番外編「たくやと留美の魔法学講座」-2
留美 :「かつて世界は雲で満たされていた」
留美 :「ある時、風に乗って運ばれてきた種が雲の中で芽を出し、根を張り、成長し、幾星霜もの年月を経
て、“ユグドラシル”と呼ばれる大樹へと成長する」
留美 :「ユグドラシルの幹にはいくつもの洞(うろ)があり、それぞれにリリム(人間)、エルフ、ドワーフな
どの多様な種族が生まれ、生活を営みはじめていく」
たくや:「……………………うぐ…ぅ………」
留美 :「人が栄え、文明が栄え、やがて多くの種族は洞を出て、ユグドラシルの枝葉を伝って交流を始める。
一方でユグドラシルの低い位置にある洞に生まれた種族は外に出る枝も葉も持たなかった。
留美 :「こうして多用な種族が交わることにより、各種族は知恵を身に付けていった。そしてある時、当然
の疑問を誰かが口にした。「ユグドラシルの上には何があるのだろう?」と」
たくや:「……………………そ、そんなことは…もう……いいか…ら………」
留美 :「その疑問は瞬く間に広がり、おのおのの種族から勇敢な、けれど無謀な者たちが “上”を目指して
ユグドラシルをよじ登っていく。
留美 :「何人もが風に煽られ、何人もが雨に打たれ、何人もが雲間から差し込む日差しに焼かれ、何人もが
雲の海に呑まれ、道半ばにして次々とユグドラシルから堕ち、息絶えていく。しかし世代を隔てて
もなお各種族の中から上を目指すものが絶える事はなく、衝動のままに“上”を目指し続けた」
留美 :「幹に突き立てる爪を得て、枝葉を噛み千切る牙を得て、堕ちることなく空を舞う翼を得て、幾千幾
万幾億もの命の犠牲の末に、その者は天とも言える雲を抜け、ユグドラシルの頂に達する」
留美 :「そこにいたのはみすぼらしい身なりの二人の老人だった。昇りつめた者が現れる以前よりもそこに
いたその老人たちは、眼前に現れた自分以外のものに向けて同時に口を開く。―――そして同時に、
世界そのものであったユグドラシルは崩壊し始める」
留美 :「その原因は低い洞にいた者たちだ。“根”に近い位置にいた彼らは最初から上を目指すことを諦め、
ユグドラシルの内側を掘り抜く事で各種族が交流を生み出していた。そんな彼らを唆(そそのか)し、
ユグドラシルを崩壊に追い込んだものがいた」
留美 :「それが魔王だ」
たくや:「……………………も…いいじゃん……お…おとぎ……話なんて……さ…ぁ………」
留美 :「中身をくり貫かれ、その身を支えきれずに崩れ落ちるユグドラシル。崩落に巻き込まれては洞に住
む多くの種族が死に絶えてしまう……そう思われた矢先、頂にいた老人の一人が頂より身を投げる
と、葉が空に浮く舟となり、露が落ち行く者を包み込み、逆巻く風が落下を支える」
留美 :「何年もかけて崩落が収まると、周囲を覆っていた雲が吹き飛ばされ、新たな“世界”が姿を現す。
生き残った種族は残されたユグドラシルの切り株に住まいを作り、新たな営みを作り上げ、一方で
ユグドラシルを倒してしまった種族は降り注ぐ陽の光の眩しさに耐え切れず、いまだ雲の残る根よ
り下へと身を隠してしまう」
留美 :「世界には“大地”が誕生した。大地より下には魔王と共に逃げ隠れた者たちが“魔界”を作り、頂
にいた老人と昇りつめた者は雲上の“天界”に居を作る。―――こうして新たな“世界”が構築さ
れ、今のクラウド大陸の元になったと言われるのが「ユグドラシル創界記」だ」
留美 :「この話で特徴的なのは、人を含めた生命がいずれは神の域にまで至り、そして神もまたこの地に降
り立てると言う“神の実在性”を示しているところだ。実際に魔界の存在は実証されているし、天
使のような神の御遣いも“奇跡”を起こすために幾度も天より降臨しているわけだが……たくや、
聞いているのか?」
たくや:「き、聞くも何も……これ以上何か聞いたら脳みそ溶けて耳から垂れるぅ………」
留美 :「まったくだらしないヤツだ。たかが168時間程度で根を上げるとはなさいけない」
たくや:「普通誰でも根を上げますよ! 168時間っていったら6日ですよ!?」
留美 :「7日だ、馬鹿者」
たくや:「えっ……そ、そんな事はどうでもいいんです! つまり、一週間もの間窓も何もない部屋に閉じ込
められて、魔法で強制的に体力回復させて眠らせもせずに勉強勉強また勉強って、おかしいですよ、
あたしの人権どこいったんですか!?」
留美 :「どっかその辺に飛んでいったんじゃないか?」
たくや:「ともかく! そんなありきたりな神話とかどうだっていいんです! まずは休憩、もしくはなんか面白おかしく楽しい話をしてください!」
留美 :「そうか……つまり、私の秘密が聞きたいんだな? スリーサイズとか下着の色とか……やはり女の
姿をしていても男なのだな、この助平」
たくや:「ち、違いますって! それはおもいっきり誤解してます!」
留美 :「そうなのか……たくやになら教えてもよかったんだがな、私は」
たくや:「えっ♪」
留美 :「はい、喜んだな。助平確定だ、おめでとう」
たくや:「ぐわぁ、悪質な引っかけだぁ!!!」
留美 :「ふふっ、私に人生経験で勝とうなんて百年どころか千年早いな」
たくや:「つ…疲れてただけなんだ……でなきゃあんな安直な引っかけに引っかかるなんて……くぬゥ……!」
留美 :「気にすることはない。男はみんな下半身で物事を考えるスケベなんだから。よく言うだろう、「子供はベッドの中で作られる」と」
たくや:「格言っぽいけど、それ当たり前だから!」
留美 :「床に肘と膝を突いてまぐわう獣のような子作りは否定か? それに世の中には、旅の途中に燃え
上がってうっかり出来てしまった子供がなんにいると思っているんだ? さらには張り付け台に
縛り付けたりする行き過ぎた性癖を持つ者は大勢いるぞ?」
たくや:「そんな人らまでフォローしきれるかぁぁぁ!!!」
留美 :「はっはっは、当然たくやをからかうために例示しているに決まっているだろう」
たくや:「うわぁあぁぁぁぁぁん! この先生、悪質だぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
留美 :「泣くほどのことでもないだろう。まあ……詫びというわけではないが、教えてやらんこともない、
私のことでよければな」
2ー1:時間魔法について
留美 :「私の秘密と言っても、聞いたところで到底真似なぞ出来はしない。まあ好奇心を満たす程度にしか
役には立たんな」
たくや:「留美先生の魔法って言うと、無詠唱魔法もスゴいですけど、やっぱり時間移動ですよね。それって
やっぱり留美先生の魔法属性によるものなんですか?」
留美 :「特異系「時」属性。その特性は時間の流れを変化させること。他には時間移動系の魔法の発動を安定
させると言ったところかな」
留美 :「もっとも、過去へ逆行するほどの時間移動は常人の魔法使いにはまず無理だ。巨大な魔法陣を用い
た儀式魔法でも3秒も過去へは遡れはしない。それほどに時の流れとは絶対的な物。人類史上、後
にも先にも私にしか使いこなせまい」
たくや:「いいな〜……あたしも女になる前の生活に戻れたらなって何度思ったことか……」
たくや:「あ、そうだ。留美先生にあたしが女になる前のアイハラン村に行ってもらって、色々と過去を変えてもらえれば、女にならずにすむかも♪」
留美 :「無理だ、諦めろ」
たくや:「即答!?」
留美 :「時間移動ができるのなら、誰しも一度は過去を変えたいと思うものだろうが……私の常時の魔力で
は、”時間逆行”は一週間が限度だ。それ以上遡ろうとするには一日分につき二日の準備がいる。
技術的問題さえ解決れば一年や二年ぐらいまではいけるかもしれんが、その研究にはまだ百年二百
年はかかるし、第一面倒くさいのでやる気がおきんのでな」
たくや:「う〜ん、残念……」
留美 :「(そう言うことにしておかないと面倒ごとばかりが起きるから。一週間ずつ跳べばいくらでも……)」
たくや:「何か言いました?」
留美 :「いや、何でもない」
留美 :「それに私が変えれるような出来事だったなら、おまえが女になどなっていたりはしないさ」
留美 :「たとえば私が三日後にある結果を知り、”時間逆行”を行って結果を変えようとしても、何らかの妨
害が入り、どれほど頑張ろうが、私自身の知る結果を変えることは出来ない。もし変えることが出
来るのだとすると、最初の時点で「私が介入することで変化した結果」を既に知っているはずだから
な」
たくや:「ううう……また訳が分からなくなってきた……」
留美 :「では先日の一件(第十一章)を例に挙げて説明してみよう」
留美 :「あの日、私はマーマンとの戦闘を終えた直後のおまえに戦いを挑んだな?」
たくや:「………よく生きて帰ってこれましたよね、あたし。留美先生、マジであたしを殺そうとしてません
でしたか?」
留美 :「うむ、本気を出すと村どころか国ごとなくなるのでさすがに全力ではやらなかったが、手を抜いた
りはしなかった。名うての冒険者パーティーを鼻歌交じりに一分で消し炭に出来るぐらいの戦闘力
だった」
たくや:「ヒ…ヒドい……あ、あたし、何回死ぬかと思ったことか……しくしくしく……」
留美 :「だが死ななかった……私も”その結果”を知っていなければ、あそこまで苛烈に攻撃したりはしていないさ」
たくや:「………へ?」
留美 :「私がこの村を訪れたのは、街道工事の現場に残るたくやの魔力を感じたからだ」
留美 :「たかが街道工事に”空間振動”などという超々高等魔法を用いた者の実力、折を見て確かめてみた
いと思っていたのだが……あの日、私が”時間逆行”を何度行ったかわかるか?」
たくや:「え〜っと……マーマン襲撃時には、村の人の援護を魔法でしてたんですよね。それから数時間戻っ
てあたしに襲いかかってきて、また数時間戻ってから洞窟の方に行って……ああ、その前に二回時
間戻ってあたし、逆輪姦されたんでしたっけ……」
留美 :「”姦”と言う時が女三人で、自分自身にあれこれ弄ばれたのは屈辱に感じることなのかと悩んだり
もしたが……で、一度目の”時間逆行”を行い、姿が見えなくなっていたおまえや綾乃を捜そうと
した私は“ある人物”に出会った。それが誰だかわかるか?」
たくや:「ちょ、ちょっと待ってくださいよ? つまり、あたしのところにくる前に“あたしが留美先生との
戦闘で死なない”って結果を教えてくれた人……て、まさか!?」
留美 :「同じ時間軸状に”留美”と言う存在は何人いても問題はない。あのとき私は、片腕を切り落とされ
た状態で二度目の”時間逆行”を行った”私自身”と、半死半生ながら確かに生きていたたくや、
おまえ自身と出会っていたわけだ」
留美 :「たとえ私が全力でカタストロフ・ブレイク(時空間崩壊)を放っていたとしても、決して”たくや
が生き残る”と言う結果を変えられはしない。だから私も、「どうせ死なないのだから何したって
かまわないな」と割り切って攻撃魔法を放ったわけだ、うむ」
たくや:「し…死なないからって痛くなかったわけじゃないんですけどォォォ!!?」
留美 :「いやー、たまには動く標的相手に全力で攻撃魔法を放ってみたくなるじゃないか。私を相手にあれ
だけの長時間逃げ回れたのはさすがに見事と言わざるを得ないな、あっはっは♪」
たくや:「うがーーー! 笑って誤魔化されるかーーー!!!」
留美 :「だが”あっち”の方では十分誤魔化されていたじゃないか。……まだ不満なら、”三人がかり”でも
う一度してやろうか」
たくや:「うっ……」
留美 :「そこで尻ごむようでは、まだまだ私とは釣り合いがとれないぞ?」
留美 :「とまあ、時間移動が行えても、出来ることは限られているという事だ。」
留美 :「今回の一件のように、時間を遡ってきた自分自身から、情報や結論を聞くことも出来るが、どうせ
放っておいても同じ事を体験するのだし、よほどのことでもない限り面倒くさいだけだしな。三日
戻れば三日分、元の時間に戻るまで時間を費やさなくてはならない」
たくや:「あれ、過去には移動できても未来には移動できないんですか?」
留美 :「出来ないこともないが、自分が歩んできた過去に遡るのとは異なり、未来へはいくつもも分岐が存
在する。下手をすると、自分がいた時間の流れとは別の流れに入り込んでしまいかねない。特に時
間移動する距離が長くなるほどに、別の流れに入り込む可能性も跳ね上がるので使わないようにし
ている」
留美 :「だが一秒ぐらいでは問題ないからな。それを利用したのが、私の”空間跳躍”だ」
2ー2:時間魔法の応用編
たくや:「そう言えば留美先生、姿が消えたり突然現れたりしますよね。あれも時間魔法なんですか?」
留美 :「“転移”の魔法も存在するが、用いている技術に根本的な違いがあるな。私の場合、一瞬だけ別の
時間軸に“時間跳躍”し、すぐまた戻ってきているだけだ。現れる場所を移動させてな」
留美 :「基本的にショートジャンプにしか使えないが、自分の足で歩くより便利なので重宝しているよ」
たくや:「(……なんか、ものすごい才能の無駄遣いをぶっちゃけられた気がする)」
留美 :「その他の時間魔法の応用というと、やはり時間の流れの加速と減速だ」
たくや:「時間の流れを早くして、自分だけ速く動くって事ですね」
留美 :「う…ん……その言葉でも間違いではないが、時間の流れを遅くして速く動くこともできるんだぞ」
留美 :「時間の流れは、自分と周囲、この二つに分けられる。自分の時間の流れを速くすれば、他者の二倍
三倍の速度で動くことも出来るし、思考力や回復力を加速させることで戦闘を優位に進めることも
出来る」
たくや:「ふむふむ」
留美 :「けれどそれは付加魔法の領域だな。時間魔法でも似たようなことが出来ると言うだけのことで、実
際に用いるなら付加魔法の方が何十倍も使用者にとって負担が少ない」
たくや:「(それを平然と使ってる留美先生は、自慢したいのか天然なのか……)」
留美 :「むしろ時間魔法の最骨頂は、時間の“加圧”にある」
たくや:「加“速”……じゃないんですか?」
留美 :「加“圧”だ。時間の流れに圧力をかけて、何倍にも長くするんだ」
留美 :「今いるこの部屋、内部では一週間が経過しているが、だいたい20倍に加圧してある。朝食後にこ
の部屋に入ったが、外部では綾乃がそろそろ一日目の夕食の準備に取りかかっている頃だろう」
たくや:「うそ!? まだそれぐらいしか時間たってないの!?」
留美 :「できれば外部から隔離された空間がいい。加圧する空間が広くなるほど消費する魔力は多くなるし、
20倍も時間の流れが違えば、加圧の内部と外部では行き来も出来なくなるし。あと術者の意識も
外部との境界線を把握しやすいというメリットもある」
留美 :「ちなみにこの部屋の”時間加圧”には私の魔力を使用しているが、レイラインから魔力を吸い上げ、
蓄積して加圧する実験にもいくつか成功している。この近場だと……フジエーダだったかな? あ
そこの娼館建築の際、地下に実験用の個室を作ったんだ」
たくや:「いいい!?」
留美 :「なんだたくや、知っているのか?」
たくや:「知っていると言いますか……実際に使っちゃいましたけど。ちょっと緊急事態で、休む時間がなか
ったときに……」
留美 :「そうか。まさかそんな所でまで私とおまえが関わっているとは思わなかったな。だが、あの部屋を
起動させるには、また数年かけて魔力の蓄積が必要のなるな」
留美 :「そう言えばフジエーダは襲撃を受けたと聞いている。時間を加圧したあの部屋を使うような緊急事
態はその時ぐらいだろうから……綾乃に後で何があったか聞いてみるか」
たくや:「な、何で綾乃ちゃんに聞くんですか!? あたしだって当事者なのに!」
留美 :「都合の悪いことをかなり誤魔化すだろう? 自分が男だとか隠し事しているから余計に」
たくや:「うっ……」
留美 :「ふむ、言葉を呑んだな? 言えない事が何かあったな? だから綾乃に聴くんだ。記憶力もいいし、
何より性格的に嘘をつけないから、強引に迫れば聴きだせるしな」
たくや:「プライバシーの侵害だァ!!!」
留美 :「興味があるからと私の事を聞きたがったのは、確かたくやだったと思うんだが?」
たくや:「ち…ちくしょ―――!」
留美 :「それはさておき、一定の空間内の時間の流れを加圧して、通常の何倍もの速さの時間の流れを生む
ことも出来るが、逆向きのベクトルで加圧すれば、時間の流れを遅らせることも出来る。相手の動
きを遅らせたり、怪我や病気の進行を遅らせて延命に用いたりも出来る」
留美 :「そしてある一定以上の加圧をかけると面白い現象が起きるのだが……さて、何が起こるかをたくや
に答えてもらおうか」
たくや:「うう……後で綾乃ちゃんに話を聞かないって言うんなら……」
留美 :「そうだな。きちんと正解に辿り着けたのなら考えてやってもいいぞ?」
たくや:「よし、気合入れて答えるぞ!―――と言ったって、まあ、“時間を操る”って話からある程度想像で
きてたんですけど、その現象って“時間の停止”でしょ?」
留美 :「ほう、何故そう思う?」
たくや:「“時間への加圧”って、歩いてる人を前から押すか後ろから押すかで考えればいいんですよ。後ろ、
背中から押せば歩く速度は速くなって、押し続けていられるならドンドン加速してくけど、逆に前
から押せば歩く速度は遅くなって、止まるじゃないですか。そこからさらに力を加えて押し続けれ
ば、力負けした人は後ろへ下がらされる。これが“時間の逆行”ってところかな?」
たくや:「ついでに言うなら、時間を止めたりとかって言うのは、思いつくだけなら誰でも考えますしね」
留美 :「時間を止めて好きなあの娘の覗きでもするのか? やっぱりたくやも男だな」
たくや:「ち、違います! そんなことしません!」
留美 :「ははっ、特殊な能力を有効的に活用しようとしないのは色々ともったいないぞ? 私だって最初の
頃はあれこれ悪さに使ったりもしたのだからな。若気の至り、けれどそれは可能性の発露と言う側
面も持ち合わせているのだぞ?」
たくや:「だからって覗き推奨するのはダメ―――!!!」
留美 :「男から女になったくせにお堅いヤツだ。まあ考え方はやや違うが、マイナスベクトルへの加圧で“時
間停止”に至ると言う考え方は正しい」
留美 :「さて、その“時間停止”なのだが……実は私はたくやの前で既に使って見せている」
たくや:「そうなんですか? いつだろ……って、時間止められてたら気付かないのかな?」
留美 :「安心しろ。“時間停止”はある意味“時間逆行”よりややこしくてな。人一人の周囲の時間を完全に
とめることは、出来ないことはないが、面倒くさいからほとんどやりはしない」
留美 :「私がやってみせたのはこれだよ。……“我が掌中に虚空の盾”」
たくや:「あ、その魔法って、あたしの魔力ハンマーを跳ね返したヤツですか!?」
留美 :「そうだ。停止させる事で、何者も寄せ付けない空間を作り上げた。時間が動かないと言うことは、
つまり不変。停滞空間はどんな攻撃も受け付けない、まさに最強最硬の盾になるわけだ」
たくや:「と言っても、どこにその盾があるのかさっぱり見えないんですけど……」
留美 :「最硬と言っても限られた範囲だけの防御だからな。相手の目に映らないように光学補正をかけて周
囲と同じ明るさになるようにしている。今その光学補正を切ってやるから」
たくや:「あ……留美先生の前の空間だけ黒くなった。それに…(コンコン)…金属みたいに固くなってる」
留美 :「停滞空間内は光も通さないから、内部が暗くなる。魔法障壁の類は目に見えてしまうと、防御の意
味を減じてしまうこともあるので、基本不可視にしておくべきだ」
留美 :「固いのは加えられた全ての圧力や衝撃が100%跳ね返されるから。不変の停滞空間では空気を
震わせての力の伝播は起こらないし、吸収されることもない」
留美 :「それは“空間の振動”でも同じことだ。“揺れる空間”と“動かない空間”の衝突は、水と氷がぶつ
かり合うようなもの。固い氷に押し寄せる水が押し返されるのと同様に、衝撃波はすべてたくやに
跳ね返ったわけだ」
たくや:「でもその後の魔力剣では、この停滞空間の障壁も切り裂きましたよ?」
留美 :「それは………あまり言いたくはないが、私が力負けしたからだ」
留美 :「私は時間を操作する事で空間に干渉していたために、あの際は同種の力のぶつかり合いになった。
魔力ハンマーの時とは真逆に“動かない空間”と“その空間を切り裂く刃”と言う相性の悪さもあ
ったが、たくやの特殊能力をほぼ把握していた私の予想を上回る威力だったことは認めている。あ
の一太刀だけは私の負けだ。―――もっとも、それ以外は私の圧勝だったがな」
たくや:「別にそんなに勝ち誇らなくても……あ、もしかして悔しかったとか?」
留美 :「私はそんなに心の狭い女ではない。―――で、フジエーダでの話を綾乃から聞く件だが、考えてみ
たがやはり聞くことにしたからな」
たくや:「やっぱり悔しがってるんじゃないですか――――――!!!」
2−3:留美の秘密
たくや:「それにしても……あたしの魔力剣で留美先生の腕が吹っ飛んだときは、ショックで心臓止まるかと
思いましたよ」
留美 :「もし止まったら、電撃を心臓に叩き込んで強制的に蘇生させてやるから安心しろ。いや、いっそ死
んだまま生きているのと変わらないようなゾンビーにしてみると言うのも面白いかもしれないな」
たくや:「さすがにゾンビはごめん被りますけど……でも留美先生って、何でも出来るんですね」
留美 :「伊達に魔法ギルドのギルド長ではないと言うことだ」
たくや:「魔力には属性があるから、誰にだって得手不得手ってあるじゃないですか。炎の魔法が得意なら冷
気の魔法が苦手とか」
たくや:「でも留美先生にはそれがない……火や爆発も使えば、水を使って身体を覆わせたり、地面を隆起さ
せたり、電撃出したり、はっきり言ってなんでもありですよね。しかもほとんど無詠唱。魔法の常
識から考えれば、あまりにも無茶苦茶ですよ」
留美 :「ではその理由、説明してもらおうか?」
たくや:「降霊式魔法」
留美 :「なんだ、ずいぶんすんなりと答えを出したじゃないか」
たくや:「だって、他に考えようがないんだもん」
たくや:「呪文を唱えなくていい魔法といえば、魔法陣とか魔導式を掘り込まれたアイテムを使う紋章式魔法
だけど、留美先生は裸の時でも魔法を使えるでしょ? 身体に刺青にして紋章をを掘り込む人もい
るけど、あたしの見た限り、留美先生の肌に損なのは一切見当たらなかったし」
留美 :「ば、馬鹿、照れるじゃないか、肌を見せ合ったことを言うなんて……」
たくや:「何をいまさら恥ずかしがるんですか……ほとんど逆レイプだったくせに」
留美 :「そうだったか?」
たくや:「そうですよ!」
留美 :「私の記憶では、赤ん坊のように胸にむしゃぶりつきながら腰を振りたくるたくやの可愛らしい顔が
……よし、ちょっと待っていろ。今、私の記憶を魔法で映像にして抽出してみるから」
たくや:「そういう悪ふざけは横へ置いておいて。でまあ、留美先生の魔法は呪文も魔法陣も要らない降霊式
魔法だって思ったわけなんです」
留美 :「ふむ、まあ合格点と言うところかな」
留美 :「降霊式魔法と言うのはその昔、何もせずとも火や氷を出した人物がいたことに由来する。まだ魔法
学も未熟な段階で、その原因を追究できなかったがために、生まれ着いて特殊な能力を持つ彼らは
「悪魔が取り付いている」と迫害を受けることもあった」
留美 :「“降霊”式と言う言葉には、自分以外のもの、つまり悪魔や悪霊をその身に降ろしたと言う意味が含まれている」
たくや:「でも研究が進むにつれて、原因が判明したんですよね」
留美 :「魔力が呪文詠唱によって空間に展開された魔導式を駆け巡る事で、もしくは魔法陣に描かれた魔法
文字や紋章を駆け巡る事にで、“魔法”は発動する。彼らは詠唱式や紋章式以外の以外の魔導式を
自分の内側に持っていた」
留美 :「最新の研究では、自分の内側の魔力の流れ、つまり“魔力経路”が魔導式の代わりになっていると
言われている。だが現実は少々異なる」
留美 :「降霊式魔法を発動させる媒体、それは魔力経路ではなく、外部から取り込んだり、自分の内より発
生させた魔力に“魔力属性”と言う意味合いを持たせるための“なにか”、言うなれば人の“魂”
が魔導式となっていると私は考えている」
たくや:「アイハラン村にも、魔力経路をいじくって後天的に降霊式魔法を使えるようになった人がいました。
でも、よくて蝋燭よりマシって程度の火の玉を出すのがせいぜいで……」
たくや:「けど、人の“魂”こそが魔導式になっていると言う考え方だと、魔力経路を無理やり紋章式にして
しまうより面白そうかな?―――と言うか、留美先生の魔法が降霊式なら、つまりは先天的な才能
によるものと言うことですか? どんな属性の魔法が使えるというのも?」
留美 :「いや、私は後天的に降霊式を身に付けたよ」
たくや:「へ?」
留美 :「特異系「時」属性の上に、全系統の魔法が使える降霊式なんて、両方兼ね備えて生まれてくる確立は
はっきり言ってゼロだ」
留美 :「無詠唱による魔法の発動……そんなものは私にとって余禄に過ぎない。何しろ私には時間がほぼ無
限にあるからな。“魂の加工”を研究する時間は十分すぎるほどあったよ」
たくや:「ど、どういうことですか、それ。話がよく見えてこないんですけど!?」
留美 :「そうだな、どこから話せばいいものか少し悩むが……これだけは言っておこうか」
留美 :「私は不老不死だ」
たくや:「…………………………………は?」
留美 :「つまり、老いることも、歳を取ることもない。生命の夢、その究極たる不老不死、それが私と言う
ことだ」
たくや:「ウッソだァ♪」
留美 :「む……信じてもらえないとは思っていたけれど、最初から全否定か?」
たくや:「だって、いくら留美先生の言葉でも、不老不死だとか言われたって信じられませんよ。信じる方が
おかしいです」
たくや:「もし、あたしが魔力剣で先生をばっさり切っちゃったらどうするんですか? それでも死なないん
ですか? 言っときますけど実験しようとかそう言うのイヤですからね、失敗したら本当に死んじ
ゃうんだから!」
留美 :「死ぬ前に時間を巻き戻せば生き返るとは思わないのか?」
たくや:「………ああっ!」
留美 :「気付くのが遅い」
留美 :「まあ、不老不死とは言っても、人間以外ではハイエルフは寿命が二千年だし、バンパイアなどは心
臓に杭を打ち込んで身体を燃やした灰を小瓶に七つに分けて川に流しても、いずれは復活するほど
の不死性だ。不老も不死も、決してありふれているないが、ありえないわけではない。ただ、人間
の尺度で考えすぎているから不可能だと思われがちなだけだ」
留美 :「不老程度ならクラウド大陸にも成し遂げた者は何人かいるぞ。賢者の石でもエリクサーでも作れれ
ばいいわけだし。私も最初はその程度だったが、今の私の不死身な人間は歴史を紐解いてもどこに
もいないだろうな」
留美 :「大抵の不老不死の場合は、刺されたり切られたり燃やされたりすれば死ぬが、私はその程度では死
なないからな。格が違うんだ」
たくや:「不老不死を大抵って言えるだけでもスゴいんですけど……」
留美 :「私の場合は、賢者の石により肉体的な不老不死を手に入れたが、それと合わせて「時」属性の魔法を
組み込む事で、致命的な怪我を負ったり死に至った場合、自動的に魔法が発動し、死亡以前の状態
に完全復活することが出来る」
留美 :「また、時間の経過による肉体的な“老い”も私にはない。自分の時間を常時調整して肉体は常に最
盛期の状態を保持しているからな」
留美 :「だから例え腕を切り落とされたとしても、その気になればすぐに回復させることもできる……が、
たくやに斬られた傷は未だに直しきれていない。これは魔力剣・真打によって、私が体内に準備し
ておいた魔導式の一部が破壊されたからだろう」
たくや:「はう……す、すみません……」
留美 :「気にすることはないさ。跡が残っているだけだから、普通にしていれば数日で消える。でも、たく
やが私に付けてくれた傷だ。すこし、残しておいてもいいかと言う気がしないでもないがな」
たくや:「け、消してください! できれば今すぐにでも!」
留美 :「やれやれ、度胸がないぞ、女に自分が付けた傷を残しておけないなんて」
留美 :「話は戻るが、時間を逆行させなくても、体時間を加速させる事で回復力を高めることも出来るし、
逆に時間を遅延させて止血したりもできる。それでも私を殺したければ、たくやの魔力剣・真打で
私の身体を細切れにして、その上でバンパイアのように身体を燃やしたり川に流したりすれば、物
凄く運がよければ死ぬかもしれないな、天文学的な確立で」
たくや:「えっと、もしかして留美先生って……」
留美 :「一応生物学的には人間だ。問題ない」
留美 :「だが、不老不死と言っても、本来なら一つだけ老いと言う衰弱から免れないものがある」
留美 :「それは精神……つまり心だ」
留美 :「生まれついての不死の生命であるならば問題ではないのかもしれんが、脆弱で限りある生命しか持
たない人間と言う種が不老不死になれば、十中八九、心を病む。周囲と相容れない孤独と言うもの
は耐えられないものではないが、傍にいた者が全ていなくなり、新たに出会った者も全ていなくな
る……そんな年月を果てなく繰り返し過ごし続ける事で、時間を掛けてゆっくりと心が磨耗し、心
から朽ちていく」
留美 :「何故不老不死の者が世の中に多くないのか、その一番の原因は自らの不老不死を否定するからだ。
もっとも二番目の原因は不老不死の秘法を奪われ殺されるからだがな」
たくや:「う〜ん……人類の夢とかどうとか言う割には、夢も希望もない話で……」
たくや:「でも、その話が本当なら……留美先生も、その、自分で自分を……?」
留美 :「いや、それはない。私は特別だからな」
留美 :「ここで私の降霊式に関わってくるのだが……たくや、お前は自分が何人いると思う?」
たくや:「何なんですか、いきなりそんな……どう考えたって、あたしはあたし一人に決まってるじゃないで
すか」
留美 :「それは正しくもあり、別の側面から見ると正しくない」
留美 :「思い出せ。私の事を語る上でのキーワードは何だった?」
たくや:「あ、もしかして過去の自分と未来の自分で三人いると言う話ですか?」
留美 :「近づいたが、まだ正解には程遠いな。もう一つヒントを出そう。「過去に戻るのは容易くても、未来
に戻るのは用意ではない」と言ったと思うが」
たくや:「確か、未来への分岐は多くて、元いた時間には簡単に戻れないって……」
留美 :「そう。今いる時間とは、別の選択肢を選んだ世界は無数にある。“平行世界”と言う概念だが、そこ
には女性化せずにたくやが男のままでいる世界もあれば、そもそも最初からたくやが女として生ま
れていた世界もあるかもしれない」
たくや:「そんな分岐もあるの!?」
留美 :「生まれてから今まで、どれほどの分岐があっただろうな。その全て……数え切れるか? 卵子に精
子が受精する瞬間に何億何兆の分岐があると思う? そこから人生を歩めば歩んだ分だけ分岐は
増えていくんだぞ?」
たくや:「もしかして……無限にいるとか言うんじゃ……」
留美 :「そう、それが正解だ。そして私の降霊式魔法も、そこに考え方の原点がある」
留美 :「私とは違う“私”と言う存在がいる世界。そこに辿り着ける手段が私にだけはあった。時間を遡り、
あえて分岐を違う道に進むという方法だ」
留美 :「ここから先は色々と厄介なので割愛するが、いくつもの“並行世界”を渡り歩き、私の持つ不死の
法や降霊式魔法のノウハウと引き換えに、“私”自身たちと死後の魂を私に委ねる契約をさせた」
留美 :「契約に応じたのは1024名の“私”だ。その中には誰一人として私と同じ「時」属性や特異系の魔
力を持つものはいなかったが、「火」「水」「土」「風」と言った各系統の魔力、そして私がもたらした技
術を素に各々が研究を重ねた知識とを有し、降霊式魔法を駆使する魂、それら全てを取り込んだ」
留美 :「同じ“自分”とは言え、他人の魂との融合だ。最初は発狂するかと思ったが、やはり死ねなかった。
そうこうしている間にも、平行世界から“留美=五条の魂”の魂は次々とやってくる。そして気が
ついたときには、全属性において降霊式魔法が使えるようになり、今の“私”と言う形に落ち着い
ていたわけだ」
たくや:「…………………(この人、本当に人間か!?)」
留美 :「信じられないだろうが……今にして振り返れば、ずいぶんと無茶をしたと自分で思うよ。あの頃は
ただ、己の可能性を試してみたかったのもあるが、どうしても“力”が必要だったのでな」
たくや:「…………………(魔王でもねじ伏せそうな留美先生が“力”をねェ……焦って力を求めなきゃいけな
い事情ってなんだったんだろう)」
留美 :「まあ、私に関しての話はこんなところかな」
留美 :「その後は魔法ギルドのギルド長の座には着いたものの、不老不死だと一つのところに留まっている
のも退屈でな。フィールドワークと銘打って大陸中をあちらこちらへとフラフラ旅をして回って、
今に至るというわけだ」
たくや:「留美先生……」
留美 :「そんな複雑な表情をすることはないさ。今はお前や綾乃に色々と教えているのが楽しいからな」
留美 :「さて、それでは休憩は終わりだ。また一週間ぶっ通しで勉強を……と言うところで、いきなり逃げ
出そうとするんじゃない、たくや!」
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