第十章「水賊」21
「本当にそれでいいの? そんな事で財宝の在り処が分かるの?」
あたしの一番身近な人物から聞かされた言葉を未だに信じられないあたしは、恵子さんも伴って言われるがままに宿の中庭に出てきてから、もう一度疑念をぶつけてみる。
「えっと……私、先輩はもう気付いてると思ってたんですけど……本当に分からないんですか?」
「でも、ゴブリンアーマーを呼び出せって……あいつらに探させようって言うの?」
「それもすぐに分かります。先輩、お願いします」
綾乃ちゃんがそう言い切るのは、ちゃんとした自信があるからなのだろう。どうせ宿屋に閉じ込められっぱなしなのだし、間違っていたとしても、何も行動しないよりはマシだ……あたしは軽く息を吐いて心を決めると、ゴブリンアーマー四体がまとめて封じ込められている魔封玉を呼び出した。
「ゴブリンアーマー、ちょっと出てきて」
狭い中庭の中央に魔封玉を放り投げると、強い光が放たれ、小柄なリビングメイルたちが姿を現し、
『たくや様、セック―――へぶはぁ!』
いきなり抱きつこうと帯びかかってきたゴブリーダーの頭部に、カウンターで蹴りを放っていた。
『ひ、ひどいやないですか! ワイらはご褒美くれるもん八尾も打て、呼び出される日を一日千秋の想いで待ってたいうのにぃ〜〜〜!』
「あのね……あたしは舞子ちゃんが捕らえられてる場所を見つけたらって、ちゃんと言っておいたでしょうが。だからご褒美は……」
綾乃ちゃんと恵子さんが見ている前で言うのは恥ずかしいけど……とりあえず、コホンと咳を一つ。
「ご褒美を上げるのはゴブハンマーだけ。ゴブランサーとゴブガーダーはそれで納得してるわよね?」
あたしが視線を向けると、それぞれ槍と盾を持つゴブリンアーマーがコクコクとうなづく。その横で、右手が巨大な鉄球になっている少し大柄のゴブハンマーが、恥らうように鉄球のトゲの先端を左手でイジイジいじっていた。
「ほら見なさい。納得してないのはあんただけよ」
『くぬぬぬぬぅ〜〜〜! やい、ゴブハンマー! ズルいやないかズルいやないか、一人だけご褒美貰うなんてズルいやないかぁ〜〜〜!!!』
いきなり駄々っ子のように地面へ転がって手足をばたつかせるゴブリーダーに、額を抑えてため息を突く。
今度はどうやってしつけようか……呼び出すたびに頭を抱えなければならないこの状況にあたしがため息をついていると、綾乃ちゃんがおもむろにゴブリーダーの傍へ屈みこんだ。
「ごめんなさい。すぐ済むから兜をはずさせてくださいね」
『ハウ、頭がァ!―――ハヌオッ!?』
どうせ頭が取れたからって死にはしないのだけれど、大げさに驚くゴブリーダーの股間を、とりあえず踏んづける。途端に手足を空へ向けて突っ張らせて痙攣するゴブリーダーは放っておいて綾乃ちゃんを促すと、
「それじゃちょっと失礼して……んしょっと」
なぜか、綾乃ちゃんはゴブリーダーの首から空洞になっている胴体の中へ手を差し入れた。
そして引き抜かれた手には、
「………先輩、ありました。財宝ってこの事でしょう?」
「なっ………!?」
黄金色に輝く金貨、色とりどりの宝石に、緻密な細工の施されたネックレス……それはまさに、財宝と呼ぶにふさわしいものが手の平いっぱいに握り締められていた。
「ちょ……ちょっとゴブリーダー、あんた、逆立ちして見せなさい!」
「あわわわわ、たくや君ストップ、先に下に何か敷いてからの方が。待ってて、すぐに借りてくるから!」
慌てて宿屋の中へもどって言った恵子さんが大きな風呂敷を借りてくると、それを地面に広げ、あたしはその上でゴブリーダの両足を掴んで……
「ふ、ふぬっ!」
―――も、持ち上がらない……!
小柄な体からは想像もできないほどの重たさに、あたし一人の力では持ち上げられなかった。
「ええい、そうまでして抵抗するか。だったらこちらにも方法ってものがあるんだからね!」
すぐさま怪力のシワンスクナとオークを呼び出すと、あたしの代わりにゴブリーダーを逆さま宙吊りにさせ、激しく上下に揺さぶらせる。
『あ、あ、やめて、出る、出てしまう、あ、ダメ…ああぁ〜〜〜〜〜〜!!!』
「ええい、まぎらわしい声を出すな!」
初心な綾乃ちゃんが赤面するような声を出したので、反省しろとの意味も込めて、ゴブリーダーの鎧の胴体を蹴りつける。すると下を向いた胴体の口、兜をはずされた首の部分から、滝のように金銀財宝が滝のように音を立てて溢れ落ちてきた。
「こ…こんなにお腹の中に……!?」
重いはずだ……小さな体の中にどうやって入っていたのか分からないほどに、布の上には金貨や宝石が山のように積み上げられた。おそらく、これだけあれば一生働かずに遊んで暮らせるだけの額はある。
「………スクナ、オーク、金貨の一枚も残さないように、その馬鹿鎧をよ〜く上下にシェイクしておいてちょうだい。それから!」
ガクガクガクガクとゆすぶられて『んぬぉおおおおおおっ!』と声を上げている馬鹿はひとまず置いておく。
あたしが残った三体のゴブリンアーマーへ視線を向けると、一応リーダーであるゴブリーダーへの仕打ちにガタガタと震えて怯えていた。あたしは努めて顔に微笑みを浮かべると、優しく語りかけた。
「みんなはどうしたい?」
手にはゴブリーダーの落としたロングソード。笑顔を決して崩さずに切っ先を地面に突きたて、ニッコリと首を傾げると、
『ハハハハハイィィィ! 出します、すぐに出しますからぁ!!!』
『悪いのは金なんや、金がワイらを誘惑したんや〜〜〜!!!』
『ハンマハンマハンマ――――――!!!』
―――うん、よしよし。自主的に提出し始めた。偉いわよ、あたしを犯罪者にしたく無いって思ってくれてるのね♪
これまで一言も胎内に財宝を隠している事を喋らなかったゴブリンアーマーたちが、先を競って止め具をはずして鎧の胴体を開き、眩いばかりに輝く金貨を体の内側から布の上へとひっくり返していく。
「それにしてもスゴい量……これだけあったら国一つが買えちゃいそうね」
財宝の山の裾野は既に布の外にまではみ出している。それだけの量をジャラジャラ音を響かせて人目も多少ある中庭で山積みにしているのだ。宿屋を囲む柵に一人二人と何事かと野次馬が集まり始めており、大騒動になるのは時間の問題のように思えた。
「恵子さん、騎士の人たちを呼んできてくれませんか? この財宝の山、宿屋の中に運び入れた方が……」
「そ、そうだね。ちょっと待ってて。寝てる二人を起こしてくるから!」
まぁ……既に二人ほど人の手が増えたぐらいでは運びきれない量になっているのだけれど。いくら四体もいるからと言って、体内が異次元にでも繋がっていなければ収納するのが無理だとさえ思えるほどの金銀財宝の量に呆れるのと同時に、少〜し、やっぱり残念に思ってしまう気持ちがあった。
「そういえば綾乃ちゃん、何でこいつ等のお腹の中に財宝が入ってるって知ってたの?」
あたしが疑問を放つと、綾乃ちゃんは役に立てた事が嬉しいのか、ちょっぴり赤らめた顔にぎこちない笑みを浮かべて、
「気付いたのは、鎧さんたちが船の床を踏み抜いて落ちていった時です」
―――ああ、佐野と船の中で対峙してた時……
「鉄の鎧なんだから重たいのは確かなんですけど、それでも、んっ…しょっと」
既に財宝を出し終え、足を一本はずして逆さまに振っていたゴブランサーを両手で抱え、持ち上げてみせる。
「ほら。中身は空っぽなんだから見た目ほどは重たくないんです。私でも何とか持ち上げられるぐらいだから、床を踏み抜けるはずないんですよ」
「なるほどね……言われてみれば納得できるけど、戦ってる最中に、よくそんなところまで観察できたね」
「私はあの時、何も出来なくて先輩に逃がしてもらっただけでしたし。その……何度も思い出してたんです。今度はあんな事があっても、ちゃんと先輩のお役に立てるようにって」
「………うん、綾乃ちゃん、偉い」
確かに今回はあまり活躍できなかった綾乃ちゃんだけれど、その心意気にあたしは頭を撫でてあげる。髪の毛を少しクシャクシャとかき乱してしまうけれど、綾乃ちゃんも嬉しそう……と言うか気持ちよさそうに赤らめた顔をほころばせる。
「でも、これで先輩の疑いは晴れるんですよね。そうしたら、この街からまた……」
「ん……そだね。何やかやとあって長逗留になったけど、また次の街へ向かわなきゃね」
あまり旅慣れしていないせいか、いざ旅立つ事を決めると、滞在した分だけの寂しさが込み上げてくる。……もっとも、街で待機していた時間の長い綾乃ちゃんと違って、あたしはこの街ではひどい目にしか会っていないのだけれど……
「行くと決めたら早い方がいいかな。よし、明日の早朝出発と言う事で」
「え……あ、明日ですか!?」
髪の毛を手串で簡単に直していた綾乃ちゃんが驚いた顔であたしを見上げてくるけれど、こちらは決定を変更するつもりはない。
「とゆーわけで綾乃ちゃん、宿から出られないあたしの代わりに今から消耗品の買出しをお願いね。ポーションとかかなり使っちゃったし」
「ええっと……はい、何とかしてみます。でも先輩、あの……」
綾乃ちゃんの視線が、あたしからはずれ、中庭から見上げられる二階の窓へと向けられる。
その部屋のカーテンはキッチリと閉められており、しかも下からでは中の様子はうかがい知れない。けれど、あたしがつられて顔を上げれば、ガラス窓も閉じられているのに、その向こう側で分厚いカーテンが波を打つ。
「あっちは宿にいなきゃいけないあたしの仕事。さ、綾乃ちゃんは自分の仕事をキッチリとね」
「………わかりました。先輩、頑張ってくださいね」
言葉に綾乃ちゃんが抱えている心配を感じると、あたしは笑顔で答える。
「まっかせといて。先輩らしいところを見せてあげるから♪」
親指を立てて見せると、綾乃ちゃんの少し暗くなっていた表情にも笑顔が浮かぶ。……ただ、どこか寂しげに見えたのは気のせいだろか。
「さて……と」
隣りでジャラジャラと財宝を積み上げて行く音を聞きながら綾乃ちゃんの立ち去って行く背中を見つめていたあたしは、地面に突き立てていたロングソードを引き抜いた。
「―――ていっ」
そして、今なお逆さづり状態のゴブリーダーの股間へと振り下ろす。
『ハおうォオォォォン!!!』
声と胎内で反響した音とが混ざり合って、微妙な叫び声が出るのと同時に、下を向いた首の穴から宝石が五つほど落ちてきた。
「いいわね。一枚の金貨、一個の宝石でもネコババしてたら契約破棄して捨てちゃうからね。全員肝に銘じておきなさい!」
あたしがキツく言うと、股間強打で意識を失ったゴブリーダを目にした残りのゴブリンアーマーたちが一斉にコクコクとうなずいた。
「それじゃあたしは行くところがあるから離れるけど、恵子さんが戻ってきたら言う事を聞いて、おとなしくしててね」
もっとも、騎士団の人たちがこれだけのモンスターを見たら、どういう行動を取るのか分からないけれど……ともあれ、この場の事を一番真面目そうな鬼神シワンスクナに任せると、あたしは宿の中に戻り、一度食堂に戻ってから客室の並ぶ二階へと上がって行った。
―――美里さんと恵子さんの部屋は二階か。でもって、ここが……
目的の部屋の前に立つと、あたしはコンコンコンと三回ノック。室内から反応はないけれど、中にいるのは知ってるので、軽く息を吸ってから呼びかけた。
「舞子ちゃん、あたし、たくや。ちょっとお話したいんだけどダメかな?」
それでも、室内から舞子ちゃんの返事は返ってこない。試しにドアノブを回してみるけれど、鍵がかかっていて扉は開く気配を見せなかった。
―――さて、どうしたものか……
決して舞子ちゃんの事を後回しにしていたわけではないのだけれど、連日の取調べで疲れ果てていたあたしでは、根気よく舞子ちゃんに呼びかけることができずにいた。結果としては、やっぱり後回しにしてしまった形ではあるけれど、街を明日出ると決めた以上、この問題を後回しにする事も出来なかった。
「舞子ちゃ〜ん、開けて〜、今日は天気もいいからお外が気持ちいいよ〜♪」
手を変えて改めて呼びかけてみるけれど、それでも反応は一切なし。こうなれば……
「―――よし、鍵穴から覗こう」
女の子の室内を覗く……ちょっぴりドキドキの行為だけれど、緊急事態と言う事で許してもらおう。
もっとも、わざと部屋の中に聞かれるように大きな声で言ったので、閉じこもっている舞子ちゃんにも当然聞こえている。あたしが屈みこんでドアノブの傍の鍵穴に眼を近づけるよりも先に、バタバタと扉に駆け寄ってきた誰かの手が穴を塞ぐ方が早かった。
「舞子ちゃん、やっぱりいるし、起きてるじゃない。じゃあ………」
ドア越しに感じる舞子ちゃんの気配を少しでも感じたくて、ドアにそっと手を触れる。
そしてあたしはことさら悲しそうな顔で俯き、暗い声で、
「無視、してるんだ……そっか、あたしの事が嫌いになっちゃったんだね」
―――ガタッ
反応あり。よしよし、こっち方面で責めてみるか。
「ごめん……そうよね。当然だよね。あたしが今回の事件に舞子ちゃんを巻き込んだようなもんだもんね。嫌われて……当然だよね……」
こんな芝居はいつ以来……てか、娼館で男性客に芝居した事あったっけ。我ながら嫌な経験だな……
「実はね、あたし、明日この街を出るんだ。だからその前に舞子ちゃんとお話したいなって思ったんだけど……」
ドアに触れる指先から、ジッと扉に張り付いている舞子ちゃんの気配を感じる。……よし、もう一押し。ダメならダメで、ジェルに鍵を溶かさせて強行突破するという手もあるんだし。
「顔を会わせたくないんじゃ仕方ないか……あはは、ホント、あたしってば舞子ちゃんの気持ちも考えずに何やってるんだろ。ただ……謝りたかっただけなんだ。本当にゴメン……じゃあ」
別れの言葉を告げると、あたしはその場で小さく足踏みをする。キシキシと床を軋ませ、少しずつ、少しず〜つその音が小さくなるように足踏みを弱め、最後に息を潜めて足を止めると、待つこと数秒―――
「お姉様、待って!」
舞子ちゃんがガチャガチャと落ち着きのない手つきで急いで鍵を開ける。そして勢いよく部屋の扉を開け放つと、立ち去った(様に思わせた)あたしを追いかけて勢いよく飛び出してきた。
「や、綾乃ちゃん。待ってたよ♪」
あたしが小さく右手を上げて挨拶した瞬間、目じりに涙を浮かべていた舞子ちゃんの表情が固まった。焦りに驚きが加わり、状況についていけなくて理解力が失われ、事前にしようと思っていた行動の意味も失う。
いわゆる、思考の空白に陥った瞬間だ。……が、頭の中が止まっても、一歩目を踏み出している身体は慣性に従い、そのまま部屋を飛び出してくる。それを両手を広げて受け止めると、舞子ちゃんと視線を合わせて一言。
「今日はいい天気だよ」
ポンッと手の平を頭に乗せてあげると、ポカンとした顔のまま固まっていた舞子ちゃんの表情が険しく歪む。眉は跳ね上がり、ほっぺたは膨らんで………あ、これはマズい。
「お…お姉様のうそつきぃ〜〜〜!!!」
―――はい、ウソついてゴメンなさい。
舞子ちゃんのお怒りはごもっともである。ここは言い訳せずに、舞子ちゃんに叱られるにまかされます。
ただ―――久しぶりに聞く声に嬉しさを隠しきれていないと思うのは、あたしの勝手な思い込みなのだろうか?
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