第十一章「賢者」12
たくやと分かれた(?)後、留美は綾乃とマーマンによる被害の聞き込みに回っていた。
さすがに水着姿で浜辺を練り歩いて男性の目をむやみに惹きつけるような真似はしない。海水から創った水着の上からは、冷機を内包させていたローブを風の刃で切り刻み、重力魔法を縫製の代用にして作り上げた足跡のパーカーを羽織っている。長い髪は動きやすいようにと首の後ろで束ねているが、そちらの方も重力で留めてある。
―――たくやが見れば、また面白い顔で驚くのだろうが。
呪文詠唱も魔方陣もアイテムなしに魔法を使用している事に驚愕するのは、それなりに魔法の知識のある証拠だ。たくやと“同じく”魔道師である綾乃はと言えば、留美の技に驚くことは驚くものの、それは驚愕ではなく感嘆の驚きだ。こちらは未だ呪文を丸暗記して使用するだけの初心者の域を脱していないようだ。
―――装備は魔道師と言うよりも剣士風だったが……魔法剣士か。だが、見た限りでは魔法の実力もそれなりにありそうだ。
人は呼吸するのと同じレベルで、無意識のうちに魔力で体を覆っている。一般人なら垂れ流しているかのように、そして無意識下での魔力制御を身につけた魔道師ではそれが薄い膜状となり、人の形になって輪郭を形作る。
この体を覆う魔力が魔法への抵抗力・防御力の基本となる。魔法で攻撃を受けた際、体を覆う魔力は構成魔法に込められた魔力と相殺され、威力を減じさせる。―――もっとも、魔法攻撃は障壁でも張らない限り完全には防げないので、通常時の体表上の魔力はあくまで目安でしかない。誰しも、ファイヤーボールを受ければ大火傷を負うのだ。
だが、実際にたくやを目の当たりにしてみると、全身から溢れ出る魔力が尋常な量ではない。そこから逆算した魔力内包量は平均的な魔術師十人分でも釣り合わない。留美の見立てでは、
―――三十人分相当と言うところか。
正確な所は計測してみなければわからないものの、おそらくはそれすら上回る予感がしている。そしてその一個人が有するにはあまりに膨大な魔力を、不完全ではあるものの制御下に置き、練り上げて密度を高めている。それが自身の魔力を持て余している未熟さを感じられるものの魔術師である十分な証拠だ。
―――だが、未だ“視”えないものもある。
それはたくやの魔力属性だ。
留美の“右の瞳”で見れば、判別用の水晶がなくても魔力属性は大体分かる。……はずなのだが、たくやの魔力は誰のものとも似ていない、留美ですら目にした事のない“輝き”をしていた。
―――例えるなら無色か白色。“風”の属性に類似点はあるが、根本的な部分で何かが異なっている……おそらくは特異系なのだろうな。
過去に栄華を極めた魔力文明は失われ、人は魔法・魔力の全てを解明したわけではない。時として説明のつけようがない突然変異が起こる場合も当然にある。言うなれば、たくやの魔力が留美ですら知らない魔法の秘奥に繋がる可能性も少なからずあるのだ。
それならば、より興味深い……まして、たくやには「モンスターを操る」と言う得意能力まである。世界中を旅して回り、未だ知られざる事象を探して回るのをフィールドワークにしている留美にとって、たくやと言う存在は一粒で二度美味しいカンフル剤のように好奇心を刺激して昂ぶらせてくれる。
だが、
―――残念なことだが、今はこの村の調査を優先せねばなるまい。
自分の趣味を後回しにせざるを得ない状況に、留美は息を吐き、前髪を掻き揚げる。そして上げた顔の先に見えるのは、留美の魅力に引き寄せられた無数の男性たちではなく、主婦を中心にした女性たちから村に起こった出来事を聞きだしている綾乃の姿だった。
「そーなのよ! いきなり夜中に大きな音がしてさ、棍棒持って様子見に行ったら倉庫代わりに使ってる廃屋の壁に大穴が開いてんのよ!」
「わ…私だったら怖くて震えてるかも……」
「なに言ってんのよ! あんた、それでも冒険者!? 肝っ玉小さいわねェ! そんなんじゃ旦那を尻になんて敷けないよ!」
「あ、あわわわわっ! 私、お尻にだなんて、そんな事ォ……はうゥ………」
「いいねいいね、かわいいねェ! そうだ、あんた、冒険者なんかやめて、うちの息子の友達の嫁になんなさい。私が海の女の心意気をしっかり教えてやるさね!」
「困りますぅ……そんな、いきなりお嫁さんだなんて言われても……」
それは情報収集をしている光景ではない。むしろ
―――弄ばれていると言った方が適切かもしれないな。
やはり綾乃を連れてきて正解だった。
留美が担当した男性陣からは既に聞き込みを終えている。催眠術など使わずに自分の色香だけで多くの情報を当事者たちから聞き出したものの、一方で綾乃は綾乃で自分の武器を使い、女性たちや子供、老人と、幅広い年代から話を引き出していた。
もし仮に留美が漁村の女性たちから話を聞こうと思ったら、失敗しないまでも幾らかの警戒を抱かせてしまうだろう。他所から来た人間である事よりも、隙が見当たらないほどの美人であることが同性ゆえの嫉妬心を煽ってしまうのだ。
その点で、綾乃は性格は控えめでおとなしく、美人と言うよりも可愛らしいと表現するのが似合っているタイプだ。また会話の仕方も、自分から話題を持ちかけるよりも相手の話を聞くのが上手く、周囲に警戒を抱かせない柔らかさもある。余計な会話こそ多いが、綾乃を囲む女性たちからは笑顔が絶えず、笑い声も多く聞こえてくる。
―――だが、あの様子では話が終わるまでは時間がかかりそうだな。
先ほどから綾乃が視界の端に捉えた留美へ助けを求めるような視線を送って来るけれど、手の平を振って笑顔で無視。
「そんな〜…」と無言で訴えてくるけれど、それ以上よそ見している隙を年長の女性たちが許すはずもない。再開されるにぎわしい世間話に耳を傾けて必要な情報を選びながら、留美は表情をほころばせる。
―――このあたりは昔のままなのに……無粋な輩(やから)がなんと多いことか。
漁村の中で聞き込みを始める前から、留美たちは五人の人間に監視されていた。たくやと二手に分かれたけれど、造園も合って周囲には四人の目が光っている。
―――気配も消せない腕っ節が自慢なだけの素人か……物の数ではないが、悲しいものだ。
以前、とある調査でこの村を訪れたことのある留美だが、“客人”への接し方の変わり様には落胆を禁じえない。
だが問題は、一体どこまで変わってしまったかということだ。
たんに閉鎖的になって余所者の留美たちが騒動を起こさないようにと見張っているだけなら、まだいい。そのような村は大陸中にいくつもあるし、それならそれで留美も気にはしない。……だが、村人全員に手助けしないようにと命令が下されているかのような行動の違和感がある。綾乃と話をしている女性たちも、最初は警戒感を露わにしていたが、こちらが無害で、マーマンの一件を何とかしたくて行動していると訴えることでやっと緊張を解したほどだ。
―――決定的なのは、あの蜘蛛が目を覚まさなかったことだ。
昨日、綾乃の肩に乗っていた蜘蛛のモンスター――蜜蜘蛛と言ったか――は、ベッドから転げ落ちるほどに綾乃と留美が激しくまぐわっていても、眠ったままピクリともしなかった。どんな能力があるかまでは知らないが、人の手で飼い慣らされたとは言えモンスターがそれで目を覚まさないとは考えにくい。
―――考えられるとすれば、邪魔者だからと眠り薬を飲まされたのか……
昆虫タイプのモンスター用の眠り薬は、ある程度大きな街では比較的簡単に手に入れられる。樹液に混ぜるタイプや燃やした煙で眠りに落とすなど使い方も様々だ。
いっそ毒薬の方がよいのではないかと思われるが、過去に無害な昆虫たちまで駆除してしまって生態系を崩れてしまった事例がある。まして、昆虫型モンスターは小型で数多く、そして広範囲に繁殖するケースがほとんど。それらを一斉に毒薬で駆除しようとしたために、昆虫だけでなく鳥や小動物が死に絶え、花々も色を失い、そしてついには守るべき森までもが枯れ果ててしまったのだ。
そのような事故を二度と起こさないよう、駆除用の毒薬の使用には厳重な規定が定められ、一般人への販売も原則禁じられている。代わりに眠り薬の使用が推奨され、効果が限定的なものに関しては入手も容易になったのだ。
―――だがそれも“大きな街”であるならばの話だ。冒険者ギルドはおろか医師や薬師も満足にいないこの村で、すぐに用意できるだろうか……
答えは否。村に常備していたとしても、効果範囲が狭くて使いにくい飲用の眠り薬を置いておくとは思えない。普通は燃やして使う煙タイプだ。
ではそんな扱いづらい薬をいつ、誰が、何のために準備したのか?―――そう考えると、ある面白い結論に行き着いてしまう。
「留美先生、次はマーマンに壊されたって言う建物に………あの、どうかなさったんですか?」
「ん……?」
「はう…もしかして、私がからかわれてるのを見て楽しんでたんですか? お顔が笑ってます。ひどいですよォ……」
「笑っている……?」
言われて顔に手を当てると、確かに笑っている。何も能面のように無表情と言うわけではないけれど、意識せずに込み上げる感情をそのまま顔に出してしまっていた。
「ふふ……何しろからかわれている綾乃が可愛らしかったものでな」
「や、やっぱりひどいですゥ……」
「すまないすまない。では被害のあった場所に行ってみようか」
よほど弄ばれたのだろう、披露の浮かぶ顔に涙を浮かべて恨みがましく留美を見る綾乃の肩に手を置くと、話の中にあったマーマンに壊されたと言う建物に向けて浜辺を歩き出す。
一方、心の中では推測の域を出ないはずの“とある答え”が急速に現実味を帯びていた。
―――昆虫型モンスター用の眠り薬を手に入れたのは、おそらくは冒険者ギルドや建築ギルドに依頼を出しに街へ出向いた村長だ。
これで「だれが」と「いつ」と言う二つの疑問が解消される。残るは、綾乃の護衛につけられていた蜜蜘蛛を狙い打つかのように薬を用意していた理由だけだ。ならばそれは、
―――あの村長は、たくやがこの村を訪れることを前もって予期していたのか…!?
「………なるほど。確かに壊されているな」
マーマンの被害を受けたのは漁に使う舟や網、そしてもっとも派手に壊されたのが漁の道具をしまってある倉庫だった。
壁には大きな岩を投げつけられて何箇所かに穴が開いており、ずいぶんと見透しがよくなっている。中を覗けば、収納されていた道具は滅茶苦茶にされていて、襲われた時からほとんど手付かずになっているのが見て取れた。倉庫内の地面には壁に穴を開けた岩もそのまま残されている
「えっと、倉庫は他にもあるそうですけど、壊されたのはここだけだそうです。その現場を見たって言う人はいませんでしたけど、壊される時の物音は何人もの人が聞いていて、村の男の人たちが追い払ったから、それ以上の被害は出なくて、それから…えっと……」
「同じ話を私も男集から聞いているよ。活躍をアピールしたくてずいぶんと脚色されていたがな」
特に勇ましく話してくれたのは、村の警護に参加している男だ。魚を突く銛(もり)を手にマーマンとの戦いを留美へ自慢げに語って聞かせてくれたのだが、
―――ああも嘘八百を並べていると分かってしまうと、どう反応していいか困ってしまうな。
曰く、五匹のマーマンを銛一本で追い払ったそうだが、そんな事をしなくてもマーマンなら逃げる。
マーマンは普段は水中で生活しているので、陸上での行動は得手としていない。手には水掻きが付いているので、倉庫に残されていた岩を抱えるのですらどうかと思うほど非力だ。正規の訓練を受けて装備を整えた戦士であれば、水中に引き込まれでもしない限り一対一では負けはしないだろう。
そんなマーマンたちが安住の地である水中から離れた場所で、敵である村人に襲われたのだ。しかも相手は漁で培った筋肉自慢の漁師。なかなかの強敵だ。少し走れば自分たちに有利な海があるのに、わざわざ陸で戦闘するとは到底考えられない。
―――それに、時間があまりに短すぎる。
マーマンに負けはしないと言うのは、あくまで「正規の訓練を受けて装備を整えた戦士」で、しかも「一対一」と言う条件付だ。水棲モンスターのマーマンは特異な動きで撹乱してくる事が知られており、一対五と言う状況では、物音を聞きつけて家の外に飛び出した人たちに見られる前に一人で五匹を追い返すのは至難の業だろう。
「………やはり虚言なのだろうな。マーマンに襲われたなどと」
「え……ど、どういうことですか? ウソ…って事なんですか?」
「声を落とせ。このままマーマンと遭遇して負傷したと言うものの家に向かいながら話す」
一瞬戸惑った声を出した綾乃の肩を押し、監視者たちに気取られない態度を保ちながら歩き出す。
「状況証拠がどれも疑わしすぎる。マーマンがわざわざ海底から岩を陸に運んできて投げつけると思うか? 戦ったと言うのも物音がしてから人が出てくるまでの時間の短さを考えれば、姿を見たものが他にいないのは最初から戦闘などなかったからだと考えるのが普通だ」
「でも……いたずらした子ってすぐに逃げちゃいませんか? マーマンさんたちもそれと一緒で、誰とも戦わずに逃げちゃったとか」
「む……」
まさか最初から綾乃に否定されるとは思わず、留美は口をつぐんでしまう。
「さっき話した人たち、みんなマーマンさんには怯えてました。夜になると海って真っ暗で、いつ襲ってくるか分からないからスゴく不安だって。小さな子供もいるし、見回りしてる人の中に居る旦那さんとか恋人とかが怪我しないとも限りませんし……だから私、そんな人たちがウソをついているとは思えないんです」
「………なるほどな。綾乃らしい、実に綾乃らしい」
猜疑心で目が曇っていた……それは疑いようがない。考えてみれば、村人全員が留美たちに「マーマンに襲われた」とウソをついても、何の得にもならないのだ。からかうにしても、舟や建物を壊してまですることではない。
―――では、やはり“動機”が問題だな。
マーマンが襲ってきたのが真実かどうか……仮にそれが嘘であるなら、村人が留美たちに嘘をついてまで隠す「何か」があるはずであり、嘘でないのなら、マーマンが人間の村を襲う「理由」があるはずだ。
―――嘘をついている人間はいる。だがマーマンの事は限りなく黒ではあるが虚偽だと断言は出来ない。決定的な証拠がない以上、もう少し慎重になるべきだな。
村中に疑わしい空気が蔓延しているせいで、少し思考が短絡的になっていたことを恥じ、あらゆる面から情報を整理して検証しなおす必要を再認識する。
―――しかし、マーマン“さん”に“いたずらっ子”と来たか。モンスターも綾乃の前では怖さも何もあったものじゃないな。
外見は童顔で頼りなくても、モンスターを従えているたくやと共に旅をしているのだ。モンスターと言う存在の捉え方が、一般人とは少々異なっている。そんな綾乃の一面に興味と感心とを抱いていると、
「あの……実はずっと考えていたんですけど、マーマンさんを操ってる人がいるとか考えられませんか?」
急に、そんな突拍子もない話を切り出してきた。
「なぜそう思う? モンスターは人間を襲うのが普通だと思うが?」
「えっ…と…ですね……私、フジエーダにいたんですけど、そこがモンスターの大群に襲われて……そ、それからですね……」
「どうして言葉を選ぶ?」
「ち、違うんです。先輩のことは黙っていろって……じゃなくてですね、その時にですね、悪い人がモンスターを操ってイファファファファ!」
留美の右手が綾乃の頬を摘み、引っ張る。痛みに我慢できずに引かれる方に顔を寄せるけれど、そちらは留美のいる方だ。首に手を回されて身体を抱きかかえられると、
「ヒ、ヒアアアアッ! 何で胸を揉むんですか!?」
柔らかいホッペから離れた指は、シャツと水着の上から綾乃の淡い膨らみに食い込まされた。
「今、面白い事を言ったな? フジエーダで何があった? その時、たくやが何をした? モンスターを操っていたと言ったな? 何でそのことを綾乃が知っている?」
「ひエ〜ん! 言えません、話しちゃダメなんです、許してください〜!」
「いーや、許さん。泣いても許さん。話さないのなら、綾乃の胸が晴れ上がって大きくなるまで揉み続ける」
「ダメです外です人が見てますゥ! ほ、ほら、あそこに人がいるから、だからご無体は〜〜〜!」
手の平に収まるちょうど良い大きさにちょうど良い弾力。指先でフニフニとこねればこねるほどに綾乃は村の男たちが監視しているのも知らずに初々しい反応を示してみせる。その心地よさにたまらず昨晩のことを思い出し、つい興奮が先走ってしまいそうになるが、ジタバタと振られる綾乃の手が砂浜に座り込んでいる人影を指差すと、さすがに留美も嬲る手を止めざるを得なかった。
「………見るからに村の人間ではないな。こんな暑い日に黒尽くめとは」
「そ、そうだ、あの人からもお話を聞いてみませんか? そうですね、いい考えですよね、では善を急げって言いますし……」
「あ、こら。逃げるな綾乃! 逃げても後で尋問するからな!」
留美の腕の中から逃れた綾乃は、座り込んで動こうとしない人物の方に駆け出していく。少し名残惜しい気分を味わいながら留美もそちらへと歩み寄っていくと、先に到着していた綾乃は黒ずくめの人間と同じように座り込み、その手元を覗き込んでいた。
「あ、留美先生。スゴいです、人魚の鱗だって!」
興奮した声で驚きと感動を素直に表現している綾乃に習い、留美も綾乃とは反対の側から黒ずくめの人間の前に回りこむ。すると―――
「なんですか、あなたたちは? いきなり声を掛けてくるなど不躾ではありませんか?」
黒いマントで身体を覆った黒髪の少女が、少々キツい眼差しで下から留美の事を睨みつけてきた。
年の頃は綾乃と同じぐらいか少し年下のように見える。頭の左右で髪の毛を縛っているのが彼女をより幼く見せているものの、急に綾乃が現れ、ついで留美が現れた事に対する不満を覗かせている表情には、見た目の幼さとは不釣合いなほどの意志の強さが感じられた。
そんな彼女の指先には、綾乃の言葉どおり、魚にしては大き目の鱗が一枚挟まれており、うっすらとピンク色がかった光を反射していた。
「なるほど、マーメイドの鱗だな。確かこの近くに人魚たちの生息地があったはずだ。そこからこの沖に流れ着いたのだろうな」
「………だからなんだと言うんですか。私はただ、珍しい鉱石かも知れないからと手に取っただけです」
留美の言葉に興味を抱いた様子を微塵も見せずに、黒ずくめの少女が砂浜から立ち上がる。
背は綾乃よりも低く、体つきに至っては子供そのものだ。話し方は大人びているものの、まるで背伸びをして格好をつけているようにしか見えないのだが、そんな少女は手にしていた人魚の鱗を仕舞うのでもなく、海へ投げ捨てるのでもなく、無価値だと言わんばかりに、まだ座り込んだままでいる綾乃の目の前に無造作に捨てた。
「無価値……か。ずいぶんと面白い価値観を持っているようだな。よろしければ名前を聞かせてもらえないだろうか、錬金術師殿?」
「ふん……よくわかりましたね、私の職業が」
「“鉱物”に興味を持つのは山師か鍛冶師か錬金術師とだいたい相場は決まっている。その姿で山に入り、剣を打つと言うのなら、私は素直に間違いを認めるがね」
「なるほど……論理的です。論理的すぎていささか面白みに欠けるほどですが」
けれど、少女の留美の見る目が明らかに変わった。そして綾乃を無視して留美に正対すると、それまでの態度を改めて頭を下げた。
「正体を言い当てたあなたに敬意を表し、先に名乗らせてもらいます。私の名は千里。北部域、カ=ハラ国の錬金術師です」
そう言った直後、千里はフラッ…とよろめき、海岸に倒れこんでしまった。
「熱射病だな……こんな場所で真っ黒い格好をしているからだ」
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