第十章「水賊」10


「―――さて、今の意味を例えるならば、さしずめ囚われの姫君と言うところかね?」
 暗い洞窟だった。
 空気は冷たく多量の水分を含み、床以外平らに均(なら)されていない岩肌は常に黒く湿っている。ランプの明かりは岩肌から跳ね返ることはほとんどない。太陽の光の下とも、嵐が吹き荒れる暗い夜の大河とも異なる静けさと冷たさを湛えた背筋の冷たくなるような空間で、佐野は唇の端を吊り上げたまま、メガネを指先でクイッと押し上げた。
「しかし、キミは美しい……ボクが戦いの興奮に侵されていなければ、手荒な真似はせずにお連れしたものを。あなたのような美女を傷つけてしまった事を詫びておかなければいけませんね」
 佐野の前には頑丈な鉄格子がはめ込まれていて、岩肌の窪みは牢屋と言う空間へ作りかえられていた。天井や壁には手枷の付いた鎖が垂れ下がり、そして今、洞窟の暗闇にあって眩いばかりの白い下着に身を包んだ女性が左右の手首を拘束され、吊り上げられていた。
 体つきは決してグラマーではないが、均整の取れた身体は発育途上ながら十分に美しく、それゆえに男の劣情を刺激する。両腕を真上へ吊り上げられているため乳房の膨らみは上下に引き伸ばされているが、肘から脇、そして乳房へと続くラインは普段では露わにする機会が少ないだけに、色が白く、そして見つめられるだけで羞恥心が刺激されてしまい、隠せないと理解していながら必死になって身をよじってしまう。
 そして、透き通るような肌よりも白く、宝石のように赤いランプの光を照り返す下着がその乳房を包み込んでいる。肩を露出するドレスを着る為のストラップレスのブラ、ウエストを締めるコルセット、ガーターベルトにストッキング、そして淡く膨らむ股間に切れ込むショーツ。微妙に異なるそれぞれの素材が持つ白の色合いが、一見するだけではわからない微妙にして奥の深い変化を産み、それだけでも純白のドレスに劣らない光彩を放っている。……だが、どれだけ魅力的な下着やドレスを身にまとっていたとしても、まるで蛇を前にしているようなおぞましさは押さえ込むことは出来ない。
 身体を揺すり、鎖を鳴らし、恥辱を堪えながらそれでも抗い続ける。―――その行為が無駄としか見えていない佐野は、唇をネットリと舐め回し、歪めた唇の両端をますます吊り上げていく。
「あなたの力ではその鎖は絶対に外れませんよ。もっとも……恥らえば恥らうほど、ボクが厳選したその下着で彩られた君の姿がボクの目を楽しませてくれるけれどね。ククク……」
 格子越しに佐野がくぐもった笑い声を漏らすと、吊り上げられた少女は顔を真っ赤に染め上げ、男性の目に晒される恥ずかしさと嫌悪感に唇を噛んで耐え忍ぶ。顔を佐野から背けて辱めの時間が一秒でも早く過ぎ去る事を切望するけれど、佐野の言葉が耳に届くたびに怯えて震え、今にも泣き出しそうな表情を浮かべてしまう。
「怯えなくても構いませんよ。僕は女性を傷つけるような真似はしない紳士ですから。むしろあなたとはより親密になりたいぐらいですよ、舞子さん……でしたね?」
「………ま…舞子の名前を…気安く呼ばないでください……」
 震える声で、そうつぶやく。もし普段であれば男性に向けて口を開く事なんてまずないのだが、佐野に名前を呼ばれるだけで吐き気が込み上げるほどの不快感を感じてしまい、涙の溜まった瞳を見開くとまっすぐに睨みつけた。
「おやおや。そのような姿でも未だ気丈に振舞えるとは。これも予想外ですね。ククク……」
「…………………」
 笑う佐野を舞子は唇を引き結んで無視する。
 何度も枷から引き抜こうと力を加えた手首は内出血を起こしている。それでも舞子は体重と腕の力を総動員して鎖を引き、手首を捻る。まるで自分の手首を落としてでもここから逃げ出そうとする行為に、佐野は無視された屈辱すら感じなくなるほどの急速な昂ぶりを覚えていた。
「―――気になりますか、彼女のことが」
 確信を持って放った一言は、予想通りに舞子の動きをピタリと止めさせる。
「……………ッ!」
「おお、これは恐い。僕は親切に教えてあげよとしているだけですよ。君が最も気にしているであろう事を」
 “彼女”とはもちろん、舞子が逃がそうとして敵わず、荒れ狂う大河に落ちたたくやのことだ。
 人質として水賊のアジトへ連れてこられた舞子には、たくやの安否を知る術は何一つない。高レベルの魔法使いであれば吊られた状態でも手段はあるが、乗船の際にたくやが触れ込んだ「魔法使い」であると言う言葉は、嘘偽りであり、唯一の力である竜玉と竜鱗は佐野の封印魔術で封じられ、この場にはない。
 今の舞子がたくやにできることは一つしかない。
 ―――祈ることである。
「………ま、舞子は、お姉さまを苛めたあなたの言うことなんて聞かないもん……」
 舞子が男性とこれだけ喋るのは珍しい。……だが、その言葉は不安の裏返しだとも言えた。
「そうかね? 聞いておいた方がいいと思うよ。なぜなら彼女は―――」
 佐野はそこで言葉を区切り、鉄格子に顔を寄せる。
 舞子は「聞かない」と言いながらも、佐野の言葉を無視できずにいる。中断された言葉がたくやの安否に関わる言葉であると匂わせるだけで、怯えた子犬のような目を佐野へチラチラと向ける。
 ―――壊してしまいたくなるな。
 暗い衝動をひとまず押さえ込み、舞子に可能な限り顔を寄せる。そして―――
「―――死んだよ。先ほどこの洞窟の傍に流されてきた」
「え………」
「溺死だよ。この嵐の中、いきなり河へ突き落とされたんだ。生きていると思う方が不思議だよ」
「う…嘘です!」
 佐野の言葉を反射的に否定する舞子だが、その表情は強張り、血の気が徐々に薄れていく。
 佐野の言葉はもちろん嘘である。佐野自身も魔王でありエクスチェンジャーでもあるたくやが、河に落ちた程度で死んだとは思っていない。―――だが舞子は違った。嘘だと信じ込もうとしても、確信を得るには至らない。
 不安は胸を締め付け、正常な判断を損なわせる。急激なストレスで呼吸は浅くなり、喋ろうとしても唇は震え、まともに言葉を紡ぐ事が出来ずにいる。次第に頭を振る力は弱くなり、首が俯きを得て、虚ろな色を帯びた視線が床を向いていく様をじっくりと観賞した佐野は、ローブの舌でペ○スが勃起していくのを感じながら、興奮して乾いた唇をゆっくりと舐めまわす。
「僕はこの目で確認したよ。まさかあれほどボクに抗い続けた彼女が、最後には水死だよ。溺死だよ。―――そして、彼女を突き落としたのは、誰だったかな?」
 小さく……けれど強く、舞子の体に震えが走るのを佐野は見た。
 原因は水賊や佐野にあるのかもしれないけれど、たくやが死んだとすれば、直接の原因は舞子に他ならない。佐野に追い詰められたあの場でたくやを逃がすには他に方法が無く、下に落ちても大丈夫だとたくやが保証していても、たくやを突き飛ばしたのは舞子なのだ。
「お姉さまを……舞子が………」
 舞子の唇から漏れた言葉はあまりに弱々しく、近くにいた佐野でさえ聞き取れない。けれど、口に出し、言葉にし、その意味を口の中でゆっくりと噛み締めてしまうと、舞子の瞳からは完全に意思がなくなり、その細い身体がガックリと崩れ落ちた。手枷をつけられた手首に体重がかかり、両手をまっすぐ上に向けたまま首が一度後ろへ仰け反る。そして両腕の間を頭が通るときに佐野と視線が合ったのに、その邪悪な笑みから虚言である事を見抜けず、ガックリと頭を垂れてしまう。
「舞子が……そんな……お姉…様を……舞子が……いや……お姉様ぁ………」
 ―――今にも射精してしまいそうだ。
 純白の下着に包まれた舞子の意思が次第に崩れていくのを見つめながら、佐野のペ○スは痛みを感じるほどに膨れ上がり、先端から先走りを溢れさせていた。
 これからたっぷりと犯すだけで、舞子は佐野だけの従順な人形になるだろう。精神的な弱さを枷に、望まれるがままに犯されるだけの性奴隷になるのだ。
 ―――だが、楽しむ前にもっと追い詰めておかないとなぁ……
 今の想像の中で最悪の状況……それはただの人形となった舞子が生きていたたくやと再会し、活力を取り戻すことだ。
 ならばどうすればいいか?
 仮にたくやが生きていて、舞子を助けに来たとしても、舞子からそれを拒ませればいい。かすかな希望すらも摘み取り、たくやの傍にいられないほど汚れたのだと徹底的に思い込ませればいい。
 佐野は、いずれたくやはここに辿り着くと踏んでいる。だがそれはあくまで数日後の事だ。
 自在に魔王の力が使えるのならば、フジエーダでの戦いの時のように空を飛べばよかった。それをせずに舞子をこちらの手にみすみす渡したという事は、力の制御ができていないと言う事実を表している。
 だから今すぐに、舞子を堕とさなければいけない……例え目の前にたくやが現われても、佐野の声しか聞こえないぐらいに、完全に壊してしまわなければならない。
「………君は、信じているのではなかったのかね?」
 鉄格子の隙間から首を突き出して語りかけると、舞子は少しだけ体を震わせた。
「ボクの言葉を信じず、彼女が生きていると信じるのではなかったのかね?」
 口に含んだ笑いを織り交ぜながら言葉を紡ぐ。
「どんなに奇麗事を並べようと、君も思っているのだろう? 彼女は死んだ。キミのお姉様は君自身が殺したのだと。そうなのだろう?」
「………そ…そんな…こと……」
 舞子が声を絞り出す……それこそが、奪い去るべき舞子の力と意思だ。佐野はそう確信を得ると、袂の広いローブの袖を地面へ向け、ボトリと、一匹の魔蟲を落とした。
「ならば信じたまえ。君が信じるものを最後まで―――もっとも、その時が来たとしても、キミの“お姉様”は君を愛してくれるかな?」
「ぇ……や、やあァ!」
 鉄格子の隙間を抜け、白くブヨブヨとした魔蟲が舞子の足元へ這いずっていく。芋虫と言うにはあまりに不恰好なそれは不規則な蠢動を繰り返し、岩がむき出しになっている牢屋の床にネットリとした輝きを放つ粘液の跡を付け、怯えて慌てて脚に力を入れようとする舞子ににじり寄り、その足首にグチョッと音を立てて絡みついた。
「ッ―――――――――!!!」
「なかなかに不気味だろう? さすがのボクも工房無しでは魔蟲を作り出すことはいささか難しくてね。あまり上手にできたとは言えないが……女性を辱める淫蟲(バグ)としてはなかなかのものだと自負しているよ」
 足首からふくらはぎ、膝へと、舞子の肌が透けて見えるストッキングに包まれた左右の足を同時に舐め上げながら淫蟲は風船のように膨らんでいく。胴体の裏にはぬめった液体に覆われたイボのような無数の“足”を持ち、未成熟な足のラインを這いずり回る感触は百を超える軟体生物に一斉に這い回られているようなものだ。生理的に、そして感覚的に、おぞましさと恥ずかしさで舞子が身をよじると、悦ぶかのように淫蟲はゼリーのようにフルフルと膨張した体を震わせ、きめ細かい肌をした太股へと身をよじ上げていく。
「いやぁあああぁぁぁ!!! はな、離れて、いや、お姉様助けて、お姉様ぁぁぁ!!!」
「君は助けが来るまで何もされないと思っているのかい? いつ来ると思う? 明日かい? 一週間? 一ヶ月? 一年? イヤイヤ、一生来ないかも知れないんだよ、君が生きていると信じているお姉様は―――だが安心したまえ。その淫蟲は犯すことだけはしない。君はいつまで経っても純潔のままだよ、どれだけ汚されようとも」
 ―――そう、君の純潔を壊すのは、このボクなのだから。
「だから祈りたまえ。君の信じる人が一分一秒でも早く助けに来てくれるのを。来ると信じて淫蟲に身を捧げたまえ。その間だけは、君は綺麗なままでいられるのだからね」
「お…お姉様……いや…いやぁ………!」
 瞳に涙を浮かべながら舞子が身をよじるけれど、抱えるというよりも両脚を包み込むように膨張した淫蟲からは逃れられない。無数の“足”が触り心地のよい白のストッキングへ絡み付いては敏感な太股内側の肌を舐め回すと、整った舞子の美貌にゆがみ、羞恥の色が浮かぶ。“足”が這った後には糸を引くほど粘り気の強い白濁液が塗りつけられ、グチャリ…グチャリ…と足元から音が響くたびにバランスを崩したまま吊られている舞子の体が不規則に揺れ、背中にかかる髪が頼りなく左右へ揺れる。
「もうヤダ……ま、舞子から離れて……ウッ…そんなこと……しないでぇ………」
 佐野を拒み、たくやを案じ、そしてたくやの死を聞かされて絶望に落ちていた表情が力なく震え、涙を流す。
 それを見て佐野がノドを鳴らして口内に溜まった唾を飲み下しているとも知らず、気力をなくして淫蟲の責め苦に身を委ねるしかない。膨張を繰り返して不気味な白い肉塊と化した淫蟲は次第に抵抗の力を弱めつつある少女を無抵抗に身を委ねていると判断すると、頭をもたげるように、肉塊の頭頂部にあたる部分をめくり、裏返す。
「ヒッ―――――――――!?」
 悲鳴を上げようとした舞子の声が途中で詰まる。
 淫蟲が見せた裏側には、人間とも動物とも虫ともまったく異なる“足”が並んでいた。例えるなら、極短サイズのミミズがびっしり生えているようなもので、一本一本が独立して蠢き、白く濁る粘液を滴らせていた。
 その不気味な、とても生物とは思えない淫蟲の裏面の形状に泣くこともできず嗚咽を漏らす舞子。まるでご馳走を目の前にして溢れさせる涎のように床にまで垂れ落ちるほど粘液を裏面から滲み出させた淫蟲は、振り上げたヒダが戻ろうとする勢いを利用して身を延ばし、白い下着に包まれた舞子の股間へビシャリとへばりついた。
「いやぁあああぁぁぁ!!! 取って、イヤ、ヤダァァァアアアアアアッ!!!」
 聞くものの心を締め付けるような悲痛な叫び……だが、佐野にとっては興奮を昂ぶらせる喘ぎ声となんら変わりはない。下着の上から股間を擦られ、抉られ、卑猥な音を響かせながらこね回され、舞子は震える唇を噛み締める事もできずに石牢に響き渡る盛大な悲鳴を迸らせてしまう。
 淫蟲は上から下に、下から上にと肉ヒダを擦りつけると、短い“足”を下着の端に引っ掛けて巻き込んでいく。往復を繰り返すほど下着を掴む“足”の数は増え、宝石同様の美しさを誇る布地を無残に引きちぎり、未だキュッと窄まり一本の線と化している花弁へ一斉に殺到し始める。
「くっ……ううゥ……いやぁ……お姉様……や…やァァァ………!」
 後ろへバランスを崩しているため、半ば股間を突き出すような姿勢から動く事もままならない。まるでミルクのような粘液を垂らしながら感覚は、十人がかりで秘所を嘗め回されてしまうよりも淫靡である。ブルッと体を震わせた舞子の乳房はピンク色の先端を揺らすほど大きく弾み、無意識にたくやの指になぞられたときの快感と淫蟲の這いずり回る感触とを比較し、同化させようとしている自分に気付くと、涙を払うように首を振って正気を保つ。けれど一面に絨毯のように肉芽を持つ淫蟲が蠢くたびに、ふやけ出した花弁がヒクヒクと震えて口を開きそうになり、一瞬でも気を抜けば淫裂を割り開いて膣口にまで触れられてしまいそうだった。
「お姉ェ…さまァ……ヒック…舞子は…舞子は……ヒウッ! やッ……そこは……そこは……お姉様のものなのォ〜〜〜!!!」
 ついに強引に淫裂が割り開かれ、内側の粘膜に“足”が触れる。たくやにしかふれられたことのない場所を不気味な生物に蹂躙される悔しさと恥ずかしさとおぞましさで舞子は何度も頭を振るが、白くドロドロに汚された下腹部にビクッビクッと痙攣が走り、舞子自身も気付かぬうちに膣の奥から濃密な淫蜜が滴り、股間を濡らす手助けをしてしまっていた。
 ―――そろそろか。
 羞恥に歪む舞子の表情を見つめながら、鉄格子の隙間から飛び出しているローブの股間部分を押さえつける。
 あと少し……このままならば舞子がショックで失禁するのも、はたまた絶頂を迎えさせてたくやへの愛を崩壊させるのも、時間の問題であり、どちらであってもそれで舞子は佐野の思うがままだ。辱めと割り切れないほど思い込みの強い舞子を口八丁で貶め、自分の分身で処女を散らせるかと想像するだけで、握り締めた自身のロッドが脈打ち、熱い精を打ち放ってしまいそうになる。
 ―――キミが彼女と再会したときの顔が見ものだよ……!
 黒い欲情に身を委ね、今や遅しと佐野は舞子の心が折れる瞬間を待ち続ける。……と、その時、佐野のローブの袖に穴が開き、そこから落ちた丸いものが真下にあった佐野の爪先へ直撃した。
「―――――――――――――――――――――――――ッッッ!!!」
 たいして重いわけでも硬いわけでもない。取るに足らない衝撃だったはずなのに、まるで拳骨を振り下ろされたような痛みが走り、佐野はその場で飛び上がった。
「な、何が起こったというのだ、一体!?」
 舞子に集中するあまり自分のローブから何かが落ちたのだと気付かずに、佐野が涙目になって辺りを見回す。そして―――
「あ………そ…れ………」
 佐野が落としたものは舞子が先に見つけた。そして地面を転がり、牢屋の中へ入ってきたものを見て、舞子の表情に力が戻っていく。
 白い紙を張り合わせてできた丸い玉だった。―――同時に、その中心に魔物を呼び出す魔封玉が入っていることも、封印の様子をすぐ傍で目にしていた舞子は知っている。
 それが今、表面を覆う白い封印帯には黒いこげ跡が付いていた。……正しくは、そのこげ跡は広がっている。淫蟲に責められてくる移送になっている舞子の目で見ても明らかなほどに、白い玉は徐々に黒い部分を増やし、焦げ臭いにおいを漂わせている。
 内側から燃えているのだと言うのはわかるけれど、それがどうしてかはわからない。股間を嬲られながら舞子が佐野のローブの袖へ目をやると、ぽっかりと玉が転げ落ちた場所には穴が空いていて、そこからまた一つ、また一つと、魔封玉を封じ込めた球体がこげている分も合わせて四つ転がり落ちてくる。そしてそれらはみな、佐野ではなく舞子のいる牢屋の中へと転がってくる。
「………お姉様は、生きてます」
 まるで励ましてくれているようだ……と、舞子は涙に濡れた顔を佐野へまっすぐ向け、言い放った。
「あなたがなんと言おうと、舞子はお姉様が生きてるって決めました。どんな辱めにも……たとえ舞子が汚されたって、あなたには屈したりしません!」
「なっ………!」
 ―――確信を得た……と言うわけではなさそうだ。
 佐野の判断に間違いはなく、「決めた」と言う言葉がそう思い込もうとする強い自己暗示なのだと冷静に分析もできている。それゆえに、舞子が堕ちる時期が遅くなることも、佐野は歯軋りしながら理解してしまう。
 そしてもう一つ。魔封玉が一つとは言え燃え出したと言うことは、たくやが近づいている事を意味する可能性がある。佐野にとっては幸いなことに、その事に気付いているのは佐野一人だけだった
 ―――では、どうした方が得策なのか……
 まともに正面からぶつかっては、エクスチェンジャーとして運命を味方に付けるたくやに逆転される恐れがある。そして意思を強く持った舞子を堕としてしまうのにどれだけの時間が必要なのかわからなくなってきている。
 ―――ならば時間を稼ぎ、万全の体制を整えるべきだ。
 それを弱気ととる人間もいるだろうが、全てを失った佐野にはもう後がない。
 慎重に、そして確実に勝利を得る為に何が必要なのかを考えて結論を出した佐野は、鉄格子の扉の鍵へと手を伸ばした。


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