stage1「フジエーダ攻防戦」43


「めぐみちゃん、逃げて―――!!!」
 叫ぶ。――それと同時に、獲物を与えられたキメラゴブリンたちが一斉に動き出す。
「―――――――」
 目の前を走るゴブリンたちの隙間から辛うじて建物の影に人の姿を見つける。めぐみちゃんかどうかまでは確認できなかったけれど、あたしの声を聞いても動きを見せない。迎え撃つつもりなのか、それとも……恐怖で動けないのか。
「っ………!」
「君はおとなしくしていたまえ!」
 体を起こそうとしたあたしの頭を、後ろから佐野が押さえつける。
 魔蟲の媚薬と犯されすぎたせいで走る体力も残っていない。されるがままに顔を地面に押し付けられ、それでも目だけは前を見続ける。
 けれど幸いなことが一つだけある。―――頭を石畳に叩きつけられた痛みが、混濁した意識をはっきりと目覚めさせてくれた。
「もう君は僕の所有物である事を忘れたのか。抗う事を僕が許すとでも――」
「オーク! 黒装束!」
 オークはともかく黒装束って名前も言いにくい。後でちゃんとした名前を考えてあげよう……そんな事を考えながら、地面に落としたままの二つの魔封玉を開放する。
「―――いあっ!!? あっ…あ、あっ、あっああああああっ!!! 体が、ひッ、」
 魔力に反応して体を昂ぶらせる媚薬の効果があたしの全身へ駆け巡る。
 全身が煮えたぎるほど熱くなり、鋭敏になりすぎている神経が焼ききれるほどの昂ぶりが脈動と共に全身へ広がる。地面へ押し付けた乳房がそこからビリビリと疼き、震えた乳首が硬い地面と擦れてボリュームのある膨らみが破裂しそうなほどの快感が弾ける。張り詰めた皮膚の下で沸騰した母乳が渦巻いているような強烈な疼きに涙がポロポロと溢れ、歯を食いしばっても嗚咽が口からあふれ出る。
「体が、ひッ、お…おかしく…なるぅぅぅ!! こ…これ、いゥ…イッ……からだ…こわ、壊れ………グッ、ふ…ふたりとも、お願いだから、ま…守ってぇぇぇ!!!」
 指示や命令じゃない、もう懇願に近い言葉を口にした途端、今度は股間の昂ぶりが弾ける。もがくように開いた足の間から地面へ叩きつける様に射精液が噴き、肥大化したクリトリスがスカートの裏地に軽く触れて続けざまに吐淫。まだお漏らしレベルなら耐えられる……けれど、一噴きするたびに体液が駆け抜ける尿道が脈動してビクビク震えながら腰が浮き上がる。普通なら小さいはずの肉芽もここぞとばかりに自己主張して固く大きく勃起して、その先端から射精する代わりにくいを突きこまれたかのような極太の快感電流を脳天めがけて突き上げる。
 これならまだ佐野に体を弄ばれていた方がいい……子宮の奥でそそがれたばかりの精液さえ噴出しそうなほど痙攣するヴァギナが収縮し、絶叫する。何でここに自分がいるのか、何をしようとしていたのかすら忘れかける快感に豊満な肢体をくねらせ、悶え……けれどそれと引き換えに、かすんで消えてしまいそうになる視界の中で二匹のモンスターが新たな姿を見せる。
「ブヒィィィイイイイイイイイイイッ!!!」
 雄たけびと共に振るわれた大型の両手剣が、キメラゴブリンを数匹まとめて吹き飛ばす。それと同時に、キメラゴブリンたちの間を黒い影が駆け抜けたかと思うと、あちらこちらで赤い鮮血が吹き上がる。
 剣を手にしたオークと黒装束のリビングメイル。オーガを出せない今ではあたしに残された切り札だ。そしてその思いに答えるように、オークはその怪力と破壊力のある両手剣で、建物へ向かおうとするキメラゴブリンたちを押し戻し、黒装束もまた、振りが大きく隙も大きいオークをサポートするように戦場を駆け、二本の短剣で敵を切りつけていた。
「やっ……た………!」
 オークたちが奮闘してくれている間にめぐみちゃんが逃げてくれれば、それでいい。二匹のモンスターは魔封玉に戻せば手が出せないし、あたしへ固執する佐野はこちらの命を奪うまではしないはずだ。
「愚かな……」
 喘ぎ声しか口に出せず、それでもめぐみちゃんを逃がせると確信していたけれど、余裕のこもった佐野の一言が、頼りないあたしの心を一瞬にして凍りつかせる。
「僕の「切り札」があんな雑魚に倒されるとでも思っているのか?」
 頭を押さえつけられているので佐野の顔をうかがう事は出来ない。けれど事実だけを冷静に語る口調は氷のように冷たく、刃のような鋭さであたしの心に突き刺さる。
 ―――そんなあたしの目の前で、オークがいきなり吹き飛ばされた。
「ぁ………」
 光の柱に隠れたミストスパイダーの攻撃……伸縮自在の巨大な脚の一撃がオークの巨体を軽々と突き飛ばされる。剣で防いで決定的なダメージは貰っていないようだけれど、宙を浮いた巨体が地面へ倒れるよりも早く、二匹目の大蜘蛛の攻撃が今度こそオークに直撃し、さらに遠くへ弾き飛ばされてしまう。
「オーク!」
「黙って見ているといい。君が頼りにするモンスターが、僕の力の前ではいかに無力かを」
 押さえつけられて動けないあたしの頭上を通り、続けざまに黒装束のリビングメイルへミストスパイダーの巨脚が突き込まれる。さすがにスピードでは黒装束の方が上で大蜘蛛二体の攻撃を躱し続けているけれど、キメラゴブリンと距離を開かされてしまう。
「な…なに、あれ……」
 あたしが驚愕の声を上げたのは、オークや黒装束が切り倒したはずのキメラゴブリンがある変化を見せていたからだ。
 地面に横たわった死体がゆっくりと体を起こす。両手剣の一撃で甲殻ごと断ち切られ、短剣で間接を切り裂かれたはずのキメラゴブリンたちだけれど、切られた箇所が白い泡に包まれ、その下から新しい甲殻や節足を生やし、何事もなかったかのように立ち上がる。
「キメラゴブリンはダメージを受けるたびに肉体を変化させる。切られればより固い甲殻で体を覆い、敵の攻撃を弾き返すようになる。魔法を受ければ燃えないように、凍らないように。まだ実験の段階ながら、街の衛兵ごときでは倒す事のできない、僕の芸術作品ですよ」
 ―――そうか、それで神官長たちも……
 神官長だけじゃない、随伴していたユーイチさんやユージさんたちも歴戦の戦士だ。際勢力も強くて斬れば斬っただけ防御力を上げるモンスターが相手では敗北するのも時間の問題……その再現を見せられたわけか……けど―――
「もっともアレは使い捨てですけどね。急激な肉体の変化に再生力が追いつかない。それなりに手間の掛かるキメラだからね。再生力と肉体変化のバランスを調整してそれなりに長期間使えるようにしなければいけないのだけれど、そこは僕は天才だから――」
 遠距離からのミストスパイダーの攻撃と、倒せば倒すほど強力になっていくキメラゴブリンの攻撃にオークと黒装束は手も足も出ない。距離を置いても近づいても対処のしようもない上、あたしとの距離も開いている。まだ致命傷を受けずに戦えているオークと黒装束だけれど次第に防戦一方になり、建物の方へと追い込まれていく。
 ―――このままじゃ、余計に状況が……何とか逃げ出さなくちゃ。……けどどうする? 体はまだ動けそうにないし……
 体をまさぐられていないけれど、さっき魔封玉を開放した時の余韻は全身に強く残っている。何度もイかされた手足は重い。どうすればこの状況から抜け出せるのか……
「たくやさん、目を閉じてください!」
 その声はあまりに突然だった。しかも聞き覚えがあり、確か向こうの建物の影にいるはずなのに横手の方から「彼女」の声は聞こえてきた。
「誰かいるのか!?」
「―――――――ッ!」
 その声に反応して佐野は顔を向け、あたしは言葉を信じてまぶたを強く閉じ、顔を俯かせる。
 その数秒後―――それでもまだ眩しさを感じさせるほど、強烈な閃光が広場の中心で炸裂した。
「ぐわあッ!! 目が、目がぁ!!」
 押さえつける佐野の力が弱まる。その隙に体を起こすと、あたしは何も考えずに前へ、体が倒れそうになるのを支える一歩目を利用してそのまま前へと走り出した。
「ま、待て、誰かその女を捕まえろ!」
 強烈な光に瞳を焼かれた佐野は眼鏡を落とし、左手でまぶたを押さえながら杖を振り回す。
 けれどその命令に反応できるのはミストスパイダーだけだ。閃光は一箇所だけではなく複数同時に光ったらしく、甲殻に覆われ禍々しい姿となったキメラゴブリンたちも地面にうずくまって涙を流している。視界を遮断している円柱魔法陣の中にいたミストスパイダーは被害を免れたようだけれど―――
「二人とも、戻ってきて!」
 あたしが命じると、その前から走ってきていたオークがすぐさま駆けつけてくる。オークの首はリビングメイルが体にしていた黒い布で覆われていて、それのおかげで視界を潰されずにすんだらしい。すぐ傍で二本の短剣を浮遊させているリビングメイルの中身――ゴブリンのゴーストの機転に助けられたのは、これで二度目だ。
 後はここから逃げるだけ……いや、それは出来ない。広場には神官長も含めて十人ほど人が倒れている。それを助ける時間は……ない。それならそれで、
「オーク、佐野を叩き切って! なます切りでも短冊切りでもオッケー!」
「ブヒィィィイイイイイッ!!!」
 この状況を抜け出すには佐野を倒すしか手はないわけだ。一時は様付けで呼ぶぐらい堕ちかかったけれど、その分怒り倍増。佐野を指差してオークに命じると、覆面をして怪しさがアップしたオークが両手剣を振り上げる。
「この…なめるなぁ!!」
 オークの怪力で勢いよく振り下ろされた両手剣が、佐野に届く直前で硬い音を響かせて停止する。佐野が発動させた障壁の魔法だ。
 佐野が杖をあたしの方へ向ける。視界ゼロで狙いもつけずに広範囲に放たれた振動弾はほとんどがそれて行くけれど、一発があたしの左腕を直撃した。
「っ……!」
 痛みで足がよろけると、あたしはそのまま後ろへ尻餅をつく。立っているだけの体力がなく、体を支えていられなかった。それでも声を上げなかったのは我ながら頑張ったと思うけど……佐野の背後に巨大なミストスパイダーが到着したのを見ると、もうどうしようもない事を実感させられてしまう。
 ―――打つ手なしか……
 佐野もキメラゴブリンも視力を取り戻していないけれど、それも時間の問題だ。そして気体状の体をした大蜘蛛が伸縮自在の足をあたしへ向けると、もう避ける事も―――
「……………!」
 諦めかかっていたその時、あたしと大蜘蛛の間に先端に火が付いたガラス瓶が投げ込まれる。それは反応する暇さえ与えてくれずに地面へ落ちて砕け散ると、中の油を撒き散らしながら巨大な炎を生み出した。
「お嬢ちゃん、大丈夫か。神殿の中へ逃げ込むぞ!」
「え、衛兵長!?」
 火炎瓶であたしと佐野の間に炎の壁を生み出したのは、衛兵詰め所で分かれた衛兵長だった。歳は取っているけれど十分力のある衛兵長はあたしへ駆け寄ってくる。
 見ると、広場に現われたのは衛兵長だけじゃない。あたしが牢屋から助けた衛兵のみんなが広場へとなだれ込み、どこかで油と瓶を調達したのだろう、手製の火炎瓶を投げながら倒れた人たちを助け出している。
「まったく、何度無茶をすれば気が済むんじゃ! 他人のために頑張るのを悪いとは言わんが、見ているこっちは心臓に悪いぞ!」
「………見てたの?」
「し、仕方なかったんじゃ! けっして嬢ちゃんを見捨てたわけではないぞ!? わし等が到着した時には既に神官長たちが敗れており、迂闊に攻め入ることができんかったんであって――」
 ―――その時からいたって事は、あたしが佐野に犯されてる間ずっと隠れてたって訳か……ああ、百発切りに続いて恥ずかしいところを……
 顔は熱くなるけれど、腕を上げる体力がない。左腕も骨折はしていないけれど、すぐには動かせそうに無かった。ないない尽くしで立ち上がれないと来て、オークに抱っこしてもらったあたしは衛兵長や他のみんなと共に動けない敵を尻目に神殿へと駆け込んでいった。
「………そう言えば…めぐみちゃんは……」
 気力の糸が緩むと、全身の神経を侵す魔蟲の媚薬の効果が再び頭をもたげてくる。オークの腕に抱かれながら豊満な体をくねらせ、溢れる愛液を股間から滴らせてしまうけれど、あたしの目は退却する人の流れに飲まれそうになりながらも、こちらへ近づいて来てくれているめぐみちゃんの姿を捉えていた。

 ―――閃光弾が投げ込まれる前、あたしへ呼びかけてくれたのは間違いなくめぐみちゃんの声だった。じゃあ……建物の所に隠れていた人影は一体誰だったんだろう……





「おのれ……おのれェェェ!!!」
 たくやが逃げ出してしまう。
 人質として放っておいた神官長たちも助け出されてしまう。
 炎の熱と上昇気流よる風の乱れに弱いミストスパイダー、そして閃光弾にあっけなく動けなくされたキメラゴブリンの不甲斐なさ。
 まだ一つ一つであればここまで怒り狂いはしなかっただろう。クールに、冷静沈着である事を心がけてきた佐野にとって、感情を露わにする事は醜態に等しい。だがゆるぎない筈であった自分の優位を完全に覆された屈辱は佐野の理性を完全に吹き飛ばしてしまう。
「―――出て来い、お前の出番だ!」
 地面に落ちてヒビの入った眼鏡を忌々しげに踏み潰し、周囲を取り巻く炎を振動弾で吹き飛ばした佐野は、天へと伸びる光の柱のような魔法陣の中へ怒りのこもった声をぶつけた。
「最後の切り札だったが、僕の怒りは皆殺し程度では収まらない……覚悟するがいい。僕の寵愛を無碍にした事がどれだけの罪であるか、その身に刻み込んでくれる!」
 怒りの魔力が古代魔導杖で変換され、周囲に振動波が放たれる。それでも感情が抑えられず、目に付くものを手当たり次第に振動弾で破壊する佐野の背後……刻一刻と完成に向かう円柱型魔法陣の中から、大柄な人型の影があらわれる。
「あの女が連れているモンスターよりも、僕の方が何倍も優れている……お前は僕が優秀である事の何よりの証明だ。殺せ。犯せ。お前の望みをかなえたいなら、僕の気が済むまで徹底的に破壊しろぉ!!」
 第一の目的である「魔王」の召喚まで、もう時間はない。……だが怒りに狂った佐野は、たくやたちの逃げ込んだ水の神殿を指差すと、その場にいるモンスターすべてに攻撃の命令を下した。
 その言葉を静かに聞きながら、柱の中から現われた人影は背に生えた翼を大きく広げ、空へと飛び立った―――


stage1「フジエーダ攻防戦」44