Fルートその2
「――で、なんでここなんですか?」
「決まってるじゃない。ここにあなたの秘密があるからよ」
あたしが恭子さんに引っ張って連れてこられたのは……同じ書店の中にある、いわゆる一つの「スケベな本」の
置いてあるコーナーだった。
そういえばここ……男だった時にドキドキしながら足を踏み入れた事があるけど……今は…ねぇ……
すぐ隣の通路は何故か人がよく通る場所に設置されたこのコーナーには最初に三人ほど立ち読みしている男の
人がいたんだけど(昼間っから何読んでるんだか…)、あたしたちが近づくとそそくさと退散していった……ごめ
んなさい……
それにしても……いろんな本があるなぁ……
さっき見つけた写真集とはちがって、ここの本の表紙は結構ものすごいものが多かった。おっぱいも出してる
し、Tバックを食いこませたお尻を突き出したり、目に付きにくいところには着物をはだけて荒縄で縛られてた
り、パンツ一丁の男の人に囲まれている全裸の女の人とか……見ているだけで恥ずかしくなる物ばかりで、一見
しただけでここにあるのが普通の本じゃないと言うのがよく分かった……
「恭子さん……さすがにあたしたちがここにいるのってかなりいけないんじゃ……」
ちらりと横目で回りを確認すると、さっき逃げていった人たちや他のお客さんもこっちをじっと見ている。ひ
ょっとすると、そう言った趣味の女の子だと思われているのかもしれない……あうう……
「いいからいいから。すぐに見つかると思うからちょっと待って。えっと……あった♪」
周りの視線が集中して居心地悪く身体を小さくしているあたしをよそに、恭子さんが小さい身体を屈ませて探
し出した本は――「フリフリ天国」。
そのタイトルを見た瞬間、あたしの背筋に冷たい汗が流れ落ちた。なぜなら……
恭子さんのお父さんって……あたしの「あの」写真を送っちゃったって…言ってたっけ……
そもそもあたしたちが出会ったきっかけは、恭子さんのお父さんにモデルのアルバイトを持ちかけられあたし
が、連れこまれたラブホテルでフリルのついた服を着せられて写真を取られていたところに恭子さんが乗りこん
できた……というあまりにも大胆で武勇伝と言うにふさわしい出来事だった……
「え〜っと……あれはどこだったかしら? たしか今月号だったと思うんだけど……」
そんな事を思い出しているあたしのそばで恭子さんが恥ずかしげもなくページをめくっている姿を見て、頭の
中で次々とジグソーパズルが組みあがっていく。
「あったわ。これよ、これ」
遂に「何か」を発見して嬉しそうな声を上げる恭子さん。そして服を引っ張られたあたしが恐る恐る恭子さんが
開いたページを覗きこむと……
「あっ……」
や…やっぱり………あたしのあの時の写真……
それを見た瞬間、あたしの頭から音をたてて血が引いていく……あ…クラクラする……
雑誌の投稿された写真を紹介するコーナー、その見出しがついた一番最初のページに、なんとピンク色のフリ
フリの服を着たあたしの写真がデカデカと掲載されていた。
「よく撮れてるじゃない。よかったわね、綺麗に写真を写ってて」
う…嬉しくなんかないですよ…もう……
度重なるショックや心労で、本当に倒れてしまいそうだった……
そんなあたしに見せるように、なんと八ページにもわたってベッドの上で胸を揉んでいるところとか、お尻を
突き出して股間を擦っているところなどの載っている所を開いていく。目のところに黒い線がいれてあるけど、
もしこれをあたしをよく知っている人――明日香や大介たちクラスのみんなに見られでもしたら……一発であた
しだってばれてしまう……そしたらあたしってば変態扱い……あ…あはははは………終わった……
「さ〜て、もうどうすればいいか分かってるわよね。私に逆らったらこの本……あなたの学校に送りつけるわよ」
「わ…わかりました……もう逆らわないから許して……」
「最初っからそう言う態度をとっていれば私も寛大な心で対応してあげるわ。それじゃ行きましょうか」
完全に屈服させられたあたしは本を戻してニコニコと笑う恭子さんに手を引かれて移動――しようとしたんだ
けど……
「君たち、そこで一体何をしているんだ!」
「……え?」
あたしたちが行こうとしたのとは逆の方から声が聞こえ、それがこっちにかけられたのかどうか確認するため
に振り向いてみると、たしかレジに立っていた男の店員がこっちを向いて立っていた。
「君、一体何のつもりだ!」
「あの…あたしの事でしょうか?」
「君以外誰がいるんだ! まだ学生じゃないか、そんな娘が男性向けのコーナーに入ったりして」
あ…そういえばあたしって制服のままだっけ……それでじろじろ見られてたのかな?
「それにそっちの娘と不純な関係にあるようだし……悪いけど事務所の方に来てくれないか。警察や学校の方に
連絡させてもらう」
「け…警察ぅ〜〜!?」
そんな……あたしは何も悪い事してないのに……悪い事をしたのは全部恭子さんなのに〜〜〜!!
「さぁ、君も来るんだ。まったく…こんな小さな子をなんて所に連れてくるんだ」
「ち、小さな子?」
………や…ヤバい…この人、禁句を口にした……
自分の悲運を嘆いている間に、なんだか怒っている店員さんは次々と正当論をまくし立てるが、その中に言っ
てはならない言葉が混じっているのをあたしは聞き逃さなかった。当然、恭子さんも聞いている……
「さぁ、もうこんなところにいなくていいんだよ。こっちの娘に何をされたか知らないけど、もう変な事はしな
くていいんだからね」
「あの…言っておきますけど、私は大学生ですよ。あなたに子供扱いされるいわれはありません」
「年齢を聞かれたらそう答えろと教えられたのかい? なんてヤツだ…君みたいな娘がこんな事をするから世の
中から売春などの行為がなくならないんだ! 分かっているのか!」
声に怒気がこもり始めた恭子さんの言葉をまったく信用せず、あたしに向かって恭子さんの事を小さな子、小
さな子と繰り返す店員さん……きっと真面目な人なんだろうけど、恭子さんの言っている事は本当なんですよ。
まぁ…信じられないでしょうけど……
そうやってエッチな本のコーナーであたしが店員さんに説教されている間に恭子さんは目薬を取り出す。そこ
から先は言うまでもなく、またもや集まってくる人たちから顔を背けて両目にちょんちょんと水滴を垂らす。そ
して――
「ひどい! ひどいわ!」
ああぁ……始まっちゃった………
「な…いきなりどうしたんだい?」
店員さんはいきなり叫んで涙を流す恭子さんに驚いて慌てだし、その間にこれから吹き荒れる惨劇を察知した
あたしはそそくさと人の輪の外へ避難する。
「私たちをこんなところに誘い出したのはあなたなのに……来たくなんかなかったのに、行かなかったら学校に
知らせるからって脅かして……」
確かに小さい外見だけど、中身は十分大人の女性……目薬涙を流しながら少し悲劇っぽい仕草をするだけで、
悲劇のヒロインになりきり、最初から見ていた人たちでさえ恭子さんの演技に引きこまれていく。
「な…何を言っているんだ!? さぁ、早く事務室に来るんだ!」
そう言って店員さんが恭子さんの手を引っ張るけど、それはまったくの逆効果。
「私をどこに連れていくつもりなの! 私と二人だけになったら……うっ…そんなのいやです、はなして!」
これで完全に悪者扱い決定よね……さらに集まりつつ人ごみからは「あの店員、ロリ○ンじゃないのか?」「従
業員室にいってひどい事するつもりだな、けしからん」なんていう声も聞こえてくるし………
「い、いや、違うんです、俺じゃなくてこの子が男性向けの本を読んでいたから……」
「「この本を探してこい」って言われて……恐かったんです…何か変な事をされるかと思うと……」
「すみません、ちょっと通してください」
恭子さんの泣きまねでさらに混乱していく本屋の片隅にできあがった分厚い人の輪を誰かが押しのけて中心に
向かっていく。あの青っぽい制服は……………お巡りさん!?
「ちょっとよろしいですか、実はこの本屋で幼い少女にいかがわしい事をしている人がいると通報を受けてきた
のですが……」
すこし年配のお巡りさんは丁寧な口調でそう言ったけど……その目は明らかに店員さんを疑っていた。
あたしたちが店員さんと騒動を起こしてからにしては早過ぎるから、きっとその前の写真集前での時に誰かが
………危なかった……
「違います! 俺はただこの女の子たちに注意をしていただけで……」
「私に変な事をするんです……こんな本を置いているところに呼び出して…ううう……」
まったくかみ合わない二人の台詞。
でも、女の子が泣いているとそっちに味方するのが人と言うものなのか、「嘘つけ、お前がその子を連れてき
たくせに!」「このロ○コン野郎、さっさと捕まっちまえ!」などなど本当に最初から見ている人なら絶対に言わ
ないような事を店員さんに浴びせ掛ける。
「詳しい事情は交番で聞くからついてきてくれるかな? それと君も悪いが話しを……おや? ここにいた子は
一体どこに……」
「ちょっと、どこに連れていくのよ!」
「あのままあそこにいたら一緒に連れていかれるでしょ! 助けてあげたんだから文句言わないで下さい!」
隙を見て、人ごみから伸ばした手で恭子さんを引き寄せ、こっそりと本屋を出た後は少し急いでその場を離れ
る。恭子さんはまだやり足りないのか、あたしに腕を引かれてぶつくさ文句を言ってるけど、あたしはあんな事
で警察沙汰なんて絶対にイヤなんだから!
「そ、それよりもダイエットを教えてくれるんでしょ……何をすればいいんですか?」
人ごみを縫うように逃げたあたしはとりあえず本屋が見えない位置まで来てから恭子さんに話し掛けた。でき
ればこの人からも逃げ出したいけど…あの写真の事を知られている以上、言う事を聞くしかないのよね……
「あ、そういえばそんな話をしてたわね。じゃあ行きましょ」
なんだか今日は…手を引いたり引かれたりだなぁ……
結局本屋で力を使い果たし、それだけで痩せたんじゃないかと思うほど疲れきったあたしは、嬉しそうに手を
繋いで歩く恭子さんに連れられて、そこからすぐ近くの、とある店へと連れてこられた……
Fルートその3へ