第4話その3
「きゃあああああああっ!!」
暗闇から突然全身包帯男が飛び出てきて、あたしは叫び声をあげながら隣にいる弘二の腕にしがみついた。
「せ、先輩、そんなに怖がらなくても……これは作り物ですよ。ほら」
細い通路には足元さえ確認できないほどの明かりしかなく、今の今まで気づかなかった壁のへこみから飛び出
たミイラを弘二はこんこんと拳で叩く。
その様子を目にし、それが人形だと分かっても、あたしの体から緊張の硬さは抜けることはなく、がたがたと
震える膝からは今にも力が抜け落ちてその場にへたり込んでしまいそうだった。
「だって…だって…突然出てくるんだもん……あたし…こんなの――イヤアアアァァァァァ!!!」
どこからともなく獣の叫び声が聞こえてくる。狭い空間の壁に床に天井に何度もぶつかり複雑な反響となった
その音は、すっかり恐怖の感情を出す蛇口のゆるくなったあたしの心に突き刺さり、我慢することなくこの十分
足らずのうちに数えることも忘れてほとばしる悲鳴が。
それと同時に、自分の身を守ろうと反射的に手足に力がこもる。弘二のブレザーをはぐれないようにと手指で
ぎゅっと握り締め、腕を肘のあたりに絡み付ける。ウェイトレス衣装の短いスカートから伸びる肉付きのよい太
股は引っ切り無しによじれ、こすれあい、驚くたびに心臓のようにビクンと跳ね上がる下腹をぎゅっと圧迫して
いた。
想像以上に長く木霊した咆哮が去っても、あたしは動けない。今にも暗闇の無効から想像もできないようなお
化けが襲い掛かってきそうで、身がすくみ、暗いけれど目の前ぐらいは見えていたはずの視界がにじんだ涙でゆ
がんで何も見えなくなっていく。
やっぱり入るんじゃなかった……こんなことなら追い掛け回されてるほうがよかったよぉ……
「うっ…あ……」
「いやぁ…それにしても先輩がこんなに怖がりだったなんて。大丈夫ですか? もっと僕を頼りにしてくれてい
いんですよ」
「グスッ……あ…ありがと……」
悲鳴を上げるときは大きく開いてるのに、今はほんのわずかに開くのもできない……鼻にかかった涙声でいつ
になく頼もしい弘二に礼を言うと、暗闇の中でそれだけが頼りの腕に引かれてさらに奥へと進んでいく。
けれどその歩みはゆっくりとしたものだ。あたしが自分一人では歩けないこともあるけれど、弘二の足の動き
自体もそれほど早くない。時にはあたしの動きを押しとどめる様に止まることさえある。
「……弘二…早く行こ……早く外に出ようよぉ……」
狭く急造の小屋の中ではこれが限界だろうか、そこだけは広くなった空間。通路の左右に幅がとられ、二人で
並んで通ると時々壁に方をぶつけるほどだった今まで通ってきたところと比べると三倍か四倍ほどの広さになる
けれど、進む先は黒い靄がかかったように見ることができない。そして左右には…いかにも何かいそうな草むら
が立て板で作られている。
正面、顔を向けた先から流れてきた冷たい風に首筋や太股をなでられ、体の芯に耐えがたい震えが走る。
これが普通の夜道だったりしたら寒いなと思うぐらいで特別な感情を持たずに先に進むだろうけど、今は目の
前に氷の壁でもあるかのように、暗がりがあたしを拒んでいる……
「さぁ、行きましょう。大丈夫、僕がそばにいますから怖くないですよ」
うん……でも、やっぱり怖いよぉ……あの時…ちゃんと「お化け屋敷」って書いてあるのを見たのに……どうし
て入ってきたんだろ……でも…あとちょっと……あと……
棒になっていた足がわずかに曲がり、踵とつま先がわずかに上がり、ほとんど地面から浮くことなく恐る恐る
と前に差し出される。
一歩…二歩…三歩……寄り添ったあたしたちの体が冷え切った空気を掻き分けて少しずつ前に進む。
きっと左右から何か出てくるんだ…きっとそうだ。下から一斉になにか出て来たり、壁が開いてなにかが出て
来たり……で、出るなら早く出てきなさいよぉ!!
あたしの目は頼りなく左右に揺れている。右に、左に、また右に、また左に、怪しい足元の草むらに目を凝ら
し、いつ出てきてもいい様に息をぐっと詰めておく。
だから大丈夫と言うわけはまったくない。持続する緊張と突然の恐怖、その連続であたしの精神はもうすっか
りぼろぼろになっていて、あと一度…声をあげてしまったら、どうなっちゃうか自分でもわからないぐらいに追
い詰められている。
五歩進んだ………何も出てこない。
六歩進んだ………何も聞こえない。
七歩進んだ………目の前に、それも意外と近いところにこの広間とも言えないような狭さの空間の出口が見えた。
何もなかった……なんだか心配しすぎたのかな……でも、最後まで気を抜いちゃだめ。こんなところで何もな
いはずないんだから。
でも、その一瞬だけ張り詰めていた緊張が緩み、
そしてお化けはそれを見計らったかのように、
右でも左でも、前でも後ろからでもなく、
上から降ってきた。
オバアアァァァァァァァアアアアアアアア!!
「ヒァ………ッ…………………!!!!!」
部屋からの出口を見つけ、そちらに目を向けながら足を踏み出した直後だった。
突如として、天井の一部が開いて逆さ吊りに降ってきてあたしの目の前に現れたのは、苦悶の表情を浮かべて
だらしなく口を開いたゾンビ。
重力に従っても下には落ちない。吊るされた死体はあたしのすぐ目の前、首を少し伸ばすだけで鼻先が触れそ
うな位置で逆さまになり、ちぎれそうな腕をだらしなくぶら下げた死体の光景が見開かれた瞳からあたしの脳裏
に強制的に飛び込んでくる。
「……ッ!……ぁ………!!…………!!」
パクパクと金魚のほうに開閉を繰り返すあたしの唇からは、ほとばしりそうな筈の悲鳴はまったく聞こえてこ
ない。出てこようとする声があたしに出すことのできる声をはるかに上回っていて、喉に引っかかって外に出る
ことができないのだ。
フグアアアアアアァァァァァアアアアアッ!!!
「ィ…ッ…!!?」
さらに続く化け物の声…しかも真後ろ。頭のすぐそこから。
見ちゃダメ…見たら絶対に後悔するから見ちゃダメだって。――あ、なんで首が回って行くのよっ!? 目も
後ろを向こうしてるじゃない! やだ、やめて、やめてよぉぉぉ〜〜〜〜!!
なんとか理性を保っていた脳の一部分が、まるで操られるかのように意識に反して動いていく体に訴えかける。
けれど遅い。止まらない。
ギギギッ…と硬い筋肉を無理やり動かすときの感触を味わいながら振り向いた視線の先……そこにもゾンビが。
しかも一歩もない距離でこっちに手を伸ばして。
「!?ァ!??!ッ!!?!!」
恐い。そりゃもうはっきり言って大恐怖。
恐いことに理由なんてない。暗闇にゾンビ、前にもゾンビ、後ろにもゾンビ。ゲームで聞きなれた名称だけは
思い出せはするものの、虚ろな眼窩に見つめられ、居間まで張り詰めながらもなんとか切れずにすんでいた理性
もとうとうぷっつりと軽やかな音を立てて吹っ飛んでしまう――
フンガアアアアアァァァァァァアアアアアアアアア!!!
「………あ」
響く叫び声の中、ようやく放たれたあたしの言葉はとても単純な一音。
けれど次の瞬間には、そのたった一文字をあらわす音はもはや息を止めることも限界となった肺から搾り出さ
れた空気によって絶叫となり、周囲のすべてを震わせる。
「ああああああああああああああぁあああああああああぁぁぁっっ〜〜〜〜っ〜〜〜〜〜〜〜………!!!」
体中の力をかき集めるように全身の筋肉を収縮させ、たっぷり十秒以上ほとばしる悲鳴。
息も尽き、肩を軽く上下させながらすがり付いている弘二の腕を頼りに身を起こしたときには、なぜか前後の
ゾンビはその姿を消していた。
「はぁ…はぁ……やっ…も…やぁ……」
まわりにお化けがいなくなり、暗闇と静寂だけの空間に戻るとあたしの目からぽろぽろと涙の粒がこぼれ始め
る。
「弘二ぃ……やっ…もうやだぁ……恐いの…いやぁ……」
顔を上げることもできない。泣いていることが恥ずかしいのではなく、またゾンビの顔を見てしまうのが恐い。
足がすくみ、心がすくみ、早くここから立ち去りたいけれど体が動かない。ふんばろうとしても折れ曲がった
膝には力が入らず、弘二にしがみついていないとこんな恐いところに座り込んでしまいそうだった。もしそうな
ったら……
意思がゆっくりと恐怖と言う沼に沈んでいく。それまで必死にがんばっていたために、一度くじけて気力のな
くなった今のあたしはその束縛から抜け出せず、少しずつ、少しずつ体が地面へとずり下がっていく。
でも、あたしの体が落ちきるよりも前に、弘二があたしの前に回りこむと、空いた片方の腕をあたしの背に回
し、やさしく支えてくれる。
「あっ……」
そのまま抱擁。抱きしめていた腕もそっと解かれ、逆にあたしの体を抱きしめてくれる。
下を向いた額に弘二の胸板が触れ、そこと背に回された腕から弘二の温もりが伝わってくる。右手に背をなで
られ、左手に腰を抱かれ、両手に力がこめられるままにあたしたちの体は密着していく。
「こ……弘…二……」
胸が…ドキドキしてる……別に弘二のことなんてなんとも思ってないし、あたしは元々は男なんだから……だ
けど…だけど……
「んっ……」
いつも工事に抱かれるときは無理やりで、こんな風に腕を回されたら必死に抵抗しているはず……なのに今は
抱き寄せられるのに身を任せ、額から左頬へと触れる場所が変わっていく。そしてそれと同じようにあたしの震
えはお化けへの恐怖から早鐘のように鳴り響く胸の高鳴りのせいへと変わっていく……
「弘二…あの……あたしは別に……」
あたしが話し掛けても返事はこない。
ただ、二人の体にはさまれて押しつぶれた胸のふくらみから心臓の鼓動が伝わってるんじゃないかと恥ずかし
がるあたしを、いつもよりもずっとたくましく感じる二本の腕で抱きしめてくれるだけ…そして――
「あ…そこは……」
弘二の胸に抱かれたまま、あたしはぴくっと小さく身を震わせた。
腰に回されていた左手……それが今はお尻の丸みをスカートの上から円を描くような手つきで撫で回し、布地
を奥へ押し込むように太股と股間の隙間からヒップの谷間を何度も指で往復する。
こんなところで…何をしてくるのよ……馬鹿…弘二の馬鹿……やめさせなきゃ…こんなことやめさせなきゃ…
…だけど……
腕を振り払えない。スカートの中に手を入れられ、パンツにも指を入れられているのにあたしは強く拒むこと
ができず、針のあるお尻の丸みを何度も何度も撫でられてしまう。
「んっ…あっ……い、いや……やっ……んっ!」
そんな…右手まで……それ以上されたら、感じちゃう……お願い、やめて…やめてぇ…!
ピンク色のブラウスに包まれた背筋をツツツッ…と滑り降りた右手は戸惑うことなくスカートへ進入すると、
左手といっしょになって双尻を鷲づかみにし、容赦なく指を食い込ませ、グニグニと揉みこんでくる。しかも指
先はパンツをきつく食い込まされた谷間の奥へと触れ、豊満な美肉をこねられるたびにアナルの窄まりを擦られ
て、先ほどまでの恐怖ゆえに刺激に敏感になっていたあたしは徐々に体の疼きを感じ始めてしまう。
「ふぁ…!…あん…ああっ…! い、ああっ…!」
頬を押し付けている弘二のブレザーを両手で握り締めながら、あたしは声を震わせる。何度もこねられたお尻
は一段と張りを増したように感じられ、重たい刺激がのたうち始めた下腹からはジワッと温かい液体が滲み出し
てきてしまう。
そんなあたしの様子に気づいたのか、弘二は自分の腰を前に突き出して、ズボンの中で硬く、そして熱く勃起
した肉棒をあたしへと押し当てる。ひょっとしたら無意識にかもしれないけれど、抱き合ったまま腰を伸ばして
ペ○スをあたしのお腹に…今にも下着とスカートを突き破りそうな肉棒をあたしの股間に擦りつける。
こんなことを思っているあたしも、実を言えば恐さも忘れ、つぶれたEカップの先端では乳首が軽く勃ちはじ
めている。弘二が体を動かすたびにビリッと刺激が走りぬけ、漏れそうになる声を飲み込むのに必死になってい
た。
「んっ、くぅ……んあっ!」
けれど弘二の手指は容赦なくあたしのヒップを揉みまわし、キュッと窄まったアナルの周りを擦り続けて、指
が蠢くその度にあたしの体に快感電流が突きぬけて、次第に息も荒くなり、全身の肌と言う肌、特に触れられて
いるお尻の辺りが熱を帯びていく。それほど巧みとは言えないけれど二つの膨らみをいい様に責められると、女
の快感の味を体が少しずつ思いだし、体の奥から熱い疼きが泉の様に湧きあがってくる。硬く閉じ、真っ暗にな
った頭には太股の付け根を通って下着が食いこんだ股間がヒクヒクと痙攣し、その奥、女性の一番大事な場所が
グググッとうねり、もやもやとした感覚の奥から愛液を次々とあふれさせる。
だめ…これ以上されると本当に我慢できなくなっちゃう……今なら抱かれてもいい…だけど、ここは……
快感に夢中になってあまり考えられなくなってはいても、ここはお化け屋敷の中。人が来るかもしれないし、
それに恐いし……
場所を変えよう、そう言えば弘二だったら聞き入れてくれるかもしれない。女の身体を抱かれる事に抵抗はあ
るけど……ここにこれ以上いるよりはと思い、顔を上げようとすると――
「あっ!?」
下着の紐に…手が!? こんなところで下着を下ろそうって、何を考えてるのよ!
不意にお尻から離れた手はすぐさまあたしの腰に触れ、両の親指をパンツの腰紐の下へと通し、下に向けて力
を込める。それだけで、さっきまで弄ばれていたヒップのラインに沿って下着の後ろ側が引き下ろされて、手の
平と五指の感触が熱となって残っているお尻にひやっとするほど冷たい空気が触れてしまう。
「ダメッ! それ以上おろしちゃダメェ!!」
慌てて弘二の手首を掴むけど、僅かに遅くて愛液を吸って股間に張り付いていた股間部分まで下向きにされて
しまう。なんとか太股でそれ以上おろされるのは防いではいるけど、どのみちこの姿勢のままじゃそこまでしか
降ろせない訳だし……
「弘二、お願いだからこんな場所でこれ以上するのはやめて。どこか他の場所…で……」
自分で思っていた以上に感じている証拠の様に、空気に触れた途端、熱を帯びた蕾がヒクッとわなないた拍子
にトロリと淫液がこぼれ出す。グチュリといやらしい音を立てながら陰唇を撫で降りていく粘液の感触にお尻の
穴まで震えそうになるけれど、あたしはそれを気にするどころではなくなってしまっている。
懇願の言葉を口にしながら見上げた視線の先には弘二の姿はなかった。
代わりにそこにあったのは、垂れ下がった右の目玉、土色の肌、人じゃない人の顔……それを見上げるあたし
の声は先細りになり、冷たい空気の中で掻き消えていく。
確かにこの部屋に入る前まではあたしは弘二にしがみついていた。けれど今目の前にいるのは――
ゾンビだった。
「いやああああああぁぁぁああああああああああああっ!!!」
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