第二章「契約」02


 水音。  ファイヤーボールを叩きこまれて爆発したかのような轟音を立て、穏やかだった水面が盛大な水飛沫を上げる。 まるで逆流する滝のように空中へ舞い上げられた水滴は空気抵抗で瞬く間に霧となって、あたしの視界を奪いさ る。  じょ…冗談じゃないわよ! あたしに戦闘ができるわけ無いし、下僕になんて誰がなるもんですか!  あたしのする事は最初から決まっている。あの魔王の本がどんな力を持っているか知らないけどあたしにかな うはずが無い……よって、逃げの一手だ。  別に逃げるのは情けなくない。そりゃ魔王の本を存外に扱って怒らせたのはあたしだけど、あんな変な本が魔 王だなんて信じきれていなかったし、第一あたしにアソコまで一方的にやられるような奴にそんな力があるなん て誰が思うって言うのよってきゃわぁ!?  ――あたしは下着姿のままですばやく身を翻した。けれど足首に何かヒヤッと冷たいものが巻きつかれたため に逃げる事もできず、為す術も無くその場に倒れこんでしまう。 『に〜げ〜る〜な〜よ〜〜♪ 今から楽しい拷問陵辱ショウの始まりだと言うのに、悲劇のヒロインがいなくて はつまらんじゃないか〜〜』  霧の向こうから魔王の声が聞こえてくる。ジャブジャブと音がしているのでこちらに近づいているのだろう。  どうしよう……どうやって体を得たのかは知らないけど、このままじゃあたしは昨日のように………やだ、絶 対妊娠だけはしたくない!  男としての最後の砦だけは守ろうとして諦めかけていた心に力が戻って行く。幸い、あたしが倒されたのはア イテムを並べた外套のすぐ側だ。あたしは視線を走らせるとアイテムの中から鞘に収めたナイフを取り、こぼれ そうな涙をグッと飲みこんで座ったまま身を起こすと足に絡み付いている何かに向けて刃を振り下ろした。 「えいっ!」  ガキンッ!  刃が地面の岩に辺り小さな火花を立てる。――はずした? いや、足を締めつける力が弱まって、絡み付いて いたものが解けている。 「………手応え無かったんだけど」  いや、性格には手応えはほんの少しだけあった。けれどそれは水を包丁で切るようなほんの僅かなもので、何 かを切り落としたと言う感触とはまったく異なるものだ。  とにもかくにも、戒めから逃れる事が出来たあたしは唯一の身を守る武器を両手で握りながら、魔王のいる方 向から後退さって距離を開ける。  水の飛沫も徐々に収まり、逃げ出すタイミングを見計らっていたあたしの前に先ほど足首を捕まえたものの正 体が姿をあらわした。  ―――あたしと同じぐらいの高さの輪郭に手足となるものは存在しなかった。いや、手足どころか首も体も無 い。その姿は透明なゼリー状、全てが溶け落ちてしまったかのようなゲル状の体をズルズルと這い進み、少しず つ、少しずつあたしの方に近寄ってくる……そう、そのモンスターは―――スライム。 『ふはははははははは〜〜〜!! 聞いて驚け見て驚けぇ!! これぞまさにエロのエロによるエロのためのモ ンスター、その名も――スライムっ! いや〜、川底に小さなこいつがいなかったら、溺れ死んでたぞ、ほんと。 しかしこれも天の采配、これより魔王パンデモニウムによる新たなる混沌の始まりなのじゃ、ぬはははは〜〜〜 〜〜!!!』 「……………な〜んだ、スライムか。恐がって損しちゃった」 『な、なにっ!? 恐くないのか? このぶよぶよグチョグチョのなんともイヤらしいスライムが恐くないのか !?』  そう声を発したのはスライムの頭頂近くに包み込まれている黒い本からだった。どうやらスライムの中に取り 込まれて支配しているようだ。モンスターを操るなんてさすが魔王……と言ったところね。  けれど最初逃げようとしたあたしの打って変わった余裕の表情に魔王もいささか困惑気味のようだ。 「ふふん、これでもあたしは魔法使いの村、アイハランの出身なんだからね。スライムがものすごく低級のモン スターだって事は知ってるもん」 『ぬおっ!? しまったぁ!! この姿格好で絶対におしっこ漏らして泣き喚くと思ってたのにぃ!』 「そ、そこまで恐がりじゃ無いわよ! ――こほん、ともかくこれであんたの負けは確定的よね」  そう言い、あたしは最上級の笑顔を浮かべてナイフを握りなおす。 『ふ…ふふふふふ……まだだ、まだ終わらんよ! こいつには残り少ないとは言え魔王たるワシの魔力を与えて おるのだ。そう簡単に倒せると思うなよ!』  そう言い、魔王inスライムもウゾッと体を震わせ前に出てくる。 『知っているぞ、お前が魔法が使えない事はな!』 「それがなによ、魔法が使えなくたってスライムぐらいナイフ一本で十分なんだから!」 『言ったなっ!? このスーパーでグレートでエロエロデンジャラスなスライムボディーに!』 「言ったわよ、このエロバカ魔王! あんたバカなんだからちょっと行動を自主規制しときなさい!」 『うがあぁぁぁ!! 男子(?)の健全な欲望を否定しやがって。もう許さん、いけぇ、下僕一号、ベトベトスラ イム!』  ―――来るっ!? だけどあたしは負けられない……世界の平和の為に!  グチュ……ぐちゃ……ぐちゃ……  ………なんともいえない無気味な音が周囲に響き渡る。  涎をたらし、体内に取りこんだ食事を何度も反芻しながら口の中で転がし、その味を心行くまで堪能しようと 言う、下品で、思わず身をよじりたくなるほど背筋が冷たくなる無気味な音……  それは明らかに異物をよく噛み砕き、味わいながら取りこむ、咀嚼の音だった。  ―――が 『………おや? なんだか視界が上下逆さまになってるような……どうして?』 「どうしてって言われても……とりあえず、「ような」じゃなくて完全に逆さまになってるわよ。あんたの体」 『へ?………な、ななななんとぉ!? もしかして食われてるのはワシですか!?』 「もしかしなくても……間違い無く食べられてるわね」  魔王にあたしを襲うように命令されたスライム。だけど半透明の体はあたしに飛びかかるどころかその場から 動きもせず、体内に取りこんだ全身を動かしてグッチャグッチャと魔王の本を咀嚼していた。 『にょほほひょほよひょぉぉぉ〜〜〜!!? やめて、やめれ〜〜〜!! ああ、なんか吸われてる、なんかこ ー大事な部分まで吸われちゃって記憶がパーになって行くんだけど、いやんそんなとこまで、うがぁ…うぁぁ… なんかみょ〜に気持ちが…ほえ〜〜……』 ―――グチャグチャ……ペッ。  そんなに不味かったのか――いや、そもそも本なんだから食べ物じゃないんだけど、スライムから吐き出され て岩場に転がった魔王の本は涎だらけになってヨレヨレになっていることもあって、なんと言うか…… 「やっぱり不味かったんだ……」 『い…言うに事欠いてそれか……助け様とか……』 「え〜〜、だってベトベトだし」  でも一応生きてる事は分かったんだし、後で洗ってあげればいいよね。今は……あたしもああならないように しないと。  魔王の本からは色々――恐らくは本に残っていた魔力を吸い取ったはずだ。スライムのような単純な体構造の モンスターなら、それはすぐに力となって反映されるはず。もし油断したら……  ………やっぱり言い合いなんかしないで逃げてたほうが良かったかな? けど、あのまま逃げてたら荷物はお ろか服さえ無くしちゃうところだったし……とりあえず、スライムの動きは鈍そうだからなんとか服とアイテム を回収しないと。  でも相手はスライムだ。襲いかかってきたとしてもナイフ一本あれば戦いの経験の無いあたしにだって倒せる 相手のはず……それに逃げ出せば下着姿でこの先……だったら!  意を決したあたしは大ぶりなナイフを強く握り締め、一歩足を踏み出す。  ―――けれど、あたしはそれ以上スライムに近づく事が出来なかった。なぜなら、 「まてぇ! それ以上その人に近づくな、モンスターめ!」  ………なんだかよく分からないけど、そうきっぱり言い放った青年があたしの前になんの脈絡も無く現れたか らだ。 「お嬢さん、大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」 「………えっと……はぁ」  金属性ブーツで岩を踏む音を響かせながらあたしの横を通りぬけてスライムの前に立ちふさがった声の主は、 聞こえてきた声からの推測と代わり無く、あたしとそれほど変わらないか一つ二つぐらい若そうな青年だった。  吟遊詩人の奏でるヒロイック物語に登場する主人公のように現れた若者だけれど、あたしとそれほど変わらな い身長で男の子としては高い方じゃない。それに着こんでいる鎧は白い塗装を施された上に金や銀の細工まで施 されており、値段的にはかなりの代物――なのに体格の方はそれに比例せず結構貧弱で、屈強とか勇猛と言う言 葉からは程遠い。  けど……そんな高そうな鎧、実際に使う? 見た目は豪華でも全然使えなさそうなんだけど……  はっきり言っちゃえば――第一印象、いいとこのお坊ちゃん。第二印象、もったいないからその鎧は下取りに 出そうよ。 「もう心配はいりませんよ。僕が来たからにはこんなモンスターの一匹や二匹、あっという間に片付けてあげま すからね」 「え………あ、そういえばあたし、女だっけ――」 「さぁ、危ないから下がっていてください。あなたのような美しい方に怪我などさせられませんから。いくぞぉ 〜!」  恐らくは騎士道精神なのだろう、腕を横へ伸ばしてあたしをかばうような行動を取った男は柄に宝石が産めこ まれたこれまた豪華な剣を腰の鞘から引き抜き―― 「あ、あれ? おかしいな、剣が…あれ、あれ?」  ――いや、引き抜く事すら出来ていない。あたしの前だから格好よくスラッと抜き放とうとしたみたいだけど、 抜き方も悪い上に剣も青年には長過ぎたらしく、物の見事にガチャガチャ引っかかってしまっている。  あたしも勇者役を押しつけられたばっかりの時はあんな風になってたっけ……  それでも一ヶ月の猛特訓の末に、あたしはちゃんと抜く事ぐらいは出来るようにはなった。そんな自分と照ら し合わせて……昔のあたしはこんなだったんだなぁ…と、恥ずかしいようなとっとと荷物を持って逃げ出したい 気持ちに襲われてしまう。 「よ、よし、やっと抜けた、抜けました! よ〜し、この勝利、あなたに捧げますからね、いいですか、見てい てくださいね。たぁぁぁ!」  言っている内容はキザったらしく、言い方はどこか抜けている鎧姿の若者は額に羞恥と焦りでたっぷり汗を滴 らせながら一分以上かかってようやく抜けた白刃をまっすぐ真上に構える。  その構え……素人のあたしから見てもわかる。思いっきり素人丸出し…… 「てやぁ、必殺ジャスティススラッシュ!」  必殺!? しかも名前付きぃ!? ……いや…一応助けてもらってるんだし何も言うまい……突っ込んじゃダ メ……  見て聞いているあたしの方が恥ずかしい必殺技、だけど高い位置にあった刃はそれなりの速度と威力を持って スライムへと振り下ろされる。なんだか色々と痛すぎる名前はともかく、その威力だったらスライムはあっさり つぶれる………はずだったんだけど、  ――ぶにょん 「えっ…き、斬れてない?」  剣はいともたやすくスライムを切り伏せたかに見えたが、両手で握り締めた剣を振り下ろした姿勢のまま固ま っている青年の前でスライムはぶよぶよと柔らかそうに震えているだけだった。 「そんな、確かに当たったはずなのに。――えい、ジャスティススラッシュ! ジャスティススラッシュ!!」  恥ずかしい必殺技名を連呼しながら青年は剣を滅茶苦茶に振りまわす――もう既に必殺技じゃないでしょ―― けれど、スライムに傷一つ負わせる事は出来なかった。  いや、正確にはスライムは斬られている。けれど斬られた端から傷はすぐにくっつき、半透明の巨体は平然と その場にたたずんでいた。 「えっと……もしかして、斬れないの?」  こう言う魔物関係の疑問には当然その人――というより、その本に聞くのが一番だ。  スライムに青年が斬りかかっているうちにあたしは地面にだらしなく横たわっている魔王の本の側に近寄る。  ツンツン―――――ピクピク、ピクピク  うん、反応がある。まだ生きてるわね。 「ねえねえ、ちょっと聞きたい事があるんだけど……あのスライム、なんで攻撃されても平気なの?」  指先でつついて生きている(?)のを確かめたあたしはその場にひざまずいて語り掛ける。 『ほ…ほえ? ワシ……もうヘロヘロで〜……』 「こら、寝る前にあたしに質問に答えて!」 『………質問…ひとつに付き10パフパフ……』 「へ? ……なに、パフパフって……」 『パフパフってぇのは……………こう言う事じゃあああぁぁぁぁぁいっ!!』  それまで風前の灯のようにか細い反応見せなかった魔王の黒本が急に勢いよく立ちあがる。そして反動をつけ てジャンプすると、まだ下着を巻いただけ、はだのほとんどが露出したゴムマリのようなあたしの胸の膨らみに 飛びこんできた。 「きゃあっ!」  あたしが驚きの声を上げても魔王はその身に駆け抜ける歓喜の震えを押さえる事などあるはずが無い。黒表紙 にまとわりついたスライムの粘液を簡易な作りながら必死に乳房を包み込んでくれているブラへと擦りつける様 に全身を左右に細かくゆすりたて、固い角を弾力溢れる白い乳肉へと突き立ててくる。 「こ、こら、やめなさいよ。あっちじゃあの人がスライムと戦ってるのに……んっ!」  本の姿をした魔王には当然手足も指も無い。その代わりに四方に突き出した皮製の表紙の角を今にもブラから こぼれ出しそうな乳房へと押し当て、軽く上下に動きながらブラの布地を双乳の間に押しこむように身を蠢かせ る。  乳首に…角が当たって……くあっ!…やだ……すぐそこに他の人がいるのに…そんなにこねないで……やあっ …!  首だけ後ろを向けば、今も青年はスライムに剣を振りつづけているのが見える。所々変ではあったけれど、あ あも一生懸命なのはあたしを守ろうとしてくれているからだ。だと言うのに、大きな乳房に突きぬける鋭い感覚 にあたしは背筋を震わせてしまい、未だ慣れない「女」としての快感に身を固くしながら柔らかな胸の膨らみを煮 えたぎらせる。 『これじゃあああっ! ワシはこの胸にこうして。おおうっ、アソコに力がみなぎってくるぅ!!』 「うあっ……!」  グチャリ…グチャリ…と本の表紙と下着に吸いこまれたスライムの粘液が奏でる粘着音は聞くだけでも興奮を 掻き立てる。何度も胸の間で動かれているうちに首の後ろの紐が解けると、魔王は熱を帯びた血液が大きな脈動 と共に流れている乳房に直接その身を重ね、まるで揉むように、まるで吸うように、剥き出しになったばかりの 豊満な膨らみに張りついたまま身を震わせる。 「くぅ…んんっ……」 『最高じゃあ……もう涙が出るほど最高じゃあ……♪ 本の身のままではエッチも出来ぬと思っておったが、ま さか全身パイずり…ああ、ワシ、もうイっちゃいそう……』 「………い…いいかげんにしなさいよね!!」  さすがにそこが忍耐の限界だった。  まだ膨らんで一日二日の乳房。そこに触れられる感触にまだ慣れていないあたしは乳房に広がる熱い疼きに必 死に耐えていたけれど、これ以上されると寺田にされちゃった事を明確に思い出してしまいそうで、たまらず魔 王の本を手に取るとメンコのように地面へと叩きつけた。 『ふぎゅうっ!』 「もう10回以上パフパフとか言うのはしたでしょ! もししてなくたってあのスライムの事を教えてくれない 限りなんにもしてあげないし、もう一回あのスライムに押しこんじゃうからね!」 『そ…それは………しかたないのう、教えてやるか。かなり魔力も回復したしのう』 「いいから早く!」  べっとりと少し白っぽい粘液で汚れたブラでそれでも我慢して胸を包みながらあたしが素足でゲシッと踏みつ けると、鮮やかな漆黒を取り戻した魔王の本は、 『ああぁ……下僕のはずの相手に踏みつけにされて…ちょっぴり快感かも……』  ―――その言葉に、あたしの背筋になんとも表現できない寒気が走り抜ける。そして足をはずすと、 「こ、この、変態エロエロ大魔王がぁ〜〜〜〜!!」  そのまま思いっきり振りかぶって捻りを加えて全力で蹴り飛ばした! 『あ〜れ〜〜〜〜〜〜…………………………(キラーン♪)』  …………はっ、しまった! あのスライムの秘密を聞かなきゃいけなかったのに〜〜!!  我に返っても既に遅く、魔王の本は川の下流の方向へと飛んで行ってしまった。まぁ……魔王の運が良ければ 皮に落ちずに戻ってくるだろうけど―― 「あああ、助けて、助けてください〜〜〜〜〜!!」  ………この声はさっきの若い剣士のものだった。  なんでこう、次から次へと……こんどはなに!?  さっきまでの勇ましさは影を薄め、すっかりか細い泣き声へと変わってしまった剣士の声に頭痛を覚えながら 振り向くと、そこにはスライムに押し倒された敗北者の姿があった。 「全然話が違うんですよぉ〜〜。なんでスライムがこんなに強いんですか? 僕の剣錆びちゃうし、物語と全然 違うじゃないですかぁ〜〜〜!!」  あっ……もしかして、こいつもドラ○ン○エ○トの読者……だったのよね、同じ間違いをしてたって事は。あ たしも読んでたし。  ドラ○ン○エ○トとは、都会の方で流行っている冒険小説だ。あたしのお店でも売っていて、店番しながら読 んでいるうちにハマってしまい、ついつい全巻読破しちゃったのである。  その小説によるとスライムは最弱モンスターで冒険の手始めにはこいつを何匹も倒してレベルを上げる……と いう展開だったんだけど、これじゃまるっきり逆じゃない。  剣士はスライムを倒すどころか、鎧だけは立派な体の上に圧し掛かられていた。スライムは平べったくなれば かなりの面積で、頭と右腕以外のほとんどを既に体内に取りこんでいた。これでは何時さっきの魔王の本のよう に飲みこまれて咀嚼されるか分かったものじゃない。  けれど、これがあの若い剣士が弱すぎるから…と言う理由でない事ぐらいはわかっている。あのスライムには 武器による攻撃が全然効いていないのだ。もし棍棒のように叩き潰すような武器ならどうかは分からないけれど、 剣のように鋭い武器では切っても突いてもゼリー状の体にはたいしたダメージにはならず、疲れた所を攻撃され てあんな風になってしまったんだろう。それに――  この剣……さっきまであんなに綺麗に輝いていたのに……腐食してるの?  地面には刀身がボロボロに朽ちた剣が転がっていた。まるで数十年雨風にさらされた様で、下取りに出しても 刃だけなら逆にお金が欲しいぐらいだ。けれど柄に施された装飾や宝石にはそう言った汚れや腐食は無く、この 朽ちかけの剣があの剣士が使っていた剣であることを示していた。  あたしもナイフ一本で挑んでたら、あの剣士みたいに飲みこまれてたんだ……じゃあどうやって倒せばいいの よ!?  武器で倒せないなら魔法で倒す。それがモンスター退治の基本だ、と聞いた事がある。けれど知っての通りあ たしは魔法が使えず、使えそうなものほとんど…… 「―――そうだ! ねぇ君、もう少しだけ我慢してて!」  さきほど背負い袋の中身を調べたときに出てきた「あれ」をつかえばスライムを倒せるかも! 「うっぷ、はやく、はやく助けてぇ……も…だめ……んっ…!」  あの子の顔が飲みこまれちゃった! 急がないと咀嚼される前に窒息しちゃう!  まるで形ある水の中でおぼれるように、青年はスライムの中で頬を膨らませた顔を苦悶に歪め、外に出ている 右手を振って懸命にもがくが逃げ出せそうな気配は無い。もし助けるのに時間がかかれば窒息死が彼を待ってい るだろう。  けれどアイテムを並べたマントはあたしよりスライムに近い。そこに到着するまでに少し遠回りをして時間に して五秒。――素足に小さな石が突き刺さる痛みを必死に堪えて駆けながらも剣士君の様子を確認してはいるが、 もう既に口から空気を吐き出している。この根性無し〜〜!!  だが、彼がスライムに飲みこまれているのはラッキーだった。獲物を一匹取りこんだスライムはあたしが目の 前を走り抜けても鈍い反応しか見せず、結果、一秒ぐらいは早く荷物へと辿り着けた。  「あれ」は……あった! これ、これよぉ!  今のあたしがスライムを退治できるとすればこのアイテムだけだ。恐らく役に立たないナイフを捨てて代わり にそれを拾い上げたあたしは、 「待ってて、今助けてあげるからね!」  恐いのも忘れ、さっきは踏み出せなかった一歩をスライムに向けて踏み出した――


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