Fルートその1


 なんだか疑わしげな視線を背中に浴びつつ、明日香と分かれたあたしはそのまま駅前の大きい本屋さんにやっ てきた。  あたしがここにきた目的……そう、それは―― 「グラビアアイドルの松野有紀の写真集、今日発売なのよね」  最近話題の巨乳グラビアアイドル、松野有紀――雑誌に掲載されていた水着姿を見て、その見事な肢体につい ついその本を買ってしまって以来、あたしは彼女が売れっ子になる前からのファンだったんだけど、最近は…自 分が女になっちゃって、あまり彼女の体を見ても反応しなくなっちゃったのよね。  他の女の人の水着姿を見てオナニーするって言うのも…男の時だったらよかったんだけど……でも、明日香と か女の子とエッチしちゃう時もあるし……それであたしも感じちゃうし……う〜ん〜〜…あたしってレズなのか な……  などと言う疑問を解消するべく(やっぱり写真集は買っておきたいし)、とりあえず本を手にとって考えてみよ うと言うのがあたしの結論だった。  ダイエットの事で心配してくれている明日香には悪い気もするけど、あたしにとっては痩せる事より男として の本能が残っているか、という事のほうが気になっている。ただでさえ研究が長引いているって言うのに、この ままだと身も心も女になっちゃって……  自分がちゃんと女の子しているところを想像してみると………それほど変じゃなかったりする。それどころか、 頭の中であたしの身体に歩いている人たちの服を着せてみると、結構様になっている……これはいい事なのかな?  自分の将来の姿かもしれない事を考えながら本屋さんの中を歩きまわると、「本日発売」とかかれた札がおいて あるレジのすぐ前の所で写真集は見つかった  ……やっぱり色っぽいなぁ……でも、ムラムラってこないのがなんだか悲しい……やっぱりあたしって女の子 になっちゃったのかなぁ……  視線を下げて表紙に目を落とすと、何処かの海岸でポーズを取る松野有紀の姿が見える。それが綺麗だという 印象は持つけど、男の時とは違ってパンツの中で慣れ親しんだアレがおっきくなる事はなく、最近慣れてきたア ソコがしっとりと潤んでくると言う事もない。  その事になんだかやりきれない気持ちを持っていると、あたしはある事に気がついた。  ………グラビアアイドルの写真集をあたしみたいな子が買って、変な目で見られないかなぁ……  あたしのすぐ後ろのレジには運悪く男の店員さんが入っている。もしこれを持っていったら…… 「へぇ、君、こんなの見るんだ」 「あ…あの、早くレジを打ってください」 「はいはい…でもさぁ、君だってこの人に負けないぐらいいい身体してるんじゃないの?」 「何言ってるんですか!? ま、回りの人が見てるじゃないですか……」 「あれあれ〜〜? どうしたんですか、お客さん。文句があるならちょっと事務室の方まできてもらえますか?」 「やだ、離して!」 「いや〜〜、すみませんね、この娘、万引きしたみたいで。さ、たっぷり調べてやるよ……へへへ……」  ………な〜んて、最近ちょっと妄想が過ぎるなぁ…… 「あら? こんなところで会うなんて奇遇ね」  別に欲求不満と言うわけじゃないんだけど……どちらかと言えば十分過ぎるほどエッチな事されてるし…… 「こんな本に興味あるんだ。変わってるのね……ねぇ、聞いてるの?」  でも……もしそんな事になったらちょっと刺激的かも……だ、だめだめだめ、あたしはそんなエッチな事はし ないんだから。 「無視しないでよ! 聞こえないの? もう…聞きなさい!!」  ――ゲシッ! 「いたっ! な、何するのよ!?……あれ、誰もいない……」  写真集を前に色々と考えていたあたしの脛をいきなり誰かに蹴られた。固い感触が骨に直撃する痛みに涙を浮 かべながらあたしがそちらを振りかえるけど……そこには人の姿はなく、きょろきょろと左右を見回すと、レジ の向こうで店員さんがあたしの方を見て変な顔をしていた。 「それってひょっとして嫌味かしら。下よ、もっと下!」  確かに胸の正面辺りから声がする……それにさっきは足の痛みで気付かなかったけど、視界の下側にふわふわ とした物体が映っていた。  そのまま視線を下げると、それはピンク色のリボンでポニーテイルに結い上げた女の子の頭だと言う事が分か り、さらに一歩下がって顔の部分を視野に収めると―― 「きょ、恭子さんじゃないですか!?」  そこには身長が低い事に悩んでいるあたし(161cm)よりさらに身長が低い恭子さん(148cm)が立って いた。  恭子さんは相変わらず小学生と見間違えそうなほどの小ささと可愛らしさであたしのすぐそばに立っていた…… それじゃ見えませんって……  そばに寄って来たのは親愛の現われかもしれないけど、だからと言って死角に入ってくるなんて…… 「たくやくん、さっきのは何の冗談だったのかしら?」  これは……恭子さんの逆鱗に触れちゃったかも……  恭子さんの顔は笑っているけれど、目は笑っていない事は明白だし、細くて綺麗な眉はピクピクと跳ねあがっ ている。しかも右手には既に最終兵器が…… 「い…いえ……冗談なんかじゃないんですけど……あ、そうじゃなくって、ええっとですね、ご、ご無沙汰して ます…あはははは……」  ここは笑ってごまかすしかないと考えたあたしは、とりあえず挨拶なんかして笑ってみる……けど、それは逆 効果だったかも…… 「ほんと〜〜〜〜〜に久しぶりね。前に会ったのっていつだったかしら? あなたが私の処女を奪った日? そ れとも二人でホテルに入った日だったかしら?」 「なっ!?」 「えっ!?」  やっぱり地雷スイッチを踏んでたみたい……いきなり恭子さんが口にした爆弾発言に、あたしだけでなく、そ れとなく聞いていたらしいレジの店員さんまで後ろで驚きの声を上げた。 「ひどいわ……まだ幼い私のアソコにあんな太い物を無理矢理捻じ込んだくせに……とっても痛かったんだから ……でも…あなただから我慢したの……」 「ちょっと、恭子さん! なんて事を口走ってるんですか!?」 「いいの…分かってます……どうせ私とは遊びだったんですね……それが何かもよくわからない私にあんな物を いれるのも所詮あなたには遊びでしかないのよ……」  あ〜〜ん、恭子さん、もうやめてぇぇぇ〜〜〜!!! 「おい、あの子、一体何を言ってるんだ?」 「どうやらあっちの女の子が小学生を――」 「まぁまぁ、あんな小さな娘を無理矢理レイプしたですって!?」 「ど…どっちが受けでどっちが責めなんだな…はぁ…はぁ……」  いつの間にこんなに人が集まってるのよ!? ど…どうしよう…とにかくここからどこかに逃げなくちゃ……  美由紀さん並の演技力で人々の注目を集める恭子さんとあたしを中心にして店内の客が次々と集まってくる。 今は最終兵器の目薬はさしてないけど、怒りが頂点を超えたり自分の要求が通らないとすぐに泣きまねしてこっ ちを悪者にする恭子さんの必殺パターン。周りに恭子さんが大学生だって説明しても誰一人信用してくれない以 上、これをやめさせるには逃げるか要求を飲むしかなかった。  かと言って、恭子さんを放っていったらあたしは小学生をレイプした悪者レズ娘になっちゃう……仕方ない。 「みなさん、この人が言ってる事は全部嘘ですからね。それじゃ!!」  斜め45度で天井を見上げながら両手をお祈りのポーズに組んでいる恭子さんの腕を掴むと、あたしは人の和 を押しのけて一目散にお店の奥へと逃げ込んでいった。 「はぁ…はぁ…はぁ……も、もう大丈夫かな?」  咄嗟にお店の奥に逃げこんじゃったけど、大型書店だけに中はむやみに広い! あたしはその中でも人の少な い辞書とか専門書とか見ただけで頭の痛くなりそうな分厚い本が並んでいるコーナーで息を潜めた。 「もう、なにするのよ。腕が痛いじゃないの」  本棚の影から首を伸ばし、周囲に人の目がないのを確かめるあたしの背後で恭子さんが何やら不満そうな声を 上げた。 「「もう、なにするのよ」じゃないですよ! なんであんなことしたんですか!」 「ふんだ、長い間会ってくれなかったそっちが悪いんじゃない。私は何も悪くないもん、ぷぅ!」  う……膨れる顔も結構かわいいかも……だ、だめよ、たくや。こんな自分の幼児体型を武器にするような人に 負けちゃダメ! 「そ…それはあのオジさんの再婚も決まったんだし、恭子さんもそれで納得したんでしょ? だったらあたしが 協力する必要はもうないじゃないですか」 「……じゃあ、やっぱりあたしとは遊びだったんだ? 言っとくけど本当に痛かったのよ、おチ○チン入れられ たのって」 「それはもう十分に…あはは……」 「だったら男としての責任って言うのは取ってくれないのかしら? 私の初めての人なんですもの、と・う・ぜ ・ん・とってくれるわよねぇ?」 「………はっ?」  責任。  その言葉を意味する事を考えた途端、あたしの頭は一瞬でパニックに陥ってしまった。  男にとっての責任……それってやっぱり……結婚!? 「せ、責任!?……いや…あの…あれは流れ的にやっちゃったわけですし、あたしにはもう恋人がいまして、そ れに何より今のあたしって女になっちゃってるわけだから責任と言われましても、それにあたしって学生で貧乏 でお金がないから、えっとえっとえっと……」  頭に思いついたいいわけを考えもせずに片っ端から口に出し、とりあえずこの場を言いくるめるか恭子さんの 怒りをといて許してもらうかしなくちゃ、あたしは明日香に殺されるだけじゃなくて人生の一台決意をこんな本 屋さんの隅っこで行ってしまうことになりかねないかもってなんだかさらに混乱が加速しちゃってます! 「………ぷっ……くくく……」 「それでですね……って、あれ? あの…恭子…さん?」  もう自分で何を考えているのかさえ分からなくなるほどいい訳を考えていると、事の元凶の恭子さんが込み上 げてくるものが我慢できなくなったように両手で口元を押さえて笑い出した。 「ぷぷぷ……もう、冗談よ、冗談。そんなに必死になって考えなくてもいいじゃないの。私もそれほど気にして ないんだから」 「そ……そうなんですか?……あ…あはは…ははははは……」  もう…勘弁してよ……  できる事ならこの場に座りこみたかったけど、お店でそんな事をするわけにもいかず、あたしは力が抜けて重 くなった身体を朦朧とする意識で必死に支え続けた。 「でも、今までロリコンの変態ばっかり近づいてきた中で、私のことを一生懸命考えてくれた初めての人だもの。 たくや君さえよければ…私のほうは別にいいんだけど……」 「いえ…別にいいです」 「な、なによ、その言い方って!」  あぁもう……恭子さんと一緒にいるとモノスゴく疲れるなぁ…… 「ま、まぁいいわ。そのうち私の誘いを断ったことを後悔するほどいい女になってやるんだから。みてなさい、 来年には150cmまで大きくなって大人の女性の仲間入りなんだから!」 「1cm大きくなってもそれほど変わらないような気がするんですけど……それよりもなんで本屋なんかにいる んですか? もしかして身長の大きくなる健康本とか探してたとか……」 「ち、違うわよ! なんで私がそ、そんな本を……絶対に探してないんだからね!」  このどもり様……実は探した事があるのね…… 「わ、私はファッションの本を探しにきたのよ。それよりもあなたこそなんなのよ。あんな胸がおっきいだけの 女の写真集の前で立ち止まって。女で一番大事なのは心よ、心!」 「あたしは別にいいんですよ……中身は男なんだし……あぁ…なんだかお腹が空いてきた……今日はもう帰りま すね…はぁ……」 「なに? ひょっとしてダイエットでもしてるの?」  もう足を動かす事さえ億劫なあたしが恭子さんに疲れた顔で頭を下げて背中を向けると、さすがに悪い事をし たのかと反省したのか、それともあたしがダイエットをしている事を素早く察したのか、引きとめるように制服 の裾を掴んだ。 「よかったら相談に乗るわよ。困った事があるならお姉さんに相談してみなさい」  どこからどう見ても、誰がどう見ても、あたしの方が年上のように見えるんだろうけどなぁ……でも話さない と手を離してくれないだろうし…… 「はぁぁ……」  仕方ない、ここはとっとと喋って開放してもらおう…… 「――と言うわけなんですよ。あたしもしたくないんですけど、痩せなくちゃ命が危ないらしくって……はぁぁ ぁ……」  あぁぁ…なんだかますますお腹が減ってきちゃった……ダイエットの話をするだけで胃が痛くなりそう…… 「そうなんだ……だったらわたしにいい考えがあるわ。ついてきて」 「え? 恭子さん、どこに行くつもりなんですか?」  既に体力がないに等しい状態になったあたしの腕に恭子さんが自分の腕を絡めて引っ張っていこうとする。  じょ、冗談じゃないわよ、これ以上恭子さんと一緒にいたら余計に疲れるだけじゃない! 「い、いいです、いいですって。別に今の間までも十分痩せてるんですから恭子さんの協力は要りません! 「大丈夫よ。ものすごく楽に痩せさせてあげるから、ついてきてよ」  あたしが断っているのに恭子さんは引っ張る事をやめないが、いくらあたしが女になってひ弱になってもさら に身長が低い恭子さんに負けるはずがない。ちょっと足に力を入れただけであたしたちの動きは止まり、恭子さ んがウンウンいいながら引っ張ってもその場からあたしの足は動かなかった。 「もうちょっと痩せなさいよ。全然動かないじゃないの!」 「だから恭子さんに手伝ってもらわなくたって大丈夫なんです。あたしにはあたしのやり方があるんですから… …」  もういいかげんうっとうしくなってきたあたしは恭子さんの腕を振り解き、逆の方向に向かって歩き出した。 「へぇ……そう言う事を言うんだ」  ――ピタッ  なに…今の言葉……  恭子さんが自分の目的を達成するためならかなり過激な事までする事を知っているあたしは、背筋を走り抜け た冷たい予感に無意識に歩こうとする足を止めてしまった。 「ふふん…やっぱり気になる? 気になるわよね、自分のあんな姿の事なんだもの」  あたしは別に恭子さんに弱みを握られているわけじゃない。どうせこんなのは張ったりだと割り切ってさっさ と帰っちゃえば、それはそれで恭子さんも諦めてくれるだろうけど、明日香と同じように後が恐いし……  どうするべきか悩むあたしの前に余裕を見せながら回ってきた恭子さんはあたしの顔を下から覗きこむと、勝 利を確信した笑みを浮かべた。それを見たあたしは自分が負けたのだと悟り、繋いだ手を引っ張られても抵抗せ ず、小さい女の子に引っ張られて書店の中を歩き出した。 「恭子さん……一体何を知っているって言うんですか?」  最後の抵抗と言うわけじゃないけど、このまま黙って連れていかれるのも癪だし、それがなんなのかを確かめ ておかないと、今後の事もあるし……  堪えてくれないんじゃないかと思っていたけど、あたしが従った事で上機嫌になった恭子さんはポニーテイル を振りまわしながらあたしへと向き直った。 「だったら最初に見せてあげるわ。あなたの恥ずかしい姿をね」


Fルートその2へ