第3話その4


「エントリーナンバー27番、科学部代表は本日女の子になりたてほやほや、危ない道にゴーしてしまった二年 生の工藤弘二君。はりきってご登場〜〜〜!!」  こ、弘二ぃ〜〜!? もしかして、また女になっちゃったの!?  会場は興奮収まらずに歓声を上げる人たちと男と聞いて戸惑う人たちとで、もはや収拾がつきそうに無い雰囲 気だった。あたしの座っている審査員席でも松永先生や大村先生も目を丸くし、唖然としているほどだ。  弘二…かわいそうに……せっかくあたしを差し置いて男に戻れたのに(突っ込み不許可)、千里の欲望のために、 また女にされちゃって……ごめんね。可哀想だとは思うけど…あたしは自分の方がかわいいの。だから迷わず成 仏してね、な〜む〜〜。  別に死んだわけじゃないんだけど心の中で手を合わせ、それでも他人の不幸は蜜の味と言いますか、あの女顔 の弘二が再び女になり、果たしてどんな衣装で登場するのかという事には多少なりとも興味がある。これも千里 に関わった者の運命と諦めてもらおう、うん。  登場の音楽は観客の声に掻き消されてよく聞こえない。けど一分たち、二分もたつと、最後の美少女がいつま でたっても登場しない事に戸惑い、不信を覚え、やがて誰も現れないカーテンには彩るはずの女性がいないせい で寂しく聞こえる音楽だけが向けられていた。 「…………由美子、出てこないよ。本当に弘二が出てくるの?」 「えっと…おかしいな。出場者名簿にはちゃんと名前が書いてあるのよ、ほら」  たしかに。由美子の指差す一番下の名前は「工藤弘二(女)」と書いてある。でも―― 「――たぶん、千里が勝手に登録したんじゃ……だって、昨日まであたしは男の弘二に追い掛けられてたし…… それに舞台の最前列に座ってるのも見掛けたわよ」 「そんなぁ…ちょっと待ってね。ピッ、ポッ、パッ……あ、もしもし、舞台裏?」  由美子はあたしとは逆の方を向くと、取り出した携帯電話で話し始めた。おそらく、このコンテストの準備委 員か何かだろうけど…… 「最後の子はいつになったら…え? まだ来てないって…なんで教えてくれないのよ。こっちはもうアナウンス しちゃったのよ。これじゃ終われないじゃ……え、それって…本人の許可は……う〜ん、まぁ仕方ないよね。と りあえず本人に話してみるから。それじゃOKなら連絡入れるから……というわけで――」 「いや」  携帯を切り、由美子がこちらに向き直るのと同時に、今度はあたしが顔を横に向けて拒絶の言葉を口にする。 「由美子の言いたい事は分かるわよ。どうせ同じ科学部なんだから代わりにあたしに出ろって言うんでしょ?」 「その通り♪ たくや君、お願い。助けると思って出てくれない? ね、ね?」 「両手合わせて拝んでもイヤなものはイヤなの。あたしはこんな体でも男なのに、こんなコンテストに出るなん て恥ずかしくてできるわけないでしょ! それにステージの上には明日香と美由紀さんがいるのよ。もしあたし が出ていったら、後でどうなるかぐらい由美子にも分かるじゃない!」 「それを承知で頼んでるのよ。このコンテストは学園祭の目玉で、失敗するわけには行かないのよ。おねがい、 あとで何でも奢るから!」  うっ…ここまで頭を下げられると……ダメ、心を許しちゃダメ。あたしがステージに出たら、真剣勝負中のあ の二人の怒りを買って(既に賞品扱いである事を失念)、マジで洒落にならないような…あううう…明日香も恐い けど、美由紀さんも本気になるととんでもない事を平然とするし……ここはとりあえず逃げよう。小一時間も売 店巡りしてればコンテストも終わってるだろうし――  だが、その直後にその考えが甘い事を思い知らされる。背後から延びた二本の手に両肩をガシッと押さえられ た事で…… 「なかなか面白そうじゃない。こう言うハプニングがあってこそ、お祭りっていうのは盛り上がるのよ」 「衣装だったらまかせてください。えっとですね……あ、もしもし。今…部室? ちょうどいいわ、相原君が着 れそうな衣装を適当に持ってきて。場所はね、コンテスト会場。今すぐね〜〜♪」  し、しまった……この二人がいるのをコロッと忘れてた…… 「相原君、自分の美しさを示す事は恥ずかしい事でもなんでもないのよ。そう、それは乙女が恥じらいつつも自 分の全てをさらけ出し、その美貌を持ってさらなる高みへと昇り、そして神へと近付いていくいわば神聖な儀式 みたいな物なんだから。だから安心して脱ぎなさい♪」 「松永先生…なんだか本当にありそうな嘘話はやめてください!」 「そうでもないわよ。昔から生贄になるのは美少女だって相場は決まってるものよ。そして異世界から召還され た美少年と恋に落ちて激しく愛し合うのもお約束なの♪」 「ゲームか何かといっしょにしないでぇ!! やだ、離して、あたしはコンテストなんかに出たくないのにぃぃ ぃ〜〜〜〜〜!!!」  で、それから十分後―― 「まったく、一体なにやってるのかしら……最後の子は出てこないし、改めて自己紹介させられたり」 「それよりも先生たちがたくやを連れて行ったのが気になるけど……何か関係があるのかしら?」 「相原くんの事もあるけど…早く最後の子を出すなり終わるなりしてくれないかなぁ。この格好って結構おなか が冷えるんだけど……こんな事になるんだったら受け狙いは止めとけばよかった……」 「それ、私も……うちのクラス、喫茶店やってるからついつい紅茶とか…お願いだから漏れる前に何とかしてよ …はぁぁ……」  ――ごめん…でもね、でもね…出たくないあたしの気持ちも分かってよ……こんな格好させられてるのに……  ステージ上で一番近いところにいる明日香と美由紀さんの会話を盗み聞きながら、あたしはカーテンの隙間を 覗き、けれどそこから外に出ることが出来ずにいた。  だってさ、いくらなんでも…いくら急いで準備した衣装だからって、こんな格好で、こんな事までさせられて ……いくらなんでも恥ずかしすぎるよぉ…… 「さ、早くしないとみんなお待ちかねよ。ここまで来たら後はちょっと出るだけなんだから、ね♪」 「「ね♪」って言われても……こんな格好で人前に出れるわけないじゃないですか! 大村先生もどうしてこんな 衣装持ってこさせるのよぉ!!」  こんな衣装……今あたしが着ている服は衣装と呼んでいいかどうか…とある場所なら確実に「衣装」なんだろう けどね…風俗店なら……  恨みがましい目つきで振りかえるあたしが着ているのは真っ白い服――つい先ほどまで松永先生がいつも着て いる白衣だった。あたしは科学部代表の工事の代わりに出る、だから少しでも科学者っぽくしようと言うので着 せられた……ここまではあたしにだって分かる。  問題はその下。  開いた白衣の胸元から覗くのは、これまた白い服だった。制服を剥ぎ取られる時にどさくさに紛れてブラまで 取られ、それでも形を崩さない乳房の形をくっきりと浮かび上がらせているのは体操服だった。  しかも下半身を覆うのは短パンじゃなく、今は宮野森学園でも廃止されているはずの緑色のブルマ。体育の授 業は男子用の体操服を着ているあたしには履きなれないそれは上下ともにワンサイズ…もしかしたらツーサイズ ぐらい小さいんじゃないかと思うほど体にぴったりと貼りつき、締め付けてきている。  真ん中に寄せ上げられ、圧迫されている乳房が今にも白い布地を破ってしまいそうなほど胸元はミッチリと膨 らんでいる。着替えの最中に何人もの女性の手で揉み弄られた乳房は体を動かすだけでいつもよりもプルンと弾 み、寒さと布との擦れで硬くなってしまった乳首がプルプルと空中に楕円を描いてしまう。  けれど一番キツいのは股間のほうだ。いつもなら出すはずの体操服の裾をほうっておけばさらけ出されるお臍 を隠すためにキュッキュッと中につめこむため、ただでさえ小さいブルマを脚の付け根に食いこむほど、待たぬ のにアソコの縦筋が浮き上がってしまうほどいっぱいいっぱいに引き上げたその姿は、まるで食いこみのキツい ビキニの様でさえあった。  しかも大村先生の発案で……歩く姿勢をよくするためにと、お尻を僅かながらにでも隠してくれていた布地を お尻の谷間に集めて思いっきり食いこませたのである。後ろからは白衣で隠せているけれど、足を動かすとよじ れたブルマと柔らかなお尻の膨らみとが擦れ合い、一歩間違えばこの場で感じてしまいそうなむず痒さと恥ずか しさを同時に味合わされてしまう。  学生とは思えないほど熟れた肉体にはこの体操服は小さすぎる……どこにも布のあまりがなく、あたしの裸体 を完全に映し出しているその姿を女性相手にでも見られていると思うだけでゾクリとする震えが身体の芯に走り ぬけ、今にも座り込んでしまいそうなほど身体中から力が抜け落ちていく。 「あの…本当に他の衣装だったらなんだって着ます。だからこれだけは…こんな格好やめてくださいよぉ〜〜! !」 「ダメよ、わがままは」 「どこがわがままなんですか! コンテストなんか出たくないし出る予定もなかったのに人数に物を言わせて無 理やり着替えさせられて! 服選ぶ権利もないんですか!? こんなのって、あんまりです、横暴よ!!」  おそらくステージの方に聞こえているだろう、もはや外聞も何も捨てて大声で出場する事を拒むあたし。だっ てこうして立っているだけでも柔らかな股間の膨らみがブルマのゴムに左右から絞り上げられて、ちょっと気を 抜くだけで奥の方からトロッと……あ、なしなし、今のなし。 「とにかく! あたしは絶対に行きませんからね! どうしてもって言うんならちゃんとした衣装を持ってきて ください!!」 「落ち着いて、相原君。冷静に話し合って…あら? どうして向こうで音楽がかかってるのかしら?」  またそうやって話題を変えて……でも、さっきまで由美子が何とか時間を稼ぐためにかけていた音楽よりも、 今かかっているのははるかにボリュームが高い。スピーカーが舞台裏近くにあるということもあるけど、これじ ゃまるで出場のときの…… 「さぁ、それじゃあ行ってらっしゃい♪」  トンッと背中を軽く押される。  しまった、油断したぁぁぁ!!  一歩、二歩、よろめく。たったそれだけで目の前は出場口のカーテンだ。覚悟を決める暇もなく頭からそこに 突っ込むと、まるで図ったかのようなナイスタイミングで大きな布は左右に開き、三歩目を表ステージの上へと ついてしまう。  ウオオオオォォォォォォォオオオオオオオオオオオッ!!! 「ひっ!?」  な…なによこれ、これが…本当に人の声なの!?  あたしがステージに姿をあらわした瞬間、それまで聞こえもしなかった怒涛のような歓声が周囲からあたしに 向けて押し寄せてきた。  声が肌を震わせる。痛い。待ちに待たされた観客の興奮はあたしの登場でようやく開放され、あまりの迫力に 気が飛んでしまいそうなあたしに無遠慮な視線を突き立てながら口々に大声をあげていた。 「おおっ、あれって相原じゃんか!」 「体操服! ブルマ!! マンセー、マンセーー!!!」 「下半身がぱっつんぱっつんだ。見ろよ、今にもはじけそうだぜ、あれ!」  あ…あう……あたしの格好がやっぱり変だから…どうしよう、こう言う場合はとりあえず―― 「相原君、もし戻ってきたら一晩中よ、一・晩・中♪ それでもいいのかしら?」 「あうっ……」 「戻ってきてもいいのよぉ♪ その代わり物事を途中で放棄したとか内申書に書きまくっちゃうからねぇ♪」 「あうあうっ……」  これで逃げることもできなくなった……ど、どうしよう……どうすればいいのよぉ…… 「さぁ、ナンバー28番、審査委員特別枠での飛び入り参加! 女になってからの人気ぶりはうなぎ上り! 科 学部部長、相原たくや君で〜〜〜〜〜す!!」  ウオオオオォォォォォォォオオオオオオオオオオオォォオオオオオオッ!!!  審査員席にただ一人座っている由美子の紹介アナウンスが終わると、目の前にあたしというおいしそうな餌を 吊るされた男たちの雄たけびはさらにヒートアップ。次々に席から立ち上がり、腕を振り上げてあたしの名前を 大声で呼びつづけた。  何百人もの観客の声は大きなうねりのようにさえ思える。その迫力にあたしの意識は完璧に飲まれてしまい、 必死に白衣を胸の前に掻き抱いたままの姿勢でうつむくこともできずに全身を硬直させて立ち尽くすことしかで きなかった。 「ほら、手のひとつでも振って。立ってるだけじゃ誰も喜ばないわよ」 「そんなこと言われたって…あたしにも覚悟とか決意とか踏ん切りとか……」  体を振り向かせることもできない。全方位から注がれる視線の束に一挙手一投足まで見つめられている気がし て指一本動かせる気がしない。そのままの姿勢で恐らくカーテンの隙間から声をかけてくれている松永先生に返 事を返した後は、呼吸さえままならなくなってしまう。  逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめ…って、こんなこと考えたって何 にもならないじゃない!! どうしよおぉぉ〜〜、何していいのかさっぱりわかりませ〜〜ん!!  頭の中はパニックになるばかり。右を見ても左を見ても今にも襲い掛かってきそうな男子の人垣ができてるし、 後ろに逃げればまず間違いなく人生の破滅……逃げ道がまったくない、その余裕のなさは考える能力をすべてふ っ飛ばし、ただただあたしの焦りを掻き立てるだけだった。 「もう、なにしてるのよ。そんなところに立ってても何にもならないでしょ!」 「……あ…明日香ぁ……あたし…あたしぃ……」  美少女たちの並ぶ列の一番端っこ、ウェイトレス姿の明日香とタンクトップ姿の美由紀さんのほうへすがるよ うな気持ちで震えが全身に広がり、もう涙がこぼれる寸前の顔を向ける。 「泣いたって何にもならないわよ。ただ行って帰ってくるだけなんだから覚悟を決めて!」 「でも…でも……」 「こんな観客なんてどうでもいいじゃない。午前の舞台ではもっと観客が多かったのよ? その前であれだけ演 技で着た相原君なんだから大丈夫、自信を持って」 「美由紀さん……」 「私だって恥ずかしかったけど、我慢できたんだから……たくや、がんばって!」 「う…うん……」  こうやって励まされたのって、ずいぶんと久しぶりのような気がする……いっつも怒られるばかりで明日香に 心配かけて……美由紀さんともあんなに練習して、舞台を成功させたんだもん。このぐらい、あたしにだって… ! 「………はぁぁ……」  深呼吸を一度、二度、三度……会場に充満している熱気を胸の隅々に行き渡らせる。目を閉じて観客を自分の 視界から消して、白衣の袖でこぼれた涙をぬぐうと、あたしは覚悟を決めて――開き直るとも言うけれど…―― まっすぐ前に視線を走らせる。  歓声は衰えることなく、今もあたしに向けて叩きつけられている。けれどその重圧も幾分か和らいでいて、棒 のように固まっていたひざがゆっくりと動き始める。 「たくや、いってらっしゃい。何かあったら駆けつけてあげるから」 「背筋を伸ばして腕を振って。自分のすることだけをして」  ………うん、じゃあ…がんばってみる!  足の裏がステージの床から浮き上がる。それをきっかけにしてすべての呪縛から開放されたように、あたしは まっすぐ前に足を踏み出した。


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