stage2「聖天の主」-05


「―――今日はこのぐらいで許してやろう。娼館に売り払ってやろうかと思ったが、お前は一生ワシのものだ。ククク……これからゆっくり時間をかけて、ワシのチ○ポなしでは生きていけないぐらいに調教してくれる。もうこんなクソのような街にいても仕方がないからな。人魚の涙で一儲けしたら、死ぬまでお前を犯して楽しませてもらうとするか」
 ようやく戒めを解かれたというのに、あたしはぐったりと床に倒れ伏したまま動けない。
 店主の性欲は、まるでオークのそれだ。最後の一滴にいたるまで容赦なく膣内射精された精液は、まるで噴水のようにあたしの膣口から噴き出している。あたしの身体が沈み込んでいる白濁益の水溜りも全て店主によって射精されたもので、とても一人の男の人が一度の行為で吐き出したものとは信じられないほどの量……そして、それを休む間もなく注がれ続け、いまだ残る薬の効果もあり、あたしは指一本すらまともに動かせないほどに疲弊しきってしまっていた。
 ―――も…いや……こども…なんて…う……産みたく…な……ァ……
 逃げ出すなら今しかない。たとえ店の外にあたしを探し回っている自警団がいるとしても、このままここで奴隷のように犯され続ける人生なんて耐えられない。
 けれど、身体が満足に動かなければどうしようもない。
 ―――せめて……召喚…でき…れば……
 声を出す余力さえない今では、浅く荒い呼吸を繰り返し、体力の回復に努めるのがやっと。しびれ薬のせいで魔力が集中できずにいるけれど、一晩でいい、このまま油断してあたしのことを放置してくれてれば、このお店から逃げることだって出来るはずだ。
 ―――てか……まだまだ余裕……ありそうだよね…あたし……は…あはは……
 腰が抜けるほど犯されたというのに、こんなことを考えられる精神的なほうの余力があるのは、それだけ悲惨な目を経験してきたことの裏返しでもあるのだけれど、それについては深く考えないでおこう。考え出したらきりがなく、確実に悪い方向にしか思考が進まないからだ。
 ―――こういうの……男に戻ってから……トラウマ…だよね……て、考えない考え…ない……
 今は休もう……どれだけ油断してくれてるかはわからないけど、次に来るチャンスに今みたいに逃げられないのでは話にならない。留美先生や綾乃ちゃんが助けに来てくれることも考えられるし、休んで体力を回復させておいたほうがいいはずだ。
 そこまでの結論を得ると、機を犯りすぎて負荷のかかり続けた意識の方も、身体に続いて次第に眠りの世界に引き込まれだす。後はまぶたを閉じれば三秒とかからずに深い眠りに落ちるはずだったのだけれど、
「明日からが楽しみじゃ。どうやって可愛がってやるかの。―――おい、店内を掃除しておけ。それが終わったら、あの女をお前にも貸してやる。それが終わったら風呂にいれて綺麗にしておけよ!」
『はーい、わっかりました、店長〜』
 さすがに疲れ果てているのはお互い様か、ふらふらと店内から奥のほうへ入っていった店長を目で追っていると、入れ替わりに、あたしをこの店へ招き入れたあの可愛らしい男の子が入ってくる。
「うわぁ、店長、がんばりすぎだね。あの年なのに良くやるよ、まったく」
「―――――………」
「お姉さん、生きてる? ま、これから先に待ってるのは、死んだほうがマシだって思えるような人生だけどね」
「―――――………」
「うちの店長、かなりの女好きの悪人だからさ。一休みしたら、また来るよ。だからさっさと諦めちゃいなよ。でないと、壊れちゃうよ。心のほうからね」
「―――――………」
 身を起こすことすら出来ないあたしの傍らに男の子はしゃがみこみ、顔に満面の笑みを浮かべて話しかけてくる。こんなことが前にもあったんだろうか、陵辱を受けたあたしの姿を見ても引いたりしない。どうしてそんなに楽しそうなのかもわからない。ただ………妙な違和感を覚えたあたしは、持ち上げるだけで震えの走る両腕を懸命に男の子の方へと伸ばすと、
「ねえ……抱・い・て♪」
 ―――ちょ、ちょっと待ったぁぁぁぁぁ! あ、あああああたし、なに口走っちゃってるの!?
 一時間か二時間かぶりに男の子の顔を見た瞬間、あたしの胸は激しく高鳴り始め、欲望の赴くままに彼からの愛情を求めてしまっていた。
 けど、いくらなんでもおかしい。おかしすぎる。男の肉欲をいやと言うほど味合わされたばかりだって言うのに、明らかに店長の手下である男の子に抱いてほしいと懇願するなんて、自分で言うのもなんだけど、あたしって頭おかしいんじゃないの?
「ねえ……はやくぅ……あたし…キミみたいな小さい男の子の方が……ね? だから…さ―――」
 先ほどまであんなに重かった身体が、誰かに支えられているかのように起き上がると、両手を床につき、何人もの男性を虜にしてきた魅惑のバストを左右の腕で圧迫し、魅惑的な谷間を作って年下の男の子を誘惑しにかかっていた。
「ふぅん、お姉さん、諦めるのが早いね。それとも愛人でもいいかって割り切っちゃった? でもま、僕にとっては、そのほうが話が早くて助かるんだけどね」
 あたしの色仕掛けにも動じた様子を見せず、顔に笑顔を貼り付けたまま、男の子の手は無造作にあたしの股間へと伸びる。そしてヌルヌルの白濁液がまとわりついた淫核を指先でつまむと、
「きゃぅうううううううううん!!!」
 膨れ上がったクリトリスが乱暴に嬲られる。ひねられ、ねじられ、しごきたてられ、たまらず男の子の小さな身体にすがり付いて声を上げてしまっていた。
「ふあ、らめぇ、も…もっと、そこはやさしく……じゃなきゃ、あた、あたし、ま…たぁぁぁ……!!!」
 もう全身が感じることしか考えられない。豊満なバストを男の子の身体に懸命に押し付けながら、まだ犯された跡が生々しく残る蜜壷からとめどないほどに大量の白濁液を搾り出してしまっていた。
「イ…イクゥゥゥ! あああ――――――っ! イク、イク、イッくゥゥゥ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 男の子の身体を抱きしめたまま、あたしの身体が鋭く反り返る。
 視界には赤い火花がチカチカと飛び散り、クリトリスをキツくこね回されるたびに愛液と膣内射精された精液が放尿のごとくビュクビュク溢れ出てきてしまっていた。
「あ、あっ、ああああああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」
 ―――どうして……なんでこんなに身体の自由が……どうして!?
 クリトリスは確かに感じるけれど、ここまで感じるのもあまりにおかしい。……いや、たまにこれ以上感じることはあったりするけれど、だからと言って、自分の身体の異常なまでの反応がどうしてもあたしの意識は受け入れられなかった。
 ―――わからない……何をされたのかさっぱりわかんない。けど、確かなのは―――――――――
「ああああ……んああああああ―――――――――――――――――――――――――――――――!!!」
「あれぇ、もうイっちゃったんだ。けど、ボクとエッチなことがしたかったんでしょ? それなら、こんな尾ころで終わっちゃダメダメ。これからがお楽しみなんだからさ」
「んふぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 淫核を二本の指先でもてあそばれるほどに、あたしの身体の震えは激しくなり、溢れ出る愛液の量も多くなる。尿道口からは絶頂潮の飛沫が収まらず、誰の目にも男になんて見えない発情しきった肉体をオルガズムの大波の中でガクガクと跳ね回らせた。
「そろそろこっちが寂しくなってきたんじゃない? ほぉら、今からお姉さんのおマ○コをグチャグチャに掻き回して、精液をタップリと掻き出してあげるよ」
 愛液をまとわりつかせた親指であたしのクリトリスをぐりぐりと押しつぶし、擦り上げながら、男の子は指三本を構えると、容赦なくあたしの膣口へ突き立ててきた。
「んイィ! ああああ、ぁぁぁあああああああ! あァ――――――――――――――――!!!」
 子供の指でも、三本はキツい……でも人間だけじゃなく、モンスターにまで犯された経験を持っているせいだろうか、キツくキツく締め付けながらもあたしのおマ○コは少年の指を迎え入れてしまう。そしてそのまま根元までねじ込まれると、激しい蜜音を響かせながら指が抽送され、たまらずあたしは涙交じりの声で喘ぎ、相手にしがみついたまま細い腰をくねらせてしまう。
 店の店主に犯されていたときには感じなかった、おマ○コがとろけるような恍惚感……白く濁った体液にまみれた蜜壷が年端もいかない男の子に攪拌されているだけで、見開いた瞳の焦点が定まらなくなり、与えられる快楽の大きさにただただ酔いしれてしまう。
 ―――けど……これは、なにか…なにかが……なにかが“マズい”――――――!!!
 何度も絶頂に押し上げられながら、けれど理性の最後の一線だけは崩壊していない。だらしなく開いて涎をたらし、淫蕩に微笑んでいる唇を噛み締めたいけれど、それすらもままならない。
 ―――感じすぎて自由が利かないんじゃない。理性と身体が、寸断されてる!?
 これはもう直感だ。普段なら、滅茶苦茶に犯されたって、翌日には結構ケロッとしていたりするのに、この男の子と最後までいってしまったら、何か大切なものを失う……そんな予感にひっきりなしに襲われ、イき乱れて加熱する身体とは真逆に、あたしの背筋には冷たい恐怖が駆け巡っている。
 ―――でも、どうしようもない……今は手足どころか指の一本さえ動かせない。沸きあがる快感に張り詰めた乳房を小刻みに震わせることは出来ても、抗うことも逃げることも、あたしの全ての自由は完全に剥奪されてしまっている。
 しゃべることが出来れば大声を上げることも、噛み付いて歯を立てることも。
 指が動けば爪を立てたり、つねることだって。
 だというのに、あたしの両腕は男の子の首に絡み付いて離れず、うねるような手首の動きで子宮の奥を弄ばれ、白目を向いてしまいそうになっていて……何も、どうすることも、今のあたしには出来ることなんて、



『――――――ないわけ、ないでしょうがぁぁぁ!!!』



 女になってから、自分で一番成長したと思うのは、精神的なタフさ……要は諦めの悪さだ。
 身体が動かないなら、次は身体の内側だ。呼吸さえ自分の思い通りにならない今、あたしは身体の奥に蓄積されている魔力を練り上げる。
 ―――召喚が出来ないのは、痺れ薬で神経が麻痺してるから……!
 身体を動かそうとしても、意識を集中しようとしても、全身の気だるさと痺れるような全身の軽い痛みが阻害する。そしてそれとは別に、誰しも無意識に肌の表面から発散している魔力さえも、出口に栓をされたかのように漏れ出ることが出来ず、あたしの中で重く淀んでいた。
 だけど、魔力だけなら自由になる。
 魔力の操作に必要なのは、第一に強固な意志。イメージ力。―――そしてそれは魔法が使えないあたしが、留美先生に叩き込まれた唯一の技能だ。
「―――――――――ッ!!!」
 薄暗い店内で、あたしは男の子の指先に子宮までつつかれて淫らによがり狂っていた。店内には汗と精液の放つ熱気が充満しており、この中にいるだけで淫猥な気分がこみ上げてくる。
 だけど、それらは全て意識から追い出した。音も、臭いも、光景も―――どうせ自由にならない身体から得た情報だ。全部無視して、余裕の出来た頭の容量は、堰き止められて荒れ狂う魔力を、さらに荒れ狂わせる想像へと注ぎ込む。
「あ―――っ!」
 硬直したあたしの身体が、頭を跳ね上げ、白いノド元を反り返らせる。ヴァギナは肉のポンプのように膣奥から愛液を外へとぶちまけ、これまでにない大きな痙攣が身体の内から湧き上がってくる。―――そして、その感情の昂ぶりさえも魔力の昂ぶりに変える。
 ………りょ、両足は、走って逃げるのに必要だし、右手は、剣とか振るのに必要だし、でもでも、左手だからって、い……い……痛いのが何だァ! 男は度胸、女も度胸だぁぁぁぁぁ!!!
 そういえばあたし、男のときは度胸がないって幼馴染や姉さんに何度も言われたっけ……頭の片隅に残った冷静な意識がそんな突込みを挿れた瞬間、


 あたしの左腕は“爆発”した。


「ァ――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッッッ!!!」
「なにっ!?」
 魔力放出。常人の比じゃない量の魔力を一気に左腕から迸らせ、左腕を男の子の首から斜め上に弾き飛ばさせる。
 これは瞬間的に魔力を一点に収束させる魔封玉の召喚ほどに集中力は必要じゃない。ただ、膨大な魔力を一気に押し出す単純な力技だ。魔力を放出できない痺れ薬の影響なんて、津波の前の爪楊枝程度でしかない。
 あっさりと、その抵抗を吹っ飛ばす。
 けれど、その力技にあたしの身体が耐えられない。剣などの武具から発するはずの魔力を直接放出した左腕は、毛細血管が破裂し、特異系“空”属性の魔力が生む空間振動で身も骨もグシャグシャだ。激痛で頭の中が危険を知らせる赤一色になる寸前、肘から先がつながったまま腕が跳ね上がったのが見えた。幸いにも本当に爆散したわけではなく、つながったままでいてくれているようだ。
 そして直後、下から上に、前から後ろに、肩を基点にして猛烈なスピードで円を描く左腕に引かれ、あたしの身体も後ろに倒れこむ。その際に、ドロドロの秘唇からチュポンと指が引き抜け、
 ―――ゴチン!
 何度か床の上で回転したあと、運悪く、柱の一本にあたしの後頭部が直撃する。
「あいたァ――――――――――――――――――!!!」
 エッチの最中、あれだけギシギシ軋んでいた古い店舗なのに、打ち所が悪かったのか、ぶつけた頭の後ろから眼球に向けてまばゆい電撃が突き抜ける。火花の数はさっきのアクメの比じゃない。視界が一気に真っ白になって、なんかお花畑が一瞬見えた気さえしたほどだ。
 でも、
 ―――自分の意思で、てゆーか、頭打って、「痛い」ってちゃんと言えたよね……!
 鉛のような全身重さは、依然として残っている。けれどそれを感じられるのは、あたしの意識と全身の感覚がつながった証拠でもある。
 そして、
「や…やっぱり催眠術か何かだったんだ……やってくれるじゃない……!」
 うつぶせに倒れていた身体を、肘だけ突いて上半身を起こし、顔と視線を男の子の、まだこの時点でもかわいらしい顔へ向ける。
「いやだなァ、ボクが何かしたって言うの? ボク、お姉さんともっと……」
 頬を赤く染めて恥らう仕草は、あたしが探さなければならない天使を思い起こさせるほどに愛らしい―――が、唇の端が小さくつりあがった瞬間、少年の両目が怪しく輝いた。
「―――!?」
 ………ああ、これがさっきのあたしの変な行動の原因か。
 男の子の視線からあたしの目を通り抜けて、奇妙な魔力が流れ込んできているのが感じられた。
 けれど幸運なことに、あたしの身体の中で、まだまだ行き場を求めている魔力が充満している。おかげで普段なら感じ取れない微細な魔力の進入に気づき、それはあたしの神経の隅々にまで流れ込み、―――消滅した。
「ボクの魔眼の効力が……打ち消されただと!?」
「びっくり…した? あたしね……ま、魔法とか、効きにくい……から……!」
 はっきり分かるほどに大きなこぶの出来た頭をさすりつつ、思い出すのは留美先生による“魔眼”講座だ。
 目は最小の魔法陣。
 血管、網膜、虹彩、それらの文様を“描き変え”て魔法陣を作ることで魔眼とする。――吸血鬼などは種族的特性として魔眼を備えているらしい。メデューサの石化の魔眼なども同様だ。
 その講義のときに、あたしは留美先生の洗脳の魔眼を体験させられたんだけれど、視線にこもった魔力というのは極めて少量であるため、通常の魔法と同様、魔導式を“歪める”あたしの魔力とは相性が悪い。けれど身体の内部を支配するタイプのものは脳や神経に直接作用するため、油断して知覚出来なければ、効力を失わせる前に魔眼の支配下に置かれてしまうこともあった。
 言っておくと、魔眼が効かなかったのは、あたしが鈍いからではない。目の前にコインをぶら下げられて『あなたはだんだん眠くなる〜』と古典的な催眠術を食らったときは、1分と持たずに爆睡したのだから。
「なるほど……これはおどろいた。話で聞いていた以上に結構でたらめだね、お姉さん。最初に見たときは簡単に落とせそうだったのに」
「………?」
 ―――話って……この子、あたしが誰かを知って誘惑してきたというのだろうか?
 でも店長の言動からは、この子はあたしがカダの街を訪れる直前にやってきた臨時の店員と言う感じはしなかった。だとすれば……どういうこと?
「ボクの魔眼を受けた直後に表層意識を切り離してダミーを作成。いやいや、その手並み、賞賛に値するよ。満足に身体を動かせない中で、自分が助かる選択肢を直感で選び取り、自分の腕一本と引き換えにしてでも危機を脱する判断力、決断力。―――魔法の使えない“失敗作”だって聞いてたけど、ボクの魔眼を破ったことといい、なかなかの曲者ぶりだ。これは評価を改めざるを得ないや」
 疲労と、チャーム状態から脱するための自爆によるダメージはかなり大きい。
 火箸を突っ込まれているかのように熱痛(あついた)いので神経も無事のようだけど、左腕が動く気配は一切なし。出血はどれぐらいか分からないけど、あたしの体調を考えれば、血を失うほどに命の危険は確実に跳ね上がることだろう。
 そんな状態で思考が満足に働くはずもない。先の疑問も解決できていないけれど、年上に甘えて保護欲を無償に刺激する男の子の口調が、冷静な分析を下す理知的で大人びたものに変わっているのが妙に気になって仕方がない。
 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!!―――頭の中で警鐘はなりっぱなし。たとえ全裸のままででも、店の外へ逃げ出さないと、先ほどと同じ……いや、それ以上の悲惨な目に合わされかねない。いや、会う。確実に会う。
 不気味に輝く少年の“魔眼”が、それを期待しているかのように怪しい輝きを強めている。
 ―――てか、なんてこんな子が、この街で、あたしのことを待ち受けてるのよぉぉぉ!!!
 自分のトラブルを呼び寄せる性質は理解しているつもりでも、何の恨みも買った覚えのない相手に狙われる覚えもない。………はずだ。
 ―――もしかすると、フジエーダでの一件の逆恨みとか? それともリザードマンたちの住処を吹っ飛ばしたこととか、そういえば水賊と山賊を壊滅に追い込んだこともあったっけ。それ以外にも、あれとか、これとか、それとか……
 かれこれ、女になってからのほとんどの時間=冒険者やってる時間=1年になろうかと言う新米だけれど、簡単に思い返しただけでも、片手じゃ足りないほどの心当たりにがある。
 と言うことは、なぜあたしが襲われるのか、その理由がはっきりしないことには下手に反撃も出来ない。悪党だと分かればいいけど、それ以外なら話がさらにややこしくなる可能性があるからだ。
 ―――どうする? せめてモンスターが呼べれば……
 薬による麻痺、陵辱の疲労、左腕の怪我、頭へのダメージ、そのどれもがあたしの集中力を損ねている。あと少しと言う手応えはあるものの、その先へと手を伸ばせば靄がかかっているかのようで、あと1時間や2時間は誰も喚ぶことは出来ないだろう。
 今度は右腕で魔力放出してお店の壁をぶち抜いて助けを呼ぶ……問題は、こうやって考えてる間にも魔力は平常状態に落ち着いて、また一から練り直さなくちゃならなくなったこと。
 ―――うわぁ〜ん、いきなり詰みだァ! こ、こーなったら、本心ではものすごくやりたくはないだけど、娼館仕込のテクニックでこの子を骨抜きに……て、体が満足に動かないのに、それって無理難題だァ!!!
「それじゃ、最初から仕込みなおしをしようか。僕の趣味じゃないけど、今度は抵抗できないように猿轡をかませて縛り上げさせてもらうよ。しゃぶらせて噛まれるのも嫌だし。ま、せいぜい壊れないようにがんばってね」
「ちょ、ちょっと待って! だったら壊れる前に聞かせて。何であたしを狙うの? 殺すんじゃなく、捕らえるってわけでもなく、どうしてエッチなことであたしを追い詰めようと……?」
 万事休すで終わってしまうより、万に一つの時間稼ぎ。ここで稼げる時間で身体が動くようになるのは難しいし、モンスターを喚べるかも分からない。
 でも、考えても分からないことを聞くのなら、相手が完全に優位に立った今しかない。
 立ち上がり、床に這いつくばるあたしの傍まできた男の子は顔に微笑を浮かべている。けれど見下ろす視線は冷たく、まるでゴミ虫でも見るようなまなざしだ。
 しかし、
「悪いけどその手には乗らないよ。お姉さんにはまだ、厄介極まりない同行者がいるからね。あいつにボクの存在を知られると面倒なことになりそうなんだ」
 留美先生のことも知っている……身分を隠して大陸中を放浪している魔法ギルドのギルド長、世界最高の魔法使いである留美=五条とあたしが一緒に旅をしていることも。
 ―――てか、留美先生を警戒してるけど、留美先生もこの子達のことを知ったら何か行動を起こすっていうの? ああもう、余計に訳わかんなくなった!
「さて、残念だけど時間切れだよ。お姉さんの悪あがきに付き合ってあげるのもここまで。―――もう二度と解けないぐらい、強烈な魔眼でその自我を破壊してあげるよ」
 男の子の瞳の輝きが強くなる。
 これを見ていてはいけないと分かっている。だけど視線を背ける機会を失ったあたしは、瞬間的にその瞳に魅入られてしまう。
「あ……ッ………!」
「残念だよ。嫌いじゃない、ううん、結構気に入ってたんだよ、お姉さんのこと。壊さなきゃいけないなんて本当に残念で仕方がない。―――でも、狂わされた運命も、これで終わる。何もかも忘れて淫欲におぼれることは、むしろ喜ぶべきことさ」
 ―――狂った……運…命……!?
 この子は何を言っているのか。
 あたしは何を理解していないのか。
 理性と快楽と疲労が混濁する意識では、何も結論を導き出せない。こんな疑問だらけの気持ちのままで、男の身体に戻れないままで、旅を終えるなんて……そんなの嫌だ!
 あたしの意思とは裏腹に、男の子が手を伸ばしてきても身動きひとつ取れない。だけど最後まで諦めるものかと、男の子の魔眼を逆に睨み返していると……“それ”は不意に訪れた。
 ―――ドンッ!!!
「なに、ボクの結界を外部から破壊した!?」
 古い家屋が崩壊するんじゃないかと思うほどに強い振動が突き抜ける。魔眼の拘束が途切れた視線を音のした方に向けると、道具屋の入り口の扉から一本の刃が突き出していた。
 ―――あれは……
 ロングソードのように長く、幅広の刃。おそらくは両手剣の類だろう。けれどそれよりもあたしが目を引かれたのは、刀身の側面に掘り込まれ、淡い光を放つ魔術文字の方だ。
 ―――見たことがある……たしか、カータ=ギーリの神殿騎士が使ってる魔法剣……!?
 アイハラン村を治める国家、カータ=ギーリ。その国の騎士団の象徴でもある磨き抜かれた刃の輝きに、けれど、どこか空恐ろしいものを感じてしまう。―――まるであの剣が、あたしへ突き立てられたものであるかのように。
 しかし、あたし以上に困惑しているのは少年のほうだ。
「ちっ、あの“女”が感づいたか。経歴を振り上げてるだけかと思ったら……!」
 忌々しく扉へと目を向ける少年。そしてその後も剣は振動を伴って二度三度と扉へ突き立てられる。
 おそらく、魔力を付与した刃で、この店舗にかけられた結界ごと扉を破壊しようとしているのだろう。それゆえに威力も大きく、店内の商品が結界の破壊にあわせて棚からいくつも転がり落ちてくる。
 そして、カウンターの上に置かれたままになっていたあたしの荷物の中からも、小さな小瓶が床に落ちて、そのままあたしの目の前にまで転がってきた。
 ―――蜜蜘蛛の蜜!
 まさに天の救いだ。男の子の意識が扉に向いているのを確認すると、あたしは床についていた肘を伸ばして小瓶を掴み取ると、親指で蓋を弾き飛ばし、その中身を一気に口の中へと流し込む。
「!?―――お前、何をしている!!!」
 いまさら気づいたって遅い。蜜蜘蛛の蜜の体力回復効果、それと簡単な解毒作用は効果覿面だ。疲れ果てているはずの身体の隅々にまで甘酸っぱい酸味が急速に染み渡ると、全身の痺れが薄れ、大怪我を負った左腕以外に徐々に力がみなぎり始める。
「こうなれば……仕方がない!」
 心臓が脈打つたびに、体力の回復を実感できる。それに合わせ、まるで回転していなかった頭がすっきりしてきていたというのに、視界が不意に黒いものに覆い隠された。
 同時に、とうとう店の外側から扉が破壊された。
 そして、薄暗い店内に最初に踏み込んできたのは、予想外の……いや、あの剣を見たときから予想していたとおりの、輝く白銀の鎧に身を包んだ小柄な騎士だった。
「神妙にしなさい! ここにアイハラン村のた―――」


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