第24話


撮影が終わり、女性が親子を遠ざけ、屈辱の時間から、解放されたのもつかの間。 「ね、今度はあそこにいってきたいんじゃない?」 女性はそういいながら、ある方向を指さしました。 それは、ジャングル風呂の中の遊戯施設のひとつの器具。 巨大なすべり台でした。 すべり台といっても、もちろん普通の公園のものとは違います。 階段で上って、上から温泉のお湯と共にすべってくる、ウォータースライダー のようなもの。 といっても、もちろんそこまで大がかりなものではありません。 普通のすべり台の、3倍くらいのサイズです。 しかしこの中では人気があるらしく、親子含めて何人かが行列を作っていまし た。 「や…、そんな…」 あの中に、大の大人である私が並ぶ。 そんなこと、さすがにできません。 「はぁ? あそこで、全裸ですべって来たいっていってたじゃなーい?」 「そうそう、童心に返りたいって言ってたよね?」 「そ、そんなこと…」 私はそう言いましたが、彼女たちの目に気づくと、言葉を飲み込みました。 「えーーー! 私は今すぐに滑ってきたいー!?」 「なになに? 早く滑って来れなかったら、そのかかった時間分、私のあそこ の毛を抜いていいー?」 「は?」 「ってただでさえ少ないから、パイパンになっても構わないですってー!?」 「………」 この人たちは、宣言したことは、必ずやる人たちです。 私の顔は、どんどん青ざめていきました。 時間がかかればかかるほど、私の毛を、抜こうとしている。 それは間違いありません。 「さぁっ! 何分くらいで滑って来れるかなぁ?」 「私たち、ここから見てるからねー!」 「よーい、ドン!」 もう、迷う時間なんて存在しません。 私は恥ずかしさと情けなさでたまりませんでしたが、とにかくすべり台に向かっ て走りました。 すべり台の階段には5人ほど、そして階段の前にも、やはり5人ほどが並んで いました。 そこにいたお父さん、子供含めて、全員がいっせいに私の方を見ます。 「わっ!」 「ハダカの女だーーー!」 「すっげー!」 私は手で胸を、そしてもう一方の手であそこを隠したまま、列の最後尾に並び ました。 みんなは、もちろん私の方をじっと見ています。 しかし、なかなか列が進みません。 するとヤクザの女性の一人が、私の側に近寄ってきて、言いました。 「遅いわねぇ…。今だけでもう5本かなぁ…?」 私は、すぐに前の子供に言います。 「あのっ! あのっ! は、はやく! 早く進んで!」 前にいたのは、体つきの大きな、目つきの悪い子供でした。 彼は目の前の、やはり目つきの悪い男の子と目を見比べて、言いました。 「はやくったって、並んでるだろー?」 「バカだなー! 大人なのにさー」 「そんな…。でも…」 「待ってろよ、ちゃんとさぁ」 「……だ、だったら! だったら順番、先にいかせてくれない?」 「ハァ?」 子供たちはその言葉を聞くと、顔を見合わせ、ニヤニヤと私のことを見ていま す。 「あのさー!」 私はビクッとします。 「え?」 「大人なんだからさ、頼むならもっと頼み方があるでしょー?」 「は?」 「だいたい、なんなんだよその姿勢は?」 「……」 「お辞儀するんでしょ? きちんとした姿勢でー?」 彼らが何を要求しているのか、私はうすうすと分かりました。 手を下ろして、頭を下げろと言っているのです。 「そうねー。なかなか面白いコじゃない? やったら?」 女性は、ニコニコと言います。 でももちろん、そんなことをしたら、私は衆人環視の中で、胸をさらすことに なります。 「早くしないと、ここで寝ちゃってもいいんだよー?」 「そうそう! ずっと寝てても!」 「そ、そんな…!」 私はその言葉に、覚悟を決めて、手を横に当てました。 「おおおおーーー!」 その場にいた全員の歓声が上がりました。 「おっぱいだーーー!」 「お、お願い…します…」 私はそのまま、頭を深々と下げました。 子供はニヤニヤと見ています。 すると、女性が言いました。 「違うんじゃない?」 「は?」 「お願いするときは、土下座でしょ?」 その瞬間、私の頭が凍り付きました。 当然ですが、私は今までに、土下座なんてしたことはありません。 それなのに。 こんな多くの人の中。 子供なんかに。土下座をする。 私には、それが信じられませんでした。 子供もそれに鼻息を荒くして、ニヤニヤと言いました。 「ほらー! 早くしないなら、譲るの、やめるよ?」 もう、選択肢はありません。 「どっげっざ! どっげっざ! どっげっざ! どっげっざ!」 突然の周囲からのコール。 「ほーら、期待に応えないと!」 ヤクザの女性は私にそう言います。 そのときの私は必死でした。 とにかく、早く進ませてほしい。 そう思って、私は手をつき、膝をつき、頭をプルプルと下に下げようとしまし た。 前の子供は、薄ら笑いを浮かべて、私を見下ろしています。 「お………お願い、します………」 そして私の頭が地面についた瞬間、周囲から大歓声が上がりました。 「みんなー! みてごらんー! マッパで土下座する女なんて、絶対に見られ ないから!」 「あははははは! こいつ、全裸で土下座してるよー!」 「ほら、こっち来てみてー! ケツの穴からアソコまで丸見え!」 女性は大声ではやし立てます。 「ほらほら、写真取っておかないとー!」 その言葉に、たくさんの子供や、お父さんたちが私の後ろに回って、写真を撮 り始めました。 もちろん、隠すことは許されません。 というか、ここで隠したから、何になるというのでしょう。 「ほら、お願いしないの?」 私はその言葉に、言いました。 「お願いします…。お願い、します…」 「もっと頭こすりつけて!」 その言葉に、私はしかたなく、額を地面につけました。 「どっしよ、かなぁ〜」 子供はニヤニヤと言います。 私は、唇をかみしめました。 そのとき、女性が言ったのです。 「あらあら。そんな。こんな床に直接顔つけたら、汚いよ。どんな雑菌がいる か分からないし」 女性の一人が言いました。 「消毒してあげたら? ツバで」 すると、子供はニヤっと笑い、床にツバをたらしました。 床に少し濁った、きたないツバが広がります。 「さ、顔つけて」 顔を近づけるだけで悪臭が鼻を突きます。 私は思わず顔を背けました。 「早くしなよ!」 私はそれでも、顔をそれ以上近づけることはできませんでした。 すると子供は女性に促され、私の頭の上に足を乗せました。 えっ。 その瞬間です。 彼は力を込め、私の顔を床に押しつけました。 「うっぷぅ!」 私の顔は、床と、そしてツバにまみれます。 「そうそう。土下座ってこのくらいしないとねぇ」 「ほらほら、みんな写真とってとってー!」 その姿は、何枚も何枚も写真に取られました。 「ほら、この子の足が汚れちゃったよ。綺麗にしてあげて」 すると子供はそれを察したのか、私の前に足を出しました。 もう、選択権はありません。 私はその汚い足を、おずおずとなめました。 「あははは! マッパで子供の足ナメながら、土下座してる女!」 「あんたがいつか結婚したら、結婚式でこの映像、流してあげるよー!」 その言葉に周囲から爆笑の渦が湧き上がりました。 <つづく>


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