「真夜中の図書室」アクセス25万記念作品

淫獣の城 

沼 隆

第5章

敦史は眠れない。
美紀を起こして、見たばかりのことを話そうかと思った。
迷った。
おびえていることを、美紀に知られたくなかった。
すうすうと、寝息を立てている美紀が憎らしい。
バカ女!
俺は、あんな恐ろしい目にあったんだぞ!
のんきなやつだ!

なんて綺麗な子なんだろう。
青白い月明かりの中で見た、瀬里奈の顔。
隼人と瓜二つでありながら、女らしい曲線。
その瀬里奈を犯そうとした、不気味な男。
獣のように、茶色の柔毛におおわれた体…
いきり立った赤ん坊の腕ほどありそうな陰茎。
膨れ上がった亀頭が、てらてらと光っていた。
モニクの声、姿は見えなかったが、明らかにモニクの声。
それがとめなかったら、あのおぞましい姿の獣の陰茎が、瀬里奈の体に挿し込まれていたのだろう。
それにしても、美しい女の子だ。

ドアの閉まる音に、敦史は飛び上がる。
いつのまにか眠っていた。
室内は、朝の光に満たされている。
戸口に、ブラジャーとパンティ姿の美紀が立っている。
「かわいいでしょ? また、借りてきちゃった」
「ん?」
「下着、着替えたかったし…だから…」
「ああ…」
ニコニコしながら近づいてくる美紀をぼんやり見ていた敦史は、ようやく気がつく。
「と、隣の部屋に入ったのか?」
「うん、そうだよ」
「だ、誰もいなかった?」
「ん? なに言ってるんだよ。いるはず、ないじゃん」
「う…」
「瀬里奈さん、亡くなってるんだよ」
「あ、ああ…そうだけどさ…ゆうべ…いや、ははは…」

朝食のテーブルで、敦史は何度も隼人を見た。
気づいて、隼人は顔を赤らめた。
そっくりだった。
病弱だという隼人は、色白で、優しい顔立ちをしているから、女装でもさせようものなら、瀬里奈と見
分けが付かないかも…

美紀と一緒に書斎に入り、瀬里奈の肖像画を見た。
「隼人とそっくりだよな」
「うん、双子だって言うから」
「怖いくらい、似てるよな」
「あっ…」
「どうした?」
「うん…この絵、なんか、へん…」
「ん?」
「勘違いかもしれない…」
瀬里奈を描いた、油絵。
ピンクがかったブルーのワンピース、白い大きなリボン。
美紀は、モニクを手伝って、食事の準備や後片付け、洗濯もした。
地下のボイラー室の熱を利用して、乾燥室があった。
燃料や食料がたっぷり貯蔵されていて、何週間閉じ込められても、大丈夫なようすだ。
それが済むと、夕食の支度を手伝うことにした。

敦史は、昨夜見た不気味な男のことを尋ねようか、迷っていた。
瀬里奈のことも、知りたかった。
しかし、食事が終わって、女たちが片づけを始めると、隼人は自室に退いたし、左京は、オーディオル
ームに閉じこもる。
敦史は、左京のコレクションを見せてもらったが、聴いたこともないクラシックのレコードばかりが並
んでいて、早々に引き上げたのである。
ひとりになった敦史は、書斎に入る。
それから、びっしりと書物が詰まった棚を眺めた。
慶鳳大学で美術史を教えている学者先生の書棚らしく、横文字の本ばかりが並んでいる。
小説すら、原語で読むということで、どうしようもなかった。
そうだ、昼寝をしておこう…
夜中に…

夜が来た。
物音ひとつしない。
敦史は、そっとベッドを抜け出し、細心の注意でドアを開けて廊下に出る。
屋敷中が、シーンと静まり返っている。
瀬里奈の寝室に入る。
月明かりが、部屋の内部を青白く照らし出す。
ベッドの中央が、人の形に盛り上がっている。
そっと枕元に近づく。
昨夜と同じように、瀬里奈のかすかなあえぎ声。
敦史は、瀬里奈が悲鳴を立てたら、布団で口をふさごうと考えている。
瀬里奈の後頭部だけが布団からのぞいて見える。
つややかな黒髪。
「あっ…あっ…あっ…」
敦史は、布団をめくりたい衝動に駆られる。
「ん…ん…ん…」
瀬里奈の体がヒクヒクと蠢くのがわかる。
「うっ…うっ…うっ…」
「うっ、うっ、うっ、うっ…」
「ううううううううううっ…」
ふうっ、と大きなため息をついて、瀬里奈の全身から力が抜ける。
敦史は、瀬里奈に覆いかぶさる。
瀬里奈の体が硬直する。
恐怖からか、瀬里奈は悲鳴を上げなかった。
敦史は、瀬里奈の耳元でささやく。
「怖がらなくていいよ」
敦史は、布団にもぐりこむ。
瀬里奈の体温で、暖かい。
「いやっ」
「大きな声、出すなよな」
「いやっ」
瀬里奈の柔らかいからだ。
抱きしめる。
「やめてっ」
寝巻きのすそは、先ほどの瀬里奈の自慰でめくれ上がっていて、下半身がむき出しだ。
「いい匂いだ」
「いやっ、やめてっ」
瀬里奈は、敦史の腕の中で、かすかに震えながら、しかし、逃げ出そうとするそぶりがない。
「怖がらなくていい」
ほほに口付けをする。
「きれいだ、瀬里奈」
恐怖に目を見開いて敦史を見つめる。
かわいらしい唇が、誘っているかのようだ。
敦史の口付けに、瀬里奈は唇をしっかりと閉じた。
敦史が舌でこじ開けようとしても、応じない。
けれど、助けを求めて悲鳴を上げるわけでもないし、敦史の腕から逃げ出そうともしない。
悲鳴を上げられたら、向かいの部屋の隼人が、そして、この屋敷のあるじ夫婦が、駆けつけてくるだろ
う。
いや、あの化け物が…
わずかな抵抗しか示さない瀬里奈に、敦史は安堵して、大胆になっていく。
寝巻きの前をはだける。
こぼれだした乳房は、弾力があり、程よい大きさだ。
敦史は、瀬里奈を上目遣いに見つめながら、音を立てて吸った。
「ああっ…いやあ…やめて…」
乳房を吸いながら、下腹部に指を這わす。
すべすべと滑らかな、柔らかい肌。
草むらにたどり着く。
両膝に力を入れて閉じようとするわけ目に、敦史は指を進める。
そこは、蜜があふれていた。
膨れ上がった肉芽が見つかる。
くっ…
枕に顔をうずめるようにして、瀬里奈はかすかにうめく。
肉壷は、きゅっと敦史の指を締め付ける。
敦史は、手早くパンツを脱ぐと、瀬里奈の両足に下半身を分け入れる。
「いやぁっ!」
敦史を押しのけようとする瀬里奈の腕は、大して力が入っていない。
なんだ、抵抗するふりをしてるだけじゃないか…
これから犯す瀬里奈の全身を見たいとおもった。
敦史は、掛け布団を跳ね除ける。
瀬里奈は、目にいっぱい涙をたたえている。
ほっそりとした首。
先ほど吸って、キスマークをつけてしまった乳房。
柔らかい腹。
草むらのすぐそばに、いきり立った敦史の陰茎がある。
入れてやるよ、瀬里奈…
したいんだろ…?
右手を陰茎に添えて、瀬里奈の陰裂にあてがう。
ヌルヌルした感触に、亀頭がさらに膨れ上がる。
肉壷の入り口は、すぐに見つかる。
「あっ!」
瀬里奈のかすかな悲鳴。
亀頭を埋める。
それから、ずぶずぶと埋め込んでいく。
ぐいぐいと締め付けてくる。
なんて…締りが…いいんだ…
「いやっ…いやっ…いやっ…」
ぐるっ…
背後に奇妙な音を聞いて、敦史は振り向く。
いつの間に忍び込んだのか、ベッドのすぐ脇に漆黒のドーベルマンがいた。
追い出そうと、体を起こして、瀬里奈から陰茎を引き抜いた刹那
一瞬のうちにドーベルマンが敦史に飛び掛り
突き出した陰茎を、ぶら下がった玉袋ごと食いちぎる。
ぎゃっ!
股間から噴出す血しぶきを、両手で押さえながら、敦史はベッドから飛び降り、出口に走る。
美紀のいる部屋に戻ろうと廊下に飛び出した瞬間、行く手を、あの毛むくじゃらの化け物に阻まれた。
廊下の反対側へ、それから階段を転がるように駆け下りる。
どこに逃げる…!
敦史を恐怖が、絶望が襲う。
「助けてくれっ! 美紀っ! 助けてっ!」
屋敷に、敦史の悲鳴が響き渡る。
ダイニングに通じるドアも、客間に通じるドアも、開かない。
ドーベルマンが、ひたひたという足音を立てながら近づいてくる。
毛むくじゃらの男も、階段の下まで降りてきた。
「美紀っ! 美紀っ! 美紀っ! 助けてくれっ!」
正面玄関の扉に追い詰められた敦史は、ドアの取っ手をつかむ。
音もなくドアは開き、敦史は屋敷の外に転げ出る。
敦史は、湖に向かって、走り出す。
積もった雪に、足を取られ、どっと倒れこむ。
雪の冷たさも、何も感じない。
ぐるっ…
「助けてくれぇ!」
体を起こして、ドーベルマンに許しを乞う。
ぐるっ…
敦史を覗き込むようにして近づいてきたドーベルマンを殴りつけようとしたとき
ドーベルマンは、ほんのわずかな動作でそれを交わす。
敦史には、ドーベルマンがかすかに笑ったように見えた。
次の瞬間、ドーベルマンは、敦史の腹部にがぶりと噛み付いていた。
ぎええええっ!
ずるずると内蔵が引き出されていく。
敦史の目には、天空に輝く無数の星が見えるばかり。
やがて、何も見えなくなった。

第6章

敦史が、瀬里奈の部屋に忍び込むのと入れ替わるかのように、美紀の寝室に忍び込んだものがいた。
すやすやと寝息を立てている美紀の寝顔を覗き込んだのは、あの、全身を栗色の柔毛で覆われた、醜い
顔の大男だった。
乱杭歯の間から、シュウと息を吐く。
はふっ、はふっ、はふっ…
うれしそうに笑う。
腰に巻きつけた布切れを解く。
いきり立った陰茎が、にょっきりとそそり立つ。
はふっ、はふっ、はふっ…
美紀が目を覚まし、大男を見上げた瞬間
男は、美紀の掛け布団を引っぺがした。
「きゃあああっ!」
敦史を探して、脇を見る。
敦史の姿は、ない。
男が、全裸で、ペニスを突き出すように立っている姿に、震え上がった。
…ゆめ?
…ゆめなら、醒めてよお!
男は、美紀の寝間着をバリバリと引き裂く。
ボタンがはじけ飛ぶ。
美紀は、おびえて、体をえびのように丸める。
胸と、下腹部を隠すように。
あふぅ、あふぅ、あふぅ…
男は、美紀の乳房にむしゃぶりつく。
「いやあああああっ!」
敦史、助けて…助けてよぉ!
ぺちょ…ぺちょ…ぺちょ…
男の舌が、乳房をねっとりと這い回る。
男の不気味な視線に、美紀は目を閉じる。
男のごつごつした肉棒が、美紀の膝頭をたたく。
のたりのたりと這い回る陰茎の先端から滲み出た、ヌルヌルした液体が、美紀の肌に糸をひく。
男の唇が、下腹部に下がっていき、へそを舐めまわす。
ねっとりとした舌の感触が、さらに下がっていって、パンティの縁まで来る。
「うふあぁ!」
男は、嬌声を上げた。
あふぅ、あふぅ、あふぅ…
満面に笑みを浮かべ、美紀のパンティに指をかける。
「いやあああっ! やめてっ!」
腰をよじって逃れようとする美紀に、男は激しい怒りを示す。
力任せに美紀の尻を持ち上げると、ナプキンごと鷲づかみにして、むしり取った。
「いやっ! いやっ! いやっ!」
力づくで大きく広げた美紀の股間に、男は顔をうづめる。
それから…
ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ…
経血に濡れた美紀の陰裂を、なめ始めた。
「あああっ! いやああっ!」
身の毛のよだつ男の行為に、美紀の悲鳴は、泣き声に変わっている。
……早く、醒めてよぉ…ゆめなら、醒めてよぉ!
それにしても、夢の中とは思えない、リアルな感触。
男は、舌の先を秘穴に挿しいれる。
べろり、べろりと舐めまわす。
美紀は、両手で男の頭を押しのけようとするが、ぴくりともしなかった。
それから…
男が、美紀の表情を確かめるとでも言うように、顔を上げる。
口の端が、経血に赤く染まっている。
にたっ、と不気味に笑い、それをべろりべろりと舐めとる。
「うほぉ」
男は美紀の肉の入り口を覆うように、ぴったりと唇を押し付けると
勢いよく、吸い始めた。
じゅるる…じゅるる…じゅるる…
膣の中はおろか、子宮の中の経血も吸い出そうとするかのように。

男が、体を起こし、膨れあがった肉棒を一度しごく。
恐怖に震える美紀を、にたにたと見下ろしながら、ゆっくりと腰を沈め、亀頭を肉穴にあてがう。
ぐっ!
亀頭が押し込まれる。
「いやああああっ!」
ぐぐぐぐぐっ、と押し広げられ、それから、男が腰を突き出しながら、肉棒を進めてきたとき、美紀は、
気を失った。

ノックの音に目が覚める。
「美紀さん、美紀さん」
隼人の声だ。
脇を見ると、敦史がいない。
「はい」
隼人に返事をする。
「下に来てください」
「はい」
何事だろう。
起き上がりながら、性器に違和感を感じて、昨夜のことを思い出す。
あ!
あの男に…
性器に、何か挿しこまれているような感触がある。
昨夜、あいつに犯されたのだろうか…
突然、恐怖に襲われる。
寝間着を引き裂かれ、下着をむしりとられて…
……!
寝間着も、そしてパンティも、ベッドに入る前に着たものだった。
どこも破れていない。
やっぱり、ゆめだったの?
でも、アソコ、なんか、へん…
太いものを挿しこまれた感じがするんだけど…
キュン、と締めてみる。
なにも、ない…でも…
ナプキンは、ほとんど汚れていなかった。
そろそろ、終わりかな…
敦史、どこなんだろう…
おなかがすいて、先に下りて行ったのかなあ…

階段を下りていくと、玄関ホールに隼人と左京、それにモニクが立っていた。
美紀を待っていた様子だ。
3人が、美紀を見つめ、暗い表情になって、視線をそらす。
「美紀さん」
左京が口火を切った。
「しっかり、私の話を聞いてくれ」
美紀は、左京の口調にただならぬものを感じて、鳥肌が立った。
なにがあったの?……敦史に、何かあったの?
不安で、言葉にならない。
「敦史さん、ひどいことになってるんだ」
「えっ…」
「敦史さん、夜中に外に出て…」
「なにが…、敦史、どこにいるんですか?」
「見ないほうがいい」
「敦史、どこにいるんですか?」
隼人が、玄関の扉を見る。
「外に?」
そうだ、と言うように、左京がかすかにうなずく。

厚い雲が垂れ込めていた。
陽がさせば、まぶしいほどの銀世界なのに。
一面、灰色の世界だった。
敦史の凄惨な死体は、玄関からほんのわずか湖に向かう雪の中に横たわっていた。
腹部がぱっくりと口を開け、あばら骨がむき出しになり、内臓が食いちぎられて、どす黒い血の塊にな
っている。
顔は、恐怖のあまり眼球が飛び出し、叫び声を上げているかのように口を大きく開いている。
美紀は、すさまじい光景に、モニクに支えられながら、雪の上に吐いた。
……警察を呼ばなきゃ、それまでは、このままにしといたほうがいい。
……うちの中に入れたら、どこも暖かいからね。
……そうだね、雪の中のほうが、傷みが少ないかもしれないね。
……いっそ、雪をかぶせておいたほうが、いいと思うよ。
美紀は、モニクに抱かれるようにして、隼人と左京が、敦史の死体に雪を厚くかぶせるのを見つめてい
た。

ダイニングのテーブルを囲んで、4人は押し黙ったままである。
「なにがあったんですか?」
美紀が、重い口を開く。
「わからないよ。何で、敦史さんが、裸で雪の中に出て行ったのか…」
「寝ぼけたのかなあ」
隼人の言葉に、そうかもしれない、と美紀は思った。
でも…
「狼かなあ…それとも…」
隼人が、美紀をじっと見詰めながら続ける。
「急に雪が降ったから、山の動物たち…」
隼人は、言葉を濁す。
美紀の気持ちを考えると、言葉にできないことばかりであった。
モニクが、カフェオレを運んできた。
「美紀さん、温まりなさい」
「そうだね、すこし飲みなさい。気持ちが落ち着くよ」
美紀は、カフェオレがたっぷり入った大きなカップを手元に引き寄せる。
モニクと、隼人と、左京の心遣いが伝わってくる。
しかし、美紀には、尋ねたいことがあった。
「あのお…」
「何ですか、美紀さん」
「あのぉ…お宅では、犬を飼っていないんですか?」
「犬?」
3人は、怪訝そうに顔を見合わせる。
「犬って?」
「い、いえ…いいんです」
やはり、あれは、ゆめ…
とても、いやな、恐ろしい、ゆめ…
「あのぉ…最初の夜、とても怖い夢を見たんです」
3人が、じっと美紀を見詰める。
真剣なまなざしに、美紀はたじろいだ。
「怖い夢って?」
「犬が出てきて…」
まるで、射すくめるような目で、隼人が美紀を見つめている。
「ドーベルマンなんですけど…フリッツっていうんです」
「フリッツ…」
モニクがつぶやいた。
「ああ、フリッツ…」
左京が、ためらいの表情を浮かべる。
「フリッツですか。美紀さん、フリッツと言うのは、瀬里奈が可愛がっていたドーベルマンの名前です」
左京が、隼人をちらりと見る。
美紀は、驚いた。
隼人の目には、怒りというか、憎しみというか、強い感情が表れていた。
美紀の背筋に寒気が走る。
左京は、隼人を見ながら続けた。
「瀬里奈が交通事故で死んだとき、フリッツも一緒に…」
「どうして、フリッツが私のゆめに…」
「さあ、どうしてでしょうね…」
硬い表情で見詰め合う隼人と左京を、モニクが冷ややかな顔で眺めているのに、美紀は驚いた。
不思議な家族…
なんだか、秘密がありそう…
「警察、どうするの?」
「ううん…まだ、町まで行けそうにないからなあ」
「あ、雪だ」


第7章

食欲がすっかりなくなっている美紀は、左京とモニクに励まされるようにして、昼食を済ませた。
後片付けを済ませると、オーディオルームにいる左京にコーヒーを運ぶ。
オーディオ装置に馴染みがない美紀にも、音質のすばらしさがよくわかった。
室内楽の繊細な響きが、美紀の心を捉える。
テーブルに置かれた、CDのジャケットが目に留まる。
ギリシャ神話を題材にした絵だろうか。
角と、とがった耳を持った裸の男が、女の乳房を吸っている。
うつろな目をした女は、上体をわずかにのけぞらせ、唇を少し開いて、愉悦の表情を浮かべている。
エロティックなジャケット。
「美しい曲ですね」
左京は、かすかに微笑む。
「気に入ったかな?」
「はい」
美紀は、左京の隣に座る。
「ブランドン・ヴェロールの弦楽四重奏第3番だ」
「クラシック、ほとんど聴かないんですけど。どこかで聴いたみたいな…」
左京は、うんうんと、嬉しそうにうなずく。
「ひとの本能に沁みこんでくる音楽だからね」
「そうですね」
「そう、この第2楽章は、格別だよ」
美紀は、CDケースを手に取る。
ケースの裏側には、4人の演奏者の写真が載っている。
「コンヌ・ムイエ四重奏団は、ヴェロールの曲を演奏するために結成されたグループなんだ」
官能をそそる音楽だ。
第1ヴァイオリンが奏でる旋律と、ヴィオラの奏でる旋律が、まるでセックスをしている男女のように
絡まりあっている。
「美紀さんのコーヒーを持ってきてあげよう」
あわてて立ち上がろうとする美紀を制して、左京はさっさと出て行った。
ジャケットを取り出す。
ぱらぱらとめくる。
輸入盤らしく、日本語は、どこにもない。
ジャケットの中央部分に、表紙に使われている絵画の全体が印刷してあった。
美紀は、一瞬目を奪われた。
男女の交合図だった。
女の背後から、節くれだった陰茎が、陰唇を左右に大きく広げながら、挿しこまれている。
生々しく彩色された陰唇はめくれあがって、おいしそうにソーセージをむさぼる唇のようだ。
陰茎も、粘膜も、しっとりと濡れている。
栗色の柔毛が縁取っている。
充血して赤みを帯びたクリトリスが、顔をのぞかせている。
左京がコーヒーを手に戻ってくる。
美紀は、あわててジャケットをケースに戻す。
頬が朱に染まるのがわかる。
音楽は、第2楽章の終盤に差し掛かっている。
あえぐようなヴァイオリンに、次第に高まっていくヴィオラが重なり、まるで腰の動きを表すかのよう
にチェロがリズムを刻む。
美紀は、コーヒーカップに手を伸ばすことができない。
音楽で、感じていた。
ヴィオラが《射精》のメロディを激しくかなで、それから、スーッと退いていく。
美紀は、濡れていた。
左京を見ることができなかった。
感じて、濡れていることに、きっと気がついている。
それが、恥ずかしかった。
この場を離れたくても、立ち上がることができなかった。
第2楽章が終わる。
「どう? 気に入った?」
「はい」
美紀は、そう答えるしかなかった。
「よかった」
左京は、そういうと、停止ボタンを押した。
「美紀さんの慰めになって、よかった」
美紀を見つめる目には、優しさが溢れている。
「ひとりにしてあげようか?」
「えっ」
「私は、書斎に移ってもかまわないんだよ」
ひとりになりたかった。
左京の心遣いに礼を言って、自分の部屋に戻る。
ベッドは乱れたままだ。
一瞬、敦史を探していた。
ああ、いないんだ…
敦史、死んでしまった…
敦史を思うと、涙が溢れ出し、声を上げて泣いた。

泣き疲れて眠り込んでしまった。
目が覚めると、薄暗くなっている。
時計は4時を指している。
生理が終わっていた。
ナプキンから解放される!
気分を変えたくて、シャワーを浴びる。
元気を出したかった。
めそめそしていても、どうしようもない。
瀬里奈のタンスから、赤い下着を拝借して、真っ赤なワンピースを着る。
鏡に向かって、笑顔を作る。
「美紀、元気出して!」
鏡の中の自分に向かって声に出した。

夕食に、ワインがあけられた。
牛肉のパイ包み グリーン・ペッパー・ソース添え
デザートは、りんごのタルト
昨夜まで敦史が一緒だったことを誰一人話題にしないでおいしい料理を味わった。
モニクは、すばらしい料理人なのだ。
隼人は、無口だ。
いや、この家の家族は、口数が少ない。
それは、敦史の異常な死に方をけなげに受け入れている美紀に気を使っている、と言う様子でもなさそ
うだった。
普段から、こうなのだろう。
そう、3人が3人とも、どこか、よそよそしいのだ。
左京が、マーラーのピアノ協奏曲第2番を話題にした。
カラヤン指揮、ベルリン・フィルの演奏は、最上の演奏だ。
ピアノのドミニク・ファブールも、精緻を極めていて、どのピアニストよりも優れている。
穏やかな声で、静かに語る。
隼人も、モニクも、ときおり同意を示すように、二言三言口をはさむ。
「食事の後片付けが終わったら、一緒に聴かないか?」
「ぼくは、いいよ」
美紀は、隼人のきっぱりとした口調に、驚いた。
「書斎で、調べ物をしていいかな?」
「ああ、かまわんよ」
父親と息子の間に冷ややかな空気が流れた。
「私も、書斎に行っていいですか?」
隼人が、いぶかしそうな顔をする。
でも、こんな早い時間から自分の部屋にひとりでいたくなかった。
敦史のことが、どっと押し寄せてきそうな気がした。
左京とクラシックを聴くのは、昼間のこともあり、億劫だった。
「隼人さんの邪魔はしませんから」
「あ、ああ…ぼく、かまいませんよ」
左京に残念そうな表情が浮かぶ。

書斎の暖炉も、赤々と燃えている。
テーブルを挟んで、はす向かいに座る。
隼人は、何か原書を読んでいる。
美紀は、書棚に画集を見つけ、広げる。
馴染みがない画家のものばかりだった。
左京が、美術史の専門家であることを思い出す。
トイレから戻ってきて、新たに画集を取り出す。
表紙に、見覚えがある作風の画家だった。
表紙には、ETAU FOURAILLER と、大きな活字で印刷してある。
書物を読みふけっている隼人に尋ねた。
隼人は、ぎょっとした顔を一瞬のうちに消して
エト・フライエ、と教えてくれた。
初期の作品群は、なんと言うこともない肖像画であった。
途中から、見覚えのある作風に変わった。
そして…
男女の交接図が現れた。
女と男が、夢中になってセックスをしている絵。
結合した性器が、生々しく描かれた絵。
耳に、昼間聴いた、あの旋律がよみがえる。
ヴェロールの、性交をそのまま音楽にしたような、エロティックな…わいせつな旋律。
美紀は、体が熱くなった。
隼人の目が気になった。
隼人は、姿勢をまったく変えずに、読書を続けていた。
本を閉じて書架に返そう…
美紀は、動けなかった。
性器に、何かが深々と挿しこまれている感覚が、美紀を動けなくさせていた。
きゅっ、と、締めてみる。
確かに、そこに、それがある。
ソファから、にょっきりとそそり立つ肉棒が、美紀の体内にもぐりこんでいるのであった。


第8章

昼間聴いた音楽。
ひざの上に広げた画集。
それが、美紀を欲情させている。
体の芯が、熱くたぎり、セックスを求めている。
異様な感覚が、美紀を突き上げる。
ソファに腰掛けている美紀の性器に、ぶっすりと挿しこまれた男根。
ソファにペニスが生えるはずはない…
でも、間違いなく、ペニスの感触。
本能の赴くままに、太く、硬い肉棒を締め付ける。
乳房が疼く。
子宮が、疼く。
頬が火照る。
キモチ、いい…
乳首を摘まみたい…
クリトリスをいじりたい…
あえぎ声が漏れそうになるのを、必死でこらえる。
隼人に…隼人に気づかれる…
いやっ!
そんなの、恥ずかしい…
いやっ!
じっと、しててよ!
肉棒が、うごめいて、美紀の快感が高まっていく。
だめ! だめ! だめ!
うごいちゃ、だめ!
目を閉じて、うつむいたまま、じっと耐えようとするのに、肉棒は、容赦なく美紀を攻めたてる。
子宮を突き上げられて、声が出そう…
あああっ! もう、だめっ! がまん、できないっ!
「ああああっ! あっ! あっ! あっ! あああああんんんんんんんん」
思いっきり恥ずかしい声を出していた。
「ああん、ああん、ああん、あう、あう、あう、あう、あう」
肉棒を伝って、美紀の体から、蜜があふれ出す。
「うっ! うっ! うっ! うっ! うっ!」
肉つぼをこすりあげ、子宮を突き上げる肉棒が速さを増していき、そして、何度か激しく突きまくった
あと、びくびくと脈打ち、やがて、満足げに、名残惜しそうに、ずるずると出て行った。

体から力が抜けていく。
荒い息がおさまっていく。
隼人の存在を思い出す。
なんて、恥ずかしいことを…
隼人に、好意を持ち始めているだけに、いっそう恥ずかしい。
目を開けることができない。
静まり返った部屋の中で、隼人とふたり向かい合って、淫らな姿をさらしてしまった。
恐る恐る目を開ける。
ひざの上の画集が目に入る。
馬の下半身を持った男に犯されている、女神の裸身。
あわてて本を閉じる。
隼人が、じっと見つめていた。
冷ややかなまなざしで。
口元に、かすかな笑みを浮かべて。
「ごめんなさい」
「ふふ」
「恥ずかしい」
「そんなことは、ないさ」
「でも」
「美紀は、セックスが大好きなんだ」
「それは、そうだけど」
「恥ずかしがることは、ないよ」
「……」
「ひとの官能を呼び起こすものは、いたるところにある」
「どういうこと?」
「音楽を聴いて、セックスしたくなったり」
「……」
「絵画や彫刻を眺めて、したくなったり」
「ひどい…」
「おいしいものを食べているときに、性交したくならない?」
「……」
「食事をしながら性交するって、とっても楽しいことだと思うよ」
「皮肉? わたしを馬鹿にしてるの?」
「そんなつもりで言ってるんじゃない。それが、普通だって言ってるんだよ」
「いつも、いつも、エッチのこと考えてるわけじゃないよ」
「ふふ」
「ふふ、って…」
「左京、美紀が好きなんだよ」
「えっ」
「あいつ、美紀のこと、じっと見詰めてるだろ」
言われて見たら…
「ああ、こんな時間か…」
アンティークの時計が、もうすぐ真夜中を指そうとしている。
「寝たほうがいいよ、美紀」
美紀はうなずく。
「ぼくも、寝る」
恥ずかしさと、隼人の言葉遣いと、思っても見なかった左京のことに、隼人のそばから離れたかった。
「本は、ぼくが片付けるから、そのままでいいよ」

寝室に戻って、美紀は寝間着に着替える。
パンティが、びしょ濡れになっていた。
ワンピースのお尻のところも。
なにがあったんだろう。
犯されている感じは、確かにした。
でも、立ち上がったときに目にしたソファは、普通のソファだった。
美紀が座っていた場所に、濡れて染みができていたけれど…
それを目にして、恥ずかしくなって、逃げ出すように書斎を出たのだった。
エッチな音楽を聴いて
エッチな絵を見て
美紀のエッチな部分が、妄想させたのか…
そうとしか、思えない。
ヌルヌルした性器を、シャワーで洗い、隣の部屋に着替えの下着を取りにいけずに、ベッドに入る。
敦史を失ったばかりなのに…もう、いやらしい気持ちになってる…
敦史にはちょっぴり悪い気持ちがするけど…

眠れない。
この屋敷に来て、命拾いをした…
不思議な人たちのおかげで、雪の中で凍死しなくて済んだ。
でも…
敦史の、無残な死に方…
恐ろしい夢…
頭が冴えてしまう。
そうだ…
確かめよう。
書斎に引き返して…
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