■第一話
去年の春から一人暮らしを始めて、大学の講義やサークル活動で楽しい毎日を送っている。
実家からの仕送りがあって生活費には困らない。
しかし最近どうもおかしい。
部屋の物の位置が変わっていたり、部屋で一人の時に妙な気配を感じたり。
ここはセキュリティのしっかりしたマンションの12階。
そうそう誰かが入ってこられるものじゃない。勿論警備システムには異常が無いことは確認してもらった。
物が無くなっていることは無いけど、やっぱり気味が悪い。
「幽霊・・・・? いや、まさかね・・・」
気のせい気のせい。お祓いなんて頼まないし除霊グッズも買わない。
多分一人でいる時に人恋しくなって妙な錯覚をしているだけだ。
しかしある日の夜中。
「んん・・・くぅ・・・・」
妙な寝苦しさ、というか妙な感覚で目が覚めた。
「あれ!?」
パジャマのズボンどころかパンツも膝までずり下がって下半身丸出しになっている。
寝ている間に無意識に脱いだ? そんな馬鹿な。
慌てて穿き直して電気を点けた。部屋には誰もいない。
ガタッ
不意に、誰もいない筈の部屋で物音が鳴る。
・・・姿の見えない「何か」がそこに居る?
怖くなって机の上にあったコーヒーカップを音のした方に投げつけた。
ガチャン!
「痛っ!」
カップは姿の見えない「何か」にぶつかって割れた。
その「何か」は声を出したきり動かない。
恐る恐る、その「何か」に近付いて手を伸ばす。
何も見えないのに物を触る感触があった。どうやら人間の形・・・・?
小柄な体格。肌は柔らかいが胸は無い。男性かもしれないが股間に触れる勇気は無かった。
息はしている。カップもぶつかったし実態はある。しかし姿は見えない。
どうしたものかと迷った挙句、電気の延長コードで手足を縛ることにした。
見えないので四苦八苦しながらなんとか縛り終える。
「でもどうしようコレ・・・」
外に放り出すのは駄目だ。こんなのを野放しにするのは危険だろう。
警察を呼ぼうにも何と説明していいかわからない。
とりあえず・・・
縛った上から毛布でぐるぐる巻きにして更に縛り、押入れに閉じ込めた。
「今日は寝よう」
現実逃避するかのように、アタシは再び眠ったのだった。
翌朝、目を覚ますとぼんやりしたまま朝食を済ませた。
床に割れたコーヒーカップが散らばっている。
なんで割れたんだっけ・・・お気に入りなのに・・・
低血圧で寝ぼけた頭では思い出せない。
まあいいや。とりあえず大学行って、帰ったら掃除しよう。
夕方になり家に帰ると押入れから唸り声がする。
そこでやっと昨夜の事を思い出した。我ながら忘れっぽすぎる。
押入れには昨夜捕らえた姿の見えない「何か」がいるのだ。
念のため包丁を持って押入れを開ける。
ぐるぐる巻きになった毛布からは足が生えている。姿が見える?
毛布を取ると手足を縛られた全裸の女の子が転がり出た。
「酷いですよ〜、一日中こんな格好で放置プレイなんて。ほどいてください〜」
あられもない格好で文句を言う女の子。中学生か高校1年くらいだろうか?
「あんた何者? というか女の子だったの? 胸が無いから男かと思った」
「うぅ・・・人が気にしてる事を・・・」
「大体なんで裸?」
「だって服は透明にできないから・・・」
なるほど。この女の子は何かしらの方法で透明人間になれる。
でも服は透明にならないから裸で忍び込んだ、と。意外と簡単に口を割ってくれた。
「なんでウチに忍び込んだの?」
「胸が大きい秘訣を探ろうかと・・・マンションに入るのを見つけてターゲットにしました」
アタシの胸は平均以上に大きい。羨ましがられる事も妬まれる事もよくある。
当人からすると邪魔だし肩は凝るしイヤらしい目で見られるし、あまり良い物じゃない。
第一大きくしようとしたんじゃない。勝手に育っただけ。
「でもでも、生活の中にヒントがあるかもしれないと思いまして!」
「だからってそんな下らないことにそんな凄い能力使うの?」
「下らないとはナンですか! 自分がちょっとばかり大きいからって! 私には深刻な悩みなんです!」
確かにこのペタンコぶりは深刻かもしれない。
でも年を考えればこれから育つ見込みだってあるだろうし、
そもそも人の家に勝手に入っていい理由にはならない。しかも昨夜は・・・
「・・・そう言えば、昨日アタシの服を脱がせてたのは何でよ?」
「うっ・・・それは・・・」
「それは?」
「お風呂とか着替えとか見てたらムラムラしてしまって、つい」
「つい、じゃない! 乙女の体を何だと思ってんの!?」
「いやでも、私レズではないですよ? 昨日のはほんの出来心で。至ってノーマルです」
「そういう問題じゃない!」
腹が立ったので、剥き出しになっている毛すら無いアソコを踵でぐいと踏みつけた。
「ふあああん! やめてください、私マゾじゃないですよ」
「あらそう」
抗議を無視して更に踏む。
「ああっ、ごめんささいぃぃ! もうしませんからぁ!」
悦んでいるように見えて軽く引いた。
でもここで虐めても意味がない。とりあえずこの子の親に連絡しよう。
「あんた家はどこ? 親御さんに報告させてもらうわ」
「このマンションで一人暮らしです。透明でも裸で外に出るのは怖いので」
毛も生えてないガキんちょのクセに高層マンションで一人暮らしとは。アタシも大差ないけど。
とりあえず私のコートを羽織らせてその子の部屋に向かった。
部屋の中はとても年頃の女の子の物とは思えない状態だった。
怪しげな機械と怪しげな薬品が所狭しと並び、怪しげな匂いが充満している。
とにかく、どこもかしこも怪しげな雰囲気でいっぱいだった。
「両親とも科学者で私も影響を受けまして。大学でも化学を専攻してます」
「大学生!? それでその体格?」
「うぐっ」
「胸がどうとかじゃなくて単に全身の発育悪いだけじゃない?」
「私だっていろいろ努力してるんですよ。発育強化の装置とか薬とか。透明になる薬はその副産物です」
なるほど、透明になる薬があるのか。口が軽いなこの子。
「お姉さまは物理専攻でしたよね。こっちの装置とか見てみます?」
いつの間にかお姉さま呼ばわり。まあいいか。
興味を惹かれたので色々見せてもらうことにした。
その日は夜中まで実験やらお喋りやらして過ごし、
家に入り込まれた事も忘れてすっかり仲良くなってしまった。
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