第3話その3
「さぁ、今回のコンテスト、本命の一人の登場が終わったわけですが、特別審査員の方々はどう思われましたか
?」
「そうね…パフォーマンスは幾分物足りなかったけれど、真面目な片桐さんにしては頑張った方ね。これだけの
人前で緊張した様子も無かったし、十分合格ね」
「でも少し歩き方がぎこちなかったですねぇ。できる事なら帰るときにお尻をこう…キュッて。わかりますか、
キュッて!」
「はいはい、大村先生の言ってる事がわかんないって言うのはみんなわかってますよ。で、たくや君はどうだっ
たの? 幼なじみのいつもと違う一面が見れたとか、思わず嫉妬しちゃったとか言うのは無い?」
「……………」
「? もしも~し、起きてますか~?」
「………ほえ? あ、う、うん、起きてるよ、あたしはちゃんと起きてますよ。は…ははは……」
「その乾いた笑い…ものすごく怪しいなぁ……何か隠してない?」
「べ、別に何も隠してなんか……」
「そう言えば相原君、さっき急にひきつけを起こしたみたいになってたわね。具合が悪いのなら保健室で休んで
いらっしゃい」
「いえ、そういうんでもないんで…」
う~ん…さっきの、ひょっとして誰も気付かなかったのかな? もし見えてたんなら、松永先生たちももう少
し何か言うだろうし……
一緒に座っている女性教師二人が参加している女の子を的確に指摘をするのは今までで十分わかっている。そ
の中にも下着が見えた子もいたけど、服とのコーディネートがよくないとか全然勝負してないとか値段の鑑定と
か……大村先生の厳しさは演劇部で身をもって知ったけど、松永先生もキツいなぁ……
なのに、二人は何も言わない。じゃあ、アレは偶然あたしだけに見えたんだろうか……その前の視線もあるし
……なんだかよく分からなくなってきちゃった……
「そういえば片桐さん、かなり熱っぽい視線を相原君に投げ掛けてたわね。やっぱり気になるんでしょうね、相
原くんの事が」
「……へ? な、何言ってるんですか。明日香ってば、さっきあたしの顔をものすごく睨みつけて……」
「そうかしら。私には何か言いた気な視線に思えたけど? まぁ、よく考える事ね。ふふふ……」
松永先生の意味深な忠告でなんだかさらに混乱してきた……結局、明日香は機嫌直してくれるのかなぁ……
この美少女コンテストの結果が美由紀さんの勝ちだったら、もう二度と口も聞いてもらえない…そんな想像が
頭をよぎる。
あううう~~…できる事なら明日香が機嫌を直してくれて美由紀さんとも今まで通りの関係でいたいのに……
さ迷う視線はステージ中央に戻り、各部・各クラスから推薦を受けた美少女の列の一番端に並んだ明日香を捉
える。振りかえるのその動作までアイドルさながら――そして観客席を見まわしながら振り向いた明日香とあた
しの視線がぴたりと合ってしまう。
「……………」
最前列にきた時とは違い、どこか困った表情を浮かべた明日香はよどみなく動いていた体を一瞬だけ固くする
と、あたしかとは明らかに違う方へと顔を向ける。まるで恥ずかしがるかのようなその態度に、あたしは心のど
こかでほっとする安心感を覚えてしまう。
「さ~て、それではラストツー行ってみましょう! エントリーナンバー26番、午前中に公演された劇場でた
くや君とあっつ~~いラブシーンを演じた演劇部代表、渡辺美由紀さん、ご登場~~!!」
明日香の機嫌の悪いのがずいぶんと和らいでいるのを感じ取った余韻に浸る暇も無く、由美子がマイクを掴ん
で大声を張り上げる。耳を左右に貫いた声に我に帰ったあたしは、明日香の時と同様に参加者の出場口へと顔を
向ける――が、
カーテンが開いた当初こそ湧きあがった歓声だけど、会場に静かに響く音楽と現れた美由紀さんの姿を見て、
その多くは勢いを納め、ざわめきへと移り変わっていく。
なんだか…結構クラシックな音楽……それに美由紀さんの着ている衣装って、さっきの舞台のじゃないかな?
あたしが見る限り、美由紀さんの服は舞台衣装と大差無い物だった。違うのは胸元から首へと伸びる肩紐にあ
たる部分が無く、いつもよりほっそりして見える肩のラインが露わになっていること。
今までとまったく雰囲気の違う登場の仕方にあちこちで囁き合う声が充満していく会場の中、それを気にした
風も無く、まるでゆったりしている純白のドレスを身にまとった美姫のように静々と歩き進む美由紀さん。いつ
もは明るくて元気な姿を見なれているだけに、今のその姿にはある種の神々しさや神秘性さえ感じてしまう。
とはいえ、あたしとしてはこういうのもまた違った美由紀さんの魅力だとは思うんだけど、観客、特に男子に
とってはかなり不平不満があるだろう。なにしろ、美由紀さんのナイスボディーぶりはあたし以上。風邪を引い
ちゃいけないからと学園側から水着禁止が言い渡されてはいるけど、どうしてもその豊満なバストやヒップを拝
みたいというのが男子の本音だろう。
そこへこの肩透かしのような衣装と演出。あたしももっとド派手なのを着てくるかと思っていたんだけどな……
開催前から話題になっていた明日香と美由紀さんとの対決……たしかに今日の美由紀さんは綺麗ではあるけれ
ど、華やかさに欠ける以上これは明らかに明日香の勝ちだと思い始めたその時、美由紀さんはゆっくりとだけど
進めていた歩を会場の中央付近で止め――事もあろうに、その場でウエストにある大きな結び目を解き始めた!
「ちょ…ちょっと、その下はノーブラじゃ!?」
椅子を後ろに引くのももどかしく、慌てて立ちあがったあたしは身を乗り出しながら声を上げた。
舞台衣装の下はリアリティーを持たせるためにブラはつけさせてくれなかった。そしてよく似ているこの衣装
も……この会場にいる人間の中で、美由紀さんの行動の一瞬先の展開を読んだあたしは溜まらず制止してしまう。
あたしのいる位置から美由紀さんに声が届かないはずが無い。けれど美由紀さんは手で胸元を押さえながら結
び目を解くと――あたしの方をにこやかに見つめながら、垂れ下がったドレスの端を力いっぱい引っ張った!
「み、美由紀さん!?」
宙に舞うドレス――いや、元の形にもどった一枚の白い布の下、そこに全裸の美由紀さんが現れるのでは…そ
の考えは半分当たった様で、半分は外れていた。美由紀さんは白布の下にかなり露出度の高い衣装を身につけて
いたのだ。
肩とお臍を覆う布がまったく無く、そのFカップの胸を覆うだけの小さめのタンクトップ。惜しげもなくさら
され、テンポの速くなった音楽に合わせて揺れ踊るくびれたウエストの下には股間近くの部分で裾を切り下ろし
たGパンを履き、足元はバスケットシューズと、さっきまでのおしとやかな雰囲気は一転して活発な印象を見る
人に与える姿へと変身を遂げていた。
「はぁい♪ みんな、のってるぅ?」
ウオオオオオォォォォォォオオオオオオオオオオ!!!
美由紀さんが片手を上げ、よく通る声で会場に呼び掛けると地面が振動しているのではと錯覚するほどの大歓
声が沸き起こる。その反応に満足した様ににっこりと微笑むと、片手に持った白布を肩からなびかせながら美由
紀さんは最前列へと進んできた。
「やっほぉ♪ 相原君、驚いてくれた?」
「は…ははは……」
言葉も無い。完全に意表をつかれたあたしは全身から力が抜け落ちてしまい、ウィンクする美由紀さんの笑み
を見つめながら力なく自分の椅子へとへたり込んでしまった。
「さて、さすが演劇部部長、面白い趣向を凝らしてくれましたね」
「そうね。観衆の目を集める術をよく心得ているわ」
「えっへん。渡辺さんは私が指導してるんですよ。何しろ顧問なんですから」
「いや…大村先生が威張るところじゃないし」
「な、なによう。ちょっとくらいいいじゃない。相原君のイジワル! そんな事を言うんだったら、明日からも
っとビシバシ指導してあげるわ!」
「あたしが演劇部を手伝うのって今日までだったんじゃ……」
「延長よ延長! 演劇の星は一日にしてならずなんだから!」
「相変わらず怒るとだだっ子ですね。さてさて、たくや君の演劇部どうのこうのは置いておきまして、コンテス
トの目玉、アイドル系の片桐明日香とグラビア系の渡辺美由紀、両者とも前評判にたがわぬ盛りあがりでしたね。
この分だと優勝はこの二人のうちどちらかになるのか、それとも最後の美少女が大どんでん返しを引き起こすの
か!?」
「………最後? 由美子、さっきの美由紀さんが最後じゃ無かったの?」
「ちゃんと話は聞いててよね。今日は審査委員なんだから」
「そ、それは分かってるけど……出演者のリスト、美由紀さんで終わりじゃない」
「ふっふっふ…甘い、甘いわよ。まるで苺のショートに板チョコつきたてて砂糖をまぶし、ジャムと蜂蜜をたっ
ぷりとかけてからフォークの代わりにチョコポッチーで食べるぐらいに甘いわよ」
「………想像しただけで胸焼けが……」
「実はシークレット扱いで準備してたのよ。なにしろ明日香たちのおかげで話題性十分だったけど、それだけじ
ゃ面白くないじゃない。やっぱり多少のハプニングは起こってもらわないとね♪」
「こ、これ以上ハプニングって何をするつもりなのよ……あたしとしては平穏がなによりだし」
「じじ臭い事を言わないの。それよりも最後の一人もやっぱりたくや君の知り合いなんだけど…誰が出てくるか
分かる?」
「あたしの? う~ん………舞子ちゃん…かな?」
「舞子って、確か一年生の中でも群を抜いて可愛いって言う子よね。たくや君、そんな子とも知り合いだったん
だ~~」
「べ、別にやましい事なんて無いんだからね(嘘だけど…)」
「相原君、永田さんは女性恐怖症なのよ。彼女がこんなコンテストに出るって言うのは無理な話ね」
「あ、そっか……じゃあ誰? 他のクラスの女子の可愛い子はとっくにステージに出てるし……」
「そろそろ教えてあげましょうか。それでは本年度の美少女コンテスト、最後を勤めますのはエントリーナンバ
ー27番、科学部からの推薦を受けました――」
「科学部!? ちょっとそれどう言う事よ! 部長のあたしは何にも聞いてないわよ!?」
――いやな予感がする……現在、科学部に女子はマッドサイエンティストの千里と、女になってしまったあた
しの二人しかいない。一年前に在学していた佐藤先輩は知的美少女だったけど、千里は…かわいい事はかわいい
けど、背は低いし胸は無いし正確はかなりひねくれてるし…そもそも、こんなコンテストに出るようなタイプじ
ゃない。どちらかと言うと誰かを出場させて、優勝賞品だけ貰おうっていうのだし……と、言う事は――
「ちょっと由美子!! あたしは美少女コンテストになんか絶対に出ないからね!!」
あたしの名前が呼ばれる。そう思って由美子を押し留め様と手を伸ばすけれど、その唇から飛び出たのはあた
しの想像をさらに上回る、とんでもない人物の名前だった。
「出場するのは二年生の工藤弘二君! 今回の出演者の中で唯一の男性参加者ですけどご安心を。今日この日の
為に女性になって出演してくれるそうです。では、はりきってどうぞぉ♪」
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