第九話「水の乙女・メロウ」


 問題の海岸、私たちはその場所まで来ていた。 「もしかして、ここに潜れってことなのかな?」  水ちゃんの剣の光は、海の中を指している。 「それは無理というものですわ。このような所に飛び込んだら、再び生きて浮かんでくる事は 不可能でしょうから」  その海岸っていうのは、砂浜じゃなかったんだ。岩が切り立った、崖みたいな所。幸い、下 に降りる道があったから、水辺の岩場までは来ることが出来たんだけど・・・。 「よくドラマなどで自殺する時などに、こういう場所に来ますわよね」  空ちゃんがため息をつく。そこの海はすごく荒れていて渦なんかが巻いている。いくら泳ぎ の名人でもこんな所に入ったら、空ちゃんの言う通り、生きて帰って来ることなんて出来ない だろうな。 「平気よ。もうすぐ潮が引くから」  それまで黙ってた水ちゃんがいきなり言葉を発した。 「すごいですわ、水さん。そのようなことが、お判りになるのですか?」 「水ちゃん、どうしてわかったの?」 「教えてくれるのよ、声が」 「声?」 「ほら、引くわよ」  水ちゃんの言う通り、だんだん潮が引き始めて海面が下がってきた。すると、中から洞窟の 入り口みたいな物が現れた。今まで水に隠れてて見えなかったんだ。 「この中に、乙女が眠っているの?」  剣の光は、洞窟の奥を指している。 「望と空はここで待ってて。わたし一人で行ってくるから」 「お一人で、ですか?」 「ええ。声がそう言ってるのよ」 「水ちゃん、その声って?」 「おそらく、導きの声のようなものなのでしょう。ここは水さんにお任せした方がよろしいよ うですわね」  えっ、でも水ちゃん一人でなんて。 「危ないよ。やっぱり3人で行った方が」 「大丈夫、平気よ。だって乙女は、わたしたちの味方なんでしょう?」 「水ちゃん・・・」  手を振りながら洞窟に入っていく水ちゃんを、私は不安な顔で見送った。とにかく無事に帰 って来て欲しい。今はそれだけを願っていた。 「きゃっ!!」  また転びそうになる。まったく、もう何度目だろう。元々海の中だった所だから、ぬるぬる してて滑りやすいのよね。それに、周りも真っ暗だし。まあ、剣の光でなんとか前だけは照ら しているけど。 例の声はわたしに奥まで来いって言っていた。伝説の乙女だかなんだか知らないけど、もっと はっきり言えばいいのに。おかげで望や空に変に思われちゃったじゃない。  わたしは、慎重に歩みを進める。伝説の騎士が転んで頭打って死にましたじゃ、しゃれにも ならないもの。しばらく行くと、わたしの目の前に大きな扉が現れた。ちょっとこんなの、わ たしの力じゃ開けられないわよ。とか思っていたら、ひとりでに奥に向かって開いた。誘って るってわけ? なんか、やな感じね。  わたしは奥へと進む。そこは広い空間になっていて、真ん中に池みたいなものがあった。け っこうきれいな所。そして、池の真ん中にある岩の上に、一人の女性が座っていたの。  その女性は、上半身に何も着てなくて綺麗な胸が丸見えだったわ。形も良いし、なかなか大 きい。わたしも年の割には大きいとか言われるけど、さすがにちょっとかなわないかな。それ で下半身なんだけど、腰から下が全部鱗で覆われてたの。そこにあったのは、足じゃなかった のよ。そう、わたしの前にいたのは人魚だったの。空想の中でしかお目にかかれない幻想的な 生き物を目の前にして、わたしは改めて自分が剣と魔法の世界にいるって事を実感したわ。  向こうも、もちろんわたしに気付いてたみたい。わたしが何も言わずに立っていると、声を かけてきた。 『よく来た、羞恥騎士の少女よ』  人魚は、見た目に似合わない固い口調で語りかけてくる。そうよ、洞窟の外にいた時からわ たしの頭にずっと語りかけてきてたのはこの声よ。 『我の名はメロウ。この地に眠りし伝説の乙女の一体なり』  なるほど、こういうのが乙女なのね。確かに人魚だったら、水の魔法を操るわたしにぴった りかも。 「わたしの名前は潮女 水。あなたを復活させるためにここまで旅してきたのよ」  あと、さっきから人の頭の中に入って来ないでよ、って言いたかったけど、さすがにそれは まずいわよね。 『伝説の騎士が訪れた事で、我の封印は解かれた。されど、我が力貸す為には、汝が力見極め ねばならん』  なるほど。一筋縄ではいかないってことね。 「それじゃなに。わたしにあなたと戦えとでもいうの?」 『少女よ、この世界で最も強き力は何か?』 「それって、確か羞恥心、よね」  最初にクリスがそんなこと言ってたっけ。 『さよう。汝が我を受け入れるに相応しい力を持っているかどうか、試させてもらおう』  メロウの声と同時に、わたしの視界が真っ白に染まった。  気が付くと、私は見知らぬ街の中に立っていた。けっこう賑やかな所で、通りにも人が溢れ てる。いきなりどっかに飛ばされたってわけ? よくわからないけど、ここがその試練とかい うのの舞台ってわけね。  わたしはとりあえず通りを歩いてみる。なかなか大きな街みたい。王都ほどじゃないけど、 この前の村なんかよりはずっと大きいし発展もしている。道行く人たちは、みんな私の方を見 てるわ。まあ、当然でしょうね。私が今着てるのは、透け透けで極小のビキニなんだから。胸 なんか半分以上カップからはみ出てるし、ボトムだって食い込んじゃってて後ろから見たらた だのTバックだし。それに乳首やヘアなんかも青い生地に透けて見えてるのよ。  すごく恥ずかしい格好なんだけど、わたしはそれを隠すような事はしなかったわ。だってそ っちの方がかえってみっともないでしょ? まったく、こんな姿で街を歩かせるなんて、これ が試練ってやつなのかしら。 「ちょっと、お嬢さん」  道を歩いてたら、いきなり声をかけられた。声をかけてきたのは中年太りのおやじ。まさか、 わたしを買おうっていうんじゃないでしょうね? 「ちょうどよかった。うちの踊り娘が怪我をしてしまって、代わりを探していたんですよ」 「代わりって、わたし踊り娘じゃないわよ」 「そんな事言わずに、お願いしますよ。ギャラははずみますから」 「だから、違うんだって」  おやじはわたしの話を聞こうともしない。結局店の奥に連れて来られてしまった。まあ、こ の格好じゃ間違われても仕方ないかも。 「さあ、お願いしますよ。お客様方、お待ちかねですから」  おそらく、この店のオーナーであろうそのおやじは、わたしを舞台に促す。なるほど。この 裸みたいな格好で踊れって事か。羞恥心を試す、なんて言ってたものね。それならば、受けな いわけにはいかないか。まさか手ぶらで望たちの所にも帰れないし。  私は覚悟を決めて舞台へと向かった。へえ、なかなかいい所じゃない。舞台も広いし客もか なりの数。まあ、せっかくわたしが舞うんだから、このくらいでないとね。そして、スポット ライトのような魔法の光が舞台上のわたしを照らし出した。  音楽が流れ始める。曲はバラード系の静かなもの。これだったらいけるかも。わたしは曲に 合わせて体を大きく動かし始めた。自慢じゃないけど、わたしはダンスなんて全然知らないわ よ。そりゃ、マイムマイムくらいだったら踊れるけど、こんな所でフォークダンスなんかして もしょうがないでしょ?  だから、わたしの体がなぞっているのは踊りじゃなくて新体操の演技なのよ。まあ、こっち の世界の人はそんなの知らないでしょうから、ちょっと変わったダンスくらいに思ってくれる わよ。たぶん。 わたしは、体を大きく反らして跳ね回る。クラブも、リボンも、フープもないけど、その辺は 動きでカバー。前は器械体操もやっていたから、そこら辺のものを取り入れればなんとかなる でしょう。  ライトに照らされたわたしの姿を、無数の視線が見つめてた。わたしの動きは堅くなって、 いつもの調子が出てこない。別に大勢の前で演技して緊張しているから、ってわけじゃないわ。 かなり大きな大会で、ここにいる数倍の人間の前で演技したことだってあるんだから。いつも と、あまりにも勝手が違いすぎたの。  ここにいる人達は、わたしの演技なんかよりも体のほうが目当ての人ばかり。普段の大会な んかでも、そういう視線は感じるけど、この粘りつくような視線もいつもとは比べ物にもなら ないわ。そして、わたしもいつもとは比べ物にならない程いやらしい、まるで裸同然の格好で 踊っているんだから。胸は半分以上見えてるし、股布だってあそこに食い込んでしまっている。 だから、開脚なんかしたら、どうなるかわからない。  でも、わたしは演技を止めるつもりはなかった。試練だから? ううん、違う。こんな中途 半端で終わりにするんなんて、わたしの選手としてのプライドが許さないから。  そういえば、前にもこんな風に思った事があったわ。まだ、この競技を始めたばかりの頃よ。 当時は、大会に出る度に集中する周りの視線が、すごく嫌だったの。新体操の大会を見に来る 人。その中には、演技なんかよりも選手が目当ての人なんかもいるのよ。レオタードに現れた わたしの体の線や、胸の膨らみ、大きく広げた脚の間なんかを見つめてる、いやらしい視線を いつも感じてたわ。  友達なんかも、そういうのをすごく嫌がってた。当然よ。新体操って演技を披露するスポー ツだから、選手の体ばっかり見てるようなのって下衆以外のなにものでもないもの。  でも、いつの頃からだろう、不思議とそういうのが気にならなってきたの。わたしの演技を 見ている視線も、体に注目しているものも、わたしを見ているものに変わりはない。そういう 風に思えるようになってきたのよ。会場中の視線がわたしにだけ集中している。全ての目がわ たしだけを見ている。それは、とても素敵なことだと。  それからは、周りがわたしの胸や股ばかり見ていても平気になった。むしろ、そうやってわ たしの肢体に視線が集中するのを誇らしく思うようにもなったの。  そうだわ。別に堅くならなくてもいいのよ。普段と何にも変わらない。見せてあげるのよ、 わたしの魅力を存分に。  そう思うと、次第にわたしの動きに張りが出てきた。いつもの調子。いえ、それ以上のもの になる。わたしの体を舐めるような、いやらしい目は変わらない。でも、もう気にならなかっ たわ。  もちろん、こんな格好で演技するのは相変わらず恥ずかしいけど、それに嫌悪感を抱かなく なったの。むしろ、そういう視線を歓迎さえしていたわ。胸の膨らみや、大きく広げた脚の間 に入り込んでくる視線に、わたしは興奮をおぼえてた。  しなやかに動くわたしの体を、多くの感嘆の目が追っているのが感じ取れる。それらの視線 を惹き付けるようにして、わたしはステージの中央に立った。  そして、前半の決めポーズ。わたしは大きく脚を振り上げた。一般に言うY字バランス。も っとも、わたしなんかがやると、上げた脚が顔の横まで来るから、YというよりもIの字に近 くなるわ。もちろん、限界まで広げられた脚の間はまる出し。布が割れ目に入り込んで、びら びらがはみ出てるのだってわかるでしょうね。当然、視線はわたしの股間に集中するわ。でも それが、わたしをさらに熱くさせたの。  ふと、横を見るとなにか合図を送ってきてる。どうやら脱げっていうことらしい。なるほど、 ここってそういう事までさせる所なのね。わたしはポーズを解くと、小さなブラに手を掛けた。  わたしは、唯一胸を覆っていた衣服を、ためらいもなく脱ぎ捨てる。さらに、両手をボトム の裾に掛けた。全ての視線がそこに集まるのを確認してから、それをゆっくりと引き下ろして いく。わたしのヘアがまる出しになると、会場中から歓声が上がったわ。それをステージに置 く時に、底の部分がびしょびしょになっているのがわかった。やだ、こんなに濡れてるんだ。 わたしは羞恥に顔を染めるけど、もちろんここでやめるつもりきなかった。  再び、わたしは演技を始める。今度は、わたしの体を覆っているものは足に履いたブーツし かない。激しく動く度に、支える物がなにもない胸は大きく揺れて、そして脚を開く度に、そ の間にある秘密の部分がまる見えになった。  スッパダカになるとあらためてわかるのは、大きく開脚するような技がいかに多いかってこ と。脚を横に広げたり、開脚ジャンプをしたり。さらに、今回は器械体操のものも取り入れて いるため、側転や開脚倒立なんかもあるから余計にそう。とにかく体を大きく見せるために、 脚を開いたり、胸を反らしたりするようなものが多いのよ。 もちろん、観客は開かれた脚の間に注目したわ。隠す物なんてなにもないからまる見えだけど、 見えても気にならなかった。むしろ、見えて欲しいとさえ思うようになっていた。  そして、演技も最後に近づく。わたしがフィニッシュに選んだのは、例のあの技だった。フ ィニッシュとしては、あまり相応しくない技だけど、わたしはどうしても再びあの技を決めた かったの。この姿で・・・。  わたしは再びステージの中央に立つ。さっきと全く同じ構図。スタッフもわたしが次に何を するかわかったのでしょう。わたしの脚の付け根に、ライトが集まってきた。 「脚を、上げるわ・・・。見て、わたしの・・・すべてを」  わたしは自分にしか聞こえないくらいの小さな声でつぶやくと、再び右足を高く上げ、I字 バランスをした。 「あ、ああ・・・」  なんて可愛い声なの、とか自分でも思ってしまう。わたしの秘部に感じる視線に、わたしは 思わず声を洩らしてしまったわ。さっきと同じように、限界まで開かれた両脚に引っ張られて、 ひだまでが開ききっている。さっきはそこを隠す布があったけど、今度は何もない。中の赤い 肉も、あそこの穴も全部見えてるはずよ。それに、そこがびちょびちょに濡れてるのも、あそ この穴からいやらし液が流れ続けてて、それが太ももにまで伝っているのだってわかるはずだ わ。 「ああ、もうだめ・・・」  わたしは倒れ込んでしまった。こんなところで倒れるなんて、大きな減点。今まで、そんな ミスをしたことはなかったのに。でも、どうしても耐えられなかったの。  視線はまだわたしを欲している。わたしはそれに応えようと、必死に体勢を変えた。ステー ジに仰向けになって、脚の方を客席に向ける。そして大きく脚を開くと、腰を持ち上げてあそ こを客席の方に突き出した。さらに、あそこのひだを掴んで広げ、中だって晒す。 「見て、わたしを・・・。わたしの恥ずかしい所を、隅々まで見て・・・」  あそこだって、お尻の穴だってまる出しのいやらしい格好。こんな、はしたないわたしの姿 を、みんな見ている。わたしの欲情している部分を、全部見られているんだわ・・・。  無数の視線に嬲られて、わたしの頭の中が真っ白になっていった。 「う、ううん」  わたしは意識を取り戻す。そうか。わたし、いっちゃったんだ、見られてただけで。  わたしは周りを見回す。そこは元いた洞窟の中だった。さっき脱ぎ捨てたはずの服も、ちゃ んと着ている。 「夢、だったの?」 『夢などではない。今起こった事は、まぎれもなく汝の身に起こった現実だ。もっとも、汝が 一度も訪れた事の無い辺境の街での出来事だがな』  声の方を向くと、そこにはメロウがいた。 『汝の強き羞恥心、見せてもらったぞ』  そうか、そういえばそうだったわよね。わたしは、なんのためにここに来てたのかを、今更 ながら思い出した。 『真に強き羞恥心を持つ者とは、羞恥を己の中で何倍にも出来る者。そして、汝にはその力が ある。汝こそ、我が力を貸すに相応しき者だ』 「つまり、合格ってわけね?」 『さよう。さあ、我が力、受け取るが良い』  メロウはそう言うと、青い光になってわたしの胸の宝石に吸い込まれた。その瞬間、わたし の服がまたひと回り縮む。 「うっ」  わたしは声を洩らす。これで、ますます締め付けが強くなったわ。それに、唯一鎧らしい所 を見せていた、左右の鎧垂れ、とかいうのも消えている。これで、ほんとにビキニの水着ね。 『我は汝と共にいる。我が力必要な時は、なんなりと命ずるが良い』  メロウの声が頭に響く。乙女の力を手に入れたってことか。とりあえず、上手くいったみた いね。 『それと、少女よ』 「まだ、なんかあるの?」 『試練の事は、他の者には伏せておいてもらう。残りの者の試練も、先入観のない条件で行わ ねばならんからな』 「はいはい。わかりました」  まったく、厳しいわね。でも、まあ、望たちならだいじょうぶよね。さてと、2人とも心配 してるだろうし、早く戻らないと。 「あっ、戻ってきた!」  私は空ちゃんに声をかける。洞窟の入り口に、水ちゃんの姿が現れた。よかった。ちゃんと 帰って来た。水ちゃんはこっちに手を振ってくる。私はそれを振り返した。水ちゃんがそこを 離れると、洞窟はまた海の中に消えてしまう。選ばれた人しか、入れないようになっているん だ。 「大丈夫? どこも怪我とかしてない?」  私は、水ちゃんに真っ先に尋ねた。 「まったく、望は心配性ね。全然平気よ」  水ちゃんは、何故か恥ずかしそうに答える。 「どうやら、上手くいったようですわね」 「えっ、どうしてそれを?」  空ちゃんの言葉に、水ちゃんは驚いたみたい。でも、私たちにはわかったよ。だって・・・。 「わたくしたちの防具が、成長しましたので」  そう、いきなりきつくなって、びっくりしたっけ。 「すごいよ、水ちゃん」 「まあ、やっと一体目だけどね」 「でも、これは大きな前進ですわ。わたくしたちにも、この偉業が達成できることが証明され たわけですから」  空ちゃんの言葉に、水ちゃんは照れたような顔をする。 「さあ、次は空よ」 「そうですわね。では、参りましょうか。わたくしたちに、立ち止まっている時間はないので すから」 「うん、行こう!」  私たちの旅は、まだ続くんだ。空ちゃんの剣が指し示す光を追って、私たちは歩き出した。


第十話へ