第十三話「対決! 神官マラード」


 私たちは北へ向けて乙女を飛ばす。はるか下には、森の緑が広がっている。雲が私の横をす ごい速度で流れていて、まるで自分が空を飛んでいるみたいだった。風を切る感覚さえ感じと ることができる。乙女を動かすのに、特別な事は必要なかった。私が思うだけで、ラビアース はその通りに動いてくれる。まるで、自分の手足みたいに自由に操ることができた。  森を抜け、平原を抜け、さらに北へと向かう私たち。それは一歩一歩、決戦の場へと近づい ているということだった。そして、空ちゃんがそれを見つける。 「マラードさんのお城というのは、あれのことではありませんか?」  空ちゃんの指差す先に、黒い城が見えた。 「陰気な城。いかにも最終ボスの居城って感じね」  そう。周りが雲に覆われた黒い城ってだけなのに、すごく暗い感じがする。暗いオーラみた いな物が、城全体にたちこめているみたいで。その城の前に、一人の男の人が立っているのが 見えた。 「もしかして、あの人がマラード?」 「わざわざ出迎えてくれるなんて。ずいぶん余裕じゃない」 「でも、ラッキーですわ。これで、城の中を探索しなくて済みますから。最後のダンジョンは、 広くて難解だというのが一般的ですので」 「そういう問題?」 「途中で体力を消耗しないで戦えるのは、有効な事ですわ」  確かに正論だけど、ちょっと論点がずれているような気も・・・。  そんな事を話している間に、乙女は城の前まで到達する。私たちはマラードの目の前に乙女 を着陸させた。  初めて見るマラードの姿。長い黒髪に切れ長の黒い目、それにクールな顔立ち。私の予想し ていたのと違って、すごくかっこいい人だった。少し陰のある感じがするけど、それがまた魅 力的に見える。 「待っていたぞ。羞恥騎士」  マラードは涼しげな声で語りかけて来た。すごく紳士的な感じがするけど、でもこいつが悪 の権現なんだ。 「エロード姫を返せ!」 「姫は渡さん。お前達が、姫を連れて行くつもりだというのなら、私は力ずくでもそれを止め よう」  迫力はないけど、その言葉にはすごい威圧感がある。 「そんなに凄んでも無駄よ。あなたがどんなに強くたって、巨大ロボット相手にかなうわけは ないわ」 「でも、油断はできませんわ。世の中には、巨大メカを素手で破壊する方なども、おられます ので」 「もう、空! 相手を威嚇してるんだから、水を差さないでよね。だいたい、それどこの世界 の話よ!」  二人とも、敵のボスの前なんだけど・・・。 「心配は無用だ。無論、乙女に対抗する手段は用意してある」  マラードは、何かの魔法を唱え始める。すると、周りに黒いもやみたいなものが集まり始め た。まるで闇のかたまりみたいなそれは、マラードの体を包み込むと何かを形作り始める。そ れが収まった時、それは黒い巨人の姿になっていた。それも、私たちの乙女と同じくらいのサ イズの。 「やっぱり、簡単にはいきそうもないわね」 「言っておくが、手加減はせんぞ。私は、目的の為に手段を選ばぬと決めたのだからな」  真っ黒い巨人が、剣を構えた。 「来ますわ!」 「うん」 「わかってるわよ」  巨人は、右手に持つ黒い剣で斬りかかってくる。私も剣を出現させ、それを受ける。金属同 士がぶつかり合う、乾いた音が響き渡った。 「す、すごい衝撃」  思わず引いた私に、マラードはさらに攻撃してくる。今度はそれを水ちゃんが受け止めた。 「このっ!」  反撃する水ちゃん。でも、その剣はあっさりとかわされてしまった。そして、マラードの反 撃に、メロウは体勢を崩す。今度は私と空ちゃんが攻撃するけど、やっぱりマラードを傷つけ ることはできなかった。  普通の女の子だったら当然かも知れないけど、私は剣術を習ったことなんてない。水ちゃん や空ちゃんもそうだろう。それに、これまでの旅で剣を振るった事もほとんどなかったし。一 方、マラードは神官といっても剣の鍛錬もしているみたいだ。三対一だっていうのに、私たち の方が完全に押されていた。 「くらえ!」  マラードの渾身の一撃が、ラビアースに襲い掛かる。なんとか剣で防御するけど、その勢い は止められず、乙女は弾き飛ばされた。地面に激突するラビアース。 「げほっ!」  背中に激しい衝撃を受け、私は咳き込んだ。 『望、平気?』 「ラビ、アース?」 『気をつけてね。今の望は、わたしと一体化しているようなものだから、わたしのダメージは 望へのダメージにもなってしまうの。実際に傷付くようなことはないけど、その痛みは受けて しまうわ』  そうか。この痛みは、ラビアースの痛みなんだ。 「大丈夫。もう、ラビアースを傷つけたりしないから」  そして、私は水ちゃんと空ちゃんに声をかける。 「剣じゃなくて魔法で戦おう!」 「そうね」 「そちらの方が、わたくしたちに向いていますわね」  私たちはマラードと距離をとる。そして、マラードに向かって攻撃の魔法を放った。 「炎の槍!」 「水の流!」 「甘いな、ダーク・ウォール!」  私と水ちゃんの魔法は、マラードの前に現れた黒い壁に阻まれてしまった。 「うそ・・・」 「なかなか、やるじゃない」  マラードは全然ダメージを受けていない。そして、今度はマラードの番だった。 「これは返礼だ、受け取れ。デッドリー・フレア!」 「空気の壁、きゃ!」  私たちを守ろうと前に出たセイレーンが吹き飛ばされる。防御の魔法でも、マラードの攻撃 を防ぎきることはできなかった。 「空ちゃん!」 「大丈夫、ですわ。少しは軽減できましたので」  白い翼をはためかせて、セイレーンが戻ってくる。よかった、それほどのダメージは受けて いないみたい。それにしても、強い。いったいどうすれば・・・。 「なるほど、さすがエロード姫側近の神官ですわ。魔力も、わたくしたちよりは高いようです」 「もう、感心している場合じゃないでしょ!」 「しかし、直接的な魔法は防ぐ事はできましても、このようなものはどうでしょうか?」  空ちゃんが魔法の詠唱を始める。 「いきますわ、束縛の風!」  空ちゃんの放った風の魔法が、マラードの体にまとわりつく。そして、その動きを完全に封 じてしまった。 「やった!」 「直接攻撃魔法は防げても、間接魔法は防ぎにくいってわけね。さすが空、考えたわね」 「ふふふ」  しかし、マラードは全然焦っていなかった。 「これで私の動きを封じたつもりか?」  マラードはそう言うと、風の鎖をあっさりと引きちぎってしまう。 「そんな」 「ば、化け物」 「真の戒めの魔法というのは、こういう物のことを言うのだ。くらえ、シャドー・バインド!」  マラードが再び魔法を放つ。黒い巨人の体の一部が、触手のように伸びて私たちに襲いかか ってきた。あらゆる方向から襲ってくるその闇を、かわしきることなんてできない。私たちは、 すぐにその黒い闇に捕われてしまった。  黒い闇が、乙女を包み込むように広がってくる。振りほどこうにもつかみ所がなくて、それ なのに絡み付かれた部分は自由がきかなくて。いつのまにか、私たちの乙女は黒い闇に完全に 包み込まれてしまっていた。  さらに闇は、隙間からラビアースの鎧の内側へも侵入してきた。乙女の素肌に、闇が直接触 れる。ラビアースの肌を、闇が這っていく。ぞくっ、とするような冷たい感触。闇は空気みた いではなくて、まるで粘土やゼリーみたいな感じだった。闇はゆっくりと乙女の肌を包み込ん でいく。ラビアースの小振りの胸も闇に覆われてしまった。その敏感な部分を、闇はそっと揉 んでいく。 「うっ」  まるで自分のに触れられたように、私は反応してしまう。そう、ラビアースの感覚は、私の 感覚でもあるんだから。闇は、さまざまな形に変化してラビアースの胸を愛撫した。表面を毛 のように変えてくすぐったかと思うと、舌のようにざらざらになって舐め回す。さらに、人の 指のようなものを作り上げて、胸の先端を摘み上げる。 「あ、いや」  いじられているのは、胸だけじゃない。闇に触れている部分全てを、撫でられたり、くすぐ られたりした。首筋や背中、わきやおへそなんかも闇が這いまわる。全身を舐めまわされるよ うな感覚に、私は声を上げる。  乙女の体を弄びながらも、闇は少しずつ範囲を広げていく。太ももを這い上がり、お腹をゆ っくりと下っていき、闇はあの場所へと迫ってきた。私は闇を振り払おうとするけど、乙女は セメントで固められたみたいになっていて、まったく身動きができない。その間にも、闇は目 的地へと近づいて来る。もう、それを止める事はできかった。そして、闇がその部分に触れる。 「あっ」 『くっ』  私の喘ぎ声に、ラビアースの声が重なる。刺激に声を上げたのは、私だけじゃなかった。そ うだ、実際に責められてるのはラビアースの体なんだ。なんとかしないと、ラビアースが・・・。  私は再び乙女を解き放とうとするけど、やっぱり無駄な努力に過ぎなかった。あの炎の羽も、 絡みついた闇を焼き払う役には立たなかった。  身動きの取れない乙女へのいたぶりは止まらない。闇はラビアースの花びらを開き、その内 部へと侵入してきた。敏感な突起を指のように摘み、無数の毛になって撫でる。さらに、舌の ようになった闇が、ラビアースの花を舐めまわした。ぬるりとして感じられるそれが、ラビア ースが濡らしていることを私に教えてくれる。乙女もやっぱり感じるんだ。そういえば、ここ の温度がずいぶん上がってきている。ラビアースの体が、熱くなってきている証拠だった。  でも、他人事ではない。ラビアースの肌を通じて、私の体だって責められているんだから。 闇がラビアースのあそこを這いまわるたびに、私も体をはねさせていた。  やがて、闇が女の子の穴の入り口になにかを押し付けてくる。棒状の堅い物体・・・。それが 何かを知って、私は必死に身をよじらせる。でも、いくら私が体を翻しても、肝心の乙女は闇 に捕らえられているからピクリともしない。無防備なラビアースのあそこに、闇はゆっくりと 侵入してきた。 「う、あ・・・」  体の中に異物が押し入ってくる感覚。指なんかとは比べ物にならない程の圧迫感。それに私 は呻き声を上げる。実際に入れられているわけではないんだけど、その苦しさは全く変わらな かった。  ラビアースの中で、闇が動き始める。お腹の中を、今までなにも触れる事のなかった体の奥 をかき回される。それは、上下左右に動き、中の壁を擦り上げた。さらに、闇は中でもその姿 を変化させる。柔らかい毛を生やして内部を軽く撫で上げ、指のようになって壁を突っつく。 ラビアースの中で、強く、激しく動き回る黒い物体。でも私の体は、すでにそれを受け入れて いた。私の心の中は、もう苦しさではなくて別の感覚が支配している。気が付くと、私は甘い 吐息ばかりを吐き出していた。  執拗にラビアースを、そして私を責め続ける闇。私は喘ぎ声を上げ続けることしかできない。 そして、頂上に達しようとした時、乙女が横から攻撃を受けた。  激しい衝撃に乙女は吹き飛び、地面に叩きつけられる。その痛みで、私の意識は現実に引き 戻された。 「あっ、いけない」 「み、水さん。もう少し手加減なさいませんと」 「ごめん、望。大丈夫?」  メロウとセイレーンがこっちを見下ろしている。ラビアースを覆っていた闇は吹き飛ばされ、 代わりに冷たい水が乙女を濡らしてた。そうか、今のは水ちゃんの魔法だ。 「ありがとう、・・・水ちゃん」  声を抑えて、私は言葉を出す。 「そうよ、感謝しなさいよ」  さっきの失敗をごまかすかのように、胸を張る水ちゃん。 「でも、その水さんをお助けしたのはわたくしですが」 「空! それ黙っててって言っといたじゃない」 「あっ、すみません。それでは、今のは無しです」 「もう、いいわよ」  軽い口調で言い合う、水ちゃんと空ちゃん。二人が私の気持ちを解ぎほぐそうとしてくれて いるのはわかった。でも、私は・・・。 「ラビアース、大丈夫?」  私の力不足のせいで体を汚された乙女に、私は声をかける。 『わたしは平気よ。かなりご無沙汰してたんで、ちょっと戸惑っちゃったけどね』  私に心配かけないように、明るい口調で話すラビアース。 『わたしは大丈夫だから。それに望だって。だから・・・』  ラビアースが言おうとしていたことを、その時の私は本当に理解してはいなかったと思う。 心の中に湧き起こる感情を、私は抑えようとはしなかった。真っ赤な炎となって、それは外に 現れる。私は無造作に、その炎を放った。  狙いもつけずに放たれた炎の花びらは、全然見当違いの城の城壁に激突した。そして、壁を 一瞬で溶かしてしまう。 「えっ? 今のって、新しい魔法?」 「なるほど。わたくしたちは、知らず知らずのうちにレベルアップしていたのですわ。乙女を 甦らせるほど成長したわたくしたちは、より強力で高度な魔法も使えるようになっているので す」  今ならいける。三人の魔法を合わせれば、あいつを倒せる。 「水ちゃん、空ちゃん。三人の魔法を!」 「え? え、ええ」 「あっ、は、はい」  これで終わりにする。受けろ、マラード! 「赤い華!」 「青い嵐!」 「緑の烈風拳!」  私の放った炎の花びらが、水ちゃんの水の渦が、空ちゃんの風の刃がいっせいにマラードに 襲いかかる。マラードはまた闇の壁を出し防ごうとするけど、今度は私たちの魔法を止める事 は出来なかった。三つの魔法は防御の壁を貫き、黒い巨人を吹き飛ばした。  土煙が晴れた時、そこに巨人の姿はなかった。立っているのは、生身のマラードだけだ。黒 いマントはもうボロボロ。かなりの傷を受けていて、立っているのもやっとという感じだった。 その姿を見て、私を支配していた感情が急速に消えていくのがわかる。我に返った私にとって、 それはとても痛々しい光景だった。 「あなたの負けよ。エロード姫を返してもらうわ」  水ちゃんもその姿に、もう攻撃をする気を失くしたんだろう。そう、これ以上戦うのは無意 味だから。 「姫は、渡さん。私は、姫を守ってみせる」  でも、マラードの方は戦意を失ってはいないみたいだ。こんなになってまで、どうして。 「守るって、姫を幽閉しているのはあなたでしょ!」 「お前達も見たのだろう。城での姫の姿を!」  その言葉で、私は初めてこの世界に来た時のことを思い出した。大勢の人の前で裸を晒し、 あそこをいじらせていた姫を。恥ずかしいことを続けていたエロード姫の姿を。 「姫は連日、あのような恥態を晒し続けているのだぞ!」  マラードは、激しい怒りを込めて叫ぶ。 「それでも、姫を連れて帰るというのか。姫をあの恥辱の舞台に戻そうというのか!」  もしかして、マラードの本当の目的って、 「でも、それは仕方のないことでしょう? エロード姫は、この世界の柱なんだし」 「何故姫だけなのだ。柱であるというだけで、何故エロードだけがそのような仕打ちを受け続 けねばならん!」  柱であるエロード姫を・・・。 「ですが、そうなさらなければこの世界が崩壊してしまうのですから」 「ならば、崩壊してしまえばいい。一人の少女を犠牲にしなければ成り立たぬ世界など、いっ そ消滅してしまえばよいのだ」  マラードの恐ろしい言葉。でも、その哀しげに放たれた言葉を、正面から否定することはで きなかった。城でのエロード姫の姿を見ていたから。マラードの心を、知ってしまったから。 「エロード、私は愛するお前を、必ず守って、みせ・・・」  マラードは、言葉を終える事ができずに地に伏せた。どうして、こんなことに。私、マラー ドを倒せば全てが上手くいくと思っていた。でも、そうじゃなかった。相手は、悪の魔王でも なんでもなかったんだ。一人の女の人を愛する、普通の男の人だったんだ。 「終わった、わね」  力なく呟く水ちゃん。確かにこれでエロード姫は取り戻せるだろう。でも、私たちは、 なんかやりきれない気持ちを胸に抱えていた。 「マラード?」  澄んだ声で、私は現実に戻る。いつの間にかここに来ていた導師クリスに手を引かれて、白 いドレスを来たエロード姫が城から姿を現していた。倒れているマラードに気が付き、クリス の手を振り解いて駆け寄っていく。 「マラード、マラード!」 「エロード姫・・・」  私は遠慮がちに声をかける。 「結局、これしかなかったのですね。羞恥騎士の力でも、彼を救うことは・・・」 「えっ!」 「わたしは、マラードを救ってもらいたくて、それで羞恥騎士を召還したのです。マラードが、 私のことを想ってくれていたのはわかっていました。彼がわたしの為に全てを、この世界さえ も犠牲にするつもりなのも。だから、わたしはその前に、彼が恐ろしい計画を実行に移す前に 彼を止めて欲しくて、あなた達を召還したのです」 「で、でも私たち・・・」  クリスからは、マラードを倒して欲しいと聞いた。 「マラードの心を変えられないのはわかっていた。真実を教えれば、お前達は戦いを躊躇した だろう。そんな心で戦えば、敗れるのは必至。若い少女達の命を、無駄に散らす事はできんだ ろう」 「だからって・・・」 「もういいのです。これで、全て・・・」  言葉の途中で、姫はうずくまって苦しみだした。 「大丈夫、エロード姫?」 「だめ、抑えられない」 「エロード姫!」 「早く逃げて。でないと、わたしはあなた達を・・・」  乙女から降りようとしていた私たちを、姫は強い口調で制止した。 「どうしたの? エロード姫」  でも、姫からの反応はない。改めてかけようとした声は、姫の声にかき消された。 「・・・るさない」 「えっ?」  姫の様子は、さっきまでとは明らかに違う。まるで別人だ。その表情は、私たちへの憎悪に 満ちていた。 「わたしはお前達を。マラードの命を奪った羞恥騎士を許さない!」  エロード姫の体に、さっき吹き飛ばした黒い闇が吸い込まれていく。それと同時に、姫の体 に変化が起きた。その体が急激に成長を始める。胸が膨らみ、背が伸びて、少女の体が一瞬に して大人の物に変わった。さらにその体が膨らみ始める。豪華なドレスを引き破り、どんどん 巨大化していき、その大きさが私たちの乙女と並ぶくらいになって、ようやく止まった。 「羞恥騎士、わたしはお前たちを許さない!」  巨大化したエロード姫は、憎しみに満ちた瞳で私たちをにらみつけていた。


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