第八章「襲撃」04
「―――分かったアル。この件は滞在中の冒険者を雇う事で対応するアルから、めぐみちゃんは下がっていいアルよ」
「はい。それでは神官長、お先に失礼します」
日も暮れて夕食の時間をかなり回った頃、めぐみは報告書を神官長へ提出すると頭を下げて執務室を後にした。
この数日、フジエーダの街にゴブリンやコボルトといったモンスターが頻繁に姿を見せ、農作物や果樹園に被害が出る事件が多発していた。水の神殿への巡礼者や隊商など近辺の街道を通る人にも襲撃されて食料や貴金属を奪われ怪我を負う被害が出ており、その苦情が街の領主や衛兵詰め所、そして実質的に街を管理している水の神殿にも持ち込まれてきていた。
だが、水の神殿内にはクラウド王国の姫気味である静香が内密に宿泊しており、その警備や世話のために対策が取る余裕が無かった。そのため、めぐみが自発的に苦情を整理して神官長に届けたわけである。
「ふぅ………」
伝票の管理やこういった情報の整理は得意な方であるめぐみだが、最近悩み事を抱えていて作業がはかどらず、時間がかかった上に疲労も溜まっていた。―――そんな彼女の胸を煩わせていたのは、最近姿を見せないたくやへの心配だった。
「元気にしてるかな……」
まだフジエーダに滞在しているはずだから会いに行こうと思えば会いに行ける。けれど、たくやは神官長に頼まれて問題のゴブリン退治に出かけており、すぐに会いに…と言うわけにはいかず、めぐみの胸のもやもやは晴れずにいた。
「そういえばどこに止まってるんだろう……先代の神官長のところかな……」
何気なく足を止め、窓から外を見つめながら思いを馳せる。
思い浮かぶのはたくやの悩み、迷い、それでも頑張ろうとするたくやの姿だった。幼い頃から体が弱く、何事にも一歩引いてしまうめぐみにとって、その一所懸命な姿は何処かまぶしく、自分もいつかはそうありたいと思う姿だった。
いつも迷うばかりで答えが出せず、明るく微笑む人たちを何処か遠くから見つめていためぐいの、それはささやかながらも確かな想いでもあった。
「たくやさん……」
「……………何か見えるの?」
と、いつの間にか自分の想像には待っていためぐみが気づくと、隣にはたくやが……いや、たくやと瓜二つの姿をした静香が、その名の通り音も経てず気配さえ感じさせず、めぐみの見つめる方向を静かに見つめていた。
「……………きれいだね」
静香の呟きが何を意味しているのか一瞬分からなかったけれど、その視線を追いかけて、暗闇に浮かぶ家々の明かりである事にようやく思い至った。
「そうですね。でも……上の方から見るともっと綺麗ですよ。まるで星空みたいで」
例えば神殿の最も高い場所である鐘楼から見つめれば、大きな街であるフジエーダの夜の姿はまさに星の輝きと似た美しさを見せるだろう。―――けれど、めぐみの言葉に目を伏せ、短い髪の毛を揺らしながら首を振った静香は窓へ身を寄せる。
「私は……この高さがいい」
その言葉にどんな意味が込められているかは、王女と言う身分ではないめぐみには理解できなかった。ただ、何処か寂しげに聞こえるその声に、
「そう…ですね……」
ありきたりな言葉で答えることしか出来なかった。
(たくやさんなら、どういう風に答えただろう……今頃どこにいるのかな……)
「クシュン!」
う〜…誰かがあたしの噂してる……どうせお店に姿を見せないからって、スケベな男たちがブーブー言ってるんだ。もしくはミッちゃんかな……どっちにしろ良い噂じゃなさそうね。
ただのくしゃみ一つでそこまで考えるのは、やっぱり寂しさが原因かもしれない。一昨日までにぎやかな娼館のお世話になっていたせいか、静かな森と遠い星空に囲まれていると、人のぬくもりが不意に欲しくなってしまう。―――と言っても、弘二とだけは金輪際イヤだけど。
「っ……ふぅ………冷たくて気持ちいい………」
弘二の宿営地である湖のほとりまでやってきたあたしは、透き通るほど清らかな湖の水にゆっくりと肌をひたしていく。そして浅い場所に沈んでいる岩の一つに腰掛けておへその深さまで水面に浸すと、手で水をすくって火照りの残る肌へとかける。
「んっ………」
フジエーダまでの行程の間にも何度か水浴びはしたけれど、ここの水は格段に肌に冷たさを染み込ませる。
あまり夜に沐浴はしたくなかった。体温を奪われて体が冷え切ってしまうと、いくら南部域で夜が暑いと言っても病気になってしまうかもしれないし、いざと言うときに動きが鈍ってしまうかもしれない。だけど弘二に抱かれた感触が残るままでは眠る事さえ出来ないので、こうして身を清めているわけだ。
「でもここ…本当に綺麗よね……」
岩に手を付いて上体を逸らし、水で洗われたばかりのふくよかな乳房を突き出すと、水中で伸ばした右足を水面に上げて雫を蹴り上げ、股間を上から覆い隠すように左足へと重ね組む。―――もし弘二が見ていたら、あたしの姿を見てどんな反応をするだろうか。そんな事を考えてふと頬を緩ませる。
見渡す限り、暗い夜が広がっていた。湖の向こう側は月に照らし出された黒い森の輪郭とどこまでも溶け合っていて、どこまでも広がっているように見える。けれど、今にも振り出しそうな満天の星に見下ろされながら暗闇の中に一人で肌を晒していると、恐怖よりも安らぎさえ感じ、水滴の滴る胸を震わせながら胸に溜まった重たい空気を吐き出すことが出来る。
「そういえば弘二にあったのも水浴びしてるときよね……ま、いっか」
こんな綺麗なところにいるのに、昔の些細なことで悩むのはもったいない。そう決めたあたしは、静寂を乱すように水音を響かせて立ち上がると、腰をかがめて重たげに下を向いた乳房から水へと浸かり、乳首から広がっていく冷たさに悩ましげな吐息を漏らしながら水の中へと身を伸ばす。
「―――――ぷはぁ!」
頭の先から足の先までの滑らかなラインを水中で震わせて短い距離を泳いで頭を上げる。そのまま立ち上がると、体に纏わりついた水滴が足元へと流れ落ちていく。
「はぁ……ほんと、女の子の体よね……」
なやましい……見た目にもそうだけど、別の意味でも悩みを覚えてしまうなめらかな体のラインを水に撫でられながら、柔らかさを帯びた四肢をふるっと震わせてしまう。
誰もいない。誰にも見られていない。―――それなのにぴりぴりとした興奮が肌を覆いつくしていて、胸元から深い乳房の谷間を通り、お腹から下腹へとつながるたるみの無いお腹のラインをくすぐりながら股間へと達した水滴は、お湯と言っても差支えが無いほど熱くなっている。あれほど弘二も、男に抱かれる事さえ毛嫌いしていた肉体は肌を上気させて肌を震わせながら、透き通るほどの輝きと艶やかな色気とを放っていた。
「やだもう…水浴びしてるのに全然冷えてくれない……」
そうつぶやく唇から漏れる吐息は熱く潤っていた。それをクッと飲み込み、いくらなんでも恥ずかしすぎて俯いてしまったあたしは、なぜか右手を股間へと滑り込ませ、指を曲げて割れ目を押さえつけた。
「はぅんッ!!」
ぬ、濡れてるよぉ……水浴びするだけで濡らしちゃうなんて…これじゃ露出狂じゃのよ……
割れ目の中心をグリュッとかき混ぜてから引き抜くと、指先には水音よりも暖かい粘液がべっとりと絡みついていた。
「………なんでこんなに感じてるんだか。ははは……」
笑ってごまかすけれど、自分の体のあまりの罪深さにはほとほと悩まされてしまう。心が少し傾けば、この指をもっと奥に押し込んで湖の真ん中ででもグチャグチャとかき回して登りつめてしまいたい衝動に駆られてしまう。
女になったばかりの頃はもっと違ったはずだ。自分の体とは言え、初めて触れる女性の柔らかさに興奮したりはしたけれど、こんな風に時と場所を選ばず濡らしてしまうほどいやらしくは無かったはずだ。
「やっぱり…女の子になっていってるから……」
娼館で大きな姿見に自分の姿を映し、初めて見た自分の姿にどれだけの衝撃を受けた事か……
細くくびれたウエストから続く陶器のように滑らかなラインから急に盛り上がる丸い乳房。思わず自分の手で触れて形を確かめたほど綺麗な曲線を描いていて、横から見ればそのボリュームと美しさに我が事ながら息を飲んでしまうほどだ。
そしてその豊満さを同じく持っているヒップライン。ムッチリとした太股は歩き回ることよりも撫で回され、揉みしだかれる事にこそ喜びを覚えるような肌触りをしており、いつの間にかジャスミンさんに負けないほどの艶気を漂わせていた。
そんな体の変化が、娼婦として男に抱かれ続けてきたからなのか、それともあたしの体が偽りではなく正真正銘の女の肉体になろうとしているのかは分からないけれど、ひとつだけ分かっていることは……あたしの体が、一日ごとに美しくなっていると言うことだ。少女のように、けれど「女」のように……
「う〜…もうちょっとスマートだったらいいのになぁ…こんなにぷくぷくしちゃって……はぁぁ…男に戻ったらダイエットしなきゃ……」
ま、これから長旅になるんだから体も引き締まると思うけど。
あたしは大きな胸をさらに膨らませるように息を吸い込むと、バシャッと水面に潜り、タオルと着替えを置いた岸の傍まで手足を緩やかに動かして泳いでいく。
「さてと……そういえば弘二がやけに静かね」
体を持参したタオルで拭い、テントの方を警戒しながら服を身に着けていくけれど、ショルダーアーマーをはずしたジャケットを羽織っても、あたしの周囲で何かが動くような気配は感じ取れない。
あきらめたのか……テントの中には「弘二が出ようとしたら食べてもいいから」と命じたスライムのジェルを置いてきたので水浴びを覗かれてはいないと思うけど、それならそれで警戒している自分がどうにもアホらしい。
とりあえず明日の朝にはあたしも街に戻るけど、今日はこのままここで野宿する事になる。夜の森は昼間とはまた違った顔を持っているので、いくら弘二のことが嫌いでも危険を冒してまで急ぎ帰るのはしたくない。
弘二のテントは一人で使うにはかなり大きなものだった。二・三人が入ってもまだ余裕があるしっかりした物だ。けれど堂見ても貧弱な弘二が使うには重いし大きすぎるので訊ねてみると、あたしと一緒に眠るにはこのぐらいの広さが必要だと思ったらしい。―――間髪いれずに木棍で殴り倒した。
「あ〜あ……今夜はぐっすり寝れないかも……」
こんな思い込みを平然と口にするような男が弘二だ。きっと一晩同じテントで眠ろうものなら、森の中での時みたいに襲い掛かってくるのは確実だろう。
いっそ外で寝ようかな。―――けど、空を見上げればさっきまで見えていたはずの星空がどこからか流れてきた雲に覆われようとしている。
「暗くなりそうだな……」
そうつぶやきながら歩を進めると、あたしが来た事を知ってジェルがテントの中からコロコロ転がり出てくる。
「ジェル、バカの監視ご苦労様。それで何もなかった?」
声を出せないスライムにそう訊ねると、みずみずしい表面に小波が走る。―――弘二は外に出ようとしなかったらしい。
「それじゃ湖で体を冷やしておいで。今日も暑かったから疲れたでしょ」
今日はあたしを何度も助けてくれたジェルには夕食代わりに干し肉を与えてある。後は水分だと思ってそういうと、喜び震えたスライムはピョンピョンと飛び跳ねて湖の方へと向かっていった。
「ちゃんと帰ってくるのよ〜〜」
すぐに見えなくなったジェルを見送り、あたしはテントの入り口へ手を掛ける。
入りたくない……でも、ゴブリンたちに盗まれないようにと荷物をテントの中に入れさせてもらってるから、それを持ち出さないと野宿も出来ない。
「―――弘二、入るわよ」
まあ、いきなり襲い掛かってはこないだろうと高をくくってテントの入り口を塞ぐ幕を持ち上げ中に入る。―――事実はあたしの予想を越え、最悪の方向へと進みきっていたようだ。
「ああ、たくやさん、たくやさんの臭いがぁぁぁ!!!」
な…なにやってんのよ、こいつは……
男の一人エッチ……まさか他人のをこの眼で見る事になるなんて思わなかった。仰向けに寝た弘二は腰を浮かせて自分の右手へと股間を突き上げ、あたしの名前を連呼して逸物を扱きたてている。
まぁ……あたしも男だったんだし、好意を持っているあたしがそばにいたらエッチな気分が沸き起こってしょうがなくなるのもなんとなく分かる。―――けどね、
「あんたはあたしの下着でなにしてんのよこの大ばか者おおおおおおおおおおっ!!!」
置いておいたショートソード(鞘付き)を振りかぶった。
弘二が自分の鼻に押し付けているのはあたしのブラ。
弘二のおチ○チンにまきつけられて滴るほど白濁液で汚しているのはあたしのパンツ。
もうこいつには怒りを通り越して殺意しか沸いてこない。あたしはショートソード(鞘付き。当然中身は金属製で重い)を両手で強く握り締めると、恍惚の表情を浮かべてハァハァ言っている弘二の顔面に振り下ろした。
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