U.仕事


従業員室に通されたあたしは、一度主人を呼びに行ってすぐに戻ってきたメイドさんと改めて自己紹介をしていた。 「あたし、相原たくやっていいます。どうぞよろしくお願いします」 「あ…私は山野あゆみと言います。こちらこそよろしくお願いします。わからないことがあったらなんでも聞いて くださいね。」 と、お互いにお辞儀をした。それにしても…… 「あの…いきなりですけど、どうしてメイド服なんでしょうか?」 と、たずねてしまった。 「あ、やっぱり気になりますか?」 あゆみさんは少し照れている。その顔が、また可愛い! やっぱり気になるよね〜。それにあゆみさんいいプロポーションしてるから結構胸が強調されて似合ってはいるけど、 和風旅館にメイド服と言うのはあまりにミスマッチ過ぎる。あたしもメイド服を着て仕事をするんだろうか? それともあゆみさんの趣味? あゆみさんの説明によると、 「三代前の当旅館の主人が海外に旅行に行った際、ホテルのメイド服を気に入り、それ以来正式に仲居の制服に 採用してるんです」 ……つまり、戦前、下手すると明治か大正時代からこの旅館ではメイドさんがいた、と言うこと?本当なのかな……。 実際のところは、従業員の間でも謎になっているらしい。 「お待たせしました」 あゆみさんにここでの仕事の簡単な説明を受けているとき、ドアが開いて二人の男が入ってきた。先に入ってきた のは人のよさそうなおじさんで、後から入ってきたのは二十代ぐらいの人だ。ふむ…どうやらおじさんのほうが 旅館の主人みたいね。なんとなく貫禄あるし…… 「はじめまして、相原たくやといいます。よろしくお願いします」 と言って、おじさんのほうに笑顔。これから働かせてもらうんだから愛想良くしておかないと。 「これはご丁寧にどうも、わしは番頭の杉田梅吉ですじゃ。梅さんと呼んで下され。こちらが当旅館の若旦那の……」 「…当旅館の主人、山野隆幸です」 えっ、こっちがご主人!見ると梅さんはニヤニヤしながら、主人の隆幸さんは少し落ち込んだような顔をしている。 これはしまった。頬にひとしずく汗を流しながら隆幸さんに愛想笑いをする。あれ、そう言えば……? 「あの〜つかぬ事を伺いますが、ひょっとして若旦那とあゆみさんって…」 「ああ、気付かれましたか。その通り、二人は結婚しておりまして、実はあゆみは妊娠三ヶ月でしてな」 「う、梅さん…」 あ、やっぱり。二人の苗字が同じだし、あれ、と言うことは…… 「じゃあ、あゆみさんて、この旅館の若女将なんですか?」 「え…あの…その…そんなたいしたものじゃなくて…」 「いやぁ、お二人の結婚式の立派だったこと、もう梅はうれしゅうて、うれしゅうて…」 何やら梅さんがその時のことを思い出して感傷に浸ってるな〜。周りの二人が恥ずかしがって止めようとしているが、 なかなか止まりそうにない。 しかしこの若旦那も何を考えているんだろう?自分のお嫁さんにメイド服を着せて掃除をさせてるなんて…。 やっぱりメイド服は若旦那の趣味なのかな…… 「ほら梅さん、彼女に仕事の説明をしないと…」 「ああ、そうでしたな。では説明は若旦那にお任せして、わしらは仕事に戻るか。新しい従業員の指導も主の役目 ですからの」 「あ…はい……隆ちゃん……」 「ん?」 「浮気しちゃだめだからね…」 へ〜、そうなのか、この人結構助平なのか。 その言葉を聞いて、ついついジト目になってしまう。 「そ、そんなことするわけないだろ、少しは俺を信用しろっ。あっ君もそんな目で見ないでくれ〜」 おお、あせってる、あせってる。結構尻にしかれてるのかも、この人。 「では若旦那、相原さんのことよろしく頼みましたぞ」 と言って出て行く梅さんがこちらを見たとき、ゾクリ、とした。一瞬だったけど。 あのおっさん一体何者?あっちのほうがスケベじゃないのか? 「え〜と、じゃあ相原さん、それでは仕事の説明をさせてもらいたいんだけど…」 「あ、はいわかりました」 落ち着きを取り戻した若旦那が、あたしにまじめな顔を向けてきた。 ……さっきの視線は考えすぎに違いない。きっと今までひどい目に会いすぎて過敏になってるんだ。今は仕事仕事。 「最初に聞いとくけど……君ってほんとに男?」 「はい?」 どうやら夏美から説明がすでにしてあったようなのだが、男から女になったと聞いて、この旅館の人たちは あたしのことをオカマだと思っていたらしい。 まったく失礼しちゃう!こんな可愛い子を捕まえて…… ……なにか、悲しくなってきた…… まぁ、そのあたりのことも改めて説明してから、仕事の説明をしてもらった。やっぱりメイド服が制服なのだそうだ (この宿の名物らしい)。出来れば隆幸さんの趣味だった、と言うことに……それも嫌よね。 仕事の内容は朝のミーティングに始まり、旅館内外の掃除、給仕、布団の上げ下ろし、食材の調達etc、 結構ハードな仕事よね、旅館のメイド(仲居)って。 今現在この旅館で働いているのは隆幸さん(こっちのほうが呼びやすい)、あゆみさん、梅さんに、まだ会ってない 板前の陣内真琴さんの四人。旅館の大きさにしては人数が少ない。 そんなときにあゆみさんの妊娠が判り、あまり無理はさせられない、働き手が足りない、というときに夏美から、 あたしを働かせてほしい、という連絡があって、まさに渡りに船だったらしい。 ちなみに夏美からは、隆幸さんとの関係は…… 誠二さんと泊まりにきた夏美の誘惑に負けて隆幸さんが手を出してしまい、その時隠れていた誠二さんが写真を撮り、 それをネタに男二人女一人の3Pをした、と聞いている。 旅の恥は掻き捨てでそんなことをしたらしいが、そのときの写真を夏美が持っているので、隆幸さんはあまり 逆らえないらしい。ちなみに、宿代を踏み倒したわけではない。ただHがしたかっただけなのである。 …なにヤってんだか、あの義姉は… 脅されての好条件については、隆幸さんが梅さんに相談したところ簡単にOKが出たそうだ。 そんな経緯で、あたしの採用は決定されたそうだ。 「それじゃあ、この部屋を使ってください」 案内されたのは本館から少し離れた別館にある、四畳半の従業員用の和室。 押入れがあり、小さな箪笥と鏡台が置いてある。テレビとかはないけど我慢しよう。 「たくやちゃん、もうすぐ夕食の時間だから、部屋に置いてある服に着替えて厨房に着てくれるかな。早速給仕の 仕事を手伝ってもらうから」 「これ…ですか?」 置いてあったのはメイド服。やっぱり着なくちゃならないのか…… 「遅れると梅さんと真琴さんが怖いから、急いでね」 と言って隆幸さんは出ていってしまった。自分の仕事に戻っていったのだろう。 仕方がない、初日から起こられるのはいやだが、急いで着替えるとしよう。 夏も終わりに近づいたとはいえ、まだ結構暑い。汗にしけたシャツを一気に捲り上げて脱ぐと胸がブルンと震える。 「…少しブラがきつくなったかな」 体が女性として安定してしまった頃から胸が少しずつ大きくなり、全体的にさらに女性らしいラインになってきた。 胸も今では羨ましく思っていた演劇部の美由紀さんと同じくらいありそうだから、おそらくFカップにはなって いるだろう。おかげで、ブラが胸に食い込み、少し圧迫感がある。 でも、太ったわけじゃない。ウエストは前と同じなんだから! ズボンも脱いで下着だけの姿になると、少し湿っている肌を露出していることがなんとなく恥ずかしい。 持ってきたタオルで胸などの汗を拭いてからメイド服を手にしてみる。 「えっと、エプロンにカチューシャに…うわっスカートすっごいミニ」 こんなのじゃ少しかがんだだけでパンツが見えちゃう! 「…やっぱり隆幸さんの趣味じゃないの?」 さもなきゃあの梅さんの趣味だろうか?これを着ている自分を想像する。……かなりH。 「とにかく着てみましょ」 頭の中に浮かんだ自分の姿を振り払って、着替えをはじめる。 座ってストッキングを着ける。足が開いて、汗で湿気ているパンツに空気が触れて気持ちが良く、 「…ふぅ」 と、自然と声が出る。 スカートをはき、ブラウスを着て、エプロンとコルセットをつける。髪を整えた後カチューシャをつけて、 胸に「たくや」とかかれたネームプレートをつける。 初めてで戸惑いながらも何とか着られたメイド服。どんなもんだろう、恥ずかしさ半分興味半分で、部屋において ある姿見に自分の姿を映してみる。 「あ、かわいい……けど、やっぱりHよね、この格好」 鏡には、いつもと違うあたしがいた。 全体的に青を基調として、ネクタイの赤と、エプロンとカチューシャの白が、それを引き立てる。 デザインも悪くない。けど、大きくなった胸がコルセットで、これでもか、とさらに大きく強調され、前に突き出て いる。スカートの方は下着がギリギリ見えるか見えないかの長さで、見える状態よりもいやらしい気がする。 振り返って後ろを見てみると、スカートがふわっと浮き上がり、パンティに包まれたお尻が見えて、ドキッとして しまった。 確かに見方によってはヤラシイけど、メイド服を来たあたしの可愛さに、想像はいい方に裏切られた。 「あゆみさんのはこんなに短くなかったのに……」 難点は、やはりスカートの短さ。スカートの端が少しゆれるだけで、白いパンティに包まれた恥丘が見え隠れしている。 さっき見たあゆみさんの姿を思い浮かべても、下着が見えている姿というのは無かった。 …歩き方にコツでもあるのかな? とにかく、こんな短いスカートだと、見られてもいいように新しいパンツには着替えたほうがいいのかもしれない。 ここに来る前、夏美にいろいろおもちゃになってくれたお返しだと、新しい下着を何着か買ってきてくれた。 サイズはピッタリだったのだが、いかにもオトナの下着って感じで、あたしには過激に思えるものが多く、 恥ずかしくてとても履けたものではなかった。今日は前から持っていた下着を着けてきたんだけど…… 今にして思うと、こうなることを予想していたのだろう(遊び心もあるだろうが…)。一応持たされてきては いるけど、その中から見られてもいいようなものを探すべきだろうか? などと考えているうちに時間がだいぶ経っていた。 「いけない。急いで厨房に行かなきゃ」 結局パンツは着替えず、そのまま厨房に向かうことにした。 「へぇ、あんたが今度来たオカマの子?結構かわいいじゃない?」 スカートの裾を気にしながら到着した厨房でかけられた第一声がこれである。すねちゃおうかな…… 「冗談冗談、落ち込まないの。でもほんとにあんた元男?どっからどう見ても女の子だよね〜」 この元気が良くて、元男のあたしよりも男らしい人が陣内真琴さん。一人でこの旅館の厨房を仕切っている、 怒らせると包丁が飛んでくる、怖い人らしい。 この人も美人だけど、あゆみさんとはまったく異なるタイプだ。スレンダーな感じで、髪の毛は短く、 額に鉢巻を巻いている。その上、へそ出しのタンクトップの上から半袖の羽織を着て、短パンを履いて いるので、活発なその性格がおもいっきり読み取れる。 「一応、今は女なんですけどね…とりあえず、相原たくやです。よろしくお願いします」 「こりゃご丁寧にどうも。さあ、タク坊、いきなりで悪いんだけど、そこにある御膳どんどん運んでって」 タク坊って…まあいいけど。見ると隆幸さんやあゆみさんはすでに運び始めている。 「はい、わかりました」 「ふぃ〜、やっと終わった〜」 お膳を運ぶのは本当に疲れた。力尽きたあたしは運び終えたその場で座り込んでしまう。 厨房と広間を料理をもって何往復もしたため、非力なあたしの腕は限界の悲鳴を上げている。自慢じゃないが、 あたしは男の時も筋肉なんて全然無い、ひ弱な青年だったんだから。 「たくや、何をしておるんじゃ。仕事はまだまだあるぞ」 休む間もなく、非常にも梅さんの声がかかる。 …さっきまでは「相原さん」だったのに、もう「たくや」か…ま、仕事だもんね。 「もうすぐ夕食の準備が終わるんで、お客様を呼んできてくれんか」 「はい、わかりました。呼んでくればいいんですね」 どっこいしょと立ち上がる。見れば、隆幸さんとあゆみさんが食事の細かい準備をしている。 「うむ、お客様は二階に二組、一階に一組おられるからの。ちゃんと丁寧な言葉で話すんじゃぞ。それと、一階の お客様は、二部屋に分かれておるから、気をつけてな」 細々と梅さんに注意される。 「大丈夫ですって、それじゃ行ってきます」


V.客人へ