第十一章「賢者」06
『先輩、お待たせしました〜〜〜♪』
弘二が脱衣所の引き戸を勢いよく開け、浴場に入ってくる。
もうお終いだ……弘二に大介とエッチしているところを目撃されたら、どんな修羅場や刃傷沙汰になるかわからない。それでも大介に身体を離してもらえず、両脚を抱えられて膝が乳房に触れるほどに身体を折り曲げられた恥ずかしい体勢のまま、弘二が戸を開けた音を聞くと、あたしは身をすくめてキツく目を閉じた。
『………おかしいな。宿の人は先輩が温泉にいるって言ってたのに……誰もいないや』
―――あたしはちゃんとここにいますけど……?
そう付録もない露天風呂には隠れられる場所もなく、脱衣所から出ればあたしと大介の姿はいやでも目に入るはずだ。それなのにどうして弘二はあたしを見つけられないのか……不思議に思いながら目を開けると、
………なんで脱衣所の引き戸が開いてないの?
大介の肩越しに向けた視線の先では、天にあたしの祈りが通じたのか、弘二の姿は何処にもない。代わりに、
『何処に行ったんだろ……もしかして入れ違いになっちゃったのかな?』
―――あ、あの馬鹿、隣の女風呂に入ったの!?
弘二の声はあたしの入っている男湯ではなく、どういうわけか垣根の向こうの女湯から聞こえてきた。まあ……あたしと一緒に温泉に入ろうと思って、あっち側に行ったに違いないだろう。
おっぱいがあっておチ○チンのないあたしはどこからどう見たって女性そのものなので、女湯に入ると考えるのが普通だろう。……だからって女の園にいきなり足を踏み入れるか!? ちょっと前まで綾乃ちゃんだって入ってたのよ!? あたしだって恥ずかしいから危険を承知で男湯に入ってたって言うのに!
もしあたしが女湯に入っていて弘二が乱入してきたら……まず間違いなくショートソードでなます切りにしていたところだ。それでも、致命的な修羅場は免れた事に安堵を息を吐くと……大介の腰が快感を貪ろうとしてお湯と精液とでドロドロに濡れそぼっている蜜壷を、まだ射精の余韻の残っている半勃ちペ○スで掻き回してきた。
(んいいッ! な、なに考えてるのよ、弘二に気付かれたいの!?)
(だってよ、たくやちゃんの怯えた表情が……また良いんだからしょうがないじゃんか! なあ、もう一回だけ、いいだろ、な?)
大介が上下左右に腰を振るたびに、中出しされたばかりの精液が膣から温泉に溢れ出してしまう。グチャグチャと蜜壷を攪拌される音が胎内に響くたびに、まだオルガズムから脱しきっていないイヤらしい肉体に恍惚的な快感が駆け巡ってしまい、真上を向いた爪先を揺らしながら弘二に気付かれないよう声を押し殺して連続アクメの衝撃に打ち震えてしまう。
『あれ? 今、先輩の声がしたような……』
―――き、気付かれるゥ……気付かれてるぅ〜……! 大介にイかされてるのを、弘二に…そんな、イヤ、ダメだって…何回言ってもどうして聞いてくれないのよォォォ!!!
まだ三度目の射精には達していない大介の肉棒をヴァギナ全体ですがり付く様に締め上げながら、タップリと精液を注ぎ込まれている子宮からブジャリと濃厚な体液を逆流させてしまう。
(なあ……イってるたくやちゃんを弘二のヤツに見せ付けてやろうぜ。そしたらあいつだって二度と付きまとわなくなると思わないか?)
(い…いい加減にしてよ、この馬鹿ァ!!!)
そんなこと出来るわけ無いでしょうが!―――そう叫びたいのを必死にこらえる代わりに、あたしは大介が身体ごと腰を突き出してくる動きに合わせ、眉間のど真ん中に右ひじを突き立てた。
「んぬぐォ!?」
『ん? なんだろ、さっきのカエルが潰れた音のような悲鳴は……』
弘二はもう少し黙ってなさい!―――眉間は立派な急所の一つだ。脂肪も筋肉もないピンポイントの一撃で直接脳内に響く衝撃を受けた大介は腰の動きを止めて首を仰け反らせる。大介がひるんだその瞬間、抱え上げられていた両脚を膝から折り曲げ、背中へ踵を打ち下ろす。
「グエッ!?」
後ろに仰け反り、前へと傾いだ大介。手の三倍と言われる足の力を使えば、非力なあたしでも手痛い一撃を背中に喰らわせることが出来る。そしてその脚でそのまま大介の身体を押さえつけると、あたしは膝を開いた自分の股間へ向けて大介の頭を上から押さえつけた。
『グボガボゲボガボガボグボゲボガボ―――!!!』
『ああっ! こ、今度は溺れた河童みたいに誰かが水没する声がする!』
本当は向こうから見えてるんじゃないだろうか……そんな疑問は横へ置いておいて、ペ○スが抜け落ちた下腹を浮かせるような気持ちで両手に体重をかけ、大介の頭をお湯の中へと沈ませる。性欲と興奮が暴走している大介の頭を冷やす――と言っても、温泉では逆に茹で上がりそうだけど――には、今この瞬間しかないと、あたしも力を振り絞って暴れる大介を押さえつける。
―――とりあえず死なない程度に溺れ死ねェ!……いや、決して殺すつもりはないんだけどね?
それでも多少は犯された恨みも込めちゃってますけど……とは言え、隣の女湯には弘二がいる。垣根一枚で隔てられている男湯と女湯では、大介が溺れまいと必死にもがく音も声もまる聞こえのはずだ。大介の口を一時的にでも封じてしまえば、後はなんとか……
―――いや、あたしが裸で温泉に入ってる時点で、120%の確立で襲い掛かってくるか……
それならば一秒でも早く大介を溺れさせ、何とかこの場を切り抜けるしかない。―――だが、
『………そうか、事件は女湯じゃない、男湯で起きているんだ!』
マズい、弘二に気付かれた!……大介の抵抗が予想以上にしぶとく、ついに女湯にあたしたちが暴れていることに気付いた弘二が、女湯に声だけ残して脱衣所の扉を閉める―――おそらく浴場から飛び出したのだろう。このままでは、あと一分もしないうちに男湯に踏み込まれてしまう………はずだったのだが、
『おおおおおおおおおおっ!? こ、これはもしや先輩のパンティー!? そうか、僕の事を男湯で待っていてくれたんですね!?………クンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカァァァ〜〜〜!』
………あ、あたしの下着でなにやってるか!? あんの性犯罪者ァ!!!
すぐにでも弘二が踏み込んでくると言うあたしの予想を覆し、男湯の脱衣所から聞こえてきたのは、どう考えても下着に顔をうずめて臭いを嗅いでいるようにしか聞こえない声だ。
もしそうだとしたら……街道工事の護衛をしていた一週間、ろくにお風呂にも入れなかったし、男だらけのテント生活では下着をこまめに洗ったり干したりなど出来るはずも無い。それに南部域は今日も汗が吹き出るほどに暑く、下着にはムワッとするほど恥ずかしい臭いが染み込んでしまっている。そんな下着に弘二が鼻先どころか顔全体を押し付けているところを想像してしまうと、
―――………イ、イヤァアアアアアアアアアッ!!!
身の毛がよだつほどの羞恥心が込み上げる。背筋が震え、恥ずかしさで気が狂って涙が出そうになる……が、それがマズかった。意識が脱衣所から姿を見せない弘二へ向けてしまった事で、大介を押さえつけていた力の向きまでもが逸れてしまう。
「ブハァ! ゼッ、ハァ、な、なにすんだよ!?」
あたしの手足を振り払った大介はお湯から頭を出すなり、大きく口を開いて湯気で白く濁った空気を酸素を求める胸へと吸い込んだ。………そこへ、
―――いいからあんたは黙ってろォ!!!
あたしは右手の平を掌底のように叩き込む。一言でも大介が喋れば、あたしの羞恥心と引き換えに足止め出来てしまっている弘二がそれだけ早くこっちに来る。
―――それに元はと言えば大介、あんたが悪いんだァ!!!
少し錯乱しているのが自分でもわかる。だから多少やりすぎとは思わないでもないけれど……大介の口を塞いだ瞬間、あたしはエッチ中には呼び出せなかった魔封玉を右手の平に呼び出した。
モンスター開放の瞬間の閃光が大介の口内を埋め尽くす………そして、その直後に、
「――――――――――――――!!?」
まるで嘔吐するかの様に、大介の口の中から大量のスライムが溢れ出してきた。
「―――ッ! ―……、……ッッッ!!!」
容赦せず、ノドを下って肺の中を一気にスライムで満たす。頭を水面から出したまま瞬間的に溺れさせると、大介の目がグルッと裏返り、断続的に痙攣しながら温泉の中へ仰向けに倒れこんでいった。
『!? 今の音は……もしや!?』
―――ゲッ、マズい、弘二が踏み込んでくる! どこか隠れる場所は、ええっと、ええっと――――――
大介が本当に窒息死する前にジェルを呼び戻すと、あたしは温泉の中をぐるりと見回す。けれど何度見ようとも、シンプルな造りの浴場には、あたし一人が身を隠す場所すら何処にもない。
―――海側の岩場から飛び降りる? けど服も鎧もブーツもなしだと大怪我しそうだし……ええい、もう、どうにでもなれェ!
浴場と脱衣所を隔てる扉がガタッと小さく揺れる……その音を耳にしたあたしは、半ばやけくそ気味に、大きく息を吸ってお湯の中へ潜り込んだ。
『先輩、お待たせしました―――♪……って、なんだ、大介さんじゃないですか。温泉の中でなに寝てるんですか』
―――間一髪……弘二には見つからずに済んだみたいね……
とは言え、お湯の中に潜ったからって事態が解決したわけではない。あたしが潜水していられる時間なんて高(たか)が知れているし、それまでに何とか……って、出来るわけ無いでしょうがァ!
口を手で押さえて三十秒……漏れた空気が泡となって浮き上がって行くけれど、あたしに出来ることなんて未を丸めている事だけだ。いずれ我慢できなくなって浮き上がった所を弘二に見つかってしまうだろう。
………え〜ん、どうして神様はいっつもあたしに意地悪ばっかりィ〜〜〜!!!
そうこうしている内に、息も限界に近づいてきた。ほっぺたを膨らませても、もう潜っていられるほどの酸素はあたしの胸には残っていない。それに大きな浮き袋が二つもあるし……と、訳のわからない恨み言が頭によぎりだした時、不意にあたしの身体は何か見えないものに引き寄せられ始める。
―――ジェ、ジェル!?
お湯の中に溶け込んだかのように見えなくなっていた無色透明のスライムがあたしの体を包み込む。それで呼吸が出来ると言うわけではないけれど、引かれるがままにジェルに身を任せていると、
―――あ……垣根の下に穴!?
それは男湯と女湯の両方にお湯を行き渡らせるために垣根の下部に設けられた隙間だ。
もともと一つの大浴場のようになっている露天風呂を垣根が隔ててはいるものの、お湯が出てくる場所は男湯にはなかったので女湯側にあるのだろう。
覗き対策のためか深い位置にその穴はあり、本来なら格子か何かで塞いであるのだろうが、強酸性で金属を錆びさせるし細い木材ならへし折るだけの力を持つジェルが、その穴をあたしのために開いてくれていた。
―――……む、胸がつっかえるゥ! あわわ、お尻が浮いて……ああああああ、もう息が、息がぁぁぁ!
それでも何とかかんとか、ジェルに邪魔な膨らみを締め上げてもらったりして、あたしは弘二に見つかる前に間一髪で男湯から女湯へ移動する。
お湯を跳ね上げて体を起こし、貪るように呼吸したい衝動を必死に抑えて静かに水面から頭を出すと、大急ぎで酸素を取り込もうとする口を手で押さえ、ゆっくりと息を吸いながら男湯にいる弘二の気配を探る。
『大介さん、どうしたんですか!? ああ、白目むいて、まるでドザエモンじゃないですか!』
………じ、自業自得だから……ともあれ、た、たすかったァ……
垣根に背中を預け、温泉エッチで身体の内側にこもった熱を吐き出すようにため息をつく。そんなあたしの頭の上にお湯の中からいつもの丸々とした状態でジェルが飛び乗ってくると、ぐで〜…と垂れてくる。
―――熱に弱いのに、ありがとうね。おかげで助かったよ♪
大介を窒息させるためだけに呼んだジェルのおかげで窮地を脱せたのだ。今は感謝してもし足りないほどだ。後で冷たい冷水にタップリとひたしてあげよう……と安堵していたその時だ。
『そ、そうか。このお湯に浮いた白いヌルヌル、これでわかった……大介先輩を殺った犯人は、まだこの近くにいる!』
―――ブッ! な…なんでその白いのでわかるかな、あんたはァ!
思わず突っ込みを入れたくなるけれど、今は我慢だ。それにしたって、白いヌルヌル……膣内射精されたアソコからあふれ出した大介の精液で、どうしてあたしが垣根一枚隔てたすぐ傍の女湯にいるのがわかったんだろう?
『大介さんを殺害した犯人……それは』
バシャッとお湯を蹴立てる音が隣の男湯から聞こえてくる……いや、いやいやいや、大介死んでた!? あたしはその一線だけは越えてないわよ!? ほんのりぶっ殺してやろうかと思ったりしたけど!
大介の生死はともかく、弘二にあたしがいる事が知られているのなら、なんとしてでも逃げだなさなくてはいけない。ジェルはぐったりしてるから、バルーンを呼び出して触手責めにでもあわせようか……と危険なことを考え始めていると、
『犯人はそう、海からやってきたマーマンだったんだ!』
………なんだって?
『何処で僕たちが村に来たことを知ったんだ……クゥ、大介さんが一人でいたところを襲撃するなんて卑劣なモンスターめ!』
『ウッ……ゲホッ、ゲホッ……』
『―――ていっ!』
大介が息を吹き返した……と思った直後に、なぜか盛大な水の爆ぜる音。―――って、ちょっと待てい! 弘二、あんた今、大介にトドメをさしたでしょ!?
『ああ、お星様になった大介さん! あなたの仇はこの僕がきっと取りますから、安らかにお眠りください!』
あたしのお尻を追っかけまわしている姿しか知らないだけに、自分を主人公にするために非道な手段に出た弘二には冷や汗が止まらない。まあ、あたしへの想いも自己陶酔に近いものがあるし、弘二らしいと言えば弘二らしいのだが。
『さて……これで先輩を追いかける際の邪魔はなくなりました』
―――まだ続きあるの?
『先輩は今! 服を全部ここにおいて! 全裸でマーマンに連れ去られたに違いありません! そして複数のマーマンによってたかってイヤらしい事をされているところへ颯爽と助けに現れるボク!……ああ、なんて格好いいんだ! 先輩いけません、そんなに感謝されては……では感謝の印は今晩ボクの部屋のベッドの上で受け取ります!』
ずいぶんと自分勝手な想像だ。弘二一人でマーマンからどうやってあたしを助け出すのかわからないけれど、そもそもあたしはここにいるのだ。せいぜい自分勝手に海でも山でもあたしを助けに行きなさいという話だ。
―――むしろ、これってチャンスよね。
弘二があたしを助けに行こうとこの温泉を飛び出せば、その隙にあたしは自分の服を回収し、この場から離れられる。
絶体絶命かと思われた状況に、ようやく一筋の光明が見え始めてきた………はずだったのだけれど、不運な星に生まれついているあたしが、この程度で厄介事から逃してもらえるはずもなかった。
『マーマンは威張ってるくせに不細工で貧弱で守銭奴で女性に全然もてそうもない大介さんを先に殺ってから、美しく気高くか弱い絶世の美女の先輩をさらったに違いありません……では現場検証です。僕が向かうべきは、まずは隣の女湯で先輩の残り香を探し出すことです!』
あんたは犬かァァァ!!!………ああもう、どうしてこう突っ込みどころ満載の言動と行動しかしないのかな、弘二のヤツは!
大介の普段の気苦労の一端を垣間見たけれど、今はとりあえず見つからずにこの場を切り抜けるのが先だ。再び弘二が脱衣所へ駆け込んで行く音を聞くと、あたしはジェルを岩場に逃がしてから、大きく息を吸い込んでから再びお湯の中に身を沈めた―――
この後、他人には意味不明な弘二の推理は続き、それに合わせてあたしは男湯と女湯を何度も行き来する羽目になった。
熱めの温泉に何度も潜れば、それだけ身体にも頭にも熱がこもりやすい。いったん肌を冷まさなければ上(のぼ)せて気を失ってしまいそうになりながらも、全裸でいるところを弘二に見つかりたくない一心で、必死に姿をくらまし続ける。
『これだけ調べても大介さんの死体以外に手がかりが見つからないなんて……しまった! これはボクをこの場に足止めするための罠だったんだ!』
気を失った大介の体は、途中であたしが岩場の上に押し上げておいた。死んでないので念のため。
『クッ……卑劣な罠を使うマーマンどもめ。先輩、待っていてください。あなたがどれほどマーマンどもに凌辱されよとも僕の愛は変わることはありません。いざ、あなたの服を届けるために、愛の戦士・弘二が今すぐ参ります!』
………まあ、落ちはなんとなく読めてたけど。
脱衣所でドッタンバッタン服を着込んで外へ弘二が飛び出して行くと、肌が真っ赤になるほど上せきったあたしは這いずるように温泉から出る。そして目にしたものは、気を利かせて(?)下着一枚残さず持ち去られた空っぽの脱衣籠だった。
気がつけば、見たいと思っていた海に沈む夕日は何処にもない。あたしはお湯の中から拾ってきた手ぬぐいだけを手に、真っ暗になった温泉の脱衣所の中で、どうやって宿まで帰ろうかと火照った肌を抱きしめながら思案に暮れていた………
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