「真夜中の図書室」アクセス25万記念作品

淫獣の城 

沼 隆

第9章

寝間着の上からガウンを着けると、美紀は書斎に忍び込んだ。
つい、さっきまで、隼人と一緒にいた書斎。
恥ずかしい姿を見られた…
露骨な会話。
ドアを開けようとする気配。
左京のデスクの陰に身を隠す。
誰かが入ってきた。
そして、犬の足音。
ああ…
フリッツ!
フリッツに、見つかる…
恐ろしくなって、鳥肌が立つ。
香水の香り。
モニクだ。
デスクの陰から、モニクが見える。
モニクは、さっき、隼人が座っていたソファに座った。
足元に、フリッツが座っている。
「いい子にしていたかい?」
モニクの指が、フリッツの首をなでる。
嬉しそうに尻尾を揺らすフリッツ。
「ご褒美を上げなくちゃね、フリッツ」
モニクが、左京のデスク、美紀が身を潜めているほうをじっと見つめる。
「出ておいで、美紀」
「……」
「隠れても、無駄だよ。さっさと出ておいで」
美紀は立ち上がる。
「こっちへおいで」
美紀は、動けない。
「怖がらなくていいよ」
西洋人らしい、彫りの深い目鼻立ちが、夜の照明の下でいっそう際立つ。
あの夜、ここに泊めてもらった最初の夜、この部屋で見たモニクの印象…そう、魔女の顔つき。
「さっさとおいで。私は、気が短いんだから」
モニクの表情が、きつくなる。
美紀は、モニクのそばに近づこうとして、フリッツに足が止まる。
フリッツは、美紀を見上げながら、ゆっくりと尻尾を動かしている。
かすかに、ほくそえんだように見えて、ぞっとした。
「怖がることはないよ。フリッツがお前に危害を加えることはない」
美紀は、モニクと並んでソファに座る。
「美紀、お前は、素直で、いい子だ。鈍感で、厚顔な淳史とは、大違いだ」
「そんな…ひどい…」
「あはは、悪いことを言ってしまったね。もう死んでしまったけれど、お前のカレシだったんだからね」
モニクの目には、謝罪の色は、微塵もなかった。
「あんな、自分勝手な男…」
モニクのひどい言い方に何か言わなくては、と言葉を探す美紀をじっと見つめていたモニクは、ふふ、
とかすかに笑って、足元のフリッツの頭をなでた。
「死んだ人のことをあれこれ思ってみても、どうしようもないさ」
そうだろ?というように、美紀の目を覗き込む。
「瀬里奈、出ておいで」
フリッツが、立ち上がろうとする。
「おすわり! フリッツ!」
しぶしぶとしゃがみこむフリッツ。
瀬里奈!
瀬里奈が、いる!
どこに?
美紀は、書斎を見回した。
部屋の隅、書棚の陰。
誰もいない。
モニクの視線は、入り口の脇にかかっている、瀬里奈の肖像画を見ている。
ああ!
壁にかかった肖像画が、ゆっくりと盛り上がり、瀬里奈の形に膨らんで、そして、伸ばした右足が床に
つき、左足が従い、指が、腕が、腰が、胸が、頭が、浮き上がって、とうとう、瀬里奈その人が、部屋
の中に現れた。
美紀は、息が止まるほど、驚いた。
そんな…!
「おいで、瀬里奈。こっちに、おいで」
フリッツが、瀬里奈を見つめて、尻尾を揺らす。
「おまえも、いい子にしてたかい? ゆうべは、いやな目にあわせてしまったねえ。敦史という、あの
妙な男に…」
敦史に襲われたことを思い出したのか、瀬里奈は、おびえて、立ち止まる。
敦史?
敦史が、何かしたの?
敦史が、瀬里奈が嫌がることを?
まさか…
敦史が、あんな死に方をしたのは、この人たちと関係があるの?
「大丈夫だよ、瀬里奈。淳史は、このフリッツがちゃんとお仕置きをしてくれたからね。怖がることは
ないよ。2度と、あんなことはできないからね、敦史には。おまえの大好きなフリッツが、ちゃんと始
末をしてくれたよ。安心をし」
ああああっ…!!
敦史…
この人たちに…
フリッツが…
フリッツが始末したって…?
じゃあ、あのむごたらしい死に方は、フリッツがしたことなの?
「瀬里奈、私のそばにおいで」
瀬里奈は、モニクのそばにひざまづく。
悲しげな顔の瀬里奈。
「フリッツが、おまえと愛し合いたがっているよ。おまえも、だろ?」
瀬里奈の顔が、いっそう悲しみを帯びる。
「お脱ぎ」
瀬里奈が、ためらう。
「じゃあ、脱がせてあげるよ。私の前で、脱ぐのが恥ずかしいだなんて…おまえは、いつまでも、可愛
らしいね」
モニクの手で、瀬里奈は全裸になる。
「じゃあ、たっぷり愛し合うといいよ」
瀬里奈が、いやいやをする。
「ねえ、瀬里奈、約束しただろ? おまえたちの浅ましいセックスを、私の目の前でして見せるって」
「いやっ……」
「あきらめの悪い子だね。おまえたちがセックスできるのは、私が見ている時だけだよ」
「いやあっ……」
「馬鹿な子だ…アルプのほうが、いいのかい?」
「……」
「それとも、あの敦史という浅ましい男のほうがよかったかい?」
「……」
「フリッツ、瀬里奈が、おまえを欲しがっているよ」
フリッツが立ち上がる。
ペニスが、にょっきりと突き出している。
「瀬里奈、四つんばいになるんだ……そう、そうだよ、いい子だ」
瀬里奈の背後に回ったフリッツは、鼻を瀬里奈の陰裂に近づけ、くんくん嗅ぎはじめる。
それから、真っ赤な長い舌をぐっと伸ばし、陰裂を舐めはじめた。

第10章

入り口の扉が開いて、アルベリヒが入ってくる。
美紀と目が合う。
アルベリヒは、凄い形相でニタリと笑った。
美紀は、ぞっとして、モニクの陰に隠れようとしたほどだ。
アルベリヒは、床の上で交わっている瀬里奈とフリッツを見て、悲しそうな顔をした。
後ろ足で自分の体を支えながら、やがてフリッツは射精する。
「満足したね、フリッツ。じゃあ、そっちの隅に座っておいで」
フリッツは、部屋の隅の暗がりに溶け込んだ。
「瀬里奈も、満足したようだね」
アルベリヒは、手にしたものを、瀬里奈の裸身に掛けてやる。
アルベリヒの手には、瀬里奈の服が握られていたのだ。
その服には、見覚えがあった。
瀬里奈の部屋のクロゼットにかけてあった、すみれ色の華麗なワンピース。
瀬里奈は、部屋の中にいる3人の視線から顔を背けながら立ち上がる。
「余計なことをするんじゃないよ、アルプ!」
手伝おうとするアルベリヒを、モニクは強い口調でしかる。
フリッツが出したものを始末すると、瀬里奈は下着をつけ、ワンピースを着た。
「そっちのソファにお掛け」
瀬里奈は、美紀の向かいに座る。
「アルプ、地下室の片付け、ご苦労だったね」
「うひぃ、うひぃ」
「ご褒美をあげなくちゃね」
「うひひぃ」
「アルプ、美紀と、したいんだろ?」
アルベリヒは、歯を剥いて嬉しそうな顔をした。
「アルプ、たっぷり可愛がっておあげ。美紀は、セックスが嫌いじゃなさそうだよ」
「いやっ!」
「ふふふ…さっき、この部屋で、何をしたか、忘れたわけじゃないだろ?」
「えっ!」
「画集を見ながら…」
「どうして…」
「アルプ、おまえさん、ここ数日、オナニーで済ませてきたんだ、今日こそ、思いを遂げるといいよ」
「うひぃ、うひぃ」
「敦史に邪魔されなかったら、とっくに美紀とやれてたのにね…あははは」

近づいてくるアルプから逃れようと美紀は立ち上がる。
「うひぃ」
逃げる美紀を追い詰める喜びに、アルプは嬉しそうな声を上げた。
「いやっ!」
ドアに駆け寄る美紀を、アルプは羽交い絞めにする。
「やめてっ!」
ガウンを剥ぎ取られる。
のけぞる美紀の寝間着に指をかけると、アルプはそれを引き裂いた。
「あひぃ」
こぼれだした美紀の乳房を、アルプは鷲づかみにする。
毛むくじゃらの大きな手が、美紀の乳房を絞り上げる。
激痛にからだをよじる。
アルプの太い腕が、しっかりと美紀を抱きかかえていて、逃れようがない。
とうとう、下半身もむき出しにされた。
パンツを毟り取った手が、股間をつかむ。
「うひひぃ」
アルプは、抱きかかえた全裸の美紀を、床に放り出す。
見上げたアルプの顔には、欲望がむき出しになっていて、美紀を震え上がらせる。
アルプは、手早く全裸になる。
節くれだち、ビクンビクンと脈打つ巨根が、腰からそそり立っている。
「うひ、うひぃ」
アルプは、それをしごいて見せた。
美紀は、仰向けのまま床を張って逃げようとする。
アルプは、容赦なくのしかかってきた。
恐怖で乾ききった美紀の陰裂を、めりめりと引き裂き、刺し貫く。
粘膜が引き裂かれる激痛に、美紀は悲鳴を上げる。
アルプは、何のためらいもなく、美紀を犯し続けた。
目の前に、不気味なアルプの顔、視界の隅には、冷ややかに見下ろすモニクと、顔をソファに埋めてじ
っとしている瀬里奈があった。
美紀は、ただじっとしているしかなかった。
アルプの腰の動きが、早くなっていく。
早く、出してよ…
屈辱と、苦痛にじっと耐えるしかない。
どれほどの時間が過ぎただろう。
長い交接のときが終わろうとしていた。
アルプの呼吸が荒くなっていき、それから、激しく突き出しながら、射精を迎えた。
美紀は、精液を噴出す巨根の律動を感じていた。
「ふうっ」
アルプが、満足そうにため息をつく。
美紀は、自分を組み敷いている化け物を見つめた。
……!
なんということだ!
アルプの醜い顔を覆っている茶色の柔毛が皮膚の内側に溶け込むように消えてゆき、
全身を覆う茶色い体毛も消えてゆき、
顔が形を変えてゆき、
とうとう、左京その人に、変わってしまったのだ。

「左京、満足したの?」
「ああ、モニク。満足したよ」
「一度でいいの?」
「ああ、今夜は、仕事で疲れてるからね。また、明日の晩…」
「ああ、ああ、これから、毎晩抱けるよ」
「私は、眠る」
「ああ、そうするといい」

左京が出て行った。
美紀はのろのろと起き上がる。
左京の精液が、美紀の粘膜を引き裂いて血に染まった精液が、とろとろと流れ出す。
引き裂かれてぼろくずになった寝間着の端切れを取って、陰裂をぬぐう。
モニクに、瀬里奈に、左京に、憎しみを感じながら。
自分の夫が、父親が私を犯しているのに、止めようともしないで、じっと見ていた。
このひとたち、なんなの?

「モニク、あなたは、何なの?」
「ん? どういう意味だい?」
「あなたは…ま…魔女?」
「魔女? 魔女だって? あははははは」
モニクは、不愉快になるほど笑い転げた。
「魔女ねえ…そうかもしれない」
それから、こう付け加えた。
「私が魔女なら、この親子は何だろうね」

第11章

美紀は、自分の寝室に戻った。
シャワーを浴びる。
涙が、とめどなく流れる。
この世のものとは思えぬ醜い大男に犯されて
長い屈辱の時間が過ぎ去ってしまうと
そのおぞましい醜男は、鹿島左京に変わったのだった。
「また、明日の晩…」
と、左京が言い、
「毎晩、抱けるよ」
と、モニクが言った。
美紀の耳によみがえる。
左京の体液をすっかり流しても、まだ洗い続ける。
巨根に引き裂かれた粘膜が、ひりひりと痛む。
逃げ出そう…
何とかして…
この屋敷から…

カーテンを開ける。
雲ひとつない冬の夜空。
満天の星が輝き、月明かりが森を幻想的に浮き上がらせる。
青白い広がりの向こうに、黒々とした森。
森を抜けられるかしら…
怖い…
でも、このままこの屋敷に居つづけることは…
いや!
こんなところ…いや!
今すぐ、出て行きたかった。
クロゼットを開く。
この屋敷に入り込んだ日から、拝借してきた、瀬里奈の下着やドレスの類い。
それに、自分自身の衣服。
防寒着らしい防寒着はない。
少しでも寒さを防げるように、でも、歩く邪魔にはならないように
しっかり重ね着をした。

時計は、午前3時を指している。
廊下に出る。
静まり返って、人の気配はまったくない。
一歩一歩、足音をさせないように、階段へ進む。
何度も昇り降りをした階段が、階下に向かって果てしなく続くように思われた。
手すりに体重をかけながら、神経を足先に集中させて。
ことっ
かすかな音に、美紀の全身が凍りつく。
気づかれたか…
怖くて、振り返る勇気はない。
じっと、待つ。
館は、静まり返ったままだ。
美紀は、階段を一段降りる。
何の気配もない。
だいじょうぶ…気のせいよ…
自分に言い聞かせる。
このうちを出なくちゃ…
耳の奥が、ジーンと鳴っている。
静寂が立てる音。
ようやく、玄関ホールに降り立つ。
どれほどの時間がかかったことだろう。
数分?
数十分?
美紀には、もっとずっと長い時間に感じられた。
ゆっくり、慎重に、玄関のドアに近づく。
ノブに手をかける。
心臓の拍動が聞こえる。
かちっ
かすかな金属音がして、それからドアが音もなく開く。
湖まで下っていく館の前庭の斜面は、月明かりを受けて雪が輝いている。
湖水が、月を映している。
どっちに、行こう…
美紀には、ただひとつの方角しか思いつかない。
この館にたどり着いた道を、逆にたどって…
森に向かって、一歩踏み出す。
さくっ
雪を踏む音。
ひざ下まで雪に埋もれる。
さくっ
2歩目を踏み出す。
心臓が早鐘の打つようだ。
さくっ
ああ…
早く歩けないよ…
雪が…
雪のせいで…
足をとられる。
急がなくちゃ…
早いとこ、森に入らなくちゃ…
さくっ、さくっ、さくっ、さくっ…
振り返る。
屋敷は、暗闇に閉ざされ、美紀の後を追うものはいない。
さくっ、さくっ、さくっ、さくっ…
振り返る。
屋敷のエントランスから続く、美紀の足跡。
左京やモニクが気がついたら…
フリッツに後を追わせるだろう…
ドーベルマンだもの…
飛ぶように追いかけてきて…
美紀は、突然、敦史の最後の姿を思い出す。
フリッツの鋭い歯に食いちぎられ、ずたずたに引き裂かれて、ぼろくずのような肉塊に成り果てた敦史
の屍。
森に向かって、必死に歩む。
しかし、森は一向に近寄らない。
果てしなく遠いかなたにあるかのようだ。
恐怖と、苛立ちと…
身体が冷えてくる。
足先…ふくらはぎ…
森は、まだずっと向こう…
絶望が、美紀を襲う。
恐る恐る、屋敷を振り返る。
ああ…
かすかな喜び。
屋敷が、遠のいていることが、はっきりわかる。
希望の光が、美紀の胸を点す。
行く手を見つめる。
森が、森が、すぐそこに…
自分に言い聞かせて、一歩一歩足を踏み出す。
屋敷を出て、どれほど時間がたっただろう。
振り返る。
戦慄が走る。
屋敷の窓に、明かりが見える。
あれは…左京とモニクの寝室…?
気付かれた!
ああっ…!
助けて!
誰か…誰か、助けて…!
部屋のドア、閉めたよね…
モニク、あたしが眠ってるって、思うよね…
閉めたよね…
絶対、閉めたよね…
ああ…覚えてないよ…覚えてない…!
ドアが、開いたままだったら、モニク、覗いて…
あたしが、いないって、わかって…
閉めたよ、うんうん、絶対、閉めた!
美紀は、森に向かって、歩み続ける。
自分を安心させようと、自分に言い聞かせながら。
必死で歩き続ける。
振り返る。
屋敷は、ずっと後ろのほうに遠ざかり、寝室に明かりがついているのかどうかさえわからないほどにな
っていた。
森の入り口に着いた。
冷え切った身体で。

あの日、吹雪の日、敦史とどこをどう歩いてここまで来たのか
美紀には想像もつかなかった。
行く手には、深い森が広がっているように思えるし
あの日、車を捨てた場所からここまで、それほど歩いてはいないような気もした。
じっと佇んでいるわけにはいかない。
恐ろしい一族から逃れるには、森に入っていくしかなかった。
木立の間を、美紀は進む。
枝葉の間から降ってくる月明かりが、行く手をぼんやりと照らし出している。
立ちふさがる太い幹を回り込んで進んでいく。
しばらく進んだところで、振り返ってみると、見えるのは木立ばかり。
なだらかな斜面が続く。
次第に、傾斜が急になっていく。
美紀は、地面の起伏を、上へ、上へと進んでいった。
疲れをまったく感じなかった。
ひたすら歩き続ける。
足元をしっかり見つめながら。

足元の傾斜が次第に緩やかになり、それから次第に下り始める。
山の向こう側に出られる…
美紀は喜びに満たされる。
追ってくる気配は…ない。
風に吹かれて枝葉が立てる音
枝に積もった雪が、地表に落ちる音
美紀を怖がらせた音も、今は慣れてしまった。
次第に明るくなってくる。
立ち止まる。
見上げると、空が明るくなり始めている。
夜明けだ。
時計は、午前7時を回っている。
一休みしたい…
ちょっとだけ、身体を休めたい…
でも…
美紀は、歩き出す。
時計が9時を過ぎたころ、行く手に立ちふさがる木立がまばらになっていき、そして、森を出ると、目
の前に美しい景色が広がった。
絶望的に美しい、景色が。
北欧を思わせる深い森に覆いつくされた山肌。
朝日を浴びて、きらきらと輝く湖水。
そして、数十メートル先に、忌まわしい一族が棲むあの屋敷があるのだった。
屋敷をじっと見詰めながら、美紀はその場に崩れ落ちるようにしゃがみこむ。
一晩かかって、必死に歩き続けて、美紀がしたことは、森を抜けて屋敷の反対側に出ることだった。
全身から、力が抜けていく。
「おはよう、美紀」
背後から声をかけられて、振り向くと、左京と隼人が並んで立っており、美紀を見下ろしていた。
「美紀、ここからは、出られないんだよ」
隼人が、冷ややかに微笑んだ。
気を失って崩れ落ちる美紀を、左京が抱きかかえた。

第12章

「気がついたね」
美紀は、狭いベッドに横たわっていた。
粗末な寝間着姿で。
天井が低い、狭い部屋。
小さな明り取りの窓から、光が差し込んでくる。
屋根裏部屋?
どこにこんな部屋が…
気がつかなかった…
「おなかが、すいただろ?」
ベッド脇の粗末な椅子に腰掛けた左京が、美紀を見つめている。
「午後3時を過ぎたところだよ、美紀」
ああ…昨夜、この屋敷を抜け出して、森を抜けて…
森を抜けたら、屋敷の裏に出たのだった。
「起きられないなら、食事を持ってきてあげようか」
冷ややかな表情をしながら優しい言葉をかけてくるこの男は
昨夜、化け物の姿になって、美紀を犯した男でもあった。
のろのろと起き上がる。
何か食べなきゃ…
体力、取り戻して…
元気を出さなくちゃ…
すべては、それから…
「着替えは、ここにある」
左京が指差す方向に、小さなクロゼット。
立ち上がろうとしてよろけた美紀を、左京が支えようとする。
「いやっ! 触らないでっ…!」
左京の手を激しく振り払う。
左京の目に、哀しみが浮かぶ。
美紀は、当惑する。
なによ! こいつ…
あんなひどいこと、しておいて…
「着替えたら、下においで」
左京は、部屋から出て行った。
クロゼットの中には、黒いブラウスと、タイトスカートが掛かっていた。
瀬里奈の部屋のクロゼットのように、華麗なドレスなど1着もなかった。
引き出しには、下着が1組。
これは、左京の好みなのか、筆者の好みなのか
黒いブラとパンティ、シームのはいったストッキングに、黒いガーターベルト。
もお!
美紀が着てきた衣服は、影も形もなくなっていた。
お葬式みたい!
黒い下着をつける。
……!
やっぱり…
めちゃめちゃ、いやらしい下着…
乳首も、ヘアも、お尻の割れ目も、スケスケのドスケベな下着。
やだ!こんなの…
ほかに、着るものはないのだ。
ブラウスを着る。
光沢のある、柔らかな手触りのシルクサテンのブラウス。
やらしい!
身体にぴったり張り付いて、むっちりと盛り上がった胸の先端には、乳首がくっきり浮きあがっている。
スカートは、ストッキングを止めるガーターベルトのフックが、やっと隠れるくらいの短さ。
素っ裸でいるより恥ずかしいほどのいやらしい格好をして、美紀は狭く暗い廊下に出る。
狭くて急な螺旋階段が、下の階に続いている。
狭い階段室に降り立つと、目の前に小さな扉が立ちはだかった。
ドアノブがなく、押してみても、びくともしない。
柱のボタンに気がついて、それを押すと、音もなく開き、
目の前に、見慣れた光景が広がった。
真正面、廊下の奥に、左京の書斎、
廊下の左右に、寝室が2つずつ。
左側手前が隼人の、奥が夫婦の寝室。
右側奥が、客用、手前が瀬里奈の寝室。
階段室から廊下に出ると、背後の隠し扉が閉まる。
振り返ると、そこは、ただの壁。
隠れるように小さなボタンがあって、それはもとより隠し扉の開閉ボタン。
昨夜まで使ってきた来客用の寝室から、屋根裏部屋に追いやられたことを、はっきりと自覚する。
屋敷中が静まりかえっている。
まるで、無人の屋敷のように。
階段を下りる。
ダイニングは無人だった。
奥のキッチンから音がする。
モニクが、夕食の支度をしていた。

「いつまでも、惰眠をむさぼっているんじゃないよ、美紀!」
厳しい口調だった。
美紀は、覚悟ができていた。
この屋敷を抜け出す機会を見つけなくちゃ。
どうやったら逃げ出せるか、しっかり見極めて、それから逃げるんだ…
その日が来るまでは…
「さっさと食事をしておしまい。仕事がたくさん待ってるんだからね」
モニクが手早く作った料理をテーブルに置く。
「お食べ」
一人座って、黙々と食べる。
正面の壁をじっと見つめながら。
いつか、逃げ出すんだから…
絶対、逃げてやる…

言いつけられた仕事は、2階の寝室2つ、美紀が使っていた部屋と、瀬里奈の部屋のベッドメイキング
だった。
バイオレットを基調にした寝室は、昨夜美紀が抜け出したときのままだった。
ベッドメイキングなど初めてのことだが、見当がつかない仕事ではなかった。
力仕事ではあったが。
クロゼットの中は、空っぽだった。
美紀が残していったものは、無くなっていた。
瀬里奈のための薔薇色の寝室を片付け、キッチンに戻る。
テーブルに食器を並べる。
昨夜のように、4組の食器を。
「なにやってんの! 今夜はお客がふたりだからね」
お客?
お客があるの?
もしかしたら…もしかしたら…
そのひとたちに助けを求めて…
まさか…
どうせ、この家族の仲間なんだ…
美紀の胸を希望と絶望が交錯する。
でも…でも…もしかしたら…
テーブルに6組の食器を並べたとき、モニクの厳しい声が飛んできた。
「美紀、何を考えているの! おまえは、今日からうちのメイドなんだ、お客さんじゃないんだよ! お
まえはキッチンで食べるんだよ!」

ダイニングに、左京と隼人が現れる。
「お客さんは、遅いね、モニク」
「ぼく、腹ペコだよ」
「もう少し待ってちょうだい。そろそろ森の出口の辺りだから」
「美紀、何か持ってきてくれよ」
何かって、何を…?
隼人に尋ねようとした。
「うちの明かりに気付いたようだよ。こっちに向かってる」
えっ!
「どんなお客なの?」
「国道沿いのコンビニで強盗を働いて…」
「おいおい、とんでもない連中だねえ」
「警察に追われて、森に逃げ込んだ連中だよ」
どうして、わかるの?
モニク…あんた、超能力があるとでも…?
「お着きだよ」
モニクは、美紀を見る。
乳房のふくらみ、腰のくびれ、尻の張り出し具合が、露骨にむき出しになっている姿。
腰に吸い付くようにしているミニのタイトスカート。
ガーターベルトのレース模様が浮き上がっている。
「美紀、お客様をお迎えして」
ドアのチャイムが鳴る。

「えへへへへ、助かったよ」
「うへぇ、寒かったあ!」
美紀が開けたドアから、20代後半と思われるふたりの男が転がり込んできた。
いやな雰囲気が臭いたつ男たち。
玄関ホールを見渡し、それからダウンジャケットを脱ぐ。
安堵感に充たされると、男たちは、直ぐに美紀の服装に気がついた。
男たちは、視線を交わす。
口元がほくそえむ。
以心伝心。
「オレ、リョウ…」
にたにた笑いながら、背の高いほうが、美紀に手を差し出す。
「オレ、テツ」
そのとき、玄関ホールに、モニクが現れる。
男たちは、ぎょっとする。
燃えるような真っ赤な髪の白人女性が現れたからだ。
その目は、神秘的な緑色をしている。
「いらっしゃいませ」
「に、日本語、話せるんすか!」
「少しだけ」
「あ、あは、あは、あは、あははは」
「ぶったまげたぜ」
チビのほうが、脅かすんじゃねーよ、とつぶやく。

「メシ、ねーんすか? オレ、苦手なんすよ、洋食ってやつ」
「困りましたねえ、我が家は、家内が料理を作るので、和食というものがないのですよ」
「けっ! こんなもの、食えるかよぉ」
チビが、あからさまに不平を言う。
美紀は、ふたりの身勝手さ、厚かましさに、いやな予感が的中したことを悟る。
この人たちが私を救い出してくれるなんてこと、ありえない…
いやらしい目つき…
ああ…なんてこと…
美紀の身体に露骨な視線を這わせるふたりに、美紀は恐怖を覚えた。
乳首を見つめるチビと視線が合ったとき、チビは、唇をベッチョリと舐め、乳首を吸うしぐさをして見
せたのだ。
じっと、美紀の下腹部を見つめる。
それから、美紀に流し目をおくり、ニタリとしたのだった。
しかし、彼らの傍若無人な振る舞いにも、左京も、隼人も、モニクも、口元にはかすかな笑みを浮かべ、
冷ややかな視線で応えるだけだった。
「ねえ、カップ麺かなんか、ないの?」
「あいにく、そのようなものは…」
「腹ペコなんすよ!」

男同士、おんなじベッドに、寝られるわけ、ないっしょ! と言うので、モニクは、ふたりに2階の寝
室をひとつずつ使わせることにした。
隼人が、露骨にいやな顔をした。
気付いたチビの顔が、一瞬で凶暴なものに変わった。
隼人は、視線をそらせた。
チビは、にたりとする。
けっ、いくじなしが…
しかし、それはチビの誤解なのだが。
隼人には、チビを怖れる理由はない。

夕食が済んで、ふたりの闖入者は寝室に上がる。
左京は、音楽室に、隼人は、書斎に。
モニクは、美紀にこまごまと言いつけて、寝室に退いた。
ひと休みするのだ、という。
美紀は、ひとり台所で夕食を取る。
フォアグラのソテーは、美味で、美紀に力を与えてくれる。
メイドとしての仕事はたくさんあった。
食器の後片付け。
それが済むと、2階に上がる階段の後ろに隠された扉から、初めて地下室に下りた。
食料庫、燃料庫、リネン室。
洗濯物は、ボイラー室の脇の乾燥室にあった。
美紀は自分の衣服を探したが、影も形もなかった。
不慣れな仕事をして疲れ果て、屋根裏部屋に通じる隠し扉のスイッチを押す。
ドアが静かに開いていく。
ふと足元に視線が行く。
何かが落ちている。
かがんで拾い上げる。
美紀のコートについていたボタン。
握り締める。
薄暗い螺旋階段を上がっていく。
背後のドアが閉まる。
その様子を、寝室のドアの隙間からじっと見つめている目があった。
美紀がかがんだときに見えた、なまめかしい後姿。
その視線は、黒いストッキングに包まれた美紀の脚を、ふくらはぎから、むちむちした太ももへ、ゆっ
くりと這い上がる。
かがんだ拍子にストッキングと尻の間のナマあしが剥きだしになる。
へへ…
すけべなパンティ、はいてやがる…
男は、ほくそ笑み、舌なめずりをする。
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