第十章「水賊」11
「―――ぷぅ。あ〜…やっと水から上がれたわ」
船から落っことされ、長〜く長〜く水にもぐり続けていたあたしがようやく水面から頭を出せたのは、暗〜い暗〜い洞窟の中だった。
魔封玉との魔力の繋がりを頼りに連れ去られた舞子ちゃんを追ってきたのはいいけれど、何箇所も枝分かれして複雑に入り組んでいる支流を行ったり来たりで、
―――しかも入り口を幻影魔法でカモフラージュした……か。船もあるし、ここが水賊のアジトで間違いなさそうね。
かなり大掛かりな幻術結界が張られていて、外からではここに洞窟があると気付く人はいないだろう。水中に潜って大型結界の基礎となる要石(かなめいし)を見つけられたのも、あたしと魔封玉のつながりがあったればこそだ。
幻術結界は見た目こそ覆い隠せるものの、そこに実際に覆う岩肌はない。結界の存在に気付きさえすれば後は泳いででも通り抜けられるので、侵入は容易だった。ただ……洞窟の内部が想像していたよりも何倍も広いことに驚きを覚え、視線を天井に向けてしばし呆然としてしまう。
―――桟橋とか、明らかに人の手が入ってる……しかも魔法を使って削ったって感じね。
あたしが乗せられた大型の船がすっぽりと納まるほどの天井の高さと横幅の洞窟内部は、もう洞窟と言っていいのか迷ってしまうほどの広さがある。実際にあの船で細く複雑に入り組んだ支流を登ってくるのは不可能だろうけれど、何層もの小船の他にも四角い形をした木造帆船(ジャンク船)も数隻ある。河を行き来する船を襲って金品を奪うだけなら、小型で小回りの効くこれらの船の方が都合が良いのだろう。
それ以上に目を見張るのが、洞窟内部の整い方だ。不自然な広さは後から洞窟をくり抜いて広げたのだろう、壁の何箇所かに差し込まれた松明の灯かりに照らされた洞窟内部は凹凸が少なく、横に広い楕円形をしている。そして木材で作られた桟橋以外にも、両側の壁から突き出した部分や洞窟奥を見えなくしている階段付きの大きな段差など、磨き出したかのように水平に直線を描いており、魔法を使って削り出した人工物である事をうかがわせた。
魔法が掘削作業に用いられるのは珍しい事ではない。むしろ大規模作業に置いては必須と言える。固い岩盤を粉砕するのも、重い資材を持ち上げるのも、それ専門に魔法を習得した人が一人いるだけで十人分以上の働きをこなせる上に、今見ている洞窟の内部のように正確な作業をも行えるのだ。
―――そういえば佐野がよく使うのも振動系の魔法よね……だったら、納得がいくかな。
それでも魔法使いが佐野一人と言う事もあるまい。相手の水賊がここまで巨大な隠れ家を造る相手である事を改めて思い知り、そんな相手に目をつけられた事に今更ながら頭が痛くなってくる。
―――はぁ……やっぱりコソコソ隠れながら舞子ちゃんを捜すしかないかな……
となると、できる限り隠密行動だ。あたしは壁際の岩製の桟橋まで泳いで近づくと、水中から体を引き上げる。
「ッ――――――! ううゥ……パンツが濡れて気持ち悪いィ……」
背中や股間を水滴が伝い落ちていく感触に悲鳴を上げるのだけは何とか堪えた。それでもまぁ……どうせ頭の先から靴の中までずぶ濡れになっているのだから、今更パンツの一枚や二枚濡れたのを気にしても仕方のないことだ。
「ここまでひどい目に合わされたんだもん……水賊で着ないように船を壊しちゃっても構わないよね」
恨みをぶつけるわけじゃない。逃げるには小船があれば十分だ。……そう判断すると、水中で回収したショートソードを水が中に溜まってる腰の鞘から引き抜いた。
―――やるなら派手にまとめてぶっ壊そう。
そうすれば気もまぎれるし、この水賊アジトの中にも混乱が起こるだろう。隠れて進むよりも安全だと深く考えずに結論を出すと、魔力を放出させる為に剣へ意識を集中させる。
―――と、その時突然、あたしの足元へ矢が突き立った。
「………ひゃあっ!?」
慌てて飛び退り、床に比べてデコボコの多い壁の凹みへ身を寄せると、ほぼ同時に、洞窟奥の段差の向こうから一斉に炎の明かりが灯り、二十人ほどの人影が横に並んで姿を見せる。その手には弓矢が握られており、炎の光を反射している。
―――マズッた。いきなり見つかった?
それなりに距離はあっても、弓矢の射程から逃れられるほどではない。足元に落ちたのは警告か威嚇……もし逃げるそぶりを見せれば容赦なく矢の雨を降り注がれてしまうだろう。
―――でも命は奪われないかな……
少し楽観的と自分でも思う考えを抱きながら水賊たちの様子をうかがっていると、男たちの真ん中辺りから大きな声で呼びかける声が聞こえてきた。
「ようこそいらっしゃいました、たくやさん。お待ちしていましたよ」
聞き覚えのある声だ。……間違いなく、水賊のボスである商人風の男だろう。
「あなたがあの程度で死ぬはずがないと佐野先生から聞かされていましたが、まさか泳いでこの場所へ辿り着くとは。……素晴らしい。ぜひとも我々の仲間に迎えたいぐらいですよ」
「ヤダ。犯罪者なんて真っ平ゴメンよ!」
話の腰を折るように反射的に叫んでしまうと、直後にあたしの傍へ矢が五・六本放たれる。
「うわたたたぁ! ちょ、多勢な上に遠距離攻撃て卑怯すぎない!?」
「組織の頂点に立つ者は、いかに味方を傷つけずに勝利するかを考えるものです。もちろん、たくやさんの事も出来れば傷つけたくありません」
「………あたしが隠してる(と思ってる)財宝のありかを知りたいんでしょ?」
「話が早い……やはりあなたは聡明な方ですね。どこぞの魔道師など私の話など……いや、あなたなら既にご存知ですかね。あの男の気性は」
―――はは〜ん……あの人、佐野とあんまり上手くいってないんだ。
ま、そんな事はただいま現在どうでもいい。―――が、相手の弱みが見えたことで少し冷静さを取り戻す。
深呼吸を一つ。そして二つ。それで次の行動を起こす決意をすると、腰のベルトから剣の鞘をはずし、ショートソードを収めて相手に見えるように地面に置いた。
「話はわかった。―――財宝の場所を喋るからこっちの要求を聞いてくれないかしら!?」
「交換条件ですか? この状況でこちらと対等に交渉できるとお思いなのですか?」
ギリッと、聞こえるはずのない弓矢を引き絞る音が聞こえたような気がした。……が、大きく息を吐き出して湿り気を帯びた空気を吸い込んだあたしは、迷う事無く言葉を続けた。
「一つ目は舞子ちゃんを返す事。二つ目はあたしの魔封玉を返す事。三つ目は前二つの条件を満たした上であたしたちを逃がす事。この要求が呑めないんなら、あたしはここから逃げ出して、この場所誰かにチクっちゃうからね!」
「それができるとお思いなのですか? 今、追い詰められているのはたくやさん、あなたの方なのですよ?」
「だったら今すぐ弓矢であたしを射殺してみなさいよ! 財宝の在り処がわかんなくなってもいいんならな!」
―――正直に言っちゃうと、この期に及んで本当に心当たりなんてないんですけどね……ばれたら即刻殺されちゃうだろうな……いや、水賊全員に犯される方が先かも……
ここは一世一代の嘘のつきどころだ。このままもう少しだけあたしのハッタリに付き合ってくれれば、この場を何とかするチャンスをうかがえるはずだ。
冷たい川の水とは違う、熱を帯びた汗が肌ににじむ。
相手からの返答はなかなか帰ってはこない。その間に前髪を掻き揚げて顔に垂れる水を払うと、深呼吸を繰り返して体内の魔力を練り上げる。
―――水賊側が乗ってくるという確信はある。
あたしを罠にはめ、逃げられない状況を作り上げようとしたのだから、それなりに頭が回って計算高いはずだ。今ごろ頭の中では取引に応じるリスクとあたしを殺すリスクを天秤にかけているはずだ。
額を拭う。……額を濡らして前髪を貼り付けているのは、水ではなく汗へと変わっている。汗の雫をまとわせた指でズボンを握り締め、たっぷり染み込んだ水を絞り落としていると、
「………ひとつ、お教えしましょうか?」
「な…なに?」
水賊のボスが放った言葉に心臓が跳ね上がる。……が、ここは我慢のしどころだ。平静を装い返事を返す。
「あなたは……自分がどういう立場にあるのか分かっていない。この場所を知られた事は、財宝などよりも重要な事なのです。欲に目がくらんで大局を見失うほど、私は愚かではありませんよ」
「――――――!?」
答えはノー……それがはっきりした瞬間、あたしは剣の鞘を爪先に引っ掛け中に浮かせ、掴むと同時に抜剣する。
「私が作り上げたこの組織があれば、金などいくらでも取り戻せるのですよ!」
「取り戻すんじゃないでしょ。奪い去るんでしょ!」
「そのとおり! だから―――」
あたしの傍で水が跳ね上がる。勢いよく水中から飛び出してきた二人の男は、地面に軽く着地すると、止まる事無くあたしへと飛び掛ってくる。
「だから―――あなたの自由を奪う! 私はね、金が欲しいからこんな事をやっているんですよ!」
さっき黙っていたのは時間稼ぎ。そして最後に喋り出したのは泳いで近づいてきてた伏兵の気配を隠すため。
「どんな事をしてでも聞き出しますよ、私の財宝のありかを!」
「………残念でした。あたし、本当に知らないの」
できれば圧巻ベーでもしたいところだけれど、今は目の前に集中しないといけない。……そしてもう一つ、謝らないといけない事がある。
「実はね……あたしもしてたの、時間稼ぎ」
サイドステップで壁から飛びのき、二人の水賊の初撃を躱す。だけどまるで猿のように身軽な動きで、二人は壁を蹴り、こちら目掛けて飛んでくる。
一人は下、一人は上。一方が固い石壁で、幅も狭い桟橋の上では逃げ場もほとんどない。唯一逃れられる後方へ跳んで距離を開けると、一度床と地面に着地した二人は、再度の加速を持って、自身が跳ね上げた水飛沫の壁を突き進んであたしへと迫る。
―――大丈夫。今のあたしなら……!
いつもなら見も蓋もなく逃げ出したくなっているところだけれど、不思議と心は落ち着いたままだ。
相手との距離を測りながら静かに呼吸を繰り返す。腕力でも体力でも男二人には到底敵わないと理解しながら、冷静に意識を集中し、あたしの“魔力”に意識を集中させる。
―――離れていても、あたしと繋がっているんだから……
右手を開いて前へと突き出す。「来るな」と、相手を拒絶するような行為ではあるが、この方がイメージしやすい。
―――手の“延長”を真下に叩きつけるイメージを!
瞬間、あたしの意識と“魔力”とが繋がる感触を得る。―――そして同時に、飛び掛って来ていた二人の水賊は、見えない何かに押しつぶされるように地面へ叩きつけられた。
「ふぅ……上手くいったぁ……」
できると分かってはいても、実践するのはぶっつけ本番。……ただ、戦闘の緊張の中で上手くイメージできた事は自身へつながり、イメージが明確になるに連れて身体の奥から込み上げてくる力が一気に膨れ上がる。
「ごめんね……あたしからも一つ、教えてあげなきゃいけないことがあったんだ」
何が起こったのか分からない二人の男の横を抜け、あたしは笑みを持って悠然と前へ進む。
その横で、水飛沫として舞い上がってからずっと宙に漂っていた無数の水滴が螺旋を描き、一本の水流となって蛇のように身をよじらせる。
「―――今のあたし、ちょっぴり無敵よ?」
水の螺旋はさらに高速で回転を繰り返し、次第にあたしの身の丈を越える巨大な水球と化す。
それは水中であたしの魔力が溶け込み、あたしの魔力に反応するあたしの手足……そして、今だけ使えるあたしの力の塊だ。
地面へ倒れた二人の服には、泳いでいる間にあたしの魔力が溶け込んだ水をたっぷりと吸っている。それを操れば身動きを取れなくするのは簡単なことだ。
―――今からここは、水賊のアジトじゃなく、あたしのステージになる。
「う…撃て、撃てぇえええっ!」
あたしの力が危険だと判断したのだろう、水賊のボスは並んでいた二十人の部下に矢を放つ命令を下す。
―――水で弓矢は防げない。
横から打って払い落とすのならまだしも、水の壁ではかなり分厚くしないと貫通されてしまう。降り注ごうとする二十本の……いや、第二射も含めた四十本の矢の雨を、空気の流れや濃淡を識別できる瞳で見上げながら、時間稼ぎをしてまで待っていたものを水底から呼び寄せる。
………矢が弾ける。無数に、連続して響く音はテンポの速い音楽の様でもある。
四つの“重たい金属の固まり”を水竜のように練り上げた大質量の水で掴み、振り回し、軽い弓矢を次々と防ぎ、打ち落とす。
重い金属に軽い金属を叩きつける音は、かなり軽いが耳の心地よい。そのリズムに乗りながら歩を進めると、頭上から声が聞こえてくる。
『ノ…ンノォォォ〜〜〜! 魔王様、やめて、やめて止めてやめてぇぇぇ〜〜〜!』
そのゴブリーダー改め“金属のかたまり一号”が悲痛な声で懇願する。だからあたしは却下する。
「ダメよ。肝心な時に役に立たないわ、重たすぎて浮かび上がれないわ、そんなあんたたちに必要なのは優しい飴じゃなくて厳しい鞭だってわかったの。だからおとなしく盾になってなさい」
この程度じゃどうにもならないだろうけど……それでも金属の鎧を着込んているから大丈夫だという確信が、矢の盾にすると言う人道的に見てひどい事を平然と実行してしまう。……が、
『ムチ!? ま、魔王様にシバかれるなら喜んでぇぇぇ!!! シバいて、ワイの事を苛めてぇぇぇ!!!』
『その前に目が、目が回るぅ―――! ああぁん、や…柔肌に矢が気持ちい―――!』
『フンガ―――――――――――――――!!!』
………なんだろう。不意に敗北感を感じたのはあたしの気のせいか?
「まぁいいわ……そこまで言うなら振り回すのをやめてあげる。このままじゃちょっとかわいそうだと思ってたし」
『え、ホンマ?』
盾代わりに振り回していた金属の塊の一つがそう訊ねてきたので、それから開放してあげることにする。
「もちろん本当よ。―――精一杯遠くへ投げ飛ばしてあげるから」
頭身の低い人型をした鎧を、あたしの魔力で動かす水の巨碗が掴んだまま振りかぶる。
「第一球、振りかぶって―――」
『あ、もしかして魔王様の必殺技? ねえ、必殺技?』
―――安心しなさい。必殺とはいうけれど、投げた“物”は最後まで死ななかったから。
不安そうな声を上げる“金属の固まり”に、冥土のみやげ代わりに極上の笑みを見せ、ビシッと水賊のボスを指差した。
「飛んでけ、アーマーミサイルぅ!」
『やっぱ投げられるんですか―――――――――――――――――――――!!?』
ブオンと盛大に音を立てて空気の壁を押し割り、巨大弾丸と化した金属の塊が水賊たちの中央へと飛ぶ。
その速度は輪郭を目で捉えきれないほどであり、その重量は木の床に落とせば踏み抜いて穴を開けるほどだ。その超スピードの高質量弾は、ちょっと狙いが甘くて水賊たちよりも下、表面を平らに加工された岩肌へ直撃してしまう。
『―――――――――――――――!?』
水賊たちと“金属の固まり一号”の声がした気がしたけれど、岩盤を粉砕し、洞窟全体を揺らすほどの衝撃が生み出す轟音に掻き消される。
「ゴブハンマー、スタンバイ!」
『ハンマ―――――――――!!!』
まだ轟音の余韻が響く中、あたしの名を呼ばれたゴブハンマーが、グルグルと水の巨腕に振り回されながら右手についているトゲつき鉄球ハンマーの鎖を限界まで伸ばす。
鎖の長さプラス水の腕……あたしの頭上で凶悪な轟きを奏でるトゲ突き鉄球に、一撃目のショックも覚めやらない水賊たちは弓を射る手を止め、
「まとめて吹っ飛べぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
洞窟内の数隻のジャンク船の帆をまとめてへし折る横殴りの一撃に、今立っている足元を大きく抉り取られる。
もう少し当たるのが上なら即死……それもトゲ突きハンマーと言う凶悪極まりない武器によって原形もまともにとどめないような終わりを迎えたことだろう。運“良く”攻撃は外れたものの、男たちは弓を取り落とし、声も出さずにその場にへたり込んでしまう。
「次、ゴブランサー、ゴブガーダー、同時に行くからね」
『合点承知ィ!』
『いつでもオッケー、ノッてるね!』
そして、ゴブハンマーを振り回しながら、両手で槍を構えた殺傷力抜群のゴブランサー弾と、両手に盾を構えた破壊力満点のゴブガーダー弾を、巨大な水流が加えたまま大きく首を反り返らせる。
「ヒ……ヒィイイイィィィ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
はてさて、今のあたしがどれほど恐く見えたのやら……水を操り三体のリビングメイルを頭上に掲げているあたしを怯えた目で見ながら、一人の水賊がよろめきこけそうになりながら洞窟の奥の方へと逃げ出していく。―――それを切っ掛けに、恐怖と恐慌とに満ち溢れた悲鳴を次々と上げながら、二十人も射た水賊たちは一人残らずこの場から走り去ってしまった。
あたしは切り抜けられたことにホッと息をつく。その途端に今までの疲労が全身を支配しそうになるけれど、舞子ちゃんを助けるまではへたり込んでもいられない。
とりあえず攻撃が収まったので最初に生み出した巨大な水球を引き連れて先へ進み、階段を上って段差の上へあがる。増水した際の堤防なのだろうか、段差の下よりも木箱や資材が多く積み上げられているフロアに目を走らせ、目的の人物が倒れているのを見つけると、にこっと笑みを浮かべて近づいていく。
「ヒッ……ヒッ……ヒッ………!」
強烈な一撃を足元に食らって爆風で吹き飛ばされ、腰が抜けて動けなくなっている水賊のボスに、床へ降ろしたゴブランサーたちが武器を突きつける。
「勝負がつきましたね、あたしの勝ちで」
「ヒィ―――――――――――――――――――――――――――ッッッ!!!」
―――うわ、悲鳴上げられた。なんか失礼な……
もっとも周囲を見回すと、あたしの笑みを見て悲鳴を上げる心境も分からなくはない。
固い岩盤を粉砕された堤防。
帆をへし折られて使い物にならなくなった船の数々。
山賊の財宝よりも大事といっていたアジトがこうも徹底的に破壊されれば、ショックもそれなりに大きかったことだろう……あたしも破壊の有り様を実際に目にして、未だに自分がやったとは思えないぐらいの破壊力だ。
―――スキル「変身」のマーメイドか……ひょっとしたら、一番あたしに合ってるのかも。
荒れ狂う大河に落ちた際に、何かの拍子で発動した魔王の力……ワーウルフとサキュバスに加えて、魔王の所の精神世界で手にした三つ目のモンスターの力を思い返し、恐さを覚える反面、思いのままに扱える魔王の力に軽い興奮を覚えてしまう。
水の中ででも呼吸ができ、魔力の溶けた水を自在に操る力……加えて、いつも以上に体の奥から込み上げて全身に満ち溢れる魔力量。フジエーダでサキュバスに変身したときに感じたほど“魔王の力”は発現していないけれど、それでも今のあたしに出来ないことはないんじゃないかと思うぐらいの力を感じてしまう。
「………良くやってくれたっていった方が、いいのかねぇ」
その時だ。水賊たちが逃げていった洞窟の奥へと続く通路から、鎧や剣で武装した水賊たちが何人も現われる。そしてその中央に立って指示を出しているのは、冒険者ギルドで文句をつけて依頼料を払わず、軍に捕まったのに脱獄してきた、水賊のボスの弟を名乗る男だった。
「あ〜あ〜、うちのアニキも見事に壊されちまったもんだなぁ。だが、これでオレが新しいボスって訳だ。おとなし―――」
何を言ってるのか、最初っから聞く気はない。あたしの背後の巨大水球から圧縮した水圧弾を放つと、新ボスの顔の真ん中を吹っ飛ばした。
「ひゃ、ひゃひふぉオオオッ!?」
「あんたが何言ってるのかわかんないけど、いい事を一つ教えてあげる」
仰向けにひっくり返った男を余裕のこもった瞳で見つめながら剣を抜くと、三体のリビングメイルと、よろめきながらその横に並んだ一体の馬鹿鎧がそれぞれの武器を構える。
「―――無駄な抵抗ならやめた方がいいわよ?」
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