第十一章「賢者」26


『これぞマーマン忍法帖、必殺・落水降龍陣だキ――――!!!』
『我らが一族の宝を奪われた恨みだキ―――!!!』
『お前らどっか別の場所でバトルしろだキ―――!!!』


 その声が聞こえたのは頭上から。見るまでもない、何度もむかっ腹を立てさせられた三体のマーマンの声だ。
「………ナイスタイミング!」
 海底に作り上げられた水のドームに震えが走る。それは地震ではなく、半球状の空間を作り上げている周囲の海水が上げている音だ。そしてその音はあたしがゴブハンマーと共に地面に叩きつけられた瞬間に最高潮に達し、まさに滝のように怒涛の勢いで天井からあたしの真上に海水を降り注がせた。
『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!』
 奥歯が砕けても構わない。歯を食いしばり、痛みは我慢……けれどその代わりに、あたしはノドから手が出るほど欲しかった“一手”を手に入れる。
 マーマンたちが何をやったかは知らないけれど、この落水はまさに天の助けだ。六本の柱は落水の勢いでへし折られ、分厚い水の壁の前にノーストの大錨も光熱波もあたしにまでは届かない。
 だけどこの落水の攻撃は、あたしにだけは害を為さない。魔封玉から呼び出したジェルが、そしてゴブハンマーが、膨大な落水を押しのける勢いで成長し、九つに分かたれた鎌首を持ち上げる。
 ―――これがあたしの逆転の一手!
「お願い、ナインヘッド!」
『ハ――――――――ンマ――――――――――――――――――――――――――――――!!!』
 降り注ぐ海水からあたしを守っていたゴブハンマーが、鎧の下にある木製の肉体に半液体であるジェルを吸収する。体内に膨大な魔力を抱え込んでいるジェルと一体になったことで、その身体は鎧を弾き飛ばすほどに短時間で膨張し、腕を、脚を、強固な樹皮を纏った巨大なヒドラの首へと変化させていく。
 全長は水のドームの天井にすら達しそうなほどの巨大ヒドラ、その首の数は九つ……融合モンスター、ナインヘッドヒドラ(九頭木蛇)、これが―――
「これがあたしのとっておき! 留美先生、最後の勝負だァ!!!」
 マーマンが逃げたのか、留美先生が押さえ込んだのか、天井からの放水が勢いを弱め、収まっていく。そしてその頃には、どれだけ地面が爆発しても揺るがない巨大木蛇が、太い尻尾をドームの水壁へ突き立て、そこから吸い上げた海水を圧縮しながら九つの首のノド元へと迫り上げさせていた。
「まさか……これほどとは………ハハハ、これは驚かされた。見事……」
「留美先生、本気で防御しないと死んじゃいますからね……いッケェ―――――――――――――!!!」
 呼び出すのに時間のかかる融合モンスターを呼び出せたことで、待ちに待ってたあたしの攻撃ターンがやってきた。
 九つの首が口を開き、ノドを驚きの表情で見上げている留美先生へと向け、空気の壁さえ突き抜ける速度を持って高水圧の大砲を九本同時に発射する。
「クッ―――――――――!!!」
 下手な防御など粉砕するウォーターキャノン×9に、さすがの留美先生も攻撃を止め、両手を突き出して防御障壁を張るのに集中する。
 これが火属性や風属性なら楽に防がれたかもしれないけれど、高質量を伴う水属性攻撃では受け流すことも容易ではない。しかも九方向からの多角攻撃では、一方向からの攻撃とは訳が違う。ヒドラに向けて球状の障壁を張って九本同時に受け止めたのはさすがの一言だけれど、その顔は精神への付加と魔力の供給の付加とで苦悶に歪んでいた。
 ―――だけど、あたしの攻撃はまだ終わってないんだから!
 呪文詠唱を必要としない留美先生と戦うにあたり、あたしが短い時間で考えついた作戦はかく乱と、そして不意を突く奇襲。
 あたしだって、役立たずだと自覚しながらもポチにしがみついてドーム内を走り回っていたわけではない……その証明がこれだ。
『イヨッシャア! ついに真打登場だァ!!!』
『しかも相手は美人のお姉ちゃん! 燃える、これで勃たなきゃ男やあらへんで〜〜〜!!!』
『乳尻太股乳尻太股乳尻太股乳尻太股乳尻太股乳尻太股乳尻太股乳尻太股乳尻太股ォォォ!!!』
 ―――ゴメン。証明って思ったのはなしにして。
 留美先生に再接近した時に、地面に落としておいたゴブリンアーマーたちの魔封玉の封印を解く。閃光の中から現れた三体の二頭身リビングメイルたちは、必死に障壁を支えている留美先生に目を留めると、あたしからの“妨害せよ”と言う命令に従い――隠そうにも隠し切れない胸やお尻や太股に飛び掛っていった。
「な、なんだこいつらは!? ヒッ、やめろ、どこを触っている!」
『おおっ!? このお姉さんの水着、なんや変な感じやで!? こうやって指先を押し込むと乳首にじかに!?』
「んあっ! この……やめないか、せ、戦闘中に! それ以上触るなら……んっ、んんんッ!!!」
『お、内股が感じるんか? そないにギュッと閉じ合わせちゃってたら、自分から弱いて言うてるようなもんやで、へっへっへ…♪』
「貴様らァ……それ以上触れば…絶対に……絶対に許さん……例え死霊の類でも……た、魂まで焼き尽くして……ひあァアアアッ!!!」
『濡れ具合が足らんかったかな? けどこの締まり具合……ムムッ、素晴らしき名器なり。是非お友達になりましょう!』
「ば、馬鹿者! やめろ、こ…こんな屈辱……んんゥ! やめ…さ…触るな…ぁ……クゥんッ!!!」
 ゴブリンアーマーたちの手が、水着の形に海水を纏っただけの留美先生の肢体を思う存分揉みしだいていく。あたしですら嫉妬しそうなほどたわわな膨らみをグッと力を込めてこね回し、前から恥丘に、後ろからお尻の谷間に、鉄製のガントレットを嵌めた幽霊の手が這い回る。
 当然あたしにも留美先生の身体の感触は伝わってくるけれど、それは心地よい肉の感触。指を押し返す確かな弾力に、その指の隙間から搾り出される極上の柔らかさとボリュームに、実際に触っているわけでもないのにクラクラッときてしまうほどだ。
 しかも留美先生は障壁を維持するのに手一杯で、盛りのついたゴブリンアーマーたちは執拗なほどに年上の美女の肉体を弄ぶ。外見は隠せても接触までは防げない海水の水着に指を突きたてると、いじられたことで硬くしこり出した乳首を巨乳の内側へとグリグリと押し込み、内側から刺激されて跳ね上がった膨らみを絞り上げるようにキツく揉みしだく。
「んッ……アッ………!」
 留美先生が顔を伏せ、膝をよじり合わせる。けれど容赦のない指先は無防備な大人の女性の身体を思うがままに嬲りぬき、“女”の顔を少しずつ覗かせようとする。
「い…いい加減にしろォ!!!」
 悲鳴にも似た声をあげ、ついに忍耐の限界に達した留美先生は魔力で強化した腕力に任せてゴブリンアーマーたちを次々と投げ飛ばす……けれど、その隙は大きすぎる。一時的に留美先生が放置した障壁は、いかに強固であろうともナインヘッドヒドラの攻撃を防ぎ続けることは出来ない。一瞬大きくたわんだ障壁は、留美先生が再掌握する前に九本の水流に貫かれ、光の粒子を撒き散らして砕け散る。
「私をこれ以上怒らせたいのか!?」
 ゴブリンアーマーを消し掛けたあたしへの怒りの言葉を吐きながら、留美先生の姿がナインヘッドヒドラの前から掻き消える。ウォーターキャノンがゴブリンアーマーごと地面を吹っ飛ばす轟音の中、次に姿を見せたのはヒドラの真上、絶好の攻撃ポイントだけど、
「なっ!?」
 巨大ゆえに機敏に動けないヒドラに攻撃魔法を放とうとした留美先生の首筋に、背後から短剣の刃が押し当てられる。留美先生の転移を予測して先回りしていたゴブアサシンだ。
 ―――留美先生が転移魔法を簡単に使いこなすことは、前もって知ってたからね♪
 初めてであった時、あたしの目の前で転移を二度見せている。絶体絶命になれば使うだろうと予測するのは容易だった。そしてその情報を元に察知力の高いゴブアサシンが留美先生の出現場所をほぼ正確に割り出したのだ。
「この………!」
 とっさに留美先生が周囲に放った圧力の壁で軽量のゴブアサシンはあっさり吹き飛ばされる。けれど気休め程度の障壁では、ナインヘッドヒドラの頭突き攻撃を防ぐこともままならず、さらにそこへ一度封印してからそのまま魔封玉を地面に落としておいたプラズマタートルが電撃を放つ。
「一体何匹のモンスターを従えていると言うのだ!?」
 さすがの留美先生の顔にも焦りの色が浮かぶ。電撃と九本の首の間をかいくぐって地面へ降り立つけれど、
『ブッヒヒヒィ〜〜〜〜〜ン♪(待ってましたで、お姉さ〜〜〜ん♪)』
「ま、またこのパターンか!?」
 降りた位置が悪かった。突如目の前に現れたオークは、はっきり言って一番タチが悪い。あたしも精神世界でイき狂わされたドリルペ○スを恥ずかしげもなく勃起状態で留美先生の前にさらけ出し、両手を広げて鼻息荒く突進していく。
「こ…こっちへ来るなァ――――――ッ!!!」
『ブッヒィ〜〜〜ン!(そんな殺生な〜〜〜!)』
 羽織ったパーカーで必死に身体を隠しながら、放った風圧弾がオークのアゴをかち上げる。そのまま後ろに倒れていくオークを少し怯えた目で見ながら後退さる留美先生だけれど、その背中がオーク以上の巨体にぶつかった瞬間、困惑と女性としての恐怖が頂点に達した。
『我望、全力戦闘!』
『バルバルバルル〜〜〜ン!』
「うわぁあああああああああああああっ!!!」
 無秩序に吹き荒れる高圧の風。それは背後のシワンスクナとバルーンを押しのけ、地面に転がっていたオークやゴブリンアーマーたちまで遠くに吹っ飛ばしていた。
「ハァ、ハァ、ハァ……一体何なんだ、こいつら……は?」
 あたしのモンスター総出で襲われまくった留美先生は、肩で息をしながら周囲に視線を走らせる。
 そこにはもう、一体もモンスターはいなかった。小柄なゴブアサシンなどはともかく、大樹と見紛う巨大さを誇っていたナインヘッドヒドラまでもがあたしと共に忽然と姿を消したのだから、さぞや驚いていることだろう。
「くっ、何のつもりだ。たくや、出て来い! どこに姿を隠している!?」
 いくら声を張り上げても、誰も出て行きはしない。水のドームに残されたのは留美先生ひとりだけで、震えているのを押し殺すように迸らせた大声も、むなしく響き渡るだけだ。
「―――逃げたのか。あれは闘争を援助するためのかく乱か……なかなか面白いことをしてくれる………!」
 連続して出現し、あわやという所まで留美先生を追い込んだモンスターたちが消えたことで、少しずつ平静さを取り戻していく。大きく呼吸を繰り返し、ナインヘッドヒドラの攻撃を防ぐ時に取り落としていたノーストの大錨を拾い上げ、
「………ふぅ」
 気を抜いた―――その一息を吐き出すのを、あたしはずっと待っていた。
 ―――轟
 水のドームの頂点が爆発する。今度はマーマンではなく、あたしが操れる水の全てを注ぎ込んだ攻撃だ。
 その姿は巨大な蜘蛛。ジェルスパイダーをイメージし、八本の爪を備えた高水圧の塊だ。それが落下しながら前後左右から爪をきらめかせ、真下にいる留美先生に襲いかかる。
「私の油断を誘ったのか……だが!」
 一閃……あたしの最後の力を振り絞った水の蜘蛛は、振り抜かれたノーストの大錨から放たれた水の刃で真っ二つに切り払われる。
 ―――そして蜘蛛の中から、ハンマーを振りかぶった体勢であたしは飛び出した。
「なに!?」
 この瞬間を待つために、走りながらポチに拾わせていたハンマーを抱え、火傷に塩水が染みる激痛も我慢して、ドームの外を泳いで登っていったのだ。
 留美先生は姿を消したあたしが逃げたと判断して全身の緊張を解いてしまった。たとえ呪文の詠唱をせずに魔法が使えるのだとしても、完全に意表を突いたこの瞬間だけは攻撃魔法は放てない。それに振り抜いた大錨も、どんなに腕力を強化していても完成を打ち消せない以上、すぐには引き戻せはしない。
 ―――そして魔法の障壁も……!
 魔力を使い果たしたことで、マーメイドへの変身は解除され、いつものあたしの能力に戻る。けれど一口、肩に乗せた蜜蜘蛛から一口だけ蜜を飲ませてもらうと、空っぽだったあたしの体内に一撃を放つだけの魔力が沸き起こってくる。
「あたしの“切り札”をくらえぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 距離はハンマーが届かないほど離れているけれど、魔力剣ならぬ魔力ハンマーの衝撃波で殺さずに打ち倒すことは可能なはずだ。
 例え留美先生が防御のために障壁を張れたとしても、魔法効果に対して絶大な攻撃力を誇る魔力ハンマーの前では意味を成さない。魔法使いである留美先生に対しては、まさに必殺の一撃であるわけだ。
 この一撃を打ち込むためにかく乱に次ぐかく乱、そしてトドメの不意打ち奇襲。迎撃されては相打ちになりかねないため、留美先生を完全に防御に回らせるために十重二十重に張り巡らせた作戦が成功したことを確信しながらハンマーを、限界までよじった身体を戻す勢いで留美先生の頭上へ振り下ろした。
 だが―――


「我が掌中に虚空の盾」


 留美先生が初めて唱えたこの呪文で逆にあたしは深刻なダメージを負おうとは、この時のあたしはまだ知る由もなかった……


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