第1話その3


 チャポン…… 「くっ…はぁぁ……きもちいいぃ〜〜……はあぁぁぁ〜〜……」  水泳二時間目は、ひたすら泳ぎたい人と自由に泳ぎたい人の為に半分ずつにコースと遊泳区画とに分けられた プール。授業開始のチャイムからやや遅れ、遊泳ゾーンに梯子を使って足元から水に浸かったあたしの口からは、 まるでお風呂に入ったときのような深い深い溜息が漏れこぼれる。  とは言え、気持ちよさはお風呂とはまったく逆。プールサイドを一周し、明日香と美由紀さんの説得のおかげ で競泳水着を身につけた体から、長い間日光にさらされて異常に高くなった体温が見る見るうちに奪われて、そ れと平行して乾燥した肌に全身が軋みそうな勢いで水分が染みこんでいく…… 「んっ……ハァ………」  胸の奥底に溜まっていた熱い空気を細長く吐き出しながら、首まで水に浸かる。  さすがにピンクのフリフリで泳ぐのは恥ずかしいので、新たに着替えた水着は色こそ明日香たちの着ている宮 野森学園指定競泳水着と似てはいるものの、背中の開きがかなり大きくてウエストのくぼみの辺りまで肌に直接 水が触れている。肩紐が背中で交差し、くびれた腰へとつながってはいるけれど、薄くて伸縮性のある布地が覆 っているのは体の前面とお尻だけ。脇の下だって体を揺らめかせるたびに冷たい水が通りすぎ、敏感な部分をま るで刺してくるような冷たさに撫でまわされて、体がオシッコをした後の様にピクンと震えてしまう……いや、 してないよ。体が冷えたからって、漏らしたわけじゃないからね。着替える前にちゃんとトイレにも入ったし、 塩素プールにも浸かったし―― 「ちょっとたくや、そんなところで何ポケ〜〜っとしてジジ臭い溜息ついてるのよ」 「あぁ…明日香……なんだかこうやって水に揺られてるのがすっごく気持ちよくって……」  ますます水に沈んで、顎を上げて耳の裏まで水没しながら体の向きを変えると明日香と美由紀さんがすぐ側に やってきていた。  しかも、二人とも背は十分に高いので、振り向いたあたしの目の高さはちょうど水面上にある二人の胸の高さ ……水を吸い、ピッチリピッタシ二人の乳房の形に貼りついた水着の膨らみ様は、直接その下を見た事のあるあ たしの目から見ても、ばんっと前に突き出ていて結構エッチである。  あたしがそれを目にしている事に気づいていないのか、二人はまるであたしの鼻先にそこだけ鋭く盛り上がっ た膨らみの先端を触れさせるように詰め寄ってくる。 「一時間も直射日光浴びまくってたもんだから、冷たい水が気持ちよくって……んじゃ、そう言う事で」  どうにも目のやり場がない……右を見ても左を見ても二人の貼りのある乳房が視界に入ってしまい、なんとな く興奮を催してしまう。元々男だからなのか、女の子の肢体にもついつい見とれてしまう今のあたしって、実は かなりスケベな女なんじゃないかと……  そんな思いを少しでも紛らわせようと、あたしは一歩後ろに下がり、水底に足をつけたまま二人から離れるよ うに移動する……が、逃げようとする気配にいち早く気づいた明日香があたしの頭を両腕で抱え込んでしまった !  わっ、わっ、わっ!! 明日香……胸、頭に当たってるんだけど……  大きさこそあたしや美由紀さんには及ばないけれど、明日香だって十分大きいし、そのうえ張りも感度もばっ ちりの美乳である。頭の膨らみに合わせ、先端部分を中心にふにゅんと形を歪める柔らかい感触から咄嗟に逃げ ようとするけれど、しっかりホールドされてしまっている上に進行方向には美由紀さんが回りこんでしまってい る。  あうう…この二人、もしかしてあたしを誘惑しようとしてるんじゃないの? さっきからこんなの……  頭を動かすと明日香の胸をグリグリ刺激してしまうことになりかねないので身じろぎ一つ取れやしない。そこ へ美由紀さんの鞠のように弾む胸が眼前に……これって一種の拷問…… 「ふ〜ん、片桐さんって独占欲強いんだ。そんな感じには見えなかったんだけどな」 「そ、そう言うわけじゃないけど……私はただ、せっかくたくやもプールには入れるようになったんだから、泳 ぎの特訓をしようと思って……」 「特訓? 誰の?」  美由紀さんがそう尋ねると、明日香は右腕を解いて指先であたしの頭を指し示す。 「………相原君ってカナヅチなの?」 「あ…あうっ……そう言うわけじゃないんだけど……」 「泳げはするんだけど、物凄く下手なの。水面バシャバシャ跳ね上げてるのにちっとも進まないから、一緒にい るとこっちが恥ずかしくて……」  うううっ……そんな事までばらさなくても……  美由紀さんに独占欲とか言われてかなり慌てているのか、明日香は余計な事までぺらぺらと口にしてしまって いる。子供の頃にビニールプールで溺れ掛けた事とか、恥ずかしくて海やプールに一緒に行けないとか……あた しの方が恥ずかしいよぉ〜〜…… 「――そう言うわけだから、たくやに少しでも泳ぎを上手になって欲しいのよ。なにしろ、トラブルには不自由 しないから、いつ溺れるとも限らないし……」  か…かなり物騒な事を言わないでよ…… 「ふ〜ん…でも片桐さんってスポーツだって万能なんでしょ? それなのに、いくら教えても泳げないなんて… …」 「それが不思議なのよ。たくやって体つきが華奢なのに水に沈んでいくの。それを止めるために全力で腕を掻く からバタつくし、すぐに疲れるし」 「じゃあ、今なら浮くんじゃないの? 女の体って胸や腰に脂肪がたくさんついてるから」 「………それもそうね。これだけ胸が大きくなってるんだから……」  ……………………………………………………………………………………へっ? 「って、何でこんな事になるのよぉぉぉ〜〜〜!!」  何やら共闘した明日香たちにプールから引き上げられたあたしは、まるで連行されるようにスタート台に上ら された。  場所は4コース。右手の1・2・3と左の5コースは競泳ゾーンで、飛びこんだ後に逃げようとすると、他の 人に迷惑がかかるし、後ろには明日香と美由紀さん以外にもトラブルの臭いを嗅ぎつけた野次馬の人々が……  もう、逃げ道はない。 「がんばってぇぇぇ〜〜〜♪ 大丈夫、今ならきっと水に浮く……はず」 「何なんですか、今の間はぁ!? それに「はず」ってぇ!?」 「泣き言は後で聞いてあげるから、早く飛びこみなさい。後がつかえてるんだから」 「ううう…ひどい…明日香も美由紀さんもひどい…あたし、心から二人の事を信じてたのにぃぃぃ〜〜〜!!  こうなったら…出席番号一番、相原たくや。男の度胸と女の意地で、いざ、飛びこみます!」  体を前に曲げ、両手の先をスタート台の端に沿える。  ………  ………  ………  ………  ………  ………  ……… 「………早く飛びこみなさい!」 「あわわわわぁぁぁ!?」  やっぱり今日で身がすくんで動けなくなったあたしのお尻を誰か(まず間違いなく明日香)に押され、銃身が前 へと傾いていく。  両手を上から下へ、何かを掬う様に何度も動かすけれど、そんな物で虚空へと浮きつつある体が逆戻りをする はずもなく、しつこく残っていたつま先が四角いコンクリートの台から離れると同時に真下へまっ逆さまに落ち て、盛大な水飛沫と音を立てながらあたしの体は透き通る水の中へと落っこちていった。


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