど放出された魔力はあたしの周囲に常に漏れこぼれている魔力をも巻き込みながら、あの夜のように、あの夜よりもはっきりと、青い電光のような魔力が強固な障壁を編み上げる。
「ヘぶゥウ!!!」
魔力放出の余波と、そしてその魔力が編み上げた“壁”が、寺田の身体を天井へと叩きつける。青白い電光を放つ魔力障壁は屈強な戦士に落下することさえ許さない。
「つっぶれろォ!」
先決にまみれた左腕を突き出して魔力壁を押し込み、寺田を天井にめり込ませる。
―――魔力はいつまでも放出してられない……時間勝負!
何ヶ月も前の記憶を遡り、感覚を再現して発動させた魔力壁。瞬間的な大出力での放出である魔力剣とは異なり、持続的に圧縮した魔力を放出し続けなければならない。
しかも魔力放出の余波は時間が経つほどにあたしの左腕を崩壊させていく。見えないカマイタチの渦に突き込んでいるかのように、魔力障壁を維持するにつれて骨が軋み、皮膚が裂け、血管が破裂し、自分の技でその身を削り取られていく。
貧血で体力も精神力も消耗している今の状態では、激痛に耐えて魔力放出を持続していられる時間は、そう長くはない。もってあと数秒といったところだろう。
でも、
「ぐぬゥううううううっ! こ、こんな薄っぺらな障壁ごときにィィィ!!!」
あの怪力の寺田がどれだけあがいても、魔力壁に押し付けられた天井から脱出できないでいる。長大なハルバードを軽々と振り回す両腕で押し返そうとしても、苦悶の声を上げるだけで逃れられないでいる。
―――障壁としての強度は十分。だけど……!
魔力を放出し続けるほどに、あたしの左腕には傷が増え、噴き出す血液もそれに比例して増加する。奥歯を砕けんばかりに噛み締めてなければ一気に意識を持っていかれそうな激痛は、瞬間的な魔力放出の比ではない。
―――このままだと、寺田がヒキガエルになるより先に、あたしのほうが力尽きる……!
貧血状態でのさらなる出血。一秒というときが刻まれる間に、あたしの意識は失われた血液の分だけ薄れていく。
けれど例え左腕がミンチになっても、まだ魔力の放出をとめることはできない。あたしが逆転するためには、コンマ以下の時間でも寺田を足止めしていなければならない。
………けれど、
「てめェ、なにしてやがってんだァ!!!」
周囲を取り囲んでいた男の一人が我に帰り、手にした銛をあたしへと突きつける。
「無駄な抵抗は止めて、さっさと先生をはなしやがれ! お、おとなしくしないと、犯すぞ、コラァ!」
男の声はわずかに震え、突きつけられた銛の切っ先もわずかに震えていた。屈強な戦士である寺田を天井に貼り付けにしているあたしの“力”を目の当たりにして動揺が表に出ているのだろうけれど……痛みと出血、そして疲労の中で魔力壁を維持するための集中力を紡ぎ出しているあたしには答える余力が一切なく、同じく精神的な余裕がない村の男達を無用に刺激してしまう。
「舐めんじゃねェぞ、このアマァ!!!」
一人が叫べば他も同様。見るからに腕っ節に自信がありそうな男達は不慣れな状況での心理的圧迫に耐え切れず、今度こそ間違いなく、あたしを刺し殺すために銛を突き出してくる。
―――マズ……ッ!?
体力も魔力も精神力も限界にまで損耗したあたしには、洞窟に横たわっている身体を起こすことすら難しい。それなのに周囲から突き出されてくる銛の数は六本。どうあがいても防ぎようのない数だ。
けれど、先ほどまで寺田に犯されると言う特大の不幸に見舞われていたせいだろうか、ここであたしに幸運が文字通りに“降って”くる。
「ぬぉあああああああああっ!?」
銛に意識が向いて身の危険を感じた途端に、魔力の放出は途切れていた。息を呑んだのがマズかったのだろうか、そのせいで天井に拘束していた寺田の身が自由になってしまった……のだけれど、いきなり支えを失った身体は重力に従って、ただ真っ直ぐに落ちるのみ。
しかもその落ちた場所は、突き出された銛を三本遮るちょうどいい位置だ。しかも硬い洞窟の地面に落下した寺田に驚き、残る三本の銛も一旦動きを止めていた。
「チャンス到来!」
もう声を出すのも辛いけれど、この一声が気力を掻き立てる。あたしは無事な右腕で地面を押して体を半回転させると、力の入らない膝を歯を食いしばって強引に伸ばし、前転してその場をわずかながらにでも移動する。
「逃げんじゃねェぞ、コラァ!!!」
あたしが動けば、当然男達は追いかけようとする。動きを止めた銛も、再びあたしを串刺しにしようとして突き出されてくる。
体力はもう残っていない。立ち上がることさえできない。でも……あたしはただ、男達の方位から逃れさえすればよかった。
「起きてるんでしょ!? ちょっとは手伝いなさい!!!」
呼びかけに答えたのは、あたしが叫ぶまでもなく男達の中へと放り込まれた煙玉の白煙だ。
まるであたしの背中の後ろに煙の壁ができたかのような絶妙なポイントへの煙玉の投入。そんなことができるのは、スケベで、スケベで、どうしようもなくスケベで、気を失ってるふりをしながらあたしが犯されるところをハァハァしながら見ていた大介に他ならない……が、
「後であんたはぶん殴るからね。覚えときなさいよ!」
「え、ちょ、助けに入るタイミングを計ってたオレに、なにその非道な仕打ち!?」
命の危険が直ぐにはなかったとは言え、強姦されるあたしを放ったらかしていたことへの怒りは別だ。
しかし、その清算は後回し。いくら煙玉で視界を塞いだといっても、目と鼻の先にいたあたしを諦めるような根性なしの相手でもない。あたしのすぐ傍で煙の噴出の範囲ギリギリにいた男は手で鼻と口を押さえながらも、地面にしゃがみこんでいるあたしへと覆いかぶさってくる。
「なめんな、コンチクショー!!!」
右腕一本で振りかぶられ、ほぼ真上から振り下ろされる銛。指一本すら動かせないあたしは、刺し貫こうとする凶器に対し、血まみれの左手も、無事な右手も下に向けていた。
そして、
「スクナァアアアアアアアアア!!!」
叫びが呼び水となり、地面に押し当てた右手の下から眩い閃光が迸る。
「―――――――――!!?」
突然の閃光とカウンター気味の一撃とで、銛を突き出していた男は声を上げる間もなくぶっ飛ばされた。
左腕の痛み、そして前転した時にズボンを履いていないお尻に突き刺さった小石の痛みとでエッチな気分など一気に抜けきっている。突如洞窟内に吹き抜けた強風が煙を押し流すと、あたしが完全に屈したものと油断していた男達は仰天の表情で声と威勢を失った。
立ち上がれば天井にまで届きそうな巨躯。
鎧のごとく各所を覆う甲殻。
頭から映えた二本角。
そしてそれらの何よりも目を惹く四本の腕。
鬼神シワンスクナ。あたしの契約モンスターの中でも、肉弾戦ならば最強のモンスター……窮地にかろうじてその召喚に成功したあたしは、その上側二本の腕に抱きかかえられ、やっと安堵の息を唇からこぼせていた。
『主、御無事?』
「あんまり無事とはいえないけど……スクナ、出てきてくれてありがと。おかげで助かっちゃった」
元々のオーガの時に比べ、顔は凶悪と言うより精悍。見る人によっては恐ろしくも感じるだろうけれど、間近で見ているあたしには、今はとても心強く感じられる顔つきだ。
そして、恐ろしく感じているのは仲間の一人が壁に叩きつけられた村の男達。こちらが身をかがめていても見上げなければならないシワンスクナは、松明の光しかない洞窟の中ではさながら邪神並の異形に見えるのだろうか、四本腕だし。
けれど見たこともない強そうなモンスターに「おびえる」と言う反応は、むしろ通常の反応だ。「警戒する」ぐらいでもまだ通常だけれど、この中でただ一人、「有無を言わさず斬りかかる」と言う選択をした人間がいる。
寺田だ。
「そんだけデカい図体じゃ立ち上がれんだろう!!!」
こちらはまだズボンを探してもおらずに精液の溢れ出てくる下半身が丸出しだと言うのに、寺田はきちんとズボンを履き、装備も余すことなく身につけて戦闘準備を整えていた。しかも天井から落下してきて、あたしがほんのわずかな時間を稼いでる間にだ。
―――最初から油断なんてしてなかったってわけね……!
あたしを犯していたのも、まるでモンスターの召喚をさせないための行動の様でもあった。だとすると、あたしがモンスターを呼んで抗う展開も、寺田は想定していたのかもしれない。
―――だけどこの攻撃は……!?
シワンスクナに怯えた男達が攻撃を仕掛けてくる気迫に押されて壁際に退避し、開けた道を寺田は長大なハルバードを手に突っ込んでくる。
戦斧を上から掴む左手が引かれ、下から支える右手が跳ね上がると、重量級のポールウェポンがまるで釣竿のようにしなりながらあたしとスクナの頭上に振り下ろされる。途中、先端の槍が洞窟の天井に食い込もうがお構いなし、剣の刃も通さないシワンスクナの筋肉であっても間違いなく叩き切られる高威力の斬撃の前に、力尽き掛けているあたしは動くこともままならず、
「―――蜜蜘蛛」
閃光……魔封玉からモンスターが開放される瞬間の光は、洞窟の暗さに慣れた目には強烈な目くらましとしても威力を発揮する。
けれど寺田の攻撃は既にあたしへと振り下ろされている。目くらましをするならタイミングが遅すぎるけれど……あたしの目的は別だ。
「ぬっ!?」
違和感を覚えた寺田が声を上げる……何せ、蜜蜘蛛が瞬間的に張った防御用の蜘蛛の巣の糸は、束ねればオーガですら身動きを封じられるほどの強靭さ。その巣へ身体ごと突進して突き破れば、いくら凶悪なハルバードの一撃でも動きが幾分鈍ってしまう。
―――そして動きが鈍ってるのは、四本の腕のうち二本であたしを抱きかかえているスクナも同じ。
スクナにとってはあたしの体重などたいした事のなくても、これでハンデもほぼ対等。……これでもう、あたしに“今”出来る事はない。
もしかすればあたしの身体を両断するかもしれない一撃が迫っても、疲ているせいか、心は不思議と静かだ……細く息を吐きながら目を伏せれば、あたしの周りの空気をも巻き込む風が、あたしの身を守ってくれているのだから。
『打―――ッ!!!』
一瞬と言う時間の中で、寺田のハルバードに攻撃が加えられる。
寺田の右肩越しに袈裟斬りの軌道で振り下ろされた戦斧は、こちらから見れば左上から降る軌道。それに対し、ハルバードの斧の部分へスクナは左の拳を側面から叩きつける。
一直線に降り抜かれる攻撃は、正面の物には威力を発揮する反面、側面からの力には弱い。寺田の豪腕でしならんばかりに振られたハルバードも、重量級の一撃でありながら同じくシワンスクナの重量級の拳でわずかに軌道が上に反れる。
だがまだだ。攻撃があたしに当たる軌道から反れても、スクナにはハルバードの斧部分も槍部分も当たってしまう。
あたしだけが無事で済むなんて許さない……スクナの腕の中でわずかに身を硬くすると、力強く抱きしめられ、もう一つの“風”がすぐ傍を通り抜けていく。
『―――撃ッ!!!』
それはハルバードをぶん殴る、左上側のもう一つの拳だ。
「ぬうっ!?」
いくら寺田でも、瞬間的なスクナの二連打を受けたハルバードを咄嗟に軌道修正できる腕力はない。全力で振り下ろしていたはずのハルバードは二種類のベクトルを追加されたことで、むしろ振り上げたかのようにスクナの頭上を通り抜け、寺田も回転しようとする身体を踏みとどまらせようとしてわずかに体勢を崩す。
―――ここで押し切る!
抱きかかえてくれているスクナの二本の右腕の隙間から、あたしは目を閉じたまま魔封玉を放り投げる。
解放に声を出す必要はない。光の中から現れた三体のゴブリンアーマーは寺田の足元から、剣を、槍を、盾を突き出して攻撃する。
「しゃらくせェ……!」
いまいましげにそう叫び、振り抜かれた斧の勢いを殺すよりも利用するように後ろへと飛ぶ……けれど、次の一手は既に打ってある。身体を半回転させた寺田の背後。そこにはゴブリンアーマーたちと同時に呼び出したゴブアサシンが二本の短剣を抜いて忍び寄っていた。
「ぐヌッ!?」
浅い……攻撃の直前に、寺田が直感で身をよじった。短剣の一本は肩に着けた巨大な金属製の肩当てに阻まれ、もう片方も短剣もわずかに背中をかすっただけに留まる。
「チビのゴーストどもはおとなしく集まってろォ!」
寺田の足が地面を踏みしめる。回転は四分の三で終わり。残る四分の一で、寺田の太い右腕がラリアットでゴブアサシンをこちら側へと吹き飛ばした。
「そこ動くな、鎧ごとまとめて叩ききってやるァ!!!」
頭に血が上っているのか、こめかみに血管が浮かんでいる……じゃあ、もう少しイライラさせてみようか。
『ハ―――ンマ―――――――――!!!』
回転して後退さった距離。それを詰めるようにゴブハンマーの魔封玉も投じてある。
「中味が空のくせに邪魔だ、どけェ!!!」
足元からカウンター気味に右手のトゲ付き鉄球を突き出すゴブハンマーだけれど、二度目で寺田も予想していたのか、躱され、逆に蹴りを入れられる………けれど跳ね飛ばされたのは、またもや寺田の方だ。
「ど、どうなってるんだ!?」
まるで足から地面へ根っこが生えているかのように、寺田の蹴りにもびくともしなかったゴブハンマー。
それも当然だ。なにしろ、本当に足から根っこが生えているのだから。
『ハァアアアアアアアンマァアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
ゴブハンマーと同時にスライムのジェルをあの場に呼び出している。大量に魔力を消費した九頭木蛇への融合とまではいかなくても、ゴブハンマーの本体、プラントゴーレムがジェルと共に大量の魔力を吸収し、洞窟を上下に貫く巨木へと急速成長する。
「こんな変なのまで飼っていたのか!?」
あたしへの道を完全に塞がれ、寺田が困惑しながらハルバードを叩きつける。が、その重たい刃は樹皮に深く食い込むものの両断するには到底至らず、逆に異常な成長の過程にある樹の幹は刃をキツく噛み締め、切り裂かれた樹皮はハルバードへと覆いかぶさっていく。
それに、寺田は攻撃できなくても、あたしには攻め手がある。葉も枝もない巨木と化したゴブハンマーの左右に開いたわずかな隙間。そこからゴブアサシンと、錐揉み回転して涙滴状に細くなったバルーンとが武器を押さえられた寺田へと襲い掛かる。
「次から次へと……!」
寺田が今度蹴ったのは樹の幹だ。それで強引にハルバードを引き抜くと、左右からの攻撃を受けるのではなく、さらに後ろへ跳んで躱す。
―――もし肩当てで受けてくれていたら終わっていたのに……
攻撃を躱され、地面に当たって跳ね返ったバルーンは、元の球状に身体を戻すと、口元から真横に向けて身体を一周する線に沿って“口”を大きくパックリと開き、とても体内に収まっていたとは思えないほど大量の触手を寺田に向けて吐き出す。
「ぐぬおっ!? こ、今度は触手か!? 来るな、気持ち悪いだろうが!!!」
見る側からすると、寺田が触手に×××されてるような所は死んでも見たくないけれど、とりあえずは拘束するためだけにバルーンは触手を吐き出している。けれど寺田が後退さっているために、一方向から伸びるしかない触手はハルバードに振り払われてしまう……が、そこまでならまだ計算の内だ。
―――魔封玉は、便利だから……
SEXは呼び出せない、開放する前に封印されるとどうしようもないと言う弱点はあるものの、巨大なモンスターを小さな石の中に封じ込めて、どこででも呼び出せる魔封玉は、何の取り得もないあたしには過ぎたる能力ではあるものの重宝させてもらっている。
便利な点の一つが、魔封玉の状態でなら持ち運びが可能であり、多少距離が離れていても解放はできるというところだ。
何が言いたいかと言うと……男性女性にかかわらず、触手に全身をヌプヌプネプネプされる事に生理的嫌悪を感じた寺田はさらに洞窟の奥に向けて後退していく。腕力とハルバードで突進してこられる方が何倍も厄介な展開になったはずなのに、シワンスクナにハルバードを受け流されてから、次々と下がらざるを得ないわけだけれど、あたしとの間にはゴブハンマーとジェルが合わさった巨木があり、とても一歩や二歩で届く距離でもなくなっている。これを寺田が打開するためには、
「しゃらくせェ! ウネウネウネウネしやがって!!!」
触手を横に薙ぎ払い、強引に作り上げた隙に寺田はハルバードを振り上げて右肩に乗せ、構える。その表情には怒りと共に焦りが同居し、その感情に呼応するかのように長大なハルバードが小刻みに震え始める。
―――マジックウェポンだったわけね。戦士……と言うより狂戦士みたいな寺田に魔法が使えるはずないと思ってたら便利なものを……
ならば“見えない斬撃”の正体は風系統の魔法と同種と考えればいい。あたしの魔力剣のように魔法を“斬れる”訳じゃない。
「咆えろ、プレスアックス!!!」
ハルバード……いや、プレスアックスと呼ばれた武器の鳴動が最高潮に達し、柄を握り腕にも力がこもる。
この一撃で触手を吹き飛ばし、大木を粉砕するつもりなのだろう……が、予見できていた攻撃だ。そうは問屋が卸しはしない。もう既に、寺田の左側ではゴブアサシンが脱ぎ捨てていた黒装束を再び身体として短剣を構えようとしている。
「ぐぬ……ッ!」
寺田の顔が左を向く……攻撃しようとする瞬間でさえ働く野獣波の本能はスゴいけれど、こっちの本命は別のところにある。
『……………』
物言わぬゴブアサシンは、寺田の意識が自分に向いた事を確認し、逆サイド、寺田の右後方に黒装束にくるんで運んだ魔封玉を放り投げる。最初に呼び出した時点で、ゴブリンアーマーたちの魔封玉と共に呼び出しておいたものだ。
『ブヒブヒブヒヒヒヒ〜〜〜!!!』
そこから閃光と共に現れたのはオーク。手には寺田のモノほどではないけれど長柄のポールアックスを持つ怪力の半人半豚モンスターだ。……なんとなく寺田に似ていないこともない。
今度こそ確実に捉えた左右からの挟み撃ち。ゴブアサシンの短剣が、オークの斧が遠距離攻撃を放とうとしていた寺田に襲い掛かる。
「やはりこのタイミングで仕掛けてきたか!」
寺田が歯を剥いて笑みを見せる。けれど長柄のハルバードでは、左右同時には対処できない……そう思っていたあたしの“目”の前で、ハルバードの柄が途中で分解し、ゴブアサシンの短剣は刃のない柄で受け止め、オークのポールアックスには長柄を外して取り回しやすくなった斧で迎撃。
そして、
「ふっ飛ばせェ!!!」
いきなり寺田の周囲に発生した斥力場が、一瞬にしてゴブアサシンとオークを洞窟の壁へと叩き付けた。
「ハッハッハー! 切り札は最後まで取っておくもんだ。こいつらを始末したら今度……は?」
美味くあたしとモンスターを罠にハメたはずなのに、寺田は拍子抜けした声を上げた。
何しろ壁に押し込んだはずのゴブアサシンもオークがいなくなっている。それだけではない。触手を伸ばしていたバルーンも、大木と化していたゴブハンマーもゴブリンアーマーたちさえいない。
あたしを抱えてくれているバルーンと、ゴブハンマーとジェルと協力して視界を塞いでくれている間に呼び出しておいたプラズマタートルだけだ。
「切り札ってさ……最後の最後まで見せないから切り札なのよ」
契約モンスターたちが寺田を後退させている間、目を閉じてモンスターたちの見ているものを感じ取っていたあたしは、複数の意識を同時に知覚していた疲れをゆっくりと吐きながら、シワンスクナに床へ下ろしてもらう。
「先に見せてたあんたのは、とっくに切り札なんかじゃなくなってたんだから」
―――“プレス”アックスって時点で、圧力系のマジックウェポンだってすぐに分かったしね。
見えない攻撃を魔法で行うなら、基本的に空気や音を用いた風系統だろうと察しがつく。そこに“プレス”――「圧力」と言う名前を冠する斧の名前が出てきたら、十中八九正体を読み間違えることはない。
でもって、相手が切り札を見せたのなら、今度はこちらが見せる版だ。
なにしろ、こちらのチャージは時間がかかってる。他のモンスターが寺田を追い詰めている最中、ずっと電撃を蓄えていたプラズマタートルの甲羅では、突き出した無数の錘状のトゲの間で盛んに電撃の火花が飛び散っている。触るだけで感電してしまいそうなほどに。
「あいつなら殺したっていいからね……死んでもカウント外だから」
「ちょ……待て、何だカウントってのは!?」
「くらえ、あたしの怒りと悲しみを! 絶対絶縁、もう二度と絶っ対に顔を見せなサンダ―――――――――!!!」
前足を折って身をかがめたプラズマタートルの背から、洞窟を埋め尽くすほどの極太電撃ビームを寺田に向けて撃ち放たれる。
「その名前はないだろ―――――――――ッ!!?」
それにあたしは答えない。その代わりとでも言うように耳の穴に指を差し込み、電光に眼球を焼かれないように背を向けた―――
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