第2章「−1」第10話


 チュンチュン、チュン、チュチュン、チチチチチチチチ……  ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ 「んっ……んんっ………あっ……もう…朝ぁ………?」  う〜ん……眠い……なんだか…全然眠れてないような……  部屋に鳴り響く目覚し時計の電子音に布団の中で浅い眠りに落ちていたあたしは耳障りな音に安眠を妨害され、 「う〜ん」とうなりながら布団の中でモゾモゾと寝返りを打って時計の場所に手を伸ばす。  ………あれぇ?…時計……どこぉ…?  耳を塞ぐように頭に布団をかぶって、いつも時計のある頭上に手を伸ばしてもそこには何の感触も無く、手の ひらにはベッドのクッションが触れるだけだった。 「んんっ……もう…なんなのよぉ……うるさいわねぇ……」  手を動かしている間にいいかげん我慢の限界にきたあたしは頭に布団を乗せたまま体を起こし、ぼんやりと焦 点の定まらない目を手でごしごしと擦る。 「ん〜〜…時計……あ…あんなとこ……ふ…あぁぁぁ〜〜〜〜〜〜……むにゃ……」  何故かベッドから落ちていた時計を見つけて、亀よりのろく拾い上げてアラームを止めると、静かになった部 屋の中であたしは両手を上げて大きくあくびを吐き出した。その拍子に頭から薄い布団が落ち、寝汗で湿った裸 体が露わになる。悩ましいまでに均整のとれたボディーラインだけど、あたしの部屋にこの場で押し倒そうとす る男がいるわけでもないし、別に恥ずかしいわけでもない。目覚まし通りの時間に起きてしまったせいで明日香 だってまだ来ていない。  それにしても……なんだか誰かがそばにいるような……  窓から差しこむ柔らかい朝日の輝きに目を細めながら、ベッドの上に女の子らしくないあぐらをかいたあたし はぼんやり眼のままでゆっくりと首を巡らせる。  そこは間違い無くあたしの部屋だった。誰かに覗かれているのかと思って扉の方に目を凝らしてもちゃんとし まっているし、室内に誰かがいてあたしの寝顔や裸を見ていると言うわけじゃない。ただ、床の上にはあたしの 制服や下着が散乱しているのが気になる。 「おかしいなぁ……確かちゃんとベッドに下にいれたはずなのに……」  脱ぎ捨てられたままで放ったらかしになっている服は当然クシャクシャでシワだらけ。さすがにその状態で学 園に行くのは…と思ったあたしは首を捻りながら、とりあえず下着やブラウスを洗濯機にでもとベッドを降り― ―  グニッ 「あれ…なんか踏んだような……」  床に足を下ろそうと体を動かすと、なにか柔らかく、それでいて妙に暖かい物を膝で踏んづけた。驚くほどに は頭がはっきりしていないあたしは、深く考えずに何気なくそちらに視線を向ける。と――  そこには男が眠っていた。 「………………………………えええええええええっっぇっ!?」  たっぷり十秒以上これが何なのかと考え、それから改めてあたしは部屋が震えそうなほどの大声を上げる。そ してその直後にあたしが今どう言う状況に置かれているかを思い出して、慌てて両手で口を塞いだ。  そう……あたしに踏まれているのは………男のあたしだったのだ。これが驚かずにいられますかって。  これは夢なんじゃないか……そう思って頬をつねったり、目の前の男の体をぺたぺたと触ってみるけど、「拓 也」は確かに存在していて、霞のように消えてしまったりはしなかった。  と言う事は……昨晩の事って…夢じゃなかったんだ……  確か三度目の射精で再び暴発されたあたしは、そのまま自分も服を脱いで「拓也」と何度も繋がった気がする。 そう……ツンと尖った乳房を「拓也」の口と指で丹念に愛撫させ、それからベッドに上半身を倒してお尻を突き出 して……その辺りまで覚えてるんだけど……たしか、また先にイっちゃったんだっけ……  眉間に人差し指を当てて必死に記憶を穿り返していると、思い出されるのは「拓也」の早さ…形や大きさに感し て言えば…その…あたしのアソコとの相性はぴったりだったんだけど……あの早さだけは何とかしてもらわない と…… 「………あっ、そうよ。こいつに女になることを教えてなかった!」  すっかり昔の自分とエッチな関係になってしまっていたあたしは記憶を遡るうちに当初の目的を思い出す。 「起きて、ちょっと起きてよ。あたしの話を聞いて!」 「……も……ダメ………ゆるひへ……もう…カラカラ……」  布団を引き上げて白い膨らみを隠しながら横たわった「拓也」を揺さぶるけど、妙に枯れた声を上げるだけで目 覚める気配は一向になかった。  ははは……あたしってば昨日何回しちゃったんだろう………あはははは………  思わず自己嫌悪……始めはあんなにするのをいやがってたのは一体誰だったんでしょう……そ、それよりも!  今はこいつを起こして佐藤先輩や後輩の女の子に気をつけるように言っとかないと、あたしはこのまま女のま ま。それだけはなんとしても――  そしてそのとき、遠くからあたしの聞きなれた人物の声が聞こえてきた。 「おばさん、おはようございます」 「あら? 明日香ちゃん今日は早いのね。拓也だったらまだ寝てると思うけど」 「今日は日直だから早めに行かないといけないんです。それに早く起きる癖をつけさせないと、いつまでたって も寝坊は直りませんしね。すこしぐらいきびしない」  こ…これは明日香の声!? や、ヤバい!!  幼なじみ……とは言っても、あたしの事をまったく知らない明日香がいつもより早くきたのを知ったあたしは 大慌てでベッドから跳ねるように飛び降りた。  未来からきたあたしが明日香と顔を合わせることにかなりの不安がある。でも、明日香が部屋に入ってきてか ら他の誰とも会わないようにして事情を説明すれば、「拓也」に話さなくてもいいかもしれない……でもそれ以前 に、全裸のあたしと全裸の「拓也」、部屋に散らばるあたしの制服・下着つき、おまけに丸められたティッシュま で散乱しているこの部屋を見て明日香がどんな反応をするか……そっちの方があたしの背筋に冷たい汗を滝の如 く流させる。  どどどどどどどうしよう!? 今から服を着ている暇も無いし…ええっと……仕方ない、クローゼットに!  ベッドの上の「拓也」の股間に布団をかぶせたあたしは、クローゼットの扉を大きく開け放つとその中に散らば った服やティッシュなんかを大急ぎで放りこみ、最後にはあたしも裸のままでその中に飛び込んで扉を閉める。  カチャ  ぎ…ギリギリセーフ……助かったぁ……  扉の開く音よりも何とか先に隠れる事ができ、ホッと胸を撫で下ろすけど……この姿勢はかなりキツい……  クロゼットとは言っても狭いマンションの一室に備え付けられている物がそんなに奥行きがある訳がなく、そ の上急いで入ったもんだから………どんなポーズかはとても人には言えない……  それはともかくとして―― 「まったく、今日も気持ちよさそうに眠ってるわね。こら、起きなさい、拓也、起きろぉ!」 「う…ううぅん……もうひと触り…おっぱい……」 「!? 拓也ぁ!!」  パッチ〜ン!  な…何が起こってるの!? 今のもスゴくいい音がしたけど……  隙間もなく、真っ暗なクローゼットの中からは外の様子は声と音でしかわからないけど、今の音は明日香があ たし――じゃなくて「拓也」の頬をビンタした音よね……あたしって毎朝こうやって起こされてたっけ? 「あ…明日香…おはよう……」 「何がおはようよ。いつまで寝てるつもり? それとこの手を離しなさい!」 「いてててて! ごめん……」  ………なんだか、今のあたしの起こされ方と何にも変わってないような………それよりもこの姿勢を何とか… …あうう……せめて足を下ろせないかな……  そのあたしが天に通じたのか、それとも「拓也」の着替えが早いのか、二人と途中から顔を見せた夏美はほんの 数分であたしの部屋から出て行き、回りに物音がしなくなったのを確かめてからあたしは転がるようにクローゼ ットから這い出した。 「はぁぁ…助かったぁぁぁ……もうクローゼットの中なんてこりごり……」  かなり窮屈な姿勢を長時間――と言っても数分なんだけど――とっていたためか、緊張から開放されたあたし は、扉もしまっているし、誰にも見られる事無くそのまま床にうつ伏せでだらしなく横たわる。 「まったく…明日香ってばもうちょっと遅く来てもいいのに、こんな時に……って、話をするの忘れてた!」  い…いけない……このままじゃあたしが苦労してここまで来た意味が無いじゃないの。昨日の夜は「拓也」に抱 かれてまで……と、とにかく追い掛けないと。あたしも学園に行けば制服姿なんだし、まだこっそりと伝える手 段もあるはずよ!  とりあえず外からの物音に注意しながら服を着て(二日続けて同じ下着って言うのも…)身だしなみを整えたあ たしは父さんや夏美が家から出ていくのを扉のそばで聞き耳を立てながらじっと待った。 「それじゃ母さん、行ってくるわ。今日はそれほど遅くならないからね」 「いってらっしゃい。あんまり遊んでばかりじゃダメよ。さて、それじゃ私も……」  あ、夏美も出ていったし、母さんも…トイレかな? よし、今なら出ていける!  はやる心を抑えながら、なるべく音を立てないように身長に扉を開けたあたしは玄関に通じるリビングに誰も いないことを確認すると、自分の家なのにコソコソっと玄関まで移動する。  時間は……もう一時限目が始まってるかな? 今急いでも仕方ないけど……とにかく行くしかない!  隠していた真新しい靴を履くと、心の中いっぱいに広がった焦りを抑えきれず、勢いよく外へと飛び出した。  ちなみに―― 「あゆみ(仮名)さんか……もし相原君が女の子になったらあんな感じになるのかなぁ……………それ、面白そう ね。早速試してみましょう」  ――なんて言う事を昨日あたしと分かれてから佐藤先輩が考えていた事を、あたしが知る由も無かった……


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