Gルートその6


 まったく…どうしていつもこうなっちゃうんだろう……  あたしとしては、緑の木々の中をゆっくりと走って、自然の空気を満喫したかった。  風が吹いたら葉っぱの音が静かに響き、木漏れ日の下で小鳥立ちのさえずる歌を聞く――そんな事を考えてい たのに……  ダダダダダダダダダダダダダダダダダ!! 「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ!」  舗装されているとは言っても、山の中だけにアップダウンのある道をあたしはひたすら全力疾走していた。  こんなペースで走っていたら、とてもゴールまで息が続かない。だけど、あたしはひたすら走り、追いかけて くるものから一歩でも遠ざかりたかった。 「ねぇねぇ、そんなに急がない方がいいんじゃないの? ほら、もうちょっとゆっくり行こうよ。俺と楽しくお 喋りしながらさ♪」  それが……イヤだから走って逃げてるんじゃないの!! もう、いいかげんどっか行って!! 「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ!」  心の中にある叫びをそのまま喋ろうとしても、開いた口は酸素を取り込む事に精一杯で、言葉を口にする事な んてまったくできない状態だった。 「もっとペース落とそうよ。そんなスピード、俺、とてもついて行けないよ」  嘘ばっかり……さっきからずっとお尻ばっかり見てるくせに!!  後ろから聞こえてくる声の主をキッと睨みつけてやりたいけど、今のあたしには余分な体力・気力は全然残っ ていない。今にも足を止めてしまいたいけど、そうしたらあの男に何をされるか……  最初にこのマラソン男に会ったことを思い出すと、全身に鳥肌が立つほどのおぞましさが全身に駆け巡る。  ううう……あんなの…あんなのイヤァァァ〜〜〜〜〜!!!  ジョギングコースは最初に車できたところより少し先、横に手にスコートが並ぶ道を進んだ場所にスタート地 点があり、そこから一周3・4kmのショートコースから10km以上ののロングコース、それに山道を散策す るためのハイキングコースなどに分岐していた。  持久力は元より、体力の「た」の字もないあたしが選んだのは当然ショートコース。一周だけならすぐに終わっ ちゃうだろうけど、三週もすれば十分な距離だ。途中で休憩所もあるみたいだし、休み休み走れば何とかなると 思い、タオルを首にかけ、靴紐を締め直したあたしは深呼吸して呼吸を整えると一歩目をゆっくりと踏み出した。 「ふぅ…山道って結構キツいな……ハァ…ハァ……」  走り出して数分もすると、走ることに慣れていないあたしの体には薄っすらと汗が滲み出してきた。顔や首筋 を伝い落ちる汗をこまめにタオルで拭きながら走りつづけるけれど、それほど不快な気分じゃなかった。脚を進 ませると、正面から心地よい風があたしの体を通り抜けていく……運動をして、ここまで気持ちいいのは初めて だった。  こう言うのも…たまにはいいな…運動するんがこんなに気持ちいいなんて。  難点といえば、地面に脚をつくたびに、スポーツブラに包まれてしっかり固定したはずの大きな乳房がブルン ブルンと揺れる事だった。根本から先端まで左右の脚が交互に前に出されるのと同じように、窮屈な下着の中に 押し込められた柔肉も右に左にと重たそうに移動を繰り返してしまう。さすがにおっぱいの付け根が痛い事はな いけれど、それでも重量感のある挿入の揺れに時々体が持って行かれてしまいそうな感じになってしまう。  しかし、自分が足を動かすたびに肌の上に空気が流れていくのはとても気持ちいい。胸の揺れの事や疲れ、そ れにマシンルームでのイヤな思いもすっかり忘れて、あたしは風を切るような感じで無心に足を動かしていた。 けど―― 「あ、どうも、こんにちは」  走っていると、何でこんなに人と会わないんだろう……そんな時に、あたしの向かっている方向からシャツに 短パン、スニーカー、そして目元を隠すようにミラーシェードをかけて、いかにもマラソン得意ですというよう な格好をした、細身だけど引き締まった体をした男の人が近づいてきた。  ダイエットを始めた当初にはジョギングもさせられ、すれ違う人に頭を下げる程度のマナーを知っていたあた しは、弾む息で切れ切れとだけど、にっこり微笑みながら挨拶の言葉を口にした。 「……………」  ……あれ? 返事が返ってこなかったな……ま、いっか。顔見知りって言うわけじゃないんだしね……  はじめてあった人に声をかけられて戸惑う人もいるだろう。そう思って、それ以上気にせず、あたしはそのま ま走りつづけた。  タッ、タッ、タッ、タッ、タッ……  あ…あれ? 後ろから誰か来たのかな?  男の人に会釈して一分もたたないうちに、あたしの背後で地面を踏みしめ、砂を鳴らす音が聞こえてきた。少 し前に後ろを確認した時には誰の姿もなかったのを思いだし、一体誰だろうと振り向いたら、さっきすれ違って 反対側に走っていったはずの男の人があたしと同じペースで後ろを走っていた。  どうしたんだろ、急に方向変えて、後ろに……なんかヤダなぁ……  それまで何も気にしていなかったんだけど、人に見られていると思うとどうしても視線を意識してしまう。 「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」  あれほどリラックスしていた体が一歩走るごとに、緊張していくのが分かる。それまで男として人生を送って いたあたしは他人にじろじろと体を視られている事に慣れてなくて、男が後ろについてからと言うもの、段々と 走るペースも乱れて、息も乱れ始めていた。  あたしが着ているのは白いシャツに黒いトレパン。どっちも男の時の服だけに、今のあたしには少し大きいけ ど、部分的には窮屈になっている。お尻の部分はズボンを破っちゃいそうなほどパンパンになっているし、太股 だって布地が貼りついて肉付きのいい太股のラインが露わになっている。  それにシャツの色が白と言うのも問題だった。いくら風が涼しいと言っても、全身から流れ出る汗の全てが乾 いていくわけじゃない。気付けば、あんなに大きくてダブダブだったシャツは汗を吸ってぴったりと肌に張り付 いていて、胸の膨らみが丸分かりになるどころか、下着のラインまでくっきりと見えてしまっていた。  今のあたしの姿を後ろから見たら……  そう思った途端、顔がカァ〜っと熱くなってしまう。ブラの紐をシャツ越しに見られ、ぷりぷりのヒップを左 右に振りながら走る様は、男の人を誘っているようにしか思えなかった。  もはや裸を見られているのと変わらない、もしかすると男の人にとっては裸よりも興奮的な姿かもしれない。 それを真後ろで凝視されている事が頭をよぎると、あたしの我慢は限界近くにまで達してしまっていた。  そしてその時、今まで無言で走っていた男があたしのお尻を下から撫で上げた! 「ひゃあああっ!!」  突然お尻を触られたあたしはその場で飛び跳ねると、触られた場所を両手で隠しながら慌てて後ろを振りかえ った。  もし普通に触られたんだったら、ここまで驚かなかったかもしれない。けど、男の手は一瞬でお尻の上をイヤ らしく動き、ショーツとトレパンがヒップの割れ目に食い込んでいたため、その指先はものの見事にアナルの小 さな蕾を突っついてきたのだ。  さすがにそこまでは予想外で、うろたえるあたしをその場に足踏みしながら立ち止まった男は口元をニヤニヤ させながら見つめていた。 「へぇ、なかなかいい反応じゃないの。あんなにいい尻をフリフリしながら走ってるから、俺はてっきり誘って るのかと思ったぜ」 「なっ…なっ…なっ…!!」  こ…こいつ、いきなり何てこと言うのよ! よりにもよって、あたしが男を誘うですって!? 誰が…誰があ んたなんか!  あんまりな男の言い分にあたしもなにか言い返してやろう思うけど、湧きあがる怒りに唇がワナワナと震えて しまい、喋る事さえできない。 「へへへ…それだけデカい胸で、まだ処女かい? だったら俺がロストバージンさせてやるぜ」 「や…やだ、近寄らないでよ。変な事したら、大声出すわよ!」 「出せよ。誰かが上手い具合に聞いてくれたらいいけどな、鬱陶しい木がこんなに生えてる場所でよ」 「うっ……」  目元を隠してはいても、スケベそうな笑みを浮かべているのだけはよく分かる。それを見ているうちにじりじ りと後退さっていたあたしを追い詰めるように、マラソン男は足踏みをやめて、一歩一歩ゆっくりと近づいてく る。 「い…いや……」  その様子に、さっき触られたお尻の感触どころか、マシンルームで筋肉男にされてしまったおぞましい記憶ま でもが甦ってしまい、震える体を抑えるようにギュッと抱き締める。  もし男が襲いかかってきたら……こんな細い腕はねじ上げられ、地面に押し倒されてしまうだろう。それでも、 今のあたしにはこれしか身を守る物が無い。その心細さは無意識のうちに胸を圧迫して呼吸を止め、若々しい体 に緊張の糸を張り巡らせていった。 「そんなに脅えてどうしたのぉ? ひょっとしてマジで初物か? 安心しな。絶対に気持ちよくしてやるからさ。 どうせだったら最初から感じた方がいいだろ。ほら、こっち来いよ……そら!」  男はいつまで経っても動こうとしないあたしの態度にじれたのか、突然手を伸ばしてあたしの腕を掴むと、自 分のほうへ引き寄せるように力を込めた。 「あっ?…い、いやっ!!」  胸の奥で吐き出されずに残っていた最後の空気を一気に吐き出し、腕を跳ね上げて男の手を振り解くと、道の 先に向かって全速力で走り出した! 「へへ…やっぱり犯す時は嫌がってもらわないと楽しくないなぁ。せいぜい頑張って逃げてくれよ、すぐに捕ま らないようにな」


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