T.到着
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男に戻ろう(バイト編) 山野旅館にようこそ
一日目
ガタンゴトン、ガタンゴトン……
あたしは今、電車に乗って、とある旅館に向かっている。
千里の薬を飲んだ後、吐き気がする、頭痛がする、骨が軋みを上げる、体が燃えるように熱くなる、といろいろ
反応があった。そんな生き地獄のような目にあったのに、結局男に戻ることはできなかった。
千里の説明によると、女になってから時間が経ちすぎてしまった(約三週間)こと、女性の体での多くの性行為を
行ったこと、といった理由により肉体の女性化が進み、千里や佐藤部長の作った薬ではもはや効き目がないのだという。
そうか…それが製作段階で判っていたから、どもったりやけになったりしたのか。
ていうか、時間が経ちすぎたのは千里が変な実験ばかりして薬の開発が遅れたからだし、せ、SEXをしたのだって
周りが迫ってきたからでほとんどあたしの意思じゃないのに……
そんなことを考えながら落ちこんでいると、
「先輩、心配しないでください。まだ男に戻ることは可能です」と、千里が言ってきた。
もともと男性として安定していた肉体が女性化したのだから、女性として安定してしまったあたしの体でも男性に
戻すことは理論上可能なのだという。男に戻るはずのないあたしが、薬を飲むことで少なからずも肉体変化の兆候
が見られたのがその証明である。
男に戻るのは不可能だと思っていた千里が今回の薬の反応のデータを取っておらず、理論も前回とは異なるため、
また一から研究のやり直しであり、時間も研究費用も今まで以上にかかるというのだ。加えて、それでも男に戻る
ことが不可能である可能性もある。
そう説明した上で千里が聞いてきた。
「先輩、それでも男に戻りたいですか?」
あたしは少し考えて答えた。
「決まってるじゃない。男に戻る」と。
その後、明日香に事情を説明し、愛を確かめ合った(皆さんのご想像にお任せします)後、自分の部屋に戻って
あたしは途方にくれていた。
「どうやってお金を稼ごう?」
今度の研究は、実験体(間違った薬を飲んで女になった弘二)がいるものの、今回の薬より更にお金も時間もかかる。
女性の肉体が安定してしまったため、時間はあまり気にしなくても良く日雇いのバイトでなくても良い。
が、千里だけでは手におえない場合、千里の知り合いに研究の協力を頼む可能性があるという。そのため少しでも
多くの研究費用を稼いでおく必要がある。
しかし学生の身であるあたしに稼ぐことができるバイト代ではとても足りそうにない。
「こうなれば風俗でもしてやろうか」
などと、考えが変な方に向かいかけていたとき、
「それならいいバイト先紹介してあげようか?」
と、言ってきたのは、あたしが女になったと聞いて家に帰ってきた義姉の夏美であった。
「……やっとついた」
夏美に紹介されたのは旅館の仲居の仕事であった。条件はなかなか良かったが、旅館に住込みで働くことが条件と
なっていた。まあ、家から遠いし、それも仕方がないか……
それに最近慌しすぎたから、少し今の状況から離れて気持ちを整理するのもいいかもしれない。
そこで、あたしはお金を稼ぐため、また周りの注目や興味、嫌悪などの視線を避けるため(夏美に逆らえなかった
わけじゃないもん)に、学校に休学届を出して、仕事先である山野旅館に向かったのである。
ちなみに、あたしの今の服装は、女になったため少し大きく感じるようになったTシャツにGパンというラフな格好。
夏美が家に置いていった服では胸がきつく、また長時間スカートをはいて移動するのが恥ずかしかったからである。
お金がなくて服が買えないという理由もあるが……
研究費さえなければ、いろんな服が買えたのに〜〜
秋になりつつあるとはいえ、残暑の太陽がまだ暑く、Tシャツは汗で湿り体に張り付いている。おかげで、胸の形が
丸わかり。下着もうっすらと透けている。
すいていた電車やバスの中では、おじさんどころかおじいさんにまで注目された。目を閉じているだけで、わざわざ
隣に移動してきて体を密着させたり、太股に手を置いてくるおじさんもいたので、ゆっくり眠ることもできなかった。
荷物はリュックとかばんがひとつずつ。中身はほとんど着替えだけど、女になったばかりのあたしは女物の服を
あまり持っておらず、下着以外は女でも着れそうな男物中心。そのため荷物は少ないはずなんだけど、何故か
パンパンに膨らんでるのよね……
で、そんな精神的に疲れる長旅の末、しばらくの間ご厄介になる「山野旅館」にようやく到着した。
「へぇ〜、結構立派な旅館ね。さてこんなところで突っ立ってないで旅館の人を……」
探そうとしたとき目に飛び込んできたのは……
旅館の玄関を掃除している、和風旅館には似つかわしくない、メイドさん、であった。
「なぜこんなところにメイドさんが…」
そのメイドさんは箒を持って玄関を掃除している。
………何なんだろう、この似つかわしくないのに、しっくりしてるような変な違和感は……
と考えていると、向こうもこちらに気がついたらしく、
「こんにちは、いいお天気ですね」と話しかけてきた。
振り向いたメイドさんは、はっきり言って美人。長い黒髪を二本の三つ編みにして、一本を肩から前に垂らしている。
そしてその三つ編みに誘導されるように大きな胸に目が行ってしまう。
それに加えて、着ているメイド服がすごい。頭のカチューシャが可愛らしさを示す一方で、ウエストをコルセットで
締め上げているので、大きな胸がさらに強調されている。そしてくびれたウエストの下には、ミニスカートから、
ストッキングに包まれた、むっちりとした白い太股が伸びていた。
そんなすごい格好をしたメイド美人にいきなり話し掛けられ、あたしは少し頭の中が混乱してしまった。
「そうですね…って、あの〜〜、つかぬ事を伺いますが山野旅館の人ですか…?」
少し照れながらたずねる。
こんな格好をした女の人に平然と話しかけられるほど、あたしは人間出来てないわよ。
「はい、そうですが…あっ、お客様ですか?」
「あっ、いえ違います。今日からこちらで働かせていただく……」
「ああ、相原たくやさんですね、お待ちしていました。では、こちらにどうぞ」
と言ってメイドさん(中居さん?)は集めたごみと箒を持って旅館の中に入っていった。
どうやら夏美は本名で連絡していたようだ。
ていうか、男の名前で疑問に思わないの?一生懸命偽名考えてたのに…ドスコイ花子とか……っと、こんなところに
立ってないで後を追わないと。
「おじゃましま〜す」
U.仕事へ