第84話「まだまだ起こるハプニング」


 体育館に設営された祭壇の前で、笛地と久遠寺先生が向かい合って立っ
ていた。
 美しく装飾された会場には、生徒たちの手作りの温かさが溢れており、
祭壇の前には、神父の代わりを務める名歯川が立っていた。
 あの絶対権力教師としての姿とは打って変わって、厳かな黒い法衣を身
にまとい、まるで本物の神父のような威厳を醸し出していた。
「本当にこんな大役、我輩にまかせていいのだべぇぇ〜?」
「俺にとっても師みたいなものだから、構わないさ。高校時代はあんたの
おかげで楽しめたし」「…いや、女子たちには全員嫌われてたけどね..」
「懐かしいだべぇ〜。絶対権力風紀委員としての笛地の罰は、飯が美味し
くて最高のおかずだっただべぇ〜」
「コホン、そろそろ、続きをしてもらっていいかしら」
「おお、すまんだべぇ〜。では、永遠の愛を誓う聖なる儀式を始めるだべ
ぇぇ〜」
 いつもの名歯川らしい雰囲気に、あちこちからくすくす笑いが漏れる。
 だがその笑いは決して冷やかしではなく、緊張をやわらげる小さな灯の
ようであった。
 生徒たちは背筋を伸ばしながらも、どこか肩の力が抜け、会場全体がふ
っと柔らかい空気に包まれた。

「まず、新郎新婦に誓いの言葉を述べていただくだべぇぇ〜。ちなみに、
許奇での呼び方はもうややこしいから、今日はこのまま笛地でいくのだべ
ぇぇ〜」
 そんな中、壇上の隅で、未だに全裸のままの葉須香がそっと手をあげて、
話しかけてきた。
 首には「結婚式でも葉須香は忘れました」の札をかけてままで壇上に立
っており、手には式進行の台本を抱えていた。
「あ、あの〜……すみません。私だけまだ裸のままなんですけど、こうい
う大事なところは服を着た方が……」
 その声が響いた瞬間、会場は一瞬しんと静まり返った。確かに大事な誓
いの言葉が始まるのに、葉須香だけが場違いな姿のままだった。
 名歯川はしばらくじっと葉須香を見つめ、やがてニヤリと口角を上げた。
「……いや、その方が葉須香らしいべぇぇ〜。むしろ馴染んていたので、
このままでも問題はないのだべぇぇ〜」
「えっ、えぇぇぇぇ!? このままですかぁぁ!?」
 丸出しのおっぱいを揺らして涙目になり葉須香。会場に再びくすくす笑
いが広がる。
 笛地は肩をすくめて苦笑した。
「まあ、色々忘れたお前の罰なんだし、誰も止めなかったのは、みんな自
然に受け入れてた証拠だな」
 久遠寺も笑いながらうなずいた。
「そうね。もうすっかり見慣れちゃったもの。むしろ今日一番の思い出に
なるわ」
「そ、そんなぁぁぁぁ!記念写真とか全部、この姿で残っちゃうんですけ
どぉぉ!」

 葉須香の必死の抗議に、会場からも「今さらだよなぁ」「その方が記憶
に残っていいんじゃないか」と温かい声が飛ぶ。
 校長からも「…これも教育の賜物ですな」とあり得ない言葉すら上がり、
会場全体がどっと笑いに包まれた。
 名歯川は満足げに大きくうなずき、再び厳かな声を張り上げる。
「そういうことで、葉須香はそのままで誓いの言葉を続けるだべぇぇ〜。
これも愛と絆のひとつの形だべぇぇ〜」

 新郎新婦の隣に、首から札をかけた全裸の葉須香が並ぶという異例の光
景。それでも誰一人違和感を覚えることなく、むしろ心の底から笑顔で見
守っていた。
 名歯川が白い牧師ストールを揺らしながら祭壇の前で声を響かせた。
「それでは、新郎・笛地 正人、誓いの言葉を述べるのだべぇぇ〜」
 会場の視線が新郎に集まる。笛地は背筋を伸ばし、少し照れながらも口
を開いた。
「俺、笛地 正人は……これからの人生、どんな時でも夢歌衣を支え、笑
わせ、そして困らせすぎないように努力することを誓います」
 その言葉に会場から小さな笑いが起こる。するとすかさず裸の葉須香も
手を胸に当てて、しみじみと頷いた。
「わ、私も絶対に忘れ物しないと誓います」
 会場にまた笑いが広がった。笛地は横目で葉須香を見て「忘れたら、新
しい罰してもらうからな!」と突っ込むと、さらに笑いの渦が起こった。
 続いて名歯川が声を張る。
「では、新婦・久遠字 夢歌衣、誓いの言葉を述べるのだべぇぇ〜」
 久遠寺は深呼吸をしてから、優しい笑みを浮かべて言った。
「私、久遠字 夢歌衣は……どんなに忙しい時でも、正人に温かいお弁当
をずっと作ってあげることを誓います。そして、もし罰で暴走したら……
わかってるよね」
 会場からどっと笑いが起こる。新郎の笛地も「そこは誓うんじゃなくて
忠告かよ」と苦笑した。
 するとまたもや葉須香が手を広げ、真剣な顔で言った。
「もう忘れ物をしないから、罰も暴走しないです」
「……………」
「……………」
「本当に!忘れ物しないんだからぁぁぁ」
 2人の無言の返しに、会場が一斉に吹き出すと名歯川が「まあ、レベル
アップを期待するだべぇぇ〜」と満足げにうなずき、厳かに締めくくった。

「これにて、新郎新婦は互いに愛と責任を誓った……そして葉須香が証人
になったのだべぇぇ〜」
 祭壇には、新郎・新婦・そして全裸の葉須香。
 その不思議な並びが会場全体を笑顔に変え、誓いの言葉は誰もが忘れら
れない瞬間となった。

「よし、それでは次に指輪の交換に移るだべぇぇ〜。愛の誓いを目に見え
る形にする、大切な儀式だべぇぇ〜」
 笛地と久遠字は、少し緊張した面持ちで祭壇の前に進み出た。生徒たち
の手作りのリングピローにのせられた小さな箱。会場はしんと静まり返り、
誰もが神聖な瞬間を見守ろうと息を呑んでいる。

 ――のはずだった。
「あれ?」
 葉須香の顔が青ざめた。リングピローの上には、美しい刺繍が施されて
いるだけで、肝心の指輪が見当たらない。
「指輪...忘れました...」
 葉須香の小さなつぶやきが、静寂に包まれた会場に響いた。
「え?」
 久遠寺の笑顔が少しずつ崩れていく中、葉須香が蚊の鳴くような声で言
った。
「あの...その教室に指輪を...忘れました...」
 会場がざわめき始めた。近くにいた笛地もこれはやばいと青ざめていた。
 久遠寺の顔は笑っていた。口角はきちんと上がり、目元にも柔らかな皺
が寄っている。けれど、その笑顔はどこか張りついたようで、見ている者
の背筋にじわりと冷たいものが走る。
 こめかみには浮き上がった血管が一本、脈打つたびに微かに震えている。
指先はわなわなと震え、肩はわずかに上下し、呼吸が浅く速かった。

「葉須香ちゃん...」
 久遠寺の声は穏やかで、笑顔も崩れない。だが、その言葉の裏には、噛
み殺した怒りが確かに潜んでいた。
 まるで、春の嵐の前の静けさ。会場の緊張が最高潮に達し、生徒たちは
固唾を呑んで見守っていた。
 その時、名歯川がにこやかに声を上げた。
「よくやった葉須香。これはナイスな忘れんぼだべぇぇぇ〜!」
 全員の視線が名歯川に向くと、法衣の中から、小さな宝石箱を取り出し
た。
「実は、こんなこともあろうかと思って、お祝いの指輪を用意していたの
だべぇぇぇ〜」
「え?」「指輪?」
 久遠寺と笛地が驚く中、宝石箱を開けると、中から美しい大きいプラチ
ナの指輪が現れた。ダイヤモンドが上品に輝いている。明らかに高価な指
輪だった。
「笛地のはあとで別にもらうがいいのだべぇぇ〜。これは久遠寺を娘のよ
うに想う我輩からのお祝いの指輪だべぇぇ〜」
「って俺が買った指輪より、めちゃくちゃ大きいだろ..」
「安心するがいい!我輩が妻に捧げた結婚指輪はこれの10倍だべぇぇ〜」
 その名歯川の言葉に会場からは、奥さんどれだけ愛してるんだよ!やっ
ぱラブラブだったんだと歓声があがった。

 名歯川のサプライズにより、葉須香はほっと胸をなでおろした。久遠寺
の表情も和らいでいる。
「ありがと、名歯…ううん、エロ親父っ」
「久々にそれを聞けるだけで、我輩は満足だべぇぇ〜!では、改めて指輪
交換を行うだべぇぇ〜」
 笛地が久遠寺の薬指に指輪をそっと通した。
「夢歌衣、この指輪と共に、俺の愛を受け取ってください」
 続いて久遠寺が笛地の指に指輪を通す。
「正人、この指輪と共に、私の愛をお受け取りください」
 二人の指に輝く指輪を見て、会場が温かい拍手に包まれた。
 葉須香も安堵の表情で拍手している。まさか名歯川に救われるとは思わ
なかった。

「それでは、神聖なる結婚の誓約を宣言するだべぇぇぇ〜」
「笛地 正人、久遠字 夢歌衣を妻とし、病める時も健やかなる時も、愛し
続けることを誓うのだべぇぇぇ」
「誓います」笛地がはっきりと答えた。
「久遠字 夢歌衣、笛地 正人を夫とし、病める時も健やかなる時も、愛し
続けることを誓うのだべぇぇぇ」
「誓います」久遠寺の声に感動が込められていた。
 名歯川が微笑み、両手を広げて言葉を続ける。
「その誓いは、神の祝福のもとに結ばれたのだべぇぇ。互いの言葉を忘れ
ず、これからの人生はラブラブの夫婦を歩むのだべぇぇぇ」
 会場が割れんばかりの拍手と歓声に包まれる中、新婦のキスとなった。

「それじゃ、新郎は新婦にキスしても良いだべぇぇぇ」
 名歯川の言葉に、生徒たちがきゃあきゃあと歓声を上げた。
 笛地と久遠寺が恥ずかしそうに見つめ合った後、静かにキスを交わした。
「きゃー!」
「おめでとうございます!」
 生徒たちの祝福の声が体育館に響き、式典が一段落すると、いよいよク
ライマックスのブーケトスの時間がやってきた。

「それでは、女子たちは前に集まるのだべぇぇぇ」
 名歯川の呼びかけに、女子たちが恥ずかしそうに前に出た。葉須香も友
達に押し切られて参加している。
 久遠寺が美しいブーケを手に取った。白いバラとカスミソウで作られた、
上品で可憐なブーケだった。
「みんな、準備はいい?」
「はーい!」
 久遠寺が振り返ると、女子生徒たちが元気よく答えた。しかし、ここで
名歯川の目に悪戯っぽい光が宿った。
「ちょっと待つだべぇぇ〜。何かお前たちも忘れているのだべぇぇ〜!」
 名歯川が封筒を手に持って高くあげた。それは金一封のような封筒だっ
たが、赤ペンで大きく「くぱあ」と書かれている。
「名歯川先生、まさかそれって...」
 葉須香が青ざめた。
「これは指輪を忘れた罰なのだべぇぇぇ〜。ブーケと一緒に幸せを掴んで
ほしいだべぇぇぇ」
 名歯川がにやりと笑った。どうやら、葉須香への忘れんぼの罰として用
意したらしい。

「えっと..そのくぱあって」
「処女膜がバッチリ見える完全くぱあなのだべぇぇぇ」
「いやあああああ〜。そんなの投げないでぇぇ」
 葉須香が必死に止めようとしたが、時すでに遅し。久遠寺がブーケを高
く掲げると名歯川も葉須香のくぱあ封筒を手にしている。
「せーの!」
 二人が同時に後ろに向かって投げた。美しいブーケが宙を舞い、葉須香
のくぱあ封筒もひらひらと舞い上がった。

「これは俺たちが絶対に取るぞ!!」「おおおぉぉ!」
 男子たちが封筒を追いかけ、女子たちがブーケに必死に手を伸ばす中、
ブーケは2年生の生徒会長がキャッチ。そして、葉須香のくぱあ封筒は...

 くぱあ封筒が空中でくるりと回り、男子たちが一斉に手を伸ばすが、ま
るで風に乗ったように、ふわりと男子たちの指先をすり抜けていく。
 誰もが必死で取ろうとしたその時だった。
――ドンッ!
 まるで地面を蹴った音が空気を裂いた。次の瞬間、エロ狸の校長が信じ
られないほどの高さで宙を舞っていた。

「えっ……校長!?飛んだ!?」
「なにその跳躍力!?狸か!」
 スーツの裾が風になびき、ハゲ隠しの帽子が少し浮き上がるほどの勢い。
校長の目は真剣そのもので、空中のくぱあ封筒に一直線。そして――
 パシッ!
 完璧なフォームで、両手でくぱあ封筒をダイレクトキャッチ。
……だけでは終わらなかった。
 着地の瞬間、校長はくるりと一回転し、足を揃えて、ふわりと地面に降
り立った。
「狸かよ!」
「って封筒の中を見せろぉぉ!」
 校長は自分だけが見えるように封筒の中をチェック。
「おやおや、これは……教育的に、ちょっと問題があるかもしれませんね
ぇぇ〜」
「今さら!お前が言うな!」「見せろぉぉ」
 男子たちの要望に対して、校長はくぱあ封筒を手に取り、にこやかに宣
言した。
「これは教育的な観点から私が預かります。見事な膜でした」
「いやああ、返してぇぇ〜。久遠寺先生、校長を何とかしてぇ」
 焦った葉須香が新郎新婦に助けを求めて勢いよく走り出す。でも、そこ
はブーケと一緒に舞った花びらが床一面にあり、足元がふわっと滑った。
「うわぁぁぁっ!」
 葉須香の体が見事に1回転。空中でくるんと回って、着地したのは…な
んと、新郎新婦のすぐそばで足を上にしての大開脚でピタッと止まった。

 笛地と久遠寺が周りをサッと見て、誰も注目していないことを確認し、
お互いに目を合わせて、夫婦の共同作業をした。
「「くぱあ入刀〜」」
 ふたりが葉須香の左右の大陰唇を掴んで、思い切り開いた。
 男子たちは残念ながら見逃したが、葉須香のおま●こは処女膜が見える
ほど大きく開かれたようだ。

「え?今のって!」
「しまった、見逃したぁぁ」
 葉須香が顔を真っ赤にしながら、床に座り込んで2人に怒っていた。
「本当に見られたら、どうするんですかぁぁ」
「まあ、これで全てハッピーエンドだべぇぇ〜。まあ、男子たちには追加
の大量封筒をあげるだべぇぇ〜」
「え?」
 名歯川が大量の封筒を男子たちに向かって投げると、一斉に拾い始める
男子たち。だが、封筒を開くと男子たちの悲鳴があちこちであがった。
「名歯川ぁぁぁ〜!てめぇぇ〜、はめやがったなぁぁ」
「何だ〜。このカントンチンポはぁぁぁ」「俺もカントンだぁぁぁ」
「よく考えたら、裾部に罰を与えるのを忘れてたべぇ〜。ママより怖いカ
ントンお仕置きだべぇぇぇ」
「師よぉぉ〜何てことをぉぉぉ〜」
 どうやら、葉須香のくぱあではなく、裾部のカントン写真を大量に投げ
たようだった。

「お前ら、そんな簡単には葉須香のくぱあは拝めないのだべぇぇ〜。葉須
香もこれに懲りたら、忘れ物をするんじゃないのだべぇぇ」
 名歯川先生が珍しく諭し、久遠寺も笑いながら言った。
「葉須香ちゃん、今度こそ忘れものしちゃダメよ。あと、今日は本当にあ
りがとう」
「葉須香、それにみんなも最高の結婚式をありがとう。俺たち夫婦は、今
日のことを一生忘れません」
 笛地が感謝を込めて生徒たちを見回した。

 こうして結婚式は大成功に終わった。指輪を忘れるという大失態もあっ
たものの、名歯川のサプライズと、最後のユーモラスなブーケトスで、誰
もが忘れられない素晴らしい式となった。

 結婚式が無事に終了し、体育館の外では美しく装飾された花嫁タクシー
が待機していた。白いリムジンスタイルの車両で、天井部分が大きく開放
され、まるでオープンカーのような開放感のある特別仕様だった。
「うおっ!これがブライダルカーか」
「わあ、素敵な車!」
 生徒たちが興奮して花嫁タクシーを取り囲んでいる。車体にはリボンと
花で美しい装飾が施され、まさに夢のブライダルカーだった。

「それでは、このベテランドライバーのミーが新郎新婦をお送りいたすで
ザンス」
 ドライバー姿になった教頭が運転手となり、丁寧にドアを開けると、久
遠寺と笛地が手を取り合って車に乗り込んだ。ウェディングドレスの白い
スカートが車内に美しく広がる。

「みんな、今日は本当にありがとう!」
 久遠寺が開いた天井から顔を出して、生徒たちに手を振った。
 その時、葉須香が慌てて走ってきて久遠寺の近くにやってきた。
「久遠寺先生、教室からとってきました」
「あっ!正人の指輪もあったわね..忘れてたわ」
「おいっ、肝心なもの忘れるな。他には忘れてないだろうな?」
「大丈夫だと思うけど」
「葉須香、すまんが、この紙に書いてあるものがあるか、軽く確認してく
れないか?」
「わかりました」
 笛地から渡された紙には、持ち物がちゃんと書かれており、今日一日、
何度も忘れ物をしてしまった自分への反省も含めて、葉須香は車に駆け寄
った。
「葉須香ちゃん。ありがとう。その格好だと恥ずかしいでしょ。車に乗っ
て確認してもらえる?」
「はい!」
 葉須香は迷わず車内に乗り込み、新婦の荷物を丁寧にチェックし始めた。
ハンカチ、リップ、香水、小さな鏡...
「今のところ全部ちゃんとあります」
「そうか、ありがと、葉須香」
 葉須香が報告すると、笛地も一安心したようだ。
 と同時に運転手の教頭が時計を確認した。
「食事会の会場への到着時間が迫ってるので、葉須香さんは降りて、さっ
さと出発するザンス。あと、周りのみんなも集まりすぎでザンス!」
 気が付くと多くの生徒たちが車の周りに集まって、久遠寺や笛地に言葉
を掛けていた。
「先生、お幸せに!」
「笛地!久遠寺先生を泣かすなよ!」
「2人ともお幸せに〜」

「ありがとう!みんなも元気でね!」
 感動的な場面となり、みんなが手を振っている。
「それでは、出発するザンス」
 教頭がエンジンをかけた。車がゆっくりと動き出すと生徒たちが追いか
けるように手を振り続けている。
 久遠寺と笛地も天井から身を乗り出して、生徒たちに手を振り返してい
た。
 こうして、車は学校の敷地を出て、街の大通りに向かった。開放的な天
井から心地よい風が吹き込み、まさに映画のワンシーンのような美しい光
景だった。
「いい天気で良かったな、夢歌衣」
 笛地が久遠寺に何回目かの熱い口づけのあとで言った。
「ええ、最高のジューンブライドになったわ。今日は寝かせないんだから」
「はは、まいったな」
 二人がラブラブいちゃいちゃムードになってる中、教頭が少し注意した。
「ミーも乗っているんだから、ほどほどにするザンス!」
「ごめんなさい。あっ、そういえば葉須香ちゃん、最後まで裸だったわね。
ちゃんと無事に帰ったのかしら」
「その辺は大丈夫だろ。今日は色々忘れてたけど、あれ以上忘れる事ない
だろ!」
「そうね」
 2人が笑う中、奥の座席から、そっと手をあげてきたものがいた。
「あ、あの..降り忘れました..」
「え?何でまだ乗ってるの」
「何で声を掛けないんだ」
「だ、だってぇぇ〜」

 実は葉須香は真剣に荷物を確認していて、車が動き出してから降り忘れ
たことに気づいた。
 だが、声を掛けようとしたら、2人が熱い抱擁をしはじめてしまい、し
ばらく様子を見るしかなかった。
 ここで運転手の教頭も後部座席の騒動に気づいた。
「これは不味いでザンス!もう高速に乗ってしまったザンス!こんなの見
つかったら、ミーたち全員アウトザンス!」
 確かに、今の葉須香はまだ全裸のままであり、首から札までかけていた
のであった。
「とりあえず、次のサービスエリアで俺が服を買ってこよう!」
「そうね、私が近くの駅から一緒に家まで送ることにするわ」
「私1人で帰れますので、2人はそのまま食事に行ってもらえれば」
「いや、1人で帰すなんて出来るわけないだろ」
「そうね。何かあったら大変だし」
「そ、そんな..」
 またもや、幸せムードが台無しになりそうな時、意外なハプニングが起
こった。
 走ってるブライダルカーの後ろから轟音をあげなから、2人乗りの750cc
バイクが迫ってきた。

「久遠寺ぃぃ〜!見つけたぁぁぁ!」
「こ、この声は..教頭、あの先のパーキングエリアに寄って」
「わかったザンス!」
 久遠寺が振り返ると後方から、黒革のライダースーツに身を包んだ2人
乗りのライダーが片手を上げて何かを訴えかけているようだった。
「夢歌衣、あれって..」
「どう見ても、先輩でしょ」

 すぐ近くのパーキングエリアに車を停め、バイクも同じように停車した。
 やはり、暴走露出狂先輩母娘であり、ヘルメットを脱いで駆け寄ってき
た。
「ブライダルカーを見かけたから、追ってみたんだけど正解だったわ」
「そんなことより..はっちゃん、何で裸で乗ってるの?」
「ぅぅ、さっちゃん。これはその..色々あって..」
「久遠寺!せっかくの結婚式なんだから、式に呼べ!」
「いや、すぐ脱ぐ気でしょ!この露出狂っ!」
「まあ、でも、お祝いの気持ちを直接伝えられて良かったわ。結婚おめで
とう」
 娘のさっちゃんも笛地を羨みそうに見ながら、お祝いの言葉を言った。
「ご結婚おめでとうございます。それにしても、やっぱ今からでも、はっ
ちゃんのとこに転校したい!こんな嬉しいことさせてもらえるなんて」
「嬉しくない!これは罰なんだから」

「そうだ!はい、お祝い。今はこれしか持ってなくて」
 露出狂先輩がライダースーツのポケットから小さな包みを取り出した。
 中には、手作りの小さなバイクのキーホルダーが入っており、新郎新婦
の名前が刻まれていた。
「偶然会うチャンスもありそうだから、持ってたのよ。二人が末永く、ど
んな道のりも一緒に乗り越えていけるようにって」
「先輩ありがとう...」
「俺からも本当にありがとう」

「はっちゃんも、露出の世界にようこそ。ついに露出に目覚めたんだね」
「目覚めてない!」

「さて、せっかくの朝までフルコースの2人の邪魔をするわけにもいかな
いから、ここは一肌脱ぎますか!」
「何をする気なの?」
「2人とも運が良かったわね。丁度、温泉ゲリラライブ終えた作山くんが
地元に戻る途中だから、連絡しておいたわ。もうすぐ、ここのパーキング
エリアに着くから、葉須香ちゃんはその車で帰ってもらうことにしたわ」
「あ、あの..その車って..」
「大丈夫よ。いっちゃんも乗ってるから、その姿でも大丈夫よ」
「やっぱり、いっちゃんが乗ってたぁぁぁ〜」

「さて、私たちはここで!じゃあ、準備はいい?」
「こっちはOKよ、ママ!そうだ、はっちゃん、私ので良かったらあげる
ね」
「さっちゃん!!何をする気なの!」
 露出狂先輩母娘は何とその場で黒革のライダースーツを脱ぐと、中には
何も着ておらず、見事な全裸となった。
「これからが私たちの本番よ!それじゃ、またね〜」
「2人ともお幸せに!あと、はっちゃんも風邪ひかないようにね」
「それはこっちの台詞よ!」

 母娘が全裸で750ccバイクにまたがった。母親が前に、娘が後ろに座る。
 そしてそのまま猛スピードでパーキングエリアを去っていった。
 それを唖然と見ていた久遠寺が一言。
「ね?やっぱ、式に呼ばなくて正解だったでしょ」
「そうだな」

 その数分後、黒塗りの車がパーキングエリアに着き、アイドルマネージ
ャーの作山が降りてきた。
「結婚おめでとう!ついに年貢の納め時だな、笛地」
「作山、ありがとう」
「久遠寺、笛地のこと頼んだぞ!何かあったらロッカーに入れちゃってい
いぜ」
「ふふ、ありがとう」
 そんな中、車の中からゲラゲラと大笑いする声が響いた。
「あはははははっ!何でいつも、はっちゃんはこんなに面白いの!」
「んもぉぉ〜!そういうつもりでやってない!」
「普段はあんなに笑う奴じゃないんだが、葉須香ちゃんの前だと素に戻る
んだよな」
「あはははははっ!腹がよじれる〜、あははははっ!」
「いっちゃん!!」
「これで、とりあえず一安心だな。作山、あとは頼んだぞ」
「ああ、地元は同じだし、家の前まで送っていくよ」

 こうして、葉須香は無事に自宅まで送ってもらい、ハプニングだらけの
1日が終わった。
 その日の夜。葉須香が参加したグループチャットでは花嫁タクシー全裸
同乗事件が大きな話題になった。

「まさか、葉須香ちゃんがそのまま乗っていくとは思わなかったよ」
「天井空いてるし、バレたら、大ニュースになってたぞ!」
「ニュースと言えば、今度は高速で伝説の露出狂の母娘が全裸で爆走して
たみたいだぞ」「マジか!」
「ぷっ!」
 葉須香が部屋で飲んでいたジュースを勢いよく吹き出した。慌ててハン
カチで口を拭く映像が画面に写っていた。
「あ、ご、ごめん!」
 心の中で葉須香は確信していた。(さっちゃん、ニュースになってるよ)
「大丈夫、葉須香ちゃん」
「ところで、どうやって家に帰ったんだ?」
「丁度、先生の知り合いの車が近くにいたので乗せてもらったの」
「そうなんだ。ラッキーだな」
「ああ、すごく葉須香ちゃん、運がいいぜ」
「逆に俺たちはツイてなかったよな。まさか新曲の温泉ゲリラライブを見
逃すなんて」
「もしかして、あれか。”清純派アイドルが全裸で歌ってダメですか?”
の新曲を混浴で堂々と全裸で歌ってたやつだよな」
「それでも、清純派アイドルのオーラがハンパないから、すげーよな」
「ぶほっ!」
 葉須香がまた部屋で飲んでいた盛大にジュースを吹き出してしまった。
「葉須香ちゃん!平気か?」
「だ、大丈夫」(人のこと、あんだけ笑ってたのにぃぃ〜。自分もか!)
 葉須香の頭には、友人のいっちゃんが何故かタオル1枚で乗っていたこ
を思い出した。

「もう!本当にこれからは絶対に忘れ物しないんだからぁぁぁ!」
 葉須香は固く決心した。今度こそ、忘れ物をしないように気をつけよう
...と思いながらも、きっとまた何か忘れてしまうだろうことも、なんと
なく分かっていた。
 でも、それも葉須香らしさなのかもしれない。