第八章「襲撃」05


「ふ〜ん…ゴブリン退治が上手く行ったから、そのまま頑張ろうってこっちの方までやってきたわけね」
「は、はい。僕、今までに五匹も退治したんですよ。激しい一騎打ちの末に打ち倒したとき、僕は自分が強くなったと確信したんです! 一日一日、父の元にいたときとは比べ物にならないほどに充実した日々で、もっと倒せば勇者と呼ばれる日もそう遠くないと確信したわけです!」
 ………んじゃ今日一日で四匹倒したあたしは何なのよ。化け物かい。
 とりあえずあたしは自分の仕事をする事にした。やけに大きい弘二の背負い袋に腰をかけ、テントの床に正座した弘二を見下ろし、鞘付きショートソードで肩を叩きながら本来なら神官長へ報告しなければならなかったゴブリン退治の仕事内容を尋ねていく。
「そっかそっか。弘二も頑張ってるのね。―――それじゃ次ね。このルートはちゃんと通ったの?」
 ジャケットのポケットから折りたたまれた地図を取り出して弘二に見せる。神官長から預かった巡回ルートが示されたもので、そのルートのうち弘二が回ったはずの一本を指差して見せる。
「回っていませんよ。そんなに長い距離を歩けるわけ無いじゃないですか♪ 危ない場所へは近づかないようにしていますし」
 やっぱり……そんなことじゃないかと思ったんだ。弘二の荷物は一人の冒険者が持ち歩くにはあまりに多い。それに体つきだって男の時のあたしとどっこいどっこいじゃ、とてもじゃないけど五日間も山の中を歩き回れるはずがない。
 それに……弘二の反省のまったく感じられない言葉を聞いて、ズキズキ痛くなってきたこめかみを押さえて顔をしかめてしまう。
「あんたねぇ…出来ない仕事なら最初から引き受けないでよ。報告にも来ないし勝手に出かけるしで、これが神殿から受けた依頼だって理解してないでしょ。あんたが自分の我侭で勝手に怪我するのは知ったことじゃないけど、そのとばっちりを受けたこっちはいい迷惑なんだからね」
「迷惑なんてそんな! たくやさんに会うことが出来て僕のやる気エナジーは臨界点を軽く突破していますよ。今の僕の力を持ってすればゴブリンの百匹二百匹なんて軽く退治できますよ」
「あんたじゃなくてあたしが迷惑請けてるって言ってるのよ!」
 ああダメだ。せっかくここまで我慢してきた堪忍袋が完全ぷっつり切れちゃったじゃないの、バカ弘二!
「だったらさっきのは何なのか説明してもらおうじゃないの! たった四匹に取り囲まれて袋叩きにされてたのはあんたでしょうが。あたしが助けなきゃどうなってたのよ!」
「あ…あれは…そう、不意打ちされたんですよ。僕は一人なのに相手は四匹。さすがの僕も相手の策略にはまっては実力を発揮する事も出来ず、どうする事も……悪いのはゴブリンたちなんです! いや〜、たくやさんに僕の華麗な剣技を見せられなくて残念です。いつもの僕なら瞬殺なんですが」
「あ〜も〜、そんな御託はたくさんよ。―――いい。もういい。神官長にはありのまま報告してあげるから」
「よろしくお願いします。僕の大活躍を街中に広めてくださいね♪」
 こ…こいつの頭の中は一体全体どうなってるのよ。はっきり言ってゴブリンよりも頭悪いんじゃないかって思えてきた……
「はぁ……まあいいわ。それじゃ、次はあたしからのお話ね」
 これであたしの仕事は終わり。後は街に帰って弘二の馬鹿ッぷりを報告するだけだ。
 かと言って、公示との会話をここで終わらせてあげるほどあたしも寛容じゃない。女性(?)を強姦したんだから…極刑も十分ありえるよね。他には禁固刑、鞭打ち、棒叩き、晒し者、あと去勢――おチ○チンをちょん切っちゃうなんて言うエグい罰もあると思う。
「さて……とりあえず遺言があるなら聞いてあげる。さっきみたいに饒舌に喋ってオッケーだから」
「遺言…ですか?」
「出身はクドーの街だったよね。ちゃんと墓石に刻んであげる。「馬鹿弘二ここに眠る」ってね♪」
 笑顔を浮かべて剣を強く握るあたしの雰囲気の変化に気づいたのだろう、それまで誇らしげにゴブリン退治の内容を語っていた弘二が口をつむぐと、座ったままテントの端へと後退さっていく。
「あ、あのぉ〜…僕の家は一人っ子なので、死にたくは無いんです。できれば死刑判決が下る前に釈明させてほしいなぁ、と思ってるんですけど。あ、うちの親戚に凄腕の弁護士がいるので連絡を」
「却下」
「そんなぁ! 僕とたくやさんの中じゃないですか! あんなに情熱的に肌を重ねあい、将来を誓い合っぐふぁ!!」
 有無を言わさず鞘付きショートソードのフルスイング。骨が折れない程度には加減してあるけど、鼻先を殴られた弘二は「ん〜!」とうめき声を上げ、顔を抑えてうずくまっている。
「誰と、誰が、将来を誓い合ったって言うのかな♪ いえなきゃもう一発かましちゃうぞ♪」
「ぼ…僕と…たくやさんが……」
「………こんなに脅迫されてるのにそう言いきった根性に免じて、ぶん殴るのだけはやめてあげる」
 これ以上無抵抗の人間を武器を使って殴ると良心の呵責に耐え切れなくなりそうだ。指が白くなるほど握り締めていたショートソードを床に置くと、なぜか弘二は満面の笑みを浮かべて、
「ああ、ついに分かってくれたんですね。この僕のたくやさんへの愛が!」
「冗談言わないで。あたしは一度だってあんたと結婚するなんて事を納得も了承もしてないんだから。それなのに一方的に自分の気持ちだけまくし立てて。そんなの自分勝手じゃない。あたしの事を何も知らないくせに!」
 あたしが男だってことも知らないくせに!――とは言えないか。言ったら最後、さすがの弘二も精神崩壊起こすかもしれないし。
 でも効果は十分だった。それまで一方的にあたしへの好意を口にしていた弘二の表情に徐々に戸惑いが広がっていく。
「結婚ってさあ、ちゃんと相手のことが分かってからするものでしょ。なのに弘二はあたしの事を知ろうともせずに口を開けば結婚結婚。そんな言われ方されたら誰だって辟易するわよ!」
「確かに僕たちは出会ってから間もありません。け…けど僕はあのときに感じたんです。僕の生涯の伴侶にふさわしいのはたくやさんしかいないって!」
「だからなに? 弘二が好きになったら、あたしも好きになってあげなきゃいけないの? 好きでもない男を好きって言えって言うの?」
「そ、そんなぁ……」
 男を振る台詞にしても率直勝つストレートな言葉が弘二に突き刺さる。―――幼馴染によると、振るときは徹底的に振らないと、未練がましく付きまとうそうだから…あたしも心を鬼にしないと。
「それにあたし、最近愛だの運命だの口走る男に迫られていやな目にあわされたから、そんな事を言う奴は信用しないことにしてるの」
「えええええっ!? ぼ、僕以外の男に愛を語られたって言うんですか!? 誰ですか、誰なんですかその男は!」
「聞いてどうするのよ。決闘でも申し込む?」
「はい! たくやさんにふさわしい男は誰かを思い知らせてやります!」
「………は?」
 他の男の臭いをちらつかせるつもりで口にした言葉。弘二を引き下がらせるために半分冗談で「決闘」と言う言葉を使ったのに、その言葉に力を加えた弘二は熱血気味にテントの中で立ち上がると、あたしの両肩を掴んで有無を言わさず地面へ押し倒した。
「こ、こら! あんたまたこんな―――」
「僕は真剣です。本当にたくやさんのことが好きなんです! 誰にも渡したくない。渡したくないんです!」
「あっ……」
 やばっ……ま、真顔でそういう事を言われたら胸がドキッて……
「たくやさんは僕を助けてくれたじゃないですか。僕を励ましてくれたじゃないですか。あの時、たくやさんと会えたから僕はここまで頑張れたんです。僕は…たくやさんじゃなければダメなんです!」
「弘二……」
「本当に愛してるんです。……あなたで無ければ…ダメなんです……他の男に取られるぐらいなら…僕は……!」
 まるで子供が泣き出す直前のような表情だ。あたしを組み伏せ、だけどそれ以上何をするでもなく動きを止めた弘二は、涙に大粒の涙を浮かべて行く。
 それほどまでにあたしの事を思ってくれている事はうれしくはある。だけど……あたしを好きな理由を聞かされた以上……余計に好きになるわけにはいかなくなった。
「甘ったれないで」
 押し倒してきた男に甘い言葉を掛けるほど、あたしはやさしくない。口にしたのは、弘二の思いさえ跳ね除ける一言を冷静に言い放つ。
「あたしは弘二のために生きているわけじゃない。あたしは弘二の物でもないし、弘二に依存されるためだけに愛して上げられない。愛してあげるつもりも無い。はっきり言って迷惑。調子に乗らないで」
「そ、そんな、僕は本当に―――」
「あたしを愛してる? じゃあ……あたしを好きにすれば?」
 顔の真上には今にも覆いかぶさってきそうな弘二の泣き顔がある。もしあたしが気を許せば、昼間のように感情を爆発させて体を求めてくるのは明白なのが分かるほど、理性と感情とがぶつかり合ってる表情だ。―――けれどあたしは弘二の姿を自分の中から追い出すようにまぶたを伏せると、抗おうとしていた腕から、そして全身から力を抜いて、身を任せていく。
「………い、いいんですか?」
「いいわよ」
 弘二の唾を飲む音が聞こえてくる。あたしの腕を押さえつける手の平にも熱と力がこもり、弘二が緊張して行くのが分かる。あたしの方から抱いてもいいと言っているのだ。きっと頭の中はパニック寸前だけど「そういう事」をいくつも考えているに違いない。
 だけど、
「いくらでもあたしの事を好きにすればいい。明日の朝には街に帰るから今晩だけ…ううん、何処かに閉じ込めて、あたしを弘二だけのものにすればいい。だけど―――あたしは弘二の事を、絶対に好きにならない」
 最後の一言を口にすると、弘二の「全て」が止まる。動きも、呼吸も、あたしの耳に届くほどだった大きな心音でさえも聞こえなくなり、それこそ人形のように固まっていくのが体の上から伝わってくる。
「いくら抱かれても、ずっとこの姿のままでなぶられたって弘二の事は好きにならない。媚もしない。許しも請わない。だけどいくら愛を囁かれても好きにはならない。―――弘二の言う愛は、そういうものでしょ? 自分の思いしか考えない、我侭な愛」
「そ…そんな……違います。僕はたくやさんの事を……」
「構わないわよ。昼間みたいにあたしを犯してみなさいよ。――あたしの気持ちを無視して」
「できるわけ…無いじゃないですか……」
「それを弘二はしたんじゃない。だからあたしは、弘二を好きにはなれないの」
「僕は……そんな…つもりじゃ……」
「それも違う。……弘二は自分に都合のいいあたしが好きなだけ。自分を好きになってくれるあたしがね」
 あたしの言葉がつむがれるたびに、弘二の腕から力が抜け落ちて行く。体はショックで小刻みに震えているのが肌を通して伝わってくる。可哀想ではあるけれど……あたしは、ゆっくりとまぶたを開き、
「どいて」
 弘二の戒めから抜け出した右手を軽く振り、意気地の無い男の頬をパンッと軽くはたいた。
「ぁ…………」
 あたしの上から転がり落ち、叩かれた場所を手で抑える弘二。その姿を見る事もせずに起き上がったあたしは勤めて弘二を無視すると自分の荷物をまとめて始めていく。
「たくやさん、どうして……?」
「外で寝る。弘二だってあたしとはいたくないでしょ? 自分を振った女と同じテントで寝るなんて」
 テントの中にあたしの物は何一つ残さない。弘二に汚された下着も湖で洗って背負い袋の下のほうに突っ込んである。
 鎧を着け、剣を差し、袋を背負い棍を手にする。もうここにとどまる理由もないし、いたくも無い。その意思表示をするかのように、すべての準備を完全に終えてから立ち上がった。
 ………多少言い過ぎたかな?
 ちらりと見ると、完全にあたしに拒絶された弘二はショックから抜け出せず、床に尻餅をついたまま俯いている。聞き取れないほどの小声でなにか囁いているけれど、哀れみ以外には何の興味も持ちはしなかった。
 もう少し優しくしてあげてもよかった。少なくとも好意を抱いてはくれていたんだから……けれど、今は肉体関係を仕事と割り切れる娼婦としてここにいるわけじゃない。弘二があたしを欲しているのなら……それに対してひどい言葉を投げかけることになっても真剣に答えるべきだと思った。
「―――それじゃあね」
 落ち込み続ける弘二の姿を見ていたくない……あたしが落ち込ませただけに居たたまれない気持ちになり、テントを出ようとする。
――――ポツッ
「……雨」
 入り口の布をめくり外の様子を伺うと、乾いた地面に黒い点が穿たれ、テントを打つ小さな水滴の音がポツポツと、けれど頭を覗かせた数秒の間に数え切れない小さな音が重なり合って大きな音を響かせる豪雨へと変化した。
「………ま、しょうがないかな」
 これから旅を続けて行けば雨の中で野宿する事だってあるだろう。それなら……と、一歩踏み出すだけでびしょ濡れになりそうな雨の中へ身を晒そうとした時、背後から伸びた手があたしの手首を握り締めた。
「待ってください。こんな雨なのにどこへ行くんですか」
 あたしを止めたのは弘二だ。力の入らない手は簡単に振り払えそうだけど、雨に目の前を阻まれたあたしは出鼻をくじかれた気分で後ろを振り返った。
「あっ……多分、この雨はしばらくしたらやむと思います。だから、だから……ほんの少しでいいんです。ここに…いてください……何もしません…から……」
 弘二はあたしの視線を避けるように顔を逸らすけど、手は離さなかった。
「………本当に何もしない?」
「しません……信じてください」
 今にも泣き出しそうな声で強くそう言われると、あたしも断る事が出来ない。弘二をそうさせたのはあたしの言葉で、言いすぎたと自分でも反省してるんだし……
「………うん。それじゃ今晩はここで眠らせてもらうわ」
 どうにも笑みがぎこちない。弘二はあたしがとどまる事に素直に喜びの笑みを浮かべる弘二に対してどうにも顔が向けづらいあたしは、背負い袋を邪魔にならないようにテントの隅へそっと下ろした。



 たくやが自分の事を好きになってくれない。
 こんなに愛しているのに。
 こんなに恋焦がれているのに。
 フジエーダの街を出て森の中をさ迷い歩き続けていた弘二は、たくやへの思いが昂ぶると時と場所を選ばず、湧き上がる性欲を自分の手で処理していた。
 最初の日は三回射精した。夜のテントの中で幾度も体を打ち震わせてたくやの名前を連呼した。
 次の日は五回射精した。パンツにペ○スがすれるだけで耐え切れなくなり、日も高い内から木にもたれかかって精液を噴き上げた。
 その次の日は射精の数が十回を超えた。体力を使いすぎて、それ以上森の中へ進む事は出来なかったけれど、射精するたびにたくやを自分の物にしているような錯覚を覚え、性器が内出血するほど自慰を繰り返した。
 そして今日、突然姿を見せたたくやを抱きしめ、その感触を満喫しながら子宮の中へと精液を流し込んだ。
 至福の時だった。
 これでたくやは自分の物になるはずだった。これでたくやと自分は永遠意結ばれるはずだった。
 ―――だけど、たくやは自分を愛してはくれなかった。
 愛に破れたのはこれで二度目だ。最初に愛した人はたくやだが、もう一人、娼館でルーミットと言う女性を愛した。たくやに似た、美しい人だった。
 その肌に最初に触れるチャンスを自分は得た。けれど繋がりあうチャンスは他の男に奪われ、自分は椅子に縛り付けられてその様子を聞かされるだけだった。
 惨めだった。―――けれどルーミットの喘ぎ声に興奮してしまった。
 それからしばらくの間、娼館で下男の仕事をさせてもらい、もう一度ルーミットと触れ合うチャンスを得ようとした。だが実際には、ルーミットが他の男と並んで歩く姿を目で追うばかりで、彼女を娼婦として買うことも出来ずに、ただ、耐えられなくなって仕事をやめた。
 自分は冒険者としての道を進む。―――そうだ。冒険者になって強くなれば、きっとたくやさんもルーミットさんも僕を振り向いてくれる。
 だからゴブリン退治を頑張った。最初は逃げてばかりだったけれど、それでも五匹のゴブリンを倒した。たくやへの恋慕を募らせながら、必死になって戦った。
 けれど、たくやは自分の事を好きにはなってくれなかった。
 どうすればいい? どうすればたくやに愛してもらう事が出来る? ―――その方法は、弘二の荷物の中に既に用意されていた。
『よく頑張ってくれたご褒美に』――娼館を出る日に、娼婦の一人から手渡された薬。これを飲み物に溶かして飲ませると、傍にいる異性を愛さずにはいられないらしい。
(たくやさん……)
 手を伸ばせばどこにいても触れられるテントの中に二人きりでいながら、これ以上嫌われる事が恐くて何も出来ない。その一方で、たくやを求め続ける股間は勃起を持続させていて、理性を切り崩してでもたくやの肉体をもう一度味わいたいと喚き悶えている。
 想像よりも何百倍もスゴかったあの熱さ…先端から根元まで絡みついてくる膣内の肉の感触の記憶がわずかに脳裏をよぎるだけで、底なしの性欲がペ○スの先端にまでこみ上げてきて、収まりが付かないほど肉棒を膨張させる。そしてあの吸い上げられるような吸着力を想いながら必死に射精だけは押しとどめなければならなかった。
 弘二は限界にきていた。だからもう、たくやに愛されるためならば手段を選びはしなかった。
 目の前には木製のカップ。それに水筒から水を注ぐと、たくやに気付かれないように薬を落とした。
 一粒でいいところを水に落としたのは五粒。それほどに弘二はたくやを愛していた―――


第八章「襲撃」06へ