第11話「些細なる変化」
結愛子と奈緒の和解の握手は男子社員たちにとって何とも言えない感動
の光景に見えていた。
あまりの嬉しさからか、あちこちで男子社員同士が抱きつき感動を分か
ち合う。異様な光景だが、男と抱擁してまでもいいほど嬉しい想いがいっ
ぱいなんだろう。
何せ、結愛子や奈緒のストリップが見ることができ、奈緒に関しては恥
部の全てを見ることが出来たのだから、男子社員たちの感動は底が知れな
い感じだ。
特別夕食会の方は、この2人の和解の後で終了することになり、男子社
員たちが名残惜しみながら座敷をあとにする。
きっと、彼らにとっては今日の出来事は一生の思い出になったに違いな
い。
そして、座敷に残ってたのは社長と奈緒、奈緒の取り巻き2人と結愛子、
酔いつぶれて寝てる川阪だけとなった。
まだ、結愛子も奈緒も服を着ておらず、男子社員が帰ったことでようや
く服を着ることが出来た。
結愛子がさっそく服に着替えようとした時、突然社長が近くにやってき
て床に手のひらをつけ、頭を叩くようにしながら謝った。
「今回のことは本当に済まなかった。女性の君にあんな恥ずかしいことを
させるなんて私は最低な男だ。川阪のように君も私のことを殴ってくれて
もいいんだ。いや、気が済むまで何でもしてくれ」
「しゃ・社長。私はもう気にしてませんから。奈緒さんの謝罪だけでも十
分ですし、娘のために嘘をつく社長の気持ちも分かりますから」
「だが、私は君の恥ずかしいとこまでも見てしまってるんだ。償いは何で
もするから遠慮なく言ってくれたまえ」
「いえ、気になさらないでください。償いさせるほどのオーバーなものじ
ゃないんですから」
「ありがとう、桜野君。こんなに出来た社員はわが社にはもったいないぐ
らいだ。勝手な頼みだが、これからも是非、崎長食品会社で頑張って欲し
い。決して辞めないでくれ」
「辞めるなんていいませんから。もちろん、これからも頑張っていきます
ので、私の方こそよろしくお願いします」
「ありがとぉ..ありがとぉぉ..」
「社長、もう頭をあげてください」
結愛子の寛大な言葉に社長の顔は感動でグシャグシャになっており、涙
と鼻水を垂らしながら、頭をあげた後も何回も謝ってきた。
こうして、今回の恥辱の件は社長の必死な謝罪で何とか丸く納まった。
その後、結愛子は酔いつぶれて寝てた川阪を起こし、奈緒や社長に一礼
して座敷を出て行くことにした。
「では社長、奈緒さん。私たちはこれで失礼いたします」
「川阪のこと、すまんが頼んだぞ」
「桜野さん、気をつけて帰るのよ。隼人は、その辺に置いといて帰っても
問題ないから」
「いえ、とりあえず会社に戻って課のソファに寝かせておきます。それで
は失礼します」
「本当に気をつけてね。桜野さん」「はい」
川阪に肩を貸しながら座敷を出て行く結愛子に手を振って見送る奈緒。
が、このあとで奈緒の微笑む表情が豹変した。
「・・・桜野さん。本当に私、今日のことずっと忘れないわよ。この私に情
けやあわれみをかけるなんて百年早いわよっ!今日、情けをかけたことを
ずっと後悔するようにしてあげるわ。桜野 結愛子の媚肉料理はこの私が
いつか必ず実現してあげるわ!あっははははははは〜」
どうやら、奈緒をますます本気にさせてしまった結愛子であり、今回の
ことが序の口になるぐらいの出来事が、これからも起きるのかも知れない。
そんな風に思われてるとは知らずに、奈緒と和解ができたと思って安心
した結愛子は川阪を担ぎながら、1度会社に戻ることにした。
今日は川阪のおかげで最悪の展開にならずに済み、結愛子は心の底から
感謝していた。
「川阪さん、しばらくソファで寝ててください。終電近くになったら、ち
ゃんと起こしますので」
「ひっく..桜野さんか..会社に戻ってきたのか?」
「本当なら、川阪さんの家まで送りたいのですが..私、川阪さんがどこ
に住んでるか知らないので」
「ああ..別にここで構わないぜ。どーせ、ここで寝るつもりだったから」
「・・・んも〜。ここは川阪さんの家じゃないんですからね」
「桜野さんは、もう帰っていいぜ。俺は本当にここに寝るつもりだから。
家になんか帰ったら明日会社にこれる自信がないからな」
「・・・まったく〜、川阪さんったら」
「まあ、そーいうことで桜野さんは帰ったほうがいい。帰ったら、お尻を
冷やしたほうがいいぞ」
「・・・やっぱり、あのふすまはちゃんと狙って投げたんですね?」
「さあ、何のことやら俺には分からんな。ただ、あまり奈緒のことを悪く
思わないでやってくれ」
「・・・あ・あの..こんなこと聞いていいんでしょうかって思うんです
が、川阪さんと奈緒さんは..そのぉ..付き合っているんですか?」
「昔はな..一応、あいつとは仕事でパートナーを組んでたこともあった
んだが、今はパートナーも解消されて、付き合ってもいない」
「そうなんですか..パートナーっていうことは何か新製品の開発でもし
てたんですか?」
「ああ、そんなとこだな。ただ俺があまり仕事をしないから、あいつが怒
ってパートナーを解消してきたんだよ」
「・・・よくそれでクビになんないですね..社長令嬢の奈緒さんを怒ら
すなんて誰も出来ませんよ」
「別にクビになってもいいんだがな。辞めさせてくれないんだよ。まあ、
この会社に無理やり誘ってきたのも奈緒だし、付き合ってと迫ってきたの
もあいつの方なんでね」
「・・・ずい分ともてるんですね..」
「やめてくれよ。俺は女を弄ぶ気はないし、奈緒にとってもこんな俺と付
き合っても何のメリットもないさ..」
普段あまり自分のことを話さない川阪が口を開いてきた。
川阪が奈緒と知り合ったのは、とある学生の料理コンクールだった。
そのコンクールには当時、高校生だった奈緒が出場しており、惜しくも
準優勝という結果になった。
が、奈緒はこの2位が納得いかず、審査委員たちに抗議し始めた。
この時、川阪はただの観客だったが、この奈緒の抗議が気になって、強
引に会場へ上がって出場者たちの料理を食べていった。
「何だ、この優勝者の料理は..こんな味でよく優勝できたな。これは見
かけだけだの料理だな。これじゃ、抗議したくなるのも分かるな」
このあとで川阪は優勝者の料理の駄目押しをすると、審査委員たちも自
分たちの非を認めて、審査のやり直しとなった。
どうやら、コンクールの大スポンサーの社長令嬢を優勝させたくて、甘
い審査をしたらしい。
が、この川阪の余計なおせっかいが、まさか奈緒の心を動かしてしまう
とは川阪は思いもしなかっただろう。
それ以降は奈緒の一方的なアプローチが始まり、川阪の行動を勝手に調
べて、行く先々に押しかけてきた。その頃の川阪は大学生であったが、大
学にはほとんど行かず全国の料理を求めて、あちこち回っていた最中であ
り、ここで奈緒は川阪の料理の知識が半端ないほど、すごいのを思い知ら
させてますます惹かれてしまった。
ただ、この頃の奈緒が女子高校生であったため、2人の関係はピュアの
ままで数年つづくことになった。
そして大学を何とか無事に卒業できた川阪を強引に自分の父親の会社へ
誘ってきたらしい。
奈緒としては、川阪とはそろそろ深い関係になりたかったらしく、高校
を卒業してからは何回か自分から過激なアプローチを仕掛けてきた。
が、川阪の方は全然応える様子はなく、女性のプライドを傷つけられた
奈緒は好きだった川阪を自分から振ってきた。
ただ自分に女性の魅力がなくて破局になったのではない!川阪が女に興
味ない料理バカと周りに理解させるために、自分と同じぐらいのレベルの
女子社員を川阪に面倒見させることに仕向けてきた。
その白羽の矢が当たったのが新入社員として入ってきた結愛子であった。
「・・・とそんな感じで、桜野さんの教育担当になったんだよ。まあ、奈緒
の言うとおり、俺は色恋には興味ないんでね。変と思われるかも知れない
が俺の頭は料理のことだけでいっぱいなんだ。女と付き合うゆとりなんて
ないのさ」
「・・・その割には、相当なグータラぶりなんですが..まあ、今日は助
けてもらったので強くは言いませんけど..」
「俺が求めてるのはもっと違うもんでな。そうでなければ、”あいつ”に
はずっと勝てないからな」
「あいつ?誰かと勝負してるんですか」
「いや、今のは聞かなかったことにしてくれ。ともかく、今の俺には料理
のことしか頭にないんだよ」
「そうなんですか..」
(だから、酔っ払ってもあれだけの味の判断が出来るのかしら。私は何度
も確認して、あの答えを導き出したのに..)
「そういえば、桜野さん。あの料理が大プロジェクトの問題だったそうだ
な。あれを正解するとは桜野さんには恐れ入ったよ」
「いいえ、そんなすごいことじゃ..私なんかより、一発で当てる川阪さ
んの方がすごいと思いますが..」
「俺は常に味を疑う癖があるからな。それに、あれぐらい分からないよう
じゃ、あいつには敵わないしな」
「・・・・・」
(あいつって..いったい誰のことの言ってるのかしら..)
この時の結愛子はまだ川阪のことをよく知ってないので、川阪が敵対す
る相手が分からなかったが、後々この人物が結愛子の人生を大きく変えて
くることになるのであった。
「川阪さん、どうせ泊まる気満々みたいだから夜食だけ作って置いときま
すね」「サンキュー、桜野さんの夜食を食べれるとはついてるな」
「そんな大したものじゃないですよ。不味くても文句言わないでください
ね」と言うと結愛子は夜食を作りに給湯室の方へ向かった。
30分後、結愛子が作ってきたのは具が何も入ってない塩おにぎりだった。
「おかずが無かったので、これで我慢してくださいね。じゃあ、私はそろ
そろ家に帰りますから」
「ああ、ゆっくり食べさせてもらうよ。桜野さんは早く帰った方がいい」
「じゃあ、お言葉に甘えて失礼しますね」
あまり川阪の鋭い味の指摘を聞きたくなかったのか、結愛子は川阪が夜
食を食べる前に急いで会社を出て行った。
川阪はまだ何も言ってなかったが、こんな何の変哲も無い夜食が出てく
るとは思っていなかったらしい。
「まさか塩おにぎりだけとはな..奈緒とは大違いな夜食だな。まあ、奈
緒みたいに胃にもたれる豪勢な夜食を出されても困るんだがな」
ちょっと期待が外れた川阪はとりあえず塩おにぎりを口にしたのだが..
「!!おいっ..これはどういうことだ?何だ、この美味さはっ!そうか!
ご飯一粒一粒がつぶれない完璧な握り具合、米のうまさを引き立てる絶妙
な塩加減っ!いやっ、一見何も具が入ってないと見せながら隠し味を加え
て美味さを何倍にもしてやがるっ!だが、この隠し味は一体何だ?俺にも
分からない味を加えてくるとは..これは参ったな」
あまりの美味さに、どんどん口に放り込んでしまい、隠し味を突き止め
る前に平らげてしまった川阪だった。
一方、結愛子は帰りの電車に乗ってる途中であり、ヒリヒリするお尻と
胸を気にしているとこであった。
(帰ったら、薬を塗らなくちゃ..まさか胸までこんな風になるとは思っ
てもいなかったわ..川阪さん、変な文句言ってないといいけど..)
実は結愛子は夜食を作る時に大失敗をしており、川阪が文句を言ってそ
うな気がしてならなかった。
その大失敗とは何と炊いたご飯を一度こぼしてしまったのであり、こぼ
した先は自分の服の中だった。
どうやら給湯室が暑かったらしく、ブラウスのボタンを胸元まで外して
ご飯を炊いていた。
そして、炊き上がったご飯を炊飯器から取り出そうときた際に..
「ああっ!」ツルッ。
何と炊飯器を抱えて転んでしまい、中のご飯をあろうことに自分の服の
中に撒き散らしてしまった。
幸いなことに、ほとんどのご飯は結愛子の胸の谷間でまとまっていた。
だが、すでに炊きなおすご飯はなく、いろいろ考えたあげく、悪いと思
いながらもそのまま拾い上げて塩おにぎりを作ったらしい。
(床にこぼれたわけじゃないし..私の胸も汚いわけじゃないから、大丈
夫よね)
こうして出来た塩おにぎりなので、川阪が見抜けなかった隠し味とはど
うやら結愛子の胸から染み出た何かしらの成分かも知れない。
後日、料理のことしか頭にない川阪が結愛子に塩おにぎりの隠し味につ
いて聞いてきたが、当然のことながら隠し味なんて入れてないという返事
しか返せない結愛子だった。
(隠し味が効いてて、美味しくなったっていうけど本当に塩しか使ってな
いのに..思い当たることといえば胸にこぼしたってことだけど、まさか
それが隠し味ってわけじゃないよね?)
その後も、川阪があまりにも繰り返し絶賛してきたせいか、どうしても
気になった結愛子は次の昼食時に同じおにぎりを出すから確認して欲しい
と頼んでしまった。
(ここは、胸のせいじゃないことをはっきしさせないと..)
そして、昼食前に炊飯器を持って、誰もいない資料室へ急いで向かった
結愛子。
絶対あり得ないと思いながらも上着を脱ぎ、ブラを外して恥ずかしいト
ップレス姿となった。
(ぁぁ..こんなとこで、おっぱいを出してると思うと気持ち悪くなるわ)
気持ちを落ち着かせながら、火傷しないように少し冷ましたご飯をおっ
ぱいによそってから軽く揉んでいく。
揉んだ後は普通に手で塩おにぎりを結んでいくが、この間もおっぱいは
丸出しなので結愛子にとってはかなり恥ずかしい。
(ぁぁ..何でこんな格好でおにぎりを作らなくちゃいけないの..いく
ら誰も居ないからって、おっぱい丸出しなんて..)
いろいろな葛藤を繰り返し、何とか出来上がった塩おにぎりを持って課
内に戻ると、何故か川阪以外の男子社員たちも試食に参加してきた。
(うそぉ..食べるのって川阪さんだけじゃないの?)
何か変なことを言われないか結愛子がドキドキしてる中、試食は開始し、
すぐさま美味しすぎるとの絶賛の嵐がきた。
誰もが隠し味が効いてるんじゃないかと言ってる中、結愛子は恥ずかし
さがこみ上げてきたらしく、顔を真っ青にして洗面所の方へ駆け込んでい
った。
この後で、隠し味について追求されたが結愛子は誤魔化して、その場を
何とか切り抜けた。
が、また何かの機会に作る約束をしてしまったので、その時にはまた恥
ずかしいことをしなければいけない結愛子だった。
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