肉欲の罠(修正版) 20

沼 隆

おことわり この作品は、フィクションです。
      登場する人名、地名、団体名は、
      実在するものと一切関係がありません。

登場人物  鰍沢  亮 〈犀星学園〉生
      瀬口 美奈 美恵子の次女 〈東横女学館〉生
      瀬口 梨奈 美恵子の長女 〈二子玉学園女子短大〉生
      瀬口美恵子 ビューティサロン〈グランス〉の女主人
      残間 章吾 〈残間金融〉社長
      和久井優香 〈犀星学園〉教諭
       *   *   *
      北川アヤ子  美容整形外科医
      宇梶 隼人  美容整形外科医
      牟田 沙織  看護師
      牟田 淳史  沙織の夫
      小菅 一樹  乱交パーティ主宰者


(1) 美奈

神奈川県相模原市栗原
鰍沢亮(かじかざわ・りょう)は、
残間章吾が所有するマンション、
〈スカイメゾン〉の部屋にいる。
瀬口美恵子の家から、島袋の家の離れに引っ越して、
数週間たった。
夏休みが始まった。
昼間は、島袋の家よりずっと快適な、
この部屋で過ごしている。
亮は、予備校の夏期講習には、無関心だった。
このくそ暑い中を、電車で通う時間が惜しかった。
午前中、この部屋で受験勉強をし、
午後は投資の勉強をしている。
それは、亮の将来設計の一部でもあった。
経営学と法学を勉強して、
投資のプロとしてやっていこう、と考えているのである。
兜町、できればウォールストリートで。

エントランスのインターホンから、
来客を告げる呼び出し音がした。
モニターに、美奈が映っている。
亮は一瞬ためらったが、
オートロックを解除した。

「ここのこと、梨奈に聞いたの?」
「前に、亮ちゃんのあとをつけてきたことがあるんだ」
美奈が答える。
「亮ちゃん、どうしてるかな、って」
亮の様子を見に来た、と言う。
「お姉ちゃん、ここのこと、知ってるの?」
「ああ、知ってる」
「そうなんだ・・・・・・」
「梨奈のバレエの先生が、住んでるんだ」
「二階堂先生?」
「そんな名前だったかな?」

美奈の大きな目には、不安の色があった。
奇妙な部屋だった。
生活臭がない。
無機質な部屋。
ここは、亮が通う〈学習塾〉のはず。
それらしいものは、なにもない。
ここが、〈学習塾〉のはずはない。
なんなの、ここ?
ためらって、でも、美奈は訊いた。
「ここ、塾なの?」
「そうだよ」
亮は、ためらいもなく答えた。
「先生とか、ほかの生徒とかは?」
「そのうち、来るよ」
「ウソなんでしょ?」
「ああ、ウソだよ」
来てはいけないところに来たのではないか、
美奈は、亮の秘密の生活に踏み込んでいるのである。
えたいの知れない不安が美奈を捕らえている。

亮が初めて美奈の家にきたとき、
亮は中2、美奈は小6だった。
2歳年上の男の子が突然瀬口の家に越してきて、
美奈は、そして高1の梨奈も興奮した。
〈犀星中学〉でトップクラスの成績、と聞いていた。
いかにも賢いように見えた。
よそよそしいところがいつまでも抜けなくて、
冷淡にも思われた。
それは肉親ではないからだ、
亮が遠慮しているのだ、
美奈はそう考えていた。
美奈は、亮の部屋に入り浸った。
亮が勉強するそばで、
寝転がってコミックを読みふける。
亮は、そんな美奈を、いやがらなかった。
部屋から追い出さなかった。
亮にとっては、
勉強にのめりこんでいて、
美奈のことなど眼中になかっただけなのだが、
美奈は、亮が自分に優しいのだ、と考えた。
亮の部屋に入り浸る美奈を、
梨奈が注意することもあったし、
美恵子に言いつけることもあった。
美恵子には、亮と美奈は兄妹のように見え、
梨奈が妬いているように映った。
梨奈が言いつけに来ても、笑ってすませていた。
美奈の気持ちが変化したのは、
中2の夏、乳房がふくらみを増し、生理が順調になり、
亮のベッドのうえで寝転がるのに羞恥心を覚えたときからである。
スカートがまくれあがって、
白いパンツを見せても平気だったのが、
突然、恥ずかしくなった。
亮ちゃんが好き、
美奈は、そのことに気づいて頬が熱くなり、胸が高鳴った。
そのときからずっと、亮を恋してきたのだ。
たとえ、あんなひどいことをされても。

このマンションは、エアコンが効いている。
美奈が暮らしている、あの不快なアパートとは正反対だ。
でも、この部屋には、生活の匂いがまったくない。
生活するための、家具らしい家具が、ない。
事務所に置いてあるような、応接セット。
事務所に置いてあるような、書類棚。
パソコン用のデスクとチェア。
壁には、部屋を飾るものが、ひとつもない。
殺風景な部屋なのだ。
(事務所みたい)
美奈は、思った。
奥の部屋には何があるのだろう、

「来いよ」
殺風景な部屋の真ん中に、
大きなダブルベッドがあった。
美奈は、どきどきしている。
2週間ほど前、瀬口の家で、
まだ同じ家に暮らしていたとき、
亮の部屋で、犯された。
いやだったけど、いやじゃなかった。
「亮ちゃん、わたし、亮ちゃんのこと、好き」
「……」
「わかってる、亮ちゃん、好きなひと、いるんでしょ?」
「……」
「でも、いいの、わたし、亮ちゃんのこと、ずっと前から好きなの」
亮の表情には、何も特別な変化が現れなかった。
冷たい、というより、
なにも感じていない、という顔だ。
「美奈、ぼくは、今のぼくは、
 女の人を好きになるつもりはないんだ」
「・・・・・・」
「ぼくはやりたいことがある。
 そのためには、女の人を愛したりするひまがないんだ」
「受験のこと?」
「いや、それもあるけど、もっと先のことも」
「大学、卒業してからのこと?」
「そうだね。だから、恋愛をしているひまがないんだ」
「ふうん、じゃあ、好きなひと、いないってこと?」
「ああ、いない」
亮は、きっぱり返事をした。
「じゃあ、美奈、亮ちゃんのこと、愛していいよね」
亮は、それには返事をしないで、冷ややかに見る。

亮は美奈を裸にした。
美奈はされたがっているようだし、亮もしたいのだ。
「ぼくがしたいとおりにしていいかい?」
美奈は、コクリとうなずく。
ベッドサイドテーブルから、皮製の拘束具を取り出す。
美奈は、それが何かわからない。
しかし、どう見ても薄気味の悪い道具にちがいなさそうだ。
「それ、なに?」
「好きにしていいって言ったろ?」
「こわいよ」
亮は、美奈の手首、足首に器具を取り付ける。
「いやあ、亮ちゃん、いやあ、やめてえ、おねがい、やめてえ、」
美奈は泣き声に変わっている。
亮は、皮製の鞭を一振りした。
ビュッ
空を切る鋭い音がして、美奈をふるえあがらせた。
美奈は、亮が自分に何をしようとしているのかようやく理解した。
亮は無表情で、優しさのかけらもない。
美奈をぐるりとうつぶせにすると、
尻をめがけて激しい一撃を加えた。
「あはあはあはああああ!」
美奈の悲鳴が寝室に響く。
「いやあ、いやあ、いやあ、いやあ、いやあ、いやあ、」
亮は容赦しなかった。

美奈のそこは、潤いがほとんどなかった。
亮は、痛がる美奈に無理やりねじ込んだ。
美奈は、やめて、やめてと泣き叫んだ。

泣きじゃくる美奈に、亮は帰れ、といい、
追い出されるようにして美奈は部屋を出た。

マンションの出口で、美奈は梨奈と出くわす。
逃げ出したくても逃げようがなかった。
「美奈、どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
梨奈は、美奈の目が充血していて、
頬に涙のあとが残っているのを、見のがさなかった。
「なんで、こんなところにいるの?」
「なんでもないよ」
「あんた、亮のところに?」
「だったら、どうなんだよっ!」
梨奈は、美奈に激しい平手打ちを加えた。

(2) 姉妹

梨奈は、秋物の衣類を取りに、
母と、妹の美奈が住んでいるアパートに寄った。
ふたりが、いない時間のはずだった。
鍵は持っている。
入ると、奥の台所で、水を流す音が聞こえた。
母は、美容室で仕事をしているはずだ。
「美奈?」
声をかけた。
台所で、あわてふためく音がした。
「美奈?」
「そうだよ! まってて! すぐ行く!」
美奈は、うろたえていた。
梨奈は、台所に入っていった。
素っ裸の美奈が、こちらを向いて、立っていた。
「あんた、なにしてるの?」
「からだ、拭いてるんだよ」
「お風呂に、行かないの?」
美奈は、両手で、腰のあたりを隠そうとする。
梨奈の視線から、隠せるものではなかった。
美奈の尻に、腰に、みみず腫れがあった。
「美奈、あんた!」
梨奈は、叫んでいた。
それは、どうしたらつく傷なのか、梨奈は知っている。
SMプレイというか、そんな遊びの痕跡。
同じ傷を持つ女を、梨奈は知っている。
亮がつきあっている女、
あの、優香という女の背中から尻にかけて、ついているのと同じ傷。
「美奈、亮のやつ、あんたに、何をしたの!」
美奈は、梨奈から視線をそらせて、じっと立っている。
「わかってるんだよ、美奈、その傷、あいつがしたんでしょ?」
「そうだよ」
「バカね、なに、開きなおってんだよ」
「余計なお世話だよ」
「あんた、自分が言ってること、わかってんの?」
「わかってるよ、あたし、亮ちゃんのこと、愛してるんだから」
「バカっ!
「何が、バカよ、梨奈に、あたしのキモチ、わかんないよ」
「わかんないよ、そんなひどいことされて、あんた、うれしいの?」
美奈は、言葉に詰まった。
「亮ちゃん、愛してるんだよぉ」
「愛してる人に、こんなひどいことするやつ……」
パンティをはく美奈の後ろ姿が、痛々しい。

(3) 梨奈

梨奈は、二階堂千佳子の車を運転して、
千佳子を澁谷まで送って、
〈スカイメゾン〉に戻ってきた。
千佳子先生が留守にしている午後に、掃除と、洗濯をする。
駐車場から、エントランスに向かう途中で、
亮と一緒になった。
梨奈は、亮に言うべきことがあった。
けれど、今まで会う機会がなかったのだ。
「やあ」
亮が、悪びれる風もなく、会釈してきた。
「元気そうね」
梨奈が、言った。
梨奈が、自分で驚くほど、皮肉たっぷりな言い方をした。
ようやく会えた。
亮は、なにも感じないかのように、
「ああ、梨奈も」
と、平然と答えた。
(この、悪魔!)
梨奈の胸に、怒りがこみ上げてくる。
でも、管理人室から見られている。
ここで、あのことは言えない。
「亮ちゃん、ここに住んでるの?」
「いいや、ここは、勉強に使ってる」
「ふうん、ややこしいんだね」
「きつい言い方、するんだね」
「そういうつもり、ないんだけど」
「顔に、はっきり出てるよ」
「そう? なら、そうなんだ、きっと」
「ふふ」
「何が、ふふ、よ、人をバカにして」
「バカになんかしてないよ」
エレベーターに乗り込んだ。
ふたりが降りるのは、同じ階だ。
「このあいだは、ありがとう」
「え?」
「梨奈に、お礼を言う機会が、なくて」
「ああ……」
梨奈は、思い出した。
しばらく前のことだが、
亮と、あの女が、暴漢に襲われているところに、
梨奈と千佳子が来合わせて、
けがをした亮を介抱したのだった。
亮が、まだ瀬口の家に住んでいたころの話だ。
エレベーターを降りて、亮の〈勉強部屋〉の前まで来たとき、
「訊きたいことがあるんだけど、いいかな?」
と、梨奈が言った。
亮は、ドアを開け、
梨奈に入るように促した。

梨奈は、亮の部屋にはいる。
この部屋にはいるのは、2回目だけれど、
本当に奇妙な部屋だ。
生活感が、なにもない殺風景な部屋。
梨奈を、ソファに座らせ、亮は並んで座った。
亮は、梨奈をじっと見つめる。
「なんなの?」
「美奈のことよ」
梨奈は、亮をにらみつけている。
亮は、
(いいつらしてる、
 踊るときも、きっとこんな顔をするのか、
 きついけど、美人だ)
と思った。
「美奈に何をしたの?」
「なにもしてないよ」
「うそつき。美奈のお尻の傷はなに?」
「知らないよ」
「とぼけたって、なんにもならないよ」
「なんだよ、えらそうに」
梨奈は、いらだった。
亮は、平気な顔をしている。
「あんた、自分がやってること、恥ずかしくないの?」
「恥ずかしい? なにが?」
「あんな、あんなこと、して……」
「わかんないよ、梨奈が言ってること」
「女を、美奈を、傷つけるなんて」
「ああ」
なあんだ、そのことか、と開き直った言い方だった。
「美奈が、して欲しいって、言ったんだよ」
「バカ言わないでよっ!」
「じゃあ、美奈に、確かめろよ」
バレリーナの体つきは、普通の生き物とは違うんだな、
胸が小さいのが、おれの好みじゃないけど、と、亮は思った。
おっぱいが大きいと、バレリーナ、むかないのかな。
「美奈は、あんたを愛してる、って言ってる」
「ああ、知ってる」
「なによ、それ!」
「かっか、するなよ」
「知ってて、ひどいこと、してるんだね」
「美奈が、して欲しい、って言ったんだ」
「だからって、あんなこと、しなくても」
「梨奈、あんなことが、嫌いじゃない子、世の中にいるんだよ」
「うそよ!」
「ウソじゃないって」
梨奈には、亮が、は虫類のように見えてきた。
感情を表さない、冷ややかな目、
物言い、振る舞い。
「あなたがこの部屋に連れ込んでいる、あの女はなに?」
「家庭教師だよ」
「バカなこと言わないで。わかってるんだから。
 最初に見たとき、風俗の女かなんかと思った。
 亮ちゃんの学校の先生だなんて、信じられない!」
亮の顔に、かすかに感情が浮き出した。
梨奈は、ぞっとした。
亮が、怒っている。
「学校に写真送りつけたの、おまえだね」
「そうよ!」
「なぜ?」
「あんたがやってること、許せないからよ」
「許せない、って、おまえ、なんのつもりだよ!」
「美奈をひどい目にあわせるやつ、許せない」
「じゃあ、梨奈の期待どおりになったわけだ」
「なによ」
「優香は学校辞めさせられたし、
 ぼくも、転校させられるからね」
「えっ」
「うれしい?」
「そんなつもりじゃなかったの、
 ただ、美奈を助けたかっただけ」
「おまえのおせっかいのおかげで、
 ぼくの人生、めちゃめちゃだ」
「あやまるわ」
「謝ってすむかよ!」
「なにするの!」
亮は梨奈をひきずり倒すと、ワンピースをはぎ取った。
「やめて! やめなさいよ! い、いたいっ!」

バレリーナの足は、鍛えられていて、
激しい抵抗にあって、亮は手こずった。
太ももは、上半身が華奢に見えるのと正反対に、
しっかりとしていて、
パンティをむしるのが、一苦労だった。
後ろから梨奈を犯した。
梨奈の中に射精すると、
肉棒を抜きながら、言った。
「ぼくと優香の関係は終わったよ。
 ぼくは、アメリカに行く。
 東江戸川学園高校なんて行けるかよ。
 1年、アメリカの高校で勉強して、
 東海岸の大学に行くんだ」

(4) 沙織の怒り

〈聖らびあクリニック〉の手術室。
「北川先生、さすがですね」
手術のアシスタントを務めた宇梶隼人が言った。
「ふふ」
北川アヤ子医師は、自信に満ちた顔で、ほくそ笑んだ。
「宇梶くんも、性器形成ばかりやってないで、
 顔面整形も、やってみるんだね」
「はい」
顔面が一部陥没した女の整形手術が終わったところだ。
患者の顔面は、縫合のあとが痛々しい。
麻酔で、眠っている。
タレントの、ほしのあきに、どことなく似ている。
それは、患者が希望したことだ。
もともと、似ていると、患者が自分で言っていた。
看護師の牟田沙織が、手術後の後片付けをしている。
牟田看護師の腰の曲線を見ながら、宇梶医師は言った。
「北川先生、今夜合コンやるんですけど、参加しませんか」
「ふふ、合コン、か・・・・・・そうだね、考えとく」
「先生、参加してくださいよ、
 先生が来てくれないと、みんながっかりですから」
北川医師は、タレントとしても、有名だ。
明石家ドングリが司会するバラエティ番組、
《ドングリころころマングリとーく》に
医大生時代に出演して、
美人で金持ちで、傲慢を売りに、人気が出た。
「ブスとヤルやつの気が知れない」
と言って、ひんしゅくを買うと思ったら、
かえって人気が高まった。
ついでに、北川医師に整形手術してもらおうと、
ブスが順番待ちをしているので、
営業の面でも、成功した。
カシコイ女だ。
で、北川先生が参加する合コンなら、
参加料が高くても、男たちが集まるのだ。
「ねえ、先生、来てくださいよ」
「ブおとこ、入れちゃ、やだよ」
「わかってます、せんせいっ」

北川医師が手術室を出て行くのを見送って、
宇梶医師は、看護師の牟田沙織に言った。
「あした、オフだろ、つきあえよ」
沙織は、聞いていなかった。
次の日曜日のことで、頭がいっぱいだった。
「おい、沙織、聞いてるのか?」
「呼び捨てにするんじゃねぇ」
沙織は、怒鳴っていた。
宇梶は、あっけにとられた。
「オイオイ、おまえ、北川アヤ子に、妬いてるのかよぉ」
宇梶が、へらへら笑いながら言うと、
「バカか、ねずチン野郎!」
「な、なんなんだよ、その、ねずチン、って!」
「ネズミのチンポ、ってことよ!」
「な、なんだとっ!」
沙織は、顔を真っ赤にして怒り狂う宇梶を残して、手術室を出た。

沙織は、日曜日のパーティのことで、迷っていた。
主宰者の小菅が、ビデオを撮りたいと言いだしたのだ。
メイキャップを大胆にして、
普段の貴女とは、見違える格好をして、
思いっきり、楽しみませんか、
と、言っているらしい。
  マスクを付けて、目元を隠す、なんていう手もありますよ、
  そういうの、ミステリアスで、いいと思いますよ、
小菅は、根気よく説得をしてくるのだった。
沙織の夫、淳史は、乗り気になっていた。
自分は、マスクで変装するつもりになっている。
  顔さえ隠せば、誰だかわからないものだよ、
  テレビ番組で、やってるだろ、
  顔を隠して、腹だけ見せて、
  嫁さんが自分の夫を当てるとか、そんな番組。
小菅が、変身してみませんか、という連絡をよこしてきたとき、
沙織は、〈変身〉という言葉に、惹かれていたのだ。

沙織は、淳史にメールした。
「日曜日、楽しもうね」
淳史は、小菅に電話をした。
「おれたち、OKですから」
「そですか、それはよかった」
小菅が、率直に悦んでいる声に、淳史は、ほっとするのだった。
沙織が渋ったら、小菅のグループに参加できなくなって、
味気ない日常生活に戻ってしまう気がした。
今回は、シティホテルのスイートで、本格的な乱交をするはずなのだ。

(5) 交流会

ホテル〈ローズマリー相模原〉に、総勢8人の男女が集まった。
メンバーが、少し違っていた。
主宰者の小菅夫妻がいる。
シュウさん(草野修)、イクエさん(小野寺郁恵)のカップルがいる。
上原真樹夫、彩美夫婦がいない。
都合がつかなかったのだろうか、沙織は、ちょっぴり寂しかった。
グンジさんと、ユキエさんが、初参加。
女たちは、大胆なメイキャップをしている。
思いっきり、変身していた。
目元の化粧で、表情がこんなに変わるものか、
男たちは悦んだ。
小菅が、
「ビデオ撮影は、みんなが雰囲気になれてからにしましょう、
 第2ラウンドから、ということで」
と、ビデオ撮影の段取りを説明した。
部屋の照明を落として、
男たちは、パンツ1枚になった。
女たちは、ブラジャーとパンティ姿になった。
小菅が指定したカップルになり、
ひと組はベッドの上で、
ひと組は、ソファの上で、
ふた組は、床に広げたマットの上で、絡み始める。
肌が触れあう音、
唇を吸う音、
乳房を吸う音、
それから、陰部をいじる湿った音、
女たちのあえぎ声、
男たちの押し殺したささやき、
かすかな音がいくつも重なって、
隠微な熱気が、8人のからだを熱くしていって、
女たちから、羞恥心が薄れていって、
あえぎ声がだんだん大きくなっていき、
大きくなったあえぎ声が、女たちの欲情をいっそうあおり立てていって、
1時間が過ぎるころには、4人の男全員が、射精を終えていた。

「うちとけましたね」
小菅が言った。
「そうだね」
シュウさんが答える。
「カメラ、準備していいかな?」
小菅が、誰かにたずねるという風でもなく、
言いながら立ち上がり、
どこかに電話をかけて、
「スタンバイできてるね」
と言い、廊下に通じるドアを開けて、撮影クルーを呼び入れた。
「小菅さんが撮影するんじゃないの?」
沙織が、向こうでいくえさんを抱いている淳史に聞いた。
「プロが撮るんだって」
淳史は、答えた。
「だいじょうぶ、心配すること、ないよ、奥さん」
いつの間にか、男が入れ替わっていた。
グンジさんが、沙織の耳元で、繰り返した。
マスクをしている。
「だいじょうぶ、奥さん、リラックス、リラックス」

(6) 交流会2

グンジさんは、すごみのある顔をしていて、
見つめられると怖いのに、
抑制がきいた声で、
「だいじょうぶ、奥さん、リラックス、リラックス」
と言われて、沙織はほっとした。
「奥さん、すてきだよ」
「奥さん、かわいいよ」
「奥さん、きれいだよ」
と、耳元で繰り返されていると、
沙織は、キモチがとろけていくのだった。
グンジさんは、全体に筋肉質で、
背中も腰も引き締まり、
胸板が厚く、腹部の贅肉はほとんどなかった。
筋肉がくっきりと浮かび上がった腕で抱きしめられると、
沙織は、うっとりしてしまうほどだった。
「奥さん、うれしいよ、あんたと、できて」
「うん」
グンジさんは、沙織の耳元で、ささやく。
「入れるよ」
「ん」

グンジさんの肉棒から、コンドームを外す。
沙織の指先を、グンジさんが見ている。
肉棒をティッシュでぬぐってやり、
自分の淫裂を拭いていると、グンジさんが抱き寄せる。
「おれが、拭いてやるよ、奥さん」
沙織は、仰向けに寝かされる。
半身の姿勢のグンジさんは、
沙織を抱きかかえるように支えながら、
沙織の股間をぬぐうどころか、
余韻が残っている沙織のからだを愛撫し続ける。
ほかのカップルが、後始末がすんで、ドリンクを飲んでいるのに、
グンジさんは、沙織を愛撫し続ける。
グンジさんは、回復していた。
沙織のからだも、再び肉棒を求めて、もだえている。
グンジさんは、コンドームを装着すると、
沙織に挿入した。
そのまま、沙織を抱き起こして、
つながったまま体を入れ替えて、
自分が仰向けに横たわり、
馬乗りになった沙織を、下から突き上げる。
「あああううううっ」
沙織が、うめく。
うめきながら、前屈みに倒れ込む。
それを、グンジさんは、しっかり支える。
沙織は、グンジさんの手を握りしめる。
グンジさんの両手に捕まって、
姿勢を安定させると、
ゆっくり腰を上下しはじめる。
じゅぶ
じゅぶ
じゅぶ
じゅぶ
肉棒は、沙織の子宮を突き上げる。
しっかりとしたリズムで、
ぐっ
ぐっ
ぐっ
ぐっ
「ああっ、ああっ、ああっ、ああっ」
カメラマンは、ふたりの表情、結合部、沙織の乳房をとり続ける。
ほかのものたちも、息をのんで見つめている。
沙織の腰使いにぴったり合わせて、グンジさんが突き上げると、
挿入はいっそう深まって、沙織の快感が、さらに高まっていくのだ。
沙織の肌も、グンジさんの肌も、しっとりと汗ばんできて、
つやつやと輝いている。
沙織の乳房が、ぶるんぶるんと震える。
「ああっ」
見物人から、ため息がもれる。
草野が、ユキエを抱き寄せる。
後を追うように、小菅がイクエを、
淳史が志穂を抱き寄せる。

撮影スタッフが出て行って、
8人が服を着て、
部屋のカーテンが開かれた。
夏の遅い午後の陽射しが、照りつけている。
「暑そうだなあ」
「そうだねぇ、ビールでも、取りますか」
女たちは、順番に化粧直しに立った。

全身が、疲れているのに、
ビールで生き返る。
生き返ったのに、腰のあたりが、どんよりとしているのだった。
「いいビデオが出来ると、いいねぇ」
「ああ、楽しみだ」

別れ際に、グンジさんが、さりげなく近づいてきて、
沙織に紙切れを渡した。
携帯の番号が書いてあった。

このパーティのビデオ、
《実録 乱交 ぶっといの ちょうだい》
が発売されるのは、秋の初めのことである。
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