第二章「契約」03
「これでもくらえぇ!」
あたしは手にした油のビンの蓋を無我夢中で取ると、腕を右から左へと振り抜いた。すると少し色の付いた油
は腕の振りに合わせて宙を舞い、若い剣士を飲みこんで動きが鈍ったスライムに物の見事に命中する。
考えてみればおかしな話だ。油はあるのに、油を入れるランタンが無い。明かりを灯すのに油へ直接火をつけ
たりしないものだ。
梅さんも商人なんだから無駄なアイテムをあたしに与えるはずが無い。それはつまり…こういう使い方をしろ
って事よね!
今度は火打石の出番だ。油を浴びせられて困惑するように身を蠢かせるスライムに一歩近づいたあたしは反撃
が来る前にと急いで火打石と火打金を撃ち合わせて火花を飛び散らせる。
その直後、火花で引火した油は一気に炎を上げて燃え上がった。
―――グッ……グオオオォォオオオオオオオオッ!!
喉も口も持たないスライムが、その身から立ち上った炎の熱に全身を震わせ不気味な咆哮を上げる。
燃え上がるのは一瞬だった。火花で引火した油は粘液にまみれたスライムの表面でも消える事の無い強い炎を
上げる。
効果は予想以上。水分の多いモンスターだけにどれほど効果があるか少し不安だったけれど、背中に火を背負
ったスライムはさらに勢いを増していく炎の熱に身悶えすると、現れた川の方へと鈍重な体を向かわせ始めた。
「意味無かったけど助けてくれたんだもんね。この人は置いていってもらうわよ」
慌てて逃げるスライムには捕らえた獲物を拘束し続けておく余裕などあるはずがない。あたしはかろうじてス
ライムの外に出ていた剣士の右手首を掴むと、自分も後ろに倒れこむようにズルリとその体を引き抜いた。
「や、やったぁ♪」
スライムを撃退した事、この剣士を助けられた事、そしてなによりもあたし自信がそんな事が出来たという事
に対して喜びの声を上げてしまう。
だけど……まだ喜ぶには早過ぎたようだ。
尻餅をつきながらも剣士をなんとか助け出し、問題のスライムも川の中に入ってしまって当面の危機は去った。
剣士は鎧の表面や止め具、それに服の一部が腐食してボロボロになっていたけれど体の方にはそれほど酷い怪我
は無いみたい……なんだけど、
い…息…してない……うそ、もしかしてスライムの中で溺れちゃったの!?
スライムに顔まで取りこまれていた時間は十秒か二十秒だ。だけど仰向けに寝かせた剣士は口でも鼻でも呼吸
をしておらず、苦しそうに腕で喉や胸を掻き毟っている。それに、喘ぐ口元をよく見れば口腔には亜具期から溢
れそうなほど半透明のゼリー――つまりスライムの体が入りこんでいて、それが剣士の呼吸を止めてしまってい
るのだ。
「ど、どうすればいいのよぉ……は、早くしないと……」
あたしがおろおろしている間にも白目をむいた剣士の顔色はどんどん悪くなっていく。けれどあたしに喉の奥
に入り込んだスライムを取ってあげる方法は――
『ここは一発、人工呼吸じゃな』
うん、それしかない。………って、ちょっと待て! 人がいの一番に思いついてすぐさま却下したアイデアを
提案するのは一体誰!?……まぁ、魔王の本しかいないんだけどね……
「ところであんた、あんなに遠くに蹴り飛ばしたのにどうやって帰ってきたのよ?」
『ふっ……聞いて驚け! ワシはお前にエッチな悪戯をする事で魔力を補給する事が出来るのじゃ! ああ、ま
さに男児の夢! これからは目くるめくピンク色の日々がワシを待ってばびゃしゃっ!』
「あ…あんたはねぇ………そうだ! あんただったら魔法が使えるでしょ。それでこの人を助けてあげてよ!」
放っておけば聞くに耐えないぐらいイヤらしい事を言いそうな魔王の本を震える拳で黙らせると、一縷の望み
を求めてそう尋ねてみるが、
『やだ。だれがヤローなんか助けるかっての、けっ!』
………そうよね、こいつだったらそう言うわよね。じゃあやっぱり……
『――そういうわけで、助けるなら早くしたほうが良いぞ? 人・工・呼・吸♪ 息は吹き入れるんじゃなくて
吸い出すんじゃぞ。ほれほれ〜、喉の奥でスライムが蠢いておるから苦しみのあまりに顔が土気色に』
「わ、わかってるわよぉ。だけど…だけどさぁ……う〜〜…」
………初めてなのに。ファーストキスなのに。その相手が女の子じゃなくて男の子で、しかもあたしが女にな
っちゃってて……なんで、なんでこんな運命なのよぉ……
思いっきり抵抗がある。正面から見れば顔が土気色を通り越して死人色なのを除けば、童顔で可愛らしい顔を
しているけれど、それでも男なのだ。緊急自体とは言え、自分の知らない間に女にされてしまっただけに男とキ
スするのは……イヤぁ〜〜〜!!
『むぅ……今度は急に全身をバウンドし始めた。悪霊でも乗り移ったみたいな断末魔の痙攣だのぉ。もって5秒、
よん…さん…にぃ〜い…い〜ちぃ…』
「わっ………分かったわよぉ! 言っとくけどこれはカウントしないからね、絶対に数えないんだから! 絶対、
絶対に―――」
これは人助け。だからキスなんかじゃない、キスなんかじゃない、絶対にキスなんかじゃ……
それでもどうしても体は緊張してしまっている。それをほぐすように三度深呼吸をしたあたしは唇をキュッと
引き結ぶと、涙さえ溢れ出した瞼をキツく閉じ合わせ――
「―――んむっ!」
――青年の口元に自分の唇を重ね合わせてしまった。
汚れちゃった……あたし、汚れちゃったよぉ……明日香、ごめん……
いつ再開できるか分からない幼なじみに謝りながら、あたしは剣士とより密着した口付けを交わす。鼻息を漏
らし、真っ暗な視界の中で唇からの感触だけを頼りに舌まで駆使して動きを見せない口を割り開く――と、
「んんんっ!?」
それまで剣士の口内からあふれ出てこなかったスライムが突如としてあたしの唇を押し広げて入りこんでくる
と、固くした舌にズルズルと絡み付きながら喉の奥へと流れこんでくる。
異様…あまりに異様過ぎる感覚だ。
とっさに噛み切ろうとしても、口の中でスライムが膨張してしまったせいで口を閉じる事が出来ない。そうし
て通路を確保したスライムはあたしの口の粘膜を良い様に這いまわり、舌の裏側から溢れる唾液を啜り上げて舌
鼓を打つように口いっぱいに頬張らされたぶよぶよの全身を震わせる。
「んんっ、んぐぅ、んんん〜〜〜〜〜〜!!」
人工呼吸の前に喉の奥の壁を閉じていたので辛うじて鼻で息を吸う事は出来る。けれど、それでもなお奥へと
入りこもうとするスライムは小刻みに痙攣する体で喉の壁をグリグリと押しこみ、それでも進めないと分かると
頬のあたりのものも含めて口の中でギュルッと身を捻る。するとスライム自身の体積が小さくなる代わりにねっ
とりと口内に絡み付く甘い液体を放出し、それを潤滑液にするかのように捻れた棒のような形となったそのみを
あたしの舌のくぼみに沿って前後に動かしていく。
「んぶぅ!?」
太く、そしてゴムのような固い弾力を持ったスライムが後ろに下がってズリュッと喉の先へと向かうたびに苦
しさからあたしの瞳から涙が溢れ、同時に閉じることの出来ない唇から白く濁った粘液が勢いに押し出されてゴ
ブッと音を立てる。そして量が少なくなった分の液体を後ろに引いたときに先端部分から不気味な脈動と共に先
端から迸らせたスライムは頬の裏や上あご、そして舌の付け根と口の中の隅々にまで粘液が飛び出る先端を擦り
つけ、不意に丸い先端をドリルのように回転させて喉の穴を抉じ開け様とこね回し、陵辱してくるのだ。
「んぐぅ…んっ……んんぅ…!」
やっ、また……んっ…そんなところ擦られたらくすぐったいだけなの、にぃ……あぁぁ……なにこれ…体が…
ものすごく火照って……うんっ…! 股間で…何かがぐちゃって……いやぁあぁぁぁ……
それはまるでおしっこを漏らしたかのような恥ずかしさだった。水の膨らみのようなスライムが粘液をかき混
ぜながら口内を這いまわるたびに、無数のミミズが蠢いているような錯覚を覚えて身を固くして必死に抵抗を続
けているけれど、グチャリと粘つく音が口の中で一つ響くたびに四つん這いになった下半身の中央で熱い何かが
こみ上げてきて、下着に包まれた割れ目には蕩けそうな感触が昨晩男のものに貫かれた個所を基点に広がってき
てしまっている。
既に、下着は股間からあふれ出るおしっことは別の液体を吸いきれなくなっていて、豊潤な液体は太股の滑ら
かな表面を伝い落ちて行く。そのくすぐったさにお尻を振って太股をよじれば、先ほどよりも強烈な疼きが割れ
目の奥から駆け巡って、目の前に青年の顔に鼻から漏れ出た甘い鼻息を吹きかけてしまう。
こんなに苦しいのに……女の子の体って…どうなってるのよ……なんで…急にこんな変な感じになって……や
ぁん…!
先ほど水の中でその豊満さを確かめたばかりの肢体にはねっとりとした汗がにじんでいる。背筋の曲線に浮か
び上がった丸い水滴は背骨のくぼみにそって腰へと流れ落ちて行き、下を向いた重たげな乳房は我慢できずに身
を震わせてしまうたびにプルンとその弾力と柔らかさを誇示するように下着ごと揺れ動いてしまう。
あたしの体から徐々に抵抗の意思が奪われていく。あたしが意識しなくてもスライムが蠢くだけで汗で透けて
その向こうに薄っすらと肌色を浮かばせた下着に包まれた乳房はドクンと脈打って丸々と膨らんでいく。下着の
紐は限界に近く、今にも千切れそうになりながらなんとか大事な場所を隠してはくれているけれど、それがかえ
ってあたしの中の熱を押し込める事になり、もしスライムさえ口の中にいないのなら自分の手で毟り取ってしま
いたくなる。
どうしよう…いつまでこんな格好でスライムに口の中で暴れられてなくちゃいけないのよぉ……早く何とかし
ないと…あたし…だんだん変に…なっちゃいそう……
スライムはもうあたしの喉の奥へ入り込もうとはしなくなっている。その代わりに微妙にでこぼこしたひょ面
で口に粘膜をなぞり上げ、あたしがたまらず「あっ…」と声を漏らしてしまったのを見計らってスライムの代わり
にさっきより濃厚になった甘い蜜を流し込んでくる。
苦ければ吐き出すのに………味が少し変では歩けれど甘い粘液を飲んでしまうたびに、あたしの体を内側から
炙る熱気は油を注がれたかのように勢いを増していく。
左右に下着の端が食い込んでいる膨らみにドクンッと大きな脈動が駆け抜ける。その直後、下着の表面を加え
るようにパックリと開いてはキュッと口を閉じていた割れ目からトロトロと汁が溢れだし、断続的にとはいえ窄
まったあの小さな孔が押し広げられて密度の濃い液が押し出される感触に耐え切れなかったあたしはお尻を高く
突き上げると、グチャグチャと音がなって中の粘膜が擦れあうのにもかまわず、下着がよじれきって丸い部分を
全て露出したヒップをくねらせるように振りたくった。
「うぅん、んんっ…んむぅぅぅ!!」
『ハァ…ハァ……も、もう辛抱たまらん。ワシも混ぜてくれぇ〜〜!!』
ひあっ、やっ、このエ…エロバカ魔…王……だめ…角を…角をそんなところに突き立てちゃ……ああっ!!
それは突然の出来事だった。スライムによる口内陵辱ですっかりあたしに忘れ去られていた魔王は下着に圧迫
されているあたしの股間に飛びつくと、胸にも押し当てた本の角を――こともあろうに股間の肉の突起へと勢い
よく突き刺してきたのだ。
「うあっ!!」
その瞬間、あたしは股間で爆発した熱気に翻弄され、背筋を反らして悲鳴を上げた。
魔王の本はそのまま掻き毟るようにあたしの肉豆を責めたて、太股を震わせ身悶えるあたし。しかも本の角は
一箇所に二ヶ所あり、もう片方にグニグニと恥丘を押し上げられて、股間がドロドロになるほど濡れてしまって
いたあたしは羞恥心も忘れて大きな嬌声を上げてしまう。
「あ――――――――――っ!!」
大きく唇を開いて息の続く限り声を上げる。
割れ目の奥――ペ○スに突き上げられた体の一番奥で震えていた場所に痙攣が走る。もう感情が抑えられない。
あたしは―――そのまま爆発するように広がる快感の本流に巻き込まれ、割れ目とお尻をヒクヒクさせながら噴
き上がる快感美に全身を固く、そしてしなやかに仰け反らせて行く。
「いやあぁぁああああああっ!! あたし、うそぉ、イく、イくゥ………っ!!」
それが限界だった。あたしはまさに犬のように両手両足をついた姿勢のまま剥き出しのお尻を一際強く震わせ
ると、一瞬の浮遊感の後に全身に異様とも思えるほどの痙攣が駆け巡り、ビシャッとパンツの中に盛大に粘つく
液体を放ってしまう。
「ひっ―――あっ――――!!」
もう何も押さえる事が出来ない。収縮する子宮の脈動に合わせて放たれる愛液は魔王の本に股間の膨らみを突
き上げられるたびに下着の脇から溢れ出し、太股に幾筋もの跡をつけながら地面へと伝い落ちて行く。それでも
液は次々と狂ったように溢れ出し、あたしは下半身の奥から割れ目の小さな窄まり間で一直線に響く痙攣に全身
を緊張させ、意識をゆっくりと解けさせ――そんな時、何かがあたしの頬を突っついた。
「……んっ…はっ………えっ? ―――す、スライム!?」
それまで意識はどこかフワついた感じだったけれど、目の前に存在する透明なものを視界に捕らえてしまった
途端に瞳は光を取り戻し、あたしの背筋にピンチを知らせる震えがモゾモゾと這いまわり始めた。
「きゃあああああああああっ!!」
気付いた瞬間、あたしは女の子のような悲鳴を上げながら右手で宙に浮く妙に細長いスライムを打ち払ってい
た。すると剣で切っても対したダメージを受けなかったスライムはいとも容易く地面へと打ち付けられ、どこか
悲しそうな動きで細長かった体を手の平サイズの球体に丸め、あたしからトボトボと離れて行った。
………なんだかその背に悲しみを感じるのはなんでだろう……って、あの剣士は!? やば、思いっきり忘れ
てたぁ!
最悪な展開を頭に描きながら慌てて視線を下に向ける。が、最初の土気色の顔が嘘だったように健康的な肌色
を取り戻していたし呼吸も穏やか。とても死にかけていた人間とは思えないぐらい押さない顔の剣士はスヤスヤ
と寝息を立てていた。
「ふぅ……良かった。無事だったんだ……」
『そうじゃのう。これだけ気持ちよさそーに寝とったら後遺症も無かろうて。うんうん』
「ここまでして助けられなかったんじゃ、あたしの純潔汚された意味が無いもんね。で、なんであんな事したの
かしら?」
ガシッと、逃げようとする魔王の本を後ろ手で掴む。そして端っこにあたしの湿り気と温もりが残っている表
紙に指をキツく立てながら眼前に持ってくると、古代文字と魔方陣が描かれた表表紙ににっこりと微笑みかける。
『いや、あの、やはり目の前であんなエッチが繰り広げられているならば乱入するのは男児として当然の事かと。
ワシ、心のチ○チンに正直に生きただけで…いたっ! いたたたたっ、指で引っかくのは禁止って言う前にごめ
んしてくれ〜〜!!』
「へぇ…あれがあんたにはイヤらしい事をしてるように見えたんだ。人工呼吸で人助けしようとしてたのに。ス
ライムに口を塞がれてろくに呼吸も出来なかったって言うのにぃ…ふぅ〜ん……油はまだ残ってるわよ♪」
『い…いやああぁぁぁぁぁぁああああああああああっ!! 水責めの後は火あぶり!? イヤだ〜〜、ワシのデ
リケートな表紙に焦げ目つけるなんて、鬼、極道!』
「安心して良いわよ。焦げ目なんてつけないから♪」
『えっ……じゃあ……』
「燃え滓は綺麗に散らしてあげるから潔く全焼してね♪」
『や〜〜だ〜〜〜!! ――そ、そうだ。のぉのぉ、さっきのスライム、あれと契約してみんか?』
「焦って放り投げたけど油ビン割れてないわね。中身も半分ほど残ってるし。これだけあったら三回燃やしてお
釣りが来るかしら♪」
『わ〜わ〜わ〜〜、ごめんなさいごめんなさい、もう金輪際あんなときに悪戯しません、ちゃんと助けるからわ
しの話を聞いて機嫌直してくれぇ! これは絶対損になる話じゃないからぁ〜〜!』
う〜む…ちょっと脅かしすぎたか。まぁ、これでちょっとは反省するでしょ。あたしが男に戻る鍵を握ってる
のもこいつなんだし、今度の事で上下関係をはっきりしてくれれば、ね。――それよりも、「契約」ってなに?
相手がスライムって言ってるんだから……
『ね、ねぇ…そろそろ地面に下ろしてくれないかな? 美人につねられるのってある意味男の夢かもしんないけ
ど、痛いです、痛いんです〜〜…』
「わかったわかった。離してあげるから、契約っていうのについて教えて。分かってると思うけどあたしは魔法
は……」
『ふむ……あっちも十分満足したみたいだし、実際にしてみる方が良いだろうな』
魔王が視線を向けた――実際には傾きを変えて振り向いたんだけど――先には、何故か小さ目の岩に半分隠れ
てこちらを伺っているスライムがいた。いや、大きい本体の方は水の中に逃げこんで……これもスライムでいい
の?
そんな疑問が顔に出ていたのだろう、先ほどまで泣き声を上げていた魔王の本は偉そうに反りかえると、
『えっへん、それでは無能なる下僕めに』
「さって、油ビンと火打石は…と、何故かこんなに近くにあった、何故かな〜♪」
『うっ……け、契約の事でしたよね。そもそもワシが魔王やってた時には契約なんて言う面倒な事をせずに精神
支配してたんじゃ。もっとも中には支配を受け付けずにワシと対等な関係を望む奴も多かったが……そう言うと
きにはプチッと潰したか、厄介な奴とは契約を交わしたんじゃ。ここまで言えば分かるじゃろう。契約とは魔王
とそれ以外のモンスターとが行う主従関係を結ぶ儀式のことじゃ』
な…なんだか長くて難しい話に……理解しきれるかなぁ……
『契約を結ぶのに重要なのは二つ。相手を満足させる条件を提示する事と、契約主が魔王である事。まぁいちお
うそれなり仮免限定で少しばかりミジンコレベルでお主も魔王になったんじゃから、場合によってはモンスター
と契約する事が出来るんじゃ。分かったな?』
「え〜…あ〜〜…うん、分かるわよ。当然じゃない、あはははは〜〜…………って、ちょっと待って。あたしが
…あたしが魔王っ!?」
『んっ? なにをいまさら』
「いまさらじゃない! あんたが魔王であたしは被害者! なのになんであたしが魔王なんて言う物騒極まりな
いものにされちゃってるのよ!!」
『だってのぉ……ワシの魔力を受けたけど支配されてないじゃろ? そうなると魔力かすかすのワシより、ワシ
の支配を打ち破ったと言う事実からお主の方が存在上位となって暫定的ながら魔王ということになるんだな、こ
れが』
うそ…そんな……女の体にされて、その上魔王だなんて……そんな…そんな……
「そんな……こんなエロバカ大魔王と同格になるのなんて絶対にいやぁ〜〜〜!! ひどい、神様のバカ―――
っ!!」
『そこまで嫌がられるワシの存在って一体………まぁともかく、お〜い、こっちにこ〜い』
うううっ……今度はあたしが無視された………いいもん、こんな事でくじけないもん! いつかきっと、あた
しは男の子に戻って普通の生活を取り戻すんだから! そして人に優しい魔王を目指してやるんだからぁ!!
『………遠くを見つめて拳を握るのはいささか古いネタだと思うんだが…とりあえず契約するぞ〜〜。そらいけ
スライム』
魔王の本がそう言うと、溢れる涙をグッと堪えていたあたしの胸の上にさっきの小さなスライムがぴょんと飛
び乗ってきた。
「ひっ…きっ……っ!?」
恐怖心が喉の奥から絶叫となって溢れ出しそうになる。だけど露出した胸元に触れるスライムの冷たさにピク
ッと身を震わせて声を放つタイミングを逸したあたしは、目の前の丸いものがそれ以上襲ってこないのを見て粘
液の感触がまだまとわりついている口にまでこみ上げた悲鳴をグッと飲み込み、傍らにいる魔王の本へと視線を
向けた。
『そうそう、拒絶するなよ〜〜。今からそのスライムがお前に襲いかかって乳房を×××して尻の穴を×××で
×××してトドメとばかりにグチョグチョマ○コに×××て×××な×××で××××××しても絶対に嫌がる
なよ〜〜♪』
「あんた……絶対楽しんでるでしょ!」
『ひょっひょっひょっ♪ その怯えた顔はなかなかナイスアングル! そのデータはいつまでもワシの中の一ペ
ージに保存されるんじゃ。さて、次は自ら下着を取ってスライムと戯れるシーンをばぁ!!』
「………絶対に燃やしてやる」
ぽつりと、怒り心頭のあまり口を突いた本音に、魔王の本は身震いする。そしてコホンと咳を一つすると、
『そ、それでは契約のやり方を教えるぞ』
「………これ以上エッチな事したら」
『わ、わかっているであります! これから先は世界に対する宣誓だけだからエッチな事は起きないであります
! で、では、「魔王たくや」と名乗り、そのスライムを僕にすると口にしろ…いや、してください……』
「本当にそれだけでいいの? ……魔王になるのはイヤだけどとりあえず……魔王たくやの名において…宣誓っ
て言えばいいの?」
『その辺りはアバウトでもかまわんぞ。そのスライムは十二分にお主の魔力を吸収して懐いているからな。フラ
グが立って好感度が高いと告白一発で恋人になれるじゃろ? それと一緒』
「ほ、ほんとうにそれだけ? 全然信用性が無いんだけど……魔王たくやの名において宣誓する」
あたし自身が魔王になる……そのことには抵抗はあるけれど、魔物と契約すると言う事には何故か興味が沸い
ていた。魔法使いの村であたしだけが魔法を使えなかったから………その事に対して抱いていたコンプレックス
が故に、魔物との契約と言う不思議な力と言葉に、あたしは気付かないうちに魅了されていたのかもしれない…
…
ふと視線を動かせばスライムはまだあたしの胸の上に乗っている。最初は驚いたその冷たさも、今では心地よ
く感じてしまう。大きい方とは違い、丸い形をした半透明のモンスターはこうしてみれば可愛らしくもあり、先
ほどまで抱いていた恐れや拒絶の思いは体の火照りが収まるのに合わせてゆっくりと氷解して行った。
「―――ねぇ、私と契約してくれる?」
あんまり形式ばった言葉や命令口調は好きじゃない。あたしは優しく、いつもの口調でスライムに語り掛ける
と、人とは敵対するはずの小さなモンスターはプルンと体を震わせて喜びの感情を示してくれた。
―――トクン
「あっ……」
変な……ううん、何かがあたしの中に入ってくる感じだけど…いやって言うほどじゃない……この感覚が契約
…なのかな……
『う〜む……何とも迫力の無い契約じゃのう。――まぁいい。これでそのスライムはお主の下僕になったわけじ
ゃ』
「たったこれだけで? ものすごく簡単なのね……」
『既に魔力供与が行われていたし、スライムは知性の無い低級モンスターじゃしな。これがある程度頭のいい奴
だったら生贄よこせとか条件付でくるから面倒でのう。とりあえずこれで戦闘も楽になるじゃろ。僕は命令すれ
ば死ぬまで戦ってくれるしな。あとは魔封玉じゃが――』
「あのさぁ……下僕って言う言い方はイヤだから……ペットじゃだめ? あんたと一緒で」
『ぺ…ペット!? ワシが?』
「うん」
『お前の?』
「そう」
『……スライムと同格?』
「別にいいじゃない。さっき飲み込まれてたんだし。ね〜」
あたしがそう言ってスライムに微笑みかけると物言わぬ小さなモンスターはその通りとばかりに全身を肯かせ
た。
「ほ〜ら、御覧なさい。これであんたは魔王とか自称したってスライムと同格、ううん、スライムと存在自体そ
う変わらないんだからね。どんなに魔王魔王って言っても持ち主のあたしが本やペットと同じ扱いしてたら誰も
あんたの言葉なんて信じないでしょ?」
『そんな…そんな事ってあるかぁぁ〜〜〜いっ!! ワシは、ワシはれっきとした魔王様なのにぃ〜〜〜!!』
あ、いじけちゃった。すすり泣きしちゃって…あたしも少し意地の悪い言い方だった…でもないわね。こいつ
の今までの行動を考えれば。とりあえず静かになったんだし……今のうちにこのスライムが本当にあたしの言う
事を効くか試してみようっと。
「スライム、お手」
あたしが右手を差し出すと、命令通り胸からそちらへ飛び移る。
「おかわり」
今度は左手。地面をはいずるのかと思えば体を上手く跳ねさせて軽やかに手から手へと飛び移る。
「ふせ」
手足は無いんだけど、左手の上で体を平たくする。う〜ん…芸が細かい。それにあたしの言う事をちゃんと理
解してるのね。――いやいや、スライムがどうしてお手とかに反応するとか、どうして言葉の意味を理解できて
るのとか、いくつか突込みどころはあるんだけど…ま、いっか。
こうしてると愛情が沸いてきそう。手乗りスライムって言うのもいいものよね♪ ――世界で何人の人がスラ
イムをペットにしてるかは知らないけど……て言うか、出来るはずが無いよね。
さて、こうやってスライムとの契約も終わったわけだし、そろそろ服を着よっか。寒くは無いんだけどいつま
でもこの格好って言うのも冷静になると恥ずかしいし……下着も変えたほうがいいかな?
あたしが水浴びする前に脱いだ服は大き目の岩の上に畳んで置いてある。
「それじゃあたしが着替える間はじっとしててね。飛び乗ったりしちゃダメよ」
スライムにそう念を押しても足元にじゃれ付くスライムにトホホと困った笑みを浮かべながら岩へと歩み寄る
……が、その途中で、
「う……う〜ん……」
気を失っていた剣士がうめき声を挙げて意識を取り戻し始めてしまった。
―――って、ちょっと待って! あたしまだ下着姿なのに!
初めての戦闘を終えた後だったから少しばかり気を抜きすぎていた。こう言う時はすぐに移動できるように初
めに服を着ておくべきだったのに!
あたしは腕を動かして顔にかかる日差しを遮る剣士を尻目に慌てて服へと駆け出して岩の上から掴み取る。体
は女でも服は男物だ。下着と違ってシンプルな服に二十秒とかからず袖を通したあたしは胸を撫で下ろし、側に
おいていた靴を履きながら、上半身を起こして頭を振っている若い剣士へと向き直った。
「え……ここは…あれ? 僕は…………あれ? たしかスライムと戦って……」
「気分はどう? どこか体に変な場所とかない?」
あたしが側に膝を突くと、青年はあどけなさが抜けきっていなくて剣士とは思えないような押さない顔を向け
――直後、熟したトマトのように顔を真っ赤にしてしまった。
「どうかした? まだ喉にスライムが……あっ……」
あたし…この人とキスしたんだっけ……いけない、あれはカウントしないって決めてたのに……落ち着いて、
落ち着いてぇ〜〜!
気恥ずかしくなって視線を逸らしても、一度意識してしまうと胸はファーストキスの相手を前にドクンドクン
と大きく脈動してしまって、上手く喋る事が出来なくなってしまう。
これといって格好いいわけじゃないし、スライムとの闘いだって見ているのも辛いぐらいだったのに……
「あの……あなたが助けてくれたんですか?」
うわ、いきなりそこを聞いて来るぅ!? そ、そりゃ確かにあたしは人工呼吸して助けたと言えば助けたけど、
だからってあれは人道的見解では人工呼吸で、マウストゥーマウスで、キスじゃなくて、でも唇の感触はすぐに
スライムが来たから覚えてないんだけどそれでもそれでもあたしとしては最初は女の子がよかったわけでぇぇぇ
!!
「おかげで助かりました。あんな強いスライムを倒してしまわれるなんて、見掛けに寄らずお強いんですね」
「………へ……あ、ああ、そっちの方ね。な〜んだ、慌てて損しちゃった。は…ははは……」
笑って誤魔化そうとしてもどうしても頬が引きつってしまう。間違えたのは自分の責任とは言え、やはり恥ず
かしさは込み上げてきてしまうものだ。
「そういえばまだ名乗ってもいませんでしたね。僕は弘二と言います」
「あたしはたくや。アイハラン村のたくや」
若い剣士――弘二君が少しふらつきながらも立ちあがって自己紹介したのに合わせ、あたしも自分の名前と出
身地を答える。
名前に姓を持つのは王侯貴族だけなので、旅先や取引なので別の土地に行った時にはこうして出身地を名前に
添えるのが通例になっている。もっともあくまで通例なので弘二君がそうしたように言わなくてもかまわない。
自分の評判が出身地にまで伝わるのを嫌がる人もいる…と言うところかな?
「アイハラン村ですか!? 知ってます、魔法使いの村として有名なんですよね」
「ええ、まぁ……」
あたしの出身地を聞いて急に目をきらめかせる弘二君。まるで憧れの人にあったかのように目をキラキラと輝
かせるけど、その魔法使いの村で唯一魔法が使えなかったあたしにはその羨望の視線は実に居心地が悪かった。
――けれど、なんだか弘二君の様子がおかしい。顔色もさっきより赤くなっているし、瞳も潤んでいる感じがす
る。
「ねぇ、もしかして熱があるんじゃない? あたしは何とも無いけど、スライムになにか毒とか飲まされなかっ
た?」
「い、いえ、全然大丈夫です! ほら、もうこんなに動いて大丈夫なんですよ、ほら」
心配して熱を測ろうかとあたしが近づくと、まだ回復しきっていないだろう弘二君はあたしを拒絶するように
腕を振り、屈伸運動をする。――が、そんな事をすればスライムの体液でボロボロになった鎧は……
ガチャン、ガチャン、ガチャガチャン!
恐らく止め具や皮紐がダメになっていたのだろう、激しい動きをした途端に表面がボロボロになっていた弘二
君の鎧は地面へ次々と落っこちて行った。
「えっ……ああっ!? お小遣いを一年も溜めて買った特注の鎧がぁ〜〜!」
「ま、まぁ、スライムに長い時間触れてたから……大丈夫。鍛冶屋さんに行って撃ちなおしてもらえばまた使え
るって、ね♪」
「そ、そうだ、剣は、僕の剣は!?」
「剣は……あれ? アソコでボロボロになって折れちゃってるけど……」
服だけの姿になった弘二君にさらに追い討ちを駆けるように、あたしは地面に転がる朽ち果てた剣を指差した。
「あっ――――!? か、家宝の剣が……家宝の剣がぁ〜〜〜〜!!」
家宝……その言葉を聞くだけで高価なものだったんだろうと分かるけれど、スライムの体液と乱暴な扱われ方
をした剣は完璧に二つに折れてしまっていて、鍛冶屋に持っていったとしても直す事は出来ないだろう。
それは当人もわかっているようだ。地面からかき集めた鎧を抱えて剣の前まで歩いていくとその場にへたり込
み、なんと言葉を掛けて言いか分からないほど途方にくれてしまっている。
「―――壊れちゃったものはしょうがないわよ。ほら、元気を出して。あなたも冒険者なんでしょ?」
「はい……これから…登録に行くところですけど……」
「だったらこんなところで座り込んでてもしょうがないでしょ。その剣や鎧にはめ込まれてる宝石は大丈夫なん
だから、それを売って新しい装備を買ったら?」
「でも…これは僕の家の家宝で……同じ物は……」
「何言ってるのよ。道具だけで冒険するわけじゃないでしょ。そりゃ、大事な剣を無くして落ち込んでるのは分
かるけど……」
語り掛けても振りかえろうとしない弘二君の横手に回りこんだあたしは膝を突いて視線の高さを合わせると、
まだ鎧を握って離さないその手に自分の手を重ねてゆっくりと諭し続ける。
こう言う人を…あたしは放って置けないから……ふふ、村に帰ったらまた明日香に怒られちゃうかな、「お人
好しが過ぎる」って……
「………まだ、旅は続けるんでしょ?」
「それは……僕が…言い出した事ですから……父さんも説得したし…いまさら…戻れませんよ……だけど…だけ
ど……」
「あたしもちょっと無理やり旅をする事になっちゃったけど、諦めたらそこで終わりじゃない。大丈夫。お父さ
んだって弘二君のことが嫌いだったら家宝の剣を渡したりしないはずよ。一度家に戻ったって怒られるだけでま
た旅に出る日が来るかもしれない。このまま旅を続けたって宝石を売って武器を買うことだって出来る。だから
ね、こんなところで座り込んでないで前に進みましょ。いつまでもここにいたらどこにも行けないし、なんにも
出来ないんだから……ね」
なんだか…あたしらしくないことを言ってるかな。言ってる本人がものすごく恥ずかしいわ。
「た…たくやさん……」
頬が赤くなるのがはっきり分かるほどの照れくさい説得だったけれど、少しは効果があったみたいだ。弘二君
は鎧を離して両手で握り返してくると、あたしの顔を正面から見つめ――
「結婚してください!」
「…………はぁ?」
なんで……いきなり結婚の申し込み?
このときのあたしの頭の上には?マークが大量に並んでいたことだろう。いきなりと言う事もあるけれど、な
んで彼はあたしに求婚するんですか!? もしかして……変態? 同性愛者!?――あ、今のあたしって女の子
だっけ。な〜んだ………あああ、求婚? 結婚? じょ、冗談じゃないわよぉ!! 何であたしが男と結婚なん
かしなくちゃいけないのよぉ!?
「いや、結婚なんて絶対イヤッ! この手を離してぇ!」
「あなたは僕の女神です! ああ、やっぱり冒険って素晴らしい! 初日にして生涯の伴侶となる僕の女神に出
会えるなんて!」
「だ、誰が女神よ! 離しなさい、離せ、離せ、このぉ!! 変なところに抱きつかないでよぉ!」
げしげしげしっ!
「あああっ、これが愛なんですね。照れ隠しの膝が痛いけど温もりが、温もりが伝わってきますぅ! はぁぁ…
なんていい香りなんだ。たくやさんの香り…くんくん、すりすり……」
「ひあっ!? そんな不気味な声でたくやさんなんて呼ばないでよ! や、やめてってば、ほお擦りなんて…た、
助けて、スライムっ! こいつをどうにかしてぇ!」
―――げしっ!
手から肩、そして腰へと抱き着いてあたしを押し倒した弘二は命令が無くてじっと待機していたスライムに横
合いからタックルされ、体を横へと折れさせて吹き飛ばされて行った。
「げふっ……僕は……」
「あっ……そっちはダメェ!」
あたしが契約したスライム。魔力の供与とか言っていたから他の奴より力が強いのだろう。その手の平サイズ
の小さな体で人ひとりを弾き飛ばしただけでもスゴいと言うのに、その飛距離も凄い。だけど―――どうしてあ
たしの荷物の方へと飛んで行くのよぉ!!
―――ドンガラガッシャンシャン!
荷物自体の量はそう多くなかった。けれど、あれはあたしがこれから旅をするのに必要最低限のアイテムなの
にぃ!!
吹き飛ばされた弘二はあたしが地面に広げたマントの上に落下すると並べておいたアイテムを根こそぎ弾き飛
ばして行く。別の場所に放っておいたナイフと背負い袋に入れていた手鏡などのアイテムは無事そうだけれど、
油のビンは割れ、干し肉の塊と乾パンは川の中に落っこちて、地面に引いていたマントは岩と地面に引っかかれ
て汚れて穴があいて……
「そんな…そんなぁ……」
その参上を目の当たりにして力無くその場に座り込んでしまったあたしは……先ほど弘二に言った自分の言葉
をすっかりと忘れ、呆然とその光景を見つめる事しか出来なかった……
第二章「契約」裏1へ