第六章「迷宮」10
「考えた事は無いかい。魔王の書から失われた魔王の力がどうなったのかを」
自分の……性別が異なる自分自身の姿を前にして、声も出せないほど驚くあたしを何処か嬉しそうに見つめつつ、男のあたし――タクヤは口を開いた。
「「力」と言うのは消えているようで消えていないというのが自説だ。炎と冷気、ぶつけ合えば相殺するようだけど、それ以前に炎は熱量を他の物から生み出し、冷気は熱量を捨て去る事で生み出されている。だから相殺されても熱と冷気は別の場所に残っていて、それらも含めてエネルギーの総量は元から0なんだよ」
「え…え〜っと……」
「これが全てに当てはまるわけじゃない。けれど魔王の力に関してはこの保存の法則は成り立っている。なにしろ個人にして世界を構成する一部でもあるわけなんだから。もしそれが失われでもしたら強制力が働く事になり、即座に別の魔王が生まれる事になるわけだ」
「……………」
「じゃあ今回のケースはどうか。覚醒した魔王の書が俺の体に乗り移ろうとして、その最中で何らかの力が加えられた。そして目が覚めれば体は女になり、魔王の力はほとんどが失われていたわけだが、どういうわけかこうして残っていたわけだ。まるで封印されるように、女のたくやの体の中にな。失われた男の性格をご丁寧に擬似人格としてコピーしてね」
「………つまり、簡単に言うと」
話が区切れた野を見計らい、黒マントと言うあまりにも悪っぽい姿をしたタクヤへ、ビシッと人差し指を突きつける。
「あんた偽者!」
「なっ…何でそう決め付けるんだ!? もしかしたらお前の方が偽者かもしれないだろ。俺のほうが男なんだし」
「本物のあたしなら、そんな難しそうな話を理解できるわけが無い!」
「い、痛いところを……認めそうだけど、認めたくないな、それ」
「ううう…あたしだって……自分で自分をバカにしているみたいで心が痛い……」
それよりも聞いておかなくちゃいけないことがある。
あたしは、あたしであり、あたしとはまったく異なる雰囲気を持つタクヤに警戒を解いていない。その返答次第では……
「そうそう、先に言っておくけど、逃げようとしてもダメだから。そこの馬鹿な先代がPCボディーに入り込んだ時点でダンジョンの全ての権限は俺が握っている。どこへ逃げても居場所は分かるし、モンスターを向かわせる事も出来る」
「じゃあ、オークとかにあたしを襲わせたのはやっぱり……」
「そう、俺だよ。ワーウルフのパラメーターを操作したのも、モンスターが設置されていなかった海ステージにクラーケンをおいたのも全て、ね」
悪びれた様子も無く、さもそれが当然である事のようにタクヤは答える。
「だって、君が死んでくれなきゃあの体は俺のものにならないからね」
「なっ!?」
反論の声を上げる暇はない。タクヤは無造作に手を突き出すと、そこから黒く輝く魔力弾を撃ちだした。
「あたしが魔法使ってる!?」
驚きの声を上げながら横へ飛んで回避する。威嚇だったようでやすやすと回避できたけれど、晴れ掛けていた土煙の向こうでカエルがつぶれたような悲鳴が聞こえた気がする……
「ま、いっか」
「うん、どうでもいい」
「んな事より、何であたしが死ななきゃいけないのよ! ここってほら、精神世界だから死んでもいいんでしょ? 遊び感覚で特訓できるって」
「そんな設定、とっくに解除したに決まってるじゃないか。今のこの迷宮は魂がむき出しになっている場所。ここで死ねば心が死に、心を失った体はゆっくりと死んでいくだけなんだよ」
「な……じゃあ何であたしを殺そうとするのよ、あんたもあたしじゃないの!?」
「違うよ。さっきも言っただろう? 俺は君であって君じゃない、魔王タクヤだってさ。お前の心があると、あの体を奪えないんだよね」
「体……?」
「そう。俺が魔王として世界に君臨するための体さ」
あたしの周囲に魔力弾が次々と放たれる。先ほどと同じく当てるつもりは最初から無いようだけど、爆風に煽られるたびに残っているHPが徐々に削られていく。
―――残HP0+24。
―――危険域突入。急ぎ体力を回復してください。
「そんなの言われなくたって!」
こっちは吹き飛ばされないで立っているので精一杯。怒りのパワーで立つことは出来たけど、周囲で炸裂する魔力弾の威力に晒されるだけで紙のように吹き飛びそうだ。
「ははははは、いいざまじゃないか。どうした、反撃しないのか?」
「くっ……!」
「つまらないな。だから楽しくゲームの中でお前を狂い死にさせたかったんだ。ああ、面白かったよ。なんだかんだ言いながら豚のペ○スにむしゃぶりつくお前の姿が、魚を相手に腰をくねらすお前の姿が、タコに犯され泣き悶えるお前の姿が。―――けど、それもおしまいだ」
狙いもつけず黒い魔力の固まりを放ちながらタクヤは子供のような笑みを浮かべて口を開き続ける。
「お前を殺して俺は体を手に入れる。そして煩わしい女の体から再び男に戻るんだ」
―――男に…戻る!?
「お前は俺だ。俺はお前だ。嬉しいだろう? 男に戻れるんだ。誰かに犯される事の無い、れっきとした男に戻れるんだ…この力を持ったままね」
じゃあ……あたしと同じなら、あたしじゃなくこいつが体に戻れば………男に……
「男に戻れる」……その言葉はあたしにとって絶対の意味を持っている。例え死んでも…男に戻れるのであれば受け入れてしまうかもしれない。
今のあたしはタクヤの言うとおり偽者なのかもしれない。心をむき出しにする精神世界の中でも女のまま。
体も女。心も女。男のあたしとは全てが異なっている。――あたしは拓也じゃない。じゃあ…一体何なのか……いるはずのない女のあたしは、一体誰?
まるで全てが夢の出来事だったかのように、何もかもが消え去って行く。必死に踏みとどまっていた力も、そして男に戻ろうと決意して今まで頑張ってきた心までも……男のあたしが体に戻る。それで…それで「拓也」と言う存在が取り戻せるというのなら……
「安心していい。お前の体は俺のものだ。お前の全ても俺のもの……何もかも、女たちも全てだ」
…………女?
「いつも見ていたよ。いい女が大勢いるじゃないか。静香、ジャスミン、めぐみ……嬉しいだろう? 女のままでは抱くに抱けない女たちを犯せるんだから。偽者じゃない、本物の自分の体で犯せるんだから」
「……………」
「お前も本心で思っていたはずだ。「手に入れたい」「汚したい」「自分のモノにしてしまいたい」……その全てがかなえられるんだ。男の俺によってね」
「…………ぃ…」
「それとあいつも手に入れないと。―――明日香。あの傲慢で、自分勝手な女を犯してやるさ。泣いて、壊れて、それでも犯して、犯して、犯しぬいてやるさ…はっ…は〜〜はっはっはっはっはぁ!」
い…いい加減にしなさいよね!
あたしの手の平が頬を打つ。―――その事実を信じられず、打たれた左の頬に手を当てながらタクヤがあたしを呆然と見つめ返す。
「あんたの…あんたなんかのどこがあたしだって言うのよ……絶対違う。死んでも違う。あんたなんかあたしじゃない。あたしなんかであるもんかぁ!!」
今度は反対の頬を全力で打つ。頬ではなく、頭の芯をひっぱたく往復ビンタ……あたしが明日香にされていたのと同じビンタだ。
「な…どうやって近づいた? もうHPも残ってなかったはずだ。なのにどうやってあの攻撃の中で近づいて来れたんだ!?」
「痛かったわよ! ものすごく痛かったけど、我慢した! あんたの性根を叩きなおしてやるためにね!」
あたしは否定する。
言われた事を考えた事はある。――あたしも男だ。それを否定はしない。
だけどそれを笑いながら語るこいつだけは許せない。みんなを自分の欲望のためだけに汚そうとする自分を、誰でもない、あたし自身が許す事が出来ない!
―――パアァァァン。
三度目の肉を打つ音が石の広間に木霊する。けれど四度目の手を振り上げる前にタクヤはマントを翻して後ろへ飛び、手の平に黒い魔力を集め出した。
「ちょっと遊びが過ぎたな。……もういい、お前は消えろ!」
今までとは比べ物にならない強力な魔力弾があたしの体に直撃する。
そんなものに耐えられるはずが無い。軽いあたしの体は重たい衝撃に吹き飛ばされる。―――けど、あたしは食いしばって全身に響く痛みを我慢すると、震える手を突いて何とか体を起こす。
「っ…たぁ……さっきの、本当に死ぬかと思った……っ…うっ!」
大丈夫、まだ立てる。―――あたしの心はまだ折れていない。あいつなんかにやられていない。魔王なんかに…負けてない!
「あんたなんかに……絶対に体を渡してなんかやらない。あんたなんかを男にするなら、何十年かかったってあたしが絶対男に戻る! 戻ってやるんだから!!」
「くっ……ならこれで終わりにしてやるよ。もう偶然も奇跡も無い。心の欠片でも玩具にしてやろうと思っていた俺が甘かった……消えて無くなれ!」
あたしが先ほどの魔力弾を耐え切ったのがそれほどにショックだったのか、焦りと同様の表情を浮かべたタクヤは両手を高々と掲げ、炎のように揺らめく特大の魔力弾を練り上げて行く。
―――残HP0+2。
「分かってるわよ。もう後が無いって事ぐらい」
あの攻撃を受けたら、どんなに我慢したって負けるのはあたしの方だ。いまさらビンタをしたって至近距離から攻撃されるだけで、結果が変わるわけじゃない。
だから――あたしはあたしの「力」を行使する。
「クラーケン、お願い!」
タクヤが魔力を練る今が最後のチャンスだ。あたしの攻撃をなんとも思っていなかったタクヤの体を、水面から突如現れた丸田のような極太触手が吹き飛ばす。
「ぐっ…やめろクラーケン! お前の主はこの俺だ。たかがデータの分際で俺に逆らうな!」
「クラーケン、やっちゃって!」
―――ウボォォァァアアアアアアアアアアア!!!
クラーケンが応えたのはあたしの声にだ。深い場所で声を……あたしに命じられた事への喜びの声を上げると、水面を埋め尽くすほど大量の巨大触手を次々と突き出し、魔王タクヤに襲い掛かっていった。
「この…主人も分からない下等生物が!」
タクヤは攻撃されて拡散しかけた魔力の固まりを放つけれど、吹き飛んだのは触手が三本。その攻撃力はスゴいのだろうけれど、水面どころか視界さえ埋め尽くすほど魔王に殺到するクラーケンの触手の群れの前では風前の灯。たちまち体を締め上げられ、その姿は無数の触手に覆われてあたしの視界から消え去ってしまう。
クラーケンがあたしの声に応えるかどうかはほとんど賭けだった。あたしの体に精を放った事で魔王であるあたしと「契約」が成立していたかも賭けだし……あの瞬間、モンスターとの契約の事を思い出せたのは奇跡に近く、何もかもがうまく言ったこの状況はまさに僥倖だ。
―――けど、これで終わりのはずが無い。
仮にも相手は魔王を名乗るあたしだ。元がどんなに貧弱でも……ううう…なんかまた自分で痛いところを……とにかく、今の内に手に入れなければならないものがある。
もう一度、あたしの体をかけて賭けをするために。今度の賭けはスピード勝負だ。
「そういうわけで……」
背後を振り返り五歩進んだあたしは、床に倒れ伏せたミノタウロスを冷ややかな目で見下ろした。
「いつまで寝た振りしてるのよ、このエロバカ大魔王!」
ゲシッ!
「お…おおおうっ! 頭を踏まれる、踏まれとるぅ!……なんかちょっぴり快感が…お、おおうっ!」
やっぱり……こいつがこの程度で死ぬはずないと分かってたけど……
とりあえず足の裏でミノタウロスが健在なのを確かめたあたしは正面へ回り込むと屈みこんで、頭から生えた角を掴んで顔を引き上げる。
「むむっ!? この角度は割れ目がばっちりへぶしっ!」
「とりあえず…真面目に話を聞いてね♪」
「い、イエッサー…だから顔面を地面に叩きつけるのは…鼻先に食らうのって結構痛い……」
「それはあんた次第よ。それより、急いであたしを体に戻して。そうすればあいつは体を乗っ取れないんでしょ?」
「いや、それがじゃな、さっきからこそこそっとシステム権限を取り返そうとしてたんじゃけど、どーにもプロテクトが硬くてのう……」
「つまり、無理なんだ」
「うむ、まぁ、そういうこと。……の割にはショックを受け取らんのう」
「なんとなく予想がついてたしね。あんた、役立たずだし」
「しくしくしく……ワシ、魔王様なのにぃ……」
「それよりメインは第二案よ。出して、さっきのあれ、早く出して!」
あたしが眼前に右手を差し出すと、ミノタウロスは牛顔をにやけさせ、激しく誤解したかのようにうつ伏せの体をくねらせた。
「いやぁ…さすがにこういう状況で、最後にワシのチ○チンで昇天したいと言う気持ちは分からんでもないが、だけどその、出来ればワシが射精するまでの時間が…パラメーターを弄って絶倫設定にしてあるしのう……」
ドゲシッ!!
「あたしはね? ま・じ・め・に、あんたと話をさせてもらってるんだけどさ〜〜♪」
「わひゃひはひは……ううう、後頭部への肘はよい子はまねしちゃダメだぞぉ……ガクッ」
トドメを刺されて、ミノタウロスは顔を地面へとうな垂れる。……まぁ死んでないだろうけど。ちゃんとあたしの欲しい物は差し出してくれている。
光の玉……変身するためのモンスター因子だ。
「これで――」
ワーウルフのように強ければ、勝てないまでも逃げる事が出来る。マーメイドなら水の中だ。
これがあたしが生き延びれるかどうかの瀬戸際だ。――ミノタウロスのエッチの相手をさせられるために酔いされたモンスターだって言うのが、ものすごく不安ではあるけれど……
背後へ視線を向ける。クラーケンだけで勝てればいいんだけど、黒い光が迸るたびに太い触手が千切れ飛んでいく。タクヤが出てくるのは時間の問題だ。
「………ええい、男は度胸、女も度胸だぁ!」
迷っている暇なんて、最初からあたしには残されていない。
最後のチャンスを掴むように光球を握り締めたあたしは、弱りきった体に一気に満ち溢れて新たな流れに身を震わせる。
……頭が痛い。体が熱い。燃えるように……全身が熱を帯びていく。
若々しい肢体を包み込む光の中、あたしの体の内側を無数の魔導式が駆け巡っていく。
けれど、体のどこにも変化は現れない。体に纏わりついていたクラーケンの精液が肌へ吸い込まれるように消えてなくなり、こみ上げる震えに乳房が跳ね上がるくらいで、見た目的に変化したのは唯一つ―――頭の左右から生えたねじれた二本の角だけだった。
―――ステータスを更新します。
―――残HP800+2。
―――能力値・特殊能力が変更されます。
「………クラーケン、もういいよ。痛い思いをさせてごめんね」
変身を終えた裸体を床に座りこませたあたしは、ちぎれ飛び、焼け焦げた触手でそれでも魔王タクヤを押さえ込もうと頑張ってくれていたクラーケンへ優しく語り掛ける。
その言葉に一瞬、躊躇うように動きを止めた触手たちだけれど、あたしが目を向けるとおとなしく従った。そして水面へ全て戻っていくと、その場には触手の粘液で汚れたはずなのにそんな様子がまったくみえないマントをはためかせた魔王タクヤだけとなった。
「わずらわせてくれる。最後の抵抗と言うところか?」
「ま、そんなところかな……どっちにしたって、時間を稼いでくれてももうどうしようもないし……」
あたしはむき出しになったままの股間と胸を手で覆い、タクヤと視線を合わさないよう俯いたままその場に立ち上がった。
「その角……最後の変身はライカンスロープか。生きるか死ぬかの場面で山羊か羊とは、まったく笑わせてくれる。―――運にも見放されたな」
そう言い放ち、タクヤは手に魔力を集めると、それを細く伸ばし黒い剣を生み出した。
「もう遊びは終わりだ。一撃でお前と言う存在を消し去ってやる。―――さよなら、だ」
口元に浮かぶ冷酷な笑み。自分と同じだと言うあたしを殺そうとしているのに、タクヤの心は何の痛みも覚えていない。
「そう…さよならだよね……」
最後に……もしかしたらもう見ることは叶わないかもしれない男の姿のあたしを、顔を上げて目に焼き付ける。
情欲に潤んだ…熱い瞳に……
「……何に変身した?」
「何って…何が? もしかして、ナニがしたいの? こんなところにいたんじゃ、どんなに強がっててもSEXなんてした事無いだろうけどね、ボ・ウ・ヤ……ふふふ…♪」
唇が乾いている。舌が乾いている。喉が渇いている。
体が熱くて、もっと熱いモノがたくさん欲しい……スゴく濃いのが、喉に絡み付いて、子宮に叩きつけられるあの感触が…今、ものすごく欲しい……
「このっ……!」
「あ、そっか。あたしって童貞だったもんね。それじゃあエッチの仕方を知らなくても仕方ないよね。―――教えてあげよっか?」
「っ!!……ふ…ふざけるなぁぁぁ!!!」
乳房を突き出しながらのあたしの挑発が癇に障ったのか、魔王タクヤは黒い剣を振りかざすとあたしの細い首めがけて全力で振り下ろす。
けれど、魔力で編み上げられた刃があたしの肌へ触れることは無かった。魔王の魔力によって生み出された黒い剣よりもなお暗い、あたしの足元から伸びた影に絡め取られているからだ。
「な…なんなんだ、何なんだお前は!? ライカンスロープのどこにこんな力があるって言うんだ!」
「それが間違ってるの。―――今のあたしはサキュバス。モンスターの中でもっともいやらしく、男の精を吸い上げる淫魔だもん」
「なっ…!?」
反撃の隙なんて与えない。剣から手首へ、そして腕へ。同時に足元から伸ばした影に両足を封じさせ、厚みを持たない影の帯に魔王の体は瞬く間に覆いつくされていく。
「な…なんで……たかが淫魔ごときにこれほどの力が…魔王を上回る力があるんだ!!」
マントを飲み込んだ影に胸を締め付けられ、苦しさで仰け反った首を、そして両のまぶたを覆いつくすと、最後に残された口を開く。……自分の過ちを指摘されるために。
「その理由は…よく知ってるんじゃないの? サキュバスは男の精を吸い上げるモンスター……このダンジョンの中で、あたしが何匹のモンスターに襲われたと思う?」
「〜〜〜〜〜…――――――!?」
口を覆われ、喋る事さえ許されなくなった。そんな魔王の「力」の固まりであるタクヤから視線を逸らすと、あたしは割れずに地面に転がっていたクラーケンの「卵」を見つけ、拾い上げる。
あたしの手指に包まれた途端、柔らかい殻の下で冷たい固まりだったクラーケンの精液が悦びに打ち震え、唇を押し付けると精子の一つ一つがビクッと跳ね上がり、オルガズムを向かえながらあたしの中へと吸い込まれていく。
「魔王を超える力を出し続けるのは難しいけど、こうやって蓄えた力を搾り出せば、短い時間だけ、みんなの力があたしに力を貸してくれるの……はぁぁ…まだ…覚えてる……オークたちの一本一本のペ○スの形も、お腹いっぱいになるまで口に出されたザーメンの味だって……クラーケンのだって、冷たいの…おマ○コが震えちゃった。もう癖になりそうだったよ…♪」
そう言って水面へ視線を投げかけると、地面の下側からクラーケンの重く震える声が聞こえてくる。
「ふふふ……♪ また相手をしてあげたいけど…ごめんね。今はこの子を遊んであげないといけないから」
クラーケンと同じく、あたしだって気持ちよかった……あの時の快感を思い出し、口元へ笑みを浮かべたあたしの足元から四方八方へと影が伸びていく。そして地面に散乱していたクラーケンの大量の精液を包み込むと、影は喉を鳴らすように脈動し、精を力に変えてあたしの中へと運び込んでくる。
精を吸い取るサキュバス。そして魔王の「力」が集まって出来たタクヤの体。―――これで十分だ。その「力」を屈服させ、全てあたしの中へと取り込むのに必要な魔力が、あたしの体の中で練り上げられた。
「そういえば言ってたよね……あたしはあなたで、あなたはあたし……全てを否定はしない。そう考えた事だってある。だから……あたしとあなたはこれからはずっと一緒」
「―――ッ!! ―――――――ッッッ!!!!
「あたしは一つのあたしになる。そして…いつか全てを取り戻す、絶対に」
影に包まれながらもがき続ける魔王の体を柔らかな女性の四肢で優しく包み込んだあたしは、微笑みを浮かべる唇をそっとタクヤに押し付けた。
「――――――――――――――――――――――――!!!!!」
声もなく、タクヤの体が痙攣した。怯え、震え、恐がる子供のように、魔王を名乗ったもう一人のあたしは腕の中で暴れまわり……いつしか安心したかのように、あたしの胸へ頭をもたれさせた。
「うん……いい子だから…ゆっくりお休み……」
頭を撫でてあげると、タクヤの体は徐々に小さくなっていく。
弱かったあたしが心に抱えていた精一杯の強がり……本当に、タクヤはもう一人のあたしだったのかもしれない。
「あたしが男に戻ったら……また会おうね」
それに応えたわけじゃないだろうけれど、黒い影に包まれたタクヤが頷いたような気がした。そしてそれを最後に全てがあたしの中へと吸い込まれていく。
「ふぅ……」
タクヤの力があたしの中に広がっていく。最初に抵抗を破るために力を使ったけれど、総量にすればそれほど大きな力ではないように感じられた。むしろ、自分から取り込まれてくるような感触が腕の中に残っている。
「あたしってあんなに強がってたんだ……ふふふ、ちょっとかわいい♪」
心の中にこみ上げる自分自身への恥ずかしさもあるけれど、そんな強さがあたしの中にもあったのは驚きだ。
「さて…なにはともあれ、残る問題はあと一つね」
あたしは意識を集中すると、影にあたしの体を覆わせていく。
もう何十時間も裸のままだ。エッチがしたくて体がウズウズしてるけど、それは置いて影を縦横に編みこませて一つの面とすると、体にフィットするように巻きつけていく。
紛れもなく、久しぶりに肌にまとう服だ。色は黒一色だし、デザインも何も思いつかないからいつもと変わらないシャツと短パンの組み合わせ。胸以外はあたしの体にあっていないのもいつもどおりの黒シャツだ。
その構成要素は全てあたしの影、言い換えればサキュバスの魔力、さらに元をただすとオスモンスターたちの精液の集まりといえなくも無いけれど、そこはそれ。久方ぶりの服の感触に安心感がこみ上げてくる。
「服を着てなきゃ人間もサルも同じだもんね。―――さて、もう起きてもいいわよ」
靴も影で編み上げ、色と頭の角以外は普段と変わらない姿を取り戻したあたしは床へ倒れ付したミノタウロスへと声を掛ける。
「ふっふっふっ……ばれたとあっては仕方ない! 何を隠そう、ワシってば気配を殺す達人だったりしたりしなかったり!」
無意味に元気に復活する魔王へ、あたしは冷ややかな視線を向ける。
「………なんて言うか…姑息な魔王よね、誰が見たって」
「はうぅぅぅ……たくやがいたいけなワシをいじめるぅ〜〜…」
いじめてない。それよりも、あたしよりずっと強いモンスターになってるのに死んだ振りをしていた方に問題があると思うよ、あたしとしては。
「ま、そんな事より……あたしとエッチがしたかったのよね?」
「………うん♪ も、もしかしてやらせてくれるの?」
「ええ、いいわよ」
「んなっ……マジっすか!!?」
あたしがそう答えるとは思ってもみなかったのだろう。ミノタウロスは戦斧を放り捨てて小躍りしながら喜び、あたしの周りを何度も飛び回る。
「まぁ、しょうがないわよね〜。ラスボスを倒さなきゃ精神世界から抜け出す事は出来ないんだし、普通に戦うより搾り出す方があたしにも勝機はあるっぽいし」
「………勝機? いやいやいや、勝ち負けなんてこだわらずに、ここはしっぽりとワシらの「激ラブゥゥゥ!!」を確かめ合えばよいではないか。うい奴うい奴、ンモオオオォォォォォ!!」
「だ〜め。ここでキッチリ白黒つけましょう。どっちが上でどっちが下か……そうでないと、今後とも困るでしょ♪」
あたしたちの傍で、元気を取り戻したクラーケンの触手が飛沫を上げて飛び出してくる。そしてどこからとも無くオークたちが集いだす。
「―――あれ? もしかしてワシ、孤立無援?」
「じゃ、そー言うわけだから。あたしが休んでる間、「あたしがされてきた事」で思う存分楽しんでね、ラスボスさん♪」
―――魔王Pが一定値に達しました。
―――魔王スキル「対衝撃」を身につけた。
―――だが魔力が無くて発動できなかった。
―――魔王Pが一定値に達しました。
―――魔王スキル「怪力」を身につけた。
―――だが魔力が無くて発動できなかった。
―――魔王スキル「変身」を身につけた。
―――だが魔力が無くて発動できなかった。
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