第七章「不幸」07


「ええっと……まあなんていうか…ややこしい事になっちゃったね。ははは……」
「……………………」
 あうう〜……この沈黙…重すぎるよぉ……
 娼館「女神の泉」であたしが使わせてもらっている部屋のベッドに綾乃ちゃんと並んで腰掛けているのはいい。可愛いことこうして身近に入れるのは、最近忘れてしまいそうな男の理性を刺激してくれるし。
 だけど、綾乃ちゃんはあたしに「買われた」時から一切口を開いてはくれなかった。お金を受け取り、佐野先生に袋をそのまま渡しても、見せる反応は頷くぐらいで後は始終無言で通している。
 それに対して、あたしの方も口を開くのがなかなか難しかった。
 綾乃ちゃんを大金で買っちゃったと言う事は、言い直せば佐野と同じく女の子を女の子とも思わないような行為だ。―――そのことはあやのちゃんのことをみすてられなかったという事で自分的に大目に見たとしても、この場所がよくない。
 窓の外には夜の帳が落ちており、ランプの橙の明かりに照らされた室内からは、男性客相手の濃厚なプレイの数々でたっぷりと染み込んでいるあたしの淫らな喘ぎ声が聞こえてくる。―――それが思い過ごしだと分かっていても、自分が淫らな事をしていた場所に女の子と二人っきりと言うのは……自分の部屋に女の子を招くときより心臓に悪い。
 だけど今日一晩だけはここで一緒に過ごさないといけない。―――自己弁解させてもらうけど、なにも綾乃ちゃんとエッチしようと言うわけじゃない。そうする事で「娼婦の仕事をした」と言う体裁を整えるのだ。
「―――――――」
 とは言え……こんな雰囲気で明日の朝まで過ごすなんて……考えただけで頭が痛い。楽しいおしゃべりとか安らかな眠りとか、そんな事を期待できる雰囲気じゃない。
「そ、そういえばさぁ、綾乃ちゃんってフジエーダに勉強にきてるんでしょ? じゃあ生まれ故郷ってどの辺りなの? それにご家族とか――」
「…………………………」
「えっと…………………」
「…………………………」
「ほら……………………」
「…………………………」
「その……………………」
「…………………………」
 あまりに空気が重過ぎる。
 口を開けばそれが悪いことであるかのように思えてしまい、何かに耐えるように手を握り締めている綾乃ちゃんへ声を掛けることが出来ない。
「あ……」
 きっと……綾乃ちゃんだって娼婦の仕事なんてしたくないはずだ。考えれば分かっていた事を考えずに綾乃ちゃんを半ば強引に買ってしまったことへの罪悪感があたしの胸を締め付ける
 それでも喋らない事には何も始まらない。せめて「おやすみ〜」とかいえないことにはこの緊張感を保ったまま徹夜なんて事に……それだけは避けたい。
「あの……」
 やっぱり「買う」って言い方が悪かったのかな。「貸す」とかならまだ綾乃ちゃんも納得してくれた気も……それならそれで、綾乃ちゃんに借金返済って言う重荷を背負わせる事になるし……
「ルーミットさん……あの…お眠りになられましたか?」
「えっ……」
 どれだけ考え込んでいたんだろう、いつしか立場が入れ替わってしまったみたいに綾乃ちゃんに顔を覗き込まれていたことにようやく気づくと慌てて顔をあげ、不安を抱えたままの表情を浮かべる綾乃ちゃんとまっすぐ見詰め合う。
「だ、大丈夫だから。ほら、あたしって人畜無害だし、エッチな事をしようとか思ってない、うん、全然思ってないからね!」
「………………魅力、ないんですね」
「はい?」
「ルーミットさんみたいに綺麗じゃないし……胸も大きくないし……だから…あの……何もしないって………やっぱり私なんかじゃ、娼婦になんてなれませんよね……」
「ち、違う違う。何もしないって言うのはね、ええっとだから……綾乃ちゃんを傷つけたくないって言うか、傷つけちゃってもいいものかどうか…んっと……」
 まさかそう来るとは思っていなかった。安心させようと思って発した言葉は全部裏目だ。あたふたと言い訳はしてみるものの、綾乃ちゃんの表情は一向に晴れる様子を見せてはくれなかった。
「………わかってます。私……人に愛してもらえるような子じゃ、ないですから……悪いのはルーミットさんじゃないんです。私が悪いんです……」
 おもむろに綾乃ちゃんはベッドから立ち上がり、数歩歩いてあたしの正面へ立つ。そして―――
「こんな……体だから……」
 ゆっくりと、綾乃ちゃんの葛藤の様子を表しているようにゆっくりとスカートをたくし上げて行く。
「えっ……ええええええっ!? な、なにこれは!?」
 綾乃ちゃんへの印象どおり、履いているものは飾り気の少ない木綿のショーツだけど、ランプの明かりの元へさらけ出された股間の中心が不自然に盛り上がっている。
 こんな体……綾乃ちゃんがそう言ったのはこれの事だろうけれど、大きさはともかくとして、つい凝視してしまうその物体は……男性の股間についているアレにしか見えようがなかった。
「綾乃ちゃん……男の子だったの!?」
「違います……私…れっきとした…女のこ…グスッ……」
 しまった……また余計な事を言っちゃった。
 スカートから片手を離し、涙ぐむ根元を拭う綾乃ちゃんだけれど、股間の一点以外はどこからどう見ても女の子だ。服の胸元の膨らみは詰め物かもしれないけれど、片手を離されたために片足だけスカートから覗いて見えるふくらはぎから太股へのほっそりとしたラインは肉感が少し足らないけれど撫でまわしたい衝動に駆られるほどの美しさをを放っている。
 ………となると、しっかり確かめた方がいいのかな?
「知っときたいんだけど…綾乃ちゃんは女の子よね。じゃあこれは……」
 あたしの質問に、綾乃ちゃんがわずかに体を硬くして拒否を示す。けれど一度まぶたを伏せると重そうな唇を開く。
「呪い……だそうです。私が生まれたときからずっと、月に一度、こうして……」
「そう…なんだ。でも、そんな時に娼館で働かせてくれ〜って、よく来れたよね……」
「どういう事をするか……知りませんでしたから……それに一日でも早くお金を…と思っていましたから」
 そう言葉を続ける綾乃ちゃんの体の震えは一秒ごとに大きくなっていく。自分の最も恥ずかしい秘密をあたしへ示し続けることがよほど恥ずかしいらしい。
 ―――確かめてみたいけど…ダメかな?
 綾乃ちゃんが男の子か女の子で、前提条件が根本から覆ってしまう。男の子なら娼夫だし!―――いや、力む事じゃない。
 だけど、どうしても確かめてみたい。……太股を恥ずかしげに擦り合わせ、あたしの視線から逃れようとしているのにそれでもスカートの中を晒し続けている綾乃ちゃんを前にしている内に、なぜか、自分の手でどうなっているのか確認してみたい衝動に駆られてしまう。
「綾乃ちゃん……ちょっとごめんね」
「えっ……やっ、ダメ、ダメですそんな! やっ、ああっ!」
 あたしの指が下着の上から綾乃ちゃんの股間を軽く押さえる。
 指先に触れているぬくもりは女の子のものだ。人差し指と薬指の二本で太股の付け根辺りの膨らみを左右から挟みこみ、中指はその中央に走るスリットにあてがわれている。その指をとっさにあたしの手を締め付ける太股から引き抜くように滑らせ、カーブに沿って撫で上げると、薄暗い中なのに分かるほど顔を真っ赤にした綾乃ちゃんが髪の毛を跳ね上げて悲鳴に近い声を上げる。
「お…願いです、だめ、ルーミットさん……触っちゃ…んんっ!」
「いいから……ひどい事しないから力を抜いて」
「もう…十分ひどいことされてますぅ……」
 確かにこんな場所を触られるのはひどい事だ。以後気をつけようっと。
 綾乃ちゃんの非難を受けても手は止まらない。そして綾乃ちゃんも非難はするけどあたしの動きを止めようとはしない。―――まるで、あたしに秘密を知って欲しいかのように。
 そんな自分勝手な思い込みでも、今のあたしには十分な免罪符だ。
 唇を噛み締め、行き場をなくした右手を胸の前で握り締める綾乃ちゃんの大事な場所を指が少しずつ滑る。まだ準備が整っていない、それ以前にこうして他人に触れられることさえ初めてかもしれない綾乃ちゃんの秘唇はまだまだ固く、撫でられるだけでは開きそうにない。だと言うのにあたしは軽く指を震わせながら縦筋をなぞる。
「あっ!」
 なんとも初々しい反応が返ってくる。
 どうもおチ○チンはあるけれど、この場所は普通の女の子とまったく変わりないようだ。生えてくるのも月に一度だというし。
 じゃあ……と、あたしは指を「引く」から「上げる」へと動作を変える。綾乃ちゃんが快感に怯えて腰を引いたのはちょうどいい。左手からも離され、触れている場所を視界から覆い隠すスカートの中で、指先の感覚を頼りにあたしはショーツをくすぐるように、秘所の上側から生えている綾乃ちゃんのペ○スを根元から先端まで爪の先端で一撫でする。
「ひ…あっ――!」
 大きさは…さすがにそれほど大きくはない。だけど、まるでそれ自体が一本の太い血管であるかのように、あたしの指先には綾乃ちゃんの綾乃ちゃんの熱い脈動の感触が残っており、最後に触れた先端部分は―――ちょっぴり湿っていた。
 けれど、綾乃ちゃんの股間をまさぐるのもこれで終わりだ。あたしとしてはもう少し詳しく調べ、下着を脱がせて……とか考えていたんだけど、先っぽをなでられた途端に綾乃ちゃんは腰を大きく引いて床に座り込んでしまい、あたしの手だけが、涙を溢れさせる綾乃ちゃんのぬくもりを握り締めたままそこに残された。
「ひどい…です………こういうのって…その……手順を守ってそれからだって聞いていたのに……」
 数秒呆けた様に言葉をつむがず、服の胸元を握り締めて方を上下させていた綾乃ちゃんの非難の言葉があたしに突き刺さる。
 だけど力はない。綾乃ちゃんの言葉のほとんどはあたしへではなく、自分自身に向けられているように感じられる。
 だからだろうか……あたしは、もう少しだけ子のこの恥ずかしい姿を…その……見てみたい、そう思ってしまったのは。
「綾乃ちゃん……」
 顔を上げない綾乃ちゃんの前へひざまずいたあたしは、彼女の両肩に手を置き、何事かと理解されるよりも先に絨毯が敷かれた床の上へと押し倒す。
「ル…ルーミットさん……」
「さあ…どうしよっか。綾乃ちゃんが娼婦なら、このままものすごい事をしちゃってもいいのよ。裸にひん剥いて、綾乃ちゃんが見せてくれた秘密の場所を弄んだり」
「っ…………」
「だけどね――」
 あたしは、綾乃ちゃんにそういう事をしたいわけじゃない。してあげたかった事は、綾乃ちゃんの悲しげな表情をほころばせる事で、恥ずかしい事をさせようと思ってはいても、泣かせたいとは露にも思ってはいない。
「だけど……綾乃ちゃんがイヤならやめる。秘密を打ち明けてくれた事は嬉しかったし、もっとよく知りたいなって思うけど……綾乃ちゃんを悲しませたくないから」
 体を起こすと、あたしはベッドへ仰向けに飛び込む。心地よい弾力に体を弾ませてから上体を起こすと、不思議そうな顔をして身を起こした綾乃ちゃんと視線が合ってしまう。
「恐かったでしょ? だからこういうのはやめ。あたしも女の子をお金で買うとか言うのは性に合わない。うん。綾乃ちゃんの娼婦初体験もここで終わりにしよ。だって…綾乃ちゃんが娼婦って、全然似合ってないもん」
 髪を束ねたこの少女があたしみたいにドレスを着たりしている姿を想像しても、可愛いと思えても娼婦だとはとても思えない。では何かとたずねられたら……放っておけない妹、と言う感じだろうか。我ながら過保護なお兄さん…もとい、お姉さんぶりだ。
「さっきの秘密の事は誰にも言わないから安心して。さあ、早くしないと帰りが遅くなっちゃうよ。この辺りは暗くなると柄の悪い男が多いそうだから気をつけて――」
「そんなのダメです!」
 ―――と、何であたしは怒鳴られてるんだろうか?
「あの…そういうのは、やっぱりダメなんです。私はルーミットさんに大金をいただきました。それなのに何も恩返しをせずに帰るなんて……そんなの、やっぱりダメだと思うんです」
「だ、だけどさ、綾乃ちゃんは娼婦の仕事をするのはイヤなんでしょ? あ、そーだ。それなら一晩ここで寝てくれればいいから。それならそれで体裁って言うのが――」
「イヤじゃ………ありません」
 ―――と、これは幻聴かな。それともあたしの聞き間違いかな。綾乃ちゃんみたいな子が娼婦になってもいいって言う訳がないし。
「ルーミットさんにだったら……されても構いません」
「………へ? あ、あたしだったらって……いいの!?」
 思わず上ずる声で尋ねると、綾乃ちゃんは赤らめた顔をコクッと頷かせる。
「あっ…でもあの………お嫌じゃ…ないですか? 私…あの…おチ○チンが……」
「んっ……まあ驚いたけど、そんなにいやって言うことはないよ。綾乃ちゃんにおチ○チンが生えてるからイヤって言ったらあたしの存在自体が許せなくて、どうなる事やら」
「おかしいとか思わないんですか? あの……自分で言うのもなんですけど、私が男の人だったらスゴく嫌だなぁとか…思っちゃうんですけど……」
「………もしかして、そのことで最初は喋ってくれなかったの? あたしに嫌われるかもしれないとか思って」
「はい……あの、すみませんでした。私もどうしたらいいかわからなくて……」
 な〜んだ…理由が分かればずいぶんとあっけない。それにしてもずいぶんと思い違いをしてたものだ。―――そう思うと自然と顔がほころんでしまう。
「? ルーミットさん、あの……」
 綾乃ちゃんがあたしの名前を呼ぶ。それに答えるように右手を前へと差し出した。
「おいで。今日は……綾乃ちゃんとずっと一緒にいてあげるから」
「あっ……」
「だけどこれだけは覚えておいて。あたしのする事がイヤだったら綾乃ちゃんは家に帰る。帰らないなら…あたしは綾乃ちゃんを確かめ続ける。綾乃ちゃんの秘密も、体も、何もかも……それでいい?」
 その言葉に綾乃ちゃんははっきりとした答えを返してくれなかった。
 だけど小柄な女の子は決意するように小さく縦に頷くと、あたしと触れ合うためにベッドの上にあがってきた。


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