29・北ノ都学園チョコレートチェイス(XC3)-後


 ―――たくやのヤツ、何処に行ったんだろ……
 寝不足と精神ダメージが過ぎて情緒不安定になってきた明日香は、自分が用意してきたチョコを持ち、たくやを探して構内をさまよっていた。
 何も迷う必要はなかった。
 最初からすることは決まっていた。
 ―――アイツが誰に上げようと、私の方からチョコを上げちゃえばいいのよ。
 そう結論を出したのだけれど、北ノ都学園の構内を歩き回る明日香の心は重い。
 もしたくやに「いらない」と断られたら……考えるだけで泣きたくなるような展開だ。そもそも明日香は、たくやが初めて女になる前、二人が恋人と呼べる関係になる前も、一歩踏み出す勇気がなくて幼馴染と言う遠すぎず近すぎない立場に立ち止まり続けていた。二人の関係を進展させた意味ではたくやの女性化も良いきっかけになったものの、度重なればやはりいい迷惑だ。
 ―――もう二度とたくやを女になんかさせない。そうじゃなきゃ……
 カバンに入れたチョコレートが重く感じる。「大丈夫…」と心で強く念じるほどに、拒絶されるかもしれない恐怖が大きく膨らんで明日香の心を押しつぶしそうになる。周囲への見栄ではなく、本当にたくやが好きだから用意したチョコレートだから、それを割り砕かれることが怖くてたまらないのだ。
 ―――大丈夫、絶対にたくやはチョコを受け取ってくれる! 例え何処とも知れない誰かにチョコレートを渡してたって、男として私からチョコレートを貰うほうが何倍も嬉しいはずなんだから!
 何もしていなければ何処までも沈みそうな心を握りこぶしを握り締めて無理やり沸き立たせる。失敗したときのことも一度無理やり頭の外に追い出して深呼吸すると、
 ―――いた!
 なんてタイミングの良い。顔を上げると、たくやが明日香の視界を横切って歩いているではないか。
「た―――」
 距離がある。だから大きな声でたくやを呼ぼうと息を吸い込み、遅れてしまったワンテンポ。
 そのわずかな隙の間に、
『相原く〜ん♪』
 もう一人の別の誰かがたくやの名前を呼んでいた。
『あれ、麻美先輩?』
『ちょうどいいところで見つけたわ。今から五条ゼミに行こうと思ってたのよ』
 名前を呼ぼうとして、手を伸ばそうとして、たくやと麻美が二人並んだ姿を見た途端に明日香の全身は動きを止めていた。凍りついたどころではない、まるでドラム缶の中でコンクリート詰めにされたような固まり具合だ。
 しかも、
『あたしも先輩に渡したいものがあったんですよ……って、すぐに何かは分かっちゃいますけどね』
『え、なに? もしかして相原君もチョコレート?』
『へっへ〜ん。なんと手作り! 頑張ったんですよ、美味しいのを渡そうって』
 ―――わ、私は貰ってない!
 佐藤麻美といえば明日香とたくやが通っていた宮野森学園でも一年先輩。科学部の先輩という関係にあったたくやだけではなく、明日香にとっても最初にたくやを女にした人として、同時にたくやをめぐって争った最初の恋のライバルだ。
 あの時、結果的にはたくやは明日香を選んだ。けれど最近になって麻美が北ノ都学園に移ってきたと聞いた時には、どうしようもなく不安を感じたのを明日香は覚えている。
 ―――なんで? どうして!? 車に乗せてあげたときにはチョコの話すらしなかったのに、何でその人にはチョコレートをあげるのよ!
 麻美だけではない。工業科の男性に渡した本命チョコだけではなく、隠れて見ている明日香の目の前で留美と綾乃にもチョコレートを上げている。
 その一方で明日香は朝から接する機会があったのにチョコレートを貰っていない。つまり、
 ―――わたし……たくやに、き…嫌われてる………?
 先生に後輩に先輩に、その上男性にまで手作りチョコレートを上げているのに、恋人の明日香にだけくれない理由は、それしか思いつかない。
『本当に私が貰っていいの? 片桐さんに悪い気がするんだけど……』
『明日香のことはいいんですよ、気にしなくて。それは先輩のために作ったんですから』
 ―――麻美先輩のために作ったってどういうこと!? そ、それより、私のことはどうでもいいの!?
 たくやが照れ臭そうに頬を掻き、麻美もまた恥らいながらも嬉しそうにチョコを受け取る。………それがもう、明日香には決定的だった。
『ねえ、今ならうちのゼミ室に誰もいないんだけど、相原君に時間があるならこれから来てくれない?』
 衝撃的な光景を目撃してしまい、たくやと麻美の仲を疑い始めた明日香には、誰もいない部屋にたくやを招く麻美の魂胆がすぐに分かってしまう。
『時間ならまだ大丈夫ですよ』
『それじゃあ早速行きましょう。誰かが入ってきたりしたら相原君もいやでしょ?』
 ―――ダメェ! ふ、二人っきりで何しようって言うのよ、言っちゃヤダ、たくやァ――――――!!!
 その気持ちをそのまま言葉にだせていれば、たくやも明日香がいることに気が付いて足を止めたかもしれない。だけど明日香に背中を見せた二人はアタフタしているだけの明日香に振り返る素振りすら見せずに歩き去ってしまう。
「………ふ…ふぇぇぇ」
 構内には多くのカップルが歩き回っている。……その真ん中で明日香は、瞳に涙を浮かべてグズる子供のように座り込んでしまっていた。





 研究室で麻美と二人きりになったたくやは、椅子に座らされて紅茶と一緒に麻美から貰ったチョコレートを食べていた。
 その足元では―――
「あ…麻美…先輩……んッ…あァ………!」
「んふゥ……♪ 相原君のおチ○チン……物凄く大きくなってるわよ……」
 ウイスキーボンボンのようにチョコの中に閉じ込められていたのは、女性の股間に男性器だけが生えてくるフタナリ薬。久しぶりに姿を現し、媚薬効果もあって小さなショーツに収まりきらなくなったそれを、麻美は自身の豊満な乳房ではさみ、唾液を絡ませて扱き上げていた。
 巨乳なのはたくやだけではない。麻美の乳房も90センチを超えるたわわな膨らみだ。掴んで中央に寄せ上げた巨乳でたくやのペ○スは包み込まれ、プリンプリンの弾力で扱き上げられるたびに、手や膣とは異なる感触に打ち震えていた。
「相原君って“これ”が大好きよね。片桐さんにはしてもらえないの?」
「だって……スタイルいいけど明日香の胸じゃ足りなくて……んっ! だ…ダメ、舐めちゃ、さ…先っぽォォォ!!!」
「私のオッパイ、そんなに気持ちいい?」
「や…柔らか……んッ! はあッ!」
「そっか…片桐さんじゃ出来ないんだ……ふふふっ♪」
 普段、他の学生たちと真面目に研究しているゼミ室で全裸になり、雌犬のように相手の足元に跪いている麻美は全身の肌をほんのりと桜色に染めながら、乳房の谷間から飛び出した亀頭を唇に含む。タップリと唾液を乗せた舌で裏筋から射精口を執拗なまでに嘗め回し、唇でビクビクと震えているカリ首を締め上げる。
「せ、先輩……いつの間にそんなテクを……んんッ!」
「相原君に喜んでもらいたくて自分の指でいっぱい練習したの……でもね、最初はわたしの胸でイって。片桐さんには無理なんでしょ? 私だけがして上げられるんでしょ? だから……」
 麻美はとろける表情を浮かべてたくやを見上げると、ニチャグチャと卑猥な音を響かせて胸の柔肌で肉棒を扱きたてる。明日香には不可能なボリューム満点のパイずりでたくやを悦ばせている事に自身も喜びを覚えながら、女の体になっているたくやには似つかわしくないほど凶暴な男根へ押しつぶさんばかりに乳房を押し付け、扱きたてる。
「うあっ!……で、出るゥ………!」
「んッ〜〜〜………!」
 脈打つ肉茎と張り詰めた膨らみとが擦れる感触に酔いしれていた麻美の顔に、深い胸の谷間からほとばしった白濁液が撒き散らされる。
 柔乳に埋没したまましゃくりあげるペ○スは濃厚な精液を絞り上げるままに次々と打ち放ち、迸らせた分だけ縮み上がっていく陰嚢の真下で触れられもしなかった陰唇をヒクヒクと震わせると、たくやの頭の中にあった明日香への罪悪感も薄れて消え……眼鏡にも顔にも熱い迸りを撒き散らされたのにうっとりと微笑んでいる麻美を無我夢中で床に組み伏せ、うつ伏せにして旨にも負けないボリュームを誇っているヒップを高く突き出させた。
「先輩のオッパイケーキ、スゴく柔らかくて美味しかったですよ。だから……これはそのお礼に!」
 射精を終えたけれど、たくやのペ○スはまだ絶頂の余韻に打ち震えている。そんな状態で敏感になりすぎたままの肉棒を、たくやの女陰同様にまだ愛撫の手を加えていないのに糸を引くほど濡れそぼっている麻美の割れ目へと押し付け、ためらうことなく一気に根元まで押し込んだ。
「あッ……!? あ〜……ッ、あ、ああ、ん、あぁうっ! は、入って…相原君の、全部…入ってるゥ〜〜〜♪」
 みっちりとしていて締りのいい肉穴に、たくやは容赦なく肉棒をねじ込み、亀頭を子宮に叩きつける。引き抜き、押し込むたびにジュッポジュッポと卑猥な音を恥ずかしげもなく鳴り響かせる蜜壷が知っているのはたくやの男根だけ。恋人のいる後輩を女の体に変えた上でペ○スまで生やして寝取っている……そんな自分の浅ましささえ忘れてしまうほどに、明日香を貫いているペ○スで膣をかき回される事に興奮を掻き立てられ、泣き叫ぶように可憐な唇から卑猥な喘ぎを迸らせる。
「ひぃうううっ! あ、相原君、好きィ…あ…愛してるぅ!」
「あたしもですよ、麻美先輩……ふふふっ、チョコレート一つでおマ○コトロトロに蕩けかせて。学園一の才媛この姿を見たら、みんなどんな顔するでしょうね」
「い…意地悪なこと…言わないでぇ……」
「本当のことじゃないですか。それに……いじめられるほどに締め付けるくせに」
「ひァああああああああああッ!!!」
 Gスポットを押し込み、膣壁をめくり上げ、膣奥をグチャグチャとかき回す。女の体を知っているからこその巧みな腰使いに、ただ激しく犯されるだけでは得られない悦びを味わいながら、麻美は冷たく硬いリノリウムの床に自分の巨乳を擦り付ける。ピストンにあわせて体が前後に揺さぶられるほどにジンジンと痺れるほど硬くなった乳首が擦れ、転がされ、全身から上気した汗の香りを立ち上らせながらよがり狂ってしまう。
 そんな麻美を組み伏せながら、たくやはポケットから携帯を取り出す。反り返る背中を片手で押さえつけて短縮ボタンで電話番号を呼び出すと、ヒクつく秘唇から肉棒をヌルッと引き抜いた。
「ああ、綾乃ちゃん、まだ構内にいる?」
「!?」
「悪いんだけどさ、今から麻美先輩んとこのゼミ室まで来てくれる? 手伝って欲しいことがあるの。……うん、そう。今すぐに。それじゃ待ってるから」
「ちょ、ちょっと待って!」
 麻美が困惑した声を上げるけれど、当然たくやは聞いていない。そして携帯電話を切ると床の上を滑らせて遠くにやり、自分は麻美を仰向けにひっくり返してM字に開いた足の中心に淫水をタップリと染み込ませた肉棒を深々と突き立てた。
「は、あァ、あああああッ!!!」
「早くしないと綾乃ちゃんが来ちゃいますよ。さあ、どうするんです? 中断して急いで服を着たら間に合うかもしれませんよ?」
「ひッ…ん、んんゥ………ヤダ…こんなところで、やめちゃヤダァ!」
 精液で白く汚された眼鏡の舌で瞳から涙を溢れさせながら叫ぶと、麻美はたくやの腰に両足を絡みつかせた。その答えに唇を吊り上げるように笑ったたくやは力いっぱい握り締めても余りある乳房を揉みしだきながら、ゴリゴリと膣壁を肉棒で擦り上げた。
「あ、ふあ、相原君が、意地悪するのに…ああ、イっちゃう、こんなことされるから…わ…わたしィ〜〜〜!!!」
 堕ちていく……感じるほどにヴァギナの締め付けを増してたくやを悦ばせてしまい、それでも自分がたくやから離れられなくなってしまっていることを、むしろ背筋が震えるほどに麻美は受け入れてしまっていた。
「ひっ! ぐうっ! うあ! ああああッ!!!」
 下腹部に腰を叩きつけられ、研究室から外に漏れ聞こえてしまうほどの喘ぎ声を迸らせる。たくやの激しい腰使いに豊満な乳房が重たげに弾み、体重をかけた重い突き込みに子宮口を抉られながら、麻美は抑えきれなくなったたくやへの想いを愛液と共に結合部から噴出させてしまう。
「麻美先輩、あたしからのプレゼント、そろそろ射精しちゃいそう……何処にほしいですか?」
「そ…外ォ……外はいやァ! 私の中で、おマ○コで出してくれるほうが気持ちいいから、ああっ、ああっ、抜かないで…このまま、い…イっちゃ……ああああああッ!!!」
 麻美のヴァギナが軋むほどに緊縮し、咥え込んだたくやのペ○スを発情しきった膣壁で絞り上げる。
 眼鏡と巨乳、知性と母性を併せ持つ麻美が淫欲に支配されて何も考えられないほどによがり狂い、腰を揺すって絶頂汁を迸らせる。たくやは自分の服にも麻美の汁が飛び散るのも気にせずにスパートをかけて腰を叩きつけると、身も心もアクメに達してしまった年上の先輩の痙攣しっぱなしの子宮に亀頭をねじ込み、熱いチ○ポミルクを注ぎ込む。
「ああァ……は…ァ………♪」
 膣の奥で白濁ミルクがはじけると、麻美の豊満な乳房にブルッと震えが走る。半開きの唇からは涎が溢れ、知ると汗にまみれたからだが断続的に痙攣を繰り返しながら、咥え込んで離さないたくやのペ○スから精液を絞り上げる。
「麻美先輩のスケベ……バレンタインにザーメンミルクを欲しがるなんて、とんでもない変態ですよ」
「だ……だってぇ………」
 反論しようにも、わざわざフタナリになる薬を作ってまでたくやの股間にペ○スを生やしたのだ。それにイかされた衝撃のせいで喋ることもままならず、今なお蜜壷は収縮しっぱなしになっている。
「さて……それじゃもう一回楽しみましょ。今度は三人で……♪」
 たくやが麻美の膣内からペ○スを引き抜くと、まるで溶かしたホワイトチョコにまみれているかのように白く汚れていた。それを仰向けになっている麻美の胸の谷間に挟み込むと、たくやは扉の前に立ったまま入ってこようとしない綾乃へと声を掛け―――



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 ―――もう……終わったのよ……何もかも終わったのよ………
 明日香は構内の喫茶店のオープンテラスでテーブルに突っ伏していた。
 周りにどれほどカップルがいようと、気にするほどの余力すら残っていない。誰もいない教室に連れ立って要ったたくやと麻美の姿を目にしてしまった明日香に、元気を出せと言うのが無理な話なのだ。
 ―――でもさぁ……何度も危機を乗り越えてきた私とたくやが……シクシクシクシクシクシク……
 顔を上げていないので分からないけれど、たった一人でかなり空気を重たくしてしまっている明日香の周囲に、特にカップルは近寄ろうとしない。完全に“負け犬”になってしまった明日香に関わりを持てば、それだけでせっかくのバレンタインデーの幸福が霧散してしまいそうだからだ。
 ―――はぁ……
 そんな明日香にわざわざ声をかけようという男もいた。そもそも明日香は構内でも有数の美人なのだし、その気になれば一時間もしないうちに新しい彼氏ゲットなどと言う離れ業もやってのけれるのだけれど、そんな気分ではない。
 結局周りを無視し、注文もせずにテーブルの一つを占拠し続けていると、不意に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ふい〜、遅れちゃう遅れちゃうゥ! あ〜ん、麻美先輩のバカ、全然離してくれないんだからァ!」
「あ………たく……や…………?」
 短時間では思いを全て断ち切れなどしない。条件反射で憔悴の表情を浮かべた顔を上げ、声にしたほうに目を向ける。
「あれ、明日香? どしたの、こんなところで……って、ちょうど良かった!」
 明日香はもうたくやに近づくつもりはなかった。一言でも口をきけば、その分だけ辛くなるから………けれど明日香以外の老若男女――“老”が誰かは気にしない方向で――にチョコを渡していたたくやは、そんなことがなかったかのように走り寄ってきて、手を握り締めてきた。
「明日香、お願いがあるの。今すぐあたしを連れてって―――――――――!」





 焦るたくやの有無を言わさぬ迫力に押し負けて車で向かった先は、たくやのバイト先のレストランだった。
 「送ってくれたお礼にご飯奢るから」と言うたくやの言葉に無理に逆らうこともせず、店内の隅っこのテーブルで一人ポツンと座った明日香だが、そこでたくやがまたしても男性にチョコを渡す現場を目撃することになってしまう。
「こちらのチョコは当店からのプレゼントです。あたしが手作りしたものですけど、よろしければお受け取りください♪」
 ウエイトレス姿に着替えて大急ぎでフロアに出てきたたくやは、明日香の方に謝って見せながらも、途切れることなくレジに並ぶ男性客一人一人に留美や綾乃に手渡していたのと同じチョコの入った包みを手渡していた。
「うおおおおッ! たくやちゃんのチョコゲット――――――!」
「この日のために俺は毎日この店に通い詰めたんジャああああ!」
「び、美少女のアロマが、体の内側から染み渡っていくゥ!!!」
 ………なんなのよ、あの危ない客の集団は。
 明日香の目にはどう見ても、貰ったチョコを捧げ持った男たちが何らかの宗教団体のようにしか見えない。たくやもレジで微笑を崩しはしないものの、勢い余って手を握り締めたり、それ以上の行為に及んでくる客たちに困り顔を浮かべていた。
 一体全体、何のお祭なのだろうか……その正体を探ろうと思ったわけでもないけれど、ぼんやりと店内を見回していると、壁に貼られた張り紙の文字が目に飛び込んできた。


『バレンタインキャンペーン開催中。5万円食べて美人ウエイトレスから手作りチョコレートを貰おう!』


 ―――つまりあれは、たくやからのチョコを欲しがってる男の群れって訳か。なるほどね……
 なんとなくいい気はしないけれど、自分とたくやはもう終わった関係なのだと、起こる気力も沸いてこない。今更誰にチョコを手渡したところで、その相手とたくやとの関係を疑っても詮無きことだ。
 ―――むしろ考えれば考えるほどどつぼにはまって深く落ち込んじゃうし……
「それにしてもさー、たくや君が本当は男だって事も結構知れ渡ってるはずなのに、な〜んでかあたしよりも人気あるのが微妙にむかつくのよね。ここにだって美人はいるのにさ、そう思わない?」
 いきなり友達同士のようにたくやへの不満を向けられ、明日香が驚きながら声のした方に目を向ける。そこにはいつの間に傍まで来ていたのか、髪を二本の三つ編みにまとめた、八重歯がよく目立つウエイトレスが背中を壁に預けて立っていた。
「ところでお客様、ご注文はお決まりですか? たくや君が奢るって言ってたから、高級北京ダックとかどう? あたしも食べたことないんで是非実物見てみたいし……って、何処いくの?」
「別に……もういいから家に帰る」
「ちょちょちょちょ〜っと待ったァ! 今からでも五万円食べるとチョコもらえるよ? 北京ダックを十個ほど注文すれば〜って、だから帰らないでェ――――――!!!」
 どうせ明日香のテーブルに出されたのはお冷のグラスだけ。レストランで食事をする気分じゃないし、たくやが愛想笑いを浮かべてチョコを手渡ししている姿を見ていると胸が痛む。だから早く家に帰って何もかも忘れて寝てしまおうと心に決めて店の入り口に向かったのだけれど、自動ドアが開いたところで後ろから服を引っ張られてしまう。
「ちょっと待ってってば。帰るのはまだ早いって」
 明日香を引き止めたのはたくやだ。いつまでもたくやにチョコを貰った余韻に浸ってレジ前から動かない迷惑な男性客を掻き分けて追いつき、無気力な表情で振り向いた明日香に小さな箱を差し出していた。
「はい、バレンタインのチョコレート。結構自信作な本命チョコですよ、お客さん♪」
「え………」
 包装紙に包まれ、リボンで飾り付けられたチョコレート入りの箱。しかも本命。―――明日香だけでなく、五万円分食事してまで義理チョコをもらった男性客たちまで、目を皿のように見開いた。
「あははは……ごめんね。もうちょっとお客さんが落ち着いたらテーブルまで持って行こうって思ってたんだけど、いきなり帰ろうとしちゃうからさ……ま、サプライズって事で許してくれる?」
「な、なんで………?」
「あ〜……まあ、最近は逆チョコってのも流行りだし、チョコ作りってやってみたら案外楽しかったし、ホワイトデーに三倍返しする資金がないとか色々と理由はあるんだけど……」
 明日香からたくやにチョコが手渡されるのが本来の二人のあるべき関係だ。その立場が逆になったのだから、当然質問あるだろうと思っていたたくやは、明日香の短い困惑の声に恥ずかしそうに頬を掻きながら答える。
「でもまあ、いいんじゃないかな? 今のあたしは女なんだし、あたしたち恋人同士なんだしさ♪」
 頬を少し赤くしながらも、あっけらかんと答えて明日香を驚かせる。………が、もっと驚いた、と言うか煩くなったのは、二人の会話に聞き耳を立てていた男性客たちだった。
「たくやちゃんの恋人がやっぱり女――――!?」
「畜生、本当は男だって言うのは本当だったのかよう!」
「しかも彼女まで美人だなんて! 神様はどうしてこんなに理不尽なんだ!?」
「アチャー! タクヤちゃん、それ、キャンペーン終わるまで秘密言うたアルのに!」
「詐欺だ―――! 俺たちの五万円返せ――――――!!!」
「ええい、あんたらやかましいわ! そんなに文句があるんならチョコは置いて帰んなさいよ!」
 あまりにも騒ぎ立てる男性客――一人、ハゲでデブで汗だくで包丁を手にした怪しい人間を含む――たちに、たくやは明日香の胸にチョコレートを押し付けて事態の収拾にかかる。
 ―――たくやの……本命のチョコレート?
 じゃあ、今日一日何度も目にしたチョコレートを渡す現場は何だったのだろうか?
「たくや……今日、後輩の子からチョコレート貰ってたよね」
「えっ!?……も、もしかして見てたの!? いや、あれは違うって。返すわけにもいかないから食べちゃったけど、綾乃ちゃんも初めてのチョコだから渡しやすい相手って事であたしに選んだだけだし!」
 いきなり明日香に別の子から本命チョコを貰っていたことを指摘されてどもるウエイトレス姿のたくや。
「あと……工業科の研究棟で……お、男の人に……」
「千里のところの教授のこと? チョコって眠気覚ましにいいから千里のところにも持っていってあげたの。予定より多くキャンペーンのチョコ作っちゃったし。でね、実は今度、あそこの教授も本格的に千里の機械製作を手伝ってくれるってことになってさ。学園から幾らか補助が出るし、これで男に戻るたびに爆発する機械ともおさらば……って、人の後ろでしくしく泣くなァ!!!」
 “男に戻る機械”の話が出たので、たくや会いたさに店に通いつめていた常連客たちが崩れ落ちて泣き始める。
 その一方で、胸にチョコを抱える明日香の手にも力がこもっていく。
「い…言い訳ばっかり……私、見たんだから。佐藤先輩と二人っきりの教室で何してたのよ? 他に人がいたら出来ないことって一体何よ!?」
「そこまで見てたの!?……だ、だってしょうがないじゃない。変化後の詳しい身体データを取ろうと思ったら服を脱がなくちゃいけないんだし……あそこのゼミ、男の人もいるでしょ? だから誰もいない時間に見てもらうしかないから……」
 さすがに裸になったことを話すのは恥ずかしくて、モジモジと指を絡ませながら顔を俯かせて喋る。もちろん、後ろで聞き耳を立てている男たちも「服を脱ぐ」と言うキーワードが出た途端に鼻息を荒くして聞き耳を立てていた。
 けれど―――
「言い訳はもうたくさんよ!!!」
 聞き耳を立てていた男たちは、明日香が突然上げた叫び声に耳を貫かれて床をのた打ち回る。
 だが、最も驚いたのはたくやだった。叫ぶのと同時に明日香の左手がたくやの頬を力いっぱい叩いたからだ。
「あ……明日香?」
「どうせ綾乃って子にイヤらしいことしたんでしょ! 無理やり襲っても抵抗できないのをいいことに階段の踊り場でいきなり抱きついて!」
「なっ!? それどんな展開よ!? いくらなんでもそんなことしないわよ、あたしは!」
 叩かれて腫れ上がり、痛みとともに熱を帯び始めた右の頬を押さえながら、たくやは涙目で叫ぶ。
「工業科でだって大勢の男の人にチヤホヤされて、イヤらしい事ばっかりして! そんなに男が好きならずっと女でいればいいじゃない!」
「誰が男好きですって!? たとえ身体が女でもあたしは明日香のことが―――」
「私は佐藤先輩みたいに胸が大きくないわよ! メガネだってかけてないわよ! パイずりできないからって浮気するなんて最低よォ!!!」
「ブッ!?」
 今度は明日香の右手がうなりを上げた。
 感情に任せて振るわれた平手は、明日香の誤解をとこうと身を乗り出していたたくやの左の頬を的確に捉え、足、腰、肩、肘、手首と見事に力を加えて綺麗に振り抜かれていた。
「わ…わたし……今日……ずっと……たくや…見て……ヒッグ……ずっと…見てたのに……気になって……だから…気に………!」
 ポツンと、明日香の瞳から涙がこぼれ、誰にも取られないようにしているみたいに胸に抱きかかえたチョコレートに落ちる。
「た……たくやのバカァ〜〜〜!!!」
 身体が振り向いていた。
 ずっと開きっぱなしになってい店の入り口の周りには、痴話喧嘩かと野次馬が覗きに集まってきていた。その人ごみを掻き分けてたくやの前から逃げ出した明日香は、駐車場に停めていた自分の車に飛び込んで鍵をかけると、外箱がひしゃげそうなほどに強く強く抱きしめる。
「う……ううう………ッ!」
 嬉しかった。
 たくやが自分にチョコを渡してくれて、嬉しくて、ほっとして……それと同時に、いかがわしい想像や準備ばかりしていた自分が物凄く恥ずかしくなった。
 ―――引っ叩くつもりなんて……なかったのに………
 恥ずかしい自分も泣いている自分もたくやに見られたくなくて、思わず手が出ていた。嬉しかったのに、それでも何も悪くなかったたくやを引っ叩いてしまって、
「………悪いのはたくやだもん」
 だけど、明日香も自分で分かっている。―――悪いのは全部自分なのだと。
 気になるのなら、五条ゼミの教室に入って話の輪に混ざればよかった。千里のところでだって勇気を出して近づいていれば話の内容を耳にすることも出来た。麻美との事だってたくやを信じてあげられなかった明日香が悪い。
 そもそも、最初にたくやがチョコ作りをしている時に逃げ出してしまったから、今日一日、何事からも逃げ出してばかりいたのだ。
「………謝らなくちゃ……ダメだよね」
 視線が助手席に放り投げられたカバンに向けられる。
 中にはたくやのために用意したチョコレートが入っている………だけど、二度ビンタして、衆人環視のまん前でバカ呼ばわりして逃げてきてしまったのだ。
「今更どんな顔をしてチョコレートを渡せばいいのよぉ〜……」
 たくやに会わせる顔がない。レストランに戻るわけにもいかないし、後で家を訪ねて二人きりになるのも論外だ。
 結局、自分の早とちりと勘ぐりのせいでチョコを渡す機会を全てつぶしてしまった明日香は、二つのチョコレートに悩まされながら、ハンドルに額を押し当てて小一時間ほど悩み続けたのであった―――



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「はい、明くんにチョコレート。あたしが作ったヤツだけど色々あっていっぱい残っちゃって。試験も近いから、眠気覚ましのお夜食にでもしてね」
「あ、ありがとうございます………でも、あの、先生のほっぺた……物凄く腫れてるけど大丈夫ですか?」
「これはね……バレンタインがいかに危険かを身をもって知ったって言うところかな……は、ははは……」
「なぜかスゴく怖く聞こえるんですけど、それ……本当に何があったんですか……?」


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