ラストバトル
(くる、正面!)
『計都、羅喉剣!』
T−LINKで相手の動きの先が見えていた私は、ヒュッケバインにボディを左に捻らせて上段から地面に
振り下ろされた一撃をぎりぎりで回避し、捻れを戻しながら右手のライトソードを相手の顔に向かって突き
出した。
『甘いぜ、ブースト――』
こちらの攻撃を首の捻りだけで躱したグルンガストは剣の柄から右手だけを離し、ヒュッケバインの目の前
で後ろに大きく引き絞った。
(!これは…フェイント、本命は――!?)
ギャリッ!
ヒュッケバインの足元で地面が剣の切っ先に抉られる。ブーストナックルの発射体制をフェイントにし、左手
の手首を返しての足元を狙った斬撃を後ろに飛び下がって回避。
『逃がさねぇぜ、かわい子ちゃん。ブーストナックル!!』
「チャクラムシューター!!」
ギイィン!
私の念じたままに動くチャクラムで真っ直ぐ飛んでくるグルンガストの右拳を下から上に絡みつくように切り
飛ばす。
『これでもダメか。さすが俺の惚れた子猫ちゃん(?)。やってくれるぜ』
(あ…あれでもダメなの……そんな……)
山の斜面から島にわずかに広がる平野部に移動してきたのはいいけれど、私たちの戦いは完全に一進一退の
膠着状態になっていた。
グルンガストのブーストナックルはマジンガーゼットのロケットパンチと同じように自機の腕を飛ばしてくる
ため、破壊されれば腕を無くす事になり、行動に制限が出る……でも、どれほど頑丈に出来ているのか、ヒュ
ッケバインの攻撃が当たっても、装甲は浅く切り裂かれるだけで、ダメージは内部にまで至っていなかった。
(ライフルは壊れちゃったし…チャクラムがダメなら私には…倒せない……)
ブリット君やレオナの場合とは違い、ヒュッケバインから頭の中に流れ込んでくる相手の思考には靄は掛かっ
てなく、一瞬先の行動を読む事で相手の攻撃をかわせてはいるものの、こちらの攻撃も相手の分厚い装甲に
阻まれて致命傷を与えられないでいた。
このままではどちらが不利かと問われれば…私のほうと答えるしかない……それほどまでにこの窮地を切り
抜ける方法が見つからないでいた。
あまりの緊張と集中力の持続で、額の上から止まる事無く汗が流れ落ちてくる。ヘルメットでは吸いきれな
くなったのでもうヘルメットはかぶっていない。グローブの甲で拭いつつも目は正面のモニター、そして
通信用に映るイルムさんの顔を常に見つめていた。ヘルメットも、パイロットスーツもつけずに、そして
私と戦っていても汗一つかかずに涼しげにしているその顔を……
『さて、さっきから俺の動きを読みまくっているクスハちゃんに質問だ。出来ればきみのスリーサイズを教え
てくれるかな? パイロットスーツ越しのその膨らみ…Eか…ひょっとしてFぐらいあるんじゃないの?』
「なっ!?…ど、どこを見ているんですか!?」
四角い画面の向こうから視線を細めて私の胸の膨らみを凝視しているのに気がつき、恥ずかしさが一気に
込み上げてきて慌てて両手で向こうから見えないように胸を隠した。
『あらら、隠しちゃうの? もったいないなぁ…素晴らしいものなのに……』
「そんな事あなたに言われる筋合いは…あっ、しまった!」
突然の出来事だったので、想わず操縦桿から手を離している事にいまさら気がついた。胸を抱いていた
手も解き、しがみつくように操縦桿を握り締めた。
『慌てなくてもいいぜ。相手が気を抜いている時に攻撃するような卑怯な真似はしねぇよ。俺はナンパと
戦闘に関しては真正面からやるのが好きでな』
「そ…そうなんですか?」
『ああ、よければ今から少し休憩してやろうか? ほら、俺も手を離すからよ』
そういうと、イルムさんは私から見えるように両手を上にあげて、自分が戦闘する意思のない事を示した。
「……私が…もし攻撃したら…どうするんですか?」
『どうもしないよ。君がそんな事をするような娘じゃないって言うのは、さっきまでの闘いでよく分かってる
からな。ま、攻撃してくるって言うなら構わないぜ。そんな疲れた顔して俺に勝てるって言うなら別だけど』
「……分かりました」
この人の言うことなら信じられる……そう思った私は操縦桿から手を離して、長い息を吐き出しながらシート
に持たれかかった。
『さぁ、それじゃあ休んでいる間に二人で愛を育もうじゃないか、クスハちゃん。俺の事だったらなんでも聞いて
くれていいぜ。その代わり君の事も…な♪』
「あの…私はそう言う気はないから……でも、一つだけ聞かせてください」
『なんだい? 俺、今はフリーだからいつでも準備OKだぜ』
「そうじゃなくて……ブリット君とレオナが私のことを知らないのは何故なんですか? 何故あなたたちは私たち
の機体を破壊しようとするんですか? 私には…あなたがそんな事をするような悪い人には見えないんです。
どうして…こんな事を……」
『…その事か。質問が二つのような気がしないでもないが……』
私が心に引っかかっていた事を口にすると、モニターの向こうでイルムさんが顔を引き締め、口調な真面目
なものへと変えていった。
『じゃあ聞くが、君はイングラム=ブリスケンと言う男をどう思う?』
「イングラム少佐……はっきり言うと…時々恐く感じます……まるで…私たちを観察しているような……」
『観察か……君やリュウセイみたいな強力な念動力者にはそれだけですませているんだろうな。だが、ヤツが
危険なヤツだって言う事は分かってるみたいだな』
「………」
『ま、こうして会話してる事も戦闘レコーダーに記録されてるからな。君はあまりしゃべらないほうがいい。
ここからは俺の独り言だ』
一つ息をつき、イルムさんは眉をしかめ、今から話すことが辛い事なのだと言う事を私に示しながら、それ
でも口を開いた……
『ブリットとレオナ…二人がSRXの研究所でどんな目にあってたか知ってるか? おっと、答えなくていい
ぜ。答えちゃダメだし、つい最近ロンド=ベルに入った君に分かるはずもないからな。簡単に言えば人体
実験。ジオンで行われている人口ニュータイプを作ろうって言うのと似たようなもんさ。人間の手で、素質
のあるものを無理やり念動力者にする、そう言う事をあいつはやってたのさ』
「そんな…そんな事ありません! ブリット君やレオナは私といっしょにマオ社で働いていたんです。そんな、
軍にいて実験されていたなんて…そんな……」
『事実だ。君とどんな関係があったかは知らないが…な。だが、それだけじゃないぜ。実験体となっていたのは
二人だけじゃない、他にも何人もいたんだが…脳味噌をかきまわされたり、変な薬を撃たれたりして廃人に
なっていったんだ……』
「そんな……」
『だから俺は、二人をつれて軍を抜けた。ま、そんな俺でも拾ってくれるところがあったから今こうしてヤツ
の野望を止める機会に恵まれたんだけどな』
「イングラム少佐の…野望?」
『ヤツが開発に携わり、過去に暴走事故を起こしたEOTを利用したSRX計画の機体…それに念動力者、この
二つが最終的にヤツにとってどうやって結びつくかはしらねぇが…野放しにするにはあまりにも危険過ぎる』
「でも…でもヒュッケバインは私がたくさんの人を守るために必要なんです! 破壊なんて…絶対にさせません!」
『ま、そう言うと思ったけどね。だから、こちらから一つ提案だ。俺たちの仲間になれ』
「えっ!?…仲間…ですか?」
『そうだ。先に言っとくけど、これはナンパじゃない、真面目な話だ』
「そうだったんですか?」
『きっぱり言うねぇ……いったいどんな風に俺の事を見てたんだよ』
「え…えっと…その…エッチな人……」
『………まぁ、否定はしないが…それでどうだい、仲間になるって言う話は。俺たちの仲間になればヒュッケ
バインは破壊しなくてもすむ。それに異星人たちとは俺たちも戦っているから、人を守るって言う君の考え
にも反さず、イングラムに一矢報いる事が出来る。俺の股を通り抜けるような度胸と腕を持ってるんだ、
俺たちとしても歓迎するぜ』
その言葉に私はすぐに返事をする事が出来なかった。
もし…イルムさんたちの仲間になれば、ブリット君やレオナと戦わなくていい……それはものすごく魅力的
な提案のように思える……もし実験で記憶を失っているなら、そばにいればいつかは思い出してくれるかも
しれない……けど……
「……ごめんなさい」
『やっぱりダメかな? 俺個人としても、君には一緒に来てもらいたかったんだがな……』
「ごめんなさい……私は…私の意思でヒュッケバインに乗って…私の意思でロンド=ベルにいるんです……
だから…だからあそこは私の居場所なんです……たくさんのお友達がいて…たくさんの仲間がいる…居場所
なんです……」
『そうか…交渉決裂か……残念だ』
「ごめん…なさい……」
私の言葉にイルムさんが悲しそうな顔を見せた次の瞬間、ヒュッケバインが危険の迫っている事を私に
教えてくれた!
急いで目を巡らせて外部モニターを見ると、グルンガストが両手で剣を構え、切っ先を私のほうに向けて
光らせていた。
『さて…休憩は終わりだ。ここからは俺も手加減をしない…イングラムの野望を止める…そのためにここ
まできたんだからな!』
そして私が操縦桿を握るのを確かめると、イルムさんの操るグルンガストは高くジャンプし、ヒュッケ
バインの頭上から大剣を振り下ろしてきた!
(!!――速い!)
T−LINKから伝わるイルムさんの殺気に全身が総毛立つ。でもそのおかげでくる瞬間は分かってる。
グルンガストの落ちてくる地点からヒュッケバインを下がらせ、頭部バルカンをろくに狙いもつけずに
撃ちまくる。
『効くか、そんなもん!』
分厚い装甲でバルカンの銃弾を弾きながらグルンガストが着地する。でも剣は振り下ろしておらず、構え
たまま。
(しまった!)
そう思った瞬間、落下の衝撃を膝を曲げる事で吸収し、その力を前に解放しながらグルンガストが腰ダメ
に構えた剣を構えてこちらに向かって突っ込んできた! ヒュッケバインと同じぐらいの高さにまで身を
低くし、さっきまでのスピードが嘘のように思えるほど疾風の速さで飛びこんでくるグルンガストに――
逃げるしかない!
後ろに下がればそのまま串刺しにされると思った私はグルンガストの左手にヒュッケバインを回り込ませる。
『そっちはアウトだ。捕まえたぜ!』
「きゃあ!?」
通りすぎると思った瞬間、剣を捨てて前に出ながら左右に広げたグルンガストの太い腕に腰を掴まれ、
まるで大人に抱え上げられる子供のように、ヒュッケバインは腰を締め上げられながら、足が地面に
届かない高さにまで持ち上げられた。
ギッ…ギシッ…ギギギギッ……
『いかにT−LINKシステムとやらで先が読めるといっても最初から最後まで全部予測する事が出来る
わけじゃない。ほんの一・二秒先が見えるだけだ。だったら絶対に躱せない攻撃をするだけだ。そして
君は経験が足らなかった…本当のエースパイロットなら念動力なんかに頼らなくても今の攻撃ぐらいは
躱せたはずだ。つまり君は…システムに頼りすぎている未熟なパイロットだったと言うわけだ』
(に、逃げられない!? どうしよう…このままじゃ…)
グルンガストに抱え込まれて悲鳴を上げる機体。なんとか逃げ出そうとするけど、元々パワーが桁違いで、
単純な力勝負ではヒュッケバインで勝つ事なんか出来るわけがない。それでも脱出しなければこちらが
やられる、そう思って自由な手や足で頭部や胴体に打撃を加えてみても、まるで効果がなく、グルン
ガストの巨体は揺るぎさえ見せはしなかった。
『このままヒュッケバインを破壊する。死にたくないのなら脱出しろ。俺は女性にあまり手をかけたくない
が、我侭を言うなら…遠慮はしない』
グルンガストの腕にさらに力が入る。加えられる圧力にヒュッケバインの体が苦しむように後ろに向かって
反りかえり、このまま二つに折られるのは時間の問題かのように思われた……
「イルムさん……私は…脱出なんてしませんし…ヒュッケバインは…破壊なんてさせません! いって、チャ
クラム!」
『なにっ!?』
どうせ逃げられないのなら…遠慮なんかしない!
左腕から射出されたチャクラムは真っ直ぐ突き進むといきなり真横に進路を変え、何度も何度も私たち
の機体の周囲を回り続ける。
『何をするつもりだ!?』
「我慢比べです!」
そしてワイヤーの続く限り射出して――グルンガストの頭部を両腕で抱きしめる! その瞬間、回りを
飛んでいたワイヤーがヒュッケバインとグルンガストを締め上げた! そして飛びつづけた先端のチャク
ラムが最後に当たるのは――幸運にもグルンガストの右腕!
ジイイイィィィィィィィィィ!!
チャクラムの発するエネルギーが装甲に覆われていない右肘に運良く入りこみ、火花を散らしながら削り
始める。後は…右肘が落ちるまで私が生き残れるか!
「どうしたんですか…この状態で胸のビームを放てばヒュッケバインは破壊されます……でもそれは無理です
よね…ヒュッケバインが爆発したら……」
『ブラックホールエンジンを積んでなくても、核融合炉の爆発で俺もグルンガストもオジャンか……やって
くれるぜ。だが、この我慢勝負…乗ったぜ!』
「絶対に負けませんから! グラビティ・ウォール、展開!!」
ギギギッ…ギッ…ギギギギッ……ギシッ…ギギッ!
ジイイイィィィィィィィィィイイイィィィィィ!!
『さっきの言葉…今のうちに訂正しておくぜ……君の読みとクソ度胸は一級品だ。だが、それでも俺には
かなわないぜ……』
グルンガストの腕にさらに力が入り、ヒュッケバインを強く締め上げる。グラビティ・ウォールで多少
軽減されてはいても、銃撃とは違って持続して加えられる圧力にダメージがフィードバックされ、頭の
中に錐を突き刺されたような頭痛に襲われ始める。
「私だって…負けません!」
チャクラムが腕を切り落とすのを待っていたら負ける。赤いダメージランプが点滅し出したコクピットの
中で涙がこぼれそうになるのを必死でこらえ、唇を噛み締めながらヒュッケバインの顔をこっちが抱きし
めているグルンガストの頭に向け、超至近距離からバルカンを撃ち続ける!
『ぐううぅぅぅ!!!』
「負けない…絶対に…負けるもんですか!!」
この距離からの攻撃で多少はダメージはあるようだけれど、それも決定打に欠けている。決め手の打てない
私とは違って、イルムさんは――
……ヴヴヴヴヴヴヴ………
「まさか…この距離で!?」
ヒュッケバインのコクピットのやや下辺り、グルンガストの胸の中央部分が光り出す――
『爆発する前に下半身を吹き飛ばし、コクピットだけ抱えて脱出してやる……安心しな…ヒュッケバインを
破壊しても、君は絶対に死なせやしねぇ……』
「イルムさん……」
『まったく…その度胸、マジで惚れちまいそうだぜ……いくぜ!』
「だ、ダメェェェェ!!」
ヒュッケバインが破壊されるのがイヤだったのか、それともイルムさんに危険な事をさせるのがイヤだった
のか、グルンガストがビームを放とうとするのをやめさせようと迸る私の叫び――そして――
ギュウウウウゥゥゥン!!
『ぐあぁ!! な、なんだ!?』
側面にビーム砲の直撃を受けて、ヒュッケバインがいくら抵抗しても効かなかったグルンガストの体がゆっくり
と傾き出した。
コクピットには衝撃を感じたものの、その威力の割りにはすぐ近くにいたヒュッケバインにさしたる被害もなか
った。そして予期していなかった攻撃でグルンガストの腕から力が抜け、ビームの熱でワイヤーが焼けきれた事
を知った私は、輝きを失った巨人の胸に足をかけ、倒れるよりも早く、戒めから脱出する事が出来た。
「はぁ…はぁ…はぁ……さっきの攻撃は……R−2のハイゾルランチャー?」
「俺もいるぜ!」
「!? リュウセイ君!」
姿が見えないほど長距離からのハイゾルランチャーの攻撃を受けて倒れ、起きあがろうとするグルンガストに
森の中から飛び出してきたボロボロのR−1が移動しながら片手でGリヴォルバーを連続して撃ちこんだ。
「クスハ、まだ生きているな!?」
「はい、大丈夫ですライさん。二人の方こそ……! そう言えば相手のパイロットは!?」
二人がここに着たと言う事は、それぞれが相手をした敵機を破壊したか、行動不能にしているはず……だと
したらブリット君とレオナは!?
「安心しろ。お前が彼らに攻撃しなかった…どんな理由があるかはわからんが、助けたかったようだからな、
俺も命までは奪ってはいない」
「そう言う事。その代わりにお前を泣かせた分、たっぷりとぶん殴っておいてやったけどな」
「そう…よかった……」
荒い息を何度も吐き出しながら、リュウセイ君もライさんも、そしてブリット君もレオナも、みんな無事で
ある事を聞いて、少しだけ安心する事が出来た。
『あいつらを助けてくれたのか…その事には礼を言っておくぜ』
そんな…ハイゾルランチャーをまともに食らったのに、まだ動けるの!?
送れて到着したR−2も含め、互いにある程度距離を置き、包囲するような体型で集結した私たちの目の前で、
地面に倒れていたグルンガストがゆっくりと身を起こす。ハイゾルランチャー、念動シュート、チャクラム
シューター、私たちの攻撃をほとんど受けて多少はダメージの影が見えるものの、大地を踏みしめ立ちあが
ったその姿には未だ衰えぬ力の迫力を感じさせるに十分であった。
「イルムガルト中尉、いいかげん投降してください。たとえグルンガストとは言えど、俺達三人を一人で相手に
するつもりですか? それにあと十分もすればロンド=ベルとSDFの援軍が来る……もうあなたたちに勝つ
可能性が無いのは分かっているはずだ」
『確かに…だがお前も言ったろう?「あと十分」あるんだぜ。それだけあれば――』
グウォオォン!!
「ぐはあっ!!」
「くっ!!」
左右に向けたグルンガストの両腕が発射され、R−1とR−2に命中し、両機を数メートル先まで吹き飛ばした!
「リュウセイ君! ライさん!」
『半死半生のくたばりぞこないと弾切れ寸前の銀玉鉄砲を潰す事は簡単な事だ。そして――』
「!! しまっ――」
攻撃された二人に注意が行っている間に、両腕を戻し、剣を拾い上げたグルンガストがヒュッケバインの眼前に
まで迫っていた。
『――命までは奪わん。だが修復不可能なまでには…破壊する!』
両手で右肩に担ぐように振り上げられた黄金の剣、視界を埋め尽くすかのような巨体がヒュッケバインに迫り、
そして――ヒュッケバインを破壊すべく、袈裟懸けに振り下ろされる。
(これは…かわせない!?)
そう判断しながらも、少しでもダメージを少なくするように、スラスターを吹かして後ろに退く――最後まで
諦めない――そう決めたんだから――そして――
「クスハはやらせないニャ!」
チュイン!チュイン!
『なに、もう援軍が着たのか!?』
いきなり攻撃を受け、グルンガストが振り下ろす剣の軌道がわずかに変わり、通りすぎた切っ先はヒュッケ
バインの左胸の排熱口を浅く切り裂いただけだった。
「マサキ、三人を見つけたわよ。ピンチなのもいるけど全員無事よ!」
「オイラたちが粘ってる間にさっさと来るニャ、この方向オンチ!!」
「あれはサイバスターのハイファミリア!? じゃあマサキ君が来てくれたの!?」
とても人が乗れるほどの大きさもない小さな機体がグルンガストの周りを飛び回り、ヒュッケバインに近づ
こうとする動きを牽制してくれている。
『この…ちょこまかと鬱陶しい!!』
「うるさい、このニョろま! 悔しかったら当ててみるニャ!」
グルンガストの斬撃が速いとは言っても、それは並外れた怪力と無駄のないモーションだからこそのもの。
グルンガストはまるで人と虫といった感じさえするほどの大きさの差があるクロちゃんとシロちゃんのハイ
ファミリアに翻弄され、腕や剣を振りまわすがそれも一向に当たらなかった。
「クスハ、マサキがきたわよ。準備して!」
「じゅ…準備? 一体なんの……」
「こいつをぶったおす準備ニャ! いいからさっさとするニャ! フミャッ!!」
『邪魔だ、どけぇ!!』
捉えるのを無理だと判断したのだろう、グルンガストはファミリアからの攻撃を無視し、ダメージを受け、
目の前をふさがれながらも真っ直ぐヒュッケバインの方に進んできた。
チャクラムも失い、バルカンも全弾撃ち尽した私には武器はライトセーバーしかない。それでも逃げ出そう
とは思わず、光の剣を伸ばしながら青い巨人が来るのを静かに待っていた……が、グルンガストが来るより
も早く、私とイルムさんの間に数発の小型ミサイルが撃ちこまれた!
「クスハ、待たせたな。助けに来た――」
「マサキ君!!」
「ぜえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜…………………………………」
(……………あれ? 通りすぎちゃった……)
島の中央にそそり立つ山を回りこみ、森の上を飛び越えて、ヒュッケバインの横手から地面の上を滑るような
超低空で飛んできたサイバスターの飛行形態、サイバードは、バトルフィールドを一気に突き抜けて…海の
彼方へと飛び去ってしまった……
「マサキ…加速のつけすぎニャ……」
「ほんと…だからいつも三枚目なのよ……」
「何しに来たんだよ…あいつ…おいしいとこかっさらったくせに……」
「知るか…馬鹿はリュウセイ一人でたくさんなのに…頭痛がする」
風を引き裂き、音の速ささえ超えていたせいで急に止まれず、そのまま去っていったマサキ君にみんなの飽き
れた文句が集中する。それと…注意も。
「! アレね、ヒュッケバイン、アレを取りに行って!」
グルンガストでさえ海の方に顔を向けている間にみんなとは逆の方、マサキ君が飛んできた方にカメラを向けた
私は、何本かの木々をなぎ倒して、地面に転がっている物体をモニターカメラに捉えた。同時にヒュッケバイン
をそれに向かって走らせる!
クロちゃんとシロちゃんはグルンガストを倒す準備と言っていた。だったら何かの武器が必要なはず……それは
きっとアレに違いない!
『!? どこに行きやがる!』
「それはこっちの台詞だ! まずは俺たちが相手をしてやるぜ!」
「クスハをやらせはしない!」
私の動きに遅れて気がついたグルンガストだがもう間に合わない。同じように気がついたリュウセイ君たちが
グルンガストの行く手を阻むように立ちふさがった。
「これは…!?」
みんなが時間を稼いでくれている間に森と平野の境界辺りに不時着したモノのところに到着した。見た感じは
銃だとは思うけど…手に持って使うような形ではないソレの銃身をすかさず掴み上げ、Uターンしてグルン
ガストへとスラスターを吹かす。
(使い方は…ヒュッケバインが教えてくれる!)
「みんな、前を空けて!」
T−LINKシステムを介して頭の中に流れ込んでくる情報通り、グルンガストを射程に捉えると一旦停止し、
銃の基部の部分をヒュッケバインの下腹部に接続、同時にエネルギーの充填を開始する。
(グラビコンシステム、機能正常、Gコンデンサー内エネルギー充填…40%…50%…60%…70%……)
『あれは!?…くそっ、リンのやつ、なんて物を装備させやがったんだ。間に合うか!!』
R−1やR−2が後退し、ヒュッケバインとグルンガストに射線が繋がると、イルムさんは直感的にこの銃が
どんな武器かを悟ったようで、焦りの響きを持つ声を吐き出した。なのに回避しようとせずに、右手で持った
剣を水平に構え、左手を刃の腹に添え、真っ直ぐヒュッケバインに突っ込んできた! でも……
「充填…99…100%、ターゲット、インサイト、Gプレッシャーキャノン!」
銃身内に蓄えられた重力波が銃口から漏れだし、黒い…そう、この世にあるはずもない闇い光を放ち始めた。
その光に触れればどんなものでも崩壊してしまう……そして向く先は…グルンガスト。
(こちらの発射準備は整いました。遠慮はしませんが…イルムさん…死なないで下さい!)
戦闘の最中に交わした言葉、ブリット君とレオナを助けてくれたように心の奥に持つ優しさ……それを知って
しまっただけに…トリガーが重い……でも!
(照準は…グルンガストのコクピット――やや右……これならきっと大丈夫……あっ!?)
「くっ!」
ゴォオン!
『逃げる!? なぜだ、既に発射体制に入っていたはずなのに!』
銃を向けたまま、スラスターを噴射してグルンガストを中心に円を描くように移動する。これでグルンガスト
の向こうには何もいない……でも――
急な発射の中止で発射直前の重力波が一部漏れだし、コンデンサー内のエネルギーが70%にまで減少して
しまっていた。これじゃすぐに発射ができない!
『何があったかは知らんが、これは致命的だ。だがこっちも手加減なんてしてられねぇ…いくぜ……天に二つの
禍つ星…計都羅喉剣!!!』
(75…80…ダメ! このままじゃ…このままじゃ! せっかくここまで頑張ったのに!!)
ヒュッケバインはもうここから動く事が出来ない。でもグルンガストは前よりも速い速度で剣を構えて突き
進んでくる。もう…私に…ヒュッケバインに打つ手が……
「やらせはしない、ハイゾルランチャー、シューッ!」
心が絶望を感じ、それまで頑張り続けてきた心が萎えそうになってしまった時、ヒュッケバインの後方から
伸びた光条がグルンガストに正面から激突した!
「ライさん!」
私が声を上げるとライさんのR−2が、そしてリュウセイ君のR−1がヒュッケバインの左右に並んで立って
くれた!
「早くエネルギーのチャージを終わらせろ! グルンガストは俺達が押さえる!!」
「クスハ、お前はなんの心配もしなくていい…くらえ、とっておきの超必殺!」
まるで弓でも引くかのように右手を前に、壊れた左手を後ろに構えたR−1の両手の間に剣の形をしたエネルギー
の塊が生み出された。
「天上天下!念動破砕剣!!」
そして左腕を前に突き出すと、光の剣は解き放たれた矢の様にハイゾルランチャーに押されているグルンガストに
突き進み、激突する!!
『ぐううぅぅぅ! こいつら…まだこんな底力を…!』
「うおおおおぉぉぉおおおおおお!!!」
正面からの二つの凄まじいエネルギー攻撃をくらってグルンガストの突撃速度が目に見えて遅くなった。それ
どころか押し返しいるようにさえ見える。
『たいしたもんだが…グルンガストを…甘く見るなぁ!!』
グオオォォォォオオン!!
「あの攻撃を弾き返したの!?」
動きを止めていたグルンガストが一歩足を前に踏み出すと、衝突していたエネルギーが一瞬大きく膨張し、
風船が割れるかのように爆発して弾け飛んだ! そしてその爆発の中でも突き進んでくるグルンガスト!!
「くっ…化け物め…もうエネルギーが…」
ハイゾルランチャーのエネルギーが全てを弾き返されると、R−2が力尽きたかのようにその場にひざまずいた。
「ライさん、大丈夫ですか!?」
「俺のことよりもエネルギーのチャージはどうなっている!」
「まだ94…95…あと少し!」
「だが…間に合わん……」
グルンガストはもう十歩の位置にまで近づいている。この武器の発射は…ぎりぎり間に合わない!?
一度充填したときにヒュッケバインの残っているエネルギーをほとんど使っていたためにチャージスピードが
あまりにも遅い。それでも20秒…せめて10秒あれば!
「俺に任せろ!」
動けないヒュッケバインMK−U、力尽きたR−2、そんな二体とグルンガストの間に飛び出したのは…R−1!?
「だめっ! リュウセイ君、逃げて!!」
「よすんだリュウセイ! R−1のダメージはもう限界なんだぞ!!」
「念動集中ぅぅ!! T−LINK――」
私たちの引き止める声に耳を貸さず、R−1の唯一壊れていない右拳に念の光が絡みつく。そして臆する事無く、
私たちを守るためにその拳を、
「ナッッコォォォォ!!」
グルンガストに突き出した!!
ギギギィィィギギギギィィッギギッギギギギギィィィ!!
閃光の拳と黄金の剣がぶつかり合う! 二つの接点から耳障りな音を立てながら、拮抗した二つの力は一瞬だけ
巨体の動きを止めた――そう、一瞬だけ……
『リュウセイ少尉…お前の強さは認めてやる……だが、邪魔だぁ!!』
グルンガストが強く刃を押しこむ。微妙な均衡はたったそれだけの力を加えられるだけですべて崩壊し、R−1
は全てを叩き伏せてきた右拳を右腕ごと粉砕され、グルンガストを取り巻くエネルギーの本流に取りこまれて
天高く吹き飛ばされた。
「リュウセイ君!?」
「リュウセイ!!」
R−1が吹き飛んだのを見て、R−2が最後の力を振り絞って立ちあがっって受け止めようとしたが、ほとんど
移動する事も出来ずに、伸ばした手は落ちてくるR−1にまったく届かず、リュウセイ君の乗った機体は砕けた
装甲を撒き散らしながら、地面に叩きつけられ、二度、三度とバウンドを繰り返した……
「くっ…クスハ、撃て! もう待ってなどいられるか!!」
「……98……99………」
「撃て、撃つんだ!」
『これで終わりだ! 計都羅喉剣、暗・剣・殺!!!』
R−2がゆっくりとヒュッケバインの側を離れている間にグルンガストは全身に黄金の輝きをまとわせながら、
刃を構えてヒュッケバインめがけて突進してくる。
私は…その光景を歪む視界で静かに眺めながら…最後の瞬間を…ゆっくりと待ち続けた……!
「イルムさん…我慢勝負は私の勝ちです……100%!!
こぼれる涙を拭う事も出来ない。グローブに包まれた両手で痛いぐらいに操縦桿を握り締め、最後の瞬間まで
諦めずに溜めこんだ力のトリガーを、前を睨んだまま引き絞った!
ギュウウウゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーー!!!
『やはり重力兵器か!?』
「Gインパクトキャノン、発射!!」
『ぐうぅぅ!!!!』
グルンガストの水平に構えた刃がGインパクトキャノンの銃口に触れようとするその瞬間、エネルギーの
チャージを終えた銃口から重力波が撃ち出された!! 黒い光は黄金の輝きを飲みこもうとするかのよう
にグルンガストの計都羅喉剣に正面からぶつかり
一瞬で右腕ごと粉々に吹き飛ばした。
ギイイィン!!
チャクラムシューターに傷つけられた右腕、リュウセイ君やライさんの攻撃を正面から受け続けて傷ついて
いた剣が重力波の衝撃に耐えられず、ガラスが砕けるような音を立てて光の粒子となり、虚空の闇に飲み
こまれる。
そして威力がいささかも衰えない黒い重力の本流はそのまま後ろに弾き飛ばされたグルンガストへと襲いかかる。
『まだまだぁ〜〜!!』
胸部にあるコクピットに触れる寸前、両足を踏ん張り、左の豪腕を突き出し難を逃れるが、重力の塊を受け止めて
いる手のひらは襲いかかってくるプレッシャーよりも、重力波の内側に引きこまれる力で徐々に装甲がはがれ、
崩れ落ちる事でその形を失いつつあった。
三秒もしないうちに左手首が闇の中に飲みこまれる。だがグルンガストは重力波を押し返そうと、潰れた腕に力
を込める。だがそれは、腕の崩壊を速める事にしかなかった。
「イルムさん…いえ、イルムガルト中尉…もうあなたの負けは決まりました…グルンガストが崩壊する前に投降
してください。そうしなければ……」
『君が俺を殺す…そう言う事かい? 君みたいなかわいい子に殺されるなら俺も本望…かな?』
Gプレッシャーキャノンから重力を放ちながらノイズの混じるモニターの向こうのイルムさんに話し掛けるが、
はぐらかされる。今にも重力波が襲い掛かると言うのに、どうしてそんな事を言えるんだろう……
『ま、冗談は置いておくとして…さっき言ったよな…君は経験が足らない未熟者だってな…要は…君に戦士として
の自覚が足らないって事だ……』
「戦士の…自覚?」
『そうだ…目の前に立ちふさがる敵を迷わずに切り捨てる…そう言った心構えさ…クスハちゃんは…優しすぎる
のさ……』
話している間にもグルンガストの崩壊は止まらない。手首から腕…肘と、私たちを苦しめた豪腕が少しずつ
削られるように重力の塊の中に飲みこまれていく。それでもPTやMSなら一瞬で崩壊している、それを
ここまで食いとめるなんて…いまさらながらにグルンガストの力に驚きを感じる。
「でも…助けられる命なら…分かり合える人なら助けたっていいはずです!」
『まだ甘いな。敵が人間だから殺したくないと言っているなら、次に死ぬのは君かもしれないんだ。戦うなら
全力で敵を倒せ』
「イルムガルト中尉……」
『生き残りたいなら迷いを捨てろ、例え目の前の敵が俺でも、ブリットやレオナでも、そしてリュウセイでも
な……俺が君を助けたかったのは…かわいい子を殺したくなかっただけさ…それが…俺が最後に言いたかっ
た事だ……だが…まだ諦めちゃいない!』
グルンガストは左腕を付け根まで失うと、それでも逃げずに肩から体当たりをするように押し返してくる。
たとえその先に死が待っていようとも…最後まで…戦いつづけるんですね……
「……わかりました。だったら…私の全力であなたを倒します! ヒュッケバイン、T−LINK!!」
私は徐々に俯いていた顔を跳ねるように振り上げると、いつもとは違って自分からヒュッケバインのT−
LINKシステムにコンタクトする。繋がる瞬間に軽い痛みはあったものの…この人を倒すには…これ
しかない!
「ヒュッケバイン…全システム、オールコネクト、これよりリミッターオフ、フルドライブ・オーバーブー
スト・スリーセコンド……」
『オーバーブーストだと!? やめろ、機体が爆発するかもしれないんだぞ!! 俺と一緒に死ぬ気か!!』
「私は…私の戦い方をします……3…2…1…」
『やめろぉぉぉ!!』
「あなたの言う事なんか聞きません! どちらが死ぬかの我慢比べ、いきます! オーバーブースト・スタート!!」
オーバーブースト――機体性能の限界を越えないように設定されたリミッターを解除して、通常よりも高性能な
状態になること…言いかえれば暴走寸前の状態の事……それはヒュッケバインと私にとっても同じ事。
ギリリリィィィィ……
「あ…あ…ぐぅ!!!」
オーバーブーストが始まると同時に万力で頭の中を直接締めつけられているような強烈な頭痛が頭の中に捻じ
込まれてくる! 突然の激痛に体が電気でも流されたかのように跳ねあがり、コクピットの内部を映す視界が
一瞬で真っ赤に染まる、血の色に。
(頭痛なんかに…こんな痛みなんかに…)
手が震える、足が震える、目が震える、体が震える、頭が震える
(私の体が私の言う事を聞いてくれない…これじゃ…このままじゃ私…どうして…どうして…!!)
見開いて、ただ前を見ているだけの瞳から涙が零れ落ちる。
(クスハ、泣いてばっかじゃ何にもならないだろうが!!)
えっ……この…声は……
幻聴…? それとも…リュウセイ君は……
(おまえだってやればできるって言うところを…あいつに見せつけてやれ!!)
(……うん…私…私…ま…まっ…負けるもんですかぁぁ!!)
「あ…ああっ…あっああああああぁっぁぁあああああああああっぁぁ!!」
ヒュッケバインから流れ込んでくるモノ……私の頭の中を掻き回し、崩壊させようとするものを気迫で跳ね退る!
一度目蓋をキツく閉じ、目の中に溜まった涙を全て流し出して正面を真っ直ぐ見据え、痛みの元になった体の中を
暴れまわる「力」を、目の前の相手、グルンガストに向けてすべて
「イルムさん、行きます!」
叩き付ける!!
ギュウウウウウウウウウウウウゥゥウウゥゥゥゥウウウウウウウウウウウーーーーーーーーーーー!!!
『まだ威力が…があぁぁぁ!!』
システムを制御するのに一秒、力を打ち出すのに一秒。Gプレッシャーキャノンの銃身が崩壊しそうなほどの
巨大な重力波が放射される!
私が念じるままにより巨大になった重力のプレッシャーは咄嗟に重心を前にかけて力を込めて耐えようとした
グルンガストの抵抗も関係なく、左肩のブースターを一瞬で抉り取り、どこまでも続く海の彼方へと、雲の上
へと、全てのものを飲みこみながらどこまでも突き抜けていった……
キュウウウウウゥゥゥゥゥゥ……………
ほんの一秒、その間に残っていた力を全て出しきり、Gインパクトキャノンから放出されいた黒い光が徐々に
細くなって、やがて蝋燭の火が消えるように静かに消えてしまった。
残ったのは……両腕を失って倒れたグルンガストと、力を失いつつも真っ直ぐ大地に立っているヒュッケバイン。
「これで…グルンガストは動けませんね……私の…勝ちです……」
『何を言ってやがる! 分かってるのか、君はそんな必要もないのに自分の命を危険に晒したんだぞ。なんでそんな
事をしたんだ!』
「でも…そのおかげでグルンガストは全壊しなかったし…イルムさんも死ななくてすみました……」
『なっ! お…俺は敵だぞ、敵なんだぞ!? その俺を救うために…あんな無茶な事やったって言うのか!!』
「ええ…そうです……だって…敵のイルムさんの言葉をそのまま聞き入れるほど…お人よしじゃありませんから……」
『だ…だからってな!』
「だから私のやり方を通したんです……私は…誰も死なせたくないからヒュッケバインに乗ったんです……みんなも…
私も…そして敵であるあなたも……」
『…………』
「でも…これで…グルンガストは動けなくなって……」
『……ああ』
「イルムさんは死ななくて……」
『……ああ』
「私も…死ななかった……これって…私の…勝ち…ですよね……」
『……ああ…俺の意見をとことん無視して、君の望むとおりになったんだからな……まったく…くそっ、負けだ
負けだ、俺の完敗だ! 君の勝ちだよ! それでいいんだろうが!!』
ノイズの収まったモニターの向こうで、イルムさんは怒った顔から一転して、笑いながら頭を抱えていた。
「ええ…やっと…あきらめて…くれましたね……でも…私はみんながいたから…勝てたんです……」
『俺のほうにもブリット達がいたし、ここまでやられて負けを認められないほど、俺は馬鹿な分からず屋じゃ
ねぇよ…おっと、分からず屋は君の方だったな』
「…ふふ…そう…ですね……」
(よかった……これで…誰も死ななかった…な……)
あのままGインパクトキャノンを撃ち続けていたら時間の問題でグルンガストの全身が崩壊していた…
だから…一気にグルンガストを押しきって戦闘不能なまでのダメージを……
『まったく…俺は敵なんだぞ、それなのに命まで賭けやがって……』
「だって……みんな死んでないんだもん…リュウセイ君の…声…聞こえたし……だから……わた…し……」
(なんだか…安心したら……気が…抜けちゃった……)
………ズンッ
ヒュッケバインの膝関節が同時に崩れ落ち、地面に両膝を突く。Gインパクトキャノンのジョイントも外れ、
保持する事が出来なくなって下に落としてしまう。
『お…おいっ!』
(なん…だか……ね…む……目の前が…くらく…て……)
ガシッ
「ふぅぅ…間一髪ってトコか。ぎりぎりセーフだな」
「ニャに言ってるニャ! さっき通り過ぎたところにもつけニャいニャンなんて、その方向オンチ、今度と
言う今度は頭に来た、絶対に何とかするニャ!!」
「そうよ、私たちが戻らなかったらまた島の周りをぐるぐると回る事になってたわよ」
『お前は…サイバスターか……』
ヒュッケバインが横に向かって倒れようとした時、天から猛スピードで降りてきたサイバスターがその肩
を掴み、倒れないように抱え込んだ。
「へぇ、俺の事を知ってるのか。だったらどうする? そのボロボロの機体でこの魔操機神サイバスターと
戦ってみるか? 逃げるんなら今のうちだぜ」
瞳からも光を失い、完全に機能を停止したヒュッケバインに振動が伝わらないようにそっと地面に横たわ
らせたサイバスターは、虚空から生まれた剣を掴み、鞘走らせながらすらりと引き抜いた。
『冗談じゃないぜ。この状態でどうやってお前みたいなEOTの塊と戦えって言うんだよ』
「そうかい、だったらさっさと消えな。ま、誰かが死んでたら…逃がしはしなかったけどな」
その言葉に、両腕を失ったグルンガストが関節を軋ませながら首をR−1の方に向けると、ちょうどコク
ピットからライの手でリュウセイが引きずり出されたところだった。さすがに歩く姿に力は感じられない
ものの、足はちゃんとついて、動いているようだ。
『くわばらくわばら、だったらもうちょっと手を抜いときゃよかったな。じゃ、やられる前にさっさと退散
しますか……っと、そういえば、そこのちっこいの』
「ちっこいとはなんだニャ! これでもれっきとした使い魔ニャんだぞ!」
『悪い悪い、名前を知らなかったんでな。実は一つ聞きたいことがあるんだ…お前ら、クスハちゃんが重力
砲の初撃をなんで撃たなかったか…わからないか? それだけがどうしても気になってな』
「誰がおミャえなんかに教えるか!!」
「クロ、ちょっとは落ちつけって。でも、俺はその場にいなかったけど、クスハがなんで撃たなかったかは
分かるぜ。あいつが撃とうとしていた方向を見れば…な」
宙に浮くファミリアを鷲掴みにしてサイバスターが前に出ると、親指でグルンガストから見て横の方向を
指差した。
ヒュッケバインは森と平野の境界部分でGインパクトキャノンを広い、そのまま真っ直ぐ撃とうとして
いた…その方向は…山。
『………なるほどね。こりゃ、完全に負けちまったな』
最初に戦いを始めた場所のあるその方向には、平野を見下ろすような位置に二体の人型の影が立っていた。
両腕を失ったアルトアイゼン。
翼をもがれたヴァイスリッター。
足を痛めているのか、ヴァイスがアルトの首に腕を回し、支え合うその姿があの時のヒュッケバインに
見えてしまったのだろう……
『……さて、気になってたこともわかった事だし、行かせてもらうぜ。だが…次会う時は容赦しないぜ』
さすがに全身ボロボロになってしまったグルンガストがゆっくりと立ちあがる。その姿は以前として
迫力に溢れ、敗者という感じを一切与えなかった。
「あほか。負けたヤツの言う台詞じゃないぜ、それって。今度はお手柔らかにお願いします、だろ?」
『そうだな……じゃ、クスハちゃんに今度はデートで会おうって言っといてくれ…それと…部下と、俺
の命を助けてくれて感謝するってな』
「最初の方はともかく、ちゃんと伝えておくぜ。それと、逃げるなら早くしな。そろそろ後続も来る頃
だろうからな」
「貴殿の心遣いに感謝する。じゃあな……ブリット、クスハ、撤退だ!!」
「ねぇねぇマサキ、あいつら逃がしちゃってもよかったの?」
「いいんじゃねえの? きたらきたで、その時は俺が叩き潰してやるさ。それよりも…おいリュウセイ、
生きてるか?」
ファミリアを収容し、コクピットに戻ってきたクロとシロの問いに答えたマサキは、サイバスターの外部
マイクのスイッチをいれ、倒れたR−1の装甲版に持たれかかって座っているリュウセイに声をかけた。
「大丈夫だ、なにしろこいつは不死身のリュウセイだからな」
「ライ…てめ…人が死にかけてる時にそんな冗談言うか…普通……」
ライが淡々と述べる説明に、苦しそうにだがツッコミを入れられるなら、まだまだ大丈夫だろう。だが、
戦闘後でも元気を失わないリュウセイが胸を押さえて苦しんでいる以上、恐らく肋骨の一本か二本は折
っているのかもしれない。
「しかたねぇな。リュウセイ、サイバスターに乗せてやるぜ。ひとっ飛びで基地に戻って医者に連れて
いってやるよ」
「「「「えっ…?」」」」
マサキがそう口にした瞬間、コクピット内のマサキと一緒にいる二匹の猫が、そして苦しんでいるリュウ
セイと冷静なライ、この四人が奇遇にもまったく同じような反応を見せた。
「な、なんだ今の反応は? せっかく人が親切心で助けてやろうって言ってるのによ」
「助けてやろうって……ついさっき島の回りを二十周もした人間の言う台詞じゃニャいわね」
「そうそう、マサキに病人運ばせたら、病院につく前に迷って飢え死にしちゃうニャ」
「なにっ! お前ら、主人の俺をそこまで信用できないのか!?」
「悪いけど…遠慮しとくわ。サイバスターに乗せてもらうのはまた今度って言う事で……」
「リュウセイ、お前もか!? お前も俺を信用しないのか!?」
「信用信頼の問題ではない。例え病院に迷わず到着したとしても、サイバスターのスピードに今のリュウセイ
が耐えられるはずがない。折れた肋骨が肺に刺さって今度こそ死ぬぞ」
「大丈夫だって。ゆっくり飛んでやるから死にゃしないっての」
「だからパスだって…あ…なんだか頭がふらふらしてきた……そんなわけで、あとよろしく…サイバスター
は勘弁な」
呼吸をしやすいようにヘルメットを脱がされていたリュウセイの頭がガクッと崩れ落ちる。恐らくは張り
詰めていた緊張が敵がいなくなって切れてしまったものかと。
「む、リュウセイがついに死んだか。騒々しいヤツだったが…いいヤツではなかったな」
「おいおいおいおいおい、それはさすがにヤバいだろ。だから俺が運んでやるって――」
「マサキは引っ込んでニャ。絶対に帰り道で迷うんだから口を突っ込まニャいの!」
「む、バルキリー小隊か。あちらに頼んだ方が確実そうだな」
「あぁ…一昨年死んだバァちゃんが手を振ってる……なんだかそっちは楽しそうだなぁ…あはは……」
「それはどう言う事だ!? あんなガチョウモドキがサイバスターより速いって言うのか!?」
「リュウセイ、そっちはあの世だぞ。川を渡らずに戻ってこい!」
「マサキの迷子になる確率が100%だからに決まってるニャ」
「完全変形の超合金ゲッター…マジンガーZの初回限定プレミアフィギュア……う〜ん……ほ…欲しい……」
「まったく…男って言うのはどうしてこうニャのかしら…はぁ……」
男たちが外で熱い討論(?)をしていた頃、ヒュッケバインMK−Uのコクピットの中で気を失ったクスハは――
「くぅ〜〜…すぅ〜〜…くぅ〜〜…う…ん……くぅ〜〜…」
機体が仰向けに寝かされたのをいい事に、明かりが全て消えて真っ暗になったコクピットの中で安らかな寝息を
立てていた。
流れた涙は既に乾いて跡を残すだけ…どんなに今日と言う一日が辛くても、今は無防備な寝顔に誰もが見惚れて
しまいそうなかわいい微笑みを浮かべながら……
Stage clear...go to intermission...
インターミッションへ