麻耶の黒い下着(修正版) 第6回

沼 隆

登場人物  坂下大樹 アマチュア写真家 浩平の父親
      坂下麻耶 大樹の妻
      坂下浩平 大樹の先妻の子
      塩津美和 坂下家の隣人
      野口明菜 麻耶の妹 大学生
      真壁宗男 大学講師
      浜部朱美 大樹の写真仲間

     *   *   *

(1)

麻耶は、おなかがすいてきた。
朝食は、浩平が用意した、カフェオレと、トーストと、キャロットジュース。
美和がいれたコーヒー。
おなかが、鳴る。
毎日、12時になると、お昼を食べるのだから。
何か、簡単なものを食べようかと思ったけれど、
結局、浩平をまつことにした。
1時前には帰る、と言ったはず。
浩平が帰ってくるのを待っている自分に気がついた。
浩平の帰りを、待ちわびているのかも。
おなかがすいているせいなのか。
スケスケのベビードール姿で、浩平を待つ。

浩平は、昼食を買ってきた。麻耶の分も。
びっくりした。
お昼ご飯を買ってくるなんて。
お母さんとふたり暮らしだったから、
お手伝いとか、してたんだろうか。
浩平に、優しいところがあるのは、気がついているけれど、
麻耶のことを考えてくれているようで、うれしくなる。
で、ランチボックスは、浩平が大好きなものだった。
〈モーヴァン〉のドライカレーだ。
この店を、浩平に教えたのは、麻耶だ。
おいしかった。
「浩平くん、そろそろ、はずして」
手かせを見せるように、両腕をつきだした。
「大樹さん、帰ってきたら、まずいし」
「麻耶、まだ、はずさない」
「どうしてよ」
「麻耶、オレに、命令しても、無駄だよ」
「命令なんて」
「いま、はずして、って言ったでしょ」
「そんな」
「麻耶、麻耶はね、ゆうべ、オレの奴隷になったんだよ」
「奴隷って」
「そう、奴隷」
「そんな」
「だから、ちゃんと、それらしい口をきくんだ」

(2)

浩平は、麻耶を置き去りにして、2階に上がっていった。
麻耶は、浩平の後を追いかけようとするが、足かせが、じゃまをする。
階段を、一段ずつしか、上れないのだ。
両足首を結ぶチェーンは、30センチくらいしかない。
両足を交互に動かして階段を上ることは、できないのだ。
麻耶が、階段を上り詰め、浩平の部屋までたどり着こうとしたときだった。
玄関のチャイムが鳴った。
「ひっ」
麻耶は、驚いて、飛び上がった。
浩平が、廊下に出てくる。
「大樹さん、帰ってきたよ」
「まだ、そんな時間じゃないよ」
また、チャイムが鳴る。
居留守を使おうと思ったときだった。
「麻耶、あたし、あたし、早く、開けてよ」
野口明菜、麻耶の妹である。
ガレージに、麻耶の車があり、浩平の自転車がある。
居留守は、使えない。
「寝室に、入ってろよ」
麻耶は、浩平の言うままに、ベッドに潜り込んだ。
「いらっしゃい」
「あ、浩平くん、まず、トイレ、貸して」
ばたばたと、浴室わきのトイレに駆け込んで、明菜は小便をほとばしらせた。
浩平の手に、〈シャンティ〉の菓子箱を渡して。
「へへへ、がまんできなくて、あはは、はずかしぃ」
食器棚から、ケーキ皿を取り出す。
持参したチョコレートケーキを取り分ける。
「姉貴は?」
「うん」
「どうしたん?」
「2階で、寝てるよ」
「どっか、悪いの?」
「ああ」
「へえ、あいつがねえ」
コーヒーメーカーをセットすると、明菜はさっさと2階に上がっていく。
すぐに下りてきた。
「風邪気味だってさ」
「うん」
「ケーキ、とっといてくれって、ははは」
浩平は、ダイニングテーブルをはさんで、明菜と向き合っている。
《シャンティ》のチョコレートケーキは、確かに美味い。
ベルギーチョコレートが、たっぷり使ってあるからだ。
明菜が、コーヒーカップを口元に運ぶのを、浩平は見つめてしまう。
明菜が、じっと見返す。
浩平を見つめたまま、コーヒーをすする。
きれいというより、セクシー、全身から、フェロモンを発散している。
明菜が、唇を舐める。
自分の、ちょっとしたしぐさが、男をどれほど掻きたてるか、
明菜はよく知っているのだ。
「浩平くん、姉貴と、うまくいってるの?」
なにを言い出すのかと思いながら、浩平は明菜を見返す。
「あたし、心配してるんだ」
相手の心の奥を読み取ろうとする視線に、浩平は、冷静な目を返す。
この女、なんでこんな格好で、来たんだろう。
真っ赤なビニールジャケット、
薄いピンクのシャツの下に、濃い色のブラジャーが透けている、
黒い超ミニのビニールスカート。
そいつが、尻にピッタリはりついているのだ。
明菜のオトコの趣味なのか。
浩平の視線に気がついて、明菜は、かすかに微笑んだ。
明菜は、大濠国際大学で、経営専攻だそうだけれど、
こんな格好で、こんな表情で、教授たちに迫って、単位をせしめているのだろうか。

(3)

「ごちそうさま」
浩平は、明菜の問いに答えないまま、ケーキの礼を言って、立ち上がる。
「姉貴に、ケーキ持っていってくれる?」
ケーキとコーヒーカップをのせたトレーを渡されて、
浩平は麻耶の寝室に持っていく。
明菜は、そのまま浩平についてきた。
麻耶は、頭だけを出して、ベッドに潜り込んでいる。
「麻耶、ケーキ、持ってきたよ」
浩平の後ろから、明菜が呼びかける。
麻耶は、当惑している。
さっきは、明菜は、部屋の入り口で麻耶に声をかけただけで下りていった。
それですんで、ほっとしたのだったが。
明菜が、ベッドわきに来たら・・・
麻耶の首には、首輪が付けられている。
(浩平、なんとか、してよっ)
浩平は、そんな麻耶の心配などまるで気にかけない様子だ。
部屋に入ってきて、ベッドサイドテーブルに、トレイを置く。
「麻耶さん、〈シャンティ〉のチョコケーキ、すごくおいしいよ」
(なによっ! 食べられるはず、ないじゃない!)
麻耶は、浩平をにらみつける。
「麻耶、食べて、元気だしなよ」
明菜は、麻耶が寝ているベッドの端に、腰を下ろす。
「食べて」
「いまは、いい、あとで」
「なんだ、元気、ないんだねぇ」
麻耶の顔をのぞき込んだとき、明菜は、見た。
麻耶の首に巻かれた、異様なものを。
それに、麻耶は、化粧もしている。
「なんなの!」
明菜は、それを確かめようと、掛け布団を麻耶の胸のあたりまでめくる。
その胸のあたりに置いていた腕を、麻耶はあわてて隠そうとしたが、
明菜は見逃さなかった。
「なんなの、これ?」
明菜は、麻耶を、それから、浩平をにらみつける。
「あんた、何やってるの!」
大樹が留守の間に、浩平が、麻耶に、
そう、麻耶は、浩平には義理の母親ではないか、
父親がいないことをいいことに、
義理の母親にこんなことをするなんて!
「変態!」
「明菜、やめて」
「なに言ってんだよ! こんなこと、許されることじゃ、ないでしょ!」
「大きな声、出さないでよ」
浩平は、姉妹の諍いをじっと見ている。
(変態ね、ふふふ・・・)
「なに、ニヤついてんだよ!」
麻耶が、起きあがる。
しゃら・・・
チェーンが、音をたてる。
「いやらしいっ!」
浩平は、姉妹を見比べる。
こうしてみると、よく似ている。
「この、変態! これ、はずしてあげなさいよっ!」
明菜が、麻耶の拘束具を指さす。
乳房の張り具合も、ケツのデッパリぐあいも、腰のくびれも、そっくりだ。
スケベなところも、そっくりだ。
ふふふ・・・
「はずしたかったら、はずせたさ」
「えっ」
「そのつもりがあったら、自分ではずしたさ」
「なに、言ってんだよ!」
「麻耶は、そうしているのが、好きなんだよ」
「バカ、言わないでよっ!」
麻耶は、動揺していた。
浩平が言うとおり。
はずそうと思えば、はずせた。
そのうえ、美和と、あんなことをするあいだは、はずしたのだ。
浩平が帰ってくる前に、美和の手で、つけてもらった。
明菜が、麻耶をにらみつけている。
「あんたたち・・・」
「明菜、やめて」
「麻耶・・・あんた・・・かばうの?」
浩平は、麻耶の寝室から出て行った。
「逃げるんじゃないよ!」
明菜は、浩平の後を追う。
「あんた、なんてこと、するのよ!」
浩平は、応えずに、ノートパソコンの電源を入れた。
「なにやってんだよ!」
「叫ぶなよ、みっともないから」
「あんた、自分が何やってるか、わかってるの?」
「ああ」
「なにが、ああ、だよ!」
Windows のデスクトップが表示される。
「なに、してんだよ!」
「すぐ、わかるよ」
フォルダをクリックし、パスワードが打ち込まれ、
ファイルのアイコンをクリックして、1枚の画像がディスプレイいっぱいに広がったとき、
明菜は、血の気が退いた。
明菜が、素っ裸の明菜が、前からと、後ろからと、ふたりの男に抱かれて
前の穴と後ろの穴に、男の性器をくわえ込んで、
恍惚の表情を浮かべている、写真だった。
浩平が振り返り、明菜をじっと見つめる。
明菜は、視線をそらした。
浩平は、素早く画像を閉じ、パソコンを終了させる。
明菜の耳元で、ささやいた。
「オヤジのパソコンで見つけたんだ」
「えっ」
「誰にも言うなよ」
「どうしたら、いいの?」
「自分で、考えろ」

(4)

浩平は、麻耶のところに戻っていく。
「明菜は?」
「オレの部屋にいる」
「なに、してるの?」
「オヤジに、告げ口しないで、って頼んだんだけど」
「うん」
「麻耶を困らせないで、って頼んだんだけど」
明菜が、戻ってきた。
「今日のこと、みんな、忘れるから」
「ありがとう」
「じゃあ、あたし、帰る」
「オレ、明菜さん、送ってくるよ」

「浩平くん、今日のこと、絶対に、誰にも言わないから」
「それが、いいと思うよ」
「そうね」
明菜が、靴を履くとき、前屈みになった。
黒いパンティが、メッシュのストッキングの下に見えた。
「麻耶も、明菜も、オヤジも、オレも、こまる」
「そうね、みんな困るんだよね」
「ああ」
「姉貴、大事にして」
「ケーキ、ありがとう、おいしかったよ」
「そう、よかった」
「また、遊びにおいでよ」
「そうね、これからは、前もって電話する」
明菜は、精いっぱいの皮肉を言って、帰って行った。

浩平は、麻耶の寝室に戻ると、首輪と、手かせと、足枷と、
3つの拘束具をはずしてやった。
オヤジが帰ってくるまで、時間はあるけれど、
そろそろ切り上げておかないと、マズイ。
「シャワー、浴びて、いい?」
「ああ、いいよ」
麻耶は、浴室に下りていく。
浩平から解放されて、ほとばしる熱い湯を浴びながら、
ほっとして、涙があふれ出した。
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